恋人アバター大事件


恋人アバター大事件

 きっかけは、ネットを見ていた時の広告動画だった。
 『理想の恋人を作ろう!』というポップな文字が画面に映し出される。どうやらアバターを作る系統のゲームらしかった。
 迅はゲームは人並みにプレイするが、こういった種類のものはやったことがなかった。だから、特に興味を持たなかった。
 広告の画面が切り替わる、その時までは。
 ぱっと液晶の中の男の髪型が変わった。亜麻色の髪の、男の子。
 その姿を見て思ってしまった。──ヒュースに似ているかもしれない、と。
 どうやらアバターはかなり細かい箇所まで設定できて、謳い文句の通り自分の好みのキャラクターを作れるらしかった。
 なら、ヒュースを作ることも、できるんじゃないか?
 湧き上がった好奇心とは恐ろしいもので、迅は気がつけばアプリをインストールしていた。

「できた……」
 液晶を見て、はあと息をつく。画面の中には、ヒュースそっくりの子ができあがっていた。目、口、髪型。その全てを彼に寄せるのに一時間半ほどかかってしまった。細かく設定できすぎるのも考えものだ。
「よし、後は服……黒いのがいいな。これいいな」
 最後に、アバターを男にしようと性別の項目を探す。だが、一覧を見ても性別の項目がない。
「あれ?」
 何度も、何度も項目を探す。しかしどんなに探しても目当てのものは見つからなかった。
「どういうこと? なんで変えらんないの?」
 おかしいと思って、公式サイトを検索してみる。『よくあるご質問』の項目をスクロールしていくと、キャラメイクについて書かれた箇所に答えがあった。
 ゲームでは最初にプレイヤーの性別を決めていただきます。作ることのできるキャラクターは、異性のみとなります──
 その文言を見て、そういえば一番最初に性別を聞かれたことを思い出した。
 なんだよ、それ。迅はがっくりと肩を落とした。
 アプリに戻って、どうしたものかと思案する。男にできないからと言ってアンインストールするには、あまりにも時間をかけすぎた。それに、恋人の姿をしているもののデータを消すのは罪悪感がある。
 悩みに悩んだ末、胸の大きさを最小にして(それでも膨らみがあることはわかってしまうが)、迅はキャラメイクを終えた。

 ヒュースそっくりのアバターがいる生活は悪くなかった。
 アプリを開くと、いつでも彼(彼女)が迅を迎えてくれる。任務や暗躍で忙しい時も、アバターを見て癒された。
 ヒュースは恥ずかしがって写真を撮らせてくれることがない。だから、これはその代わりだと言い訳をして、ヒュース(仮)を存分に愛でた。性格をツンデレにしたので、あまりこちらに笑いかけてこないでツンツンしているのも本物みたいでよかった。
 これで、男だったら完璧だったんだけどなあ。丸みを帯びた身体と胸の膨らみを見る度に少し残念な気持ちになるが、この世に完璧なものなどそうそう存在しない。そこには目をつむることにした。
 リビングでいつものようにアプリを開いて、ヒュース(仮)をタップする。彼(彼女)は、ツンと向こうを向いて迅を出迎えた。
 ここ数日、ヒュースとはタイミングが合わず顔を合わせていない。愛しい恋人に会えない寂しさを埋めるのに、アバターはちょうどよかった。
 アバターの頬をタップすると、ヒュース(仮)は片目をつむってくすぐったそうにする。その姿を見て、迅はふと笑った。
 現実のヒュースに、同じことしたらどうなるかな。
 いい加減作り物ではなく、本物に触れたいと思う。だが、今はこれで気を紛らわせるしかない。そう思って、もう一度画面をタップした時だった。
「迅」
「うぇっ!?」
 いきなり名前を呼ばれて、身体がびくんっ! と跳ねる。その拍子に、スマートフォンが手から離れてしまった。
 スマートフォンは重力にならって地面に落ち、床を滑っていく。
 そして、迅に話しかけたヒュースの足元で止まってしまった。
 まずい。今画面にはヒュース(仮)のアバターが映っている。
 見られる前に拾おうと席を立ったが、ヒュースがスマートフォンを拾う方が早かった。
「あの、ヒュース、それは」
 ヒュースが、画面をじっと見つめる。
「……これは、何だ?」
「え、えっと、ゲーム、です」
「なぜオレに似ている女がいる?」
「理想の恋人を作ろうってゲームで、その、自由に見た目を変えられるんだ。ちょっと出来心で作ったっていうか……」
 勝手に人の見た目を使うなと怒られることを予測して、声が尻すぼみになる。だがヒュースは声を荒らげることなく、じっと画面を見つめていた。
「ヒュース?」
「わかった」
 そう言って、ヒュースは迅に向かってスマートフォンを投げ、部屋から出ていく。わかったとは、なにを理解したのだろうか。彼が怒らないなんて意外だった。
 恋人に怒られなかったことに、ひとまず安堵の息を漏らした。
 だが、その日も次の日も、ヒュースは迅と顔を合わせても話をしてくれなかった。

「ヒュースに嫌われたかもしんない……」
「この前は会えなくて寂しいって言ってなかったか?」
 柿崎が苦笑する。同い年の四人にはヒュースと付き合っていることを伝えている。なので、ヒュースに関する話題を包み隠さず伝えることができた。
「どうせ迅がなにかしたんだろ」
 弓場がオレンジジュースを飲みながら答える。どうせってひどくない? だが、理由はわかっている。きっとあのアバターを見たからだ。
「で、何したん迅?」
「……ゲームで、ヒュースそっくりの恋人アバター作って遊んでたら、それがバレた……」
「……それ、そんなに怒ることか?」
 嵐山はヒュースが怒る理由がわからないぞ、と呟く。
「そりゃ自分の見た目勝手に使われてたら気分よくねえだろ」
「でも理想の恋人って言われたらヒュースしか思い浮かばなくて……」
「めちゃくちゃブサイクに作ったとかじゃないんか?」
「そんなことない! すっごいクオリティ高いの作ったよ! ほら!」
 スマートフォンを取り出して、アバターを四人に見せる。
 画面の中のヒュース(仮)は、少しだけ頬を赤らめてこちらを見つめていた。
「……迅、これは…………」
 嵐山の顔が曇る。画面の中のヒュース(仮)は本人にそっくりだ。どうしてそんな顔をするのだろう。
「なあ迅、どうしてこれ、女の子なんだ?」
「え? プレイヤーの性別男にしたら女の子しか作れなくて……」
「それヒュースは知ってるのか?」
「知らない、けど…………」
 柿崎に言われて初めて気づいた。迅はヒュースにアプリのことを理想の恋人を作れるものだとしか説明していない。男を作れなかったとは、一言も言っていなかった。
「やってもーたな、迅」
「『理想の恋人』の姿が女なら、本当はヒュースが女ならよかった、って思ってたって見えるだろうな」
 サーッと背筋が凍る。違う、断じてそんなことはない。確かに元の恋愛対象は女の子だけれど、迅が好きなのはありのままのヒュースだ。
「ど、どうしよう……」
「どうしようも何も、ちゃんと説明して謝るしかないだろ」
「でも、話聞いてくれないし……」
「手紙は?」
「ヒュース日本語読めないから……」
「詰んだなこれ」
「振られたら慰めパーティーくらいはしてやるから……」
 振られる。ヒュースに、別れを告げられる?
 嫌だ。それだけは絶対に嫌だ。別れたくない。土下座でも何でもするから、それだけは。
「ひゅ、ヒュース……」
 ごつん、と机に額を落とす。嵐山がぽんと肩を叩いてくれたが、なんの慰めにもならなかった。

 結局帰ってからヒュースと話をしようにも、宇佐美と部屋にこもって迅と会話をしてくれなかった。
 夕飯もみんな集まっていたため、アバターのことを話せずに時間が過ぎた。
 迅はひとり、自室のベッドで肩を落としていた。さきほど地下室に行っても、ヒュースはいなかった。もしくは、居留守を使われていたのかもしれない。
 とにかく、徹底的に避けれていることは明らかだった。
 どうしたらいいんだろう。女の子のほうがよかったなんて微塵も思ってないのに。
 荒波に揉まれる小舟のような不安感が全身を覆う。頭の中がどうしようの五文字でいっぱいになって、ぐるぐると思考が巡った。
 もう一度、部屋に行ってみよう。駄目なら、ヒュースが帰ってくるまで待とう。そう決意して、ベッドから立ち上がった時だった。
 こんこん。迅の部屋のドアがノックされる。
「は、はいっ?」
 突然の来訪者に思わず声がうわずった。今からヒュースのところに行かなければならないのに、このタイミングは困る。
「迅、オレだ」
 だが、訪れてきたのはちょうど会いに行こうと思っていた恋人だった。
「ヒュース!?」
 急いでドアの方へ向かう。よかった。一瞬そう思ったが、もしかしたら別れ話を切り出されるかもしれないと最悪の予想が頭に浮かぶ。
 とにかく、誤解を解かなければ。
「ごめんヒュース! この前のことなんだけど、ちゃんと説明したく、て……?」
 ドアを開けながら必死に言葉を紡ぐ。だが、その続きはヒュースの姿を見た瞬間に消えてしまった。
 ヒュースの背が、いつもより低い。普段はほとんど目線を下げずとも合うはずの視線が合わなかった。
 そしてそれよりも、いつものヒュースと決定的に違うところがあった。
「最終調整をしていたら遅くなった」
 彼の胸に、ふたつの膨らみがある。
「え、……え?」
 思わず目を擦った。しかし、もう一度見てもヒュースの胸の大きさは変わらなかった。
 驚いている迅の手を引っ張って、ヒュースが部屋の中に入ってくる。そのままベッドに座らされて、ヒュースが迅の膝の上に乗り上がった。
「あの、ヒュース?」
 ヒュースは無言で迅の手を胸の上に導く。むにり。やわらかな肉に男の手が沈んだ。そして、彼が──女の姿をした恋人が、平坦な声で告げる。
「これが、『理想の恋人』なんだろう? 好きなだけ触れ」
「────ッ!?」
 ああ、やはりヒュースは誤解していたのだ。迅の理想が、女体のヒュースであると。
「ヒュース、ちが」
「栞に相談してトリオン体で女の身体を作ってもらった。生身でなくて不満かもしれないが、そこは我慢しろ」
 ヒュースは淡々と言葉を紡ぐ。迅が勝手に見た目を借りてアバターを作っていたことを怒りもせずに、自身の胸に迅の手を押しつけた。
「待って、違うんだ、おれは」
「何も違わない。貴様はオレに女になってほしかったのだろう」
 迅の言葉を聞かずにヒュースは言葉を続ける。迅の意見は聞いていないようだった。
 瞬間、未来視で彼のほんの少し先の未来が見えた。
 ヒュースが、ぽろぽろと涙を零している。
 泣かせてしまう。世界で一番かわいい恋人を、自分の馬鹿な行動で。
 あの時アプリをインストールした自分を殴りたい。ヒュースを泣かせるなんて、絶対にしたくなかったのに。
 とにかく泣かせたくない。誤解を解きたい。迅は必死に説明をしようとした。
「ヒュース、話を」
「抱きたいなら、」
 ヒュースの声が震えている。それだけじゃない。迅の手を掴む手も、震えていた。
「抱きたいなら、抱けばいい。他の女のところに行かれるより、ましだ。」
 がん、と頭を強く殴られたような衝撃。そんな言葉、何があっても恋人に言わせていいものではなかった。
 ショックのあまり動けないでいると、ヒュースが空いているほうの手でパーカーのチャックを下ろす。
 そして、迅の手をTシャツの下へと連れて行った。やわらかい素肌の体温が手に触れる。
「っ、本当に待って!」
 はっと意識を取り戻して手を振り払う。
 ヒュースは目を丸くしていた。どうして迅が女体の彼を拒否したのか、理解ができないという顔だった。
「……これで駄目なら、オレはどうすればいい?」
 ヒュースの瞳が震える。ぽろり、雫がセレストブルーから零れた。
 ずっと堪えていたものが止まらなくなったのか、白い肌に涙が伝っていく。
「どう、すれば」
 ヒュースがひく、としゃくりあげる。初めて見た彼の涙は、ひどく綺麗だった。
 罪悪感で胸がいっぱいになる。迅は一生自分を許せない。
 ヒュースは肩を震わせて嗚咽を漏らしている。あのクールな彼が涙を流すなんて、どれだけ心に傷を負ったのだろう。恋人に、女の身体を求められたと思ったのだ。彼はできうる限りのことをして、それを再現した。迅を、手放したくなくて。
 こんなに想ってくれている恋人がいるのに、おれは。
 ゆっくりと、ヒュースの手に手を絡める。
「ヒュース、ヒュース」
 愛おしい名前を何度も呼ぶ。違うんだ。女の子になって欲しかったわけじゃないんだ。女の子のお前を抱きたいなんて思ったことないんだ。おれは、ただ。
「おれは、そのままのヒュースが好きだよ」
 ようやく、言いたかった言葉を告げる。ヒュースがばっと顔を上げた。
「男とか女とかじゃなくて、ありのままのヒュースがいい。誤解させてごめん」
「なら、なぜ」
「あのゲーム、女の子しか作れなかったんだ。作ってから気づいた。せっかくうまくできたから消すのももったいなくて、そのままにしちゃった。女の子がよかったとか、そういうのじゃないんだ」
「……」
「勝手にヒュースの見た目使ったのもごめん。理想の恋人って言われて、思いつくのがヒュースだけだった」
 ヒュースがぱちぱちと目を瞬かせる。迅の言っていることを理解しきれないようだった。
「お願い、換装解いて。元のヒュースを抱き締めたい」
 真剣な言葉で懇願すると、ヒュースがゆっくりと頷いて、換装を解く。
 背が、胸が、男のそれに戻る。だが、頬に流れる涙はそのままだった。
 慣れ親しんだ身体をぎゅうと抱き締める。ぽんぽんとあやすように背中を叩いて、深い呼吸を促した。
「ヒュースはそのままで世界一かわいいよ。おれの理想で究極にかわいい完璧な恋人なんだから」
「……そう、なのか」
「うん。泣かせたのは本当にごめん。おれが最低だった。あのアプリ消すし、二度とヒュースに誤解させない」
 迅の人生でトップクラスに入る失態だ。愛しい恋人に他の女のところに行かれるよりまし、なんて悲しい言葉、もう言わせてはいけない。
 ヒュースの額に額をこつんと合わせて、まだ濡れている瞳をじっと見つめる。
「許してもらえると思わないけど、本当に、ほんっとうに反省してます」
「迅が、他の人間に目移りしなければいい。……女の格好も必要ならする」
 ヒュースの言葉から紡がれたのは、そんな愛らしくて悲しい言葉。
 そうだ。ヒュースはツンツンしているが元は献身的な男なのだ。恋人が望んでいることをできる範囲で叶えてしまおうとする。
「いい。そのままでいて。お願い。ヒュースがヒュースでいてくれたら、他はなにもいらないから」
 ヒュースの手を握る力を強める。彼の身体の固さを確かめるように、しっかりと。
「これからヒュースを悲しませたぶん、いっぱい愛したいんだけど、いいですか?」
「……オレが傷ついた分を取り戻すなら、三日はいるぞ」
「みっ……」
 さすがにそんなに時間は取れない。せいぜい明日の昼までだ。
「……とりあえず、時間の許す限りしたい、かな」
「なら早くしろ。時間が惜しい」
 ヒュースがすり、と身体を寄せてくる。丸みを帯びていない、男の身体。
「うん。今日はヒュースがしたいこと、全部するから」
 泣かせてしまった分、そのくらいはしなくては。彼の身体の線をなぞりながら言葉を紡ぐ。
「なんでも言って。おれができることならなんでもする」
「それなら、キスがしたい。……深い、のを」
「わかった」
 ヒュースの唇に近づいて、誘うように薄く開いたそこに舌を差し込む。吐息の熱を感じながら、唾液が混じり合った。
「っ、ん、……ぁっ」
 粘膜をたどって、ざらりとした表面を撫でる。息まで飲み込むように口づけを深くすると、ヒュースの口から甘い言葉が漏れた。
 唇をゆっくりと離して、Tシャツの中に手を滑り込ませる。
 ほどよく鍛えられた身体を手のひらと指先で味わい、膨らみのない胸の突起をくっと押した。
「あ、っ……」
 ヒュースの身体がぴくんと跳ねる。赤く染まった頬に彼が先程まで泣いていた痕が痛々しく残っていた。
 それを舌で舐め取って、目じりに口づけを落とす。
 悲しい涙は、もう流させない。
 迅は心に誓いを立てて、甘やかなヒュースの身体を開いていった。
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