命短し恋せよ若者
「……あの、迅さん」
特に変わったことがない日曜日。屋上にいた迅に、三雲が声をかける。
彼のことを見た瞬間、ひとつの未来が見えた。
三雲は顔を真っ赤にして、迅に何かを言っている。
この表情は、多分あれだ。
「恋の相談かな?」
「な、なんでわかったんですか!?」
ちょっとフライングしちゃった、と笑うと、三雲が頬を赤らめる。
「いいよ。おれでよかったら相談に乗る」
「ありがとうございます……」
三雲がメガネをかけ直す。
「それで、相手は? まあメガネくんが悩む相手なんてわかりきってるけど」
「……空閑、です」
「やっぱり」
迅はこくりとココアを口に含む。何かのCMでココアは恋の味だと言っていた気がする。
「で、何に悩んでるの?」
「その……今日、急に好きだって告白されたんです。僕は空閑のこと、そういう目で見たことがなくて、どう返事をしたらいいのかわからなくて……」
人を好きになったことのある迅さんなら、空閑の気持ちがわかりますか? と三雲が真剣な表情を見せる。
うーん、遊真、どストレートに言ったのか。まあメガネくんにはそっちのほうがいいか。
迅は思わずふっと笑う。可愛い後輩は、迅のように手を回してどうにかしようという発想はなかったらしい。
「わかるかって言われたら、わかるよ? おれがどれだけヒュースのこと好きか、話そうか?」
「それは普段の態度でわかっているのでいいです」
「遊真は返事が欲しいって?」
「いえ、返事はいらないって言われました。ただ、伝えたかっただけだと」
でも、と三雲が拳を握る。
「空閑が告白してくれたのに、ちゃんと答えを出さないのは、誠実じゃないと思うんです」
「流石メガネくん。真面目だねえ」
その真っすぐさが、迅には少し眩しい。
「どう振ろうか考えてるの?」
「僕には、自分の気持ちがわからないんです。空閑のこと、ずっと友達だと思ってました。けど……その、今まで恋愛をしたことがないので、恋愛的な意味での好きがわからないんです」
恋愛の好きって、どういうものなんですか? 緑色の瞳が迅を捉える。何とも恋愛初心者らしい質問だ。
「うーん、そうだな」
恋愛的な好き。きっと友愛や親愛との大きな違いはひとつだろう。
「どれだけ相手に触わりたいと思うか、かな」
「触りたい、ですか?」
「そう。まあ世の中には相手に触らなくても恋愛的な意味で好きって人もいるらしいけど、多分メガネくんはそうじゃないだろうから」
そう言って、三雲に手を差し伸べる。
「メガネくん、おれと握手できる?」
「え? あ、はい」
三雲の手が迅の手を握る。当たり前だが、ヒュースとは感触が全然違う。
「これは親愛の握手だよね」
「そう、ですね」
「じゃあ、これが恋人繋ぎになったらどうする?」
「え……」
三雲は俯いて考える。迅と恋人繋ぎをする姿が想像できないのだろう。絶対にヒュースが拗ねるだろうし、全くする気はないが。
「何というか、その……変な感じがします」
「ならメガネくんはおれのこと恋愛的な意味では好きじゃないってこと」
ここで質問ね、と三雲の手を離す。
「それが遊真だったら、どう? 変な感じする?」
「空閑だったら……」
迅の言った言葉を想像して、三雲が目をつむる。数秒して、その顔が段々と赤くなる。
「……は、恥ずかしいですけど、変な感じはしないです」
「そこにさらに追加。そのまま遊真にキスされたら嫌?」
「キっ……!?」
ぶわ、と三雲の顔の赤みが増す。中学生には少し早かっただろうか。
「ほら、ちゃんと想像して?」
三雲の肩を叩いて促す。もう答えはわかっているが、はっきりさせてあげたほうがいいだろう。
「っ……」
三雲が黙る。きっと今彼の脳内で、ふたりはキスをしているのだろう。
「い、嫌じゃ、ないです……」
「はい。それが答え。友達とはキスしないからね」
「っ、ぼ、僕、空閑のこと好きだったんですね……」
「男なんて単純だからね。大体好きになったら相手に触りたくなるものなんだよ」
わかってよかったね、と三雲ににっこりと微笑む。
「ほら、遊真のところ行っておいで。早くしないとあいつ帰っちゃうぞ」
「は、はい! あの、ありがとうございました!」
三雲は駆け足で屋上を去っていく。それにひらひらと手を振って見送った。
「若いっていいなあ……」
あんなに初心な恋心を持ったことがない。迅がヒュースに向けているのは、もっと欲がからんだ、毒のような恋心。
「おれもメガネくん見習ったほうがいいのかな」
きっと、ヒュースを目の前にしたらそんな考え、消え去ってしまうのだろうけど。
自分の汚さに苦笑しながら、再びココアをこくりと飲んだ。
次の日。リビングにいると、空閑が迅さん、と声をかけてきた。
「遊真、どうした?」
「いやあ、ちょっとご報告がありまして。……オサム、いつまで隠れてるんだ?」
見ると、ドアのほうで三雲が縮こまっている。頬が赤く染まっているのを見ると、どうやら昨日の続きはうまくいったらしい。
「いや、その……」
「ほら、早く来い」
空閑が三雲の手を握る。しっかりと、恋人繋ぎで。
「く、空閑」
「迅さん、おれたち、お付き合いすることになった」
ニヤリと空閑が笑う。隣の三雲は蒸気が出そうなほど顔が真っ赤だ。
「おめでとう。メガネくん、ちゃんと返事できたんだな」
「おれもびっくりした。オサムが告白してくるなんて考えてなかったから」
「あの、迅さん、相談に乗ってくれてありがとうございました……」
「大したことしてないよ。お幸せにね」
まだ付き合って一日目のふたりを微笑ましく見ていると、ひとつの未来が見えた。
これは、今本人たちに言っていいのだろうか。だが変に意識させると三雲が耐え切れないかもしれない。
頬を掻いて、どうにかできないものかと思案する。
「うーん、どうしようかな……」
「? どうした、迅さん」
そこへ、リビングの扉が開いた。買い物袋を下げたヒュースが貴様らいたのか、と三雲たちに声をかける。
「おかえり、ヒュース」
「……ただいま。どうして修と遊真が手を繋いでいる?」
「あ、えっと、これは」
「おれとオサム、恋人同士になったんだ」
報告を聞いて、ヒュースが一瞬驚いた顔をする。だがそれはすぐに元に戻り、そうか、と呟いた。
「……戦いに痴情のもつれを持ち込まなければオレはどうでもいい」
「ダイジョーブ。そこらへんはきっちりとします」
空閑がぐっと親指を立てる。
「ヒュース、ちょうどいいタイミング。ちょっとこっち来て」
「?」
ヒュースが迅の元に寄ってくる。彼には少し悪いが、これも後輩たちの安全のため。
「遊真、恋愛の先輩からのアドバイス。よーく見てろよ」
そう言って、ヒュースを腕の中に閉じ込める。急な触れ合いに、ヒュースの身体がびくりと跳ねる。
「な、迅!? 人前で何を」
「まずは、抱き締めて相手に触れる。次に、相手の目をちゃんと見て、顔を近づける」
ヒュースの頬に触れて、その唇に触れる。やわらかくて、生ぬるい。
「待て、迅──」
「歯が当たらないように気をつけて、ゆっくり、ゆっくり唇を合わせて」
ちゅ、とヒュースの唇に口づけた。唇を離すとヒュースの顔は茹でダコのようで、ぱくぱくと口を開いたり閉じたりしている。
「これがキスのやり方。長くするときは鼻で息して、舌入れるのは慣れてからのほうがいい」
「ほうほう、なるほど」
「じ、迅さん……」
「っ、貴様ぁ……!」
ヒュースの拳が握られて素早いパンチが飛んでくる。
「うおっ危な」
それを間一髪で避けると、ヒュースが不機嫌な猫のようにフーッと威嚇をする。
「そういうことをする時は、状況と場所を選べ!」
「だって、口だけより見せるほうがわかりやすくない?」
「そうだな、勉強になりました」
空閑が三雲の手を引っ張って、ドアのほうへと向かう。
「よしオサム、今すぐしよう」
「はあ!? 空閑、僕たち付き合ってまだ一日目だぞ!? そういうのは段階を踏んでから……!」
「せっかく迅さんが教えてくれたんだ。すぐ試さないと」
「待っ、空閑、空閑っ……!」
空閑が三雲をずるずると引っ張っていく。きっと行先は三雲の部屋だろう。
「心の準備が……!」
「メガネくん、早めに諦めたほうがいいぞー」
三雲の抵抗もむなしく、ふたりの姿はリビングから消えてしまった。ここですぐに事に及ばない辺りがふたりらしい。迅はそれを生温かい視線で見送った。
さて、と振り返る。そこには、羞恥と怒りでいっぱいのヒュースの姿。
「ヒュース、そんなに怒んないで」
「黙れ! もう貴様とはキスをしない!」
「だってちゃんと教えないとあのふたり、前歯ぶつけちゃって痛いことになってたのが視えたからさ」
先輩としてちょっと助け舟出したくなったんだよ、というと、ヒュースが一歩距離を取る。
随分と警戒されてしまったらしい。
「もう人前でしないから、許して?」
「うるさい! 近づくな、変態!」
人前でキスをしたのがよほど恥ずかしかったらしい。ヒュースは今にも戦闘態勢になりそうだ。
「わかったよ。ヒュースの許可が出るまでおれからはキスしないから」
両手を上げて、無抵抗の姿勢を見せる。
「……本当だな?」
「ほんとうほんとう」
夜に辛抱が出来なくなってヒュースのほうからキスをしてくる未来が視えたのは、言わないでおく。
「……部屋に戻る」
ヒュースは迅から視線を逸らして、リビングを出ていく。とりあえず矛を収めてくれたようだ。
さて、若者たちの恋は一体何処へ行くのか。
「頑張れよ、ふたりとも」
誰にも届かない言葉を、ぽつりと漏らす。
後日、ディープキスの仕方がわからないと空閑に相談されるのは、別の話。
特に変わったことがない日曜日。屋上にいた迅に、三雲が声をかける。
彼のことを見た瞬間、ひとつの未来が見えた。
三雲は顔を真っ赤にして、迅に何かを言っている。
この表情は、多分あれだ。
「恋の相談かな?」
「な、なんでわかったんですか!?」
ちょっとフライングしちゃった、と笑うと、三雲が頬を赤らめる。
「いいよ。おれでよかったら相談に乗る」
「ありがとうございます……」
三雲がメガネをかけ直す。
「それで、相手は? まあメガネくんが悩む相手なんてわかりきってるけど」
「……空閑、です」
「やっぱり」
迅はこくりとココアを口に含む。何かのCMでココアは恋の味だと言っていた気がする。
「で、何に悩んでるの?」
「その……今日、急に好きだって告白されたんです。僕は空閑のこと、そういう目で見たことがなくて、どう返事をしたらいいのかわからなくて……」
人を好きになったことのある迅さんなら、空閑の気持ちがわかりますか? と三雲が真剣な表情を見せる。
うーん、遊真、どストレートに言ったのか。まあメガネくんにはそっちのほうがいいか。
迅は思わずふっと笑う。可愛い後輩は、迅のように手を回してどうにかしようという発想はなかったらしい。
「わかるかって言われたら、わかるよ? おれがどれだけヒュースのこと好きか、話そうか?」
「それは普段の態度でわかっているのでいいです」
「遊真は返事が欲しいって?」
「いえ、返事はいらないって言われました。ただ、伝えたかっただけだと」
でも、と三雲が拳を握る。
「空閑が告白してくれたのに、ちゃんと答えを出さないのは、誠実じゃないと思うんです」
「流石メガネくん。真面目だねえ」
その真っすぐさが、迅には少し眩しい。
「どう振ろうか考えてるの?」
「僕には、自分の気持ちがわからないんです。空閑のこと、ずっと友達だと思ってました。けど……その、今まで恋愛をしたことがないので、恋愛的な意味での好きがわからないんです」
恋愛の好きって、どういうものなんですか? 緑色の瞳が迅を捉える。何とも恋愛初心者らしい質問だ。
「うーん、そうだな」
恋愛的な好き。きっと友愛や親愛との大きな違いはひとつだろう。
「どれだけ相手に触わりたいと思うか、かな」
「触りたい、ですか?」
「そう。まあ世の中には相手に触らなくても恋愛的な意味で好きって人もいるらしいけど、多分メガネくんはそうじゃないだろうから」
そう言って、三雲に手を差し伸べる。
「メガネくん、おれと握手できる?」
「え? あ、はい」
三雲の手が迅の手を握る。当たり前だが、ヒュースとは感触が全然違う。
「これは親愛の握手だよね」
「そう、ですね」
「じゃあ、これが恋人繋ぎになったらどうする?」
「え……」
三雲は俯いて考える。迅と恋人繋ぎをする姿が想像できないのだろう。絶対にヒュースが拗ねるだろうし、全くする気はないが。
「何というか、その……変な感じがします」
「ならメガネくんはおれのこと恋愛的な意味では好きじゃないってこと」
ここで質問ね、と三雲の手を離す。
「それが遊真だったら、どう? 変な感じする?」
「空閑だったら……」
迅の言った言葉を想像して、三雲が目をつむる。数秒して、その顔が段々と赤くなる。
「……は、恥ずかしいですけど、変な感じはしないです」
「そこにさらに追加。そのまま遊真にキスされたら嫌?」
「キっ……!?」
ぶわ、と三雲の顔の赤みが増す。中学生には少し早かっただろうか。
「ほら、ちゃんと想像して?」
三雲の肩を叩いて促す。もう答えはわかっているが、はっきりさせてあげたほうがいいだろう。
「っ……」
三雲が黙る。きっと今彼の脳内で、ふたりはキスをしているのだろう。
「い、嫌じゃ、ないです……」
「はい。それが答え。友達とはキスしないからね」
「っ、ぼ、僕、空閑のこと好きだったんですね……」
「男なんて単純だからね。大体好きになったら相手に触りたくなるものなんだよ」
わかってよかったね、と三雲ににっこりと微笑む。
「ほら、遊真のところ行っておいで。早くしないとあいつ帰っちゃうぞ」
「は、はい! あの、ありがとうございました!」
三雲は駆け足で屋上を去っていく。それにひらひらと手を振って見送った。
「若いっていいなあ……」
あんなに初心な恋心を持ったことがない。迅がヒュースに向けているのは、もっと欲がからんだ、毒のような恋心。
「おれもメガネくん見習ったほうがいいのかな」
きっと、ヒュースを目の前にしたらそんな考え、消え去ってしまうのだろうけど。
自分の汚さに苦笑しながら、再びココアをこくりと飲んだ。
次の日。リビングにいると、空閑が迅さん、と声をかけてきた。
「遊真、どうした?」
「いやあ、ちょっとご報告がありまして。……オサム、いつまで隠れてるんだ?」
見ると、ドアのほうで三雲が縮こまっている。頬が赤く染まっているのを見ると、どうやら昨日の続きはうまくいったらしい。
「いや、その……」
「ほら、早く来い」
空閑が三雲の手を握る。しっかりと、恋人繋ぎで。
「く、空閑」
「迅さん、おれたち、お付き合いすることになった」
ニヤリと空閑が笑う。隣の三雲は蒸気が出そうなほど顔が真っ赤だ。
「おめでとう。メガネくん、ちゃんと返事できたんだな」
「おれもびっくりした。オサムが告白してくるなんて考えてなかったから」
「あの、迅さん、相談に乗ってくれてありがとうございました……」
「大したことしてないよ。お幸せにね」
まだ付き合って一日目のふたりを微笑ましく見ていると、ひとつの未来が見えた。
これは、今本人たちに言っていいのだろうか。だが変に意識させると三雲が耐え切れないかもしれない。
頬を掻いて、どうにかできないものかと思案する。
「うーん、どうしようかな……」
「? どうした、迅さん」
そこへ、リビングの扉が開いた。買い物袋を下げたヒュースが貴様らいたのか、と三雲たちに声をかける。
「おかえり、ヒュース」
「……ただいま。どうして修と遊真が手を繋いでいる?」
「あ、えっと、これは」
「おれとオサム、恋人同士になったんだ」
報告を聞いて、ヒュースが一瞬驚いた顔をする。だがそれはすぐに元に戻り、そうか、と呟いた。
「……戦いに痴情のもつれを持ち込まなければオレはどうでもいい」
「ダイジョーブ。そこらへんはきっちりとします」
空閑がぐっと親指を立てる。
「ヒュース、ちょうどいいタイミング。ちょっとこっち来て」
「?」
ヒュースが迅の元に寄ってくる。彼には少し悪いが、これも後輩たちの安全のため。
「遊真、恋愛の先輩からのアドバイス。よーく見てろよ」
そう言って、ヒュースを腕の中に閉じ込める。急な触れ合いに、ヒュースの身体がびくりと跳ねる。
「な、迅!? 人前で何を」
「まずは、抱き締めて相手に触れる。次に、相手の目をちゃんと見て、顔を近づける」
ヒュースの頬に触れて、その唇に触れる。やわらかくて、生ぬるい。
「待て、迅──」
「歯が当たらないように気をつけて、ゆっくり、ゆっくり唇を合わせて」
ちゅ、とヒュースの唇に口づけた。唇を離すとヒュースの顔は茹でダコのようで、ぱくぱくと口を開いたり閉じたりしている。
「これがキスのやり方。長くするときは鼻で息して、舌入れるのは慣れてからのほうがいい」
「ほうほう、なるほど」
「じ、迅さん……」
「っ、貴様ぁ……!」
ヒュースの拳が握られて素早いパンチが飛んでくる。
「うおっ危な」
それを間一髪で避けると、ヒュースが不機嫌な猫のようにフーッと威嚇をする。
「そういうことをする時は、状況と場所を選べ!」
「だって、口だけより見せるほうがわかりやすくない?」
「そうだな、勉強になりました」
空閑が三雲の手を引っ張って、ドアのほうへと向かう。
「よしオサム、今すぐしよう」
「はあ!? 空閑、僕たち付き合ってまだ一日目だぞ!? そういうのは段階を踏んでから……!」
「せっかく迅さんが教えてくれたんだ。すぐ試さないと」
「待っ、空閑、空閑っ……!」
空閑が三雲をずるずると引っ張っていく。きっと行先は三雲の部屋だろう。
「心の準備が……!」
「メガネくん、早めに諦めたほうがいいぞー」
三雲の抵抗もむなしく、ふたりの姿はリビングから消えてしまった。ここですぐに事に及ばない辺りがふたりらしい。迅はそれを生温かい視線で見送った。
さて、と振り返る。そこには、羞恥と怒りでいっぱいのヒュースの姿。
「ヒュース、そんなに怒んないで」
「黙れ! もう貴様とはキスをしない!」
「だってちゃんと教えないとあのふたり、前歯ぶつけちゃって痛いことになってたのが視えたからさ」
先輩としてちょっと助け舟出したくなったんだよ、というと、ヒュースが一歩距離を取る。
随分と警戒されてしまったらしい。
「もう人前でしないから、許して?」
「うるさい! 近づくな、変態!」
人前でキスをしたのがよほど恥ずかしかったらしい。ヒュースは今にも戦闘態勢になりそうだ。
「わかったよ。ヒュースの許可が出るまでおれからはキスしないから」
両手を上げて、無抵抗の姿勢を見せる。
「……本当だな?」
「ほんとうほんとう」
夜に辛抱が出来なくなってヒュースのほうからキスをしてくる未来が視えたのは、言わないでおく。
「……部屋に戻る」
ヒュースは迅から視線を逸らして、リビングを出ていく。とりあえず矛を収めてくれたようだ。
さて、若者たちの恋は一体何処へ行くのか。
「頑張れよ、ふたりとも」
誰にも届かない言葉を、ぽつりと漏らす。
後日、ディープキスの仕方がわからないと空閑に相談されるのは、別の話。