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Drawing lover

 陽太郎をじっと見つめる。鉛筆を紙の上に走らせる。輪郭は大体描けた。陰影をつけて、ただの線に立体感を生み出す。
 昼下がり、お絵描きをしていた陽太郎に絵が描くことが好きだと伝えたら、新品のスケッチブックとやらをもらった。すきなだけかくといい。先輩はどやりと笑いながらそう言った。
 その先輩は遊び疲れたのか、仰向けですやすやと眠っている。せっかくなので早速、手元にあった鉛筆を握った。
 さらさら、さらさら。滑りのいい黒の線が生まれていく。たまに消しゴムで白を生み出して、バランスを取っていく。
「……こんなものか」
 スケッチブックの中には、鼻ちょうちんを作って気持ちよさそうに眠る陽太郎の姿。
 こちらに絵を描く機会などなかったから、随分と久しぶりだ。自分の趣味らしい趣味ができて、心なしかスッキリする。
「お、それヒュースが描いたの?」
 突然後ろから声をかけられて、びくっと身体が跳ねた。
「な、」
 振り向くと、そこには帰ってきた迅の姿。
「勝手に見るな!」
 スケッチブックを抱えて迅から隠す。見られた。今まで描いた絵は当主にしか見せたことがないのに。
「しー、陽太郎起きちゃう」
 迅が人差し指を唇に当てる。ヒュースはぐうと言葉に詰まって、迅から距離をとる。
「すごいうまいじゃん。もっと見せて」
「……馬鹿にするだろう」
「人が描いたもの馬鹿にするわけないだろ」
 迅はうさんくさいが嘘はつかない。それと、しつこい。ヒュースははあとため息を吐いて、スケッチブックを迅に手渡す。
「ありがとう。……ほんとうにすごいな。ヒュース、絵うまかったんだね」
「素人が適当に描いただけだ。うまくない」
 ヒュースは絵を描くことが好きなだけで、決して上手だとは思っていない。
 だが迅は絵の中の陽太郎を眺めてそんなことないよ、と呟く。
「おれは絵を描こうって気持ちがそもそもないから。こんなに優しい絵を描けるの、ちょっと羨ましい」
 迅はふわりと微笑みながら、スケッチブックをなぞる。
 どうやら、本心で言っているようだった。それはそれで、少し恥ずかしい。
「〜〜っ、もういいだろう、返せ!」
 迅からスケッチブックをひったくる。なんというか、絵を見る迅の目が、ヒュースを愛おしそうに見つめるそれと同じで。
「ねえ、ヒュース」
 迅がヒュースの手を握る。いつもと変わらない、優しい体温。
「いつか、おれのことも描いてね」
「絶対に、描かん!」
 ヒュースがどんなに大きな声で叫んでも、陽太郎は夢の中から出てくることはなかった。

 それから、ヒュースは暇があればスケッチブックに絵を描くようになった。
 風景も、人物も、そこにあるだけの物体も、黒の鉛筆で表していく。
 ふと、迅にいつかおれのことも描いてねと言われたのを思い出した。
 そろそろ新しいものを描きたかったころだ。この際本人を見ないで、頭の中の迅を描いてみるのもいい。
 そう思って、鉛筆を走らせる。
 輪郭、髪の毛、サングラス、隊服。
 本人がいないにも関わらず、驚くほど頭の中のイメージを紙の上で表現出来ている。
 ふと考えた。表情はどうしよう。
 いつものいけすかない笑顔を描くのはなんだか違う気がした。だからといって、真面目な表情を描くのもおかしい。肖像画ではないのだから。
 悩んだ末、ヒュースに向けてくる締まりのない笑顔を描くことにした。
 いつもより下がった目尻、嬉しそうにはにかむ口元、少しだけ色づいた頬。
 何度もヒュース向けられているそれは、いとも簡単に出力されていく。
 そしてポーズは、ヒュースに手を伸ばしている格好。これからヒュースに触れる、その瞬間にした。
「……できた」
 絵の中の迅は、これ以上ない幸福そうな顔をしていた。
 時計を見ると、もう夜遅い。まだ迅は起きているだろうか。もし寝ていたら明日見せればいい。
 そう思って、ヒュースはスケッチブックを持って地下室のドアを開けた。

「迅、起きているか」
 ドアをこんこんとノックして、部屋の主を訪ねる。
「はーい、どーぞー」
 ドアを開けると、迅はベッドに寝転がっていた。眠るところだったのだろうか。
「どうしたの、一緒に寝る?」
「それもあるが……これを見せに来た」
 スケッチブックを開いて、先程描いたばかりの絵を見せる。
「え、」
「貴様が描けと言ったんだろう。言っておくが、文句は受けつけないからな」
 フン、と鼻を鳴らす。迅のことだからクオリティに文句は言わないとは思うが。
「これ……おれ?」
「それ以外の何に見える」
「うわ、うわ、待って……ちょっと待って……」
 迅が顔を真っ赤にして手で覆う。何がそんなに恥ずかしいのだろう。描けと言ったのは迅のほうなのに。
「ヒュースから見たおれって、こんな感じなの……?」
 めちゃくちゃデレデレじゃん、と恥ずかしそうに迅が呟く。
 そんな反応をされたら、こちらだって恥ずかしくなってくる。
「すごいね、おれ、優しい人に見える。それに、すっごい幸せそう」
 迅が絵の中の頬をそっと撫でる。そうだ。その仕草。いつもヒュースを包み込むようなその動きを表現したのだ。
「思いついたのが、この顔だった。満足したか?」
 ヒュースも頬を赤らめる。ここまで喜ばれるとは思わなかった。
「うん。大満足。……ねえ、この絵、おれにちょうだい」
「は?」
「部屋に飾りたい」
「駄目に決まっているだろう! こんな、素人が描いた殴り書きを飾るなど」
「おれにとっては世界で一番の絵だよ。ねえ、お願い」
 迅がヒュースの手をきゅ、と掴む。子犬のような目で懇願され、ヒュースは言葉に詰まった。
 ヒュースは、迅に甘えられるのに弱かった。皆から頼りにされる男が子どものように甘えてくるのは、あるはずのない母性本能をくすぐられる。
「……飾ってもいいが、誰も部屋に入れるなよ」
 はあとため息をついて、スケッチブックから絵を切り離す。迅はそれを受け取ると、宝物のように胸に抱いた。
「ありがとう。……一生、大事にする」
 そう言った迅の顔は、絵と同じ、世界で一番幸せそうな表情だった。
 そんな大層なものではない。そこまで大事にされると、もっとしっかり描いておけばよかったと一抹の後悔が頭をよぎる。
「もういいから、寝るぞ」
 スケッチブックを机の上に置いて、ベッドの中に入る。
 ヒュースと一緒に寝るようになって、迅の部屋の枕はひとつ増えた。
 それに顔を押しつけていると、迅もベッドに入ってきて、ヒュースの手を優しく握って口づける。
「これからもいっぱい描いて、ヒュース。それで、おれにいっぱいちょうだい。ぜーんぶ大事にする」
「……オレの絵を欲しがる人間は、当主様くらいだと思っていた」
「そんなことないよ。ヒュースが周りのひとを大事にしてるのがわかる、いい絵だよ」
 あんな風に絵で告白されたの、はじめて。迅が嬉しそうにはにかむ。
「……」
 絵を描くのは、自分の為だった。目に映るものを形にしたいというだけの欲求だった。
 けれど、この男が望むなら。
 この男の為に、また鉛筆を走らせるのも、いいと思った。
 恥ずかしさと充足感が胸を満たす。ふわふわとあたたかい気持ちに包まれて、ヒュースは目を閉じた。
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