入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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それは張り詰めた糸をゆるめるような、ほんの些細な出来事が、千鶴や鶴姫には大きな意味をくれる一日となる。
──深い闇に沈んでいく錯覚
【これは悪い夢なのだ】と頭のどこかでわかっている。
それでも恐怖から逃れたくて、鶴姫は声も出せずにもがいていた。
助けて───!
ただ、いままでの平凡な日々を取り戻したいだけなのに。
救いの手なんて伸びてこない。誰も鶴姫を助けてはくれない。
意識が絶望に沈みかけた。
その時。
「鶴姫ちゃん」
不意に声が鶴姫の耳に聞こえてきた。
どこかにある光を求めて鶴姫は夢から覚めようとする。
「ん……」
朝の眩い光に目がくらむ。
悪夢から逃れたのだと、小さく安堵した鶴姫の耳に再び声が聞こえてきた。
「……鶴姫ちゃん」
苛立たしげに紡がれる声は、鶴姫に強い不安を抱かせた。
やがて朝陽に慣れた瞳が目の前の光景を映し出す。
『あ……』
薄い笑みを浮かべた人が鶴姫のことを覗き込んでいる。
その笑みはどこか物騒で、鶴姫の心をざわつかせた。
「……目が覚めたなら覚めたで、さっさと起きてくれないかな」
突き放すみたいな沖田の声音がどうしようもなく怖かった。
この三ヶ月、この人の小姓として監視されていて分かったことがある。
それはいつまでも起きないでいるとイライラし始めること。
まるで自分の思い通りにならないと癇癪を起こす子供のように。
彼の不機嫌さは感じるが、寝ぼけた頭はまだ動き出さない。
「鶴姫ちゃん、僕の小姓なんだから、せめて起床時間くらい守ってよ。」
『えーと……』
至近距離にある彼の顔をまじまじと見つめる鶴姫。
『あの、なぜ私の上に……』
そう、彼こと沖田総司は鶴姫の上にのしかかっている。
布団の上に何故かいるのである。
「僕だって暇じゃないんだよ。それは鶴姫ちゃんがよーく知ってるよね?いい加減にしてくれないかな?」
『質問の答えになっていません……』
今日は随分と虫の居所が悪いようで、かなりイラついている。
『もしかして、日が昇ってからかなり時間が過ぎているんですか?!』
「そうでもないけど、今日の炊事当番って鶴姫ちゃんだよね?布団から出てきてくれないと朝ごはんの準備は間に合わないくらいには寝坊してるよ。そしたら温厚な僕はともかくとして、心の狭い人達が怒り狂うだろうね」
『…………!!!』
思い当たる節しかない。
ようやく完全に目覚めた鶴姫は慌てて布団からは寝起きた。
「おはよう、鶴姫ちゃん。君って意外と寝起き悪いんだね」
『申し訳ありません!昨日夜更かししてしまって』
鶴姫は朝が弱い。少しでも就寝時間がズレると起床時間もズレてしまう。
すぐにも部屋を出ようとすると沖田が鶴姫の腕を掴んで、額に目覚めの極めつけを落としていった。
『な……』
「もっと目ざめるおまじないだよ」
いつものニコニコした笑顔で去っていった。
『いたい……』
額に食らった一撃はかなりの威力であった。
額に一発強烈な弾きを食らったのだ。
鶴姫は沖田が部屋を出たのを確認すると寝巻きの紐に手をかける。
『──遅れてすみません!おはようございます!』
大きな物音を立てないよう、埃を立てないよう注意しながら鶴姫は勝手場に駆け込んだ。
そこには沖田と斎藤がいた。
「穐月。……大声をだすな」
斎藤はたすき掛け姿で鍋と真剣に向き合っていた。
静かな声でたしなめられた鶴姫は肩を落とす。
「隊士の中には夜遅くまで巡察に当たっていた者もいる。せめて起床時間になるまでは彼らを寝かせておいてやりたい。」
『重ね重ね申し訳ありません…』
「……謝る必要は無いだろう。今度は気をつけてほしいと思うが、迷惑をかけられた覚えなどない」
『しかし、今日は炊事当番にもかかわらず随分寝坊してしまいました』
鍋の中を注視していた斎藤は淡々とした眼差しを鶴姫に向ける。
「どうやら誤解しているようだな。あんたの行動にはなんの影響力もない」
『そうですよね…今まで皆さんだけで回してきている訳ですし…猫の手を借りるほどでもありませんよね』
「日常の炊事は隊士が行う。俺たちがあんた達に期待するのは、綱道さん探しへの助力だけだ」
『……(やっぱり)』
千鶴の父探しが始まらない限り、鶴姫たちは役立たずの厄介者なのだとはっきり言われたようなものである。
斎藤の言葉はとても正しい。それ故に胸が痛くなる。
ただ少し剣の腕が経つ程度で思い上がりにも程があるような気がして。
斎藤は決して自分たちに同情せず、いつでも刀を抜けるのだろう。
そう思えて仕方がない。
実際新選組の秘密に触れた夜も斎藤は淡々としていた。
『すみません……』
存在していることすら悪いように思えてしまい、謝罪の言葉しか出てこなかった。
『役立たずですが、お手伝いはさせて頂きたく思います。私は殺されるとしても、千鶴ちゃんを殺させる訳にはいきませんので』
斎藤はたすきを取ると、ようやく鶴姫の方を見た。
「雑用もできない居候なら、新選組のために殺すしかない。……とでも言われたのか?」
『………』
「総司。……嘘を教えるな。雪村綱道を見つける必要がある以上、寝坊した程度では殺せんだろう」
『………総司』
かまどの火加減を見ていた沖田が立ち上がる。
「まあ、そうなんだけどさ。寝坊くらいで殺していいんなら、僕だってとっくに斬ってるし。でも、どうせ居候してるなら、僕たちの役に立ってくれた方がここに置く意味があるかなって」
「……余計な気は回さなくていい。それと、もう少し火を強くしてくれ」
「はーい」
いそいそ朝食を作る二人を前に、鶴姫は呆然と立ち尽くしてしまう。
最初から人に冗談を言っておちょくるような所が沖田にはあったが、まさかここまでとは。
『斎藤さん、何をお手伝いさせていただけるんでしょうか?』
「穐月は汁物を仕上げてくれ。味噌の場所は知っているな?」
『はいっ!』
幾度となく沖田にかり出され経験した炊事当番だ。
多少の勝手はわかっているし、手際の良さでは負けない。
てきぱきと調理に取り掛かる。
『……うん。こんな感じかな』
大坂と京、江戸では味付けが異なるが、新選組に厄介になる前から京では何度か過ごしている。
ここに来て一年経っている彼らに鶴姫の味付けは大丈夫なはずだ。
「よし。これで朝食は完成だ。あんたは盛り付けが終わった膳から広間の方へ運んでいってくれ」
『はいっ!』
広間で食事をするのは、新選組の中でも【幹部】と呼ばれる人達だけ。
千鶴や鶴姫は事情が伏せられている関係と、会津侯からの派遣とのことで一般の隊士と違い幹部たちの食事に同席している。
千鶴は少し肩身が狭そうにしているが、ありがたいことなのである。
「お──?」
不意に襖が開いたかと思うと、横合いから人が現れた。
あまりに急なことで避けきれずぶつかってしまった。
『きゃあっ!』
お膳は大きく揺れ動いたが、鶴姫が上手く体勢を取ったことで手の中で無事であった。
そしていつまでもやってこない痛み。
目を開けると
「危ないところだったな、鶴姫。驚かせちまったか?」
『い、いえ、あの、その………』
倒れるはずの鶴姫の身体を原田が抱えていた。
「自分の足で立てそうか?この体勢を続けるのは結構しんどそうなんだが……」
『はいっ!大丈夫です!ありがとうございました!』
とっさに頷いてみせたが、原田の腕は固定されたかのようにしっかりと安定していて、少しも辛そうに見えない。
「朝から元気だな」
『永倉さん、おはようございます。みっともない所をお見せしましたね。お味噌汁かかってませんか?』
「ああ。大丈夫だ。」
「俺が急に出てきたせいでぶつかっちまった」
『いえ!私が考え事しながら歩いていて気配を察知出来ずにこのようなことに……お膳は無事でしたが、原田さんに要らぬ体力を使わせてしまい……』
朝から今日は酷い……と鶴姫は俯いた。
「いい子だなぁ、鶴姫ちゃん」
永倉は感心したみたいな笑みを向ける。
「こんなとこで油売ってないで食事の準備してろよ?」
『あ!そうだった。すみません!もしいつかお時間できたら、甘味処行きませんか?お礼させてください』
「いや、いいって。これくらいどってことねぇよ」
『でも……』
「それと、落ちたわけじゃねえけど、盛り付けぐちゃぐちゃだろ?俺が責任もってその膳食っとくから、俺のところ置いといてくれ」
『そこまでしてもらう訳には…』
「………鶴姫、そう怯えんなよ。俺たちだって鬼じゃねえんだ。おまえらが大人しくしてる限り、手荒な真似はしねえからよ」
「男所帯で居心地悪いだろうが、美人でかわいい女の子たちが屯所に来たって、みんな内心じゃ喜んでんだぜ?」
『そ、そうなんですね……』
永倉は笑顔を浮かべていても、目の奥が笑っていないことがある。
例えば今のように。
すると原田が茶化すように笑う。
「それは新八と平助だけだろ」
「自分を抜かしてんじゃねぇよ。左之だって女の子にゃ甘いだろ?」
『……』
やはり原田たちは親切でよく世話を焼いてくれるが、心を許せる相手とは言えないようだ。
微妙な立場にいる千鶴や鶴姫の存在はどうしたって困りものなのだろう。
『有難うございます。朝食の準備に戻りますね』
言い争う二人に頭を下げてから改めて広間へ向かった。
随分と時間を食ってしまった気がする。
『これで大体できたかな』
何度も勝手場と広間を往復してお膳の配置を完了させた。
なんとかみんなが集まってくる前に準備を終わらせることが出来たことに安堵のため息が出る。
まだ少し時間があると手持ち無沙汰になった鶴姫の元に山南が現れた。
「おはようございます、穐月君。今日も朝からご苦労様でした。」
『おはようございます』
「……あくまでの君の立場は、私たち新選組の【客人】です。なのに隊士と同じ雑務まであれこれ任せてしまっています。人手不足の現状とはいえ、本当に申し訳ありません……」
『私なら大丈夫です。難しい仕事ではありませんし、家でもやっていたことです。何もしていない方がかえって心苦しいので雑用させてください』
「ありがとうございます、穐月君。そう言って貰えると助かりますよ。こんな時は言葉だけでなく、行動で感謝示したいものですが、私はお膳運びすら手伝えません」
山南は年末に大怪我をして左腕の感覚を失ってしまった。
侍である山南にとって思う以上に辛いことなのだろう。
あれ以来とても落ち込んでしまい、聞いている方が悲しくなるくらい自虐的な発言をするようになった。
『総長に雑用をおまかせする訳にもいきません』
「総長。それも名ばかりの響きです。刀を持つことすら出来ない私が、新選組にいる意味など…」
適切な言葉がけが出来ずにいると、後ろから井上が声をかけてきた。
「おはよう、二人とも」
『おはようございます』
「朝食の時間だって言うのに、ほかのみんなはどうしたんだい?」
「みなさんも井上さんとご一緒に日課の朝稽古をしていたのでは?」
「藤堂くんは不参加だったよ。彼は昨晩の巡察当番だったから。永倉くんと原田くんは随分前に稽古を切り上げて、母屋に戻ったはずなんだが」
『お二人なら先程お見かけしました。もう少しで来られるかと思います。沖田さんと斎藤さんならまだ勝手場にいると思いますが、そろそろ呼びに行きましょうか?』
「そうだなあ……」
井上が考え込んだ、ちょうどその時。
「お、飯は準備万端だな、さっさと食っちまおうぜ!」
永倉が広間に現れて張りのある声で言った。
「穐月くん、申し訳ないんだが、平助の様子を見てきてくれんか」
『はい!』
「ああ、ついでに土方くんの部屋も確認して貰えますか。彼は随分遅くまで雑務に追われていたようですから」
『はい!』
剣の腕が少したつくらいで、それでもまだ肩身が狭いが故に頼まれると断れない。
が、今回は少し後悔してしまうことになる。
土方の部屋に行くのは正直あまりいい気分ではない。
副長という立場柄、なかなか接触が少ないために本人がどういう人間なのかもまだ十分に把握出来ていないからだ。
『やっぱり先に平助の方から様子を見に行こう』
その間に土方が自分から部屋を出てきて欲しいと願いながら。
『平助?』
応答はない。
『開けるね』
襖を開けて部屋を覗き込むと、予想外のものを発見して目を瞬いた。
「むにゃ……」
子供のように掛け布団を抱えて眠る姿。
思わず笑みがこぼれてしまう。
こんなに可愛いのを起こしてしまうのはもったいないと思いながら、心を鬼にして挑む。
『……ふふ。平助、朝ごはんの時間だよ。』
「うー……」
『起きてったら。みんな広間で待ってるよ?原田さんや永倉さんにご飯取られちゃうよ?』
「あー、うっせえな……!眠いんだからほっとけって!」
そんな訳にも行かないのだ。
寝ぼけてるだけかもしれないが、無理やりにでも起こさせてもらう。
「俺は夜の巡察で疲れてんの。今日くらい寝かせてくれって」
『眠いのはわかるけど、もう朝。起きて!』
「…………」
そう声を張ると恨みがましい目でじっと鶴姫を見つめてくる。
「…………鶴姫?」
『うん。穐月鶴姫。』
「ここ、俺の部屋だよな。なんでお前がいるんの?」
『井上さんに頼まれたの。様子を見てきてくれって。早く広間に行かないと永倉さんたちが先に食べ始めちゃうかもよ?』
「ふ、ふーん……」
『え?』
いつもならバタバタと走ってきて怒られてるのに、少し動揺した様子ながらもぞもぞと身を起こす。
「もう朝飯の時間かあ……。さっき寝たばっかって気がする。」
『わかるよ、その感覚。夜の巡察お疲れ様。私も許可が降りれば少しでも役に立てるんだろうし、本当はもう少し寝てた方が体にいいんだろうけど』
「ああ。土方さんたちがうるさくいってくる前に起きないとな。」
『平助ったら。実はね、私も今日寝坊したの。そして、沖田さんに起された』
「げ!総司に起こされたのかよ!災難だな」
藤堂の明るい気質は鶴姫の心を楽にしてくれる。
それに歳が近いこともあり、気が合う。
無事に藤堂も起きたことだしと部屋を後にしようとした時
「──おはよ、鶴姫。起こしてくれてありがとな」
そう声を掛けてくれた。
『いえいえ。おはよう、平助。朝食、私も作るの手伝ったから冷めないうちにきてね』
そう笑顔で返すと、顔を赤くしながら藤堂は大急ぎで行くと言った。
今日は大丈夫だと思うが、土方が居ない時はおかず争奪戦が多発する傾向にある。
早く行かないと取られると藤堂は準備を始めた。
『さ、土方さんは起きてるのかな』
本人の部屋の前まで来てしまった。
すうっと息を吸い込んで覚悟を決める。
『土方さん、朝ですが起きてますでしょうか』
応答はない。もう行ってしまったのかもしれない。
一応確認のためと襖に手をかける。
『………』
開けて後悔したが後の祭り。
想像もしなかった光景を前に鶴姫の体は完全に凍りついた。
とても珍しいものを見てしまったような気がする。
鶴姫の声は土方の耳には届いていなかったようである。
聞こえていたなら返事をするし、何よりこんなに驚いた表情なんてしないはず。
「……何の用だ」
『わぁぁぁぁ!申し訳ありません!』
「急ぎの用じゃねえんだろ?」
『はい……』
思わず俯いてしまった鶴姫を睨みながら土方は呆れたように言った。
「大人しく待ってろ。男の着替えを覗く趣味がねえなら、その襖閉めて廊下に出とけ」
『───はいっ!失礼します!』
そっと襖を閉めてへたりこんだ。
道場にいた時でもなかなかあそこまで引き締まった身体を見た事がない。
思わず見惚れてしまったが、おかしな態度であったに違いない。
『いや、土方さんは端正な顔立ちをされてるけど、やましい気持ちがあって見惚れてしまった訳ではなく……』
「………なんも言い訳してんだ。朝っぱらから頭でも打ったか?」
慌てて振り返ると土方が不機嫌そうな顔で鶴姫を見ていた。
「それで。おまえがわざわざ、俺の部屋まで来た理由を話せ」
『はい。朝食のお時間になりましたので呼びに参った次第です』
「………」
『?』
「穐月、まさかおまえが自発的に俺の部屋へ来たわけじゃねえよな」
『滅相もありません』
「……吐け。誰の差し金だ?」
『差し金って………山南さんに言われて』
「………」
『土方さんが昨晩も遅くまで仕事をしていたみたいだから、様子を見てきてくれって……心配されてました』
「いや。俺に嫌がらせするついでにお前のこともいびってんだろ。わざわざ居候に【鬼の副長】の様子を見に行かせるなんてな」
『そうでしょうか』
厳しいことで有名で、まだハッキリと人間がわかった訳では無いから警戒してきたが、とんでもないことになった。
「む。トシと穐月君か。意外と珍しい組み合わせだな」
土方と鶴姫の間に漂っていた微妙な空気をものともせず、近藤が声をかけてきた。
『近藤さん、おはようございます』
「ああ、おはよう穐月君。こんなところで立ち往生とは、何か問題でも起きたのか?」
「違ぇよ。それより近藤さん、あんたこそ何やってんだよ。もう飯の時間じゃねえか」
「う、うむ。実はなトシ。今日は特別いい天気だろう?つい散歩がしたくなってな。朝稽古が終わってから、屯所の周りをぶらぶら適当に歩き回ってきたわけなんだ」
清々しい笑顔で話す近藤。
とても情に厚い人物で千鶴と鶴姫の事情を知った時に誰より親身になってくれた。
「………少し遅かったか?みんなに迷惑をかけまいと、走って帰ってきたんだが」
「別に。あんたらしい話だろ。さっさと飯くいに行こうぜ」
土方は素っ気なく鶴姫に背を向ける。
続いて歩き出した近藤はふと足を止めてから鶴姫を見た。
「ああ、穐月くん。確か今日の飯当番は君だったな?」
『は、はい!沖田さんと斎藤さんと私です』
「そうか。となると朝飯がますます楽しみになるなあ!」
『そのように言っていただけて嬉しいです。江戸の味付けもできるようになりたいです』
「うむ。君が来てくれてよかった。うまい飯が食えて俺は幸せだ。みんな塩加減が雑だからなあ。特に総司は酷いだろう?」
『確かに、大胆です……』
「トシはもっと酷いぞ。今でこそ勝手場に立たないが、昔作った雑炊なんかは──」
「──おい、近藤さん!無駄話してんじゃねえよ!」
まるで聞いていたかのように土方の怒声が響いて近藤は背筋を正した。
みなを待たせているとの事で急いで広間に向かった。
「では皆の衆。美味い飯を食って、今日もキリキリ働いてくれ!」
上機嫌な近藤の音頭でやっと今日の朝食が始まる。
土方と山南が朝の件でぴりぴりした空気を振りまいている。
「うわ。……あのさ鶴姫、おひたし作ったのって総司?」
『半分は沖田さn「鶴姫ちゃん」総司かな』
「とりあえず野菜を茹でて醤油に浸す所までは僕がやってたんだけど…ちょっと味見した一くんが【これじゃ辛すぎて駄目】とか言って全部水洗いしちゃって」
「俺は当然の処置をしたまで。塩分の摂りすぎは健康を損ねる」
「これはやりすぎだって一くん!このおひたし全然味しねえよ!」
「こら、大声を出すんじゃない。雪村くんが怯えてるじゃないか」
「あ、あはは……」
今日は千鶴、平助、鶴姫、総司、斎藤の順で座っている。
あまりの声に千鶴が肩をふるわせた。
鶴姫には朝から心臓がいくつあっても足りないような事件続き。
もっと動じない女にならねばと思いながら黙々とご飯に手をつける。
「そういえば、鶴姫って総司の前では総司って呼ぶようになったんだな」
「そういえばそうだな。いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「直属の上司を呼び捨てにするなど…」
『やはりそうですよね』
鶴姫はいたたまれなくなりちらと横を見る。
沖田は涼しげな顔で言う。
「僕そういう固いの好きじゃないから呼ばせてるんだよ」
「ま、総司がいいならいいか」
『ええ…』
「だって、鶴姫ちゃん」
そう言われてしまった鶴姫は黙ることしか出来なくなり、再び食事に箸をつける。
『では失礼します』
朝食を片付け終わり、昼食まで自室待機。
これが千鶴と鶴姫に許された日常。
「すみません、雪村くん、穐月くん。少しここに残っていただけませんか?」
「え、でも……」
「ええ。君たちも知っての通り、朝食後は私たち幹部がこの広間で会議を行います。」
「そんな場所に私たちがいたら迷惑じゃありませんか……?」
「そんなことはありません。今日の会議はまさに君たちのことを話し合おうという場ですから」
「……ええっ!?」
「昨日の会議で決まったんだが、監察方に配属された隊士の一部に君たちの事情を話すことになってね。」
「監察方、ですか……?」
監察方は副長直轄の組織で、新選組の内外を調査し監督する役目を持つ。
「ああ。監察方は綱道さんや穐月くんのお父上やお兄さん探しの実働隊となってくれる部署だ。大掛かりな捜索を始める前に君のことを紹介しておかんとな」
「は、はいっ!ありがとうございます!」
『ありがとうございます』
小さな一歩かもしれないが、巡察に同行できないし外にも出られない現状で、とても有難い。
「僕は反対なんだけどなあ。監察方まで話を広めちゃうの。例えばあの【薬】の件とか、隊士たちにも伏せてることまで一から説明しないといけないし」
「総司。……山崎も島田も新選組の内情を知るに足ると土方さんが見込んだ人物だ。それに綱道さんや穐月の父親や兄を探す以上、いずれは彼女達の事情についても彼らに伝えねばならんだろう」
斎藤に窘められて不満そうな沖田。
千鶴と鶴姫は微妙に立つ瀬がなくていたたまれない気分になった。
「ま、ちょうどいい機会だろ。先延ばしにする意味もねえしな」
原田は明るく笑って、とりなすみたいに言う。
「むしろこいつらが屯所に来てから、今日まで三ヶ月も待たせてんだ。もう動き出す頃合いだろ?」
「あ。そんな言い方きたら、俺らが怠けてたみたいじゃん」
平助は不服そうに口を狭み、千鶴や鶴姫のことをじっと見つめた。
「一応言っとくけどな、千鶴、鶴姫。俺らも綱道さんや鶴姫の親父さんや兄貴の足取りは色々調べてたんだぜ?」
「そ、そうなんだ…!」
『ありがとう』
てっきりこの件は何も動いていないのだとばかり思っていたが、
「俺ら新選組にとっても、綱道さんが早く見つかるに超したことはねぇからな」
「あ、あの。父様を探してくれて、ありがとうございます……!」
今までまともにお礼なんて行ったことがなかった千鶴は慌てて頭を下げた。
「それと、鶴姫の親父さんと兄貴が一緒にいた男ってのが綱道さんの特徴とよく似てるしな。」
「行動を共にしてる可能性はゼロじゃない。一緒に探せば何か出てくるかもな」
『有難うございます』
「別に礼を言われることじゃねえよ。俺らは俺らの都合で動いてるだけだし」
そう言って平助は優しく微笑んだ。
しかし、永倉は目を細めどこか冷えた声音で言う。
「総司が懸念すんのもわかるぜ。いつ始末するか知れねぇような子らの存在は内輪にも伏せときてぇよな」
「……」
『千鶴は暫く安全であるとして、私は新選組と関わりが出てくるかもしれないという上での捜索ですからね。特に始末されるのが早いでしょう』
「秘密を知った人間がいたから、やむを得ず屯所に拘束したものの邪魔になったから殺した──。そんな事情を正直に話せば、まず隊内の士気が下がっちまう。覚悟の足りねぇ奴が多いしな。彼女らについては伏せたまま、始末したあとも【里に帰った】とか適当な理由をつける方がいい」
組織の秘密を知る人なんてできるだけ少ない方がいい。
永倉の言葉は正論だが、死を前提とした話を聞くのはどうしたって胸が苦しくなる。
「けど今回の件は俺らが全員で、話し合って決めたことじゃねえか。今更グチグチ文句言ってんなよ」
「まあね。僕も根っこではちゃんと納得してるんだけど、やっぱり不満は不満で───それに千鶴ちゃんはともかく、鶴姫ちゃんが相手だと手こずるかも」
『まさか。もう抵抗しようなんて思ってませんよ』
その時だった
「失礼します。島田、山崎、両名参りました。」
「よし、入れ」
広間に入ってきたのは二人の隊士だった。
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