入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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「平助!!」
「!!?」
千鶴は完全に硬直してしまった。
原田は問答無用と言わんばかりに、唐突に藤堂を殴り飛ばした。
「いってぇなあ、もう……」
「平助くん、大丈夫……!?」
「やりすぎだぞ、左之。悪かったな、平助。先に口を滑らせたこっちも悪かった。」
「……大丈夫か?悪かったな」
「だが、平助も、こいつらのことを考えてやってくれ」
いつになく真面目な顔をした永倉がそう言って千鶴と鶴姫に視線をむけた。
「……悪かったな」
原田が短く謝ると、平助は曖昧な苦笑いを浮かべた。
「いや、今のは俺も悪かったけど……。ったく、左之さんはすぐ手が出るんだからなあ」
「千鶴ちゃん、鶴姫ちゃんよ。今の話は君たちが聞いちゃいけないことに、ほんのちょっと首を突っ込んだところだ。これ以上のことは教えられねえんだ。気になるだろうけど、なにも聞かないでほしい。それと、さっきの平助の話は忘れてくれ」
永倉は優しい声とは裏腹な真剣な目で千鶴の頭をポンポンと軽く叩いた。
「……でも」
「【羅刹】っていうのは、可哀想な子達のことだよ」
不意に聞こえてきたのは沖田の冷たい声。
彼の瞳は底冷えするほどくらい色をしている。
なにも言えなくなった千鶴に永倉がとりなすような口ぶりでいう。
「お前らはなにも気にしなくていいんだって。だからそんな顔するなよ」
「…………」
『……はい』
「忘れろ。深く踏み込めば、お前たちの生き死ににも関わりかねん」
みんなとの間には簡単には壊れない分厚い分厚い壁がある。
その日の夜。鶴姫と千鶴は床についていたが眠れそうになかった。
砂を噛むような心地で夕食を終え、二人で部屋に戻ってきた。
頭の中を色々なことがぐるぐると回っている。
「らせつ、か……」
『私たちが知っているのは【新選組】。世間で知られているのも同じ。でもその裏に【羅刹】がある。こう考えるのが妥当だろうね』
「仏教でいう【らせつ】なのかな。そういう名前の鬼神がいたような気がする」
『でも、薬を飲むとか、【幹部が羅刹になる】って言うのは、私たちが見たものと何か関係があるのかも。気になるけどもう寝た方がいい。踏み込んで自分の首を絞めることになるし、そうなると家族探しも出来なくなってしまう』
「そうだよね」
そう言って千鶴は薄っぺらな布団の中に滑り込んだ。
すこし目を閉じれば襲ってくる睡魔に目を閉じた。
――文久四年二月
二人が新選組にきてから、約1ヶ月がすぎた頃。
大坂に行っていた土方と山南が屯所に帰ってきた。
山南の怪我のこともあって、それからしばらくの間はバタバタした日々が続く。
やはり、山南の怪我は大きいものだったらしく、そのせいか本人は部屋から出ることも極端に減ってしまった。
時折姿を見せたとしても刺々しい態度をとることが増えていた。
鶴姫も千鶴も同じように部屋に篭もる日々が続いているが、怪我をしたわけでも具合が悪い訳でもない。
二人は父親と兄探しが出来ないのなら、屯所内で何か出来ることはないかと土方に確認を取りに行った。
広間に来てみたものの土方の姿はなく、悩んでいた時ぶらりと見知らぬ隊士が姿を現した。
「あの……すみません、土方さんを見ませんでしたか?」
千鶴がそう話しかけると、長身の男は胡散臭そうな目で二人を見つめてくる。
「……お前はどこの誰だ?なぜここにいる?」
「え……あの、私は……」
「誰だと聞いている。応えろ!」
相手の気迫に押されている千鶴を後ろに鶴姫が答える。
『俺は穐月龍之介です。もう1人は雪村』
「ほう……副長と沖田が小姓に取り立てたという見習い隊士とはお前たちのことか」
いつの間にやら見習い隊士になっていたらしい。
身分が判明しなければなんでもいいが。
「ふうむ……おまえら、局長や副長とはどんな関係だ?片方は同じ江戸の出身らしいが、どんな縁故を使って取り入った?」
『そんなことはしていません。ただ、お二人のお目にとめていただけただけです』
「ますます怪しいぞ。ここは、お前らのような剣の腕も才覚もなさそうなものが、ウロウロしていいところではないんだがな。……もう一度聞く。どうやって、あの二人に取り入った?」
『しつこいですよ。自分は一向に名乗りもせず人の事情ばかり聞き出そうとするのは失礼には当たらないのですか?』
「おまえ……」
答えようとしない二人と、歯向かってくる鶴姫に苛立ったのか、男は鶴姫に手を伸ばした。
しかし、掴まれるより一瞬早く、誰何の声が武田の手を止めていた。
「おい武田!こんなところで何をしている?」
「これはこれは土方副長……。近藤局長に少々用がありましてね」
「ほう……俺は何も聞いちゃいないが」
「最近お姿が見えない山南総長の代わりに、相談に乗って欲しいと言われているのです。しかし……近藤局長もいらっしゃらないようなので、私はこれで失礼します」
男は立ち去ろうとして足を止めた。
「ところで、土方副長。その者達を小姓に取り立てたというのは本当ですか?」
「ああ……少しばかり訳ありでな」
「承知しました。訳ありならば詳しく聞くのはやめておきましょう。ですが、同じ郷里のものばかりを周りに囲うのは如何なものかと思います。では、失礼」
男の姿が広間から消えた瞬間、鶴姫の後ろにいた千鶴は緊張の糸が解けたように息を漏らす。
「おい、雪村、穐月!屯所の中を勝手に歩くんじゃねえ!」
「はい!……すみませんでした」
『以後気をつけます』
「お前らの正体を知っているのは、この八木邸に寝起きしてる奴だけだ。前川邸からこっちにくるやつらには気をつけろ。いいな」
「分かりました。これからは気をつけます」
『ところで今の方は?』
「あいつか……五番組組長の武田観柳斎ってやつだ。腕はそこそこだが、文学だか軍学の多少の知恵を持ってるやつだ。抜け目のないやつだから……気をつけろ」
土方は小さく二人に忠告をいれる。
「それから、用がないならお前らもこの辺でウロウロしてないで部屋に戻っていろ」
そう言って二人を部屋に戻そうとする土方に鶴姫が待ったをかける。
『土方さんにお願いがあって部屋から出てきたのです』
「何もしないで部屋にこもっているのは皆さんにも申し訳なくて……」
『何かお手伝いをさせていただけませんか?掃除でも洗濯でも食事作りでもなんでもやります』
二人の言葉に何かを感じたのか、土方は少し考えた様子。
「部屋にこもっているのはそんなに退屈か?」
「それはその……多少は……」
『私は元々道場の切り盛りをしてましたので、何もしない日がほとんどありませんでした。それ故に何もしてないというのは落ち着かなくて』
そう言うと井上に伝えておくから後で指示をあおげとのことになった。
その代わりに、外から来る人間と関わらないことが条件だった。
後日、屯所内に限っての話ではあるが二人の行動範囲を広げてもいいとの言葉が井上の口から知らされる。
掃除、洗濯、炊事。許可が出たのはそんな日々の雑用。
なにか仕事を与えてもらえるのが嬉しくて、千鶴と鶴姫は張り切ってそんな日々の雑用もこなしていた。
『こちら側なら他の人もあまり来ないよね』
そうして眼前に広がる長い長い廊下へと目を落とす。
洗濯物を担当している千鶴に対して鶴姫は拭き掃除をしようとしているのである。
襷で袖が落ちてこないようにしっかり固定した鶴姫の手には雑巾が握られている。
そしてそれを水で濡らし一気に拭き走る。
「あれ、鶴姫じゃねえか」
『あ、原田さん』
「なんで雑用なんかやってるんだ?」
『何もしてないのは退屈なので、雑用でも何でもさせてくださいと土方さんにお願いしてきたんです』
「なるほどな。……にしても細い腕だな。折れちまいそうだ」
『鍛えてはいるのですが……』
「まあ、多少の力こぶはあるが、それでも細いよなあ。しっかり食わねえと」
『ご迷惑おかけしない程度にいただきますね』
「無理はすんなよ?それと、やっぱりその話し方の方がいいんじゃねえのか?普段の話し方だとやっぱり固いんだよな」
『しかし、皆さんと知り合って長くありませんし』
「まあ、それはそうだが、せめて俺や新八、平助の前でくらいはさっきみたいなのでいいからな」
『ありがとうございます』
「じゃ巡察行ってくるからあと頼んだ」
『はい。行ってらっしゃい』
こうして止まった手を再び動かす鶴姫の元に、次のお客が尋ねてくる。
「鶴姫ー!」
『あ、平助。どうしたの?』
「たまたま目に入ったからさ。それよりなんで拭き掃除なんてしてんだ?」
『何もしてないのは退屈だから雑用させてもらってるの』
「へー。えらいなあ。千鶴も同じこと言ってたよ」
『二人で言いに行ったからね』
「そうなんだ。俺も手伝うよ。廊下長いから時間かかるだろうし」
『でも忙しいんじゃないの?』
「俺昨日の夜当番だったからこの時間は休み。仮眠取るには早いからさ」
『それでも幹部に雑用させるのはちょっと……』
「こっち側に隊士は来ないからいいんだって。さっさとやって団子でも食おうぜ!」
こうして藤堂と二人で拭き掃除を終わらせた鶴姫は、拭き終わった廊下で藤堂を肩を並べて団子を食べたのであった。
To be continue