入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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「………ん……?」
『あ、起きました?』
「おはようございます。ええと……」
『残念ながら、ここは貴方の部屋ではありません』
「そう……ですよね…」
心のなかを読まれた千鶴は、ぐるぐると縛り上げられ芋虫のように寝転がりながらため息をはく。
叶うことならいつものように、暖かい布団のなかで目覚めたかったのだ。
「全部、悪い夢ならよかったのに…」
『そうですね』
昨晩、引きずられるようにしてつれてこられたのが"新選組"の屯所。
「そういえば、男性の声色が得意なんですね」
『まあ男として育てられてきましたので』
「そうなんですか?」
『はい。兄が一人いましたが、ある日を境に姿が見えなくなって。父も居なくなって一年ほどになります。兄がいなくなった時点で男として生活するように。道場をやっていましたが、その道場も無くなりましたので、父や兄を探すために家財をお金に変え京に。』
悲しそうな鶴姫の表情に千鶴は声をかけられなかった。
『あ、そうです。二人で話す時は鶴姫でいいのですが、二人以外の時は龍之介って呼んでくれませんか?』
「わかりました」
『よろしくお願いします』
「あの……」
『何でしょう?』
「年は…」
『16です』
「同じです!あの、ご迷惑でなければ……」
『構いませんよ。同い年同士、固い話し方はなしで』
「うん!」
それからはただじっとしている時間が続いた。
「私たちどうなるのかな」
千鶴がため息を吐いた、その時。
ゆっくりと襖が開いて、人の良さそうなおじさんが顔を出す。
「ああ、目が覚めたかい?すまんなあ、こんな扱いで……。今、縄をゆるめるから少し待ってくれ」
「え……?」
男は苦笑いを浮かべながら、二人をぐるぐる巻きにしていた縄を解く。
「あの、あなたは……」
「ああ、そうか。私はね、井上源三郎と言うんだ」
「井上さん……ありがとうございます」
『ここにいる人たちは割とすんなり名乗るもんなんだな』
「?それはそうとして、ちょっと来てくれるかい?今朝から幹部連中であんたらについて話し合っているんだが……昨夜あんたらが何を見たのか確かめておきたいってことになってね」
「……わかりました」
井上は柔らかい言い方をしたが、実質二人に断る権利などなかった。
強ばる千鶴の顔を見て井上は明るく言った。
「心配しなくても大丈夫さ。なりは怖いが、気のいいものたちばかりだよ」
『それはあくまでも身内に見せる姿。部外者にそんな態度とらないでしょう』
「まあ、そうだね。1番歳の若い藤堂くんは君たちよりちょっと年上くらいだよ。それに永倉くんと原田くんという賑やかな二人組もいるから大丈夫」
大丈夫と言われて、「はいそうですか」と素直に頷けるものがいるだろうか。
そうして連れていかれた広間には幹部連中が集まっていた。
「……失礼します」
突き刺すような視線が一斉に向けられて千鶴は思わず身を固くする。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
「……寝心地はあまり良くなかったです」
「ふうん……。そうなんだ?さっき僕が声をかけた時には、君、全然起きてくれなかったよね。幸せそうな寝顔でぐっすりだったみたいだけど」
「そ、それって……!!」
「……からかわれているだけだ」
『沖田は部屋に来てない。息を吐くように嘘をついて、この子をからかうのはやめてくれ』
スッと千鶴の前に立ち千鶴を隠す鶴姫。
沖田は微笑んだまま斎藤に目を向け、わざとらしく茶化すような口調で言う。
「もう少しこの子の反応を見たかったんだけだな。君もひどいよね、勝手にばらすなんてさ」
『……ひどいのは斎藤じゃなくて沖田の方だと思うけどな』
「……おい、てめぇら。無駄口ばっか叩いてんじゃねぇ」
土方の呆れ返った声が響くと起きた沖田は肩をすくめて口をつぐんだ。
表情はにこにこ笑顔のままだが。
「でさ、土方さん。……そいつらが目撃者?」
そう言って千鶴と鶴姫を一瞥した人は幹部たちの中でも特に年若い。
さっき井上が話していた藤堂とはこの少年のことだろう。
三人でかたまっているあたり、他の二人もさっき井上が言った永倉と原田だ。
髪の短い方が永倉、髪の長い方が原田。
「左にいる桃色のはちっちゃいし細っこいなぁ…。まだガキじゃん。かたっぽは違うみたいだけど」
「お前がガキとかいうなよ、平助」
「だな。世間様から見りゃ、お前もそいつも似たようなもんだろうよ」
「ガキ扱いしてもいいのは、俺みたいな立派な大人になってからだぜ」
「立派な大人って……。まあ、新八が言っても説得力の何もねえがな」
「うるさいなあ、おじさん二人は黙ってなよ」
「ふざけんなよ、このお坊っちゃまが!俺らにそんな口聞いていいと思ってんのか?」
「平助におじさん呼ばわりされるほど、年食ってねぇよ。新八はともかく、俺はな」
「てめえ……。裏切るのか、左之」
「へへーん。新八っつぁん、図星されて怒るって大人気ねえよなぁ」
彼らは冗談のような口調で言い合いながらも、好奇を含んだ視線だけはずっと二人に注いでいた。
興味を装った彼らの眼差しの裏側には、たしかにとても強い敵意があるのが感じられる。
「で、もう一人の方は平助より歳上って感じか?」
「この部屋に入ってきてからの反応とか見てっと、怖いもの知らずって感じだな」
「だな。」
千鶴の隣にいる鶴姫も観察される。
この二人の存在はこの空間では決して許されないもの。
俯いてしまった千鶴に丸眼鏡をかけた男が優しく話しかける。
「くちさがない方ばかりで申し訳ありません。あまり、怖がらないでくださいね」
「何言ってんだ。一番怖いのはあんただろ、山南さん」
「おや、心外ですね。皆さんはともかく、鬼の副長まで何を仰るんです?私はいつだって、新選組の規範を第一に考えているだけですよ。その規範……御法度を決めたのは、土方くん、君じゃなかったですか?」
「……確かに決めたのは俺だ。だが、今はそんなことを言ってる時じゃねえだろうが……」
そう言って山南さんと呼ばれた男と土方は互いに薄く笑ったまはま見つめあった。
傍から見てもこの二人は仲が良くないのはわかる。
「トシと山南君は相変わらず仲がいいな」
そう話したのは新選組の局長である。
優しい見た目からは原田や永倉、藤堂のような強い敵意は感じられない。
「ああ、自己紹介が遅れたな。俺が新選組局長、近藤勇だ」
「局長というと、新選組で一番偉い人ということでしょうか?」
「いや、まあ……俺が偉いわけじゃない。皆の代表ということだよ。それから、そこのトシが副長で、横にいる山南くんは総長を務めていて――」
「いや近藤さん。なんで色々教えてやってんだよ、あんたは」
「……む?ま、まずいのか?」
「情報を与える必要がないんだったら、黙ってる方が得策なんじゃないですかねえ」
「わざわざ教えてやる義理はないと思うけど?」
「ううむ……確かにそうなんだが……。紹介しないことには話が進まんだろう」
うろたえる局長を見て原田はみんなをとりなすように笑った。
「ま、ここまできたら知られて困ることもねぇけどな」
近藤は少しの間しょんぼりしていたけれど、気を取り直したように居住まいをただした。
そのしぐさを見ているだけで、近藤がみんなに好かれているのがよくわかる。
人を惹き付ける魅力……なんだか憎めない雰囲気が漂っている。
「……さて、本題に入ろう。まずは改めて、昨晩の話を聞かせてくれるか」
近藤に視線を向けられた斎藤が、かしこまったしぐさでうなずくと話始めた。
「昨晩、京の都を巡回中に浮浪の浪士と遭遇。相手が刀を抜いたため、斬りあいとなりました。一部の隊士らが浪士を無力化しましたが、その折、彼らが【失敗】した様子を目撃されています」
そういった斎藤はちらりと二人に視線を投げる。
そのとき千鶴が思いきって口を開く。
「――わ、私たち、何も見てません!」
きっぱりと言い切る千鶴を、土方は厳しい表情のまま見つめていた。
斎藤は無表情のまま、沖田はニヤニヤとした笑顔のまま。
「なあ。おまえ、本当に何も見てないのか?」
「見てません」
身を乗り出してきた藤堂にも、千鶴は同じ言葉を繰り返して答える。
「ふーん……。見てないんならいいんだけどさ」
「あれ?総司の話では、お前らが隊士どもを助けてくれたって話だったが……」
「ち、違います!」
千鶴は思わず沖田を見たが、彼は相変わらず感情の読めない笑顔のまま。
「私はその浪士たちから逃げていて……そこに龍之介さん…が来てそれから新選組の人たちが来て……だから、私が助けてもらったようなものです」
「龍之介さん?」
『俺だ。』
「へー、君龍之介っていうんだ。よろしくね」
『………』
今まで敵意むき出しの目で沖田を睨み付ける鶴姫。
それに対してやれやれと手をヒラヒラさせる沖田。
「まあとりあえず、隊士どもが浪士を斬り殺してる場面はしっかり見ちゃったって訳だな?」
「!!!」
「つまり最初から最後まで、一部始終を見てたってことか…」
「っ……!」
どうしようと顔を伏せる千鶴。
「おまえ、根が素直なんだろうな。それ自体は悪いことじゃないんだろうが」
原田は曖昧に言葉を切った。
誘導尋問のようなものだ。
新選組にとって千鶴と鶴姫の存在は【悪いこと】であるから、残念だが殺さなければならない。
原田の言葉の切り方はそういっているように思われ、千鶴は必死に口を開いて震える声で主張する。
「わ、私たち……誰にも言いませんから!」
「偶然、浪士に絡まれていたという君たちが、敵側の人間だとまでは言いませんが……君にいうつもりがなくとも、相手の誘導尋問にのせられる可能性はある」
「う……」
山南の優しい声音のまま、千鶴にとって厳しい現実を静かに語った。
「話さないというのは簡単だが、こいつが新選組に義理立てする理由もない」
「約束を破らない保証なんてないですし、やっぱり解放するのは難しいですよねえ。ほら、殺しちゃいましょうよ。口封じするならそれが一番じゃないですか」
「そんな……!」
千鶴が悲鳴じみた声をあげると、近藤がたしなめるように沖田を見る。
「……総司、物騒なことを言うな。お上の民をむやみに殺してなんとする」
「そんな顔しないでくださいよ。今のはただの冗談ですから」
『この子には、もっと冗談に聞こえる冗談を言ってやってくれ。"仲間殺し"もあんたらの十八番だし、仲間でないやつを殺すのもお手の物だから、根が素直なこの子には全て事実にしか聞こえない』
「ふふっ……」
鶴姫の静かな言葉に、沖田は照れたようなおどけたような笑みを浮かべる。
それと同時に"仲間殺し"の言葉に新撰組の皆はピクリとする。
「しかし、なんとかならんのかね。……まだこんな子供たちだろう?」
「私も何とかしてあげたいとは思いますが、うっかり洩らされでもしたら一大事です」
山南は困ったように眉を寄せると、さて、と言葉を区切ってから土方を見る。
「私は、副長のご意見をうかがいたいのですが。いかがですか、土方副長?」
山南に【役職名】で促されて、土方は小さく息を吐き出した。
「俺たちは昨晩、士道に背いた隊士を粛清した。……こいつらは、その現場に居合わせた」
「──それだけだ、と仰りたいんですか?」
「実際、このガキの認識なんざ、その程度のもんだとは思うんだが……もう一人のほうがな」
そう言うとちらっと鶴姫の方に目を向ける。
新撰組について外部には漏れていないはずの内情までも知っている素振りがあるからだ。
「…けどよ、こればっかりは大義のためにも内密にしなきゃなんねぇことなんだよな。新選組の隊士は血に狂ってるなんて噂がたちゃあ、俺らの隊務にだって支障が出るぜ」
筋のとおった永倉の指摘に、土方の表情が渋くなる。
「おい、言葉を慎め。俺は【士道に背いた隊士を粛清した】と言ったはずだぞ」
「でもまあらどっちみち見た事は変わらないんですけどね」
「総司の意見も一理あるとは思うが……ま、俺は土方さんや近藤さんの決定に従う」
「……俺は逃がしてやってもいいと思う」
幹部最年少の藤堂が困ったような顔をしていた。
「こいつらは別に、あいつらが血に狂った理由を知っちまったわけでもないんだしさ」
『理由?やっぱり人体実験でもしてたんだな』
鶴姫が聞き返したことで、彼らの表情が一際厳しくなる。
土方はいまいましそうに舌打ちした。
「平助、余計な情報をくれてやるな」
「……っと、ああ、悪い」
「あーあ。これでますます、君たちの無罪放免が難しくなっちゃったね」
『今のはそちら側の不手際だろ』
「うぅ……」
「男子たるもの、死ぬ覚悟位できてんだろ?お前も諦めてはらくくっちまいな」
「確かに、潔く死ぬのも男の道だな。俺も若い頃は切腹したし」
「左之の場合、まだ生きてるけどな」
「土方さん。……結論もでないし、一旦この者たちを部屋に戻して構いませんか?」
そう言って斎藤は二人に目を向ける。
「同席させた状態で機密を洩らせば、……処分もなにも、殺す他なくなります」
「………っ!」
「そういうことにするか。ちょっと調べたいこともあるしな」
土方の言葉に斎藤がうなずく。
「私もその判断には賛成しますよ。ここには、迂闊なかたも多いですしね」
「うっわ、山南さん……。わざわざこっち見ていうとかきついよ」
「ま、仕方ねえよ。迂闊なのは俺らの担当だろ。特に平助とかな」
「そ、そんな責めるなよ!俺だって悪気はなかったんだからさ!」
さりげなく視線を向けられた藤堂は少しムキになって声をあらげる。
それから千鶴や鶴姫の顔色をうかがうように見て、モゴモゴと何事か呟いた。
「あのさ……わ、悪かったな」
「えっと……」
『別にいい。根が素直なのは悪いことじゃないって言ってただろ』
ずっと険しい顔をしていた鶴姫だが、藤堂の言葉に柔らかい表情で返す。
「それじゃ、斎藤、こいつを頼む」
「承知しました。……行くぞ」
「は、はいっ」
部屋に戻された二人のうち、千鶴は縛られた手首を見下ろしながら考え込む。
「ふう……」
『できれば殺さないであげたいけど、殺すしかなさそうだって空気だったね』
「うん…でも、巷で聞く評判の割には、人間味がある人たちみたいだったけれど…」
『黙って待っていれば、このまま殺される。特に千鶴ちゃんみたいな子はね。なにか言いたいことがあるんじゃないの?』
「どうして…?」
『私は貴方の父親のことを知っているから』
「!」
にこにこと笑いながら鶴姫が発した言葉に、千鶴は目を見開く。
「父様が今どこにいるのか知ってるんですか?」
『それは分からないけど、昔会ったことがあるの。うんと昔にね』
「そう…今の状況、説得は難しいよね」
『そうね。私たちの事情よりも、自分たちの都合を優先するに決まってる』
少し明けられた窓の外を見つめる見つめる鶴姫の目は、今までの鋭いものとは違いどこか悲しそうだった。
「そういえば…」
『?』
「ここの人たちは皆、私たちのことを男だと勘違いしているんだよね」
『……』
「実は女ですって素直に言えば、この状況は少しは変わるんじゃ…」
『女だからって殺さない理由にはならない。説得するには、こちらがむこうにとって価値のある人間である必要が無いと』
「そうだよね……」
『女と言ったところで余計に立場が悪化する可能性もある。でも今私たちが持っている目的を素直に話したら、なにか変わる可能性はある』
「新選組の人たちだってわかってくれるかもしれないね」
『……もしかしたら、京の人間だと思われているのかもしれないって言いたいんでしょ?』
「うん。鶴姫ちゃんには、私が京の人間じゃないのは分かる?」
『わかるよ。言葉遣いが全然違うから』
「はは…」
このまま処分の決定を待つよりも、少しの運にかけてみようと話はまとまった。
知り合いらしい知り合いもおらず、ただ父を探しに来ただけだと。
そしてもう一人も父を探していると。
「でも、ここで私が動かなければ、きっと事態も好転しない気がする」
『私たちの自由を奪ってるのは手首の縄だけ。足は動くから問題ない。でも、逃げるという判断をしたからには殺される覚悟も必要だよ?』
「はい。それでもやります。動かなきゃ。」
『ふふ。その心意気いいね。乗った。出口は……』
屯所に連れてこられた昨晩、この部屋までたどった道順を思い出す。
「……うん。きっと何とかなるはず」
そう言うと千鶴は息を殺して襖に近づいた。
行儀が悪いのを承知で足のつま先をひっかけて襖を開こうとする。
しかし、そのタイミングで自然と襖が開いて近藤と鉢合わせる。
「ぬあっ!?」
「きゃ!?」
千鶴は近藤に正面から衝突してしまう。
すると脇から山南も出てくる。
「おや……随分大胆な方ですね。まさか逃げるつもりだったんですか?」
「こ、これは……」
「勝手に動いては困りますね。君たちの身が、余計に危うくなるだけですよ?」
山南は優しい声色で言っているが、その目は全く笑っていない。
鶴姫は不意に身動きができないよう、きつく縛り直されなかった理由を察しとる。
あえて縛り直さないことで、二人がどのような行動にでるのかを見定めようとしたのだ。
「逃げれば斬る。……昨夜俺は確かにそういったはずだが?」
「残念だけど、殺しちゃうしかないかな。約束を破る子達の言葉なんて信用出来ないからね」
残念そうな様子もなく沖田は二人にほほ笑みかける。
千鶴は少しでも生き残れる確率にかけて近藤の脇をすり抜けて廊下に走り出したが、あっさりと捕獲され、猫のように吊り上げられた。
「は、離してください!」
「離したら逃げるんだろうが、この阿呆!」
「でも、死にたくないですから!それに、私たち……しなくちゃならない事が――」
「ふん……。年端もいかねぇ小娘が下手な男装までして何を果たそうってんだ?」
「え……」
もがいていた手足が固まると、土方はそのまま千鶴を床に戻した。
「……あの、土方さん」
土方はとびきり不機嫌そうな顔をしていた。
そりゃそうだ。
「あの……今、小娘って」
恐る恐るその単語を口にした千鶴を見て、山南が納得したように頷いた。
「……なるほど。やはり女性だったんですか、君は」
「どう見ても女の子だよね。君はきれいに化けたつもりかもしれないけど」
「……まさか皆気づいてたんですか!?」
そう叫ぶ千鶴に近藤だけは違っていた。
「……この近藤勇、一生の不覚!まさか、まさか君が女子だったとは!」
『……大丈夫かよ』
思わず心の声が漏れてしまった。
仮にも一組織の上に立つ人間がこのような男装も見破れないでいるとは。
政治的才覚はあれど、男女の装いには疎いのかもしれない。
「命を賭けられる理由があるんなら、誤魔化さずに全部吐け。……いいな?」
「で、君は?」
『俺のことは別にすきにすればいいと思う』
そう言い出した鶴姫(今は龍之介)に沖田は笑い出す。
「あはははは!君、あんなに威勢が良かったのに面白いね。……でもちょっといじめ過ぎちゃったかな。もう少し肩の力抜いてよ。取って食べたりしないからさ」
『……』
「ふふ。君みたいに潔い男の子、初めて見たよ。一応聞くけど、まさか君まで女の子なんて言わない?」
そう問われ隠し続ける理由もないかと鶴姫は話し出す。
『そのまさかだ。俺は女だ』
そう言うと近藤が叫んだ。
「なっ……!?君も女子だと言うのか!?」
「近藤さん、落ち着いてくれ」
「いや、だがしかし!」
『本当に落ち着いてください。私も女です。色々あって男の声色を使い男装をしていたのです』
「……てことで、僕たちに話してごらん?君たちが男装してまで夜の京を歩いていた理由」
そう問いかける沖田に、山南は小さく肩をすくめると、わざとらしくため息を吐いた。
「もう一度、みんなを集めましょうか。意見を変えるものが出るかもしれませんからね」
そうして再び幹部連中と二人は広間に集められた。
少し待つと静かにふすまが開かれ、斎藤たちが顔を出した。
「少年にしては華奢で可愛らしい顔、綺麗な顔をしていると思っていたんだが、まさか本当に女子だったとはなあ……」
近藤は妙に感じ入った様子でうんうんと何度も頷いている。
「それマジ?そういわれてみると確かに小さい方は動きがおしとやかな感じしてたっけ」
「…………」
少しも気づいていなかったらしい永倉は、まるで頭でも殴られたかのような顔をしていた。
「言葉もないか、新八。……女関係は最高に疎いもんな、お前」
「女だって聞いてから見ると、女にしか見えなくなってくるんだよなあ」
「しかし、女の子を一晩縄で縛っておくとは悪いことしたねえ……」
「女だ女だって言うが、別に証拠はないんだろ?」
「しょ、証拠と言われても……」
不機嫌そうに頭をかく永倉を見て原田は楽しげに笑った。
「証拠もなにも一目瞭然だろうが。なんなら脱がせてみるか?」
「そ、それは──」
「許さん、許さんぞ!衆目のなか、女子に肌をさらさせるなど言語道断!」
千鶴が抗議するよりも早く、近藤は真っ赤になって主張した。
しかし、原田は全く悪気がなかったらしい。
「それが一番手っ取り早いと思ったんだが……無理にとは言わないがな」
『女の証明なんて体以外では難しいですからね』
「な!」
『この子は綺麗で可愛いからそんな真似はさせられないが、私は証明してもいいですよ』
「いかん!それだけはいかん!」
ヒートアップする近藤に思わず笑みがこぼれてしまう。
斎藤は千鶴の男装は見抜けても、鶴姫の男装は見抜けなかったようで目を見開いている。
『私は男として育てられたので、男装と男の声色は得意です』
「し、しかし本当に女だって言うなら、殺しちまうのも忍びねぇやな…」
「何甘い事言ってるんだ。男だろうが女だろうが、性別の違いは生かす理由にはならねぇだろ」
永倉の呟きに素早く土方が釘をさす。
それに対してごもっともです、と山南が同意する。
「女性に限らず、そもそも人を殺すのは忍びないことですよ。京の治安を守るために組織された私たちが無益な殺生をするわけには参りません」
「結局、女の子だろうが男の子だろうが、京の治安を乱しかねないなら話は別ですよね。特に、あとから女だって証言した君は、強そうだからね」
沖田は微笑んで言う。
確かに無力と化した所司代や奉行所では抑え込めなくなった浪士たちを取り締まるお役目を拝命した以上、動きづらくなるのは新選組としても避けたいところ。
動けなくなればより治安は悪くなるだろう。
「悪いがお前らの荷物を改めさせてもらったぜ。小さい方はどうやら江戸からここまで一人で来たみてえだな。荷物は僅かな着替えと一月分の小銭、それと数通の手紙とこの小太刀。手紙には、幕府御典医の松本良順の名前があった。おそらくそこを訪ねたんだろう……お前の目的はなんだ?――雪村千鶴」
千鶴の名前が発せられた瞬間、部屋の空気が一瞬で変わった。
目を見開き、言葉を失って、皆千鶴に視線を向けている。
「土方さん……その名前は……」
to be continued