入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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泣きじゃくった後、鶴姫と沖田は進が言った水源へと向かった。
そこは小さな湖畔のような場所だった。
※FF10のマカラーニャの森の聖なる泉のイベントがイメージです。
『ここ……』
「知ってるの?」
沖田の言葉は耳に入らず、鶴姫は沖田の手を離し湖へと入っていく。
その刹那、鶴姫の姿は鬼へと変わる。
本来の──鶴のような鬼の姿へ。
「鶴姫ちゃん?」
月を見上げ、苦しみの声もあげず、鶴姫は湖の真ん中でただ佇んでいた。
『満月の光がその姿を照らすとき……力は満ちる…』
そう呟くと、ゆっくりと沖田の方を振り返る。
『ここまで来て』
鶴姫の額には八本ではなく、本来の姿にある六本の角が生え揃い、額には女鬼の印が深く刻み込まれていた。
服も洋装ではなく十二単衣のような幾重も白を重ねたものに。
両手を広げて沖田を待つその姿はまさに鶴が羽を広げたよう。
「どうしたの?」
鶴姫はただ黙って目の前に来た沖田を抱きしめる。
何も発さず、ただ抱きしめた。
「ここの水を飲めば、羅刹の毒は薄まるんだね」
『うん』
「これから僕たちは二人で生きていくんだよ。もう羅刹の発作に苦しむことも無くなる。鶴姫ちゃんだって同じ」
『……うん。そして──』
そう言った時、鶴姫と沖田の身体を何かが貫いた。
沖田が確認すると、二人を貫いていたのは鶴姫が持っていた太刀だった。
「……鶴姫ちゃん?どうして…」
『……穐月一族の女鬼は…この白い太刀を使うことでどんな病でも治すことが出来ると昔聞いたことがあるの。戦闘においては女鬼を守る武器として。そして、この湖の上では女鬼の治癒能力を発揮する神具となるの。誰かの病を治すには、二人の体を貫かねばならない』
「……」
『君のためなら僕の命くらい、あげてもいい……総司はそう言った。それは、私も同じこと』
だから……、と鶴姫は顔を上げる。
『どこまで出来るか分からないけれど……労咳を…』
治してみせます
そういった時には鶴姫の身体が淡白く光り出す。
「じゃあ鶴姫ちゃんはどうなるの……?一緒に二人で乗り越えていこうって言ったじゃない!」
鶴姫は何も答えずただ目を瞑って沖田のことを離さない。
沖田はその腕から逃れようと足掻く。
しかし鶴姫の腕はピクリともせず。
太刀の刃は少しずつ少しずつ白から赤へと染まっていく。
「嫌だよ。鶴姫ちゃん!どうして答えてくれないの!僕は……君がいなくなったら生きていけないって言ったよね!」
必死に叫ぶ声も今の鶴姫には届かない。
少しずつ少しずつ刀を通して労咳を吸い取っていく。
『勝手なことしてごめんなさい。総司を……一人にしてしまうかもしれないことを…許し……て』
「許さないよ。僕との話忘れちゃったの……?」
『ごめん…なさい……私が嘘ついたこと……許してね』
「鶴姫ちゃん……!」
そう沖田が囁いた時、二人の身体を貫いていた太刀は光となって空へと消える。
そして鶴姫の身体は支える力をなくし沖田の胸に倒れていった。
「鶴姫ちゃん!しっかりして!二人で生きていくんだよ!約束じゃないか!ほら、飲んで」
沖田は意識のない鶴姫に、己の口を使い水を飲ませ続けた。
何度繰り返しても鶴姫は目覚めない。
沖田は何度も名を呼び、何度も水を飲ませた。
その目からは涙が溢れそうになっている。
その涙は何度も何度も鶴姫の頬を濡らした。
「鶴姫ちゃん……お願いだから。目を開けて。」
頬を撫でても抱きしめても目覚めぬ様子に、沖田は叫びたくなる気持ちを必死に抑える。
「嘘だよね……君が……鶴姫ちゃんがいなくなったら……」
"僕は一人になってしまう"
そう言って目を閉じたままの鶴姫の身体を抱きしめる。
その時。
〖あなたが沖田総司ですね〗
そう話す声が沖田の耳に入る。
「誰?」
辺りを見回すも誰の姿もなく、ただ声が風に乗って聞こえてくるばかり。
少しすると、風と共に一人の女が現れる。
〖鶴姫の母です〗
「鶴姫ちゃんの?」
〖鶴姫は、女鬼としての役目を果たしました〗
「役目?自分の命と引き換えに人の病の犠牲になることが女鬼の役目なの?」
〖穐月の女鬼とはそういう運命なのです〗
「それじゃ鶴姫ちゃんはただの都合のいい存在じゃない。僕は鶴姫ちゃんに、僕の病の犠牲になってほしいなんて思ったことは無い!」
〖それが鶴姫の意思だったのです〗
「鶴姫ちゃんはそんなことをしたら僕が悲しむのを知っている!そんなこと考えるはずが……」
〖今目の前で起こっていることが全てです。鶴姫も言っていたでしょう。"私もあなたのためなら自分の命くらいあげてもいい"と。鶴姫はあなたの病を治すことを選んだのです。貴方に長く生きてほしいと願って〗
「鶴姫ちゃんは僕とふたりで生きていくことを望んでいた。」
〖まだいいますか。鶴姫は望んだのです。最愛の人の病を治したいと〗
「嘘だ!鶴姫ちゃんは僕を置いていかない!」
沖田は力いっぱいに叫んだ。
二人で生きていくと誓い、そのために父兄と訣別しここまでやってきた。
これから二人の生活が待っているなかで、こんなことをするはずがないと。
今の沖田には鶴姫しかいないということもよく知っているのに。
〖間もなく鶴姫の身体は底へと沈みます。その手を離しなさい〗
「離さないよ。僕は鶴姫ちゃんと生きていくって約束したんだ」
〖離しなさい。鶴姫の身体は沈むのです〗
「絶対に離さない。僕は鶴姫ちゃんが……この子のことが好きだから…」
〖…………〗
沖田は鶴姫の身体が沈んでしまわないように強く、強く抱き締めた。
そしてまた、水を飲ませ始める。
〖何度やっても同じです。鶴姫は役目を果たしました。もう戻りません〗
「僕は信じてる。鶴姫ちゃんは死んでなんかない。僕が死なせない。」
沖田は水を飲ませ始める動きを辞めない。
〖……この子と生きたいのですね〗
「そのためにここまで来たんだ。この先も……二人で行きていくために」
〖……愛しているのですね〗
「そうだね。いつも元気で優しくて。時には口うるさいこともあったけど、そんなこの子を、とても好きになっていた。僕のことを理解してくれて、僕が欲しい言葉をくれる。もうこの子なしでは生きていけない」
〖……分かりました〗
鶴姫の母は、鶴姫の額に触れ、何かを唱えた。
その直後、鶴姫の額にある印がゆっくりと消えていく。
「何をしたの?」
〖静かに〗
そうして当たりは光に包まれていく。
『総司、怒ってるだろうな』
真っ白な世界に、ただ一人鶴姫が佇んでいる。
『言い伝えでしか知らなかったけれど、本当に治せたんだ』
過去数百年と使われることのなかった穐月一族の女鬼だけが使うことが出来る能力。
自分の命と引き換えに、相手の病を全て身に受ける。
たとえそれが運命に抗うことだとしても、鶴姫は少しでも沖田の事を救いたいと思っていた。
〖鶴姫〗
『……お母さん?』
鶴姫の目は大きく見開かれ実体のなきその像に手を伸ばす。
〖鶴姫。あなたは役目を果たしました〗
『良かった……』
〖ですが、鶴姫の想い人は、とても悲しんでいますよ〗
『……』
〖今も湖の水を飲ませ続け、鶴姫が目を覚ますのを待っています〗
『…………』
〖後悔はありませんね〗
『はい……労咳がこれ以上総司を苦しめるのは見ていられません』
〖……彼一人を残すことがどういうことか分からないわけでは無いでしょう〗
『はい……』
〖嘘をついたのもよくありません〗
『……もしかしたら、生き残って…生きていけるかもしれないと思いました』
〖…〗
『でもそんな都合のいい話……あるわけありません。だから今こうしてここにいるのですよね』
〖……鶴姫の想い人は、鶴姫が死ぬことを拒み、共に生きることを諦めていません〗
『……』
そう鶴姫がいうと、どこからともなく鶴姫を呼ぶ声が聞こえてくる。
それは何度も聞いた愛しい愛しい人の声。
『総司…』
〖今もこうして鶴姫が目覚めるのを待っているのです〗
『……でも、私は役目を果たしたから戻ることは出来ない。それがこの力の代償のはずです』
〖……………〗
鶴姫の母はそんな鶴姫をみて考えていた。
〖鶴姫が彼と共に生きられるよう、私が使えなかった役目を使いましょう〗
『お母さんが使えなかった…?』
〖私は女鬼の役目を使う前に死んでしまった。だから私が彼の病を治しましょう〗
『そんな……こと』
〖彼と二人で背負いなさい。〗
『二人で背負う?』
〖病の半分を鶴姫の中に残しましょう。そして彼の中にももう半分残します。これで二人は同じ時間を生きることができるでしょう。ただし、病である以上絶対はありません。よく覚えておくのですよ〗
『お母さん……』
〖最後まで……どちらかが先に離れてしまったとしても、命尽きるまで生きて、死してなお追いかけるのですよ〗
『……お母さん──』
〖さ、戻りなさい。そして、共に生きるという約束を一度約束を破ったこと、一生かけて償うのです〗
湖の上。
沖田は鶴姫の頬に触れ髪を撫で彼女の身体を抱きしめていた。
「鶴姫ちゃん……」
そう呟いた刹那、鶴姫の身体は少しづつ温かさを取り戻す。
ゆっくりと瞼が開かれ、沖田の瞳を捕らえる。
『そ……うじ』
「鶴姫ちゃん!」
沖田は鶴姫の身体を強く抱きしめる。
「死んじゃったと思った」
『ごめんなさい……母が……まだここに来るなって…』
「どうしてこんな無茶なことするの…二人で生きていこうって言ったじゃない」
『もしかしたら……労咳も治せて、私も死ぬことは無いんじゃないかと』
「馬鹿だね。【上手い話には裏がある】でしょ?」
『うん……でも、労咳は、二人で背負っていきなさいと、母が言っていた。私に半分、総司に半分残したと。同じくらい生きられるようにしたと。だから、こうして戻ってこれたの……ただ、絶対がないようにどちらかが先に逝ってしまう可能性はあると……』
「そうなんだ」
『二人で……生きていきなさいと』
「最後の教え……かな」
『そうかもしれない。ご迷惑……おかけしました』
「本当に。」
『ごめんなさい…約束したのに、一度反故にしてしまって』
「もう、絶対に離さないから……もう自分を犠牲にすることばかり考えないで」
『分かった。もう絶対にしない』
「次約束破ったらただじゃおかないからね」
鶴姫は自分を見つめる瞳を見つめ返した。
どちらからともなく合わせた唇は、お互いの存在を確かめあうよう。
『ちゃんと……飲んだ?』
「うん。大丈夫」
『良かった……これで…羅刹の毒は………薄まるんだね』
「うん。ありがとう、鶴姫ちゃん。さ、僕たちのこれからに向けて歩いていこう」
そう言って沖田は鶴姫を抱き抱え、どこかへと姿を消していく。
あれから新選組は蝦夷へと向かい、最後の戦いをしていた。
土方について行った千鶴もの音沙汰もなく、どうなったのかは分からない。
戦果として、綱道死亡、進・楽も死亡。
これ以上羅刹が増えることは食い止められた。
そして、旧幕府軍は敗北、新政府軍による新たな世界が切り開かれた。
─────────
澄んだ空気と清水。
草木に囲まれて生きるうちに、二人の身体も少しづつ変わり始めた。
月や星が輝き始める頃に眠り、朝陽の気配で目を覚ます。
血を欲する狂気の発作も消え、ただ穏やかに日々を過ごすことができるようになった。
二人の身体は羅刹のままだが、物言わぬ草木から十分な恩恵を得た。
他にも変わったことがある。
母と鶴姫に与えられた能力で労咳の苦しみを二人で分け合った。
もちろん完治した訳では無い。
病魔は着々と二人の身体を蝕んでいる。
だが、まだこうして一緒にいられる。
そして変わらないことは鶴姫たちは鶴姫たちのままだということ。
『今日は本当に、いい天気……』
日差しに目を細めながら呟くと、沖田は小さく笑った。
「そうだね……君と二人きりで日向ぼっこなんて、最高の贅沢だ」
『……本当に』
羅刹にとって禁忌であるはずの日差しも、今は鶴姫たちの身体を蝕むことはない。
ただほんの少し、眠くなるだけだ。
だからいつの間にか、こうして昼寝をするのが習いになった。
寄り添う体の熱と、日差しの温もりが気持ちよくて……。
鶴姫はつい、小さな欠伸を漏らしてしまう。
そんな鶴姫を見つめ、沖田が笑う。
「……寝ちゃだめだよ。僕はまだ眠くないから」
『でも、私は少し眠いの……』
「君が寝ちゃったら、退屈だし。もう少し、僕の相手をしてよ」
『分かった……頑張る』
眠い目をこすりながらそう答えると。
「……好きだよ、鶴姫」
『……え?』
「君のことが好きだよ。誰とも比べられないくらい」
優しく抱き寄せられて、耳元で囁かれると……。
吐息のくすぐったさと突然の言葉に頬が熱っぽくなる。
『………ずるいよ、それ』
「ずるいって何が?僕は、自分の気持ちを正直に言っただけだけど」
少し意地悪で気まぐれなところは、相変わらず。
『もう……』
拗ねた振りをしても、結局鶴姫も笑ってしまう。
それはきっと、この穏やかな時間があまりにも幸福だから。
「……鶴姫は?僕のこと、好き?」
秘め事めいた声音が、じっと見つめる瞳と共に鶴姫を誘ってくる。
『えっと、その………………はい』
「【はい】じゃなくて、君の気持ちをちゃんと言葉で聞かせて」
悪戯っぽい微笑と、甘えるような響きを乗せた言葉。
想いを告げたあと、沖田は必ず答えを求める。
そして、鶴姫の心を確かめようとする。
それがわかっていたから、鶴姫は素直に沖田の望む答えを返す。
『………好き、大好き。総司のこと……この世界中の誰よりも。ずっと…』
その言葉に沖田は嬉しそうに頬を緩めた。
「……そっか。ありがとう、鶴姫」
指先を絡めるようにして、沖田は鶴姫の手を握る。
その力が思いのほか強くて、鶴姫は少し首を傾げる。
『総司……?』
「……忘れないで。僕は、いつだって君の幸せを願ってる」
その言葉はどこか切実な響きを含んで鶴姫の耳に届いた。
「君が寂しくないよう、僕はできる限りのことをするから。だから……、どうか……」
わずかでも離れたくなくて、鶴姫は自ら沖田に身を寄せる。
多分彼は不安なのだろう。
二人の先にある未来は、ふとした瞬間に二人を怯えさせる。
『……大丈夫』
鶴姫は、そっと沖田の手を握り返した。
離れないように。
『総司が、満たしてくれたから』
愛しい人と、たくさんの思い出を重ねられたから。
『私は、とても幸せ……寂しくなんてないよ』
沖田は切なげに瞳を細めながらも、柔らかな微笑を浮かべる。
やがて、その両腕が鶴姫を優しく包み込んだ。
「……君のことが、心から愛おしい」
愛の言葉が、誓うように紡がれた。
「だから、信じて。たとえ、いつか離れる時が来ても、……僕の心は永遠に君のものだ」
沖田は安らかな笑みを浮かべ、そして──ゆっくりとその瞼を下ろした。
鶴姫を抱きしめている腕も、僅かばかり緩められる。
『……総司?』
鶴姫の呼びかけにも、答えは返らない。
想いを告げたことに満足したのか、眠ってしまったみたいだ。
陽だまりがくれた暖かさが、彼を眠りに誘い込んだのだろうか。
『まだ眠くないって言ってたのに……』
困った人だと、鶴姫は笑う。
そして小さく囁いた。
『……私も、同じ』
幸せな夢を見ているのか、沖田はとても穏やかな顔をしていた。
『たとえ、いつか離れる時が来ても……』
沖田の心に、染み込ませるように。
ゆっくりと鶴姫は告げた。
『私の心は、あなたのもの………永遠に』
この温もりが消えてしまわないように。
抱き寄せる腕が離れていかないように。
いくつもの祈りを捧げながら、鶴姫もそっと目を閉じる。
『総司の目が覚めたら、今度はちゃんと聞かせてあげなきゃ』
沖田が不安にならないように。
何度でも、何度でも、愛の言葉を。
『おやすみなさい、総司……』
だからそれまでは──どうか、安らかな眠りを。
Fin
そこは小さな湖畔のような場所だった。
※FF10のマカラーニャの森の聖なる泉のイベントがイメージです。
『ここ……』
「知ってるの?」
沖田の言葉は耳に入らず、鶴姫は沖田の手を離し湖へと入っていく。
その刹那、鶴姫の姿は鬼へと変わる。
本来の──鶴のような鬼の姿へ。
「鶴姫ちゃん?」
月を見上げ、苦しみの声もあげず、鶴姫は湖の真ん中でただ佇んでいた。
『満月の光がその姿を照らすとき……力は満ちる…』
そう呟くと、ゆっくりと沖田の方を振り返る。
『ここまで来て』
鶴姫の額には八本ではなく、本来の姿にある六本の角が生え揃い、額には女鬼の印が深く刻み込まれていた。
服も洋装ではなく十二単衣のような幾重も白を重ねたものに。
両手を広げて沖田を待つその姿はまさに鶴が羽を広げたよう。
「どうしたの?」
鶴姫はただ黙って目の前に来た沖田を抱きしめる。
何も発さず、ただ抱きしめた。
「ここの水を飲めば、羅刹の毒は薄まるんだね」
『うん』
「これから僕たちは二人で生きていくんだよ。もう羅刹の発作に苦しむことも無くなる。鶴姫ちゃんだって同じ」
『……うん。そして──』
そう言った時、鶴姫と沖田の身体を何かが貫いた。
沖田が確認すると、二人を貫いていたのは鶴姫が持っていた太刀だった。
「……鶴姫ちゃん?どうして…」
『……穐月一族の女鬼は…この白い太刀を使うことでどんな病でも治すことが出来ると昔聞いたことがあるの。戦闘においては女鬼を守る武器として。そして、この湖の上では女鬼の治癒能力を発揮する神具となるの。誰かの病を治すには、二人の体を貫かねばならない』
「……」
『君のためなら僕の命くらい、あげてもいい……総司はそう言った。それは、私も同じこと』
だから……、と鶴姫は顔を上げる。
『どこまで出来るか分からないけれど……労咳を…』
治してみせます
そういった時には鶴姫の身体が淡白く光り出す。
「じゃあ鶴姫ちゃんはどうなるの……?一緒に二人で乗り越えていこうって言ったじゃない!」
鶴姫は何も答えずただ目を瞑って沖田のことを離さない。
沖田はその腕から逃れようと足掻く。
しかし鶴姫の腕はピクリともせず。
太刀の刃は少しずつ少しずつ白から赤へと染まっていく。
「嫌だよ。鶴姫ちゃん!どうして答えてくれないの!僕は……君がいなくなったら生きていけないって言ったよね!」
必死に叫ぶ声も今の鶴姫には届かない。
少しずつ少しずつ刀を通して労咳を吸い取っていく。
『勝手なことしてごめんなさい。総司を……一人にしてしまうかもしれないことを…許し……て』
「許さないよ。僕との話忘れちゃったの……?」
『ごめん…なさい……私が嘘ついたこと……許してね』
「鶴姫ちゃん……!」
そう沖田が囁いた時、二人の身体を貫いていた太刀は光となって空へと消える。
そして鶴姫の身体は支える力をなくし沖田の胸に倒れていった。
「鶴姫ちゃん!しっかりして!二人で生きていくんだよ!約束じゃないか!ほら、飲んで」
沖田は意識のない鶴姫に、己の口を使い水を飲ませ続けた。
何度繰り返しても鶴姫は目覚めない。
沖田は何度も名を呼び、何度も水を飲ませた。
その目からは涙が溢れそうになっている。
その涙は何度も何度も鶴姫の頬を濡らした。
「鶴姫ちゃん……お願いだから。目を開けて。」
頬を撫でても抱きしめても目覚めぬ様子に、沖田は叫びたくなる気持ちを必死に抑える。
「嘘だよね……君が……鶴姫ちゃんがいなくなったら……」
"僕は一人になってしまう"
そう言って目を閉じたままの鶴姫の身体を抱きしめる。
その時。
〖あなたが沖田総司ですね〗
そう話す声が沖田の耳に入る。
「誰?」
辺りを見回すも誰の姿もなく、ただ声が風に乗って聞こえてくるばかり。
少しすると、風と共に一人の女が現れる。
〖鶴姫の母です〗
「鶴姫ちゃんの?」
〖鶴姫は、女鬼としての役目を果たしました〗
「役目?自分の命と引き換えに人の病の犠牲になることが女鬼の役目なの?」
〖穐月の女鬼とはそういう運命なのです〗
「それじゃ鶴姫ちゃんはただの都合のいい存在じゃない。僕は鶴姫ちゃんに、僕の病の犠牲になってほしいなんて思ったことは無い!」
〖それが鶴姫の意思だったのです〗
「鶴姫ちゃんはそんなことをしたら僕が悲しむのを知っている!そんなこと考えるはずが……」
〖今目の前で起こっていることが全てです。鶴姫も言っていたでしょう。"私もあなたのためなら自分の命くらいあげてもいい"と。鶴姫はあなたの病を治すことを選んだのです。貴方に長く生きてほしいと願って〗
「鶴姫ちゃんは僕とふたりで生きていくことを望んでいた。」
〖まだいいますか。鶴姫は望んだのです。最愛の人の病を治したいと〗
「嘘だ!鶴姫ちゃんは僕を置いていかない!」
沖田は力いっぱいに叫んだ。
二人で生きていくと誓い、そのために父兄と訣別しここまでやってきた。
これから二人の生活が待っているなかで、こんなことをするはずがないと。
今の沖田には鶴姫しかいないということもよく知っているのに。
〖間もなく鶴姫の身体は底へと沈みます。その手を離しなさい〗
「離さないよ。僕は鶴姫ちゃんと生きていくって約束したんだ」
〖離しなさい。鶴姫の身体は沈むのです〗
「絶対に離さない。僕は鶴姫ちゃんが……この子のことが好きだから…」
〖…………〗
沖田は鶴姫の身体が沈んでしまわないように強く、強く抱き締めた。
そしてまた、水を飲ませ始める。
〖何度やっても同じです。鶴姫は役目を果たしました。もう戻りません〗
「僕は信じてる。鶴姫ちゃんは死んでなんかない。僕が死なせない。」
沖田は水を飲ませ始める動きを辞めない。
〖……この子と生きたいのですね〗
「そのためにここまで来たんだ。この先も……二人で行きていくために」
〖……愛しているのですね〗
「そうだね。いつも元気で優しくて。時には口うるさいこともあったけど、そんなこの子を、とても好きになっていた。僕のことを理解してくれて、僕が欲しい言葉をくれる。もうこの子なしでは生きていけない」
〖……分かりました〗
鶴姫の母は、鶴姫の額に触れ、何かを唱えた。
その直後、鶴姫の額にある印がゆっくりと消えていく。
「何をしたの?」
〖静かに〗
そうして当たりは光に包まれていく。
『総司、怒ってるだろうな』
真っ白な世界に、ただ一人鶴姫が佇んでいる。
『言い伝えでしか知らなかったけれど、本当に治せたんだ』
過去数百年と使われることのなかった穐月一族の女鬼だけが使うことが出来る能力。
自分の命と引き換えに、相手の病を全て身に受ける。
たとえそれが運命に抗うことだとしても、鶴姫は少しでも沖田の事を救いたいと思っていた。
〖鶴姫〗
『……お母さん?』
鶴姫の目は大きく見開かれ実体のなきその像に手を伸ばす。
〖鶴姫。あなたは役目を果たしました〗
『良かった……』
〖ですが、鶴姫の想い人は、とても悲しんでいますよ〗
『……』
〖今も湖の水を飲ませ続け、鶴姫が目を覚ますのを待っています〗
『…………』
〖後悔はありませんね〗
『はい……労咳がこれ以上総司を苦しめるのは見ていられません』
〖……彼一人を残すことがどういうことか分からないわけでは無いでしょう〗
『はい……』
〖嘘をついたのもよくありません〗
『……もしかしたら、生き残って…生きていけるかもしれないと思いました』
〖…〗
『でもそんな都合のいい話……あるわけありません。だから今こうしてここにいるのですよね』
〖……鶴姫の想い人は、鶴姫が死ぬことを拒み、共に生きることを諦めていません〗
『……』
そう鶴姫がいうと、どこからともなく鶴姫を呼ぶ声が聞こえてくる。
それは何度も聞いた愛しい愛しい人の声。
『総司…』
〖今もこうして鶴姫が目覚めるのを待っているのです〗
『……でも、私は役目を果たしたから戻ることは出来ない。それがこの力の代償のはずです』
〖……………〗
鶴姫の母はそんな鶴姫をみて考えていた。
〖鶴姫が彼と共に生きられるよう、私が使えなかった役目を使いましょう〗
『お母さんが使えなかった…?』
〖私は女鬼の役目を使う前に死んでしまった。だから私が彼の病を治しましょう〗
『そんな……こと』
〖彼と二人で背負いなさい。〗
『二人で背負う?』
〖病の半分を鶴姫の中に残しましょう。そして彼の中にももう半分残します。これで二人は同じ時間を生きることができるでしょう。ただし、病である以上絶対はありません。よく覚えておくのですよ〗
『お母さん……』
〖最後まで……どちらかが先に離れてしまったとしても、命尽きるまで生きて、死してなお追いかけるのですよ〗
『……お母さん──』
〖さ、戻りなさい。そして、共に生きるという約束を一度約束を破ったこと、一生かけて償うのです〗
湖の上。
沖田は鶴姫の頬に触れ髪を撫で彼女の身体を抱きしめていた。
「鶴姫ちゃん……」
そう呟いた刹那、鶴姫の身体は少しづつ温かさを取り戻す。
ゆっくりと瞼が開かれ、沖田の瞳を捕らえる。
『そ……うじ』
「鶴姫ちゃん!」
沖田は鶴姫の身体を強く抱きしめる。
「死んじゃったと思った」
『ごめんなさい……母が……まだここに来るなって…』
「どうしてこんな無茶なことするの…二人で生きていこうって言ったじゃない」
『もしかしたら……労咳も治せて、私も死ぬことは無いんじゃないかと』
「馬鹿だね。【上手い話には裏がある】でしょ?」
『うん……でも、労咳は、二人で背負っていきなさいと、母が言っていた。私に半分、総司に半分残したと。同じくらい生きられるようにしたと。だから、こうして戻ってこれたの……ただ、絶対がないようにどちらかが先に逝ってしまう可能性はあると……』
「そうなんだ」
『二人で……生きていきなさいと』
「最後の教え……かな」
『そうかもしれない。ご迷惑……おかけしました』
「本当に。」
『ごめんなさい…約束したのに、一度反故にしてしまって』
「もう、絶対に離さないから……もう自分を犠牲にすることばかり考えないで」
『分かった。もう絶対にしない』
「次約束破ったらただじゃおかないからね」
鶴姫は自分を見つめる瞳を見つめ返した。
どちらからともなく合わせた唇は、お互いの存在を確かめあうよう。
『ちゃんと……飲んだ?』
「うん。大丈夫」
『良かった……これで…羅刹の毒は………薄まるんだね』
「うん。ありがとう、鶴姫ちゃん。さ、僕たちのこれからに向けて歩いていこう」
そう言って沖田は鶴姫を抱き抱え、どこかへと姿を消していく。
あれから新選組は蝦夷へと向かい、最後の戦いをしていた。
土方について行った千鶴もの音沙汰もなく、どうなったのかは分からない。
戦果として、綱道死亡、進・楽も死亡。
これ以上羅刹が増えることは食い止められた。
そして、旧幕府軍は敗北、新政府軍による新たな世界が切り開かれた。
─────────
澄んだ空気と清水。
草木に囲まれて生きるうちに、二人の身体も少しづつ変わり始めた。
月や星が輝き始める頃に眠り、朝陽の気配で目を覚ます。
血を欲する狂気の発作も消え、ただ穏やかに日々を過ごすことができるようになった。
二人の身体は羅刹のままだが、物言わぬ草木から十分な恩恵を得た。
他にも変わったことがある。
母と鶴姫に与えられた能力で労咳の苦しみを二人で分け合った。
もちろん完治した訳では無い。
病魔は着々と二人の身体を蝕んでいる。
だが、まだこうして一緒にいられる。
そして変わらないことは鶴姫たちは鶴姫たちのままだということ。
『今日は本当に、いい天気……』
日差しに目を細めながら呟くと、沖田は小さく笑った。
「そうだね……君と二人きりで日向ぼっこなんて、最高の贅沢だ」
『……本当に』
羅刹にとって禁忌であるはずの日差しも、今は鶴姫たちの身体を蝕むことはない。
ただほんの少し、眠くなるだけだ。
だからいつの間にか、こうして昼寝をするのが習いになった。
寄り添う体の熱と、日差しの温もりが気持ちよくて……。
鶴姫はつい、小さな欠伸を漏らしてしまう。
そんな鶴姫を見つめ、沖田が笑う。
「……寝ちゃだめだよ。僕はまだ眠くないから」
『でも、私は少し眠いの……』
「君が寝ちゃったら、退屈だし。もう少し、僕の相手をしてよ」
『分かった……頑張る』
眠い目をこすりながらそう答えると。
「……好きだよ、鶴姫」
『……え?』
「君のことが好きだよ。誰とも比べられないくらい」
優しく抱き寄せられて、耳元で囁かれると……。
吐息のくすぐったさと突然の言葉に頬が熱っぽくなる。
『………ずるいよ、それ』
「ずるいって何が?僕は、自分の気持ちを正直に言っただけだけど」
少し意地悪で気まぐれなところは、相変わらず。
『もう……』
拗ねた振りをしても、結局鶴姫も笑ってしまう。
それはきっと、この穏やかな時間があまりにも幸福だから。
「……鶴姫は?僕のこと、好き?」
秘め事めいた声音が、じっと見つめる瞳と共に鶴姫を誘ってくる。
『えっと、その………………はい』
「【はい】じゃなくて、君の気持ちをちゃんと言葉で聞かせて」
悪戯っぽい微笑と、甘えるような響きを乗せた言葉。
想いを告げたあと、沖田は必ず答えを求める。
そして、鶴姫の心を確かめようとする。
それがわかっていたから、鶴姫は素直に沖田の望む答えを返す。
『………好き、大好き。総司のこと……この世界中の誰よりも。ずっと…』
その言葉に沖田は嬉しそうに頬を緩めた。
「……そっか。ありがとう、鶴姫」
指先を絡めるようにして、沖田は鶴姫の手を握る。
その力が思いのほか強くて、鶴姫は少し首を傾げる。
『総司……?』
「……忘れないで。僕は、いつだって君の幸せを願ってる」
その言葉はどこか切実な響きを含んで鶴姫の耳に届いた。
「君が寂しくないよう、僕はできる限りのことをするから。だから……、どうか……」
わずかでも離れたくなくて、鶴姫は自ら沖田に身を寄せる。
多分彼は不安なのだろう。
二人の先にある未来は、ふとした瞬間に二人を怯えさせる。
『……大丈夫』
鶴姫は、そっと沖田の手を握り返した。
離れないように。
『総司が、満たしてくれたから』
愛しい人と、たくさんの思い出を重ねられたから。
『私は、とても幸せ……寂しくなんてないよ』
沖田は切なげに瞳を細めながらも、柔らかな微笑を浮かべる。
やがて、その両腕が鶴姫を優しく包み込んだ。
「……君のことが、心から愛おしい」
愛の言葉が、誓うように紡がれた。
「だから、信じて。たとえ、いつか離れる時が来ても、……僕の心は永遠に君のものだ」
沖田は安らかな笑みを浮かべ、そして──ゆっくりとその瞼を下ろした。
鶴姫を抱きしめている腕も、僅かばかり緩められる。
『……総司?』
鶴姫の呼びかけにも、答えは返らない。
想いを告げたことに満足したのか、眠ってしまったみたいだ。
陽だまりがくれた暖かさが、彼を眠りに誘い込んだのだろうか。
『まだ眠くないって言ってたのに……』
困った人だと、鶴姫は笑う。
そして小さく囁いた。
『……私も、同じ』
幸せな夢を見ているのか、沖田はとても穏やかな顔をしていた。
『たとえ、いつか離れる時が来ても……』
沖田の心に、染み込ませるように。
ゆっくりと鶴姫は告げた。
『私の心は、あなたのもの………永遠に』
この温もりが消えてしまわないように。
抱き寄せる腕が離れていかないように。
いくつもの祈りを捧げながら、鶴姫もそっと目を閉じる。
『総司の目が覚めたら、今度はちゃんと聞かせてあげなきゃ』
沖田が不安にならないように。
何度でも、何度でも、愛の言葉を。
『おやすみなさい、総司……』
だからそれまでは──どうか、安らかな眠りを。
Fin