入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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「次は、もうちょっと右の方を重点的にやってくれるか?」
『こんな感じですか?』
「あっ、そうそう!そこだよ、そこ!すげえなあ、鶴姫ちゃん!ツボをよく分かってる!」
『何よりです』
と、そこへ原田がやってくる。
「鶴姫、それに新八も……何やってんだ?一体」
『あ、原田さん。永倉さんが肩がこってると仰るので少しでも凝りがほぐれるように、揉んでたんです』
「凝りがほぐれるようにって……あのな、鶴姫。こいつを甘やかす必要なんて、どこにもねえんだぜ?肩が凝ってんならあんま屋にでも行かせりゃいいんだからよ」
『節約にもなるしと思ったんですけど……それだとどっちの方が良かったんでしょうか』
永倉は新選組を離隊してしまった斎藤や藤堂、そして病で伏せている沖田の代わりに昼夜なく働いている。
そんな永倉や原田のために出来ることを考えた結果だった。
「そうだ、すっこんでろ、左之!あ〜、極楽極楽!鶴姫ちゃん、さすが医療の方もかじってるだけあるよな!ってわけで、次はもっと左の方を……」
永倉が心地よさそうに支持した矢先、苛立った原田の強烈な蹴りが入る。
「ぐぼぁっ──!」
「何が【もっと左の方を……】だ。調子に乗るんじゃねえ!」
「何すんだよ、左之!凝りがほぐれるどころか、肩の関節がおかしくなっちまったじゃねえか……!」
永倉が原田に食ってかかろうとしたとき。
「穐月君、ここにいたのかね」
近藤が襖を開け広間へと入ってくる。
『近藤さん、こんにちは。』
そう挨拶をすると、近藤は分厚い掌で鶴姫の頭を軽く叩いてくる。
『近藤さん?一体どうなさったのですか?』
「んっ?あっ、いや──屯所に来たばかりの頃に比べて随分背が伸びたなあ、と思ってね」
『そうでしょうか?』
近藤の不思議な行動に永倉も原田も怪訝そうに顔を見合せている。
やがて近藤は軽く咳払いをしたあと妙に緊張した様子で言った。
「……ときに、穐月くん」
『はい、何でしょうか』
「女性の着物の身丈というのは、背の高さと同じくらいで良かったかな……?」
『誂える時は背丈と同じ丈で問題ありませんが──』
鶴姫がそう言いかけた時、原田が近藤の問いを遮るように割って入ってくる。
「こ、近藤さん!ちょっと話があるんだが一緒に来てくれねえか?」
「ん?一体なんだね。俺は今鶴姫くんと話を……」
しかし原田は近藤の腕を強引に掴んで
「どうしても外せねえ用事なんだ。すぐ終わるから、来てくれって。新八、てめえも来い」
「へっ?何の話だよ。俺はこの後、彼女に背中を揉んでもらわなきゃなんねえのに──」
「いいから、来いっつってんだろ」
原田は永倉の耳をつねりそのまま二人を広間から連れ出そうとする。
「あ、あいてててっ──暴力反対!左之てめえ、さっきから何なんだよ」
「そんじゃ鶴姫、また後でな」
『は、はあ……』
「は、原田くん、離してくれたまえ。一体、なんの話しが──」
「近藤さん、アイツに話をする時はもうちょい分かりにくくしろよ。あれじゃ、目的がバレバレじゃねえか……」
近藤と永倉は原田に引きずられ広間を出ていってしまう。
去り際に聞こえた言葉たちに?が浮かぶ鶴姫。
そして数日後の七月十六日。
『山崎さん、あらめをもどし終わりました。こんな感じでよろしいですか?』
鶴姫はざるに入ったあらめを山崎に確認してもらう。
「いむ、大丈夫だ。あとは勝手場でこれを炊けば……」
と、そこへ近藤がやってくる。
「穐月君、ここにいたんだね」
『あっ、近藤さん。こんにちは。山崎さんに教わって追い出しあらめを作るところなんです』
「あらめ……というのは確かあの、ひじきみたいな海藻だったかね」
『はい。こちらでは送り盆の日にこれを炊いて食べるんです』
「ほう、なるほど。盆の行事も全国津々浦々、色々な形があるものなんだなあ。それはともかくとして……是非、君に見てもらいたいものがあるんだ。これから、俺に付き合ってくれんかね」
『ですが……』
山崎に視線を向ける。
「局長の用事を優先してくれ。ここなら、俺一人で平気だ」
『そうですか。それなら……』
「さ、こっちだ、穐月君。俺はもう今日という日が来るのが楽しみでなあ──」
いつになく弾んだ調子で言う近藤に手を引かれ向かった先は広間だった。
「おっ、きたきたきた!」
「待ってたぜ、鶴姫」
広間には長倉と原田の姿があり、畳の上には真新しい行李が置かれている。
『永倉さんに原田さんまで。どうなさったんですか?それに綺麗な行李ですね。』
「話は、後にしようぜ。まずは、そいつを開けてみてくれや」
『私がですか?』
鶴姫は戸惑いながら蓋に手をかける。
中から出てきたのはサラの浴衣と帯だった。
まだしつけ糸が着いたままの浴衣を手にして鶴姫は狼狽する。
『綺麗…白に青というのがこの時期涼しげでいいですね。頂き物ですか?』
「我々からの贈り物だ」
『私にですか!?』
「鶴姫意外誰がいるってんだよ」
『千鶴ちゃんがいるではありませんか……』
「雪村君にはもう渡していてな。この色は穐月くんに似合うと思ったんだが」
『そんな……!こんな素敵な浴衣、いただくわけには……』
自分の手の中にある浴衣をもう一度見る。
流水に桃色の華が流れている。
「遠慮なんてすんなって。せっかくの心づくしの贈り物だぜ?」
「そうそう!好意は有難く受け取っとけって!」
永倉や原田の言うことにも一理ある。
好意と言うものは無下にもできぬもの。
固辞するのも却って失礼な話だ。
『……本当にいいのですか?』
「ああ。それに今日は送り盆だろう?せっかくだから、それを着て出かけてくるといい。皆で大文字焼きでも見て来たらどうだね」
「近藤さん、確か、こっちの人間は【大文字焼き】とは言わねえんじゃなかったか?」
「あっ……そういえばそうか。以前、山崎くんに訂正された覚えがあるな」
「言ってた言ってた!【……それは、菓子の名前ですか?】って眉間にしわ寄せて言ってた!」
『五山の送り火ですね』
大文字、松ヶ崎妙法、船形万灯籠、左大文字、鳥居形松明の五つの送り火。
京を囲む山々に送り火をそれぞれ焚き、お盆に還ってきたてきた祖先の霊を慰める。
『あの近藤さん。ご好意はすごく有難いのですがご遠慮させていただきます。しかし、いくらお盆とはいえ、こんな大変な時期に出かけて鬼に見つかってしまっては皆さんや町の人々にご迷惑をおかけしますから』
「おいおい、遠慮なんてする必要ねえんだぜ?もし鬼が出てきたら、俺たちが守ってやればいいだけの事なんだからよ」
原田はそういうが鶴姫の表情は曇るばかり。
『……お気持ちだけ有難くいただきます。ありがとうございます』
その一言に近藤は落胆したように眉を開く。
「むう……残念だが、仕方ないか。却って気を遣わせてしまったようで、なんだか申し訳ないな」
『いえ、そんな……』
「んじゃ、俺たちだけで出かけてくるか。盆なんだし酒でも呑んでぱーっと盛り上がろうぜ!ぱーっと!」
「……おまえは盆だろうとそうでなかろうと、いつも呑んで騒いでんじゃねえか。んじゃ、俺達は出かけてくるからよ、留守番頼んだぜ、鶴姫」
『はい、行ってらっしゃいませ』
皆が送り火を見るために出かけてしまい、屯所に残っているのは僅かな隊士だけ。
庭から聞こえてくる虫の声に耳を傾ける。
『もう言ってる間に秋がやってくるのか』
そう思っているとどこからともなく近藤の声が聞こえてくる。
「いやはや、隊士たちが出かけてしまうとここは火が消えたようだね。君に頼みたいことがあるんだ。今時間はあるかい?」
『はい、何でしょうか?』
「先程、外に出た時、西瓜を売っているのを見かけたから土産に買ってきたんだがよかったら、総司の所に持って行ってあげてくれないか?勝手場に置いてあるから」
『はい!』
近藤の言葉を聞いて鶴姫は急いで勝手場に向かおうとした。
「あっ、ちょっと待ってくれ。せっかくだから、あの浴衣を着て行ってあげてほしいんだが……」
『ですが……』
残っている隊士のことを気にして躊躇する鶴姫に、近藤は「人払いはしておくから、心配は要らんよ」と声をかける。
「綺麗に着飾った女の子の姿を見れば、総司も気が和むだろうし。頼む、穐月くん!」
『……私でお役目がつとまるといいのですが』
沖田は灰の病で外には出かけられない状態になっている。
咳も増えてきている。
近藤は少しでも沖田を元気づけたいのだ。
『せっかく頂きましたし…着替えてきます』
「ああ。よろしく頼むよ」
その後浴衣に着替えた鶴姫はお盆いっぱいの西瓜を手に起きたの部屋へと向かう。
『総司、西瓜あるんだけど一緒に食べない?』
襖越しに声をかけるけれど中からの返事は無い。
『総司?いないの?開けるよ』
そう呼びかけたあと襖を開けるが中に人の姿はなかった。
水でも飲みに行ったのかと待ってみるが一向に戻ってこない。
心配もあり、鶴姫は西瓜を部屋の中に置いて沖田を捜しにでた。
建物の外に出ると、ぼんやりと突きを眺める沖田の後ろ姿を見つける。
沖田は鶴姫の気配に気づいてゆっくりと振り返った。
「……鶴姫ちゃんか。送り火、見に行かなかったの?」
『はい。鬼に襲われたら周りの人達にも被害が出ますから。それよりも総司はここで月を眺めてたね』
「……皆出かけちゃってるみたいだから、今なら部屋の外に出ても大丈夫かなって思ってさ。いつもは不用意に出歩けないからね。……他の隊士に病気を移したりしたら、近藤さんに迷惑かかるし」
『そうだね』
彼の口調が、どこか投げやりめいていることに気づく。
それに合わせるかのように鶴姫の気も悲しくなってしまう。
近藤に勧められた浴衣も今の沖田の前では場違いなのだろう。
俯いていると沖田は根負けしたように息をつく。
「……そんな顔しないでよ。もう部屋に戻るからさ。元々長居しないつもりだったし」
『ごめんね。そういうつもりじゃなかったんだけど』
背を向けて歩き出す沖田に鶴姫は一瞬迷いながらついていく。
大人しく部屋に戻ってきた沖田は鶴姫を振り返る。
「わざわざ部屋まで着いてくるなんて、よっぽど信用がないんだね、僕」
『そういうわけじゃないの。』
「……僕に、何か話しでもあるの?」
面倒そうな沖田の前にさっき持ってきた西瓜をずいっと差し出してみる。
『近藤さんが買ってきてくれたんです。食べませんか?』
「いらない。近藤さんに食べてもらって」
『……』
「いらないって言ってるのが聞こえないのかな?同じことを何度も言わされるのって嫌いなんだけど」
沖田は今日はあまり機嫌が良くないらしい。
いつもはもう少し柔らかいのだが。
『近藤さんは総司に食べてほしいっていってたからここに置いておくね。食べたくなったら食べて』
縁側に西瓜を置いて立ち上がった時。
「置いておいたって、食べないよ。地面に投げ捨てちゃうかもね」
『総司はそんなことしないよ』
「どうして、そう思うの?」
『総司は近藤さんが買ってきてくださって、総司にって用意してくれたものをぞんざいに扱ったりしないから』
その言葉に沖田は一瞬驚いたように目を見張った。
しかしやがて不敵とも取れる笑みを浮かべながら言う。
「……ふうん。僕のこと、よく分かってるじゃない」
『小姓をもう4年ほど務めてますから』
「だけど、今日は本当に食欲がないんだ。その西瓜は君が食べなよ」
『でも…』
「ここに置いておいても、食べられなくて傷んじゃうだけだしさ。そうなったら近藤さんはすごく悲しそうな顔をすると思うから。……食べなよ。それでどんなに美味しいか、僕に教えて?」
体調が優れない時でも沖田が真っ先に気遣うのは近藤のこと。
本当に近藤のことを慕っているのがわかる。
そんな彼の気持ちを知ってしまったら、頷くほか何も出来ない。
『分かりました。残りの西瓜置いてきます。』
鶴姫はそう言うと急いで残りの西瓜勝手場に戻し、沖田の部屋へと戻る。
『それじゃいただきます』
鶴姫はそう言って瑞々しい西瓜を手に取ってかじり始める。
さっぱりした鮮烈な味わいにうだるような暑さを忘れてしまう。
夜空に浮かぶ月を見上げながら、沖田はぼそりとつぶやいた。
「……もし僕が、近藤さんの所にそれを持っていっても……あの人は絶対に、食べてくれないんだろうな」
『え……?』
突然の呟きに当惑して鶴姫は顔を上げる。
月を見上げる沖田の双眸は、寂しげな色を宿していた。
「江戸にいた頃にね、こういうことがあったんだ。近藤さんは、どんなに自分がひもじい思いをしてるときでも……【俺はいいから、皆で食べてくれ】って笑顔で言う人だった……そんな近藤さんの気持ちに真っ先に気づいたのは土方さん。それから、土方さんはどんな時でも自分の分を近藤さんと分け合って食べるようになったんだって……僕がそのことに気づいたのは、ずっと後になってから。その後、僕がどれだけ【近藤さん、僕の分も食べてください】って言っても……近藤さんは、優しく笑うだけで……絶対に、食べてくれなかったんだよね」
沖田は大きな肩を竦めながら自虐的にも見える笑みを浮かべる。
その時の沖田、近藤の気持ちは朧気ながら理解出来る。
近藤にとって沖田は年の離れた弟みたいなもの。
土方は近藤の内心を的確に読み取り支えになってくれる人。
そして沖田は近藤の支えになれないことがもどかしくて仕方ないのだ。
病でとこに伏せることが多くなった今は尚更のこと。
『総司──』
そう言いかけた時。
「その西瓜、美味しい?」
まるで、心の中に踏み込まれないよう牽制するように鶴姫の言葉を遮って質問してくる。
『すごく美味しい。暑さも忘れられて、優しい気分になるよ』
「そう。それじゃちょっともらうよ」
『えっ……?』
鶴姫が戸惑っていると沖田は突然身を寄せてきた。
そしてそのまま西瓜を持つ鶴姫の手を掴んで自分の口に寄せる。
『ちょ、ちょっと総司!』
「何?この西瓜、元々は僕のために持ってきてくれたんじゃなかったっけ?」
沖田は鶴姫の動揺などどこ吹く風といった調子で平然と尋ねてくる。
『そ、そうだけどそれ食べかけ……まだ口をつけてないのここにあるのに』
「今日は食欲がないって言ったでしょ?一人で全部食べ切るなんて、無理だよ。いいじゃない、ちょっとくらい」
『そういう事じゃなくて…』
戸惑っている鶴姫をよそに、沖田は鶴姫の手にある西瓜を二口、三口とかじり続ける。
沖田の広い胸や肩がすぐ近くに来て胸の鼓動がにわかに激しくなってしまう。
「あれ、鶴姫ちゃん、どうしたの?顔が赤いみたいだけど」
『べっ、別に──赤くなってなんかないよ。見間違いじゃない?』
「へえ、こんなに近くにいるのに見間違い?そんなことって、有り得るのかなぁ」
『み、見間違いだってば……!』
「ふうん、そう。それなら別にいいんだけど」
沖田はそういうと鶴姫の反応を楽しむようにもう一口西瓜をかじる。
『っ……!』
慌てて身を離したりしたら、またからかわれると思い大人しくしていたらこの有様になった。
鶴姫は身を小さくしてただただ時間が過ぎるのを待つばかりだった。
「……ご馳走様。美味しかったね、あの西瓜。後で近藤さんにお礼を言っておかなきゃ」
『美味しかったね。私からも伝えておくね』
沖田は小さく頷いたあと、再び夜空へと視線を向けながら言う。
「……にしても、残念だなぁ。ここからじゃせっかくの送り火も見れないんだよね」
『来年になればまた見られるよ。そのために病気、治そうね』
鶴姫は懸命に沖田を元気づけようとするが、本人は鶴姫の言葉など耳に入っていないかのように独りごちる。
「……どうせなら、戦ってる最中に死にたいんだけどな。布団の上なんかじゃなくて。最後の最後までこの命は──近藤さんのためな使いたい。あの人のために……死にたい。」
まるで間近に迫った終焉を悟ってでもいるかのような虚無感に満ちた言葉だった。
死病に冒された沖田が抱いている恐怖や不安は、鶴姫の想像を絶するものなのだろう。
それでも、どうしても言わずにはいられない。
投げやりな言葉ばかりを紡ぐ沖田を静視してはいられない。
『……近藤さんがその言葉を聞いたらどんな風に思うか……。総司なら分かるはずだよ』
念を押すように尋ねる。
すると沖田は悪戯を咎められたようなばつの悪そうな表情になる。
「うん、わかってるよ。……だから今言ったことは絶対に近藤さんには言わないでね」
それを聞いて少し安心する鶴姫。
沖田の体調は決してよくはない。
それでも、自分の命を粗末に扱ったら近藤さんが悲しむだろうということはわかるはず。
『約束する。絶対に言わない』
「……そう、ありがとう」
沖田はクスッと笑ったあと、再び夜空を見上げる。
「そういえば、言うのを忘れてた……その浴衣、よく似合ってるよ鶴姫ちゃん」
消え入りそうな儚い声音で言う。
「……前に芸者の格好してた時は、君を浪士から守ってあげることが出来たのにね。今同じことが起こったら……どうなるんだろうな」
自嘲じみた笑いを漏らしたながら沖田がつぶやく。
『総司は病気になんて負けない。薬をきちんと飲んで栄養をつければきっと……元通り、剣をとることができると思う』
確証の持てない発言に無責任さも感じながら空に囁く。
この世に万能薬があればなど願っても叶わない。
自分の無力さに打ちひしがれながら鶴姫は膝の上で手を握る。
「……そういうの、気休めっていうんじゃないの?でもまあ、何も言ってもらえないよりはいいか。……ありがとう、鶴姫ちゃん」
その後、二人はいつになく静かな屯所で肩を並べながら星空を見上げ続けた。
To be continued