あなたを守ること 沖田

入隊希望者名簿

新入隊士の名前と親族名簿
入隊希望者とその親族関係の明記を。
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京を大混乱に陥れた【元治甲子の変】の後。

瀑布は長州を朝敵とし、以前から出ていた長州征伐の命を正式に決定した。

後に、世間ではこれを【第一次長州征伐】と呼ぶようになる。

この征伐の後、長州の動きはいったん収まっていたように見えたが、ほとぼりが冷めるころには幕府に対して礼を失した振る舞いをするようになっていった。
 
そこで詰問のために幕府から長州へ使者が向かうことになり、新選組からも近藤が同行することになった。

それでも長州は恭順命令を徹底的に無視し続けた。

夏には第二次長州征伐が行われ、幕府軍の大敗北となった。




慶応二年九月――



二六〇年揺らぐことのなかった大樹が静かにきしみ始めた瞬間だった。



この日、千鶴が斎藤と巡察に出ていた。

その時、一人の浪士が子供に手を上げようとしたのを助けた少女と仲良くなったという。

千鶴自身はまた女であることを見抜かれたと少し悲しそうにしていた。

出会った少女の名前は【千】という。

新たな出会いもあれば、最近では三条制札を引き抜いて鴨川に捨てる事件が相次いでいる。

近藤はこれの対処に羅刹隊の出動を提案するが、羅刹隊はやりすぎると言って他の案を考えることになった。

この三条制札については会津藩から報奨金が出たということで、皆はお祝いだと行って島原へと出かけて行った。

今回は珍しく千鶴も同行していった。

屯所に残ったは一人食事をとっていた。



『新選組も羅刹隊もどうなるのか。まあ多分、幕府にとっては浪士たちと対峙できる集団だから解散させることはないだろうなあ。羅刹隊に関してはどうなるか……』



その時、突然襖が開いて山南が部屋へと踏み入ってくる。



『山南さん、なにか御用ですか……?』

「こんばんは。今日は、皆と島原へ出かけなかったのですか?」

『私もお酒が呑めないので。』

「……成程」



山南さんは得心がいって頷くと、深い色の瞳をこちらへ向けてくる。

冷たい月が浮かぶ、こんな夜だからだろうか。

今夜の山南さんの瞳は、どこか危うさを孕んでいる気がした。



『どうかしたんですか?』

「君は、どう思っていますか?例の【薬】ーー変若水のことを」

『どう、って……』

「あの薬は素晴らしいと……、そう思いませんか?私が左腕を負傷し、薬を飲むことになったのも全てはこの薬をさらに完璧なものへと改良せしめる為だった……、そう思えてならないのです。」



怪しげな光を宿す山南さんの瞳を直視出来ず、は顔を背けた。

まるで何かに取り憑かれたみたいな、不気味な光を宿した目。



「……どうしたのです?私の言葉を、肯定してくれないのですかあの素晴らしい薬を」



ーーやはり今夜の山南は、明らかにいつもと違っていた。



「………この薬は素晴らしい。羅刹化計画は成功です。失敗などと言っているのは、理解のない馬鹿者共だけです。この薬さえあれば、長州だろうと、土佐だろうと恐るるに足りません!君もそう思うでしょう!?赭月君!」

『あのっ…………!』



力説しながらの目を覗き込む山南の表情は以前とは全く違ってしまっていた。

左腕が使い物にならなくなり、周りのもの全てにピリピリしていた頃の山南も困りものだったが、最近はより手の付けられない方向に向かってしまっている。



「どうして何も言わないんです!?まさか君たちも松本先生と同じように薬の実験を辞めさせようなどと思っているのではないでしょうね?」

『そのお話はまたの機会にしましょう。山南さん、部屋で休んでください。』



そう言って席を立とうとした時だった。



「待ちなさい」



山南は苛立った様子での手首をつかんだ。

の手首を握る左手には、人のものとは思えないような力が込められていて振り解けない。



『山南さん!やめてください!』



山南さんの様子にが叫んだ瞬間。



「女の子の手首を掴んで何してるんですか、山南さん」



くすくす笑いながら、沖田が山南を制止していた。

気づけば沖田の後ろには斎藤や藤堂の姿もあった。



「彼女、怖がってるみたいですよ」

「いや……意見を求めていただけですよ。議論が白熱したせいで、少々頭に血が上ってしまってね。面目ない」



眼鏡の向こうに見える山南の目にはいつもの彼のものに戻っていた。

が、ほっと胸をなでおろしているうちに、山南さんは皆と入れ違いになるように立ち去ってしまう。



『おかえりなさい。随分早かったんですね。もっと遅くなるかと思ってました』

「左之さんは新八っっぁんに付き合わされて朝まで飲んでくるみたいだぜ。さすがに俺は体力持たなそうなんで途中で抜けてきたんだけどさ」

『帰ってきたのは三人だけ?』



すると藤堂が口元にニヤニヤ笑いをうかべる。



「土方さんは角屋にいた君菊って姉さんに気に入られたみたいだぜ。ずっと隣にくっつかれてたからな。まあ、土方さんは新選組副長って肩書きがなくてもモテるからな」

『君菊さん………?』

「ああ。すっげぇ綺麗な姐さんだったな。」

「そんなに綺麗だったっけ?」

「綺麗だったって!つうか、あんな高そうな人呼んじまった左之さんの懐が心配だよ」

「そう。僕、女の人の善し悪しって、よく分からないな」

『……』

「あ、でも1人なら分かるかな」



チラッとこちらをみる沖田には顔を少し赤らめる。

千鶴はふと自分の男装姿を見下ろして急に悲しくなっていた。



「……どうかしたのか。暗い顔をしてるようだが」

「い、いえっ!なんでもないです」

『ふふ』



理由がわかったは笑いをこぼす。



さん!」

『うん、わかってるよ。言わない』



女の子同士の秘密ができた感じがして、この時千鶴は少し心の中で喜んでいた。



「疲れているようだな。そろそろ、部屋を出た方が良さそうだ。」

「そうだね、2人ともさっきのでどっと疲れたみたいだし」

「それではな、雪村、赭月、今日はゆっくり休んだ方がいいぞ」

「あっ、は、はいっ!」

『お心遣いありがとうございます』



皆のやり取りを見つめていた藤堂がふと寂しそうにつぶやく。



「……なあ、山南さんの様子、近頃ますますおかしくなってねえか?」

「……」



江戸にいた頃から一緒だった幹部の人たちも今の山南には不信感を抱き始めている。

この後、他の隊士が島原から帰ってきて、三条制札事件を詳しく聞いた。

そこで妙に気になる情報を得ることが出来た。

制札を引き抜く藩士たちを捕まえた晩──。

隊士のひとりが三条大橋の現場で千鶴によく似た誰かとその隣に背の高い男を見かけたというのだ。

千鶴に似たその何者かは新選組の邪魔をして土佐藩士に味方したらしい。

だが当然千鶴は屯所から一歩も出ていない。

もし三条大橋にいたのだとしても、新選組の邪魔などするわけがない。

一体どういうことなのか。



慶応二年十二月

身を切られるような寒さの中、と千鶴はほうきを片手に境内の掃除をしていた。



『こんな感じかな』



将軍後見職の徳川慶喜公が次期将軍に決まった。

しかし、将軍に就任してから僅か二十日後には天子様が崩御する。

この崩御は各方面に衝撃を与えた。

跡を継ぐ親王様はまだ齢十五歳。

天子様になるには時代は重すぎる。

攻め込んできた幕軍を返り討ちにした長州藩の動向も見えないままーー。

日本という国が急速に動き始めたある日、三条制札事件の解決を祝って島原の角屋で宴会をした。

そこでは君菊という綺麗な花魁に出会うことになる。

これまでに出会っていた人との関わりに変化が生まれる。

小さな出来事かもしれないが、にとっては忘れられない記憶。

これはそんな日の物語。



「千鶴ちゃん!」

「あれっ……お千ちゃん?」

「あれ?何その子。知り合い?」

「あっ、えっと、知り合いっていうか……」

「前に浪士に絡まれてたところを助けてもらったんです。ねえねえ、千鶴ちゃん。よかったら、お団子ご馳走させてくれない?この間のお礼に」

「えっ?でも、今は巡察の途中で……」



千鶴は隊士たちの先頭に立っている沖田をちらりと見上げた。

沖田は真意の見えない眼差しでお千を見つめていた。



「行ってきたらいいんじゃない?たまには、息抜きも必要でしょ」

「えっ……いいんですか?」

「構わないよ。正直言って、君がくっついてきても龍之介と違ってなんの役にも立たないしね」



沖田はにっこり笑って厳しいことを言った。

しかし本当ならば監視しなければいけない千鶴を隊から離させるなど信じられない待遇だ。



「近くを一回りしたら迎えに来るからゆっくりお茶でも飲んでおいで」

「はい、ありがとうございますっ!」



千鶴は勢いよく頭を下げて沖田に感謝の言葉を述べた。

沖田は何を言うまでもなく、千鶴に背を向けて隊士たちと共に歩いていく。



「さ、行きましょ、千鶴ちゃん。あそこのお店、お団子が美味しいの」

「う、うん」



千鶴はお千に手を引かれ茶店の縁台へと腰を下ろす。



「今日はね、あなたのことを少し詳しく聞かせてもらいたいんだけど」

「詳しく、って……」

「あなた、京の生まれじゃないでしょ?なのに、どうしてここにいるのかなって。後は……女の子のあなたが、なんで新選組にいるのか、ってことも」

「それは……」



千鶴は彼女に話してしまっていいものか、と悩んでいた。

そんな千鶴の戸惑いを見抜いてかお千は優しい言葉をかける。



「あのね、私──」



千鶴はお千に京にやってきた経緯を説明した。

今は父が務めていた新選組に世話になっていること。

自分以外にも女がいること。

幹部の人たち以外は二人が女であることを隠していること。

そして──行方不明になっている父やの父兄が今薩長の志士たちと行動を共にしているかもそれないということ。



「……そういうことだったんだ。千鶴ちゃん、私と同い年くらいなのに苦労してるのね……」



お千の言葉に千鶴は無言で俯く。

やがて彼女は気遣わしげな表情で述べる。



「……お父さんの外見とか、特徴を教えてくれる?島原には、知り合いがいるの。あそこには都中の情報が集まってくるわ」

「えっと……」



千鶴はお千に父やの父兄の背格好を説明した。

お千は頷きながら話を聞いていた。



「あなたのお父さんと同一人物かは分からないけど……最近怪しい連中が島原でよく会合を開いてるらしいって噂を耳にするの。その中に剃髪の男性が紛れてたって聞いたことがあるわ」

「────!」



千鶴はやっと父の手がかりを掴めたのかもしれないと心を震わせる。

しかしながら怪しい連中と一緒にいたというところに引っかかった。

不安が表に出ていたのかお千は心配そうな顔でもう一度繰り返しす。



「……あなたのお父さんと同一人物かは分からないけど」

「いん。だけど、もしかしたら私の父様かもしれない……」



やや暫く沈黙してからお千は千鶴の瞳をじっと見つめ、力強い口調で言う。



「……もし島原に行くつもりなら、何時でも声をかけて。あそこには顔が利くから、きっと力になれると思うわ」

「……うん。ありがとう、お千ちゃん」

「そのもう一人の女性の父兄さんの情報は分からないけれど集まるかもしれないし」

「……なるほど、話はわかった。報告ご苦労、雪村くん」

「俺達も、胡散臭え連中が島原界隈をウロウロしてるらしいって情報はつかんでた。ただ、島原は場所の性質上、どうしても御用改めがしにくくてな……証拠もねえのに、怪しい客を片っ端からふん捕まえるわけにもいかねえし。どうしたもんか、対処に悩んでたとこだ」



屯所に戻り事の経緯を話した千鶴。

するとそれまで黙り込んでいた永倉が重々しく面を上げ言う。



「なあ、土方さん。こういうのはどうだ?」

「なんだ?新八。いい考えでもあんのか」

「俺がこの肉体美で、その怪しい奴らの座敷に呼ばれた姐ちゃんを惚れさせて、情報を引き出すんだよ!」



永倉の答えに、その場にいる全員が脱力してしまう。



「……てめえなんぞの話を、真面目に聞こうとした俺が馬鹿だった」

「芸者のお姐さんを惚れさせるなんてできるはずねえじゃん。いつも散々金使わされた挙句、袖にされてるくせに」

「ちょ──なんだよその反応!俺は真剣に言ってんだぞ!女ってのは、惚れた男の言うことならなんでも聞くもんだろうが!」

「……そんなの、何十年かかると思ってんだよ。芸者ってのは、ただでさえ口が堅えのに。そんな面倒な真似するより、芸者に化けて客から直接情報を引き出す方が早いだろうが」

「なるほど、確かにそうだが……一体誰がそんな役目を請け負うんだ?新選組には、揚屋に潜入できる女性など──」



そう言いかける近藤と目が合う

おずおずと手を挙げてみる。



『あの……私では役不足でしょうか…』

「君が?しかし、嫁入り前の若い女性にそんなことをさせるわけには──」

「は、反対だよ!絶対反対!島原の客って酔っ払いばっかだぞ!何されるかわかんねえって!」

「いいんじゃない?おもしろそうだし。芸者の格好したちゃんの姿見てみたいし」

『物凄く興味本位な意見が聞こえました……』

「……赭月、お前がそんな真似する必要なんざねえよ。万が一のことがあったらどうすんだ」



の発言をきっかけにして、意見はすごく入り乱れる。



『やってみます。千鶴ちゃんにこのような危険な任務を任せるわけにはいきませんし。それに、その島原のことをよくご存知の方の口添えがあれば危険なことにはならないと思います』



の発言により行動は決まった。

千鶴は早速お千に連絡を取る。

翌日、早速お千から返事が来た。

西本願寺にほど近い料亭に新選組幹部のみんなを招待するというのだ。

その目的はもちろん。



「いらっしゃい、千鶴ちゃん!準備して待ってたわよ」

「ご、ごめんね、無理を聞いてもらっちゃって」

「何言ってるの。頼りにしてくれて、凄く嬉しいわ」

「初めまして。君菊いいます。姫様には昔から、ようお世話になってますぅ」

「初めまして」

「早速準備しましょうか。えっと、さんでしたね。こっちの控え部屋に来て。着物持ってきたから、着替えましょう。きちんとお化粧もしなきゃね」

『あっ、はい。よろしくお願いします』



はお千と君菊に導かれるまま控え部屋に移動した。

二人は用意していた行李の蓋を開け、中から襦袢や簪、化粧道具や帯、きらびやかな着物を取り出す。



「早速着てみて!あなたにに合いそうなものを二人で選んできたから!」

『は、はい……』

「そんなに固くならないでいいから」



普段は絶対目にしないような華やかな柄の着物を目の当たりにしてつい気後れしてしまう。

はいつも来ている男物の着物を脱ぎ襦袢に袖を通した。

自分から名乗りを上げたとはいえ、まさか芸者の格好をすることになるとは思ってもみたかった

こんなふうに女物の着物をこること自体、すごく久しぶりで嬉しくなっていた。



『お千ちゃん?本当にどこもおかしくない?』

「大丈夫、すっごく綺麗になったからきっとみんなビックリするわよ」

『そ、そうかな……』



芸者の衣装を着るのも化粧を施されるのも初めてなには帯も袖も結ってもらった髪もすごく重かった。

しかも鏡を見ていないからどんな風になっているのか自分では分からない始末。

お千や君菊から似合うと言われても自分で見ていない以上不安しか無かった。



「お待たせしました!ちゃん、すごく美人になりましたよ!」



お千がそう言っての両肩に手を添え、皆の前へと連れ出した。

広間に足を踏み入れた瞬間、場は水を打ったように静まりかえる。

薄水色の生地に白い鶴と華の模様。

帯は青を主に金色の鞠。

は恥ずかしくなり顔をあげられず俯いてしまう。



『や、やはり似合いませんか……?』

「な、なあ、そこにいるのって、、なのか?」



藤堂が驚きに目を見張りながら問いかけてくる。



『う、うん。そうなんだけど、やっぱり……変……かな?』



すると藤堂は顔を真っ赤にしながら首を左右にブンブン振る。



「い、いや、そんなことねえって!むしろ──」

「いや、驚いたな。着物や化粧で、こんなにも見違えるとは……。普段の君とは、別人のようだ」

「なかなか似合ってるんじゃねえか?そのまま座敷に出ても、違和感ねえな」

「へえ……化けるもんだね。一瞬、誰だか分からなかったよ」

「……元がいいからな。綺麗だぜ、

「ちょっと。僕の小姓を口説くのやめてくれる?」

「なんだ、妬いてんのか?」

「別にそういう訳じゃありませんけど」



沖田は原田にそう言われると少し拗ねたようになった。



「う、嘘だろ……?いつもとまるっきり別人じゃねえか。俺が今まで見てたのは、一体……」

はん、すごく綺麗です……女の私も見惚れてしまうくらい」

『ありがとう……凄く嬉しいんだけど、褒められすぎて顔あげられないよ……』



千鶴にしがみついてヘナヘナとへたり込んでしまう

耳は赤くなりみなに背を向けてしまう。

やがてお千がの方を振り返り、段取りを説明する。



ちゃん、あなたには芸者として角屋に詰めてもらうことになるわ」

『お客さんにつく時は?舞は多少できるけど、楽器ができないといけないんじゃ…』

「本来ならそうどすけど……素人のお嬢さんにそこまで求めるのも酷やし、お酌だけで結構どす」

「もし何かあったら、屯所まで文を寄越してくれ。手紙を受け取った隊士を客として行かせるから、そん時に状況を詳しく報告してくれりゃいい。念の為、斎藤と山崎を角屋に待機させとく。もし万が一の事態が起こったら、一人で対処せずに奴らに助けを求めろ。……いいな」

『分かりました』



その後、はお千と君菊に連れられて島原へ向かうことになった。


そろそろ、暮れ六つ半になろうという頃──

角屋の座敷には団体のお客が多数詰めかけている様子だった。

もしかしたらこのお客の中に千鶴の父親や自分の父兄が紛れているかもしれない。

そう思ったは廊下へと出て様子を窺うことにした。

廊下に出ると大広間で宴会を開いているお客の話し声が聞こえてくる。

は部屋の中にいる人たちに気づかれないように襖を細く開けて耳をそばだてた。

浪士たちのうち、数人の言葉には西国の訛りがあった。

おそらく薩摩や肥後あたりの言葉。



「……しかしこの角屋には、新選組の幹部共も頻繁に訪れると聞きますが。祇園の方に出かけた方が良かったのでは?」

「知ったことか。時流を読めぬ幕府の犬など恐るるに足らん。奴らにはいずれ、目にもの見せてくれるわ」



新選組に敵意を持っていることはわかる。

そうなるとこの広間にいる人間たちは尊攘派浪士ということになる。

しかも【目にもの見せてくれるわ】ときた。

なにか企んでいることも明白だった。

、細く開いた襖から中の様子をそっと窺ってみた。

幸いというべきか、座敷に千鶴の父親もの父兄の姿もなかった。



『知らせなくちゃ…』



は静かに襖を閉めると足音を立てないようにお千達が用意した個室へと戻る。

部屋に戻ったは早速硯と墨を用意して手紙を書き始める。

浪士たちと斬り合いになる可能性を考えては沖田に手紙を書く。

は書き終えると禿の女の子に屯所宛ての手紙を渡し、飛脚へと届けてもらうことにした。

程なくして沖田からの返書が届く。

【準備が出来たらすぐ向かうからいい子にして待っててね】という内容が簡潔に記されていた。



『書いてから少し時間が経っているからそろそろ来るかもしれない』



はそのまま部屋で待っていたが、いつまで経っても沖田は姿を見せない。



『どうしたのかな。まさか、病気が……』



そんなことを考えていると窓の外から声が聞こえる。



「貴様の顔、見覚えがあるぞ!新選組の沖田だな!」



は少し窓を開けて確認すると沖田が何人かの浪士に絡まれていた。

いても立ってもいられず部屋を出ていく



「……どうしてあんた達が僕の名前を知ってるのかな?もしかして僕、意外と有名だったりする?」

「黙れ!我が肥後勤王党の誇り、宮部先生の仇取らせてもらうぞ!」

「宮部って誰だっけ?殺した相手の名前なんて、いちいち覚えてないなぁ」

「なんだと貴様っ──!」



火に油を注ぐのが得意なのは今に始まった話では無いが、そんな沖田に浪士は目を剥いていきりたち刀を抜いた。

沖田も挑発めいた笑みを浮かべながら、立ちを引き抜いた。



「前口上はいいから、さっさとかかってきなよ。何とか先生の仇、取りたいんでしょ?」

「近くに、仲間はいねえみてえだな。やっちまえ!」



殺気が辺りにたちこめ、今にも斬り合いが始まりそうになった。

その時、近くに人影を見つけは息を呑む。

あれは薫の姿。

このままでは斬り合いに巻き込まれてしまう。

はとっさに驚いた振りをして大声をあげることにした。



『きゃぁぁぁぁぁぁあ──!!!何をするのですか!!!』



声の限り悲鳴をあげる。



「なんだ!?誰かいやがるのか!?」



その声を耳にして、浪士たちの動きが一瞬止まる。

沖田はその隙を見逃さず凄まじい速さで間合いを詰め浪士たちを一人、また一人と斬り伏せる。



「……やれやれ、どうして君が外に出てきてるのかな?座敷でいい子にして待っててって手紙に書いといたはずだけど」



殺気に満ちた眼差しで浪士たちを睨みつけながら、沖田はの前へと立ちはだかる。



『総司がなかなか来てくれないから……』



そう答えると沖田は苦笑いを漏らした。



「なんだかなぁ。これじゃ捕物っていうより美人の女の子を悪者から守る正義の味方みたいじゃない。そういうのは僕よりも、左之さんあたりの方が似合ってる気がするんだけど」



皮肉めいた口調で言った後、沖田はを振り返る。

釣られて沖田を見上げると自然と目が合う。



「……まあ、でも、こういうのって意外と悪い気はしないかな。今の綺麗なちゃんなら守り甲斐あるし」

『こんな時に何を言ってるの…』

「あれ?嬉しくない?」

『嬉しいけど、場を考えてもらえると……』



そう答えると沖田は浪士たちへと視線を戻しながらこういう。



「……ボクの背中から離れないようにね」



その言葉には力強く答える。



『うん!』



そのあとも沖田はを背中で庇いながら人数差をものともせず浪士たちを斬り倒していく。

およそ人とは思えぬ太刀捌きを目の当たりにした浪士の一人がたまらずその場から逃げ出そうとする。



「……どこへ行くつもりだ?よもや、仲間を見捨てて逃げるつもりではあるまいな?」

「連日、角屋で密会を開き、何を企んでいたのだ?……聞かせてもらおう」



角屋に潜入していた斎藤と山崎が浪士の逃げ道を塞ぐ。



『斎藤さん、山崎さん……!』

「これにて一件落着、ってとこかな?あとは、そこで腰を抜かしてる浪士に詳しい話を聞かせてもらえば、事件は解決……だよね?」



沖田の言葉に斎藤は渋い顔になる。



「……俺たちが命じられていたのは角屋への潜入であって、斬り合いではなかったはずだが」

「そうだっけ?まあ、浪士たちが何を企んでるのかさえわかれば、方法なんてどうでもいいんじゃない?」

「それを決めるのは、あなたではありません。屯所に戻り、副長の判断を仰ぐことにいたしましょう」

「……やれやれ。どうせまた、ネチネチお説教されるんだろうね」



苦笑いとともに言ったあと、沖田はふとの方を振り返る。



「……あれ、簪が落ちちゃってるよ。美人な芸者さん」

『えっ?あ……ありがとうございます』



沖田からの指摘で髪に挿していた簪がいつの間にか地面に落ちていることに気づく。

彼に背中で庇ってもらっていた時に落としたのだろう。



「じっとしてて。……直してあげるから」

『は、はい……』



沖田は金色の簪を拾い上げ、そっと、の髪へと挿す。

指で髪をかき分けられる感触が酷くくすぐったかったのだろう。

少し動いてしまった。



「ダメだよ。じっとして」



月明かりの下、自分の姿をじっと見つめている沖田を見つめ返すのが恥ずかしい。



「これでよし、と。元通り、綺麗になったよ」

『ありがとうございます』



沖田の指が離れたあとも──はなかなか顔をあげられなかった。

やがて彼は珍しく皮肉を含まない笑みを宿しながら言う。



「これで見納めかと思うと、ちょっと寂しいかな。せっかくこんなに綺麗で可愛くなったのにね」

『っ……!冗談はよして』

「冗談じゃないよ。本当だよ」



沖田の褒め言葉に心臓が大きく跳ね上がってしまう。

と、先を歩いて言ってしまった山崎が声をかける。



「沖田さん、何をなさってるんです?早く屯所に戻りましょう」

「はいはい。わかってるよ。……それじゃまたね、ちゃん」

『はい。ではまた後で』



沖田はそのまま背を向けて斎藤や山崎と共に歩いていく。

三人の背中が見えなくなるまで、はその場に佇んでいた。

その後、連れ帰った浪士の口から新選組の屯所を襲撃する計画が明かされた。

島原での沖田の大立ち回りはたちまち京中に広まり、連日酒宴を催していた浪士たちも恐れをなして、ぱったりと姿を見せなくなったという。

数日後、はいつものように沖田と共に巡察に出ていた。



「おっ……あそこを歩いてんのは、新選組の沖田じゃねえか?」

「ああ、間違いねえ。この間、島原で何十人もを相手にひとりで立ち回ったらしいぜ」

「いや、俺は一振で五人を叩っ斬ったって聞いたぞ」

「浪士たちもその強さを目の当たりにして、すっかり狩り姿を消しちまったらしい。……無理もねえよな」



あの晩の出来事は町中の噂になっていた。

かなり尾びれがついて誇張されてはいるが。

話が大袈裟になった方が浪士たちが下手な動きを起こしにくくなるから、効果としては十分だった。



「……おかしいなぁ?どうしてこんなに話がねじ曲がって伝わってるんだろうね。僕は美人でかわいい女の子を守ってあげてただけなんだけど」

『噂というのは都合の悪いところだけ広まるもんです。沖田が女を守るわけが無いみたいなかんじで削除されたのでは』



が苦笑いとともに答えると沖田はいたずらっぽく笑いながら顔を覗き込んでくる。



「……そういえばあの女の子、どこの誰だったのかな?芸者遊びなんて興味なかったけど……あの子に会えるんなら、毎晩通ってもいいかなって思い始めてるんだ。龍之介、何か知ってる?」

『知りません!……からかわないでよ』



隊士の前だから小さな声で釘を刺す。

その様子に沖田は可笑しそうに笑いながら答える。



「……別にからかってる訳じゃないよ。君が芸者だったら毎晩通ってあげるっていうのは本当だし。君ってそそっかしいから、僕が見ててあげないと、また簪を落としちゃうかもしれないしね」

『あ、あれは浪士たちとの斬り合いがあったからで……』



これから数ヶ月。

何かあるとすぐこの話を出して沖田はをからかった。




To be continued
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