入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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『ん、うん……』
春の早朝の心地よいまどろみに身を任せていると何やら賑やかな声が聞こえる。
「平助、そっちに行ったぜ!絶対に逃がすんじゃねえぞ!」
「おう、わかってるって!」
「牙に気をつけろよ。体当されると、太腿の肉をえぐられちまうからな」
「うわっ──!」
「平助、無事か!」
「……平気だって。これぐらい、どうってことねえよ!」
まだ日も昇りきっていないというのに、かなりの人数が起きているように思われる。
「決して、正面から挑もうなどと考えてはならぬぞ。敵の体重は少なく見積っても三十貫はあるのだからな」
「ああ……!皆も、油断するなよ!」
原田や藤堂、斎藤の怒声、そして争うような物音が外から聞こえてくる。
鶴姫が半身を起こすと隣で眠っていた千鶴も目を覚ます。
一体何があったというのか。
「い、一体何が……」
『牙がどうこうって言ってたから獣?』
「け、獣?!」
『私が見てくるからここにいて』
気づかれないように静かに障子戸を開けるとそこに居たのは意外な生き物だった。
まだ日も昇っていない早朝、鶴姫達は広間へと集められた。
「……皆ご苦労だったな。朝っぱらから騒がせちまってすまなかったな」
「寝てるとこをいきなり叩き起された時は何があったのかと思ったぜ。豚って意外とすばしっこいんだな。しかも、あのでかい身体で突進してきやがるし」
「本堂の方にも一匹逃げ込んだんだろ?そっちは無事に捕まえられたのか?」
「島田が捕まえてくれたから、心配ねえよ。騒ぎで目を覚ましちまった坊さんたちは、災難だったがな」
「いやはや、面目ない。まさか、あの豚達が夜のうちに脱走して食料を漁るなんて夢にも思わず……」
先程の騒ぎの原因は先日松本良順の勧めで飼い始めた豚だった。
最近寝込む隊士達が多く、相談したところ栄養をつけさせるために残飯を豚肉わせそれが肥えてきたら食べるといいという助言を貰ったそうな。
食料も捨てることなく肥料になり、さらにそれを食べて育った豚まで食料にできるというわけである。
その豚が夜中に脱走して勝手場を荒らし、大騒ぎになったという。
「だから、豚なんぞ飼うのはやめとけって言ったんだ。こうなるのは分かりきってたんだから」
「そうは言われても、豚肉は滋養強壮にいいと松本先生がせっかく指導してくださったのだし……」
「んな事言って、あの豚どもを一番可愛がってんのは近藤さんじゃねえか。あんた、本気でアイツらを食う気があるのか?」
「いや、それは……昔飼っていた牛を思い出して、つい……」
近藤はそう言うと牛の姿を思い出しているのかしみじみと涙する。
「あの豚を飼い始めてから、伊東さんすっげえ機嫌悪くてさ。【その醜い生き物を、絶対に私の目に触れるところに出さないでちょうだい!】なんて言われちまったんだぜ」
「い、伊東さんが……?」
「あれ、そうなんだ?それじゃああと十匹くらい増やしたら、新選組から出ていってくれるのかなあ?どうします?土方さん。試してみる価値はあるんじゃないですか?」
「滅多なことを言うもんじゃねえ。伊東さんはあれでも一応、この新選組の参謀なんだからな」
「一応って……」
その言葉に仕方なくといった気持ちがみてとれるのは内緒の話。
「とりあえず、豚のことは置いとくとして……あいつらに食われちまった分の食料をどうにかして調達しねえとな。」
「んな事言ったって、百人分の食料が簡単に手に入るわけねえじゃん」
「だからって、隊士を飢えさせるわけにゃいかねえだろうが」
幹部揃って頭を抱える。
鶴姫たちも色々考えてはみるが妙案というものは浮かばなかった。
するとここで山崎が手をあげる。
「副長、俺にひとつ考えが」
「ん、何だ、山崎」
「俺の知人で、竹山を持っている人物がいます。ちょうど筍が美味しい季節ですし、事情を話せば、たけのこ狩りをさせてくれるのではないか、と……」
「竹の子か〜。いいんじゃねえ?うまそうだし」
「山を登るから体力作りにもなりそうだしな」
「んー……ま、飯抜きになるよりゃいいか」
「……俺は、副長のご意向に従います」
『竹の子の処理なら経験ありますので、もし採れましたら調理できます』
皆なかなか食べられない竹の子に胸を躍らせていた。
「楽しそうだな!昔竹の子狩りに行った時は同行者の中で一番大きなタケノコを採ったものだぞ」
「あんたは留守番だ。新選組局長に、竹の子狩りになんてさせられるわけねえだろ」
「え?だが、せっかくの機会だし……」
「少しは今の自分の立場ってもんを考えてくれよ。新選組局長が鉢巻しめて竹の子掘ってたら、他の隊士に示しがつかねえだろ?」
「そうかなあ?結構似合うと思うんだけど」
皆はそう言われて近藤が鉢巻をしめて土まみれになって竹の子をとる姿を思い浮かべる。
確かに元々田舎の出であるからかなり似合っていた。
「似合いすぎるからダメなんだよ。ただでさえ近藤さんは軽く見られがちだってのに、今以上になめられたらどうするんだ」
「近藤さん本人が行きたいって言うんだから、行かせてあげればいいじゃないですか。土方さんこそ、もう少し自分の立場をわきまえたらどうです?副長は局長を補佐する役目なんですから」
「補佐してるから、間違ったことをさせねえようにしてるんじゃなえか!」
「け、喧嘩はやめてくれトシ!総司も!わかった!俺は留守番をするから!それでいいだろ?なっ?」
土方と沖田の間に挟まれる近藤はあわあわして二人をなだめようとする。
「近藤さん、土方さんをあまやかしちゃいけませんよ。最近図に乗ってますから、ビシッと言って聞かせてください」
「金平糖にあんこと水飴ぶっかけたみてえに甘やかされてるおまえに、言われたかねえよ」
「……やれやれまた始まっちまったか。この様子だと、言い合いが終わるまで出発出来そうにねえな」
「……そのようだな」
『みたいですね……行くなら早い方がいいと思うんですけど』
「──よし、そんじゃ準備が整い次第出発してくれ。山崎、出先のことはよろしく頼んだぞ」
「お任せ下さい」
「鶴姫、千鶴、お前らはどうするんだ?俺たちと一緒に竹の子狩りに行くか?」
『私は屯所に残る』
「私も。山道に不慣れな私じゃ皆さんの足でまといになってしまうかもしれないから今日はやめておくね」
「そっか?別にそんなの気にすることねえのに。ま、行きたくねえんならしょうがねえか」
竹の子狩り等そうそうできるものではない。
根元が特に固いからとるのに苦労する。
途中で折れてしまわないように掘っていかねばならないのも難しい。
その後、鶴姫達は部屋で縫い物をしていた。
「おい、二人とも、ちょっといいか?」
『「はい」』
障子戸が開いて土方が姿を現す。
「頭痛がひでぇって言ってる隊士がいるんだがら薬はどこにある?」
「頭痛の薬ですね。ちょっと待っていてください。すぐに持ってきます」
『それなら私はお水の用意を』
しばらくしてふたりがそれぞれ準備して部屋に戻ってくる。
「お待たせしました、これです」
「おう、ありがとよ。山崎が屯所を空けてると、どこにどんな薬があるのかわかんなくなっちまってな」
『山崎さんは元々医者の家のでですからね。管理するのもお手の物ですね』
薬と水を受け取った土方が部屋を出ようとした時だった。
障子戸の向こうから、二人分の足音が近づいてくる。
「なるほど。さすが伊東さんですな!卓越した政治見識と時流を見る目……。この近藤、感服しました。伊東さんもご存知の通り、我々は江戸の片田舎にある貧乏道場の出てしてな……どうしても伊東さんと比べると大局的な視座にかける所がありまして。蒙を啓かれた思いです」
どうやら伊東と政治についての意見交換をしているらしい。
さすが伊東というが、近藤も政治見識が全くない訳では無い。
会合に何度か出ているし、噂では近藤をもっと上の役職にという話も出ていると聞く。
近藤と伊東は会話をしながら部屋の前を通り過ぎていく。
会話というよりは近藤が一方的に伊東に話しかけているようにも見えた。
「………」
『「…………」』
ちらと土方の方を見ると険しい眼差しで障子戸の向こうを睨みつけていた。
近藤の伊東への態度に対しては色々と思うところがあるらしい。
それは土方に限らずほかの面々も同じことであった。
やがて土方は小さく息をつき言う。
「……薬と水、ありがとよ。それじゃあな」
「あ……」
土方は無愛想な態度でそのまま部屋を出ていってしまった。
雪村は先程の土方の表情が気になった。
「私、土方さんにお茶持っていくね」
『わかった。私はこのまま部屋にいるから何かあったら呼んでね』
「ありがとう」
そう雪村を見送った鶴姫は縫い物の続きに取り掛かる。
最近は巡察も増えて隊士たちが服をボロボロにすることが増えた。
どれくらい経ったかいきなり戸が開いて沖田が入ってくる。
「鶴姫ちゃん、ちょっといい?」
『総司。どうしたの?』
「これから夕飯の買い物に行くから付き合ってもらおうと思って」
『ん?夕飯の買い物なら他の人たちが竹の子をってなってるよね?』
「山崎くんはああ言ってたけど、もしかしたらもう育ちすぎちゃって竹の子が採れないかもしれないし」
『あぁ……確かにその可能性もないとは言いきれないね』
「……もしたくさん採れたとして、山崎くんひとりの手柄ってことになったら癪だしね」
『一番の理由はそれなんじゃないの?』
沖田らしいというかなんというか。
「それじゃ、行こうか。のんびりしてると、お目当ての物が売り切れちゃうかもしれないし」
『お目当ての物?』
鶴姫はスタスタと出ていく沖田の後ろを急いで追いかけた。
『それで、今日は何を買うつもり?』
「ん〜っと……」
通りを歩いている最中、何人かの棒手振りとすれ違ったが沖田がなにか買う様子は無い。
「……あ、あった」
ようやく目当てのものを見つけたのか、沖田は一人の商人に歩み寄る。
あっさり交渉が成立したみたいで、卵を大量に買い込んだ。
「思ったよりずっと安く買えたなあ」
卵料理かあ……と思っていると
「何してるの?これ持って。まさか君に京見物させる為に、わざわざ連れてきてあげたとでも思ってるの?」
『そんなことないけど、やたらと買い込んだなと思って』
鶴姫は手渡された卵を受け取る。
「一個でも割ったら、斬っちゃうから。覚悟しておいてね」
『その手には乗りません。風呂敷をこうして』
鶴姫は安定しない風呂敷を結び直して手提げを作る。
その後、鶴姫は沖田と一緒に西本願寺へと戻ったのだった。
『ところで総司はこの卵どうやって料理するつもり?』
「玉子ふわふわって聞いたことある?」
『あるけど』
「あれを作りたいんだよね」
そういうと沖田はテキパキと準備に取り掛かる。
鶴姫は鰹節を削っていく。
「あれ、削り方ってそれでよかったっけ?」
『合ってるよ』
「さあ、どうかな?よく覚えてないや」
『絶対嘘。私の事嵌めようとしても簡単にはいかないよ』
カンナにかけると小気味いい音と共に鰹節が削れていく。
「なんだ、騙されなかったか。つまんないの」
『総司も一緒に削ってあげようか?』
「うわ、酷いなぁ」
『今までのお返し。出汁は昆布と椎茸もいるんだよね』
「そ」
それを聞くと鶴姫はテキパキ進めていく。
『これくらい?』
いつもの数倍の時間をかけてかき混ぜた卵を総司に見せる。
「まだまだだよ」
沖田は悠然とした様子でこちらを眺めているだけ。
「黄身と白身が完全に混ざりあってお粥みたいになるまで、手を止めないでね」
『そんなに混ぜてたっけ?』
「うん」
『ずっと全力で掻き混ぜ続けるのって結構しんどいんだけど……』
「ほら、動きが遅くなってるよ。見てないと思って手抜きしない」
『後半そのまま返す』
「僕は手抜きなんてしてないよ」
『態度が手抜き。何もしてないじゃない』
それから永遠掻き混ぜていた鶴姫は鍋の中に卵を入れる頃にはクタクタになっていた。
「もたもたしてると卵が固まっちゃうから、素早くね」
『なんで総司がやらないの』
「さて、それじゃ味見してみようか」
『話を聞かんか!』
沖田はその言葉さえも流して匙を手に出来たての玉子ふわふわを口へと運ぶ。
「ん〜……まあまあってところかな」
『まあまあか。』
「もちろん僕が作った方が数段美味しいけど、初めてにしては上出来かな」
『褒められてるのか貶されてるのか分からなくて腹立つ』
それでも沖田の場合は気に入らなければもっと低い評価が下るはずだ。
そうでは無いということは、気に入っているということ。
『ありがと』
「言っておくけど、これで満足しないでね。今回は初めてだから大甘に点を付けたんだから」
『精進します』
「さて、それじゃ君のより美味しい玉子ふわふわを食べさせてあげるから、ちょっと待っててね」
『お手並み拝見といこうかな』
「言ってくれるね」
沖田は慣れた調子で卵を掻き混ぜかまどに鍋をかける。
鍋を注視し、火加減を見て絶妙の間で卵を注ぎ込む。
沖田はこの料理を相当作りなれているようだった。
おひたしを醤油漬けにしてとんでもない味にしたり塩加減が馬鹿だったりすることはあった。
気に入った料理は何度も作る種類の人間なのだろう。
「さ、出来た。食べてみて」
沖田はあっという間に出来上がった玉子ふわふわを差し出してきた。
『いただきます』
匙でそっと玉子をすくい口に運ぶ。
『……!総司がこんな料理作れるなんて』
口の中でふわっと溶ける玉子の感触は今まで食べたことがない味わいだった。
出汁とお酒とお醤油だけの味付けにも関わらずだ。
「美味しい?」
『すごく美味しいよ』
「だから言ったでしょ。この料理だけは誰にも負けないんだから」
『それにしても作ってる最中すごく楽しそうだったね。もしかして近藤さんの好物?』
「うん、よくわかったね」
『総司は近藤さんのこと考えてる時は表情に出るから』
「……長い付き合いだからね。近藤さんの好きな味はわかるんだ。近藤さんが喜んでくれるのが嬉しくて卵が手に入ると、よくこの料理を作ってたよ」
『そうなんだ』
そこでも嬉しそうに語る沖田をみて鶴姫は微笑ましくなった。
沖田は本当に近藤の事が好きだ。
『……総司のお嫁さんになる人は、大変そう』
料理の最中にされた意地悪を思い出してついそんな言葉を口に出す。
「あれ、その台詞ってもしかして……鶴姫ちゃん、僕のお嫁さんになってくれるつもりがあるの?」
『え!?なんでそうなるの!そんなわけないじゃない』
「何だ、そうなの?もしお嫁さんになるんなら、毎日目一杯いじめてあげるんだけど」
『ぜーったいに嫌!旦那さんになる人からいじめられるなんて嫌!』
「そう?君って何言われてもへこたれないし、僕達意外と相性いいと思うんだけどね」
『どんな相性よ、もう……』
沖田は本当に悪い冗談が好き。
初めて会った日もそれからもずっと冗談ばかり。
そして昼過ぎになり竹の子狩りに出かけていた隊士たちが屯所へと戻ってきた。
「なんと……それでは、竹の子は一つも採れなかったというのか……」
「申し訳ありません……このところ暖かったせいで竹が育ちすぎていたのと、夜のうちにおそらく猪に食い荒らされたらしく……」
「せめて山菜を採ろうと思ったのですがそちらも獣たちに……」
「ったく、豚といい、猪といい……俺たちになんか恨みでもあんのか?」
「まあ、動物がしたことだし、仕方あるまい。俺が金を出すから今日は外で食事をするというのはどうだ?」
「おっ、さっすが近藤さん!太っ腹──!」
近藤の提案に皆が沸き返るが、沖田たちの策が功を奏した。
「その必要はありませんよ。近藤さんの分はちゃんと用意してありますから」
「ん?用意してあるというのは……」
「ここで待っててくださいね。すぐ持ってきますから」
沖田はそう言い残しいそいそと勝手場へ向かう。
「はい、どうぞ。近藤さんの大好物です」
沖田が得意そうに言いながら、運んできた膳を近藤の前へと置いた。
そして土鍋の蓋を開けると出汁のいい匂いが漂う。
「これは……懐かしいなあ。わざわざ作ってくれたのか?」
「はい、近藤さんのために用意したんです。熱いから、火傷しないように気をつけてくださいね」
「ありがとうな。それじゃ早速……」
近藤が嬉しそうに玉子ふわふわを匙ですくって食べようとすると土方から質問が飛んでくる。
「おい総司、どうして膳が一つしかねえんだ?まさかとは思うが……近藤さんの分しか用意してねえなんて言わねえよな?」
「え?まさか他の人の分まで用意してあると思ってるんですか?」
その言葉を聞いたら土方は肩を小刻みに震わせ始める。
「こういう場合は、全員分作っておくのが当たり前だろうが!てめえ、それでも一番組組長か!」
「土方さんこそ、副長ならいざという時に備えて、ちゃんと全員分の食事を手配しておいてくださいよ」
「そりゃねえだろ、総司〜……!俺達、山ん中ずっと歩き通しだったんだぞ!」
「総司、わがままがすぎるぞ。我々は組長という立場なのだから、たとえ己が飢えることになっても隊士達を優先するべきだろう」
「文句は散々期待させた山崎くんと竹の子を食べちゃった猪に言ってくれないかな?」
「ぐ……!」
「総司、皆、腹を好かせているようだし、これは全員で分けた方が……」
近藤が何とか場を取りなそうとするが、
「……僕、近藤さんのために一所懸命作ったんですけど、そんなに僕が作った玉子ふわふわ食べたくありませんか?」
「いや、そんなことはないさ!だが──」
「じゃあ全部食べてください。皆で分けたら、ちょっとずつしか食べられないでしょう?他の人達には勝手に島原にでも食べに行ってもらえばいいじゃないですか」
「んな金があったら、とっくに行ってるっつうの!」
「給金を使い果たしたのは、新八さんの勝手でしょ。僕に文句言われても困るんだけど」
冷静に突っぱねられて、永倉は悔しそうに頭を掻き毟る。
「あ〜、くそっ!こうなったのも全部、あの忌々しい豚どものせいだ!」
「こうなったららあいつら全員分食ってやるしかねえか。元はと言えばあいつらが勝手場を荒らしたのが原因なんだしな」
いつもなら永倉の暴走を止める立場の原田も空腹のせいか殺気立っている。
「ま、待ってくれ永倉くん、原田くん!ようやく名前を呼ぶと寄ってきてくれるようになったのに、食うなどと……!」
『元々食べる予定で飼育しているのでは……』
「近藤さん。あんた、新選組局長なんだから、もう少ししっかりしてくれ」
「近藤さーん、せっかくの玉子ふわふわが冷めちゃいますから、早く食べてくださいよ」
「わ、分かっている!わかっているが……!」
嗚呼またいつものやり取りに……と鶴姫は頭を抱える。
起きたはすごく楽しそうである意味では良かったと言える。
しかし山道を往復してきた者たちからしたら拷問以外の何物でもない。
『今から何か買ってきて作りますから…』
「それで何とかおさまっていただけませんか?」
鶴姫と雪村が提案すると沖田は面白くなさそうな顔をする。
『いつまでもこうしてると近藤さんに玉子ふわふわ食べてもらえないよ?』
「それは嫌だなぁ」
『じゃ私の提案に異論を唱えない』
「はーい。近藤さんは気にせず食べてくださいね」
『それをやめろと言うとるんじゃ』
To be continued
春の早朝の心地よいまどろみに身を任せていると何やら賑やかな声が聞こえる。
「平助、そっちに行ったぜ!絶対に逃がすんじゃねえぞ!」
「おう、わかってるって!」
「牙に気をつけろよ。体当されると、太腿の肉をえぐられちまうからな」
「うわっ──!」
「平助、無事か!」
「……平気だって。これぐらい、どうってことねえよ!」
まだ日も昇りきっていないというのに、かなりの人数が起きているように思われる。
「決して、正面から挑もうなどと考えてはならぬぞ。敵の体重は少なく見積っても三十貫はあるのだからな」
「ああ……!皆も、油断するなよ!」
原田や藤堂、斎藤の怒声、そして争うような物音が外から聞こえてくる。
鶴姫が半身を起こすと隣で眠っていた千鶴も目を覚ます。
一体何があったというのか。
「い、一体何が……」
『牙がどうこうって言ってたから獣?』
「け、獣?!」
『私が見てくるからここにいて』
気づかれないように静かに障子戸を開けるとそこに居たのは意外な生き物だった。
まだ日も昇っていない早朝、鶴姫達は広間へと集められた。
「……皆ご苦労だったな。朝っぱらから騒がせちまってすまなかったな」
「寝てるとこをいきなり叩き起された時は何があったのかと思ったぜ。豚って意外とすばしっこいんだな。しかも、あのでかい身体で突進してきやがるし」
「本堂の方にも一匹逃げ込んだんだろ?そっちは無事に捕まえられたのか?」
「島田が捕まえてくれたから、心配ねえよ。騒ぎで目を覚ましちまった坊さんたちは、災難だったがな」
「いやはや、面目ない。まさか、あの豚達が夜のうちに脱走して食料を漁るなんて夢にも思わず……」
先程の騒ぎの原因は先日松本良順の勧めで飼い始めた豚だった。
最近寝込む隊士達が多く、相談したところ栄養をつけさせるために残飯を豚肉わせそれが肥えてきたら食べるといいという助言を貰ったそうな。
食料も捨てることなく肥料になり、さらにそれを食べて育った豚まで食料にできるというわけである。
その豚が夜中に脱走して勝手場を荒らし、大騒ぎになったという。
「だから、豚なんぞ飼うのはやめとけって言ったんだ。こうなるのは分かりきってたんだから」
「そうは言われても、豚肉は滋養強壮にいいと松本先生がせっかく指導してくださったのだし……」
「んな事言って、あの豚どもを一番可愛がってんのは近藤さんじゃねえか。あんた、本気でアイツらを食う気があるのか?」
「いや、それは……昔飼っていた牛を思い出して、つい……」
近藤はそう言うと牛の姿を思い出しているのかしみじみと涙する。
「あの豚を飼い始めてから、伊東さんすっげえ機嫌悪くてさ。【その醜い生き物を、絶対に私の目に触れるところに出さないでちょうだい!】なんて言われちまったんだぜ」
「い、伊東さんが……?」
「あれ、そうなんだ?それじゃああと十匹くらい増やしたら、新選組から出ていってくれるのかなあ?どうします?土方さん。試してみる価値はあるんじゃないですか?」
「滅多なことを言うもんじゃねえ。伊東さんはあれでも一応、この新選組の参謀なんだからな」
「一応って……」
その言葉に仕方なくといった気持ちがみてとれるのは内緒の話。
「とりあえず、豚のことは置いとくとして……あいつらに食われちまった分の食料をどうにかして調達しねえとな。」
「んな事言ったって、百人分の食料が簡単に手に入るわけねえじゃん」
「だからって、隊士を飢えさせるわけにゃいかねえだろうが」
幹部揃って頭を抱える。
鶴姫たちも色々考えてはみるが妙案というものは浮かばなかった。
するとここで山崎が手をあげる。
「副長、俺にひとつ考えが」
「ん、何だ、山崎」
「俺の知人で、竹山を持っている人物がいます。ちょうど筍が美味しい季節ですし、事情を話せば、たけのこ狩りをさせてくれるのではないか、と……」
「竹の子か〜。いいんじゃねえ?うまそうだし」
「山を登るから体力作りにもなりそうだしな」
「んー……ま、飯抜きになるよりゃいいか」
「……俺は、副長のご意向に従います」
『竹の子の処理なら経験ありますので、もし採れましたら調理できます』
皆なかなか食べられない竹の子に胸を躍らせていた。
「楽しそうだな!昔竹の子狩りに行った時は同行者の中で一番大きなタケノコを採ったものだぞ」
「あんたは留守番だ。新選組局長に、竹の子狩りになんてさせられるわけねえだろ」
「え?だが、せっかくの機会だし……」
「少しは今の自分の立場ってもんを考えてくれよ。新選組局長が鉢巻しめて竹の子掘ってたら、他の隊士に示しがつかねえだろ?」
「そうかなあ?結構似合うと思うんだけど」
皆はそう言われて近藤が鉢巻をしめて土まみれになって竹の子をとる姿を思い浮かべる。
確かに元々田舎の出であるからかなり似合っていた。
「似合いすぎるからダメなんだよ。ただでさえ近藤さんは軽く見られがちだってのに、今以上になめられたらどうするんだ」
「近藤さん本人が行きたいって言うんだから、行かせてあげればいいじゃないですか。土方さんこそ、もう少し自分の立場をわきまえたらどうです?副長は局長を補佐する役目なんですから」
「補佐してるから、間違ったことをさせねえようにしてるんじゃなえか!」
「け、喧嘩はやめてくれトシ!総司も!わかった!俺は留守番をするから!それでいいだろ?なっ?」
土方と沖田の間に挟まれる近藤はあわあわして二人をなだめようとする。
「近藤さん、土方さんをあまやかしちゃいけませんよ。最近図に乗ってますから、ビシッと言って聞かせてください」
「金平糖にあんこと水飴ぶっかけたみてえに甘やかされてるおまえに、言われたかねえよ」
「……やれやれまた始まっちまったか。この様子だと、言い合いが終わるまで出発出来そうにねえな」
「……そのようだな」
『みたいですね……行くなら早い方がいいと思うんですけど』
「──よし、そんじゃ準備が整い次第出発してくれ。山崎、出先のことはよろしく頼んだぞ」
「お任せ下さい」
「鶴姫、千鶴、お前らはどうするんだ?俺たちと一緒に竹の子狩りに行くか?」
『私は屯所に残る』
「私も。山道に不慣れな私じゃ皆さんの足でまといになってしまうかもしれないから今日はやめておくね」
「そっか?別にそんなの気にすることねえのに。ま、行きたくねえんならしょうがねえか」
竹の子狩り等そうそうできるものではない。
根元が特に固いからとるのに苦労する。
途中で折れてしまわないように掘っていかねばならないのも難しい。
その後、鶴姫達は部屋で縫い物をしていた。
「おい、二人とも、ちょっといいか?」
『「はい」』
障子戸が開いて土方が姿を現す。
「頭痛がひでぇって言ってる隊士がいるんだがら薬はどこにある?」
「頭痛の薬ですね。ちょっと待っていてください。すぐに持ってきます」
『それなら私はお水の用意を』
しばらくしてふたりがそれぞれ準備して部屋に戻ってくる。
「お待たせしました、これです」
「おう、ありがとよ。山崎が屯所を空けてると、どこにどんな薬があるのかわかんなくなっちまってな」
『山崎さんは元々医者の家のでですからね。管理するのもお手の物ですね』
薬と水を受け取った土方が部屋を出ようとした時だった。
障子戸の向こうから、二人分の足音が近づいてくる。
「なるほど。さすが伊東さんですな!卓越した政治見識と時流を見る目……。この近藤、感服しました。伊東さんもご存知の通り、我々は江戸の片田舎にある貧乏道場の出てしてな……どうしても伊東さんと比べると大局的な視座にかける所がありまして。蒙を啓かれた思いです」
どうやら伊東と政治についての意見交換をしているらしい。
さすが伊東というが、近藤も政治見識が全くない訳では無い。
会合に何度か出ているし、噂では近藤をもっと上の役職にという話も出ていると聞く。
近藤と伊東は会話をしながら部屋の前を通り過ぎていく。
会話というよりは近藤が一方的に伊東に話しかけているようにも見えた。
「………」
『「…………」』
ちらと土方の方を見ると険しい眼差しで障子戸の向こうを睨みつけていた。
近藤の伊東への態度に対しては色々と思うところがあるらしい。
それは土方に限らずほかの面々も同じことであった。
やがて土方は小さく息をつき言う。
「……薬と水、ありがとよ。それじゃあな」
「あ……」
土方は無愛想な態度でそのまま部屋を出ていってしまった。
雪村は先程の土方の表情が気になった。
「私、土方さんにお茶持っていくね」
『わかった。私はこのまま部屋にいるから何かあったら呼んでね』
「ありがとう」
そう雪村を見送った鶴姫は縫い物の続きに取り掛かる。
最近は巡察も増えて隊士たちが服をボロボロにすることが増えた。
どれくらい経ったかいきなり戸が開いて沖田が入ってくる。
「鶴姫ちゃん、ちょっといい?」
『総司。どうしたの?』
「これから夕飯の買い物に行くから付き合ってもらおうと思って」
『ん?夕飯の買い物なら他の人たちが竹の子をってなってるよね?』
「山崎くんはああ言ってたけど、もしかしたらもう育ちすぎちゃって竹の子が採れないかもしれないし」
『あぁ……確かにその可能性もないとは言いきれないね』
「……もしたくさん採れたとして、山崎くんひとりの手柄ってことになったら癪だしね」
『一番の理由はそれなんじゃないの?』
沖田らしいというかなんというか。
「それじゃ、行こうか。のんびりしてると、お目当ての物が売り切れちゃうかもしれないし」
『お目当ての物?』
鶴姫はスタスタと出ていく沖田の後ろを急いで追いかけた。
『それで、今日は何を買うつもり?』
「ん〜っと……」
通りを歩いている最中、何人かの棒手振りとすれ違ったが沖田がなにか買う様子は無い。
「……あ、あった」
ようやく目当てのものを見つけたのか、沖田は一人の商人に歩み寄る。
あっさり交渉が成立したみたいで、卵を大量に買い込んだ。
「思ったよりずっと安く買えたなあ」
卵料理かあ……と思っていると
「何してるの?これ持って。まさか君に京見物させる為に、わざわざ連れてきてあげたとでも思ってるの?」
『そんなことないけど、やたらと買い込んだなと思って』
鶴姫は手渡された卵を受け取る。
「一個でも割ったら、斬っちゃうから。覚悟しておいてね」
『その手には乗りません。風呂敷をこうして』
鶴姫は安定しない風呂敷を結び直して手提げを作る。
その後、鶴姫は沖田と一緒に西本願寺へと戻ったのだった。
『ところで総司はこの卵どうやって料理するつもり?』
「玉子ふわふわって聞いたことある?」
『あるけど』
「あれを作りたいんだよね」
そういうと沖田はテキパキと準備に取り掛かる。
鶴姫は鰹節を削っていく。
「あれ、削り方ってそれでよかったっけ?」
『合ってるよ』
「さあ、どうかな?よく覚えてないや」
『絶対嘘。私の事嵌めようとしても簡単にはいかないよ』
カンナにかけると小気味いい音と共に鰹節が削れていく。
「なんだ、騙されなかったか。つまんないの」
『総司も一緒に削ってあげようか?』
「うわ、酷いなぁ」
『今までのお返し。出汁は昆布と椎茸もいるんだよね』
「そ」
それを聞くと鶴姫はテキパキ進めていく。
『これくらい?』
いつもの数倍の時間をかけてかき混ぜた卵を総司に見せる。
「まだまだだよ」
沖田は悠然とした様子でこちらを眺めているだけ。
「黄身と白身が完全に混ざりあってお粥みたいになるまで、手を止めないでね」
『そんなに混ぜてたっけ?』
「うん」
『ずっと全力で掻き混ぜ続けるのって結構しんどいんだけど……』
「ほら、動きが遅くなってるよ。見てないと思って手抜きしない」
『後半そのまま返す』
「僕は手抜きなんてしてないよ」
『態度が手抜き。何もしてないじゃない』
それから永遠掻き混ぜていた鶴姫は鍋の中に卵を入れる頃にはクタクタになっていた。
「もたもたしてると卵が固まっちゃうから、素早くね」
『なんで総司がやらないの』
「さて、それじゃ味見してみようか」
『話を聞かんか!』
沖田はその言葉さえも流して匙を手に出来たての玉子ふわふわを口へと運ぶ。
「ん〜……まあまあってところかな」
『まあまあか。』
「もちろん僕が作った方が数段美味しいけど、初めてにしては上出来かな」
『褒められてるのか貶されてるのか分からなくて腹立つ』
それでも沖田の場合は気に入らなければもっと低い評価が下るはずだ。
そうでは無いということは、気に入っているということ。
『ありがと』
「言っておくけど、これで満足しないでね。今回は初めてだから大甘に点を付けたんだから」
『精進します』
「さて、それじゃ君のより美味しい玉子ふわふわを食べさせてあげるから、ちょっと待っててね」
『お手並み拝見といこうかな』
「言ってくれるね」
沖田は慣れた調子で卵を掻き混ぜかまどに鍋をかける。
鍋を注視し、火加減を見て絶妙の間で卵を注ぎ込む。
沖田はこの料理を相当作りなれているようだった。
おひたしを醤油漬けにしてとんでもない味にしたり塩加減が馬鹿だったりすることはあった。
気に入った料理は何度も作る種類の人間なのだろう。
「さ、出来た。食べてみて」
沖田はあっという間に出来上がった玉子ふわふわを差し出してきた。
『いただきます』
匙でそっと玉子をすくい口に運ぶ。
『……!総司がこんな料理作れるなんて』
口の中でふわっと溶ける玉子の感触は今まで食べたことがない味わいだった。
出汁とお酒とお醤油だけの味付けにも関わらずだ。
「美味しい?」
『すごく美味しいよ』
「だから言ったでしょ。この料理だけは誰にも負けないんだから」
『それにしても作ってる最中すごく楽しそうだったね。もしかして近藤さんの好物?』
「うん、よくわかったね」
『総司は近藤さんのこと考えてる時は表情に出るから』
「……長い付き合いだからね。近藤さんの好きな味はわかるんだ。近藤さんが喜んでくれるのが嬉しくて卵が手に入ると、よくこの料理を作ってたよ」
『そうなんだ』
そこでも嬉しそうに語る沖田をみて鶴姫は微笑ましくなった。
沖田は本当に近藤の事が好きだ。
『……総司のお嫁さんになる人は、大変そう』
料理の最中にされた意地悪を思い出してついそんな言葉を口に出す。
「あれ、その台詞ってもしかして……鶴姫ちゃん、僕のお嫁さんになってくれるつもりがあるの?」
『え!?なんでそうなるの!そんなわけないじゃない』
「何だ、そうなの?もしお嫁さんになるんなら、毎日目一杯いじめてあげるんだけど」
『ぜーったいに嫌!旦那さんになる人からいじめられるなんて嫌!』
「そう?君って何言われてもへこたれないし、僕達意外と相性いいと思うんだけどね」
『どんな相性よ、もう……』
沖田は本当に悪い冗談が好き。
初めて会った日もそれからもずっと冗談ばかり。
そして昼過ぎになり竹の子狩りに出かけていた隊士たちが屯所へと戻ってきた。
「なんと……それでは、竹の子は一つも採れなかったというのか……」
「申し訳ありません……このところ暖かったせいで竹が育ちすぎていたのと、夜のうちにおそらく猪に食い荒らされたらしく……」
「せめて山菜を採ろうと思ったのですがそちらも獣たちに……」
「ったく、豚といい、猪といい……俺たちになんか恨みでもあんのか?」
「まあ、動物がしたことだし、仕方あるまい。俺が金を出すから今日は外で食事をするというのはどうだ?」
「おっ、さっすが近藤さん!太っ腹──!」
近藤の提案に皆が沸き返るが、沖田たちの策が功を奏した。
「その必要はありませんよ。近藤さんの分はちゃんと用意してありますから」
「ん?用意してあるというのは……」
「ここで待っててくださいね。すぐ持ってきますから」
沖田はそう言い残しいそいそと勝手場へ向かう。
「はい、どうぞ。近藤さんの大好物です」
沖田が得意そうに言いながら、運んできた膳を近藤の前へと置いた。
そして土鍋の蓋を開けると出汁のいい匂いが漂う。
「これは……懐かしいなあ。わざわざ作ってくれたのか?」
「はい、近藤さんのために用意したんです。熱いから、火傷しないように気をつけてくださいね」
「ありがとうな。それじゃ早速……」
近藤が嬉しそうに玉子ふわふわを匙ですくって食べようとすると土方から質問が飛んでくる。
「おい総司、どうして膳が一つしかねえんだ?まさかとは思うが……近藤さんの分しか用意してねえなんて言わねえよな?」
「え?まさか他の人の分まで用意してあると思ってるんですか?」
その言葉を聞いたら土方は肩を小刻みに震わせ始める。
「こういう場合は、全員分作っておくのが当たり前だろうが!てめえ、それでも一番組組長か!」
「土方さんこそ、副長ならいざという時に備えて、ちゃんと全員分の食事を手配しておいてくださいよ」
「そりゃねえだろ、総司〜……!俺達、山ん中ずっと歩き通しだったんだぞ!」
「総司、わがままがすぎるぞ。我々は組長という立場なのだから、たとえ己が飢えることになっても隊士達を優先するべきだろう」
「文句は散々期待させた山崎くんと竹の子を食べちゃった猪に言ってくれないかな?」
「ぐ……!」
「総司、皆、腹を好かせているようだし、これは全員で分けた方が……」
近藤が何とか場を取りなそうとするが、
「……僕、近藤さんのために一所懸命作ったんですけど、そんなに僕が作った玉子ふわふわ食べたくありませんか?」
「いや、そんなことはないさ!だが──」
「じゃあ全部食べてください。皆で分けたら、ちょっとずつしか食べられないでしょう?他の人達には勝手に島原にでも食べに行ってもらえばいいじゃないですか」
「んな金があったら、とっくに行ってるっつうの!」
「給金を使い果たしたのは、新八さんの勝手でしょ。僕に文句言われても困るんだけど」
冷静に突っぱねられて、永倉は悔しそうに頭を掻き毟る。
「あ〜、くそっ!こうなったのも全部、あの忌々しい豚どものせいだ!」
「こうなったららあいつら全員分食ってやるしかねえか。元はと言えばあいつらが勝手場を荒らしたのが原因なんだしな」
いつもなら永倉の暴走を止める立場の原田も空腹のせいか殺気立っている。
「ま、待ってくれ永倉くん、原田くん!ようやく名前を呼ぶと寄ってきてくれるようになったのに、食うなどと……!」
『元々食べる予定で飼育しているのでは……』
「近藤さん。あんた、新選組局長なんだから、もう少ししっかりしてくれ」
「近藤さーん、せっかくの玉子ふわふわが冷めちゃいますから、早く食べてくださいよ」
「わ、分かっている!わかっているが……!」
嗚呼またいつものやり取りに……と鶴姫は頭を抱える。
起きたはすごく楽しそうである意味では良かったと言える。
しかし山道を往復してきた者たちからしたら拷問以外の何物でもない。
『今から何か買ってきて作りますから…』
「それで何とかおさまっていただけませんか?」
鶴姫と雪村が提案すると沖田は面白くなさそうな顔をする。
『いつまでもこうしてると近藤さんに玉子ふわふわ食べてもらえないよ?』
「それは嫌だなぁ」
『じゃ私の提案に異論を唱えない』
「はーい。近藤さんは気にせず食べてくださいね」
『それをやめろと言うとるんじゃ』
To be continued