入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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最近は災害が多かったということで、元治から元号が改まった慶応元年の春。
新選組は西本願寺を新たな屯所に定め、引越しを行っていた。
藤堂の知り合いでもある、伊東やその弟の三木が入隊してきたのがこの頃。
もっとも、伊東の性格は幹部隊士には評判が良くなく、沖田は本気か冗談か命令があればいつでも斬るよなんてことある事に口にしている。
ともあれ、小さな問題を抱えながら新選組も大きくなってきた頃の、慶応元年五月末。
近藤と歩むのが自分の道だと、嬉しそうに言っていた沖田は屯所へ健康診断に訪れる医者の松本から残酷な事実を突きつけられてしまう。
一度羅れば助かることの無いと言われている肺の病……労咳。
沖田の身はその持病に犯されているようだと。
今からの話は慶応元年六月の話。
まだ残酷な現実を直視出来ずに鶴姫が不安を抱えていた頃の物語。
ある日、部屋で縫い物をしていると戸の向こうから声をかけられる。
「穐月くん、いるかね?」
『はい、いますけどなにか御用でしょうか?』
「夕飯の買い出しの手伝いを頼みたくてね。当番の隊士が暑気あたりでねこんでいて、困ってるんだ」
『わかりました、ご一緒します』
その後、井上と一緒に今日の夕飯の買い出しにやってきた鶴姫。
しかし仕入れに手違いがあり、また、買い出し以外にも用事を頼まれている井上に代わり鶴姫が店先で待つことなった。
禁門の変以後は京の治安もだいぶ良くなったと聞くがそれでも油断禁物なのが京。
また浪士が完全に撤退した訳でもない。
『……あれっ』
鶴姫は行き交う人を眺めていると、その中に見知った顔を見つける。
その人は一人で町の中にいた。
辺りの様子を窺いながら、向かいの商家へと入っていった。
入った店は薬屋だった。もしかしたら労咳の薬を買いに来たのかと気になった鶴姫はじっとその商家を見つめる。
それからしばらくしない内に沖田は薬屋から出てきた。
手には何も持っていないが、その懐は膨らんでいて何かを隠しているようにも見える。
その様子を見て流石にこのまま見送ることが出来なかった鶴姫は意を決して沖田へと歩み寄った。
『何してるの総司』
沖田は不意をつかれたような顔で振り返った。
「鶴姫ちゃん、どうしたのこんな所で。一人?」
『井上さんのお手伝い』
「それで、源さんは?」
『手紙を出しに行ってる。もうすぐ戻ってくると思うけど』
「……ふうん、そうなんだ」
沖田は少し不貞腐れたような表情のままそっぽを向く。
明らかにここにいる理由を詮索されたくないようだ。
だが、見て見ぬふりをする訳にはいかなかった。
『で、ここで何を?』
「散歩してただけだよ。」
『誤魔化せると思わないでね。薬屋で何かを受け取っているのは懐の膨らみで分かるんだから』
そういうと、沖田はこれ以上誤魔化すことは難しいと思ったのか観念したように肩を落とす。
「まさか、見られてたなんてさ。あそこが薬屋だってわかってるなら、君だってもうわかってるんでしょ」
『……誰にも言わないから、話してくれる?』
安心させたくてそう言ってみるものの、沖田は疑いを捨てられない様子でこちらを見たあと
、鶴姫の腕を掴んで薄暗い通りへと連れ込んだ。
『あの、総司。一体何を──』
するんですかと尋ねようとした瞬間、肩を掴まれて壁へと押し付けられる。
突然のことに驚いて沖田を見返す鶴姫。
威圧感を込めた眼差しで見下ろされる。
「君は、ここで何も見なかった。僕がどこで何を買ったのかも見なかった」
『…………』
「もし、一言でも誰かに喋ったらどうなるか……わかってるよね?」
『わかってるよ。それに私、金平糖の話も誰かに話した?話してたら屯所内で広まってるはずだし、土方さんや近藤さんの耳に入るよね。そういうことだよ。これだけでは信用に足りない?』
「まあ、そうだね。分かってるならいいよ。物分りがいい子は嫌いじゃないよ」
冗談めかした言い方が沖田の精一杯の強がりに思えてしまう。
『誰にも言わないから。約束する。破ったら斬っていい』
「そう、ありがとう」
鶴姫の言葉に安堵したのか、沖田はようやく鶴姫を解放する。
周囲を見回し、知り合いが居ないのを確認してから沖田に問うた。
『いい薬はあった?』
「労咳の薬はさすがにないってさ」
聞けば買えたのは、咳を抑える程度の効果しかない簡単な薬だけだという。
現代の医療ではまだそこまで到達していない。
気休めでも頼れるものには頼るしかないのかもしれない。
「でも鶴姫ちゃん、これからも僕との約束をちゃんと守ってくれるつもり、あるんだ?」
『もちろん。約束だから』
「ご褒美に、金平糖いる?」
『うううん。貴重な金平糖でしょ』
「貴重って、少し大袈裟じゃない?」
『大和守安定の支払いがある中、残った給料で買ったものじゃない。大事に食べて』
「ふうん。鶴姫ちゃんて素直で面白いからいつまでもからかいたくなるね」
『いつまでもは困る……』
「じゃあ、可愛いって言われた方が嬉しい?」
『っ……!』
予想もしていなかったことを突然言われて、思わず言葉に詰まってしまう。
「あ、赤くなった。やっぱり鶴姫ちゃんって僕に気があるんじゃない?」
『ただ驚いただけ!』
「驚いただけで赤くなるかなあ?別に隠さなくてもいいんだよ」
『隠してない!真面目な話の最中にこんな悪ふざけするなんて…』
膝に手を着いてため息を着く鶴姫。
しかし鶴姫は、あっ、と声を上げると反撃に出る。
唐突に沖田の両手を掴んで少し背伸びをして顔を近づけてみる。
「……何?」
目を見開いた沖田だったが、直ぐに元通りの顔になる。
『異性に意地悪ばかりするのは好きな証拠だって知ってる?』
「ふうん。僕が鶴姫ちゃんのこと好きってこと?」
『そ。今までもそう受け取られても仕方の無いことしてきたんだよ』
「へえ、気づかなかったな。じゃ、鶴姫ちゃんは僕が君のこと好きだと思ってるんだ?」
『……』
「ねえ、どうなの?」
やっぱり勝てないと悟った鶴姫。
すると沖田がふと呟く。
「……そういえば源さんと一緒にここに来てるって言ってなかったっけ。こんなところで油を売ってていいの?」
『あ!』
「ここで僕と会ったこと、ちゃんと秘密にできる?」
『もちろん。約束しますって何度も言ってるでしょ?』
「……やっぱり僕も一緒に行くよ。君一人だと心配だから」
『まだ信用ないの?』
「いい意味でも悪い意味でも素直な子は危ないからね。ほら、行くよ。源さん、今頃真っ青になって君を探してるかもしれないし」
沖田はそう言い残して歩いていってしまう。
純粋に鶴姫のことを心配してくれてるのかは分からない。
この後、鶴姫と沖田は共に、井上と別れたあの場所へと戻ってきた。
「鶴姫ちゃん、ほら、あそこ」
『あっ──!井上さん!』
そう声をかけると井上は驚いた様子でこちらを振り返る。
「穐月君!いやあ、どこへ行ってしまったかと心配したんだよ。そうかそうか。総司と一緒だったんだね」
『父に似た人を見かけて追いかけてしまって』
「そうしたら迷子になっちゃったんだよね?」
『違います!迷子じゃありません!』
「でも迷ってたじゃない」
『うっ……』
「そうかそうか。」
井上に心配をかけないように沖田が配慮しているのは分かるが、すぐ迷子になる人という肩書きを付けられそうだ。
肝心の手紙も、店が休みで出せなかったという。
他に頼めそうな店はかなり距離があり、鶴姫を待たせる訳にも行かず戻ってきたらしい。
買い出しも手配が終わり屯所に届けてくれることになった。
「ねぇ、源さん。僕が彼を屯所まで送り届けるから、手紙を出してくれば?」
「いいのかい?」
「うん、ついでだし。僕がついてた方が安心だよね?」
『…………(脅されている気がする)』
「龍之介?もしかして、僕と一緒に帰るのが嫌なのかな?」
『いえ、そんなことはありません。よろしくお願いします』
「うん、それじゃ行こうか」
結局鶴姫は沖田と二人で、屯所への道を戻ることになった。
「まったく、源さんにも困ったものだよね。君一人を置いて離れちゃうなんて」
『私が大丈夫って言ったの』
「大丈夫って言っても、君に何かあったら源さんがどうなってたか分からないよね」
『そうだよね。一応監視役なわけだし』
「ま、気を付けなよ。僕がいる間は小姓として僕が監視役になるわけだけど屯所を外してるときだってあるんだし」
一人で出歩くことを少しは許されたからと言って全面解放な訳では無い。
それなりに監視はつくし、どこまでも行っていい訳では無い。
鶴姫は自分が勝手に動けば監視役にもなにか処罰が下されることを今一度改めて確認することとなった。
「ところでさ、今日の夕飯って何?」
『お味噌汁と、野菜の煮付けと……あとはお漬物』
「……ふうん。まあ、いつもと変わらないね」
『………』
本当ならもっと栄養があるものを食べてもらいたいところではある。
『総司は獣の肉って嫌い?すごく身体にいいらしいんだけど』
「肉は臭いから嫌い。出されても食べないよ」
『そう言うと思った』
十中八九予想の着いた返事で項垂れる鶴姫。
病気のことは心配だが、子供みたいな我儘を言うところは以前とあまり変わっていない。
もしかしたら一生懸命子供みたいな我儘を言うところは変わらないのかもしれない。
『じゃ卵はどう?健康な人は毎日卵を食べるのが長生きの秘訣というくらいいいらしいよ。あとは甘酒とか』
「卵は嫌いじゃないよ。料理の仕方にもよるけど。甘酒は割と好きかな」
『わかった。じゃあ、今度用意するね』
労咳は不治の病と言われているが、それでも埃っぽくない清潔な場所で暮らして滋養のある食べ物を摂ると死期を遠ざけることが出来ると聞いたことがある。
諦めるのはまだ早い。
少しでも沖田のために出来ることを実践していこうと心に誓う鶴姫。
To be continued