入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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慶応元年 閏五月
西本願寺に屯所が移転して早三ヶ月。
「前のところより随分広くなったけど……」
『最初の頃は迷ってばっかりだったね』
すっかり迷うことも無くなった道を辿り、二人は境内へ足を踏み入れる。
道を曲がって境内の裏手へ──
薄暗い一角に腰かけた人の姿を見つけると、二人は声を上げた。
「山南さん。食事の用意が出来ました」
『体調の方はどうですか?』
「ああ、君たちでしたか。ありがとう」
雪は消えて、桜もすぎて、今は燕の季節。
境内の片隅で微笑む山南に笑顔を返した。
「だいぶ、風も暖かくなってきましたね」
「ええ。……まあ、今の私には、風より陽射しの強さの方が癇に障りますがね」
『……そうですか』
陽を避けるように日陰へと移動する山南には、そう感じられるらしい。
今の穏やかな微笑の山南からは、あの夜の姿など想像もできない。
あの日のことを夢だと言われれば、納得してしまうかもしれないほどに。
だが、現実に山南はこうして平隊士から隠れるように暮らしているし、どこか陽を避けるようにもなった。
鶴姫たちは確かに、新選組の秘密に触れてしまったのだ。
そのとき、山南の髪が白く見えた。
「どうかしましたか?幽霊でも見るような目で人を見るのは、礼儀上、あまり良い事とも思えませんが」
『あ、いえ。なんでもありません。失礼しました』
白く見えたのは、ただの錯覚だろうと思うことにした。
そしてまた寄せては返す人の波を、千鶴は藤堂と一緒に抜けていく。
京の大通りは今日も普段通りの賑わいを見せていた。
「そういえば平助君と巡察に出るのは久しぶりだね」
「ん?ああ、そっかもなー。オレ、長いこと江戸に行ってたし。オレが留守中、新八っつぁんとか、左之さんにいじめられたりしなかったかー?」
「されてないから大丈夫だよ」
彼の口調につられて、思わず頬が緩む。
「巡察の時もすごく気にかけてくれるし。父様の手がかりはまだ見つからないけど……」
「江戸にあるお前の家の場所聞いてたから、オレも立ち寄ってはみたんだけどな……」
言葉を濁すということは、成果がよろしくなかったのだろう。
「そっか……。わざわざ行ってもらっちゃってごめんね。ありがとう」
「いや、別に礼を言われるようなことじゃねえって。そもそも、二人が今みてえに自由に外に出られねえのも、もとはといえば俺たちの……」
歯切れ悪く言葉を止める藤堂に千鶴が首をかしげる。
藤堂は江戸から帰ってきてからというもの元気がない。
「平助君はどう?久々に京に戻ってきて」
「あー、そうだなぁ。町も……人も、結構変わった気がするな……」
「平助くん……?」
含みのある言い方のように思えてならなかった。
「ん?」
藤堂はなにかに気づいたらしく、通りの向こうへと手を振った。
「お、総司ー!そっちはどうだった?」
「別に何も。普段通りだね」
沖田と鶴姫は藤堂たちとは別の順路で巡察を行っていた。
沖田の後ろでは隊士たちが何やら顔をひきつらせていた。
いつも沖田のそばに居る鶴姫が後ろにいるからだろう。
めっきり会話の減った二人に挟まれて、いたたまれないのだろう。
挨拶する千鶴に返礼の視線を向けてから、面白いことを期待する子供のように、沖田はくすりと微笑んだ。
「でも、将軍上洛の時には忙しくなるんじゃないかな」
「上洛……将軍様が京を訪れるんですよね?」
「そう。だから近藤さんも張り切ってるよ」
将軍が訪れれば、京の警備をする新選組は、自然と目に留まることになるだろう。
「近藤さんはそうだろうな……」
いつもと違う藤堂に困惑した千鶴は助けを求めるような心地で、鶴姫や沖田に視線を向けたが……
「……けほっ……こほ」
『沖田組長、大丈夫ですか?』
「平気。ちょっと風邪ひいたみたい」
『屯所に戻れば薬がありますからもう少しの我慢です』
「ありがと」
沖田は苦しげに顔を顰め、小さな咳を繰り返していた。
沖田は鶴姫に目を向けたが、彼の視線はそのまま鶴姫を飛び越える。
「おい小娘!断るとはどういう了見だ!?」
「やめてください、離してっ!」
「民草のために日々攘夷を論ずる我ら志士に、酌の一つや二つ、自分からするのが当然であろうが!」
何があったかは知らないが、女の子一人に荒くれ者が三人四人……、どう見ても楽しそうな雰囲気ではない。
「助けなきゃ!」
そう小さく呟いた千鶴に、藤堂の声が応える。
「わかってるって!千鶴、おまえはここで待ってろ」
二人が言葉を交わしている間に、二人、彼らの間にわけいっていく。
「やれやれ。攘夷って言葉も、君たちに使われるんじゃ可哀想だよ」
関わるまいとする人の波に逆らって、沖田が男たちの前に立つ。
その出で立ちを見て、浪士たちが一斉に顔をこわばらせた。
「浅葱色の羽織……新選組か!?」
「知ってるなら話は早いよね。……どうする?」
唇に三日月を刻むと、沖田がゆっくりと刀の柄に手を伸ばす。
冷や水を浴びせられたような顔をしながらも、浪士のひとりが悔しげな声で悪態を吐く。
「くそっ、幕府の犬が……!」
「…………。いいからとっとと失せろって」
同じ浅葱色の隊服を着込んだ藤堂が歩みでると、さすがに振りを悟らざるを得ないみたいで……。
浪士たちは今度こそ色を失い、しっぽを巻いて足早に逃げていく。
「……ったく、俺たちを見てとっとと逃げ出すくらいなら、最初からあんな真似するなっての」
「あれ?つ、捕まえなくていいんですか?」
『なにか起こしたわけじゃないからな』
「そうそう。どんな罪で?君は意外と過激だなあ」
「……………」
浪士たちは何もしていない【未遂】である。
「私……過激なのかな…………」
「何しょげてるんだよ、千鶴?……それより、ほら」
「あの………。私、南雲薫と申します。助けていただいてありがとうございました。」
先程の女の子がぺこりと頭を下げた。
所作一つとっても洗練されていて、いかにも女の子らしい仕草。
「わっ……!お、沖田さん!?」
考え事をしていた千鶴の腕を掴んで南雲薫の横に並ばせる沖田。
『そっくり』
「よく似てるね、二人とも」
独り言のように呟かれたその言葉に、千鶴はようやく違和感の正体に気づいた。
「似て…………る……?」
いや、似すぎている。
鏡のように、とはよく言うが、まるで、千鶴がもう一人いて、千鶴の意志とは勝手に動いてるような。
そんな不安さえ覚えて、南雲薫の微笑とは裏腹に、千鶴はぞくりと身を震わせた。
「そっかぁ?オレは全然似てないと思うけどなぁ」
『ええ?』
「いや、似てるよ。この子が女装したらそっくりになると思うなぁ」
南雲薫はじっと千鶴を見つめている。
まるで沖田たちの会話なんて耳に入っていないかのように。
すると、一人の男が駆け寄ってきた。
「あ、こんな所にいたのか薫」
「享楽さん」
『!』
駆け寄ってきた男に、鶴姫は見覚えがあった。
『…………』
「龍之介?」
藤堂に声をかけられるも、駆け寄ってきた男から視線を外せなかった。
「もっときちんとお礼をしたいのですけれど、今は所用がありまして。……御無礼ご容赦くださいね」
彼女は沖田と鶴姫に一礼してきものの裾を翻す。
「このご恩はまたいずれ。……新選組の沖田総司さんと龍之介さん」
どこか不思議な雰囲気の少女と謎の男の背が雑踏に紛れて見えなくなる。
彼女と彼が消えると同時に、意地の悪い顔をした藤堂が沖田を肘でつついた。
「おいおい、ありゃ総司に気でもあるんじゃねーの?」
「今のがそう見えるんじゃ、平助くんは一生、左之さんとかに勝てないよね」
「ど、どういう意味だよ!?」
『そのままだろ』
「龍之介ー!」
楽しげにじゃれ合う二人の声が、どこか遠く感じられる。
昨夜のためが作った水たまりに目を落とせば、そこには鶴姫と千鶴とよく似た二人がうつり、思案顔でこちらを覗き返していた。
「薫さん、か………」
風が水溜まりを揺らして、象を歪ませていく。
鶴姫はただ薫たちの去っていったほうを見つめている。
「千鶴ー!龍之介ー!そろそろ帰ろうぜー!」
「あ、はいっ!」
千鶴は水たまりから目を逸らして、屯所に戻る藤堂の背を慌てて追いかける。
「ほら、龍之介も戻るよ」
『……』
鶴姫は、男女が消えていった先を少し見つめると、沖田の背を追っていった。
To be continued
西本願寺に屯所が移転して早三ヶ月。
「前のところより随分広くなったけど……」
『最初の頃は迷ってばっかりだったね』
すっかり迷うことも無くなった道を辿り、二人は境内へ足を踏み入れる。
道を曲がって境内の裏手へ──
薄暗い一角に腰かけた人の姿を見つけると、二人は声を上げた。
「山南さん。食事の用意が出来ました」
『体調の方はどうですか?』
「ああ、君たちでしたか。ありがとう」
雪は消えて、桜もすぎて、今は燕の季節。
境内の片隅で微笑む山南に笑顔を返した。
「だいぶ、風も暖かくなってきましたね」
「ええ。……まあ、今の私には、風より陽射しの強さの方が癇に障りますがね」
『……そうですか』
陽を避けるように日陰へと移動する山南には、そう感じられるらしい。
今の穏やかな微笑の山南からは、あの夜の姿など想像もできない。
あの日のことを夢だと言われれば、納得してしまうかもしれないほどに。
だが、現実に山南はこうして平隊士から隠れるように暮らしているし、どこか陽を避けるようにもなった。
鶴姫たちは確かに、新選組の秘密に触れてしまったのだ。
そのとき、山南の髪が白く見えた。
「どうかしましたか?幽霊でも見るような目で人を見るのは、礼儀上、あまり良い事とも思えませんが」
『あ、いえ。なんでもありません。失礼しました』
白く見えたのは、ただの錯覚だろうと思うことにした。
そしてまた寄せては返す人の波を、千鶴は藤堂と一緒に抜けていく。
京の大通りは今日も普段通りの賑わいを見せていた。
「そういえば平助君と巡察に出るのは久しぶりだね」
「ん?ああ、そっかもなー。オレ、長いこと江戸に行ってたし。オレが留守中、新八っつぁんとか、左之さんにいじめられたりしなかったかー?」
「されてないから大丈夫だよ」
彼の口調につられて、思わず頬が緩む。
「巡察の時もすごく気にかけてくれるし。父様の手がかりはまだ見つからないけど……」
「江戸にあるお前の家の場所聞いてたから、オレも立ち寄ってはみたんだけどな……」
言葉を濁すということは、成果がよろしくなかったのだろう。
「そっか……。わざわざ行ってもらっちゃってごめんね。ありがとう」
「いや、別に礼を言われるようなことじゃねえって。そもそも、二人が今みてえに自由に外に出られねえのも、もとはといえば俺たちの……」
歯切れ悪く言葉を止める藤堂に千鶴が首をかしげる。
藤堂は江戸から帰ってきてからというもの元気がない。
「平助君はどう?久々に京に戻ってきて」
「あー、そうだなぁ。町も……人も、結構変わった気がするな……」
「平助くん……?」
含みのある言い方のように思えてならなかった。
「ん?」
藤堂はなにかに気づいたらしく、通りの向こうへと手を振った。
「お、総司ー!そっちはどうだった?」
「別に何も。普段通りだね」
沖田と鶴姫は藤堂たちとは別の順路で巡察を行っていた。
沖田の後ろでは隊士たちが何やら顔をひきつらせていた。
いつも沖田のそばに居る鶴姫が後ろにいるからだろう。
めっきり会話の減った二人に挟まれて、いたたまれないのだろう。
挨拶する千鶴に返礼の視線を向けてから、面白いことを期待する子供のように、沖田はくすりと微笑んだ。
「でも、将軍上洛の時には忙しくなるんじゃないかな」
「上洛……将軍様が京を訪れるんですよね?」
「そう。だから近藤さんも張り切ってるよ」
将軍が訪れれば、京の警備をする新選組は、自然と目に留まることになるだろう。
「近藤さんはそうだろうな……」
いつもと違う藤堂に困惑した千鶴は助けを求めるような心地で、鶴姫や沖田に視線を向けたが……
「……けほっ……こほ」
『沖田組長、大丈夫ですか?』
「平気。ちょっと風邪ひいたみたい」
『屯所に戻れば薬がありますからもう少しの我慢です』
「ありがと」
沖田は苦しげに顔を顰め、小さな咳を繰り返していた。
沖田は鶴姫に目を向けたが、彼の視線はそのまま鶴姫を飛び越える。
「おい小娘!断るとはどういう了見だ!?」
「やめてください、離してっ!」
「民草のために日々攘夷を論ずる我ら志士に、酌の一つや二つ、自分からするのが当然であろうが!」
何があったかは知らないが、女の子一人に荒くれ者が三人四人……、どう見ても楽しそうな雰囲気ではない。
「助けなきゃ!」
そう小さく呟いた千鶴に、藤堂の声が応える。
「わかってるって!千鶴、おまえはここで待ってろ」
二人が言葉を交わしている間に、二人、彼らの間にわけいっていく。
「やれやれ。攘夷って言葉も、君たちに使われるんじゃ可哀想だよ」
関わるまいとする人の波に逆らって、沖田が男たちの前に立つ。
その出で立ちを見て、浪士たちが一斉に顔をこわばらせた。
「浅葱色の羽織……新選組か!?」
「知ってるなら話は早いよね。……どうする?」
唇に三日月を刻むと、沖田がゆっくりと刀の柄に手を伸ばす。
冷や水を浴びせられたような顔をしながらも、浪士のひとりが悔しげな声で悪態を吐く。
「くそっ、幕府の犬が……!」
「…………。いいからとっとと失せろって」
同じ浅葱色の隊服を着込んだ藤堂が歩みでると、さすがに振りを悟らざるを得ないみたいで……。
浪士たちは今度こそ色を失い、しっぽを巻いて足早に逃げていく。
「……ったく、俺たちを見てとっとと逃げ出すくらいなら、最初からあんな真似するなっての」
「あれ?つ、捕まえなくていいんですか?」
『なにか起こしたわけじゃないからな』
「そうそう。どんな罪で?君は意外と過激だなあ」
「……………」
浪士たちは何もしていない【未遂】である。
「私……過激なのかな…………」
「何しょげてるんだよ、千鶴?……それより、ほら」
「あの………。私、南雲薫と申します。助けていただいてありがとうございました。」
先程の女の子がぺこりと頭を下げた。
所作一つとっても洗練されていて、いかにも女の子らしい仕草。
「わっ……!お、沖田さん!?」
考え事をしていた千鶴の腕を掴んで南雲薫の横に並ばせる沖田。
『そっくり』
「よく似てるね、二人とも」
独り言のように呟かれたその言葉に、千鶴はようやく違和感の正体に気づいた。
「似て…………る……?」
いや、似すぎている。
鏡のように、とはよく言うが、まるで、千鶴がもう一人いて、千鶴の意志とは勝手に動いてるような。
そんな不安さえ覚えて、南雲薫の微笑とは裏腹に、千鶴はぞくりと身を震わせた。
「そっかぁ?オレは全然似てないと思うけどなぁ」
『ええ?』
「いや、似てるよ。この子が女装したらそっくりになると思うなぁ」
南雲薫はじっと千鶴を見つめている。
まるで沖田たちの会話なんて耳に入っていないかのように。
すると、一人の男が駆け寄ってきた。
「あ、こんな所にいたのか薫」
「享楽さん」
『!』
駆け寄ってきた男に、鶴姫は見覚えがあった。
『…………』
「龍之介?」
藤堂に声をかけられるも、駆け寄ってきた男から視線を外せなかった。
「もっときちんとお礼をしたいのですけれど、今は所用がありまして。……御無礼ご容赦くださいね」
彼女は沖田と鶴姫に一礼してきものの裾を翻す。
「このご恩はまたいずれ。……新選組の沖田総司さんと龍之介さん」
どこか不思議な雰囲気の少女と謎の男の背が雑踏に紛れて見えなくなる。
彼女と彼が消えると同時に、意地の悪い顔をした藤堂が沖田を肘でつついた。
「おいおい、ありゃ総司に気でもあるんじゃねーの?」
「今のがそう見えるんじゃ、平助くんは一生、左之さんとかに勝てないよね」
「ど、どういう意味だよ!?」
『そのままだろ』
「龍之介ー!」
楽しげにじゃれ合う二人の声が、どこか遠く感じられる。
昨夜のためが作った水たまりに目を落とせば、そこには鶴姫と千鶴とよく似た二人がうつり、思案顔でこちらを覗き返していた。
「薫さん、か………」
風が水溜まりを揺らして、象を歪ませていく。
鶴姫はただ薫たちの去っていったほうを見つめている。
「千鶴ー!龍之介ー!そろそろ帰ろうぜー!」
「あ、はいっ!」
千鶴は水たまりから目を逸らして、屯所に戻る藤堂の背を慌てて追いかける。
「ほら、龍之介も戻るよ」
『……』
鶴姫は、男女が消えていった先を少し見つめると、沖田の背を追っていった。
To be continued