入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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そして、長い夜が明けた。
その日の夜、騒ぎに気付いて出てきた千鶴は父親が薬を開発していた事実を知る。
一体どうして、父様はなぜそんなことを――。
そこまで考えて千鶴はある考えが頭によぎった。
あの日見たものがそうであると。
薬を飲んだ慣れの果てがあれだと。
薬を飲んだ隊士たちは南部邸にいるという。
昨夜、土方は千鶴に山南の話を聞かせた。
新選組の幹部たちは、朝再び広間に集合した。
ただ沈黙だけが続く時間を破ったのは、井上の登場だった。
「……峠は越えたようだよ」
張り詰めていた場の空気を、その言葉が緩めてくれた。
「今はまだ寝てる。……静かなもんだ」
「今までの隊士たちみてぇになっちまってるのか?それとも……」
永倉が問いかけると、井上は首を横に振った。
「……確かなことは起きるまでわからんな。見た目には、昨日までと変わらないんだが」
そのとき、不意に戸が開いた。
「おはようございます、皆さん。ご機嫌いかかがかしら?」
うげ、とみんなは思い切り嫌そうな顔をする。
こんな反応をされないだけ、受け入れられた立場なのかもと千鶴は感じた。
伊東と比べるのは我ながらどうかと思うけどとも。
「あら、顔色が優れませんのね。」
「そりゃ、朝っぱらからあんたの顔を見たせいに決まってるだろうが」
「まあ、永倉君ったら。冗談がお上手ですこと。皆さんの顔色がよくないのは、昨晩の騒ぎとなにか関係ありまして?」
伊東の発言はさすがに鋭い。
「あー、いや、その、だな……」
近藤は救援を求めて、幹部たちに視線を向けた。
「よし!……誤魔化せ、左之!」
「あ?俺か?実は昨日────」
「大根役者は出しゃばらないでくれるかな」
沖田は珍しく苦笑いを浮かべて、前に出た二人を引っ込めさせた。
「そういうことは、説明の上手な人に任せましょうねー」
沖田の視線を受けて、斎藤が浅く頷く。
「……伊東参謀がお察しの通り、昨晩、屯所内にて事件が発生しました。」
状況はあまり良くない、と斎藤は告げた。
斎藤はあかせる範囲の状況だけをスラスラと話していく。
「参謀のお心に負担をかけてしまう結果は、我々も望むところではありません」
だからまだ詳細に話すことが出来ない、と斎藤は頭を下げた。
「今晩にでも改めた場を設け、お伝えさせて頂きたく存じます」
「まあ……」
伊東は目を細めたあと、広間を見回して柔らかに笑んだ。
「事情はわかりましてよ。今晩のお呼ばれ、心待ちにしておりますわ」
伊東は意外にも物分りが良く、いそいそと広間から出ていった。
「なんだか見逃して貰えたみたいだけど……、もしかして斎藤くんの対応が気に入ったのかな」
「え……?」
斎藤の丁寧な対応を、伊東が気に入った可能性は高いと思う。
しかし……
見逃して貰えたとはどういう意味かと千鶴は疑問に思っていた。
「幹部が勢ぞろいしてる場に、山南さんだけいねえんだぞ?」
千鶴が小さく首を傾げていると、苦い顔の土方が解説をする。
「あの人絡みでなにか起きたことくらい、伊東ならすぐ看破できんだろうが」
「あ……」
「それに、今この場には穐月も居ねえしな」
伊東は大体の事情を予測した上で
あえて何も聞かずに退いたのである。
「!!!」
そこにふらりと山南が現れる。
少し顔色が悪いようだが、それ以外は普段と変わらない姿だ。
「……そんな化け物を見るような目で見られても困ります」
「山南さん!……起きてていいのかい?」
気遣う井上に、山南は穏やかな微笑で返す。
その表情は少しだけ、悲しげなものに見えた。
「少し、気だるいようですね。これも【薬】の副作用でしょう」
どうやら体が重たいらしく、起きているのも少し辛いようだ。
「……あの【薬】を飲んでしまうと、日中の活動が困難になりますから」
つまり、【薬】の効き目が出ているということ。
既に山南は変わってしまっているということ。
「私は、もう、人間ではありません」
その事実を強調するかのように、山南は微笑んだまま宣言した。
「だが、君が生きていてくれてよかった。俺たちは、それで充分だとも……」
近藤は目を潤ませて言う。
しかし、他のみんなは……
山南を案じるからこそ、素直には喜べないようだった。
「………それで、腕は治ったんですか?」
「まだ本調子ではありませんから、自分でもよく分からないのですが…」
山南は動かなかったはずの左腕を持ち上げて、手のひらを閉じたり開いたりする。
「…………治っているようですね。少なくとも、不便がない程度には」
その言葉に千鶴は安堵した。
少なくとも彼の悲願だけは、何とか達成されたのだ。
しかし、喜んでばかりもいられない。
原田が落ち着いた口調で問いかけた。
「………今の山南さんは、昼間に弱いんだろ?そんな状態で隊務に参加できんのか?」
昼に起きているのが辛いなら、普通の生活だって送れない。
ましてや新選組の仕事など。
「私は死んだことにすればいい」
山南は事も無げに行く。
「これから私は【薬】の成功例として、羅刹を束ねていこうと思っています」
「なっ……それ本気か!?自分が何言ってるのかわかってんのか!?」
「わかっていますとも。永倉くんこそ忘れたのですか?我々は【薬】の存在を伏せるよう、幕府から命じられているのですよ?」
山南の反論に永倉は口を噤んだ。
「私さえ死んだことにすれば、今までのように【薬】の存在は隠し通せる」
言葉を挟む隙を与えず、それに、と山南は言葉を続けた。
「【薬】から副作用が消えるのであれば、それを使わないではないでしょう?」
きっと皆も心情的には、山南を止めたかったはずだ。
しかし……
「そもそも【薬】の実験は、幕府からのお達しでもあるしな……」
理論的なことをいえば、否定する要素もないのだ。
あの【薬】は危険すぎる。
だが、副作用が全て消えるなら……なんの問題もなくなるんじゃないだろうか。
「……それしかない、か」
そして、ついに局長の許可がおりた。
「山南さんが自分で選んだ道ですし、せめて責任をもって進んでください」
沖田は突き放すような言い方をしたが、対する山南は微笑をうかべたままだった。
「…………屯所移転の話、冗談では済まされなくなったな」
渋い顔をしたまま黙り込んでいた土方が不意にぽつりとつぶやきを漏らした。
「山南さんを伊東派の目から隠すには、広い屯所が必要だ。今のままでは狭すぎる」
その言葉への同意を示すように、斎藤も深く頷いて見せた。
「【薬】による増強計画を立てるのであれば、なおのこと移転を急ぐべきかと思います」
「よし、ろくに寝てねえとこ悪いが、話し合いをさせてもらうぜ。」
移転候補地について、みなは議論を戦わせ始める。
新選組の皆と一緒に暮らした一年は千鶴や鶴姫にとって小さくない意味を持っていた。
最近は悪くない日々だと思えたし、皆と過ごすことが楽しく感じられた。
だが、千鶴には綱道の娘だという価値、鶴姫には綱道と何らかの関係がある人物の娘だという価値しかない。
その事実が重くのしかかってきた。
皆は何年も一緒に暮らしているのである、一年そばにいただけの二人は輪の中に入れなくて当然である。
改めて考えてみれば、当たり前のことだ。
だから仕方の無いことだと、自分に言い聞かせてみる。
しかし、やはり寂しい気持ちは消えなかった千鶴である。
そのころ、与えられた部屋で一人横になる鶴姫も同じことを考えていた。
たかが一年一緒にいた程度で仲間と呼べる存在になるはずも無い。
当たり前の現実を突きつけられて、自分が甘ったれになった気分でいた。
『また……一人か…』
いや、千鶴がいるから一人ではないか……と呟いた。
静かな部屋、静かな昼。
この日から鶴姫は沖田と距離をとり始める。
小姓である以上最低限の接触はするが、冗談などは一切話さなくなった。
To be continued
その日の夜、騒ぎに気付いて出てきた千鶴は父親が薬を開発していた事実を知る。
一体どうして、父様はなぜそんなことを――。
そこまで考えて千鶴はある考えが頭によぎった。
あの日見たものがそうであると。
薬を飲んだ慣れの果てがあれだと。
薬を飲んだ隊士たちは南部邸にいるという。
昨夜、土方は千鶴に山南の話を聞かせた。
新選組の幹部たちは、朝再び広間に集合した。
ただ沈黙だけが続く時間を破ったのは、井上の登場だった。
「……峠は越えたようだよ」
張り詰めていた場の空気を、その言葉が緩めてくれた。
「今はまだ寝てる。……静かなもんだ」
「今までの隊士たちみてぇになっちまってるのか?それとも……」
永倉が問いかけると、井上は首を横に振った。
「……確かなことは起きるまでわからんな。見た目には、昨日までと変わらないんだが」
そのとき、不意に戸が開いた。
「おはようございます、皆さん。ご機嫌いかかがかしら?」
うげ、とみんなは思い切り嫌そうな顔をする。
こんな反応をされないだけ、受け入れられた立場なのかもと千鶴は感じた。
伊東と比べるのは我ながらどうかと思うけどとも。
「あら、顔色が優れませんのね。」
「そりゃ、朝っぱらからあんたの顔を見たせいに決まってるだろうが」
「まあ、永倉君ったら。冗談がお上手ですこと。皆さんの顔色がよくないのは、昨晩の騒ぎとなにか関係ありまして?」
伊東の発言はさすがに鋭い。
「あー、いや、その、だな……」
近藤は救援を求めて、幹部たちに視線を向けた。
「よし!……誤魔化せ、左之!」
「あ?俺か?実は昨日────」
「大根役者は出しゃばらないでくれるかな」
沖田は珍しく苦笑いを浮かべて、前に出た二人を引っ込めさせた。
「そういうことは、説明の上手な人に任せましょうねー」
沖田の視線を受けて、斎藤が浅く頷く。
「……伊東参謀がお察しの通り、昨晩、屯所内にて事件が発生しました。」
状況はあまり良くない、と斎藤は告げた。
斎藤はあかせる範囲の状況だけをスラスラと話していく。
「参謀のお心に負担をかけてしまう結果は、我々も望むところではありません」
だからまだ詳細に話すことが出来ない、と斎藤は頭を下げた。
「今晩にでも改めた場を設け、お伝えさせて頂きたく存じます」
「まあ……」
伊東は目を細めたあと、広間を見回して柔らかに笑んだ。
「事情はわかりましてよ。今晩のお呼ばれ、心待ちにしておりますわ」
伊東は意外にも物分りが良く、いそいそと広間から出ていった。
「なんだか見逃して貰えたみたいだけど……、もしかして斎藤くんの対応が気に入ったのかな」
「え……?」
斎藤の丁寧な対応を、伊東が気に入った可能性は高いと思う。
しかし……
見逃して貰えたとはどういう意味かと千鶴は疑問に思っていた。
「幹部が勢ぞろいしてる場に、山南さんだけいねえんだぞ?」
千鶴が小さく首を傾げていると、苦い顔の土方が解説をする。
「あの人絡みでなにか起きたことくらい、伊東ならすぐ看破できんだろうが」
「あ……」
「それに、今この場には穐月も居ねえしな」
伊東は大体の事情を予測した上で
あえて何も聞かずに退いたのである。
「!!!」
そこにふらりと山南が現れる。
少し顔色が悪いようだが、それ以外は普段と変わらない姿だ。
「……そんな化け物を見るような目で見られても困ります」
「山南さん!……起きてていいのかい?」
気遣う井上に、山南は穏やかな微笑で返す。
その表情は少しだけ、悲しげなものに見えた。
「少し、気だるいようですね。これも【薬】の副作用でしょう」
どうやら体が重たいらしく、起きているのも少し辛いようだ。
「……あの【薬】を飲んでしまうと、日中の活動が困難になりますから」
つまり、【薬】の効き目が出ているということ。
既に山南は変わってしまっているということ。
「私は、もう、人間ではありません」
その事実を強調するかのように、山南は微笑んだまま宣言した。
「だが、君が生きていてくれてよかった。俺たちは、それで充分だとも……」
近藤は目を潤ませて言う。
しかし、他のみんなは……
山南を案じるからこそ、素直には喜べないようだった。
「………それで、腕は治ったんですか?」
「まだ本調子ではありませんから、自分でもよく分からないのですが…」
山南は動かなかったはずの左腕を持ち上げて、手のひらを閉じたり開いたりする。
「…………治っているようですね。少なくとも、不便がない程度には」
その言葉に千鶴は安堵した。
少なくとも彼の悲願だけは、何とか達成されたのだ。
しかし、喜んでばかりもいられない。
原田が落ち着いた口調で問いかけた。
「………今の山南さんは、昼間に弱いんだろ?そんな状態で隊務に参加できんのか?」
昼に起きているのが辛いなら、普通の生活だって送れない。
ましてや新選組の仕事など。
「私は死んだことにすればいい」
山南は事も無げに行く。
「これから私は【薬】の成功例として、羅刹を束ねていこうと思っています」
「なっ……それ本気か!?自分が何言ってるのかわかってんのか!?」
「わかっていますとも。永倉くんこそ忘れたのですか?我々は【薬】の存在を伏せるよう、幕府から命じられているのですよ?」
山南の反論に永倉は口を噤んだ。
「私さえ死んだことにすれば、今までのように【薬】の存在は隠し通せる」
言葉を挟む隙を与えず、それに、と山南は言葉を続けた。
「【薬】から副作用が消えるのであれば、それを使わないではないでしょう?」
きっと皆も心情的には、山南を止めたかったはずだ。
しかし……
「そもそも【薬】の実験は、幕府からのお達しでもあるしな……」
理論的なことをいえば、否定する要素もないのだ。
あの【薬】は危険すぎる。
だが、副作用が全て消えるなら……なんの問題もなくなるんじゃないだろうか。
「……それしかない、か」
そして、ついに局長の許可がおりた。
「山南さんが自分で選んだ道ですし、せめて責任をもって進んでください」
沖田は突き放すような言い方をしたが、対する山南は微笑をうかべたままだった。
「…………屯所移転の話、冗談では済まされなくなったな」
渋い顔をしたまま黙り込んでいた土方が不意にぽつりとつぶやきを漏らした。
「山南さんを伊東派の目から隠すには、広い屯所が必要だ。今のままでは狭すぎる」
その言葉への同意を示すように、斎藤も深く頷いて見せた。
「【薬】による増強計画を立てるのであれば、なおのこと移転を急ぐべきかと思います」
「よし、ろくに寝てねえとこ悪いが、話し合いをさせてもらうぜ。」
移転候補地について、みなは議論を戦わせ始める。
新選組の皆と一緒に暮らした一年は千鶴や鶴姫にとって小さくない意味を持っていた。
最近は悪くない日々だと思えたし、皆と過ごすことが楽しく感じられた。
だが、千鶴には綱道の娘だという価値、鶴姫には綱道と何らかの関係がある人物の娘だという価値しかない。
その事実が重くのしかかってきた。
皆は何年も一緒に暮らしているのである、一年そばにいただけの二人は輪の中に入れなくて当然である。
改めて考えてみれば、当たり前のことだ。
だから仕方の無いことだと、自分に言い聞かせてみる。
しかし、やはり寂しい気持ちは消えなかった千鶴である。
そのころ、与えられた部屋で一人横になる鶴姫も同じことを考えていた。
たかが一年一緒にいた程度で仲間と呼べる存在になるはずも無い。
当たり前の現実を突きつけられて、自分が甘ったれになった気分でいた。
『また……一人か…』
いや、千鶴がいるから一人ではないか……と呟いた。
静かな部屋、静かな昼。
この日から鶴姫は沖田と距離をとり始める。
小姓である以上最低限の接触はするが、冗談などは一切話さなくなった。
To be continued