入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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文久三年十二月
「ここが、京の都……」
男装をした子が我知らず唇から、ほう、と感嘆の息を洩らす。
京に暮らす人々は誰も彼も優しげな笑顔を浮かべている。
交わされる柔らかな言葉たちさえ、この都にはしっくりと似合っているような気がするのだ。
しかし……。
京の市中に漂っている空気は、不思議と冷えているように思われる。
田舎者を排泄しようとする高い壁が密やかに存在しているかのようだ。
「なんだか……」
少し居心地が悪いような……とその子は思う。
「ううん……、気のせいだよね」
京まで歩き通しだったから心も身体も疲れているのかもしれない。
けれども、もちろん疲れているからと言って、ただ立ち尽くしているわけにはいかなかった。
「あの、すみません!」
その子は少しの勇気を出して町の人に声をかけた。
「道をお尋ねしたいんですが━━」
道を聞いたのは松本と呼ばれる幕府に仕えている医者のところだ。
道を聞いたはいいものの、当の本人は留守。
夕焼けのなか、その子は立ち尽くしていた。
父である雪村綱道がしばらくの間京の都へ行くことになったと、心配しないように手紙を書くといって出かけて行った。
もし何かあれば松本を頼れと言っていた。
なぜ松本を頼り京に出てきたのかと言うと、約束通り手紙を送ってくれた父からの手紙が途切れたからだ。
それが一ヶ月前の話。
あちこちから浪士たちが集まっている今の京は、決して平穏な場所ではない。
武士に生活していけるだけのお金をくれるのは、彼らが仕えている主家だ。
しかし、主家を持たない浪士たちは、人々から無理矢理金を巻き上げることもある。
侍という権力を笠に着て、暴力を振るう乱暴者たち。
そんな浪士たちが今集まっているのが京の都。
実際、夷狄船が横浜湾や大坂湾に入ってきて国内は騒然としている。
幕府はそれらに何らまともな対処が取れなかったため、ここに来て天皇・朝廷が再び政治の表舞台へと引きずり出されようとしている。
それに伴い二百三十年間途切れていた将軍の上洛が決まり、それに付随する大名達が続々と京へ入ってきている。
それにかこつけて草莽の浪士たちや軍事改革派たちも京へと入ってきているのだ。
父のことを心配するその子は、まず今日泊まる宿を探す。
気がつけば日は落ち、夜も更けている。
しかし、ここは京の都。男装しているからとて安心していてはいけない。
「おい、そこの小僧」
さらに狭い路地を駆け抜ける。
すると
『こっち!』
暗闇でよく見えないが"誰かが"声をかけてきた。
浪士三人が追い付いてこないのを確認すると、その人は家と家との間に入るように促す。
立て掛けられた木の板たちが、しゃがみこんだ二人の姿を覆い隠してくれる。
「あの…貴方は?」
『私は穐月鶴姫といいます。最近ここいらは辻斬りとかが多いから、見回りしていたんです』
「そうなんですか」
『始終見ていましたが、災難でしたね』
「はい。あの、助けていただき、ありがとうございました」
『いえ。頼りない腕で、貴方みたいな"女の子"が三人も相手取れると思えませんから』
「わかるんですか?!」
『少し見れば分かります。動作や仕草が女の子ですし、喋り方なども柔らかい。なんせ顔がかわいすぎます』
バレていたのかと少し残念に思った子の名前は雪村千鶴という。
これからこの雪村千鶴と鶴姫の運命は狂い咲く。
『おかしいですね』
「もっと声をあらげる場面を想像してました…」
『現れないどころか声すらないなんて…』
とそのとき
「ぎゃあああああああああっ!?」
彼らの絶叫が聞こえてきた。
「な、何……!?」
『……向こうで誰かに襲われているのは間違いありません』
本来なら隠れ続けているのが一番賢い行動だ、と千鶴は考えた。
しかし鶴姫は一人で出ていこうとする。
「鶴姫さん!」
すると男達の方からさらに声がする。
「畜生、やりやがったな!」
「くそ、なんで死なねぇんだよ!……ダメだ、コイツら刀がきかねえ!」
千鶴は恐怖を感じた。
人の命を刈り取る可能性を秘めた、得体の知れないなにかが間近に存在している。
その可能性を考え始めると怖くて怖くてたまらなかったのだ。
鶴姫は恐怖を感じていないようで、鋭い目付きで声のする方向を見ている。
鶴姫は【何か】を知ろうと路地から顔を出して千鶴がかけてきた道をのぞき込む。
鶴姫の目に映っているのは、月光に照らされた白刃の閃きに翻る浅葱色の羽織。
「ひ、ひひひひひ………」
「た、助け━━━」
浪士は命乞いをしながら後ずさる。
浅葱色の羽織をきた人々はなんのためらいもなく刀を振るった。
血が飛び散る音と浪士の叫ぶ声が千鶴の耳に届く。
それと同時にたか笑う薄気味悪い声。
暴力に任せて刀を振るう、技巧もなにもない滅多切り。
耳をつんざく絶叫が次第に弱々しく消えていく。
何があったのかと鶴姫に聞こうと立ち上がった千鶴は足に力が入らずにその場にへたりこむ。
鶴姫は相変わらず鋭い眼差しで見つめているだけである。
"得たいの知れないなにか"は息絶えた浪士を、何度も何度も何度も何度も繰り返し斬って刺して突いて裂いた。
肉を切り、骨を断ち、血を流す。
他者の命を暴力で浸したい、ただそれだけの狂気。
彼らは人ではない、壊れてしまっている。
喉がつまるようで息ができない千鶴。
鼻先をかすめた濃い気配こそ、溢れかえる血の臭いなのだとようやく気づく。
『怖いですか?』
「怖いです……鶴姫さん、早く逃げなきゃ…」
震える唇はなんとか息を吐き出した。
しかし、恐怖に痺れた身体はうまく動かず木の板を倒してしまう。
浅葱の羽織を赤黒く染めた彼らが振り返る。
新たな獲物を見付けた歓喜にうち震える。
「━━━っ!」
怖い、まだ死にたくないという感情が千鶴を襲う。
狂った殺意は笑いながらかけてきた。
その彼らに鶴姫が一太刀浴びせたと同時に、"別のだれか"も一太刀浴びせていた。
「ここが、京の都……」
男装をした子が我知らず唇から、ほう、と感嘆の息を洩らす。
京に暮らす人々は誰も彼も優しげな笑顔を浮かべている。
交わされる柔らかな言葉たちさえ、この都にはしっくりと似合っているような気がするのだ。
しかし……。
京の市中に漂っている空気は、不思議と冷えているように思われる。
田舎者を排泄しようとする高い壁が密やかに存在しているかのようだ。
「なんだか……」
少し居心地が悪いような……とその子は思う。
「ううん……、気のせいだよね」
京まで歩き通しだったから心も身体も疲れているのかもしれない。
けれども、もちろん疲れているからと言って、ただ立ち尽くしているわけにはいかなかった。
「あの、すみません!」
その子は少しの勇気を出して町の人に声をかけた。
「道をお尋ねしたいんですが━━」
道を聞いたのは松本と呼ばれる幕府に仕えている医者のところだ。
道を聞いたはいいものの、当の本人は留守。
夕焼けのなか、その子は立ち尽くしていた。
父である雪村綱道がしばらくの間京の都へ行くことになったと、心配しないように手紙を書くといって出かけて行った。
もし何かあれば松本を頼れと言っていた。
なぜ松本を頼り京に出てきたのかと言うと、約束通り手紙を送ってくれた父からの手紙が途切れたからだ。
それが一ヶ月前の話。
あちこちから浪士たちが集まっている今の京は、決して平穏な場所ではない。
武士に生活していけるだけのお金をくれるのは、彼らが仕えている主家だ。
しかし、主家を持たない浪士たちは、人々から無理矢理金を巻き上げることもある。
侍という権力を笠に着て、暴力を振るう乱暴者たち。
そんな浪士たちが今集まっているのが京の都。
実際、夷狄船が横浜湾や大坂湾に入ってきて国内は騒然としている。
幕府はそれらに何らまともな対処が取れなかったため、ここに来て天皇・朝廷が再び政治の表舞台へと引きずり出されようとしている。
それに伴い二百三十年間途切れていた将軍の上洛が決まり、それに付随する大名達が続々と京へ入ってきている。
それにかこつけて草莽の浪士たちや軍事改革派たちも京へと入ってきているのだ。
父のことを心配するその子は、まず今日泊まる宿を探す。
気がつけば日は落ち、夜も更けている。
しかし、ここは京の都。男装しているからとて安心していてはいけない。
「おい、そこの小僧」
さらに狭い路地を駆け抜ける。
すると
『こっち!』
暗闇でよく見えないが"誰かが"声をかけてきた。
浪士三人が追い付いてこないのを確認すると、その人は家と家との間に入るように促す。
立て掛けられた木の板たちが、しゃがみこんだ二人の姿を覆い隠してくれる。
「あの…貴方は?」
『私は穐月鶴姫といいます。最近ここいらは辻斬りとかが多いから、見回りしていたんです』
「そうなんですか」
『始終見ていましたが、災難でしたね』
「はい。あの、助けていただき、ありがとうございました」
『いえ。頼りない腕で、貴方みたいな"女の子"が三人も相手取れると思えませんから』
「わかるんですか?!」
『少し見れば分かります。動作や仕草が女の子ですし、喋り方なども柔らかい。なんせ顔がかわいすぎます』
バレていたのかと少し残念に思った子の名前は雪村千鶴という。
これからこの雪村千鶴と鶴姫の運命は狂い咲く。
『おかしいですね』
「もっと声をあらげる場面を想像してました…」
『現れないどころか声すらないなんて…』
とそのとき
「ぎゃあああああああああっ!?」
彼らの絶叫が聞こえてきた。
「な、何……!?」
『……向こうで誰かに襲われているのは間違いありません』
本来なら隠れ続けているのが一番賢い行動だ、と千鶴は考えた。
しかし鶴姫は一人で出ていこうとする。
「鶴姫さん!」
すると男達の方からさらに声がする。
「畜生、やりやがったな!」
「くそ、なんで死なねぇんだよ!……ダメだ、コイツら刀がきかねえ!」
千鶴は恐怖を感じた。
人の命を刈り取る可能性を秘めた、得体の知れないなにかが間近に存在している。
その可能性を考え始めると怖くて怖くてたまらなかったのだ。
鶴姫は恐怖を感じていないようで、鋭い目付きで声のする方向を見ている。
鶴姫は【何か】を知ろうと路地から顔を出して千鶴がかけてきた道をのぞき込む。
鶴姫の目に映っているのは、月光に照らされた白刃の閃きに翻る浅葱色の羽織。
「ひ、ひひひひひ………」
「た、助け━━━」
浪士は命乞いをしながら後ずさる。
浅葱色の羽織をきた人々はなんのためらいもなく刀を振るった。
血が飛び散る音と浪士の叫ぶ声が千鶴の耳に届く。
それと同時にたか笑う薄気味悪い声。
暴力に任せて刀を振るう、技巧もなにもない滅多切り。
耳をつんざく絶叫が次第に弱々しく消えていく。
何があったのかと鶴姫に聞こうと立ち上がった千鶴は足に力が入らずにその場にへたりこむ。
鶴姫は相変わらず鋭い眼差しで見つめているだけである。
"得たいの知れないなにか"は息絶えた浪士を、何度も何度も何度も何度も繰り返し斬って刺して突いて裂いた。
肉を切り、骨を断ち、血を流す。
他者の命を暴力で浸したい、ただそれだけの狂気。
彼らは人ではない、壊れてしまっている。
喉がつまるようで息ができない千鶴。
鼻先をかすめた濃い気配こそ、溢れかえる血の臭いなのだとようやく気づく。
『怖いですか?』
「怖いです……鶴姫さん、早く逃げなきゃ…」
震える唇はなんとか息を吐き出した。
しかし、恐怖に痺れた身体はうまく動かず木の板を倒してしまう。
浅葱の羽織を赤黒く染めた彼らが振り返る。
新たな獲物を見付けた歓喜にうち震える。
「━━━っ!」
怖い、まだ死にたくないという感情が千鶴を襲う。
狂った殺意は笑いながらかけてきた。
その彼らに鶴姫が一太刀浴びせたと同時に、"別のだれか"も一太刀浴びせていた。