入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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元治元年六月に起きた池田屋事件。
池田屋で藩士が斬られた後、その仇討ちに乗り出した長州藩士が御所を襲撃した元治甲子の変。
二つの事件で活躍した新選組は、今や京で知らぬ者がいないぐらいに有名な存在となった。
ただ、活躍したとは言っても池田屋での負傷者が出なかったわけではなかった。
沖田と藤堂が池田屋で負傷、元治甲子の変では療養。
近藤達と一緒に戦えないことが不服なのが顔に滲み出ていた。
そんな日々から二ヶ月が経った頃。
沖田や藤堂の怪我が癒え、再び刀を振るえるようになった時期の物語。
八月になり、京の暑い夏が続いていたある日のこと。
『斎藤さん、今日は巡察に同行させて下さりありがとうございました』
「礼には及ばん。……綱道さんや進さん、楽の手がかりが掴めなかったのは残念だったな」
『……はい。まあ、運ですから。』
こうして機会を見て、巡察に同行させてもらっている鶴姫だが、千鶴の父親と自分の親兄弟の行方は分からないまま。
もう京を離れてしまっている可能性だってある。
そんなことを考えていると。
「そこの人、そんな構えじゃ、ちょっと打ち込まれたら直ぐに崩れちゃうよ」
『沖田さんの声……』
「……総司の声か。そういえば今日は、久しぶりに隊士たちに稽古をつけると言っていたな。池田屋の時に怪我をしていたが、もう大事は無いのか」
『目視できる部分では。食欲もありますし身体を動かしても大丈夫だと思います。』
「なるほど」
『一時はどうなるかと思いましたけど』
沖田も藤堂もすっかり傷が癒え、通常の隊務に戻ることができるようになった。
『あの、斎藤さん。壬生寺の方を少し見てきても構いませんか?稽古で無理するかもしれないので』
「ああ、構わん。用事が済んだらすぐ戻るようにな」
『はい、ありがとうございます』
そう言うと鶴姫はこっそりと壬生寺の境内を覗いた。
響いてきた音と、目に飛び込んできた稽古の様子に反射的に身が跳ねた。
刃引きしているとはいえーー。真剣を用いた稽古は想像以上の迫力がある。
「だらしないなあ。二人がかりで来てその程度なの?言っておくけど、不逞浪士はこんなに優しくないからね」
沖田の稽古の厳しさは相変わらずのようであるが、現実問題として甘くないのは事実。
それはさておき、けがは順調に癒えているように見える。
「あ、」
『え』
影からこっそり見ていたつもりが、沖田に見つかる鶴姫。
いいこと考えたと言わんばかりに沖田が手招きしてくる。
「ちょうどいいところに来たね」
『嫌な予感がします』
「今から僕と稽古してもらうよ。手本になってもらうからしっかりね」
『はい……』
二人がかりでの稽古のところ、沖田と一対一での稽古をすることになった鶴姫。
構え合うとお互いのタイミングで稽古が始まる。
木刀のぶつかる音が境内にこだまする。
隊士たちはあまりの鬼迫に数歩退く。
『いっ……』
とはいいつつ、男女の腕の力ではやはり男に軍配が上がる。
沖田の刀を受け止めながら少しづつ圧される鶴姫。
「ここまで!みんな、これくらいできるようになろうね」
そう言って隊士たちは沖田からの指導を受けたあとそれぞれ散り散りに解散する。
「鶴姫ちゃん、よかったよ」
『総司の木刀、すごく重かったです……真剣さながらの木刀であれほど重いと真剣ではさらに重いのでしょうね…』
「そういう鶴姫ちゃんのも重かったよ。すごいすごい」
そう褒めつつ、でもまだ僕には勝てないかなという沖田。
鶴姫は汗を流しに井戸に向かいつつ、部屋に戻る途中で近藤から広間に茶を用意するように要請を受ける。
『近藤さん、鶴姫です』
「お茶をお持ちしました」
「ああ、入ってくれたまえ」
戸を開けると広間には既に主立った幹部隊士方が揃っていた。
「こうやって集まってもらったのは、他でもねえ。刀の修理を頼んでた、刀屋からの返事が来た」
これから池田屋事件の時に破損した刀についての話が始まるらしい。
あの晩は激しい戦いで刃こぼれしたり、刀が折れたりした人は少なくない。
「まず、近藤さん。あんたの刀は無事だったぜ」
「おお、そうか!流石は虎徹、一味違うなあ」
「よかったですね、近藤さん。虎徹、すごくな大事にしてますもんね」
「あんだけ戦ったあとだってのに、刀がほぼ無事ってのがすげえな」
「近藤さんの腕なら、当たり前だよ。刀を生かすも殺すも持ち主次第だしね」
「それから斎藤、原田、源さん、武田……そして島田の刀も、研いだら何とか使えるようになったみてえだ。使えそうにねえのは……総司、お前の加州清光と、新八の播州手柄山氏繁は帽子が折れちまってて、直しようがねえとよ」
「……ふうん、まあ、予想はしてましたけど」
「やっぱ、無理だったか。しょうがねえとはいえ、勿体ねえことになっちまったな」
「それから平助、おまえの上総介兼重も、刃こぼれが酷すぎて直せねえらしい」
「ちぇっ、オレもかよ。出費がかさむなあ〜」
「新しい刀を探さねえとな。今度、非番の日にでも刀屋を覗いてみるか」
「とはいっても、手にしっくり馴染む刀がすぐ見つかるわけじゃないしね」
「だよなぁ。近頃、刀の値段がどんどん上がっちまってるし」
「安物でよけりゃ、隊で用意するぜ」
土方の言葉に、その場が一瞬しんと静まりかえる。
そしてーー。
「なんだって!?隊で用意してくれるっつったか!?今!」
「嘘じゃねえだろうな!後で【やっぱりなし】ってのは、駄目だからな!」
「こんなことで嘘言ってどうするってんだよ」
「ちょっと待ってくれ!池田屋で働いたのは同じなんだから、俺のも新しくしてくれよ!」
「言いてえことは分かる。けどな、まずは使い物にならねえ奴の刀からだ。悪いが、今回はそれで勘弁してくれ」
「ま、そんなことだろうと思ってたぜ。分かったよ」
「池田屋では十二分に働いてくれたからな。これぐらいはさせてもらわんと」
「もし希望があるなら、会津藩に刀を注文することも出来るからな」
「今回は、状況が状況だからな。多少は無理を言ってくれて構わんぞ」
「よっしゃあ!!オレ、持って歩くだけで一目置かれるような、目立つ刀がいいな!」
「おいおい、少しは遠慮しろよ。新選組は破産したらどうするんだ」
「とりあえず、善は急げだ!早速、刀屋を見に行ってみようぜ!」
「おう!行こう行こう!」
永倉たちはそのまま我先にと広間を出ていってしまう。
「いやはや、元気でいいねえ」
「新しい刀を買えることがらよっぽどうれしいんですね」
「刀は武士にとって、心強い相棒でもあり、心そのものだからね」
「そうなんですか……そういえば鶴姫ちゃんの刀は?」
「穐月の刀も無事だ。本当に戦闘で使ったのか?と言ってたぞ」
『使いましたよ…』
「それくらい刃こぼれも傷もなかったそうだ」
『え……』
「よかったね、鶴姫ちゃん」
『まるで池田屋にいなかったみたいで、なんだか悲しいです』
しゅんとなる鶴姫を見て沖田は頭をポンポンとする。
「穐月君の働きは俺がよく知っている!自信を持っていい」
『近藤さん……』
「僕もちゃんと見てたから大丈夫だよ。それにしても新しい刀みたいに傷一つないなんて、なんでだろうね」
『はい……ところで、総司はどんな刀にするつもりなんですか?』
「んー。そうだなあ……」
沖田は少し悩んでいる様子。視線をさまよわせている。
「本当は菊紋の刀が欲しいんですけど……これっていうのが、すぐにいかばないんですよね。もう少し考えさせてください」
「ああ、ゆっくり考えるといい。新選組の一番組組長が持つ刀だからな、それなりの物でなくてはな」
「確かに、そうですよね」
それから数日後、昼食の後片付けを終えて、部屋に戻ろうとすると……。
沖田がぼんやりと空を眺めているのを見かけた。
『総司』
声をかけると沖田はゆっくりこちらを振り返る。
「どうしたの?部屋に戻るところ?」
『うん。総司は考え事?』
「まあね」
『新しい刀のこと?』
「実はさ、前に使ってた加州清光って刀、結構気に入ってたんだ」
『そうだったんだ』
「うん。京に来る前、周斎先生が近藤さんの為に用意してくれた刀だったんだけど、近藤さんはもう自分で刀を用意しちゃってたから、その加州清光を僕にくれたんだ」
『思い入れのある刀だったんだのね。興味を持っている刀とかないの?』
「本当は近藤さんと同じ虎徹が欲しいんだけどね。その辺で売ってるものじゃないし、それに、近藤さんと同じ刀をさす訳にはいかないでしょ」
『まあ、確かにそうだね』
「土方さんの刀と被るだけなら、全然気にしないんだけど」
『そこは気にしないと思った……』
「しないよ?」
あまりにもサラッと言うことにクスッと笑いが込上げる。
「鶴姫ちゃんは代々受け継いでる刀なんだよね」
『うん。一応専属の刀工がいて、その方に修理を頼んでいたらしいんだけど、今はどこにいるのやら』
「そうなんだ。それならなにか特別な処置を施してたのかもね」
腰に指している二対の脇差をまじまじと見つめる総司。
その時、足音と共に誰かが近づいてくる。
「総司、ここにいたんだね」
「源さん、なんですか?その抱えに持ってる刀は」
「総司がなかなか刀を決めないから、トシさんが刀屋から取り寄せたものらしいよ。この中から決めてはどうかね」
井上はそう言って、持ってきた数本の刀を床の上へと横たえた。
どれも値が張るものだった。
その中でも特に値が張るものが一振。
「悩む時間くらいくれてもいいのになあ。せっかちですよね、土方さんは」
そう言ったあと、沖田は刀を眺め始める。
『あ、』
「どうしたの?」
『これ、大和守安定だよ』
それを聞くと沖田は一振の刀を鞘から抜いた。
「それが気に入ったのかね?」
「…………ふうん」
沖田は井上の問いが耳に入っていないように刀を凝視している。
その瞳は高価な玩具を買い与えられた子供のようにきらきらしている。
やがて沖田は刀に見入ったままぽつりと言った。
「これ……虎徹に似てる気がする」
「虎徹?まさかそんな高い刀は入っていないはずだが……」
井上は刀屋から預かったらしい目録を広げた。
「ええと……、それは穐月君の言ったように大和守安定だろうね」
「大和守安定か……」
沖田はその刀を相当気に入ったらしく、刀を傾けたり、日に当てて反射する光を眺めている。
やがて、その刀を鞘へと納めーー。
「いいですね、この刀。僕、これにします。」
「よかったよかった。トシさんも選んだ甲斐があるというものだよ。それじゃあ、他の刀は返してくるとするかね」
そういうと、井上は選ばれなかった刀をまとめるとその場を後にしたのだった。
「源さん……この刀がいくらするか知ってるのかな?」
『どうだろう』
「近藤さんや土方さんに売るつもりで持ってきた刀じゃないのかなぁ」
『手違いの可能性もあるけどね。他の中でも群を抜いて値の張る代物なのは知ってる人ならわかることだけど』
「新選組一番組組長が差しててもおかしくない刀だね」
『今日、この刀が総司のところにきたのは何か意味のあることなのかもね』
「うん。そうだと思う」
沖田はそう言ったあと、嬉しそうに大和守安定を見下ろした。
ただ、懸念されるのは新選組に買う予算があるのかということ。
すると、焦った様子の足音が、こちらへと近づいてくる。
まさかとは思っていたが案の定土方だった。
「あっ、土方さん。僕の次の刀、決まりましたよ。これにします」
「何を寝ぼけたこと言ってやがる!そんな高い刀、買えるわけねえだろうが!」
井上から話を聞いたらしい土方が血相を変えながら叫ぶ。
「そんな事言われても、気に入っちゃったんですけど」
「別の刀にしろ。後で、刀屋に文句を言ってやる」
「向こうの手違いが原因なんですから、値引きしてもらえばいいんじゃないですか?」
「てめえ、その刀がいくらするのか知ってるのか!?値引きっつったって、限度があるだろうが!」
「だったら、足りない分は自分で出しますから、給金を前借りさせてください」
「前借りって、おまえな……!ようやく会津から給金が出るようになったばっかりだろうが!」
「新選組の一番組組長が変な刀を差すわけにはいかないでしょう?……自分は、会津藩から和泉守兼定をもらってるくせに」
「それとこれとは別問題だろうが!」
あまりの怒声に思わず耳を塞ぐ鶴姫。
沖田と土方は両者一歩も譲らず言い合いを続けている。
『……ひ、土方さん。私からもお願いします。池田屋では刀だけでなく様々な怪我もしています。どこ所属ともわからぬ輩と対峙もしています……半端物よりもそれなりの物が必要かと。それに、大和守安定をとても気に入られているようですので。刀は巡り合わせです。気に入った刀を手放し、他の刀にすれば必ず後悔が残ると思います』
「駄目なもんは駄目だ!そんなに欲しけりゃ、自分で買えばいい」
鶴姫は困り果てて沖田の方を振り返る。
すると沖田が反論する。
「つまり土方さんは一度選んだことを取り消せっていうんですね。武士に二言はないって言葉がありますけど、今のって士道不覚悟っていうんじゃないかなぁ」
『総司……!』
「まあ、土方さんがどうしても駄目だって言うんならしょうがないですけど。後で、近藤さんに話を聞いてもらおうっと。せっかく、近藤さんの虎徹に似た刀を差せると思ったのに残念です……って。近藤さんって優しいから、こんな話を聞いたら【安定ぐらい俺が買ってやる!】って言ってくれるでしょうけど」
確かに近藤さんならきっとそう言うだろう。
「ぐぬぬぬぬ……!予算以上にかかっちまった金は、おまえの給料からさっ引くからな!」
土方はそう言い残し、肩を怒らせてその場を後にした。
『こ、怖かった……』
「めでたしめでたし、ってところかな。鶴姫ちゃん、協力してくれてありがとね」
『大したことは。私も今のこの子達に出会って手放せと言われたら同じことをすると思うし』
「それでも、さっきああ言ってくれたのは嬉しかったよ」
『ふふ。』
沖田は本当に嬉しそうだった。
さらに数日後。
鶴姫が屯所の門の前を掃除しているとーー。
「あれ、鶴姫ちゃん。掃除してるの?」
『うん。気になっちゃったから』
「精が出るね。今日は巡察について来ないんだよね」
『うん。少しほかの頼まれ事もしていて。気をつけて行ってきてね』
「僕が不逞浪士なんかに負けるわけないじゃない」
そう自信たっぷり言う沖田の腰にはあの大和守安定があった。
「それじゃ行ってくるから、留守番お願いね」
『行ってらっしゃい』
沖田は颯爽とした足取りで、一番組の隊士を率いて歩いていく。
大和守安定を差してからの沖田は毎日すごく嬉しそうだ。
あんなに嬉しそうな様子を見ていると、自分も刀たちとの巡り合わせを今まで以上に大事にしようと思うのだった。
多少なりとも沖田の力になることが出来た嬉しさと、巡り合わせの現場に立ち会えた嬉しさ。
鶴姫はそれらの嬉しさを胸に今日も今日とて仕事に精を出すのだった。
To be continued
池田屋で藩士が斬られた後、その仇討ちに乗り出した長州藩士が御所を襲撃した元治甲子の変。
二つの事件で活躍した新選組は、今や京で知らぬ者がいないぐらいに有名な存在となった。
ただ、活躍したとは言っても池田屋での負傷者が出なかったわけではなかった。
沖田と藤堂が池田屋で負傷、元治甲子の変では療養。
近藤達と一緒に戦えないことが不服なのが顔に滲み出ていた。
そんな日々から二ヶ月が経った頃。
沖田や藤堂の怪我が癒え、再び刀を振るえるようになった時期の物語。
八月になり、京の暑い夏が続いていたある日のこと。
『斎藤さん、今日は巡察に同行させて下さりありがとうございました』
「礼には及ばん。……綱道さんや進さん、楽の手がかりが掴めなかったのは残念だったな」
『……はい。まあ、運ですから。』
こうして機会を見て、巡察に同行させてもらっている鶴姫だが、千鶴の父親と自分の親兄弟の行方は分からないまま。
もう京を離れてしまっている可能性だってある。
そんなことを考えていると。
「そこの人、そんな構えじゃ、ちょっと打ち込まれたら直ぐに崩れちゃうよ」
『沖田さんの声……』
「……総司の声か。そういえば今日は、久しぶりに隊士たちに稽古をつけると言っていたな。池田屋の時に怪我をしていたが、もう大事は無いのか」
『目視できる部分では。食欲もありますし身体を動かしても大丈夫だと思います。』
「なるほど」
『一時はどうなるかと思いましたけど』
沖田も藤堂もすっかり傷が癒え、通常の隊務に戻ることができるようになった。
『あの、斎藤さん。壬生寺の方を少し見てきても構いませんか?稽古で無理するかもしれないので』
「ああ、構わん。用事が済んだらすぐ戻るようにな」
『はい、ありがとうございます』
そう言うと鶴姫はこっそりと壬生寺の境内を覗いた。
響いてきた音と、目に飛び込んできた稽古の様子に反射的に身が跳ねた。
刃引きしているとはいえーー。真剣を用いた稽古は想像以上の迫力がある。
「だらしないなあ。二人がかりで来てその程度なの?言っておくけど、不逞浪士はこんなに優しくないからね」
沖田の稽古の厳しさは相変わらずのようであるが、現実問題として甘くないのは事実。
それはさておき、けがは順調に癒えているように見える。
「あ、」
『え』
影からこっそり見ていたつもりが、沖田に見つかる鶴姫。
いいこと考えたと言わんばかりに沖田が手招きしてくる。
「ちょうどいいところに来たね」
『嫌な予感がします』
「今から僕と稽古してもらうよ。手本になってもらうからしっかりね」
『はい……』
二人がかりでの稽古のところ、沖田と一対一での稽古をすることになった鶴姫。
構え合うとお互いのタイミングで稽古が始まる。
木刀のぶつかる音が境内にこだまする。
隊士たちはあまりの鬼迫に数歩退く。
『いっ……』
とはいいつつ、男女の腕の力ではやはり男に軍配が上がる。
沖田の刀を受け止めながら少しづつ圧される鶴姫。
「ここまで!みんな、これくらいできるようになろうね」
そう言って隊士たちは沖田からの指導を受けたあとそれぞれ散り散りに解散する。
「鶴姫ちゃん、よかったよ」
『総司の木刀、すごく重かったです……真剣さながらの木刀であれほど重いと真剣ではさらに重いのでしょうね…』
「そういう鶴姫ちゃんのも重かったよ。すごいすごい」
そう褒めつつ、でもまだ僕には勝てないかなという沖田。
鶴姫は汗を流しに井戸に向かいつつ、部屋に戻る途中で近藤から広間に茶を用意するように要請を受ける。
『近藤さん、鶴姫です』
「お茶をお持ちしました」
「ああ、入ってくれたまえ」
戸を開けると広間には既に主立った幹部隊士方が揃っていた。
「こうやって集まってもらったのは、他でもねえ。刀の修理を頼んでた、刀屋からの返事が来た」
これから池田屋事件の時に破損した刀についての話が始まるらしい。
あの晩は激しい戦いで刃こぼれしたり、刀が折れたりした人は少なくない。
「まず、近藤さん。あんたの刀は無事だったぜ」
「おお、そうか!流石は虎徹、一味違うなあ」
「よかったですね、近藤さん。虎徹、すごくな大事にしてますもんね」
「あんだけ戦ったあとだってのに、刀がほぼ無事ってのがすげえな」
「近藤さんの腕なら、当たり前だよ。刀を生かすも殺すも持ち主次第だしね」
「それから斎藤、原田、源さん、武田……そして島田の刀も、研いだら何とか使えるようになったみてえだ。使えそうにねえのは……総司、お前の加州清光と、新八の播州手柄山氏繁は帽子が折れちまってて、直しようがねえとよ」
「……ふうん、まあ、予想はしてましたけど」
「やっぱ、無理だったか。しょうがねえとはいえ、勿体ねえことになっちまったな」
「それから平助、おまえの上総介兼重も、刃こぼれが酷すぎて直せねえらしい」
「ちぇっ、オレもかよ。出費がかさむなあ〜」
「新しい刀を探さねえとな。今度、非番の日にでも刀屋を覗いてみるか」
「とはいっても、手にしっくり馴染む刀がすぐ見つかるわけじゃないしね」
「だよなぁ。近頃、刀の値段がどんどん上がっちまってるし」
「安物でよけりゃ、隊で用意するぜ」
土方の言葉に、その場が一瞬しんと静まりかえる。
そしてーー。
「なんだって!?隊で用意してくれるっつったか!?今!」
「嘘じゃねえだろうな!後で【やっぱりなし】ってのは、駄目だからな!」
「こんなことで嘘言ってどうするってんだよ」
「ちょっと待ってくれ!池田屋で働いたのは同じなんだから、俺のも新しくしてくれよ!」
「言いてえことは分かる。けどな、まずは使い物にならねえ奴の刀からだ。悪いが、今回はそれで勘弁してくれ」
「ま、そんなことだろうと思ってたぜ。分かったよ」
「池田屋では十二分に働いてくれたからな。これぐらいはさせてもらわんと」
「もし希望があるなら、会津藩に刀を注文することも出来るからな」
「今回は、状況が状況だからな。多少は無理を言ってくれて構わんぞ」
「よっしゃあ!!オレ、持って歩くだけで一目置かれるような、目立つ刀がいいな!」
「おいおい、少しは遠慮しろよ。新選組は破産したらどうするんだ」
「とりあえず、善は急げだ!早速、刀屋を見に行ってみようぜ!」
「おう!行こう行こう!」
永倉たちはそのまま我先にと広間を出ていってしまう。
「いやはや、元気でいいねえ」
「新しい刀を買えることがらよっぽどうれしいんですね」
「刀は武士にとって、心強い相棒でもあり、心そのものだからね」
「そうなんですか……そういえば鶴姫ちゃんの刀は?」
「穐月の刀も無事だ。本当に戦闘で使ったのか?と言ってたぞ」
『使いましたよ…』
「それくらい刃こぼれも傷もなかったそうだ」
『え……』
「よかったね、鶴姫ちゃん」
『まるで池田屋にいなかったみたいで、なんだか悲しいです』
しゅんとなる鶴姫を見て沖田は頭をポンポンとする。
「穐月君の働きは俺がよく知っている!自信を持っていい」
『近藤さん……』
「僕もちゃんと見てたから大丈夫だよ。それにしても新しい刀みたいに傷一つないなんて、なんでだろうね」
『はい……ところで、総司はどんな刀にするつもりなんですか?』
「んー。そうだなあ……」
沖田は少し悩んでいる様子。視線をさまよわせている。
「本当は菊紋の刀が欲しいんですけど……これっていうのが、すぐにいかばないんですよね。もう少し考えさせてください」
「ああ、ゆっくり考えるといい。新選組の一番組組長が持つ刀だからな、それなりの物でなくてはな」
「確かに、そうですよね」
それから数日後、昼食の後片付けを終えて、部屋に戻ろうとすると……。
沖田がぼんやりと空を眺めているのを見かけた。
『総司』
声をかけると沖田はゆっくりこちらを振り返る。
「どうしたの?部屋に戻るところ?」
『うん。総司は考え事?』
「まあね」
『新しい刀のこと?』
「実はさ、前に使ってた加州清光って刀、結構気に入ってたんだ」
『そうだったんだ』
「うん。京に来る前、周斎先生が近藤さんの為に用意してくれた刀だったんだけど、近藤さんはもう自分で刀を用意しちゃってたから、その加州清光を僕にくれたんだ」
『思い入れのある刀だったんだのね。興味を持っている刀とかないの?』
「本当は近藤さんと同じ虎徹が欲しいんだけどね。その辺で売ってるものじゃないし、それに、近藤さんと同じ刀をさす訳にはいかないでしょ」
『まあ、確かにそうだね』
「土方さんの刀と被るだけなら、全然気にしないんだけど」
『そこは気にしないと思った……』
「しないよ?」
あまりにもサラッと言うことにクスッと笑いが込上げる。
「鶴姫ちゃんは代々受け継いでる刀なんだよね」
『うん。一応専属の刀工がいて、その方に修理を頼んでいたらしいんだけど、今はどこにいるのやら』
「そうなんだ。それならなにか特別な処置を施してたのかもね」
腰に指している二対の脇差をまじまじと見つめる総司。
その時、足音と共に誰かが近づいてくる。
「総司、ここにいたんだね」
「源さん、なんですか?その抱えに持ってる刀は」
「総司がなかなか刀を決めないから、トシさんが刀屋から取り寄せたものらしいよ。この中から決めてはどうかね」
井上はそう言って、持ってきた数本の刀を床の上へと横たえた。
どれも値が張るものだった。
その中でも特に値が張るものが一振。
「悩む時間くらいくれてもいいのになあ。せっかちですよね、土方さんは」
そう言ったあと、沖田は刀を眺め始める。
『あ、』
「どうしたの?」
『これ、大和守安定だよ』
それを聞くと沖田は一振の刀を鞘から抜いた。
「それが気に入ったのかね?」
「…………ふうん」
沖田は井上の問いが耳に入っていないように刀を凝視している。
その瞳は高価な玩具を買い与えられた子供のようにきらきらしている。
やがて沖田は刀に見入ったままぽつりと言った。
「これ……虎徹に似てる気がする」
「虎徹?まさかそんな高い刀は入っていないはずだが……」
井上は刀屋から預かったらしい目録を広げた。
「ええと……、それは穐月君の言ったように大和守安定だろうね」
「大和守安定か……」
沖田はその刀を相当気に入ったらしく、刀を傾けたり、日に当てて反射する光を眺めている。
やがて、その刀を鞘へと納めーー。
「いいですね、この刀。僕、これにします。」
「よかったよかった。トシさんも選んだ甲斐があるというものだよ。それじゃあ、他の刀は返してくるとするかね」
そういうと、井上は選ばれなかった刀をまとめるとその場を後にしたのだった。
「源さん……この刀がいくらするか知ってるのかな?」
『どうだろう』
「近藤さんや土方さんに売るつもりで持ってきた刀じゃないのかなぁ」
『手違いの可能性もあるけどね。他の中でも群を抜いて値の張る代物なのは知ってる人ならわかることだけど』
「新選組一番組組長が差しててもおかしくない刀だね」
『今日、この刀が総司のところにきたのは何か意味のあることなのかもね』
「うん。そうだと思う」
沖田はそう言ったあと、嬉しそうに大和守安定を見下ろした。
ただ、懸念されるのは新選組に買う予算があるのかということ。
すると、焦った様子の足音が、こちらへと近づいてくる。
まさかとは思っていたが案の定土方だった。
「あっ、土方さん。僕の次の刀、決まりましたよ。これにします」
「何を寝ぼけたこと言ってやがる!そんな高い刀、買えるわけねえだろうが!」
井上から話を聞いたらしい土方が血相を変えながら叫ぶ。
「そんな事言われても、気に入っちゃったんですけど」
「別の刀にしろ。後で、刀屋に文句を言ってやる」
「向こうの手違いが原因なんですから、値引きしてもらえばいいんじゃないですか?」
「てめえ、その刀がいくらするのか知ってるのか!?値引きっつったって、限度があるだろうが!」
「だったら、足りない分は自分で出しますから、給金を前借りさせてください」
「前借りって、おまえな……!ようやく会津から給金が出るようになったばっかりだろうが!」
「新選組の一番組組長が変な刀を差すわけにはいかないでしょう?……自分は、会津藩から和泉守兼定をもらってるくせに」
「それとこれとは別問題だろうが!」
あまりの怒声に思わず耳を塞ぐ鶴姫。
沖田と土方は両者一歩も譲らず言い合いを続けている。
『……ひ、土方さん。私からもお願いします。池田屋では刀だけでなく様々な怪我もしています。どこ所属ともわからぬ輩と対峙もしています……半端物よりもそれなりの物が必要かと。それに、大和守安定をとても気に入られているようですので。刀は巡り合わせです。気に入った刀を手放し、他の刀にすれば必ず後悔が残ると思います』
「駄目なもんは駄目だ!そんなに欲しけりゃ、自分で買えばいい」
鶴姫は困り果てて沖田の方を振り返る。
すると沖田が反論する。
「つまり土方さんは一度選んだことを取り消せっていうんですね。武士に二言はないって言葉がありますけど、今のって士道不覚悟っていうんじゃないかなぁ」
『総司……!』
「まあ、土方さんがどうしても駄目だって言うんならしょうがないですけど。後で、近藤さんに話を聞いてもらおうっと。せっかく、近藤さんの虎徹に似た刀を差せると思ったのに残念です……って。近藤さんって優しいから、こんな話を聞いたら【安定ぐらい俺が買ってやる!】って言ってくれるでしょうけど」
確かに近藤さんならきっとそう言うだろう。
「ぐぬぬぬぬ……!予算以上にかかっちまった金は、おまえの給料からさっ引くからな!」
土方はそう言い残し、肩を怒らせてその場を後にした。
『こ、怖かった……』
「めでたしめでたし、ってところかな。鶴姫ちゃん、協力してくれてありがとね」
『大したことは。私も今のこの子達に出会って手放せと言われたら同じことをすると思うし』
「それでも、さっきああ言ってくれたのは嬉しかったよ」
『ふふ。』
沖田は本当に嬉しそうだった。
さらに数日後。
鶴姫が屯所の門の前を掃除しているとーー。
「あれ、鶴姫ちゃん。掃除してるの?」
『うん。気になっちゃったから』
「精が出るね。今日は巡察について来ないんだよね」
『うん。少しほかの頼まれ事もしていて。気をつけて行ってきてね』
「僕が不逞浪士なんかに負けるわけないじゃない」
そう自信たっぷり言う沖田の腰にはあの大和守安定があった。
「それじゃ行ってくるから、留守番お願いね」
『行ってらっしゃい』
沖田は颯爽とした足取りで、一番組の隊士を率いて歩いていく。
大和守安定を差してからの沖田は毎日すごく嬉しそうだ。
あんなに嬉しそうな様子を見ていると、自分も刀たちとの巡り合わせを今まで以上に大事にしようと思うのだった。
多少なりとも沖田の力になることが出来た嬉しさと、巡り合わせの現場に立ち会えた嬉しさ。
鶴姫はそれらの嬉しさを胸に今日も今日とて仕事に精を出すのだった。
To be continued