入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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今日は原田の十番組に同行している鶴姫。
基本沖田の小姓として生活しているが、時たまこうして他の隊の巡察に参加して情報を集めることになっている。
事件後、畿内には浪士弾圧の法令が次々と出された。
京の長州屋敷に対しては、留守居役と添役の他は浪士など潜伏人が滞在することを禁じている。
逮捕者の中には、池田屋にいなかったものも含まれる。関係者などだ。
それだけ町の情報が変われば、向こうも何かしらの動きを見せるかもしれないとふんでのことだ。
ふと顔をあげて道の先を見ると、見慣れた羽織姿がこちらへ手をふっている。
『永倉組長!』
永倉は十番組とは別の道順で京を巡察していた。
「よう、龍之介、千鶴ちゃん!親父さんとお兄さんの情報、なんか手に入ったか?」
幹部たちは鶴姫と千鶴を隊士の前では男として扱っている。
永倉の問いに鶴姫と千鶴はふるふると首を横に振る。
『今日はまだ何も。そこらへんの石のように一杯あればいいんですが…』
「……んなくらい顔すんなって!今日がダメでも明日がある。そうだろ?」
『そうですね』
「で、新八。そっちはどうだ?なにか異常でもあったか?」
「いんや、なにも。……けど、やっぱり町人たちの様子が忙しねぇな」
そう言われてみると、と鶴姫と千鶴は確かに町の人たちの様子がおかしいことに気づく。
なんだがそわそわしているようだ。
『引っ越しの準備をしている人も多いみたいですね』
「戦火に巻き込まれまいと、京から避難し始めてるってことか」
『そうなんですね…』
「長州のやつらが京に集まってきてんだよ。その関係で俺らも警戒強化中ってわけだ。とくにまだ動ける隊士が少ないから、龍之介にも巡察に同行してもらってるしな」
「池田屋の件で長州を怒らせちまったからな」
『古高も捕まって仲間からも犠牲者がでたら……』
長州はまたなにかを起こそうとしているってことだな、と鶴姫は重ねて言った。
新選組は京の治安を守るために戦っている。
あの池田屋事件でも、長州の過激浪士たちから京の都を守りきった。
しかし、京の人々は新撰組にいい感情を持っていない。
なぜだか池田屋事件のあとでさえ、長州の見方をする町人が絶えないらしい。
もちろん、新撰組の評価も以前よりは高くなっているだろう。
上の話でいえば、池田屋事件前から長州征伐の話が持ち上がっている。
近々遂行される日が来るだろう。
「京の人間は幕府嫌いだから仕方ねぇって」
『天皇の京、幕府の江戸……って感じでしょうか。とくにペリーが来航して海外勢力が日本に来るようになってから、幕府の衰退が目立つようになってきてるって騒がれてますし』
「まあ、そんなとこだろうな。どちらにせよ俺たちは俺たちの仕事をする。長州の連中が京に来ても追い返すだけさ」
「長州と戦……か。もしかすると近いうちに、上から出動命令が出るかも知れねぇな」
『正式に幕府の一部隊として参加することになるかもしれないのですか』
「そんな機会、滅多にないだろうな。龍之介はほぼ確実に出されるだろうが、せっかくだからお前も出てみるか?」
『ええ?!』
このように驚きながらも、池田屋のときのように、なにか手伝えれば。
鶴姫はそう考えていた。
だが、池田屋の傷が治りきっていない人たちも屯所で留守番をするのだろう。
『俺は留守番します』
「珍しいな!」
『沖田組長がまだ動けないんです。かわりに千鶴を出してやってください』
巡察帰り。鶴姫は千鶴に事の流れを話して聞かせた。
千鶴は少し考えた後、参加することに決めた。
──数日後
「失礼します」
『お茶の準備ができましたので、お持ちしました』
二人はお盆を手に広間に入った。
千鶴がお盆に載せているのは、幹部全員分のお茶だ。
鶴姫のお盆には粉末状の薬と熱燗の清酒。
薬は石田散薬といって、土方の生家で作られているものらしい。
お茶は準備に少し手間取ってしまったから冷め気味のものが混じっている。
「すまねえなあ、千鶴ちゃんに鶴姫ちゃん。」
「ありがとう、二人とも。すまんねえ、こんな仕事まで。」
「あ、私なら大丈夫です。皆さんにはお世話になってますし。私は鶴姫さんより、実戦にでてる回数も少ないので」
仕事を与えてもらえる方が、ただ飯くらいよりも気が楽というかとだ。
お茶を一口飲んでから何故か総司は目を細めた。
『……お茶、渋いですか?』
「美味しいよ?これ、鶴姫ちゃんがいれてくれたやつかなって」
『それは私がいれました。それがどうかしましたか?』
「ちょっとぬるいかなって。人数分用意しててぬるくなったんだね」
『すぐ取り換えます』
そういって入れたばかりのものと変えようとすると藤堂が口を開いた。
「いいって。俺、ぬるいほうが好きだな。すぐに飲めるし……な、一君!」
「う……うむ。そうだな。こうも暑い日は、ぬるめの茶もいいかもしれん」
『ありがとうございます。これはまだ温かいのでこちらをどうぞ』
「穐月、薬は総司と平助に渡してやってくれ。……それから山南さんにもだ」
すると山南は意外そうに目を瞬いた。
「おや、私も飲むんですか?私の傷はもう塞がっていますよ?」
「試してみましょうよ、山南さん。この薬って何にでも効くらしいですから」
総司がとりなすように言うと、山南は諦めたように薬へ手を伸ばす。
実際のところ、山南の傷はほとんど治りかけている。
だが、その左腕は思うように動かないままである。
もう元通りになおることはないと、みんなも薄々感じているようだった。
「石田散薬は熱燗で呑むのが粋だよな。羨ましいぞ、お前ら!」
「羨ましいなら呑めばいいじゃん。新八っつぁんだって本当は怪我人だろ?」
永倉も池田屋で負傷したが、本人は既に完治済みと主張していた。
今から主張を変えても出しはしないが、その傷口はまだ少し痛々しい。
しかし、永倉は普段通りに稽古をしたり巡察をしたりする。
沖田や藤堂達に比べれば大した傷じゃないと土方から説得されたらしい。
「しかし藤堂くんと総司が怪我して帰ってくるとはなあ……。穐月くんも、少し怪我をしているし」
『私は大丈夫ですよ。瞳に痛み程度、怪我になりません。』
「俺が怪我したのは池田屋が暗かったから!普段の戦いなら遅れはとらないって!横合いから急に殴られたんだよ。おかげで鉢金なんて真っ二つだしさ」
「拳で鉢金を割る、か。ずいぶんと豪気なやつがいるもんだ」
ぶつぶつと藤堂が呟く様を見て、原田がおかしげに笑っていた。
「他に、総司と鶴姫ちゃんから逃げ切ったやつもいたしな」
永倉から水を向けられて、沖田は静かに微笑んで見せた。
「……次があれば絶対逃がしませんよ。次に勝つのは僕ですから」
みんなそれぞれ池田屋の思い出を語る。
しかし、斎藤だけは沈黙を貫いていた。
『斎藤さん、どうかしましたか?』
「総司らを負傷させるほどの実力者が、あの夜、池田屋にいた理由を考えていた。長州の者ではないといったそうだが、池田屋も人払いはしていたはずだ」
『確かにそうですね。そうすると…同じ目的をもった人物…今の時期に長州に手を貸すとなると…』
「それか池田屋の人間と浪士達の目を盗み、何らかの目的で侵入したのだろう。目的は違えども、行動を共にしていたのか……」
『新選組が突入するよりも早くから、その二人は池田屋に潜んでいた…ということでしょうか』
「……今、確実にわかるのはやつらが相当の実力者だということだけだ」
斎藤が静かな声でささやいたとき
スッとふすまが開いて、近藤が顔を出し朗々とした声を張り上げる。
「会津藩から伝令が届いた。長州の襲撃に備え、我ら新選組も出陣するよう仰せだ。只今より、我ら新選組は総員出陣の準備を開始する」
おお、と歓喜の声が広間に響いた。
「ついにきたか!待ちかねたぜ!」
「残念だったな、平助。怪我人はさすがに不参加だよな?」
「えー!?でも、せっかくの晴れ舞台だし!」
藤堂は微かな望みを託すように、土方へ視線を向けた。
「不参加に決まってんだろ。おとなしく屯所の守備に就きやがれ」
まあ当然のように一刀両断された。
「うっわ……。土方さん鬼!この鬼副長ー!」
「なんだ、そりゃほめてんのか?簀巻きにされたくなきゃ黙ってろ」
『平助の文句がピタリと収まった…』
だが、土方なら本気で簀巻きにしかねない。
「ついに会津藩も、我らの働きをお認めくださったのだなあ」
これを聞くに、会津藩から直々の要請が届くというのは、やはりそれだけ重大なことなのだろう。
しかし、浮き立つ皆とは対照的に土方は苦い顔をしている。
「はしゃいでる暇はねえんだ。てめえらも、とっとと準備しやがれ。ったく。……。てめえの尻に火がついてから俺らを召喚しても後手だろうがよ」
土方は吐き捨てるように愚痴をこぼす。
それもそのはずだ。どうせ手助けが必要になるなら、早い段階で声をかければよいものを。
「怪我人は足手まといなんですよ。沖田くんと藤堂くんは、素直に屯所で待機しましょう。不服でしょうが、私もご一緒しますので」
山南さんは苦笑い混じりに、なんだか自虐的なことをいう。
そして、軽く左腕をさすって目を伏せた。
藤堂はしょんぼりと肩を落とした。
「君たちの負傷が癒えていないように、私の腕も思うように動きませんから」
『………』
「傷が残ってる訳じゃないですけどね、僕の場合。でも仕方ないから諦めますよ。参加したいけど、たしかに本調子じゃないし」
沖田は、山南の自嘲をさらりと受け流し外に涼みに出た。
『そうなると私も屯所待機でしょうか』
「ああ。平助と総司が駄々をこねんよう、見張っておいてくれ」
『わかりました』
「俺だって別にたいした怪我じゃないんだけど。近藤さん達が過保護すぎるんだって」
藤堂に関してはぶつぶつと不満を口にする。
山南の言葉を気にしたようすがないのは、気っとなれてしまったからだ。
「大した怪我じゃないとか嘘吐くなよ。昨日も傷口に薬塗られて悲鳴あげてただろ」
「うわ、そういうこという!?左之さんは武士の情けとかないの?!」
「けど、本当のことだろ?」
「……せめて女の子の前では黙っててくれたっていいじゃん」
ちらりと藤堂はこちらを見る。
「…あ、別に大丈夫だよ?」
『痛いものは痛いし、ゆっくり治そうよ』
前髪でうまくかくれてはいるが、額の傷跡はとても痛々しい。
そのとき、不意に永倉が口を開いた。
「そういえば、千鶴ちゃん。もし新選組が出陣することになったら、一緒に参加したいとか言ってたよな?」
「……え?でも、あの……」
そう簡単に参加できるものじゃないのは、ちゃんとわかってたつもりだ。
下手なことをいってみんなを困らせたくなくて、千鶴はすぐに否定の言葉を探していた。
「おお、そうだな。こんな機会は二度とないかもしれん。」
「──えっ!?」
何故か近藤はあっさりと賛成した。
それに対して藤堂も羨ましそうに声をあげる。
「え……千鶴が行くなら、俺も行ったほうがいいんじゃないか?」
「けがが治ってないんだろ?屯所で留守番しとけって」
「よかったじゃねえか、雪村」
「本当にいいんですか?」
戸惑う千鶴を見た土方と山南は呆れたような溜息を吐いた。
「今度も無事で済む保証はどこにもねえんだ。お前も屯所でおとなしくしてろ」
「君は新選組の足を引っ張るつもりですか?遊びで同行していいものではありませんよ」
『……それは彼女が迷惑をかけなければいいということに聞こえますが』
「俺もそう思います」
鶴姫が思わず口にした言葉に斎藤も同調する。
千鶴は思わぬ助け舟に驚いていたが、山南はそれ以上に驚いていた。
「穐月君の意見はともかく、斎藤君迄彼女を参加させたいというつもりですか?」
確かめるように山南が尋ねれば、斎藤は首を緩く左右に振った。
「彼女は池田屋において、我々新選組の助けとなりました。働きのみを評価するのであれば、一概に足でまといとも言えないかと」
そう斎藤が言うと近藤もうなずいて答える。
「よし、わかった!君の参加に関しては俺が全責任を持とう。もちろん同行を希望するのであれば、だが」
「私は……」
「戦場に行くんだってわかってるなら、あとは君の好きにせればいいと思うよ」
「私は──皆さんと一緒に参加したいです」
「うわ。いいなあ、千鶴。折角だし俺の分まで活躍してきてよ」
「──か、活躍っ!?」
持ち上げられて動揺する千鶴を見て、土方は呆れたようなため息を吐いた。
「さっきも言ったが、今度も無事で済む保障はねえぞ」
みんなが出ていくと、屯所は急に静まり返った。
今も屯所に残っているのは数えるほどの隊士のみ。
『……留守番とは言ったものの、何をすればいいのか』
一般の隊士達と会っても、実戦に出ている自分なら出ても大丈夫と考えた鶴姫。
『そういえば……二人を見張っておいてくれと言われたんだった。総司なら中庭にいるかな』
大広間から出ていくときに、涼んでくると言っていた。
あれだけの怪我をしていたのだから、心配である。
弱っている身体を冷たい空気に長時間さらし続けるのはよくないからだ。
『それから、平助と山南さんは何をしているのかな。それも確認しないと』
藤堂は留守番が不満そうだったし、山南は最近ピリピリし続けている。
沖田とは違う意味であの二人も心配だ。
とにかく、先に中庭にいってみることにした。
行ってみると真夏の昼間だというのに、今日の風は驚くほど涼しかった。
中庭はとても過ごしやすい空間になっている。
『総司ー』
沖田を探して辺りを見回す鶴姫。
すると、木陰に座り込んでぼんやりと夏空を見上げていた。
鶴姫もつられて空を見上げる。
青い空を、白い雲が流れていく。
こんな風に空を見たのは、少し久しぶりかもしれないと鶴姫は思った。
深く深呼吸をして、沖田へと視線を戻しうとした。
しかし
『近い…と思うのですが……』
何故か沖田は既に鶴姫の目の前にいた。
思わず硬直した鶴姫を見て、沖田はわずかに首をかしげた。
「僕のことなら心配しなくていいよ?屯所を脱走する予定とか、別にないから」
『そういう心配をしてるのではありません…』
「ふぅん?いいけどね。でもそれ、違う心配はしてたってこと?」
『体調が万全ではないときにあまり長く外にいるのはよくありません』
そう言うと、なるほどと沖田は納得したように目を瞬く。
「心配してくれてたんだ?ありがと。風に当たるのはほどほどにして部屋に戻るよ」
最初の頃と比べると鶴姫の中で沖田の印象は変わっていた。
意地悪な人だと思っていたが、心配した自分にお礼をいってくれるとは意外である。
そして、そこで会話は途切れた。
『怪我、早く治るといいですね』
「刀傷じゃないしね。治るのは早いと思う。……だから、僕は大丈夫なんだけど」
明るい話題のはずであるが、沖田の表情は何故か晴れない。
『山南さんのこと……?』
ただ笑うだけでなにも答えない沖田。
違うのと聞けば"君って、ちょっとへんだよね"と言われた。
『これが私です』
「そうだね。でも、僕のことなんて、心配する必要ないのにさ。怪我をしたのは僕の自業自得なんだから。それに、僕を守りに入った鶴姫ちゃんまで怪我したんだよ。」
『自業自得って……精一杯戦場を駆け抜け戦ったんじゃないですか。それに、私は大丈夫ですよ』
「僕よりも鶴姫ちゃんの方が心配だね」
『え…?』
どういう…?と思い総司に目を向けるが、総司は再び空を見上げた。
「今日の空、綺麗だよね」
『はい。とても綺麗です』
そして鶴姫も同じように空を見上げる。
真夏の陽射しはさんさんと二人に降り注ぐ。
ポツリポツリと散らばった白い雲は、涼やかな風に押されて空を流れていく。
この頃、土方達はというと新選組が要請を受けたとの通達は受けていないと追い返されていた。
昔、似たようなことが八月十八日の政変でもあったらしい。
そして所司代の連中では話にならないため、奉行所を離れ会津藩と合流することになる。
新選組は会津藩の陣営を探しに移動し始め、一行が九条河原にたどり着いたのはもう日がくれかけた刻限になってからだ。
奉行所への連絡不備について報告し、どのように動けばいいのかを尋ねたのだ。
すると会津藩邸の役人は、この九条河原へ向かうように告げたのだ。
しかし、会津藩士さえ新選組を見て首をかしげた。
そんな扱いに永倉は堪忍袋の緒が切れ、藩士を捲し立てた。
言葉に詰まった藩士に、近藤は大らかな笑顔と共に口を開いた。
「陣営の責任者と話がしたい。上に取り次いでいただけますかな?」
そして、一行は九条河原で待機することが許された。
今後の動きについて、会津側との相談を終えた局長達は物凄く疲れた顔をしていた。
その話し合いに同席していた井上も疲れたように苦笑いした。
「どうやらここの会津藩兵たちは主戦力じゃなくただの予備兵らしい。会津藩の主だった兵達は蛤御門のほうを守っているそうだ」
千鶴は驚いてして目を瞬いた。
つまりは新選組も予備兵扱いということで、予備を使う必要さえなければ新選組に出番は来ないという意味だ。
「屯所にきた伝令の話じゃあ、一刻を争う事態だったんじゃねぇのか?」
「状況が動き次第、即座に戦場へ馳せる。今の俺たちにできるのは、それだけだ」
「今は……待つしかないんですかね」
突然の夜襲も起こりうる。
今夜は一晩中、気が抜けなさそうだと考えた千鶴。
そして、新選組は緊張状態で夜を明かすことになる。
夜が明けると、夜と同じく厳しい顔をしたままで警戒は続けられていた。
そして……
「っ!?」
明け方の空に、砲声が響き渡る。
遠くの町中から争う人々の声が聞こえる。
同時に新選組の隊士達は互いに顔を見合わせるとうなずきあった。
だが、駆け出そうとしたときに会津藩士は新選組を止めにはいる。
待機を命じられているのだから持ち場を動くなということだろう。
そのとき、行軍の最中あまり怒らなかった土方は「てめえらは待機するために待機してんのか?御所を守るために待機してたんじゃねえのか!長州の野郎共が攻め込んできたら、援軍に行くための待機だろうが!」と発した。
なお出動命令が出ていないといいはる藩士たちに、「自分の仕事に一欠片でも誇りがあるなら、てめえらも待機だ云々言わずに動きやがれ!」といい放ち、風を切るように一行は歩み始めた。
場所は敵が確実にいる蛤御門。
一行が蛤御門についたとき、激しい戦闘を予想していた千鶴は目の前の光景に間抜けな声を漏らした。
蛤御門には金属のたまが打ち込まれたようで、あちこちに傷が刻まれていた。
御門の周囲には負傷者も倒れていて、辺りには焼けたような臭いまで漂っている。
戦闘は既に終わったと見て良さそうだ。
朝方、蛤御門へ押し掛けた長州勢は会津と薩摩の兵力により退けられた模様。
会津と薩摩の大勢の兵で守られた蛤御門。ゆえになすすべもなく長州勢は撤退したとのこと。
そして、残っている長州の浪士が天王山に向かっているらしい。
公家御門には原田、斎藤と山崎は状況の確認を士予定通りに蛤御門の守備に当たることになった。
天王山に向かったやつら以外にも敗残兵はいる。
商家に押し借りしながら落ち延びる可能性がある。
追討するなら土方も京を離れることになるため、その許可をもらうために近藤は上層部と話し合いをする。
その近藤が暴走しないように井上が見張りとしてついていくことになった。
そして残りは天王山に向かい、千鶴もそこへ。
天王山へ向かう途中、新選組の前にとある人影が立ちふさがった。
これが新選組の運命を変えることになる。
to be continued
基本沖田の小姓として生活しているが、時たまこうして他の隊の巡察に参加して情報を集めることになっている。
事件後、畿内には浪士弾圧の法令が次々と出された。
京の長州屋敷に対しては、留守居役と添役の他は浪士など潜伏人が滞在することを禁じている。
逮捕者の中には、池田屋にいなかったものも含まれる。関係者などだ。
それだけ町の情報が変われば、向こうも何かしらの動きを見せるかもしれないとふんでのことだ。
ふと顔をあげて道の先を見ると、見慣れた羽織姿がこちらへ手をふっている。
『永倉組長!』
永倉は十番組とは別の道順で京を巡察していた。
「よう、龍之介、千鶴ちゃん!親父さんとお兄さんの情報、なんか手に入ったか?」
幹部たちは鶴姫と千鶴を隊士の前では男として扱っている。
永倉の問いに鶴姫と千鶴はふるふると首を横に振る。
『今日はまだ何も。そこらへんの石のように一杯あればいいんですが…』
「……んなくらい顔すんなって!今日がダメでも明日がある。そうだろ?」
『そうですね』
「で、新八。そっちはどうだ?なにか異常でもあったか?」
「いんや、なにも。……けど、やっぱり町人たちの様子が忙しねぇな」
そう言われてみると、と鶴姫と千鶴は確かに町の人たちの様子がおかしいことに気づく。
なんだがそわそわしているようだ。
『引っ越しの準備をしている人も多いみたいですね』
「戦火に巻き込まれまいと、京から避難し始めてるってことか」
『そうなんですね…』
「長州のやつらが京に集まってきてんだよ。その関係で俺らも警戒強化中ってわけだ。とくにまだ動ける隊士が少ないから、龍之介にも巡察に同行してもらってるしな」
「池田屋の件で長州を怒らせちまったからな」
『古高も捕まって仲間からも犠牲者がでたら……』
長州はまたなにかを起こそうとしているってことだな、と鶴姫は重ねて言った。
新選組は京の治安を守るために戦っている。
あの池田屋事件でも、長州の過激浪士たちから京の都を守りきった。
しかし、京の人々は新撰組にいい感情を持っていない。
なぜだか池田屋事件のあとでさえ、長州の見方をする町人が絶えないらしい。
もちろん、新撰組の評価も以前よりは高くなっているだろう。
上の話でいえば、池田屋事件前から長州征伐の話が持ち上がっている。
近々遂行される日が来るだろう。
「京の人間は幕府嫌いだから仕方ねぇって」
『天皇の京、幕府の江戸……って感じでしょうか。とくにペリーが来航して海外勢力が日本に来るようになってから、幕府の衰退が目立つようになってきてるって騒がれてますし』
「まあ、そんなとこだろうな。どちらにせよ俺たちは俺たちの仕事をする。長州の連中が京に来ても追い返すだけさ」
「長州と戦……か。もしかすると近いうちに、上から出動命令が出るかも知れねぇな」
『正式に幕府の一部隊として参加することになるかもしれないのですか』
「そんな機会、滅多にないだろうな。龍之介はほぼ確実に出されるだろうが、せっかくだからお前も出てみるか?」
『ええ?!』
このように驚きながらも、池田屋のときのように、なにか手伝えれば。
鶴姫はそう考えていた。
だが、池田屋の傷が治りきっていない人たちも屯所で留守番をするのだろう。
『俺は留守番します』
「珍しいな!」
『沖田組長がまだ動けないんです。かわりに千鶴を出してやってください』
巡察帰り。鶴姫は千鶴に事の流れを話して聞かせた。
千鶴は少し考えた後、参加することに決めた。
──数日後
「失礼します」
『お茶の準備ができましたので、お持ちしました』
二人はお盆を手に広間に入った。
千鶴がお盆に載せているのは、幹部全員分のお茶だ。
鶴姫のお盆には粉末状の薬と熱燗の清酒。
薬は石田散薬といって、土方の生家で作られているものらしい。
お茶は準備に少し手間取ってしまったから冷め気味のものが混じっている。
「すまねえなあ、千鶴ちゃんに鶴姫ちゃん。」
「ありがとう、二人とも。すまんねえ、こんな仕事まで。」
「あ、私なら大丈夫です。皆さんにはお世話になってますし。私は鶴姫さんより、実戦にでてる回数も少ないので」
仕事を与えてもらえる方が、ただ飯くらいよりも気が楽というかとだ。
お茶を一口飲んでから何故か総司は目を細めた。
『……お茶、渋いですか?』
「美味しいよ?これ、鶴姫ちゃんがいれてくれたやつかなって」
『それは私がいれました。それがどうかしましたか?』
「ちょっとぬるいかなって。人数分用意しててぬるくなったんだね」
『すぐ取り換えます』
そういって入れたばかりのものと変えようとすると藤堂が口を開いた。
「いいって。俺、ぬるいほうが好きだな。すぐに飲めるし……な、一君!」
「う……うむ。そうだな。こうも暑い日は、ぬるめの茶もいいかもしれん」
『ありがとうございます。これはまだ温かいのでこちらをどうぞ』
「穐月、薬は総司と平助に渡してやってくれ。……それから山南さんにもだ」
すると山南は意外そうに目を瞬いた。
「おや、私も飲むんですか?私の傷はもう塞がっていますよ?」
「試してみましょうよ、山南さん。この薬って何にでも効くらしいですから」
総司がとりなすように言うと、山南は諦めたように薬へ手を伸ばす。
実際のところ、山南の傷はほとんど治りかけている。
だが、その左腕は思うように動かないままである。
もう元通りになおることはないと、みんなも薄々感じているようだった。
「石田散薬は熱燗で呑むのが粋だよな。羨ましいぞ、お前ら!」
「羨ましいなら呑めばいいじゃん。新八っつぁんだって本当は怪我人だろ?」
永倉も池田屋で負傷したが、本人は既に完治済みと主張していた。
今から主張を変えても出しはしないが、その傷口はまだ少し痛々しい。
しかし、永倉は普段通りに稽古をしたり巡察をしたりする。
沖田や藤堂達に比べれば大した傷じゃないと土方から説得されたらしい。
「しかし藤堂くんと総司が怪我して帰ってくるとはなあ……。穐月くんも、少し怪我をしているし」
『私は大丈夫ですよ。瞳に痛み程度、怪我になりません。』
「俺が怪我したのは池田屋が暗かったから!普段の戦いなら遅れはとらないって!横合いから急に殴られたんだよ。おかげで鉢金なんて真っ二つだしさ」
「拳で鉢金を割る、か。ずいぶんと豪気なやつがいるもんだ」
ぶつぶつと藤堂が呟く様を見て、原田がおかしげに笑っていた。
「他に、総司と鶴姫ちゃんから逃げ切ったやつもいたしな」
永倉から水を向けられて、沖田は静かに微笑んで見せた。
「……次があれば絶対逃がしませんよ。次に勝つのは僕ですから」
みんなそれぞれ池田屋の思い出を語る。
しかし、斎藤だけは沈黙を貫いていた。
『斎藤さん、どうかしましたか?』
「総司らを負傷させるほどの実力者が、あの夜、池田屋にいた理由を考えていた。長州の者ではないといったそうだが、池田屋も人払いはしていたはずだ」
『確かにそうですね。そうすると…同じ目的をもった人物…今の時期に長州に手を貸すとなると…』
「それか池田屋の人間と浪士達の目を盗み、何らかの目的で侵入したのだろう。目的は違えども、行動を共にしていたのか……」
『新選組が突入するよりも早くから、その二人は池田屋に潜んでいた…ということでしょうか』
「……今、確実にわかるのはやつらが相当の実力者だということだけだ」
斎藤が静かな声でささやいたとき
スッとふすまが開いて、近藤が顔を出し朗々とした声を張り上げる。
「会津藩から伝令が届いた。長州の襲撃に備え、我ら新選組も出陣するよう仰せだ。只今より、我ら新選組は総員出陣の準備を開始する」
おお、と歓喜の声が広間に響いた。
「ついにきたか!待ちかねたぜ!」
「残念だったな、平助。怪我人はさすがに不参加だよな?」
「えー!?でも、せっかくの晴れ舞台だし!」
藤堂は微かな望みを託すように、土方へ視線を向けた。
「不参加に決まってんだろ。おとなしく屯所の守備に就きやがれ」
まあ当然のように一刀両断された。
「うっわ……。土方さん鬼!この鬼副長ー!」
「なんだ、そりゃほめてんのか?簀巻きにされたくなきゃ黙ってろ」
『平助の文句がピタリと収まった…』
だが、土方なら本気で簀巻きにしかねない。
「ついに会津藩も、我らの働きをお認めくださったのだなあ」
これを聞くに、会津藩から直々の要請が届くというのは、やはりそれだけ重大なことなのだろう。
しかし、浮き立つ皆とは対照的に土方は苦い顔をしている。
「はしゃいでる暇はねえんだ。てめえらも、とっとと準備しやがれ。ったく。……。てめえの尻に火がついてから俺らを召喚しても後手だろうがよ」
土方は吐き捨てるように愚痴をこぼす。
それもそのはずだ。どうせ手助けが必要になるなら、早い段階で声をかければよいものを。
「怪我人は足手まといなんですよ。沖田くんと藤堂くんは、素直に屯所で待機しましょう。不服でしょうが、私もご一緒しますので」
山南さんは苦笑い混じりに、なんだか自虐的なことをいう。
そして、軽く左腕をさすって目を伏せた。
藤堂はしょんぼりと肩を落とした。
「君たちの負傷が癒えていないように、私の腕も思うように動きませんから」
『………』
「傷が残ってる訳じゃないですけどね、僕の場合。でも仕方ないから諦めますよ。参加したいけど、たしかに本調子じゃないし」
沖田は、山南の自嘲をさらりと受け流し外に涼みに出た。
『そうなると私も屯所待機でしょうか』
「ああ。平助と総司が駄々をこねんよう、見張っておいてくれ」
『わかりました』
「俺だって別にたいした怪我じゃないんだけど。近藤さん達が過保護すぎるんだって」
藤堂に関してはぶつぶつと不満を口にする。
山南の言葉を気にしたようすがないのは、気っとなれてしまったからだ。
「大した怪我じゃないとか嘘吐くなよ。昨日も傷口に薬塗られて悲鳴あげてただろ」
「うわ、そういうこという!?左之さんは武士の情けとかないの?!」
「けど、本当のことだろ?」
「……せめて女の子の前では黙っててくれたっていいじゃん」
ちらりと藤堂はこちらを見る。
「…あ、別に大丈夫だよ?」
『痛いものは痛いし、ゆっくり治そうよ』
前髪でうまくかくれてはいるが、額の傷跡はとても痛々しい。
そのとき、不意に永倉が口を開いた。
「そういえば、千鶴ちゃん。もし新選組が出陣することになったら、一緒に参加したいとか言ってたよな?」
「……え?でも、あの……」
そう簡単に参加できるものじゃないのは、ちゃんとわかってたつもりだ。
下手なことをいってみんなを困らせたくなくて、千鶴はすぐに否定の言葉を探していた。
「おお、そうだな。こんな機会は二度とないかもしれん。」
「──えっ!?」
何故か近藤はあっさりと賛成した。
それに対して藤堂も羨ましそうに声をあげる。
「え……千鶴が行くなら、俺も行ったほうがいいんじゃないか?」
「けがが治ってないんだろ?屯所で留守番しとけって」
「よかったじゃねえか、雪村」
「本当にいいんですか?」
戸惑う千鶴を見た土方と山南は呆れたような溜息を吐いた。
「今度も無事で済む保証はどこにもねえんだ。お前も屯所でおとなしくしてろ」
「君は新選組の足を引っ張るつもりですか?遊びで同行していいものではありませんよ」
『……それは彼女が迷惑をかけなければいいということに聞こえますが』
「俺もそう思います」
鶴姫が思わず口にした言葉に斎藤も同調する。
千鶴は思わぬ助け舟に驚いていたが、山南はそれ以上に驚いていた。
「穐月君の意見はともかく、斎藤君迄彼女を参加させたいというつもりですか?」
確かめるように山南が尋ねれば、斎藤は首を緩く左右に振った。
「彼女は池田屋において、我々新選組の助けとなりました。働きのみを評価するのであれば、一概に足でまといとも言えないかと」
そう斎藤が言うと近藤もうなずいて答える。
「よし、わかった!君の参加に関しては俺が全責任を持とう。もちろん同行を希望するのであれば、だが」
「私は……」
「戦場に行くんだってわかってるなら、あとは君の好きにせればいいと思うよ」
「私は──皆さんと一緒に参加したいです」
「うわ。いいなあ、千鶴。折角だし俺の分まで活躍してきてよ」
「──か、活躍っ!?」
持ち上げられて動揺する千鶴を見て、土方は呆れたようなため息を吐いた。
「さっきも言ったが、今度も無事で済む保障はねえぞ」
みんなが出ていくと、屯所は急に静まり返った。
今も屯所に残っているのは数えるほどの隊士のみ。
『……留守番とは言ったものの、何をすればいいのか』
一般の隊士達と会っても、実戦に出ている自分なら出ても大丈夫と考えた鶴姫。
『そういえば……二人を見張っておいてくれと言われたんだった。総司なら中庭にいるかな』
大広間から出ていくときに、涼んでくると言っていた。
あれだけの怪我をしていたのだから、心配である。
弱っている身体を冷たい空気に長時間さらし続けるのはよくないからだ。
『それから、平助と山南さんは何をしているのかな。それも確認しないと』
藤堂は留守番が不満そうだったし、山南は最近ピリピリし続けている。
沖田とは違う意味であの二人も心配だ。
とにかく、先に中庭にいってみることにした。
行ってみると真夏の昼間だというのに、今日の風は驚くほど涼しかった。
中庭はとても過ごしやすい空間になっている。
『総司ー』
沖田を探して辺りを見回す鶴姫。
すると、木陰に座り込んでぼんやりと夏空を見上げていた。
鶴姫もつられて空を見上げる。
青い空を、白い雲が流れていく。
こんな風に空を見たのは、少し久しぶりかもしれないと鶴姫は思った。
深く深呼吸をして、沖田へと視線を戻しうとした。
しかし
『近い…と思うのですが……』
何故か沖田は既に鶴姫の目の前にいた。
思わず硬直した鶴姫を見て、沖田はわずかに首をかしげた。
「僕のことなら心配しなくていいよ?屯所を脱走する予定とか、別にないから」
『そういう心配をしてるのではありません…』
「ふぅん?いいけどね。でもそれ、違う心配はしてたってこと?」
『体調が万全ではないときにあまり長く外にいるのはよくありません』
そう言うと、なるほどと沖田は納得したように目を瞬く。
「心配してくれてたんだ?ありがと。風に当たるのはほどほどにして部屋に戻るよ」
最初の頃と比べると鶴姫の中で沖田の印象は変わっていた。
意地悪な人だと思っていたが、心配した自分にお礼をいってくれるとは意外である。
そして、そこで会話は途切れた。
『怪我、早く治るといいですね』
「刀傷じゃないしね。治るのは早いと思う。……だから、僕は大丈夫なんだけど」
明るい話題のはずであるが、沖田の表情は何故か晴れない。
『山南さんのこと……?』
ただ笑うだけでなにも答えない沖田。
違うのと聞けば"君って、ちょっとへんだよね"と言われた。
『これが私です』
「そうだね。でも、僕のことなんて、心配する必要ないのにさ。怪我をしたのは僕の自業自得なんだから。それに、僕を守りに入った鶴姫ちゃんまで怪我したんだよ。」
『自業自得って……精一杯戦場を駆け抜け戦ったんじゃないですか。それに、私は大丈夫ですよ』
「僕よりも鶴姫ちゃんの方が心配だね」
『え…?』
どういう…?と思い総司に目を向けるが、総司は再び空を見上げた。
「今日の空、綺麗だよね」
『はい。とても綺麗です』
そして鶴姫も同じように空を見上げる。
真夏の陽射しはさんさんと二人に降り注ぐ。
ポツリポツリと散らばった白い雲は、涼やかな風に押されて空を流れていく。
この頃、土方達はというと新選組が要請を受けたとの通達は受けていないと追い返されていた。
昔、似たようなことが八月十八日の政変でもあったらしい。
そして所司代の連中では話にならないため、奉行所を離れ会津藩と合流することになる。
新選組は会津藩の陣営を探しに移動し始め、一行が九条河原にたどり着いたのはもう日がくれかけた刻限になってからだ。
奉行所への連絡不備について報告し、どのように動けばいいのかを尋ねたのだ。
すると会津藩邸の役人は、この九条河原へ向かうように告げたのだ。
しかし、会津藩士さえ新選組を見て首をかしげた。
そんな扱いに永倉は堪忍袋の緒が切れ、藩士を捲し立てた。
言葉に詰まった藩士に、近藤は大らかな笑顔と共に口を開いた。
「陣営の責任者と話がしたい。上に取り次いでいただけますかな?」
そして、一行は九条河原で待機することが許された。
今後の動きについて、会津側との相談を終えた局長達は物凄く疲れた顔をしていた。
その話し合いに同席していた井上も疲れたように苦笑いした。
「どうやらここの会津藩兵たちは主戦力じゃなくただの予備兵らしい。会津藩の主だった兵達は蛤御門のほうを守っているそうだ」
千鶴は驚いてして目を瞬いた。
つまりは新選組も予備兵扱いということで、予備を使う必要さえなければ新選組に出番は来ないという意味だ。
「屯所にきた伝令の話じゃあ、一刻を争う事態だったんじゃねぇのか?」
「状況が動き次第、即座に戦場へ馳せる。今の俺たちにできるのは、それだけだ」
「今は……待つしかないんですかね」
突然の夜襲も起こりうる。
今夜は一晩中、気が抜けなさそうだと考えた千鶴。
そして、新選組は緊張状態で夜を明かすことになる。
夜が明けると、夜と同じく厳しい顔をしたままで警戒は続けられていた。
そして……
「っ!?」
明け方の空に、砲声が響き渡る。
遠くの町中から争う人々の声が聞こえる。
同時に新選組の隊士達は互いに顔を見合わせるとうなずきあった。
だが、駆け出そうとしたときに会津藩士は新選組を止めにはいる。
待機を命じられているのだから持ち場を動くなということだろう。
そのとき、行軍の最中あまり怒らなかった土方は「てめえらは待機するために待機してんのか?御所を守るために待機してたんじゃねえのか!長州の野郎共が攻め込んできたら、援軍に行くための待機だろうが!」と発した。
なお出動命令が出ていないといいはる藩士たちに、「自分の仕事に一欠片でも誇りがあるなら、てめえらも待機だ云々言わずに動きやがれ!」といい放ち、風を切るように一行は歩み始めた。
場所は敵が確実にいる蛤御門。
一行が蛤御門についたとき、激しい戦闘を予想していた千鶴は目の前の光景に間抜けな声を漏らした。
蛤御門には金属のたまが打ち込まれたようで、あちこちに傷が刻まれていた。
御門の周囲には負傷者も倒れていて、辺りには焼けたような臭いまで漂っている。
戦闘は既に終わったと見て良さそうだ。
朝方、蛤御門へ押し掛けた長州勢は会津と薩摩の兵力により退けられた模様。
会津と薩摩の大勢の兵で守られた蛤御門。ゆえになすすべもなく長州勢は撤退したとのこと。
そして、残っている長州の浪士が天王山に向かっているらしい。
公家御門には原田、斎藤と山崎は状況の確認を士予定通りに蛤御門の守備に当たることになった。
天王山に向かったやつら以外にも敗残兵はいる。
商家に押し借りしながら落ち延びる可能性がある。
追討するなら土方も京を離れることになるため、その許可をもらうために近藤は上層部と話し合いをする。
その近藤が暴走しないように井上が見張りとしてついていくことになった。
そして残りは天王山に向かい、千鶴もそこへ。
天王山へ向かう途中、新選組の前にとある人影が立ちふさがった。
これが新選組の運命を変えることになる。
to be continued