入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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これは池田屋事件から一ヶ月程が経ったある日のこと。
蝉の声が耳に突き刺さる、騒がしくも穏やかな夏の日の物語。
これは、七月になって夏も盛りとなり、うだるような暑さが続いていた日々の最中のことーー。
『沖田隊長、おられますか』
「何だ、鶴姫ちゃんまた来たんだ?」
『あの……周りに誰がいるかも分からないのに名前で呼ばないでください』
「気配くらいちゃんと読んでるよ」
『それに、私がここに来たのは池田屋の怪我の具合が心配だからです。小姓でもあるわけですし、体調の健康管理も仕事のうちかと』
「あの事件から、もう一ヶ月たってるんだよ?怪我なんてとっくに治っちゃったって」
『内臓の怪我は見た目だけでは分かりませんよ』
すると沖田はからかうような目で鶴姫を見つめてくる。
「そんなこと言っちゃって本当は、僕の身体を見たいだけじゃないの?」
ある程度予想のつく返事に笑いが込上げる。
『ふざけたこと言わないでください』
「あれ、違うの?いつも、すごく熱心に僕を見てるじゃない」
『誤解を招きます。熱心に見ていたのはあくまでも治療のためです』
「本当に?顔が赤いけど。隠さなくてもいいんだよ」
『隠してません!もう、いい加減にしてください』
「鶴姫ちゃんって変な子だけど素直で可愛いところも多いよね」
沖田の悪い冗談はいつもの事だが、最近はその頻度も増している。
それに池田屋事件以降、沖田との距離が近くなっている気がした。
「ねぇ、そろそろその話し方辞めない?」
『なぜですか?』
「極端に仲悪いわけじゃないし」
『そのような程度で…』
「僕は構わないよ」
いつでも斬ると言いながらお近付きになりたいとでもいうのか。
沖田はしきりに鶴姫との距離を近づけたがる。
『じゃ、こんな感じで接したらいい?』
「そうそう。よく出来ました。それで?僕の怪我はもう治ったの?」
『問題はないと思うよ。食欲や身体の調子はどう?自分で何か気になることとかある?』
「特にないかな。僕、元々そんなに沢山食べる方じゃないし」
『それならいいんだけど……』
目視する限り体調も悪くないみたいである。
ほとんど治ったと考えて良さそうだ。
毎日怪我の様子を診るのが日課の一つになってきたが、もうこれからは必要ないのかもしれない。
「僕の怪我が治っちゃって残念?」
『残念とは……?僕に会いに来る口実がなくなって残念だねという意味なら小姓である私には通用しないよ』
「手厳しいなぁ。僕に気があるのなら巡察に連れていく回数増やしてあげようと思ったのに」
『もう巡察に出るつもり?!』
「だからそう言ってるじゃない」
『……途中で体調が悪くなった場合は直ぐに報告してね。だいぶ治ったとはいえ、まだまだ油断は禁物なんだから』
「だから、大丈夫だって。君って土方さんみたいだよね」
『……喜んでいいのかな』
怪我についてかなりうるさく言ったから、小姓とはいえ沖田に煙たがられているだろうことは想像していた。
だが、まさか土方に似ていると言われるとは思ってもいなかった鶴姫。
どう反応したらいいか困り返事出来ずにいた。
「あれ、もしかして土方さんと似てるって言われるの、嫌なの?」
『そんなことはないけど……』
「そんなことはないけれど、嫌なんだ?」
『私は嫌だなんて一言も言ってないよ。勝手に言葉をつけ加えない』
沖田は本当に悪ふざけが好きな人。
それに何度も振り回されてきたけれど、思わぬ方向から来ることもあるから油断出来ない。
池田屋事件からそれほどに間が空いていないためか……。
町の人たちも新選組を警戒している様子で、雰囲気が物々しい。
沖田の体調に配慮してか、彼は今日、隊列の先頭ではなく最後尾──鶴姫の隣を歩いている。
多分他の隊士に鶴姫のことを勘繰られないように気をつかっているのかもしれない。
『沖田組長、身体の調子はどうですか?』
「平気だって。君、本当に心配性だよね」
『それならいいのですが、この暑さですから、くれぐれも無理はしないでくださいね』
小さい声で話しかける。
他の隊士に病み上がりで無理やり動いてることが伝わるのは少し避けたかった。
にしても今日は本当に暑い。
隊服を来ている隊士に比べれば、鶴姫が味わっている暑さなどどうってことないだろうけれど。
暑さで倒れることもありうることから、途中で休憩を取った方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら巡察を続けていると、沖田が言う。
「……この辺で少し休憩とろうか。今日、暑いし」
『はい』
体調は悪くないと言っていたが、この暑さの中長時間歩き続けるのは、怪我が治ったばかりの沖田にとっては酷だったのかもしれない。
沖田の一声で皆もその場で休憩となった。
「龍之介、僕、ちょっと聞き込みしてくるから、他のみんなとここで待ってて」
『俺も一緒に行きます』
「いいよ、すぐ終わるし」
沖田はそう言い残して隊列から離れてしまう。
『なんかあるのかな』
鶴姫を遠ざけたということは聞き込みの最中に刀を振るうことになるかもしれないということ。
いくら沖田でも怪我が治ったばかりだというのに、そこまで無茶をするはずがない。
そう思うが、ないとは言いきれないのが沖田。
『待ってください!俺も行きます!』
鶴姫は急いで少しづつ遠ざかっていく沖田の背中を追いかけた。
ようやく追いつくと、沖田は渋々こちらを振り返ってくれる。
「どうして着いてくるのさ?邪魔だからほかの隊士と一緒にいなよ」
『総司のことが心配だから』
「怪我はもう治ったって言ったでしょ」
『治ったかもしれないと言っただけ。無茶をしたらまた差し障りがあるかもしれないじゃない』
「無茶なんてしないよ」
『怪しい。せめて何をしに行くのかだけでも教えて』
そう対抗してみるも、沖田はそっぽを向いたまま足早に歩いていってしまう。
この態度はやはり何かを隠している。
『答えてくださらないなら、一緒に行くから!』
「来なくていいよ」
『じゃ答えて』
沖田はとても嫌そうな顔をしている。
それでも、もし万が一のことがあったらと思うと小姓としても一人で行かせる気にはなれなかった。
沖田は自分の身体に関してはとても無頓着なところがあるから。
「まったく、しつこい子だなあ」
沖田はうんざりした調子で言ったあと、とある商家の入口の戸を開けて入ろうとする。
『あ……』
鶴姫が躊躇していると、沖田がやれやれと言った感じで声をかけた。
「入っておいで」
二人が足を踏み入れた商家の中には、甘い香りが漂っている。
奥に置いてある鍋から立ち上がる熱気のせいで外よりもずっと暑い。
このお店、この匂いから察するに。
「おじさん、金平糖ちょうだい。贈り物じゃないから、普通の袋でいいよ」
沖田は代金を払った後、品物を受け取った。
そしてそのまま、お店を出てしまう。
『あ!ちょっと待って!』
鶴姫も慌てて沖田の後をおった。
『沖田さん……待って!』
声をかけるも沖田はこちらに背を向けたまま、鶴姫を振り切らんばかりの勢いで歩き続ける。
息を切らせながらようやく沖田に追いつく。
『待ってって言ってるのに』
そう言って着物の背中の部分を掴むと、ようやく足を止める沖田。
『聞き込みだって言ってたのに本当の目的は金平糖だったんだ』
「…………悪い?」
『なんでそんな飛躍した言葉が……あんなに甘い匂いのお店に入ってたら鼻が良い隊士ならすぐ気づくよ?』
沖田は少し顔を赤らめてバツが悪そうにしている。
「この間まで、外に出られなかったでしょ。誰かに金平糖買ってきて、なんて頼めないし」
『そうだったの……。あ、でもせめて小姓の私に……とはいっても一人での外出は許可されてませんからどっちにしろ難しい話か』
拍子抜けしたような、ほっとしたような。
まさか沖田にこんな一面があったとはと鶴姫は心の中で思う。
「鶴姫ちゃん、こっち向いて」
『えっ?──っ!』
沖田を見上げた瞬間、口の中に硬い何かが放り込まれた。
そして次の瞬間、指先で唇を塞がれてしまう。
『んんっ……!』
一体何をしているんですか──と言おうにも声を出せない。
「口止め料だよ。巡察中に買い物したなんて土方さんに知られたら大変だから」
『んっ……んんっ……ん……!』
それは私も分かりますけどこんな強引でなくても……!
鶴姫は身振り手振りで思っていることを懸命に伝えようとする。
「何?離してほしいの?」
『……!』
ウンウンと大きく頷く。
けれど沖田は唇を塞ぐ指先を離さない。まるで小さな子供に言い聞かせるような、わざとらしい口調でーー。
「口の中のものをちゃんと飲み込んだら、離してあげる」
『……!?』
「ほら、早く戻らないと、他の隊士たちも心配してるよ」
『んんー!』
沖田の買い食いに巻き込まれるのは不本意ながら、それでも鶴姫に悩んでいる暇なんてなかった。
そう思った鶴姫は口の中の金平糖をガリガリ噛んで飲み込んだ。
「はい、よくできました。これで同罪だね。土方さんに告げ口とか、できないよね」
『……同罪なんて酷い。元より言うつもりなんてないのに』
「ふふ。鶴姫ちゃんはやっぱりいい子だね。ご褒美にもう一個あげる」
『あっ……』
自分に向かって投げられた金平糖を落とさないように両手でしっかり受け止める。
沖田の目の色と同じ緑の金平糖。
「遠慮しないで食べていいよ」
にっこりという沖田に促されてそれを口に運ぶ。
胸を癒すような甘い味が口の中に広がる。
上手く丸め込まれたような気もするが、沖田の別の一面を見ることが出来たのは嬉しい。
甘いものを食べられるということは怪我も良くなっている証拠だからだ。
「どうしたの?ニヤニヤしちゃって」
『……っ!そ、その、懐かしいな……と。子供の頃、よく頂いて食べていたから』
「そうなんだ?僕が初めて食べたのは、試衛館に弟子入りしてからだったかな。近藤さんが買ってきてくれてね。甘いものなんて滅多に食べられなかったから、すごく嬉しくてさ」
『そっか』
子供の頃の沖田は一体どんな子だったのか。
多分、今とあんまり変わっていないのだろうなと夏の暑い空の下考えた。
「……また、ニヤニヤしてる。僕の顔を見て、一体何を考えてるのかな?」
『金平糖を食べる子供の頃の総司を思い浮かべてたの』
「……そういうの、勝手に思い浮かべないでよね。なんだか、今でも子供扱いされてるみたいじゃない」
『そういう扱いはしてるつもりないけど、実際子供っぽいところあるよ』
「金平糖、もう一個あげようと思ってたけど、やーめた。ほら、早く戻るよ。隊士たちが待ってるから」
その後、鶴姫は沖田と共に一番組の皆と合流した。
しかし
「ごめんね、この子の用事に付き合ってたら遅くなっちゃった」
『なぁ!』
隊士たちに事情を説明する時、自分を口実にされた鶴姫。
納得がいかないと思ったが、口止め料を払われている以上、真実を言う訳にもいかなかった。
「それじゃ、行こうか」
『はい』
沖田の違う一面を見られたのは、良かった。
そう思い巡察を終える。
To be continued
蝉の声が耳に突き刺さる、騒がしくも穏やかな夏の日の物語。
これは、七月になって夏も盛りとなり、うだるような暑さが続いていた日々の最中のことーー。
『沖田隊長、おられますか』
「何だ、鶴姫ちゃんまた来たんだ?」
『あの……周りに誰がいるかも分からないのに名前で呼ばないでください』
「気配くらいちゃんと読んでるよ」
『それに、私がここに来たのは池田屋の怪我の具合が心配だからです。小姓でもあるわけですし、体調の健康管理も仕事のうちかと』
「あの事件から、もう一ヶ月たってるんだよ?怪我なんてとっくに治っちゃったって」
『内臓の怪我は見た目だけでは分かりませんよ』
すると沖田はからかうような目で鶴姫を見つめてくる。
「そんなこと言っちゃって本当は、僕の身体を見たいだけじゃないの?」
ある程度予想のつく返事に笑いが込上げる。
『ふざけたこと言わないでください』
「あれ、違うの?いつも、すごく熱心に僕を見てるじゃない」
『誤解を招きます。熱心に見ていたのはあくまでも治療のためです』
「本当に?顔が赤いけど。隠さなくてもいいんだよ」
『隠してません!もう、いい加減にしてください』
「鶴姫ちゃんって変な子だけど素直で可愛いところも多いよね」
沖田の悪い冗談はいつもの事だが、最近はその頻度も増している。
それに池田屋事件以降、沖田との距離が近くなっている気がした。
「ねぇ、そろそろその話し方辞めない?」
『なぜですか?』
「極端に仲悪いわけじゃないし」
『そのような程度で…』
「僕は構わないよ」
いつでも斬ると言いながらお近付きになりたいとでもいうのか。
沖田はしきりに鶴姫との距離を近づけたがる。
『じゃ、こんな感じで接したらいい?』
「そうそう。よく出来ました。それで?僕の怪我はもう治ったの?」
『問題はないと思うよ。食欲や身体の調子はどう?自分で何か気になることとかある?』
「特にないかな。僕、元々そんなに沢山食べる方じゃないし」
『それならいいんだけど……』
目視する限り体調も悪くないみたいである。
ほとんど治ったと考えて良さそうだ。
毎日怪我の様子を診るのが日課の一つになってきたが、もうこれからは必要ないのかもしれない。
「僕の怪我が治っちゃって残念?」
『残念とは……?僕に会いに来る口実がなくなって残念だねという意味なら小姓である私には通用しないよ』
「手厳しいなぁ。僕に気があるのなら巡察に連れていく回数増やしてあげようと思ったのに」
『もう巡察に出るつもり?!』
「だからそう言ってるじゃない」
『……途中で体調が悪くなった場合は直ぐに報告してね。だいぶ治ったとはいえ、まだまだ油断は禁物なんだから』
「だから、大丈夫だって。君って土方さんみたいだよね」
『……喜んでいいのかな』
怪我についてかなりうるさく言ったから、小姓とはいえ沖田に煙たがられているだろうことは想像していた。
だが、まさか土方に似ていると言われるとは思ってもいなかった鶴姫。
どう反応したらいいか困り返事出来ずにいた。
「あれ、もしかして土方さんと似てるって言われるの、嫌なの?」
『そんなことはないけど……』
「そんなことはないけれど、嫌なんだ?」
『私は嫌だなんて一言も言ってないよ。勝手に言葉をつけ加えない』
沖田は本当に悪ふざけが好きな人。
それに何度も振り回されてきたけれど、思わぬ方向から来ることもあるから油断出来ない。
池田屋事件からそれほどに間が空いていないためか……。
町の人たちも新選組を警戒している様子で、雰囲気が物々しい。
沖田の体調に配慮してか、彼は今日、隊列の先頭ではなく最後尾──鶴姫の隣を歩いている。
多分他の隊士に鶴姫のことを勘繰られないように気をつかっているのかもしれない。
『沖田組長、身体の調子はどうですか?』
「平気だって。君、本当に心配性だよね」
『それならいいのですが、この暑さですから、くれぐれも無理はしないでくださいね』
小さい声で話しかける。
他の隊士に病み上がりで無理やり動いてることが伝わるのは少し避けたかった。
にしても今日は本当に暑い。
隊服を来ている隊士に比べれば、鶴姫が味わっている暑さなどどうってことないだろうけれど。
暑さで倒れることもありうることから、途中で休憩を取った方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら巡察を続けていると、沖田が言う。
「……この辺で少し休憩とろうか。今日、暑いし」
『はい』
体調は悪くないと言っていたが、この暑さの中長時間歩き続けるのは、怪我が治ったばかりの沖田にとっては酷だったのかもしれない。
沖田の一声で皆もその場で休憩となった。
「龍之介、僕、ちょっと聞き込みしてくるから、他のみんなとここで待ってて」
『俺も一緒に行きます』
「いいよ、すぐ終わるし」
沖田はそう言い残して隊列から離れてしまう。
『なんかあるのかな』
鶴姫を遠ざけたということは聞き込みの最中に刀を振るうことになるかもしれないということ。
いくら沖田でも怪我が治ったばかりだというのに、そこまで無茶をするはずがない。
そう思うが、ないとは言いきれないのが沖田。
『待ってください!俺も行きます!』
鶴姫は急いで少しづつ遠ざかっていく沖田の背中を追いかけた。
ようやく追いつくと、沖田は渋々こちらを振り返ってくれる。
「どうして着いてくるのさ?邪魔だからほかの隊士と一緒にいなよ」
『総司のことが心配だから』
「怪我はもう治ったって言ったでしょ」
『治ったかもしれないと言っただけ。無茶をしたらまた差し障りがあるかもしれないじゃない』
「無茶なんてしないよ」
『怪しい。せめて何をしに行くのかだけでも教えて』
そう対抗してみるも、沖田はそっぽを向いたまま足早に歩いていってしまう。
この態度はやはり何かを隠している。
『答えてくださらないなら、一緒に行くから!』
「来なくていいよ」
『じゃ答えて』
沖田はとても嫌そうな顔をしている。
それでも、もし万が一のことがあったらと思うと小姓としても一人で行かせる気にはなれなかった。
沖田は自分の身体に関してはとても無頓着なところがあるから。
「まったく、しつこい子だなあ」
沖田はうんざりした調子で言ったあと、とある商家の入口の戸を開けて入ろうとする。
『あ……』
鶴姫が躊躇していると、沖田がやれやれと言った感じで声をかけた。
「入っておいで」
二人が足を踏み入れた商家の中には、甘い香りが漂っている。
奥に置いてある鍋から立ち上がる熱気のせいで外よりもずっと暑い。
このお店、この匂いから察するに。
「おじさん、金平糖ちょうだい。贈り物じゃないから、普通の袋でいいよ」
沖田は代金を払った後、品物を受け取った。
そしてそのまま、お店を出てしまう。
『あ!ちょっと待って!』
鶴姫も慌てて沖田の後をおった。
『沖田さん……待って!』
声をかけるも沖田はこちらに背を向けたまま、鶴姫を振り切らんばかりの勢いで歩き続ける。
息を切らせながらようやく沖田に追いつく。
『待ってって言ってるのに』
そう言って着物の背中の部分を掴むと、ようやく足を止める沖田。
『聞き込みだって言ってたのに本当の目的は金平糖だったんだ』
「…………悪い?」
『なんでそんな飛躍した言葉が……あんなに甘い匂いのお店に入ってたら鼻が良い隊士ならすぐ気づくよ?』
沖田は少し顔を赤らめてバツが悪そうにしている。
「この間まで、外に出られなかったでしょ。誰かに金平糖買ってきて、なんて頼めないし」
『そうだったの……。あ、でもせめて小姓の私に……とはいっても一人での外出は許可されてませんからどっちにしろ難しい話か』
拍子抜けしたような、ほっとしたような。
まさか沖田にこんな一面があったとはと鶴姫は心の中で思う。
「鶴姫ちゃん、こっち向いて」
『えっ?──っ!』
沖田を見上げた瞬間、口の中に硬い何かが放り込まれた。
そして次の瞬間、指先で唇を塞がれてしまう。
『んんっ……!』
一体何をしているんですか──と言おうにも声を出せない。
「口止め料だよ。巡察中に買い物したなんて土方さんに知られたら大変だから」
『んっ……んんっ……ん……!』
それは私も分かりますけどこんな強引でなくても……!
鶴姫は身振り手振りで思っていることを懸命に伝えようとする。
「何?離してほしいの?」
『……!』
ウンウンと大きく頷く。
けれど沖田は唇を塞ぐ指先を離さない。まるで小さな子供に言い聞かせるような、わざとらしい口調でーー。
「口の中のものをちゃんと飲み込んだら、離してあげる」
『……!?』
「ほら、早く戻らないと、他の隊士たちも心配してるよ」
『んんー!』
沖田の買い食いに巻き込まれるのは不本意ながら、それでも鶴姫に悩んでいる暇なんてなかった。
そう思った鶴姫は口の中の金平糖をガリガリ噛んで飲み込んだ。
「はい、よくできました。これで同罪だね。土方さんに告げ口とか、できないよね」
『……同罪なんて酷い。元より言うつもりなんてないのに』
「ふふ。鶴姫ちゃんはやっぱりいい子だね。ご褒美にもう一個あげる」
『あっ……』
自分に向かって投げられた金平糖を落とさないように両手でしっかり受け止める。
沖田の目の色と同じ緑の金平糖。
「遠慮しないで食べていいよ」
にっこりという沖田に促されてそれを口に運ぶ。
胸を癒すような甘い味が口の中に広がる。
上手く丸め込まれたような気もするが、沖田の別の一面を見ることが出来たのは嬉しい。
甘いものを食べられるということは怪我も良くなっている証拠だからだ。
「どうしたの?ニヤニヤしちゃって」
『……っ!そ、その、懐かしいな……と。子供の頃、よく頂いて食べていたから』
「そうなんだ?僕が初めて食べたのは、試衛館に弟子入りしてからだったかな。近藤さんが買ってきてくれてね。甘いものなんて滅多に食べられなかったから、すごく嬉しくてさ」
『そっか』
子供の頃の沖田は一体どんな子だったのか。
多分、今とあんまり変わっていないのだろうなと夏の暑い空の下考えた。
「……また、ニヤニヤしてる。僕の顔を見て、一体何を考えてるのかな?」
『金平糖を食べる子供の頃の総司を思い浮かべてたの』
「……そういうの、勝手に思い浮かべないでよね。なんだか、今でも子供扱いされてるみたいじゃない」
『そういう扱いはしてるつもりないけど、実際子供っぽいところあるよ』
「金平糖、もう一個あげようと思ってたけど、やーめた。ほら、早く戻るよ。隊士たちが待ってるから」
その後、鶴姫は沖田と共に一番組の皆と合流した。
しかし
「ごめんね、この子の用事に付き合ってたら遅くなっちゃった」
『なぁ!』
隊士たちに事情を説明する時、自分を口実にされた鶴姫。
納得がいかないと思ったが、口止め料を払われている以上、真実を言う訳にもいかなかった。
「それじゃ、行こうか」
『はい』
沖田の違う一面を見られたのは、良かった。
そう思い巡察を終える。
To be continued