入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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祇園町会所に新選組は到着。
しかし会津だけでなく、一橋も桑名も遅刻。
新選組は待ちきれず単独で行動を開始することとなった。
祇園の茶屋の各所を調べて回るが、一向に浪士は見つからない。
キリがないので、近藤は二つの隊に別け、別方向から町中を探索する。
近藤、沖田、永倉、藤堂他、十一人
土方、斎藤他、二十四人
「やっぱり土方さんたちのいく方向が当たりっぽいよ。……俺は逆方向だから、ちょっと残念だなあ」
土方たちの向かう方向が本命のようで、むこうの半の人数を多くしたようだ。
『動ける隊士は三十人ちょっとか……』
病人が多いと知っていたが、そこまで人数が少ないとは驚きだ。
病人だけでなく、この頃の新選組には脱走者もいたからそれで人数が少ないのもある。
はあ、と藤堂はため息をはく。
「会津藩や所司代にも連絡入れたんだけど、動いてくれる気配ないんだよなあ……」
『もしかしたらもめてるのかもしれない』
この夜、どの程度の兵力を実際に動かせることが出来るのか調整に手間取り、使用する兵器についても議論があったとされる。
「まあ、こっちには近藤さんや総司もいるし龍之介もついてるもんな!」
『頑張ります』
そう言って戌の刻、近藤の隊は池田屋。
周りがどうなっているのか周辺を確認する鶴姫。
「……こっちが当たりか。まさか長州藩邸のすぐ裏で会合とはなあ」
『入口にも武器らしきものが見えます』
「やつらは今までも頻繁に池田屋を使ったし」
「だからって古高が捕まった晩に、わざわざ普段と同じ場所で集まるか?普通は場所を変えるだろ?常識的に考えて」
「じゃあ、やつらには常識がなかったんだね。実際こうして池田屋で会合してるわけだし?」
永倉と沖田は世間話のような軽い口調で話していた。
長州の者たちが裏をかいたつもりなのかもしれないが、その辺りのことはまだわからない。
永倉と沖田の二人があまり緊張していないことは鶴姫にもわかる。
戻ってきた鶴姫に気づいた藤堂が駆け寄ってくる。
「どうだった、龍之介?会津藩とか所司代の役人、まだ来てなかった?」
『まだですね。この辺りには誰もいないみたいでした』
「日暮れごろにはとっくに連絡してたってのに、まだ動いてないとか何やってんだよ」
顔を歪むて舌打ちをした藤堂に永倉が落ち着くようにと笑った。
「あんなやつら役に立たねぇんだから、来ても来なくても一緒だろ?」
『出動すれば長州からの報復が来るとかどうとかで揉めてるんでしょう』
「……だけどさ、俺らだけで突入とか無謀だと思わねーの?」
顔を顰めた藤堂に、後ろに控えていた武田も同意とばかりに頷いた。
「この人数で踏み込むなど無謀にも程がある。ここは会津藩の援軍を待つべきかと」
「武田くんがそう言うなら……。わかった、もう少しだけ待ってみよう」
結局のところ、近藤の隊は援軍を待つことになった。
だが、待てど暮らせど、役人たちはあらわれない。
ときは過ぎ亥の刻。鶴姫はふと空を見上げた。
池田屋に着いた頃よりずいぶんと月の位置も傾いている。
「……さすがにこれはちょっと遅すぎるな」
『このままだと朝になる可能性があります』
「近藤さん、どうします?これでみすみす逃しちゃったら無様ですよ?」
それまでずっと沈黙を守り続けていた近藤は、不意に立ち上がって鶴姫の肩を叩いた。
「これ以上は待てん。総司、永倉くん、藤堂くん……俺に着いてきてくれ。」
「では、私は表口を固めますから、みなさんご存分にどうぞ」
「は?武田さん来ないつもりかよ?」
「いいからいいから。中が暗くて間違って斬られても困るし。……あ、こっちが間違って斬っちゃうかも」
『沖田隊長。言い過ぎかと』
「……沖田君、それはどういうことかな」
「まあまあ。突っ込むのは気心がしれた方がいいだろ。というわけだから、武田さんは外を頼むぜ」
「……ふん」
武田は近藤の前では少しばかり大人しくなるようだ。
一人表口の方へと向かっていった。
「穐月くん。すこし池田屋から離れていてくれるか」
『?』
「君に剣の腕があるとはいえ、浪士が下りてくるかもしれん。……もっとも逃がすつもりはないがな。もしものことがあるかもしれん、ここで逃げていくようなやつを見たら仕留めてくれ」
『はい!』
そして、近藤たちは池田屋に踏みいった。
玄関らしき所で亭主の池田屋惣兵衛を呼び出した。
「今宵、宿を改めさせてもらう!」
すると池田屋惣兵衛は驚いて二階に去っていった。
続いて近藤たちが上に上がると何人かの浪士がいた。
「ご用改めである!手向かいすれば、容赦なく斬り捨てる!」
そして激戦が幕を開ける。
階段をかけ上がる音、刀同士がぶつかる音、店の人たちの悲鳴。
「畜生、手が足りねぇ……!誰かこいよ、おい!誰かいねえのか!」
『!』
今池田屋前にいるのは鶴姫のみ。
突入しなかった隊士たちは皆外を見張っていたり、裏に回っていて永倉の声が聞こえていないようだ。
その裏からも今は戦いの物音が聞こえてくる。
武田も外に逃げ出してくる浪士を捕まえている最中だ。
「大丈夫か、総司!?」
『総司!?』
近藤の叫び声が聞こえる。
相次いで響いたのは永倉の声が。
「くそっ!死ぬなよ、平助!」
『平助!総司もなにがあったの……!』
隊長二人が傷をおったような声に鶴姫は"赤い鞘"の脇差を抜き池田屋に入った。
中に入れば池田屋内は明かりが消されたらしく、真っ暗だ。
むせかえるような血の臭い。
一瞬また目に痛みが走ったが今は気にしているところではない。
沖田を探すために階段を上がろうとすると、浪士が転がり落ちてきた。
右手に持っていた脇差で相手の胴を斬る。
「君が来たのか……!」
『力不足かもしれませんが………!』
「すまんが、総司を見てやってくれるか。二階にいるのは総司と浪士が一人だけだ。総司に限って負けはせんだろうが、手傷をおうかもしれん。敵も相当の手練れだ」
『わかりました!』
近藤は、鶴姫の返事を聞いて小さくうなずく。
そしてすぐに身を翻すと戦場の只中へと戻っていく。
このとき何か嫌な雰囲気を感じとった鶴姫はもう一振りの黒鞘の脇差を抜いて階段をかけ上がる。
たどり着いたそのさきにいたのは沖田と浪士が一人。
「どれほどのものかと思っていたが、新選組の腕もこの程度か」
相手の浪士は眼を細めると微かに笑う。
沖田はとても強い剣士だ。新選組内で一二を争うほどの実力者。
稽古している姿を何度か見たことがあるが、まるで子供のように隊士たちをあしらっていた。
だがそれは隊士と沖田との間に埋められないほどの差があったからか。
「さて、そらそろ帰らせてもらおう。要らぬ邪魔立てをするのであれば容赦はせんぞ」
「悪いけど、帰せないんだ。僕たちの敵には死んでもらわなくちゃ」
沖田は柔らかく微笑むと、なんの前触れもない動きで床を蹴った。
二人は再び斬り結ぶ。
浪士の刀は早い速度で振り下ろされた。
沖田は自分の刀で一撃を受け止める。
しかし、上段からの攻撃はあまりにも重かった。
微かに沖田の体勢が崩れると、その隙を見逃さず男は動いている。
鶴姫はとっさに足元に落ちていた茶碗を拾い上げ浪士へと投げつける。
浪士は軽く刀を振るって飛来する茶碗をたたき落とした。
沖田はその微かな隙をつくが、その一撃を浪士は何とか受け止める。
浪士は大きく体制を崩して不愉快そうに顔をしかめる。
沖田は敵へ剣を向けながら鶴姫にだけ聞こえるような声で囁いた。
「いい子だね、鶴姫ちゃん。後でいっぱいほめてあげる」
『こんな時に何言ってるんですか…』
そういうも沖田の表情は少し嬉しそうにしていた。
それを見ると役に立てた気がした鶴姫も少しだけ嬉しかったが、すぐに敵へと意識を戻す。
戦場では一瞬のやり取りが命取りになりかねない。
「小癪な……!」
続く浪士の刀は今まで以上の速度で振り下ろされた。
「くっ!」
沖田は刀でその一撃を受け止める。
しかし、上段からの攻撃はあまりにも強かったらしく、微かに体勢を崩してしまう。
その隙を見逃さず浪士は沖田を蹴りつける。
「がっ!?」
その衝撃に沖田は床を転がり、胸元を押さえながら赤い血を吐く。
『総司!』
思わず沖田に駆け寄る鶴姫
『総司!しっかりして!』
鶴姫の言葉に返す余裕もないようで、沖田は辛そうに咳き込み続ける。
もう戦い続けられるような状態ではなかった。
鶴姫は沖田の身体を支えながら、怒りを込めて浪士を睨みつける。
それと同時に瞳がじんわりと温かくなる感覚に襲われる。
不思議と痛みはなく、ただじんわりと”何かに染っていくような”感覚だった。
『よくも……』
「……お前も邪魔だてする気か?俺の相手をするというのなら受けて立つが」
浪士の持つ刀の切っ先がすうっと鶴姫へ向けられる。
なおも睨み続けると浪士は「その瞳…」と呟いた。
「おい、女」
『……』
やはり鋭いものにはわかるようで迷うことなく"女"と言い張った。
「その赤と黒の鞘の脇差とその紅い瞳……」
『…これ…が……どうしたと…。それに紅い瞳とは何の話です』
そう返したところで沖田が鶴姫を庇うように前に立つ。
男は何も答えないまま鶴姫を見つめ続ける。
「……」
「鶴姫ちゃん、僕より前に出ちゃダメだ」
『総司。あなたの方が前に出てはいけません。骨が折れていたり内蔵が傷ついたりしてる可能性だってあるのに…』
にも関わらず、沖田は鶴姫の前からは動こうとしなかった。
「……あんたの相手は僕だよね?この子には手を出さないでくれるかな」
相手の浪士はその様子を涼し気な顔で見下ろす。
「愚かな。その負傷で何を言う。今の貴様なぞ、盾の役にも立つまい」
「――黙れよ、うるさいな!僕は役立たずなんかじゃないっ……!」
”役立たず”
そう言われるのが嫌みたいに沖田が叫んだ。
『総司!』
「面白い」
『は?』
男は何か知っているかのような口ぶりだったが、唐突に刀を納めた。
『どういうつもりですか…』
「会合が終わると共に、俺の務めも終わっている。多少は面白かったぞ、新選組。だが、あの程度の腕でいい気になるな」
そういうと、壊れかけた窓から身軽なしぐさで外に飛び出した。
『待て!』
急いで窓に駆け寄るも、男の姿はなかった。
後ろでは沖田が膝を着いた。
「くそっ……!僕は、僕はまだ戦えるのに……」
『喋ってはいけません……気管支も弱ってるかもしれません』
そういう沖田の声は、ひどく弱々しい。
『どうして……私を守ったのですか?』
まだかすれる声を振り絞って、動かない身体を必死に動かそうとする沖田を支えながら、そう尋ねる。
『私が邪魔になれば殺すと、いつもおっしゃるじゃありませんか。いつでも殺れるように、小姓として側においてるんでしょう?普段優しくしてるようで、安心させていつでも殺せるようにしてるのではないのですか?』
そう言うと沖田はすこしだけ不思議そうに眼を瞬かせた。
「……そういえば、なんでだろう。鶴姫ちゃんが守ってくれたから……かな」
ぼそぼそと眠たげな声を漏らす。
「僕によくわからないけど、でも、次は、ちゃんと殺さないと───」
『そう……じ?総司!』
言葉の半ばで気を失ってその場に倒れた沖田。
ダメージの残る体で沖田を抱き上げる鶴姫は沖田の鼻に手を当てる。
浅いが息はしっかりとしている。
気がつけば廊下から響いていた剣線の音もいつのまにかやんでいる。
『終わった、の……?』
「総司!穐月くん!大丈夫か!」
『近藤さ……っ!』
脱力したと同時に、心臓に激しい痛みが襲う。
それと同時に身体が傾いて沖田の側に倒れこんだ。
池田屋で最後に見たのは階段を上がってきた近藤や永倉の姿だった。
長い夜は明け実際の討ち入りは一刻ほどの時間で終えられていた。
しかし、鶴姫にとっては長い一夜であった。
池田屋にいた尊皇攘夷過激派の浪士は二十数名だと言われている。
戦闘が終わったあとも新選組含む会津松平家はすぐに戦線離脱せずに周辺を探索。
その結果、全部で十一人捕縛、九人討ち取り、四人の浪士に手傷を負わせ翌朝午前八時すぎから少しずつ引き上げていったという。
新選組は昼頃まで探索を続け、池田屋やその付近から逃亡し逮捕を免れた者や他の潜伏人がいる可能性を踏まえて、このあと再び出動したらしい。
新選組は七名の浪士を撃ち取り、四名の浪士に手傷を追わせた。
会津藩や所司代の協力のもと、最終的には二十三名を捕縛することに成功。
彼らの逃亡を助けようとした池田屋の主も改めて捕縛されることになったらしい。
数に勝る相手の懐へ突入したことを思えば、新選組は目覚ましい成果を納めている。
けれど、新撰組の被害も浅いものではすまされなかった。
沖田は胸部に一撃を受けて気絶、鶴姫は原因不明として同じく気絶、藤堂は額を切られて血が止まらなかった。
永倉も左手の親指の付け根を負傷している。
そして、裏庭で戦っていた隊士の一人が戦死。
他にも二人の隊士が命に関わるような怪我をおった。
恐らく彼らも助からないだろう。
会津藩が担う京都守護職や、桑名藩が担う所司代も、それぞれ浪士と戦っていたらしい。
この【池田屋事件】の活躍により、新選組は広く名をとどろかせた。
しかし、この事件はこれから起きる大きな事件への序章に過ぎなかった。
to be continued