入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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元治元年五月――
年号は文久四年から元治元年へとかわり、初夏が近づく頃。
春がすぎて木々も繁る時期を迎え、晴れ渡った青空が頭上に増え始めている。
そんなある日、朝食の後片付けを済ませた二人は、齋藤に連れられて広間へと来ていた。
「副長、斎藤です。雪村と穐月を連れてまいりました。」
「入れ」
向こうから返ってきた応えに従い、斎藤は静かに襖を開けた。
広間には土方の他に、沖田、永倉、原田、藤堂がいた。
二人の事情を知っている幹部の顔ぶれ。
「随分と待たせな。おまえらを外に出してやる時が来た。」
「本当ですか!?」
そして、続けて聞かされた言葉に、千鶴は大きく目を見張る。
「父と特徴の一致する人が、伏見にいた!?」
『割と近くでは…』
「真偽は定かじゃねえが。本人かどうかは娘のお前に確かめてもらうのが1番だと思ってな」
土方の言葉に、千鶴は頷きで応える。
今は父親に繋がりそうな情報であればたとえ噂でもありがたかったのだ。
「それで、父によく似た人というのは、一体どこに?」
「伏見にある寺田屋って宿だ。これから斎藤に確かめに行ってもらう」
『斎藤さんにですか?ということは、千鶴ちゃんは斎藤さんに同行すればいいんですか?』
すると原田が口を挟む。
「だが、綱道さんがまだそこに留まってるとは限らねえだろ」
「ああ。伏見にいたってことは、京の町内をうろついてる可能性もある」
「その通りだ。だから、原田と新八、それから平助の巡察にこいつを同行させて、綱道さんを探してもらってもいい」
「俺たち全員で?いつもは手分けして順番に見回りしてるのに……」
土方はその問いには答えずに、千鶴の方へちらりと視線を送ってくる。
恐らくは千鶴が逃げた時のことを想定した陣営なわけで、藤堂もその事を察したのか、それ以上問いを投げかけることは無かった。
「……言いたいことはわかりましたけど、この子達のお守りを僕たちに任せっぱなしってのは、気に入らないなあ。今日は確か、土方さんも外出する予定が入ってましたよね?今後のためにも可愛い小姓を同行させて、色々勉強させたらどうですか?」
「何を言ってやがる。こいつが俺の小姓っつうのは、お前が勝手に言ってただけだろうが」
「でもほかの隊士たちは完全にそう信じ込んでるみたいですよ。【嘘から出た真】なんて言葉もありますし、相応の仕事をさせた方がいいんじゃないですか?」
沖田と土方が言い合いを始めて場の雰囲気が剣呑になる中、原田が小声で言う。
「……ま、今の京は物騒だし、無理に出かける必要は無いと思うぜ。俺達も一応、綱道さんの顔はわかるんだしな」
「えっと……」
父親がまだいる期待して伏見に行くか、もう発ったと考えて巡察で市中を探すか。
あるいは立場を考えて屯所に残り、小姓として土方に付き合うか……。
「……それでは土方さんに同行させてください」
「おい……お前まで何を言い出すんだ」
迷惑だと言わんばかりの土方の反応にいささか気遅れ気味の千鶴。
しかし、そこは丁寧に自分の考えを伝えていく。
「ほかの隊士が私の素性に疑いの目を向けているなら、小姓らしい行動を取って見せた方がいいと思うんです」
「……あのな。総司の言う事をバカ正直に受け取るんじゃねえ。こいつは面白がって――」
「可愛い小姓が出来て良かったですね、土方さん。ま、僕にも可愛い小姓がついてますけど」
相変わらずのニコニコ笑顔でそうもらす沖田を土方は苦い顔で睨んでいた。
「……わかった。ただし、俺の仕事の邪魔はするんじゃねえぞ」
「はい、わかってます」
こうして、千鶴は土方の外出に同行することとなった。
この後は解散となり、鶴姫は部屋へと戻ることになった。
「鶴姫ちゃんは、まだ進さんと楽さんの目撃情報がないからお留守番ね」
『わかってます』
あとをついてきていた沖田に、鶴姫は少し悲しそうに答える。
「もし目撃情報があれば巡察に連れて行ってあげられるんだけどね。道場レベルにしては結構腕がたったし」
『ありがとうございます。目撃情報が出た時にはよろしくお願いします』
「でも、邪魔をしたり足を引っ張ったりしたら鶴姫ちゃんのこと、本当にきっちゃうよ」
『分かってます。私と千鶴ちゃんはあくまでもお客ですから』
「……ほら、またですますがでてるよ」
それだけ言うと、沖田はついと身を翻しのんびりした足取りで中庭を離れた。
土方に同行した千鶴はというと、土方に急用が出来たとかでとある茶屋で聞き込みをしていた。
聞き込みをしていると、武田が御用改で入ってきた。
先日の件もあり土方に釘を刺されていたため、武田から身を隠しやり過ごすも、武田の態度は有るまじきもの。
千鶴が思わず割って入ろうとすると、男が千鶴の肩を捕まえた。
その男も千鶴が女であることを見破ったのだ。
高価そうな着物を着ているところから、名のある侍のよう。
武田と謎の男は店の外に出てると、武田が刀を抜くよりも早く男は鯉口を制す。
物々しい雰囲気にいつの間にか店の周りには人が集まり、何が起きているのか囁きあっていた。
武田は忌々しそうに歯噛みして、男の手を乱暴に振り払う。
武田かま踵を返して店の前から姿を消すと、男といくつか話をした。
しかしその中で男は千鶴のことを「知っていた顔によく似ていたから」助けたといった。
じっと千鶴の顔を見て「やっぱりよく似ている」と言う。
男は空を見上げると「新選組は、ずいぶん評判が悪いみたいですね」と呟く。
全員が全員武田のような人間でないのではと思わず説明してしまう千鶴。
二人の間に少しの沈黙が流れると、男は
「気にしないでください。……会えて嬉しかったよ千鶴ちゃん。鶴姫ちゃんにもまたいつか会えたら会おうと伝えておいてください」
と言って去っていったという。
そらからは土方が戻ってきたし、男の姿も見えなくなってしまったので屯所に戻ってきたらしい。
寺田屋にいたのも父親とは別人だったようで、落胆の日々は続く。
元治元年六月――
先日の一件では父親を見つけることは出来なかった千鶴。
それ以降巡察への同行が千鶴と鶴姫二人に許可され、ようやく本格的に父と兄捜しを始めた矢先。
二人は土方から呼び出されていた。
沖田と藤堂が同席しているのを見ると千鶴が安堵の息を内心で吐く。
土方に呼び出されるとあっては何かあったんじゃないかと緊張するのだ。
何を切り出されるのかと身構えていると土方が不機嫌そうに口を開いた。
「おまえの綱道さん捜しの件だがな、しばらく様子を見ようと思う」
「どうしてですか……!?」
「……長州の連中が不穏な動きを見せている。本来なら、おまえらを外に出せる時期じゃない」
土方が厳しい表情のままそう言い放つ。
『長州の動きが落ち着くまでは同行は控えろということですね』
土方は頷くと沖田と藤堂に二人へ視線を向けた。
「ということで、今日からこいつを巡察に連れていくのはとりやめだ」
「なるほどねー……だから当番の俺らが呼ばれたって訳か」
藤堂は納得したように呟いたあと、少し困ったように眉を寄せた。
「でも今までだって、こいつらが巡察に迷惑をかけたこともないし、別にいいんじゃないかなあ」
「そうそう。僕たちに何かあっても、関わらないようにしてくれればそれでいいし、どさくさに紛れて逃げることもないし。それに、鶴姫ちゃんは僕の小姓だから連れていった方が不自然じゃない気がするんですよね」
「……私逃げませんから。それに、新選組の皆さんが父捜しに協力してくれると言ってくれた時、決めたんです。父を見つけるその日が来るまで、私は屯所から逃げ出したりしないって」
『私たちは約束を守ります。だから、お願いします。このまま父や兄を探させてください』
千鶴と鶴姫は深々と頭を下げる。
沖田はそれを見て困ったように微笑む。
「綱道さんらしき人を見たっていう証言もあるし」
「確かにそういう証言もある。だが、危険とわかってるところにみすみす出すこともねえだろ。分かってるのか?おまえらの足を引っ張りかねねんだぞ?」
「迷惑はかけません!お願いします!」
『探しに行く機会が失われてしまっては見つかる可能性も減ってしまいます』
二人は必死に頭を下げる。
「……市中を巡察する組長の指示には必ず従え。いいな」
「あの……ありがとうございます」
『ありがとうございます!』
近頃は夏の暑さで隊士たちが体を壊し巡察に出られる人数が少ないとも聞く。
少しでも役に立てる可能性もあるのなら、行かない訳には行かなかった。
「ここのところ、すごく暑いですもんね」
『京の町は周りが山で囲まれているから風が抜けにくく、熱がこもる』
「そうなの?」
『うん。冬はすごく寒い』
「とにかく、行くか行かないかは、お前らが好きに判断しろ」
「……はい」
こうして外出許可を出された二人。
すこし考え込む千鶴。
鶴姫は沖田から「僕の小姓だから、もちろん僕の巡察には付き合ってよね」と選択の余地なし。
だが、結局のところ、二人の外出に土方は反対のはずだ。
しかし、沖田や藤堂、鶴姫もいるとのことで何が起きても大丈夫だと信じられる気もしている千鶴。
迷惑をかけてしまうかもしれないが、やはり父親のことを探しに行きたい身としては断るわけにはいかないと思ってもいる。
「やっぱり私は…まだ大人しくしています」
『私はいきます』
こうして千鶴は屯所で、鶴姫は巡察に同行することになった。
京の町はたくさんの人が道を行き来している。
ただそれだけの光景が無性に心をはずませるようだ。
「大丈夫だと思うけど、土方さんの反対を押し切って、僕の小姓で巡察に同行してるんだってこと忘れないでね」
『当たり前です。俺はそんなことしません。にしても町の空気が賑わってますね』
「まあ、祇園会も近いしね。町が浮き立ってるのは僕も否定しないけど、攘夷派浪士たちの動きが怪しいのは本当だから、僕たちから離れて勝手に動くのだけは無しね」
『はい』
京の大通りを沖田の一番組が行く。
浅葱の羽織を目にした京の人たちは、新選組を避けるように道端へよった。
『すまない、ちょっといいか?』
鶴姫は一番組に同行しながら、道いく人たちに千鶴の父親のことや、自分の父と兄のことを尋ね続けた。
新選組と一緒にいるから最初は逃げられたが、話しかけていくうちに何人か答えてくれるようになった。
『人を探してるんだ。江戸訛りのある四十才くらいの男で、頭は丸坊主、優しい顔立ちの医者と、俺くらいの黒く長い髪で若い男と、薄茶色の長髪の五十代くらいの男の三人を知らないか?』
何人目かに声をかけたその人は、鶴姫の説明になにか思い当たるものがあるようだ。
「そんな若い男の方なら、しばらく前にそこの”桝屋”さんで見かけたよ」
『本当か?!』
「ああ。ほらあそこだよ」
そう言って男は一軒の薪炭屋を指差した。
『ありがとう!』
考えることは、他人の空似かもしれないといいこと。
しかし、すこしでも可能性があるのならそれは絶対に捨てない。
すこし喜ぶ鶴姫に沖田は厳しい表情でなにかをいいかけて───
「貴様らは浪人か?主取りなら藩名を答えろ!」
沖田が言葉を口にするより早く、新選組隊士の怒鳴り声が響き渡った。
「あーあ。よりにもよって、こんなところで騒ぎを起こすなんてね……!」
沖田は素早く刀を構え、渦中へと飛び込んでいく。
蜘蛛の子を散らすように町の人々は悲鳴をあげて逃げ惑う。
すこし遅れて鶴姫も現場に到着する。
「坊っちゃん、そこの坊っちゃん。巻き込まれんよう、うちの店へ入りや」
『は?』
見知らぬおじさんが鶴姫を手招きしている。
しかし、何かあるのではと考えた鶴姫が店を確認すると、この店はさっきの男が教えてくれた”桝屋”だ。
店の中にはただの薪炭屋とは思えない物が置かれているのが目に入る。
「き、喜右衛門さん!こいつ、さっきまで新選組の沖田と一緒にいたぜ!?」
「なっ!?」
『当たり、ってわけか』
「新選組だと!?逃げろ!」
すると店にいたお客まで一斉に逃げていく。
『待て!』
反射的に追いかける鶴姫。
その後ろでは沖田が「……君って本当に運がないよね。ある意味こいつらも、僕も、だけど」と肩をすくめて”桝屋”に乗り込んだ。
大捕物が始まった。
この頃屯所では千鶴が中庭で山南と遭遇。
怪我をしてからというものの、あまり会話はしていない。
それに山南の怪我はまだ完治していないし、これ以上どこが治るのだといったところ。
屯所内を勝手に動き回られては困ると言われた。
しかし千鶴も鶴姫も勝手に幹部や隊士の部屋に入らない限り、自由に動き回ることができた。
これは多目にみてもらっていたり見逃してもらったりしているにすぎないのだが。
ゆえに山南のいっていることは正論だ。
腕を怪我してからというもの、山南の細やかな嫌味が多くなった気がする。
部屋に塞ぎ混んでいることが増えて、無作為に八つ当たりするようになったのだ。
それだけ辛い思いをしているということなのだろう。
この日の夕方からは屯所が急に騒がしくなった。
そして鶴姫たちを待っていたのは、山南の厳しいお小言だった。
鶴姫と沖田はさっきからずっと、彼のお説教を正座で聞きつづけている。
「そんなに怒ることないじゃないですか。僕たちは長州の間者を捕まえてきたわけだし。ね、鶴姫ちゃん」
『ええっと……』
あのあと、”桝屋”からは大量の武器が発見された。
書物もあったがいくつかは燃やされた後だった。
「怒ることではない?沖田くんは面白いことを言いますね」
山南の言葉はとても刺々しい。
「桝屋喜右衛門と身分を偽っている人間は、長州の間者である古高俊太郎だった──我々新選組はその事実を知った上で、彼を泳がせていた。……違いますか?」
「その通りですけど……。でも捕まえるしかない状況だったんですよ」
沖田は口を尖らせて反論する。
そこに同席している原田が言葉を発する。
「ま、総司の言うとおり、ある意味では大手柄だろうな」
「でも、古高を泳がせるために頑張ってた、島田くんや山崎くんに悪いと思わないわけー?」
藤堂がからかうような口調でいう。
それを制したのは島田と呼ばれる男だった。
「藤堂くんのお気持ちもありがたいですが、我々のことはあまり気にせんでください。私らも古高に対して手詰まりでしたから、沖田くんたちが動いてくれて助かりましたよ」
同調するようにそのとなりにいる山崎もうなずいた。
「古高捕縛はすでに済まされたことがらです。その結果に不満をのべるつもりはありません」
「お前ら、殊勝なやつらだねえ。それに引きかえ総司は……」
永倉も沖田に嫌みをいう。
黙っていることが辛くなった鶴姫は口を開いた。
『私が悪いんです。浪士たちとの小競り合いが始まり、遅れて現場に到着したときに桝屋側にいて、そのときに新選組だと声をたてられてしまいました。』
そう言い訳すると山南はバッサリと切り捨てる。
「君への監督不行き届きは誰の責任ですか?」
山南からの鋭い視線を浴びせられ、鶴姫は言葉につまる。
『……』
「一番組組長が監視対象を見失うなど……。全く情けないこともあったものですね?」
山南は大坂で怪我をしてからというもの、すっかり人が変わってしまった。
このことはさきに述べたところ(千鶴とのやりとり)からもわかる。
以前はもっと優しい人であった。
「外出を許可したのは俺だ。こいつらばかり責めないでやってくれ」
部屋にはいるなり土方は山南に向けて声をかけた。
怒りも焦りもない、穏やかな声だった。
山南は苦笑いを浮かべたが苦言を飲み込んで口を閉ざした。
「………土方さんが来たってことは、古高の拷問も終わったのか?」
「風の強い日を選んで京の都に火を放ち、あわよくば天皇を長州へ連れ出す――それがやつらの目的だ」
土方の凛とした声が広間に響く。
みんなはそれぞれに渋面を作った。
「町に火を放つだあ?長州のやつら、頭のネジが緩んでるんじゃねえの?」
「それ、たんに天子さまを誘拐するってことだろ?尊皇を掲げてるくせに、全然敬ってねーじゃん」
「……なんにしろ、見過ごせるものではない」
「奴等の会合は今夜行われる可能性が高い。お前らも出動準備を整えておけ」
「……承知しました、副長」
「よっしゃあ、腕がなるぜぇ」
皆は様々な反応を見せながらも、土方の言葉に了承の意を示した。
そして、土方は思い出したように鶴姫をみた。
「……それから進さんと楽と綱道さんの件だが、三人で西国の者と桝屋に来たことがあるらしい」
『西国の者と?長州ではなく薩摩ということですか?』
わかったのはそれだけだ、と土方は言い捨てる。
町で聞いたのと同じことだった。
とにかく、収穫があったのは長州だけではなく西国の人間ともなんらかの関わりがある事だった。
それからは部屋に戻り、千鶴に巡察中に得た情報や土方からの情報を報告していた。
千鶴も父親が西国の者と一緒にいたらしいことに驚いていた。
この日、日が沈んだ頃になると、屯所の中はかなり騒がしくなる。
朝封印した桝屋の土蔵が何者かによって打ち破られていた。
その中には甲冑や鉄砲が入れられていたのだ。
新選組は役人からこの連絡を受け、そのままにしていられないのですぐに出て長州を召し捕りたいと連絡を入れる。
この時、古高逮捕前から新選組は浪士の潜伏場所を探索したところ二十箇所あまりを確認していた。
それは新選組だけで処理しきれる数でもなく、会津からも人手を出してもらうことになる。
これには一橋や桑名からの人手も加わることになり、それぞれ手分けして今晩から探索にでることとなった。
「動ける隊士が足りていない。近藤さんの隊は十名で動くそうだ」
「俺らの隊は二十四人だったか?……隊士の半分が腹痛って、笑えねえよな」
今の時期、食べ物の傷みが激しくそれを口にしたり井戸水から腹痛を起こすものが多くなっているのだ。
「……そういえば、あいつらは使わないのか?夜の任務だし、うってつけだと思うんだが。お前らが減らしたけど、まだ何人か残ってるはずだろ?」
「しばらく実践から遠ざけるらしい。調整に手間取っているときいたが。血に触れるたび、俺たちの指示も聞かずに狂われてはたまらん」
この会話を聞いた鶴姫は、原田のいう【あいつら】が千鶴とここにやって来る原因ともなったあの化け物であることは察しがついた。
「……やつらも浮かばれねえな。戦うために選んだ道だろうに」
「左之。浮かばれないという表現は死んだものに対して使うものだろう」
「ああ、別に死んでねえよな。むしろ滅多なことじゃあ死なねえし」
聞いてはいけない話だというのもわかる。
以前にたような話になったときに、深く知るとさらに生き死ににも関わると言われたことがある話だ。
するとそのとき近藤が話しかけてきた。
「どうしたんだ、こんなところで」
『じっとしていられなくて部屋から出てきました。申し訳ありません』
「なるほどな。君の気持ちはよくわかる。討ち入り前で、皆も高揚しているしな」
『……はい』
これは高揚というのだろうか?殺気立っているの間違いではと思う鶴姫。
すると近藤は鶴姫に一緒に来るか?と提案してきた。
『!?私では足手まといになるだけかと…』
「伝令役になってもらえるとありがたいんだが……。もちろん、君に無理はさせん。それに剣の腕は確かだと総司から聞いている」
『それは……』
以前中庭で手合わせしたときの話だ。
あのときは体の異変で身をひいた。
自分の身は自分で守れるくらいの力量はあるとは思っている。
近藤の隊は十人しかいない中で、猫の手も借りたい程だろう。
しかし、十分に力量が発揮された訳では無いので少々役不足にも思えて仕方がない。
『………伝令くらいでしたら』
「まあ、僕は戦闘になったら参加してほしいなと思ってますけどね。鶴姫ちゃんは立派な太刀を持ってるし」
『…確かにありますけど』
「打刀は?」
『我が家に打刀はありません。家に伝わっているのは脇差二振りと太刀一振りです』
「鶴姫ちゃんの腕なら、脇差でも十分戦えるよ」
「穐月くん、どうだろう?」
『……太刀は室内戦になった時不利になる可能性が高いですので脇差で参ります』
「じゃ決まり。脇差とっておいで」
こうして伝令役兼隊士のようなかたちで池田屋に同行することになった鶴姫。
「平助君!」
千鶴は廊下を駆け抜けていく藤堂を呼び止める。
「何かあったの?なんだか皆、バタバタしてるけど……長州の間者って人から何か新しい情報でも聞き出せたとか?」
千鶴が尋ねると、そうそう、と藤堂はうなずいた。
「今夜、長州のやつらが会合する可能性があるらしいのね。で、俺らは討ち入り準備中ってわけ」
「そうなんだ……」
「土方さんたちの行く四国屋が当たりっぽいよ。……俺は逆方向だから、ちょっと残念だなあ」
「動ける隊士は三十ちょっとなんだよね?」
「ああ。肝心な時に暑さで腹を壊す奴らが多くて困ってるんだよ。会津藩や所司代にも連絡入れたんだけど、動いてくれる気配がないんだよなあ……」
時間は同夜五ツ時。
集会場所は祇園町会所。
to be continue