入隊希望者とその親族関係の明記を。
あなたを守ること 沖田
入隊希望者名簿
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「監察方所属、島田魁と申します。以後、お見知り置きください。」
最初に口を開いたのは大柄な隊士、島田魁。
恐ろしいより人が良さそうに見える。
「監察方所属、山崎烝」
キッパリとした口調で言うのは、眼差しが印象的な隊士、山崎烝。
「既に聞いていると思うが、君たち監察方には雪村綱道という蘭方医と、この蘭方医と行動を共にしている可能性のある人物の捜索をお願いしたい。」
近藤はあくまでも穏やかな口調のまま告げる。
「しかし綱道さんの行方は我々があちこち手を尽くしてもさっぱり分からないままだ。情報の隠蔽には何らかの組織的な力が働いている可能性が高いのではないかと思う……」
「では綱道さんや、その行動を共にしているかもしれない二人についても情報を集めるのも骨が折れそうですな」
「ああ。誘拐されちまったのか、綱道さん本人の意思か知らねえが、しばらく身を潜めてるんだろう。綱道さんの動きが見えるまで、薮を続いて蛇を出さねえ様、警戒しながら調査を行ってくれ」
島田と山崎はその言葉に大きく頷く。
「では本題に入りましょう。綱道さんや穐月くんのお父上やお兄さんの行方を調べる上で、我々には奥の手があるのです。雪村君、穐月君、簡単にで構いませんから自己紹介して頂けますか?」
「……私雪村千鶴と言います。父は蘭方医の雪村綱道です」
島田と山崎は声こそ出さなかったが、さすがに驚いたようだ。
二人から視線を向けられてちょっと居心地悪そうな千鶴。
『私は穐月鶴姫と言います。大坂の堺から来ました。父の名前は進、兄の名前は楽です』
そう言うと山崎の顔が変わった。
「何か知っているのか?」
「堺で進と言えば、大きな道場主で有名です。今日それらしき人物が長州や薩摩と裏で関わりがあるという情報が上がってきています。」
「「「「……………!!!!」」」」
その名前に、幹部たちの表情が一気に変わった。
『何か、ご存知なのですか?』
「綱道さんと同じく、穐月くんのお父上も新選組が今行方をおっている人物だ…。そうか、本名は穐月進か。恥ずかしい話だが、今まで本名が分からんでな。子が二人がいることは分かっていたんだが、子の名前も分からんときていた。」
「平隊士には伝えられん話だが、新選組が綱道さんや進さんを探す理由には幕府の密命が深く関与している。雪村君や穐月くんの素性を隠したまま男装で生活してもらっているのは、この情報を内外に伏せるためだ。」
「了解しました、局長。ところで、彼女達は密命に関しても全てご存知なんですか?」
土方は首を横に振り、苦々しげに口を開いた。
「こいつらはあくまで部外者だ。元々幕府に属する人間でもねえし、余計なことを話すんじゃねえぞ」
千鶴と鶴姫の処遇は結局のところ三人の手がかりが見つかるまで現状通りに屯所待機らしい。
状況に何らかの進展があれば、監察方と一緒に情報収集を行うことになるのかも。
千鶴はほぼ使い道がない私の存在は彼らも持て余してるんだろうと感じてしまって辛いという顔をしている。
「なんだか面倒だなあ……。結果的に土方さんの取り巻きがまた増えるってことでしょ?」
「……【取り巻き】などという侮辱的な表現はやめてください。自分はただ純粋に土方副長を尊敬しているだけですから」
キッパリ言い切る山崎と薄く微笑んだままの沖田が静かに火花を散らしている。
「いい加減にしろ総司。仲間内で揉め事を起こすな」
「山崎くんも落ち着いてくれ。組長相手になんて態度を……」
周りの人から制止されても、ふたりは睨み合ったまま。
土方は頭が痛そうに眉間に深いシワを刻んだ。
「とにかく会議は終わりだ。お前らはとっとと解散しろ!監察方のふたりは残れよ。幕府の密命について説明する。」
その言葉を聞いたみんなは、簡単な挨拶を口にしながらぞろぞろと広間を出ていく。
千鶴や鶴姫も井上に促されて彼らの後に続いた。
最後まで広間に残ったのは近藤、土方、山南、そして監察方の二人だけ。
密命のことは気になったが、千鶴に余計な事を聞かせずに済んで鶴姫は安堵していた。
余計なことを聞くのは自分一人で十分だ。
「はあ……」
自室に戻ってきた二人は強ばった身体をほぐそうと、思い切り手足を伸ばす。
『幹部会議だなんて出席しない方が幸せ?』
「正直なところ……。息苦しいし」
『まあ、そうだよね……それと太陽の位置を考えるともうそろそろ昼食の時間か。早いね』
「うん。お昼の担当は確か原田さんたちだった?」
『うん。大丈夫かな』
とその時だった
「きゃっ!?」
いきなり響いた大きな音に思わず身をすくませる千鶴。
そして廊下から怒鳴り声が聞こえてくる。
「一くん、そっち!」
「……わかっている。だが目に見えたからと言って、捕えられるかは別の話だ」
「下手な言い訳してないで、もっと気合い入れて走ろうよ!」
「な、何やってるんです?こんなところで──わっ!?」
なにやら外が騒がしい。
今日は朝からドタバタが止まらない一日になっている。
「一体、何事なの……?」
『何か入り込んだとか?』
二人ともすごく気にはなったが、この部屋から勝手に出られる立場でないことを思い出す。
「で、でも、覗くだけなら!」
もしかしたら部屋で待機しているどころじゃない大事件かもしれないと千鶴はそっと廊下を覗いて見た。
鶴姫もその上から廊下を覗く。
すると「にゃーんっ!!」という可愛らしい声が聞こえた。
『猫?』
「ひゃあっ!?」
目の前をすごい勢いで猫がとおりすぎていった。
「な、なんなんですかこの猫!もしかして沖田さんのですか!?責任もって捕まえてください!」
「僕のじゃないってば……!捕まえたいのはこっちも山々!」
「総司。口論する暇があるなら、もっと気合を入れて走ってくれ」
「にゃーんっ!!」
新選組でも一二を争う腕利きに追いかけ回される猫。
猫に振り回される沖田、斎藤。
ドタバタと三人が真剣な顔で追いかけている。
「ど、どういうこと……!?」
『なんと冗談みたいな光景』
思わず立ちつくす千鶴と鶴姫は駆け抜けていくその三人を呆然と見送った。
するとそこに藤堂がきた。
「千鶴!鶴姫!」
「あ、平助くん……!」
『今の何?総司たちが猫を追い掛けていったけど』
「あー……。その辺を説明するとさ、すごく長くなるんだけどいいか?」
「う、うん……」
「んじゃ作戦会議しねぇとな!千鶴ちゃん、鶴姫ちゃん、この部屋借りるぜ?」
『な、永倉さん!』
どこから現れたのか永倉が部屋に入っていった。
俺も作戦会議賛成と藤堂までも部屋に入っていく。
「すまねぇな、二人とも。他の部屋はちょうど埋まってんだ。ここしか使えそうにねえんだよ」
「え、えーっと、あの……!?」
事態はさっぱり飲み込めないまま、部屋に入っていく三人を見つめる。
何となく嫌な予感がする二人であった。
「あ、鶴姫ちゃん。左之さんとか平助とか見てない?ちょっと探してるんだけど────」
戻ってきた沖田がそう問いかける。
『二人なら作戦会議するとかで私たちの部屋にいますけど……』
「作戦会議か。妙案だな。では俺達も邪魔をしよう」
『ええ……』
駄目だとも言えないまま、さらに二人が部屋に入っていった。
その様子をなすすべもなく二人で見つめる千鶴と鶴姫。
二人の部屋に新選組の幹部が五人も揃ってしまった。
そんなに広くない部屋が大の男五人でみちみちになっている。
「千鶴、鶴姫。お前らも入れ。廊下に出ててほかの隊士共に見つかったら面倒だろ」
「は、はいっ!」
『わかりました』
千鶴と鶴姫は原田に引っ張られいつもより窮屈になった自分の部屋に戻った。
「事の起こりは勝手場だ」
永倉がとても神妙な顔で事情を説明し始めてくれた。
「昼は俺と左之が当番だからよ、飯の準備してたんだが━━そこに飛び込んできたやつが俺たちの努力を無にしやがった。勝手場はもう大惨事だ……」
「えーと……」
『猫がなにかされたんですね…』
「勝手場の釜やら鍋やら、全部ひっくり返しながった。もちろん中身の飯までだ」
「わ、わあ……」
原田の渋い表情から大変なことになっている勝手場の床が想像できた。
「このままじゃ今日は昼飯抜きだ。こんな時何より怖いのは───」
「怖いのは……?」
「怒り狂う土方さんだよな。食い物を無駄にすんじゃねえって、全員正座で説教されんじゃね?」
「ただのお説教で済めばいいけどね。手とか足とか刀とか出るんじゃない?」
『そんな馬鹿な…』
…………。
沖田の一言で場は重苦しい空気に包まれた。
そんな沈黙を打ち破るのは、真面目な顔をした斎藤。
「この件は内密に済ますべきだ。副長が余計な心労を感じないよう、俺たちで内々に始末をつけよう」
「ちなみに土方さんって、今どちらに……?」
「土方さんはまだ広間だな。近藤さんと山南さんと三人で、なんか会議してるらしいぜ」
「いかにも重要みたいな会議で真剣とがらせてる時に邪魔したら、どうなるか想像もつかないよね」
『しかもこれだけ騒いでるだけでも怒られそうですね』
……………………………。
沖田と鶴姫の言葉で再び重たい沈黙が場に落ちる。
「と、とにかく。千鶴ちゃん、鶴姫ちゃん、俺たちに手ぇかしてくれねえか?」
「ええっ!?」
「急いで勝手場の後始末をして、昼飯を作り直さなくちゃならねえ。もう俺たちだけじゃ無理なんだ」
「で、でも、あの……」
「頼む。平隊士どもに知られて、この騒ぎが大きくなっちまう前に何とか解決してえんだ……!」
千鶴と鶴姫を拝み倒そうとする永倉を平助は遮るように身を乗り出してきた。
「勝手場も大変だけどさ、土方さんたちの方だって誤魔化さなきゃダメだろ?さっきの酷い物音でなんか変なことが起きてるって向こうも勘づいたはずだし」
『それに、大きな声で叫んでましたし……』
平助はそのごまかし作業を鶴姫たちにも手伝わせたいらしい。
できれば遠慮させて欲しいと言わんばかりの表情の千鶴。
「それも大事だろうけど、まずはあの猫を捕まえないと続けて被害が起きそうだよね」
「ああ。それぞれに役割を分担する必要があるな」
「あ、あの………」
『私たちは基本的にこの部屋から出られない決まりですよね?それを勝手に出してしまうのもいかがなものかと思うのですが……』
「ああ、通常時であればな。しかし想定外の事件が起きれば、背に腹は変えられないだろう。今は猫の手も借りたい状況だ。あんたたちも俺たちと働いてくれ」
彼らに命を握られていると思うと、断れるはずがない。
しかし、千鶴に関してはそのような人たちと行動するなど、どうしても恐ろしく感じてしまい、何も答えられずにいた。
「ま、なるようになるだろ。そんなに心配すんなって。そう気負う必要はねえから、適当になにか手伝ってくれよ」
『はあ……』
「それしかないみたいですね……」
『では原因を作った猫をまず捕まえましょうか』
「ああ。二次災害が起きては、土方さんに面目が立たん。早急に捕まえるべきだ。あんたも手を貸してくれ」
『はい』
真面目な顔の斎藤に鶴姫は頷いた。
そんな様子を眺めていた沖田が小さく笑う。
「鶴姫ちゃんなら、戦力として期待できるかもね。僕の小姓だし」
『頑張ります』
「でも、猫の方は意外とすばしっこいから捕まえるのは骨が折れると思うけどね」
「とにかく外に出るぞ。まずは猫を探さねばならん。」
ということで、沖田、斎藤、鶴姫は中庭に出てみることにした。
『いませんね』
「ああ。まるで気配が感じられん。隠れているわけでも無さそうだ」
「どこに行っちゃったのか、探す必要がありそうだね。屯所を出てくれてるなら、すごく助かるんだけど……」
「【猫は屯所を出た】という確証が掴めるまで探索の手をゆるめるべきではないと思うが」
「相変わらず固いなあ。一くんって本当に真面目だね。」
沖田がそう言って肩を落とした時だ。
『あれ』
「どうしたの鶴姫ちゃん。なんか変なこと思い出した?」
『向こうから何かの鳴き声が聞こえた気がして』
「………」
「…………」
鶴姫の言葉を聞いた沖田と斎藤は顔を見合わせる。
斎藤は静かな瞳で鶴姫を見つめる。
「あんたの聞いた声とやらが有益な手がかりになる可能性は決して高くないと思うが……関係ないと決めつける前に、まず審議を確かめるべきだ」
「うん。鳴き声っていうのも、どことなく事件の香りだしね。さっそく様子を見に行こうよ」
鳴き声のする方向に歩いてみると、八木邸の玄関先にたどり着く。
「うえええええんっ!」
そこには泣きじゃくる男の子の姿。
鳴き声ではなく泣き声だった。
「あれ、八木家の子じゃないか。どうして泣いてるのさ?」
「う、うう……」
男の子は涙を拭いつつ、沖田の質問に答える。
「せっかく捕まえてきたのに、猫、逃げちゃって……」
「屯所に猫を連れ込んだのはあんたの仕業だったのか。もう少し詳しい話を聞きたいところだが………」
「う……、うえええんっ!」
『斎藤さん……。君、泣かないで。君のせいじゃないよ。猫可愛いもんね』
「ほら、一くんが睨むからだよ。責任取って泣き止ませないと!」
「無茶を言うな。総司こそ、子供の相手は得意だろう」
斎藤と沖田はしばらく無言のまま睨み合う。
やがて彼らの視線は何故か鶴姫に向けられた。
『…………』
…………………。
…………………………………………。
『はぁ。わかりました』
こうして泣いている子供に笑顔を取り戻してもらうには……
『いない、いない、ばー!』
「うえええんっ!」
斎藤から無言の圧力。そして全力の空振り。
完全に無反応な子供と斎藤の冷たい視線に思わず赤面してしまう鶴姫。
「あははははっ!」
『総司!』
今のが余程おかしかったのか、沖田だけは大笑い。
「すごく面白かったよ!まさかそういうのでくるなんて、全然想像もしてなかった!」
『そうですか?いないいないばーの年頃でも無いですかね』
内心はこんなに絶賛されても逆にすごく複雑な心境の鶴姫であった。
「……バカバカしい。総司には付き合いきれん」
「そんな言い方しなくても。面白いものは面白いんだから、笑うのも仕方ないでしょ?」
「限度というものがある。いくらなんでも笑いすぎだ。そんな調子ではあんたが、本来の目的を忘れてるとしか思えなくなるんだが──」
「確かに忘れかけてたかな。さっきのは考えてたことを全部吹き飛ばす威力があったから」
沖田の言葉は一応褒めてくれていると受け取っていいものやら。
今鶴姫は全力で猫を探すことに賛同した自分を恥じている。
斎藤は呆れたように大きなため息をはいた。
「俺は俺で猫を探してこよう。あんたらも真面目にやってくれ」
『私まで不真面目のように……』
見切りをつけられたのか、斎藤は鶴姫たちを置いて立ち去る。
沖田は少しも動揺せずニコニコと笑っていた。
「じゃあ僕達も頑張ろうか。鶴姫ちゃん、さっきの続きして?」
『……あんなに笑われたあとでするわけないじゃないですか』
沖田から変な期待を受けながら、別の方法で笑顔を取り戻させようとがんばることにした。
泣いている子を落ち着かせるのは容易なことではない。
落ち着くまで話を聞いてくれそうもない。
「ぐすっ……」
その子が泣き止む頃には、随分時間が経っていた。
「つまり君が捕まえてきた猫は、さっきまでそこの木にいて、それから屋根の上を伝って逃げてっちゃったんだね?」
沖田が確認すると子供は小さく頷いた。
「屋根の上かあ……。ここから確認できないし、ちょっと面倒そうだね」
『そうですね……』
やはり猫を探すためには屋根の上に登るしかないのかと悩んでいた時。
「沖田さん」
『あ、山崎さん』
どこか冷たい声と共に山崎が姿を見せる。
「穐月君まで連れ出して何をしてるんですか」
「何ってさっきの続きだよ。猫を捕まえようとしてるとこ」
「……俺が言っているのは、そういうことじゃありません。この件をまだ土方さんに報告していないと聞きました。一体どういうことですか?」
「君は土方さんに伝えれば、それで猫を捕まえられるの?」
「そうでありませんが、今回の一件は新選組に対して既に害を及ぼしています。食料は無駄になりましたし、洗濯物は地面に落ちています。これより事態が悪化する前に、先ず副長判断を仰ぐべきかと」
「だからさ。解決しちゃえば、土方さんの判断とか関係ないでしょ」
『………』
真っ向から対立する意見。
この二人では埒が明かない。
八木邸の子も怯えたのか、いつの間にか鶴姫たちの傍からいなくなってしまっている。
やがて睨み合う二人は何故か鶴姫に視線をよこす。
「穐月君。第三者的な視点から意見を聞かせてくれないか?」
『えっと、私は騒動は内密に処理出来れば、それが一番だと思います。土方さんたちは重要な会議中です。食料や洗濯物に被害は出ていますが、会議の腰を折ってしまうのもどうかと』
「………」
鶴姫の提案を聞いた山崎は渋い顔で黙りこくってしまう。
『あの……』
「そういうことだから、ここは僕たちに任せてよ」
沖田は機嫌良さそうに山崎へ微笑みかけた。
「君も反対ばかりしてないで、ちゃんと理解を示してほしいな。騒ぎが大きくならないように僕達は頑張ってるんだから」
「…………わかりました」
山崎は渋々ながら、その言葉に頷いた。
「じっとしていられないなら、手伝ってくれてもいいけど?」
『なんて意地悪な言い方……』
「いえ、遠慮させていただきます。自分には自分の勤めがありますので」
皮肉げな沖田の言葉を山崎は険しい表情でかわす。
「ただし。今以上に騒ぎが大きくなりそうな気配があれば、すぐ副長へ報告してください。」
『はい!』
大きく頷く鶴姫を見て山崎は安堵したようにやや表情をゆるめる。
それから鶴姫たちは山崎とわかれ、猫探しを続けるのだった。
「ねえ、鶴姫ちゃん。あそこで寝てるのって例の猫じゃないかな?」
『あ、そうかもしれません』
沖田の刺した方角に日向ぼっこする猫の姿。
『間違いありません』
沖田は普段通りの足取りで猫に近づいていき
「よいしょ」
「ぎにゃー!」
あっさり小さな猫の体を鷲掴みで持ち上げた。
しかし
『駄目ですよ、総司!』
鶴姫は大慌てで猫を沖田の手から奪い取る。
『猫はちょっとのことでも、骨が折れたり内臓が傷ついたり、命取りになる生き物なんです。優しく扱わないと』
「ご、ごめん……」
鶴姫の剣幕に押されてか沖田は素直を謝った。
「悪気はなかったんだけど、そこまで考えてなかったから」
『勉強になりましたね。次から気をつけましょう?』
あっと気付いた時には鶴姫は自分がどれだけ生意気なことを言ったのかよく分かった。
『すみません!つい勢いで……』
「僕が不注意だったよ。痛め付ける意図はないのに、傷つけるところだったね」
謝る鶴姫に沖田は神妙な顔で答える。
『出過ぎた発言だったかと思います。申し訳ありません』
起きたは小さくため息を吐き呆れたような口調で言う。
「何か誤解してない?僕だって訳もなく生き物を殺したりしないってば。猫が弱いものだなんて、意識したこと無かったけど、鶴姫ちゃんの言葉には納得したから。猫の作りには詳しくないけど、人間のことなら少しわかるし」
『人間の……』
「うん。人間は見た目よりも、簡単に壊れるものだってね」
『…………』
初めてあった日の夜、血に狂った隊士達のことだろうか。
そう考えて沖田の顔を見るが、にこやかに続ける。
「だから人間より小さい生き物なら、もっと壊れやすいのかもしれない。そういうことをきちんとわかってる鶴姫ちゃんは偉いと思うよ。」
『父様から教わりましたから』
どうやら沖田は素直に感心してくれているようだ。
その無邪気さを感じながら、いささか困惑もした。
「じゃこの猫は僕があの子に返しておくから。今度は逃がさないようにちゃんと言い含めておくから、鶴姫ちゃんも心配しなくていいよ」
『ありがとうございます』
本当に大丈夫だろうかとの言葉はグッと飲み込んだ。
沖田は改めて鶴姫から小さな猫を受け取り、緊張した面持ちで猫のことを見つめながら、優しく抱き抱える。
自分の部屋へと戻りながら鶴姫は不思議な気分になった。
もしかすると沖田は基本的に悪気がない人なのかもしれない。
しかし、悪気なく普段から意地悪を言っているのならそれはそれで悪質では。
今日は一日朝から災難続きであったが、最後に猫によって意外な一面を知ることが出来た。
それが今日の収穫。
To be continued