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甘い夢現な時間を過ごした年末は過ぎ去り年は明け、今日から新学期が始まった。
恋が教室に入ると、清田が元気よさそうに声をかけて来た。
「おー、如月、元気だったか?」
「あ、清田くんおはよう。私は元気だよ。清田くんも元気だった?」
「おぉ!でさぁ如月ー、聞きてぇんだけどよ」
清田は快活な返事をして、恋の前の席の椅子をガタガタと引いて座ると頬杖を付いた。
その表情は次第に曇り始める。
恋は鞄を机にかけると、改まった様子で耳を傾けた。
「ん?何?」
「彼女がさー」
「えっ!?」
「あ?」
恋が素っ頓狂な声を出したので、清田は眉間に皺を寄せて恋を見た。
恋は、口をパクパクさせてから言葉を絞り出す。
「彼女いたの…?」
「あれ、言ってなかったっけ?花火大会の日、中学のダチに会っただろ?あの中にいた子なんだぜ。ずっと好きだったんだ」
「そう…だったんだ」
「それでさぁ、キスしようとしたら拒まれたんだけど、どう思う?やっぱ、俺の事本当は好きじゃねぇのかなぁ…」
「キッ!?」
「ん?何だよ?」
今度はその言葉に反応してしまい、恋はまたも清田に怪訝そうに見られてしまった。
恋は、そんな話題を振られるとは思ってもいなかったのだ。
まだ一度も付き合った事のない恋にとって、それはまだ漫画やドラマなど作り物の世界の出来事でしかない。
そんな妙に生々しい話題は、今までした事がないのだ。
友人達は彼氏持ちだが、いない恋に気を遣ってか、そこまで踏み込んだ話題を振られる事はなく、恋は今、返答に困った。
「う、ううん、何でもない!ていうか、そんなプライベートな話私にされてもっ」
「だって、お前口堅そうだろ」
「えっ、うん、言わないけど…でも彼女じゃないから分からないよ…。直接聞いてみたの?」
「そんなの怖くて聞けるわけねぇだろ!だから困ってんだよー。好きなら、キスの一つや二つしたいだろー?あー、告白した時、抱きしめるだけじゃなくて、勢いに任せてすれば良かったぜー」
清田が不満げにぼやく言葉が、恋には刺激が強く途端に居心地が悪くなる。
思春期らしい恋愛トークの経験が極端に少ない恋にとっては、異性からの相談というのは戸惑いしかなかった。
まして、自身に経験のない事を相談されても困るのだ。
「ご、ごめん、ちょっとトイレ!」
恋は耐え切れず、席を立った。
当てもなく廊下を進み階段付近で曲がると、前方から来た人物と衝突した。
恋は、思わず顔を押さえて後ずさる。
「あぁ、悪い、大丈…如月だったのか」
「…牧さん!?」
「大丈夫か?前は見て歩けよ」
「は、はいっ!」
瞬間、恋は牧の顔、特に口元が目に入る。
先刻の清田の言葉が蘇り、一人羞恥心が込み上げた恋は、サッと視線を逸らした。
今まで意識などしなかった事が突如頭を占拠し、恋は一歩また一歩と後ろへ下がっていた。
そんな恋の様子に牧は小首を傾げ、その間合いを詰める。
「如月?」
「えっ!?な、なな、何ですか!?」
「どうした?」
「な、何でもないですよっ」
「そうか?」
恋はずっとそっぽを向いたままだ。
妙な態度をとっている自覚はあるのだが、恋の頭の中はまとまらず、言行不一致な態度をとってしまう。
牧からすれば、今までにない様な態度が気にかかる。
スッと牧の手が自身に伸ばされ触れられる気配がした途端、恋は小さく叫んだ。
「っや!」
「えっ?」
「ごっ…ごごご、ごめんなさいっ!違うんです、牧さんが嫌とかじゃなくて、でもあの、とにかく、ごめんなさいっ‼︎」
恋は、青い顔をして口ごもりつつも、牧の反応など気にせず駆け出してしまう。
頭の中はすでにパニック状態で、自身の言動を省みる事も出来ない。
ただただ、そんな事に反応している自身がどうしようもなく恥ずかしく、自己嫌悪していた。
一方、その場に残された牧は、少なからずショックを受けていた。
ここまで拒否を露わにされた事など、今までないのだ。
そして、その日以来、恋は牧に合わす顔がなくなり、僅かに距離が出来始めた。
数日後、バイト中の恋は水戸の隣でため息を吐いていた。
外は、それに呼応する様に曇天だ。
ため息の大きさと恋の暗い表情に、水戸は声をかける。
「でっかいため息だな」
「あ、ごめん」
恋は無意識だった様で謝るが、水戸は特に気にしていないと笑う。
「いいけど。どうかしたのか?」
「どうもしないよ。ただ無駄なのが分ってるのに、意識しすぎだって気付いただけで」
「言ってる意味、わかんねぇんだけど?」
「だよね。気にしないで」
「まぁ、いいけど。ミスるなよ」
「うん」
水戸は意地の悪そうな笑みを浮かべからかう様に言ったが、恋はただ頷いた。
その様子は、心ここに在らずと言った風で、水戸は苦笑いするしかない。
その後、藤真が来店し、恋が食事を運ぶと藤真が声を発した。
「なぁ、これ言ったのと、伝票に書かれてるの違うんだけど」
「えっ!?す、すみませっ」
「如月ー。お前、何ミスしてんだよ」
「ごめんなさい。すぐ取り替えます」
再度、恋が皿を手にしようとすると、藤真はそれを遮った。
「まぁいいよ、このままで。どうしたんだよ?こんな凡ミス」
「ごめんなさい、悩み事があって…」
「仕事中だろー?そんなの出すなよ」
「はい、返す言葉もないです…」
呆れて言う藤真に、恋は見るからにシュンとしていた。
藤真の言葉は最もで、恋は自らを恥じる。
藤真は見兼ねて口を開いた。
「お前、明日暇か?」
「え?はい、バイトも部活もないですけど」
「じゃあ、明日付き合え」
ニカっと笑う藤真が、何を考えているのか恋には分からない。
何故そんな話になるのか疑問しか浮かばず、恋は小首を傾げる。
ただ、この眩し過ぎる笑顔には何故か逆らえない気がしていた。
「え?どこに…」
「どこでも。行きたいとこあれば考えとけよ」
「えぇ…困ります…」
「おー、困れ困れ。じゃあ、明日な」
ヒラヒラと手を振られ、恋は渋々その場を後にした。
何故、次から次へと悩みというのは尽きないのだろうかと、恋は頭を抱える。
薄暗い空からは、ポツポツと雨が降り出していた。
翌日の放課後、恋は昨日の藤真が発した言葉の意味を考えながら廊下を歩いていた。
明日と言われた所で、待ち合わせ場所を決めたわけでもなく、外は生憎の雨だ。
昨日からシトシトと降り続く雨は、窓を曇らせ外の視界は悪い。
だから、てっきり場を和ませる冗談で、わざわざ雨の中出掛けないだろうと恋は結論付けたのだが、そうではないと今更ながらに気付く事となる。
校門前、何度となく見覚えのあった姿が何故かそこにはあり、恋は呆然と立ち尽くした。
ハッと我に返り、徐々に近づいて見てもそれはやはり藤真で、数人の女子生徒から声をかけられている所であった。
「お、如月。やっと来たな」
藤真は恋の存在に気付くと、女子生徒達と笑顔で別れ、天気に似合わない颯爽さで恋の元へやって来た。
恋は、周りの痛い視線を感じつつ藤真を見上げる。
「あの、何でここに…」
「昨日、約束しただろ?」
「雨だし、冗談じゃ…」
「何でそんな冗談言わなきゃなんねぇんだよ。雨は雨で楽しめるだろ。ほら、行くぞ」
藤真は、グッと恋の腕を引いた。
益々周りの注目を浴びて恋が冷や汗をかいていると、藤真は前方に見知った姿を見つけた。
「あ、牧」
「えっ!?」
恋が視線を移すと、驚愕している牧がいた。
互いに、その状況への理解が追いつかない。
「何をしているんだ…?」
「ん?遊びに行くんだよ、今から。そうだ、牧も付き合え」
藤真は、器用に肩で傘を支えると牧の腕も掴んだ。
「えっ!?」
「おい、藤真」
二人は、強引な藤真に引きづられる様にその場から移動した。
途中、恋が雨で濡れるからと訴えると藤真は手を離したが、そのまま意気揚々と駅へ向かい、電車を乗り継ぎ繁華街へ向かった。
恋と牧は、互いに距離を取りながら藤真について行くしかない。
初めは抗議の声を上げたが、藤真は笑顔ではぐらかし、その強引さに二人は次第に抵抗が無駄だと感じていった。
繁華街のある駅の改札口で立ち止まると、藤真は辺りを見渡した。
「さーて、どこに行こうか」
「藤真」
「ん?どこか行きたい所があるのか?」
牧が呼び止め、振り返った藤真は嬉しそうに返答を待っていた。
牧は、頭が痛くなりつつある。
「いや、それよりまずはこの状況を説明してくれ」
「あ?だから遊ぶんだよ、今から三人で」
「何故だ」
「昨日、如月と俺が約束して、迎えに来たらお前がいた。で、お前も一緒にどうかと思ったんだよ」
何も問題ないとでも言うかの様な藤真の言葉に、牧は眉間の皺を深くした。
「二人で遊べばいいだろう」
「あ?何怒ってんだよ。人数いた方が楽しいだろ」
「話にならないな。俺は帰る」
ため息を吐き踵を返す牧に、ドンっとわざとらしくぶつかり藤真はボソリと口を開いた。
「んな事言っていいのか?」
「何だ」
「俺と如月が、いい感じになってもいいのか?」
「お前…」
牧が明らかに藤真を睨み付けると、藤真は引っ掛かったとばかりにニッと笑った。
「よーし、如月、どこ行きたい?」
藤真は、カラッとした笑みで恋を振り返り尋ねる。
恋は、チラリと牧を見て言葉を探していた。
この三人でいる事が似合う場所が、すぐには思い浮かばない。
恋が返答しないでいると、藤真は目に止まった広告塔を見て目的地を決めた。
藤真が傘を差し歩き出すと、恋と牧もそれに続くしかなかった。
藤真は、二人を引き連れ映画館へ入り観る映画を確認すると、チケットを購入しに行く。
すぐに戻って来た藤真と共に上映部屋へ向かうと、意外にも中は空いており、藤真が嬉々として座ると、残りの二人もそれに倣った。
「これ、観たかったんだよなー」
「藤真はこういうのが好きなのか」
「ん?まぁ、そうだな。牧は?」
「そうだな…特にはないが、推理物はわりと観る方かもしれないな」
「あぁ、お前刑事とか似合いそうだよな」
「どういう意味だ?」
「…見た目?」
「それは、馬鹿にされていると思っていいんだな」
「別に深い意味はねぇよ。なぁ、如月もそう思わねぇ?」
牧は諦めたのか、藤真と普通に会話をし出している。
恋は今のやりとりをずっと聞いていたが、その状況に苦言を呈した。
「答えにくい事聞かないで下さいよ。というか、お二人で話すなら、隣同士で座って下さい」
今、恋を挟み左右に牧と藤真が座っている。
恋は、自らを挟んで繰り広げられる会話に入る事もできずに居心地が悪くなり訴えたが、藤真は怪訝そうに恋を見返した。
「は?嫌だよ、せっかく女の子がいてるのに、何で男と座らなきゃならないんだ。お、始まるぞ」
藤真が少し薄暗くなる空間に、ワクワクとした様子でスクリーンを見上げた。
恋が少し困った顔で同じ様にスクリーンへ視線を移すと、牧が小声で呼び掛けた。
「如月」
「はい?」
「寒くはないか?」
「え?あ、はい」
「そうか」
上映部屋内は暖房が僅かに効いているとはいえ、人が少なく雨に濡れた足元は特に冷える。
恋は自身の上着を膝下にかけてはいるが、スカートである足元は少し不十分な気がした。
藤真は、二人の会話が聞こえたのか口を挟む。
「あ?何、寒いのか?上着いるか?」
「えっ!?いえ、大丈夫で…」
その時、恋の膝上に牧の上着が置かれた。
大きな上着は恋の足元をすっぽりと隠してしまう。
「かけておくといい」
「えっ、大丈夫ですよ!汚れちゃいますし…」
「気にするな。スカートだと足元から冷えるだろう」
「ここあんま暖房効いてねぇしな。素直に借りとけよ、如月。俺のもかけといてやる」
「えっ、あの…ありがとうございます…」
藤真も笑いながら、自身の上着を恋の肩にかけた。
大きな上着が体をすっぽりと包み、重みの増した足元に、恋は苦笑した。
映画も終わり、恋達は上映部屋から出て人々の流れに沿って歩く。
藤真は、ロビーへ向かうと売店へと進み、パンフレット片手にホクホクとした顔で戻って来た。
「あー、面白かった」
「そうですね」
「じゃあ、そろそろ遅いし帰るか」
「そうだな」
藤真は、腕時計で時間を確認するとあっさりとそんな事を言う。
確かに、映画で二時間弱を潰せば辺りはすっかり暗くなってしまっているので、帰宅を考えるのも無理はないだろう。
牧はすんなり帰る事に合意するので、わざわざ反対する事もないだろうと恋も頷く。
そのまま三人は駅へ向かい、電車に乗り込んだ。
「あ、そうだ如月」
「はい?」
「これやるよ」
「え?」
「さっき、パンフレット買ったらおばちゃんがくれた。俺はつけないからやるよ」
藤真は、何かの特典であったのであろう小さなマスコットを差し出した。
恋は、面食らいながらそれを受け取る。
「え、ありがとうございます」
「おう、じゃあな」
藤真は笑みを浮かべて、目的地のホームに降りた。
それを二人で見送っていると、電車は静かに走り出す。
牧はやけに静かだったが、恋をジッと見下ろし口を開いた。
「で?どうしてこんな事になったんだ?」
「え?あ、それは昨日バイト先で藤真さんに出す商品を間違えてしまって…そしたら何故かこんな事に…」
「ていよく誘われているんだな」
「え?」
「いや、何でもない」
牧はドアの外を見ながら、恋に顔を向ける事がなかった。
恋は少し居心地悪く感じながらも、話題を必死で探す。
「あ、そう言えば、これ!」
恋は思い出したかの様に、鞄から一つの封筒を取り出し、牧の前にズイッと差し出した。
それは、藤真から貰った写真の入った封筒だった。
牧はそれを受け取ると、中身を引き抜き確認して、不思議そうに問う。
「…これは?」
「あ、この間の翔陽祭での写真です」
「フッ、こんな顔をしていたんだな」
牧は、写真を見て思わず口元が緩んだ。
それを見た恋は、嬉しくなり言葉を続ける。
「はい、凄くよく撮れてますよね」
「俺が貰ってもいいのか?」
「あ、はい!藤真さんが、牧さんにも渡せって言っていたので」
恋が笑顔を向けてそう言うと、牧は少しだけ眉間に皺を寄せた。
その表情に、恋はびくりとたじろいだ。
「そうか、藤真が言ったからか…」
「えっ?あ、はい」
「分かった」
「えっ?」
「お前は、藤真には従順だな」
「あの…?」
「…いや、何でもない」
牧はそれきり口を閉ざした。
恋は、何かとんでもない事を口走ってしまったのかと考えを巡らせるが、不安が先立ち考えがまとまらない。
それから牧は降りる駅に着くと、挨拶だけして恋と視線を合わせる事もなくさっさと降りてしまった。
恋は、その事態に血の気が引いた。
何となく、牧が怒っている気はするも、その原因が浮かばないのだった。
恋が教室に入ると、清田が元気よさそうに声をかけて来た。
「おー、如月、元気だったか?」
「あ、清田くんおはよう。私は元気だよ。清田くんも元気だった?」
「おぉ!でさぁ如月ー、聞きてぇんだけどよ」
清田は快活な返事をして、恋の前の席の椅子をガタガタと引いて座ると頬杖を付いた。
その表情は次第に曇り始める。
恋は鞄を机にかけると、改まった様子で耳を傾けた。
「ん?何?」
「彼女がさー」
「えっ!?」
「あ?」
恋が素っ頓狂な声を出したので、清田は眉間に皺を寄せて恋を見た。
恋は、口をパクパクさせてから言葉を絞り出す。
「彼女いたの…?」
「あれ、言ってなかったっけ?花火大会の日、中学のダチに会っただろ?あの中にいた子なんだぜ。ずっと好きだったんだ」
「そう…だったんだ」
「それでさぁ、キスしようとしたら拒まれたんだけど、どう思う?やっぱ、俺の事本当は好きじゃねぇのかなぁ…」
「キッ!?」
「ん?何だよ?」
今度はその言葉に反応してしまい、恋はまたも清田に怪訝そうに見られてしまった。
恋は、そんな話題を振られるとは思ってもいなかったのだ。
まだ一度も付き合った事のない恋にとって、それはまだ漫画やドラマなど作り物の世界の出来事でしかない。
そんな妙に生々しい話題は、今までした事がないのだ。
友人達は彼氏持ちだが、いない恋に気を遣ってか、そこまで踏み込んだ話題を振られる事はなく、恋は今、返答に困った。
「う、ううん、何でもない!ていうか、そんなプライベートな話私にされてもっ」
「だって、お前口堅そうだろ」
「えっ、うん、言わないけど…でも彼女じゃないから分からないよ…。直接聞いてみたの?」
「そんなの怖くて聞けるわけねぇだろ!だから困ってんだよー。好きなら、キスの一つや二つしたいだろー?あー、告白した時、抱きしめるだけじゃなくて、勢いに任せてすれば良かったぜー」
清田が不満げにぼやく言葉が、恋には刺激が強く途端に居心地が悪くなる。
思春期らしい恋愛トークの経験が極端に少ない恋にとっては、異性からの相談というのは戸惑いしかなかった。
まして、自身に経験のない事を相談されても困るのだ。
「ご、ごめん、ちょっとトイレ!」
恋は耐え切れず、席を立った。
当てもなく廊下を進み階段付近で曲がると、前方から来た人物と衝突した。
恋は、思わず顔を押さえて後ずさる。
「あぁ、悪い、大丈…如月だったのか」
「…牧さん!?」
「大丈夫か?前は見て歩けよ」
「は、はいっ!」
瞬間、恋は牧の顔、特に口元が目に入る。
先刻の清田の言葉が蘇り、一人羞恥心が込み上げた恋は、サッと視線を逸らした。
今まで意識などしなかった事が突如頭を占拠し、恋は一歩また一歩と後ろへ下がっていた。
そんな恋の様子に牧は小首を傾げ、その間合いを詰める。
「如月?」
「えっ!?な、なな、何ですか!?」
「どうした?」
「な、何でもないですよっ」
「そうか?」
恋はずっとそっぽを向いたままだ。
妙な態度をとっている自覚はあるのだが、恋の頭の中はまとまらず、言行不一致な態度をとってしまう。
牧からすれば、今までにない様な態度が気にかかる。
スッと牧の手が自身に伸ばされ触れられる気配がした途端、恋は小さく叫んだ。
「っや!」
「えっ?」
「ごっ…ごごご、ごめんなさいっ!違うんです、牧さんが嫌とかじゃなくて、でもあの、とにかく、ごめんなさいっ‼︎」
恋は、青い顔をして口ごもりつつも、牧の反応など気にせず駆け出してしまう。
頭の中はすでにパニック状態で、自身の言動を省みる事も出来ない。
ただただ、そんな事に反応している自身がどうしようもなく恥ずかしく、自己嫌悪していた。
一方、その場に残された牧は、少なからずショックを受けていた。
ここまで拒否を露わにされた事など、今までないのだ。
そして、その日以来、恋は牧に合わす顔がなくなり、僅かに距離が出来始めた。
***
数日後、バイト中の恋は水戸の隣でため息を吐いていた。
外は、それに呼応する様に曇天だ。
ため息の大きさと恋の暗い表情に、水戸は声をかける。
「でっかいため息だな」
「あ、ごめん」
恋は無意識だった様で謝るが、水戸は特に気にしていないと笑う。
「いいけど。どうかしたのか?」
「どうもしないよ。ただ無駄なのが分ってるのに、意識しすぎだって気付いただけで」
「言ってる意味、わかんねぇんだけど?」
「だよね。気にしないで」
「まぁ、いいけど。ミスるなよ」
「うん」
水戸は意地の悪そうな笑みを浮かべからかう様に言ったが、恋はただ頷いた。
その様子は、心ここに在らずと言った風で、水戸は苦笑いするしかない。
その後、藤真が来店し、恋が食事を運ぶと藤真が声を発した。
「なぁ、これ言ったのと、伝票に書かれてるの違うんだけど」
「えっ!?す、すみませっ」
「如月ー。お前、何ミスしてんだよ」
「ごめんなさい。すぐ取り替えます」
再度、恋が皿を手にしようとすると、藤真はそれを遮った。
「まぁいいよ、このままで。どうしたんだよ?こんな凡ミス」
「ごめんなさい、悩み事があって…」
「仕事中だろー?そんなの出すなよ」
「はい、返す言葉もないです…」
呆れて言う藤真に、恋は見るからにシュンとしていた。
藤真の言葉は最もで、恋は自らを恥じる。
藤真は見兼ねて口を開いた。
「お前、明日暇か?」
「え?はい、バイトも部活もないですけど」
「じゃあ、明日付き合え」
ニカっと笑う藤真が、何を考えているのか恋には分からない。
何故そんな話になるのか疑問しか浮かばず、恋は小首を傾げる。
ただ、この眩し過ぎる笑顔には何故か逆らえない気がしていた。
「え?どこに…」
「どこでも。行きたいとこあれば考えとけよ」
「えぇ…困ります…」
「おー、困れ困れ。じゃあ、明日な」
ヒラヒラと手を振られ、恋は渋々その場を後にした。
何故、次から次へと悩みというのは尽きないのだろうかと、恋は頭を抱える。
薄暗い空からは、ポツポツと雨が降り出していた。
***
翌日の放課後、恋は昨日の藤真が発した言葉の意味を考えながら廊下を歩いていた。
明日と言われた所で、待ち合わせ場所を決めたわけでもなく、外は生憎の雨だ。
昨日からシトシトと降り続く雨は、窓を曇らせ外の視界は悪い。
だから、てっきり場を和ませる冗談で、わざわざ雨の中出掛けないだろうと恋は結論付けたのだが、そうではないと今更ながらに気付く事となる。
校門前、何度となく見覚えのあった姿が何故かそこにはあり、恋は呆然と立ち尽くした。
ハッと我に返り、徐々に近づいて見てもそれはやはり藤真で、数人の女子生徒から声をかけられている所であった。
「お、如月。やっと来たな」
藤真は恋の存在に気付くと、女子生徒達と笑顔で別れ、天気に似合わない颯爽さで恋の元へやって来た。
恋は、周りの痛い視線を感じつつ藤真を見上げる。
「あの、何でここに…」
「昨日、約束しただろ?」
「雨だし、冗談じゃ…」
「何でそんな冗談言わなきゃなんねぇんだよ。雨は雨で楽しめるだろ。ほら、行くぞ」
藤真は、グッと恋の腕を引いた。
益々周りの注目を浴びて恋が冷や汗をかいていると、藤真は前方に見知った姿を見つけた。
「あ、牧」
「えっ!?」
恋が視線を移すと、驚愕している牧がいた。
互いに、その状況への理解が追いつかない。
「何をしているんだ…?」
「ん?遊びに行くんだよ、今から。そうだ、牧も付き合え」
藤真は、器用に肩で傘を支えると牧の腕も掴んだ。
「えっ!?」
「おい、藤真」
二人は、強引な藤真に引きづられる様にその場から移動した。
途中、恋が雨で濡れるからと訴えると藤真は手を離したが、そのまま意気揚々と駅へ向かい、電車を乗り継ぎ繁華街へ向かった。
恋と牧は、互いに距離を取りながら藤真について行くしかない。
初めは抗議の声を上げたが、藤真は笑顔ではぐらかし、その強引さに二人は次第に抵抗が無駄だと感じていった。
繁華街のある駅の改札口で立ち止まると、藤真は辺りを見渡した。
「さーて、どこに行こうか」
「藤真」
「ん?どこか行きたい所があるのか?」
牧が呼び止め、振り返った藤真は嬉しそうに返答を待っていた。
牧は、頭が痛くなりつつある。
「いや、それよりまずはこの状況を説明してくれ」
「あ?だから遊ぶんだよ、今から三人で」
「何故だ」
「昨日、如月と俺が約束して、迎えに来たらお前がいた。で、お前も一緒にどうかと思ったんだよ」
何も問題ないとでも言うかの様な藤真の言葉に、牧は眉間の皺を深くした。
「二人で遊べばいいだろう」
「あ?何怒ってんだよ。人数いた方が楽しいだろ」
「話にならないな。俺は帰る」
ため息を吐き踵を返す牧に、ドンっとわざとらしくぶつかり藤真はボソリと口を開いた。
「んな事言っていいのか?」
「何だ」
「俺と如月が、いい感じになってもいいのか?」
「お前…」
牧が明らかに藤真を睨み付けると、藤真は引っ掛かったとばかりにニッと笑った。
「よーし、如月、どこ行きたい?」
藤真は、カラッとした笑みで恋を振り返り尋ねる。
恋は、チラリと牧を見て言葉を探していた。
この三人でいる事が似合う場所が、すぐには思い浮かばない。
恋が返答しないでいると、藤真は目に止まった広告塔を見て目的地を決めた。
藤真が傘を差し歩き出すと、恋と牧もそれに続くしかなかった。
藤真は、二人を引き連れ映画館へ入り観る映画を確認すると、チケットを購入しに行く。
すぐに戻って来た藤真と共に上映部屋へ向かうと、意外にも中は空いており、藤真が嬉々として座ると、残りの二人もそれに倣った。
「これ、観たかったんだよなー」
「藤真はこういうのが好きなのか」
「ん?まぁ、そうだな。牧は?」
「そうだな…特にはないが、推理物はわりと観る方かもしれないな」
「あぁ、お前刑事とか似合いそうだよな」
「どういう意味だ?」
「…見た目?」
「それは、馬鹿にされていると思っていいんだな」
「別に深い意味はねぇよ。なぁ、如月もそう思わねぇ?」
牧は諦めたのか、藤真と普通に会話をし出している。
恋は今のやりとりをずっと聞いていたが、その状況に苦言を呈した。
「答えにくい事聞かないで下さいよ。というか、お二人で話すなら、隣同士で座って下さい」
今、恋を挟み左右に牧と藤真が座っている。
恋は、自らを挟んで繰り広げられる会話に入る事もできずに居心地が悪くなり訴えたが、藤真は怪訝そうに恋を見返した。
「は?嫌だよ、せっかく女の子がいてるのに、何で男と座らなきゃならないんだ。お、始まるぞ」
藤真が少し薄暗くなる空間に、ワクワクとした様子でスクリーンを見上げた。
恋が少し困った顔で同じ様にスクリーンへ視線を移すと、牧が小声で呼び掛けた。
「如月」
「はい?」
「寒くはないか?」
「え?あ、はい」
「そうか」
上映部屋内は暖房が僅かに効いているとはいえ、人が少なく雨に濡れた足元は特に冷える。
恋は自身の上着を膝下にかけてはいるが、スカートである足元は少し不十分な気がした。
藤真は、二人の会話が聞こえたのか口を挟む。
「あ?何、寒いのか?上着いるか?」
「えっ!?いえ、大丈夫で…」
その時、恋の膝上に牧の上着が置かれた。
大きな上着は恋の足元をすっぽりと隠してしまう。
「かけておくといい」
「えっ、大丈夫ですよ!汚れちゃいますし…」
「気にするな。スカートだと足元から冷えるだろう」
「ここあんま暖房効いてねぇしな。素直に借りとけよ、如月。俺のもかけといてやる」
「えっ、あの…ありがとうございます…」
藤真も笑いながら、自身の上着を恋の肩にかけた。
大きな上着が体をすっぽりと包み、重みの増した足元に、恋は苦笑した。
映画も終わり、恋達は上映部屋から出て人々の流れに沿って歩く。
藤真は、ロビーへ向かうと売店へと進み、パンフレット片手にホクホクとした顔で戻って来た。
「あー、面白かった」
「そうですね」
「じゃあ、そろそろ遅いし帰るか」
「そうだな」
藤真は、腕時計で時間を確認するとあっさりとそんな事を言う。
確かに、映画で二時間弱を潰せば辺りはすっかり暗くなってしまっているので、帰宅を考えるのも無理はないだろう。
牧はすんなり帰る事に合意するので、わざわざ反対する事もないだろうと恋も頷く。
そのまま三人は駅へ向かい、電車に乗り込んだ。
「あ、そうだ如月」
「はい?」
「これやるよ」
「え?」
「さっき、パンフレット買ったらおばちゃんがくれた。俺はつけないからやるよ」
藤真は、何かの特典であったのであろう小さなマスコットを差し出した。
恋は、面食らいながらそれを受け取る。
「え、ありがとうございます」
「おう、じゃあな」
藤真は笑みを浮かべて、目的地のホームに降りた。
それを二人で見送っていると、電車は静かに走り出す。
牧はやけに静かだったが、恋をジッと見下ろし口を開いた。
「で?どうしてこんな事になったんだ?」
「え?あ、それは昨日バイト先で藤真さんに出す商品を間違えてしまって…そしたら何故かこんな事に…」
「ていよく誘われているんだな」
「え?」
「いや、何でもない」
牧はドアの外を見ながら、恋に顔を向ける事がなかった。
恋は少し居心地悪く感じながらも、話題を必死で探す。
「あ、そう言えば、これ!」
恋は思い出したかの様に、鞄から一つの封筒を取り出し、牧の前にズイッと差し出した。
それは、藤真から貰った写真の入った封筒だった。
牧はそれを受け取ると、中身を引き抜き確認して、不思議そうに問う。
「…これは?」
「あ、この間の翔陽祭での写真です」
「フッ、こんな顔をしていたんだな」
牧は、写真を見て思わず口元が緩んだ。
それを見た恋は、嬉しくなり言葉を続ける。
「はい、凄くよく撮れてますよね」
「俺が貰ってもいいのか?」
「あ、はい!藤真さんが、牧さんにも渡せって言っていたので」
恋が笑顔を向けてそう言うと、牧は少しだけ眉間に皺を寄せた。
その表情に、恋はびくりとたじろいだ。
「そうか、藤真が言ったからか…」
「えっ?あ、はい」
「分かった」
「えっ?」
「お前は、藤真には従順だな」
「あの…?」
「…いや、何でもない」
牧はそれきり口を閉ざした。
恋は、何かとんでもない事を口走ってしまったのかと考えを巡らせるが、不安が先立ち考えがまとまらない。
それから牧は降りる駅に着くと、挨拶だけして恋と視線を合わせる事もなくさっさと降りてしまった。
恋は、その事態に血の気が引いた。
何となく、牧が怒っている気はするも、その原因が浮かばないのだった。