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冬の選抜決勝戦の日、恋はまさか自身が試合会場に来る事になるとは思っていなかった。
那岐が何気なく理由も言わずに誘って来たのを、遊びの誘いだと勘違いして二つ返事で了承してしまったからなのだが、元々行く気などなかった恋は直前まで悩んだ。
しかし、一度は了承してしまった約束を反故にするのも気が引け、意を決して試合会場へやって来た。
試合前の会場は特有の熱気があり、選手の登場を今か今かと待ちわびている人も多い。
そんな中、恋は積極的にそうは思えなかった。
その懸念材料は、恋が試合中の牧を見て、平常心でいられる自信がないからだ。
事実、初めて牧のプレーを見た時から、恋はその姿に魅了されていた。
今、恋は牧の事が好きだと自覚している。
ともすると、その時の比ではないだろう。
ただ、牧が今は彼女を作る気がない以上、脈などありはしない。
そんな中、気持ちだけが膨らんでいくのは滑稽に思えて仕方がなかった。
加えてクリスマスの日、思い返せば牧の態度が少しおかしく感じた事も気がかりにはなっている。
恋が妙な緊張感に包まれていると、那岐が飲み物を手に戻って来て恋の隣に座った。
「ごめんね、付き合わせて」
「いえ」
「でも、恋ちゃんの予定空いてて良かった!一人だと寂しいからさ」
那岐の屈託ない笑みを見て、恋も顔が綻んだ。
間も無く始まった冬の選抜決勝戦。
それは各リーグを突破した猛者達の熾烈な戦いで、両校一歩も譲らず、選手達は真剣な眼差しで果敢に何度もゴールへ向かっていた。
観客達は皆大きな声援を上げ、非日常的な空間は、どこか高揚感が増してしまう。
不意に、極力焦点を合わせないようにしていた牧が恋の視界に入る。
するとどういった訳か、縫い付けられたかの様に牧から視線を外せなくなった。
牧は激しい衝突にももろともせず、周りに指示を出しながらゲームをコントロールする。
そんな勇姿に、恋の鼓動は、早さを抑える余裕などなく一層増してしまい、頭の中では警告音が鳴った。
どうしようもない感情が恋を満たしていくのに抗えず、視線も外す事が叶わない。
まるで自分の体ではないような感覚に、恋はある種の恐怖みたいなものを感じた。
ここまで、心を乱す人に出会った事などないのだ。
手は微かに震え、その見つめる先には、牧が果敢にゴールへと向かう姿がある。
高くジャンプした牧を見て、何故か翔陽祭での出来事が思い起こされ、恋は一人頬を染め上げていた。
その後、海南大付属高校は惜しくも敗れ、準優勝となった。
勝手に負けないだろうと恋は思っていた。
けれど、それは間違いだと気付かされた瞬間で、試合終了の合図が鳴ると恋は自然と牧の表情を追う。
その表情からは、何も読み解けなかった。
試合も終わり、恋はそのまま帰ろうかとも那岐に話していたが、やはり部員達の事が気になり、正面玄関前へ向かっていた。
三年生にとっては最後の試合で、これで引退するのだ。
その悔しさを恋は想像するしかなく、待っている事で返って気を遣わせる可能性もある。
けれど、那岐はそんな時だからこそ皆に明るく声をかけようと言い、恋は頷き今に至る。
その時、後ろから聞き覚えのある声がした気がして、恋は振り返った。
「おい、花道そっちじゃねぇ」
見覚えのある髪型と見知った顔に、恋が驚きながらも声をかけた。
「洋平くん?」
「ん?恋ちゃん?」
「どうしたの?湘北は出てないよね?」
「あぁ、ゴリ達が見に行くって聞いて、花道も行きたいっつーから、予定もないし着いてきたんだよ。ほら、あっち」
言われて指差された方を見ると、そこには以前見かけた事のある、湘北高校バスケットボール部員達が連なって歩いていた。
桜木軍団や、女子マネージャー達もいて、その大所帯は賑やかそうで、桜木は晴子に呼ばれてそそくさと水戸から離れた。
「あれ?如月?」
恋が挨拶しようかと悩んでいると、丁度、清田と神が並んでやって来て、恋達に気付き声をかけた。
「今日来てたのか」
「うん、那岐さんに誘われて。お疲れ様」
「おー、そっか」
恋は、清田が少し元気がなさそうな気がしてどういう声をかけていいか分からなくなったが、何か声をかけなければと思い立ち口を開いた。
「残念だったね。でも、準優勝おめでとう」
「あぁ。俺達はまだ次があるけど、牧さん達は最後だったから、どうしても勝ちたかったんだけどな」
「そうだよね…」
恋が何と声をかけたものかと口ごもっていると、晴子と話していた桜木が清田に気付いた。
「あー!野猿‼︎」
「はぁ!?っんで、てめーらがここにっ!」
清田は桜木の姿を見ると、すぐさま態度が変わり、毛を逆立てたように叫ぶ。
すると、湘北高校の面々も近くにやって来て、清田と桜木は言い争いを始めた。
この光景は以前見た事のある気がしながらも、恋がハラハラしていると、那岐は可笑しそうに笑っていた。
「あはは。信長、ちょっとは元気出たのかな?」
清田は先程までのシュンとした態度はなくなり、元気に叫んでいるのだ。
それは、今目の前に敵がいる為になっている態度なのだろうが、それでも少しだけ元気な様子に変わった事に、恋は内心安堵していた。
と、二人の頭に二つの拳が振り下ろされた。
「バッカもーん!桜木っ、貴様が言えた立場かっ」
「清田もそこまでにしておけ」
そこには牧、赤木の姿があり、やはり二人の威厳なのか何なのか、事態は収束した。
そこで、お互いに気付いた牧と赤木達が話し始め、那岐は神と話をしている為に、恋は自然と水戸と会話を始めた。
「応援行かないんじゃなかったのか?」
「あー…うん、誘われて…」
「ふーん?でも、やっぱスゲェんだな、海南って」
「うん?」
「いや、俺バスケの事とかよく知らねーし、相手の高校も段違いなんだろうけど。なんつーか、花道はあぁいう奴らにまず勝たなきゃなんねぇんだなって」
「うん。でも予選での桜木くんも凄かったし、リハビリ明けだとは思えなかったよ」
「だよなー。あいつ、やっぱ尋常じゃないわ」
「あはは、その言い方はいいの?」
二人は、その後も会話を続け笑い合っていた。
一方、その様子が見えた牧は、暫く見据えると視線を逸らした。
その表情はいつもと変わらず、赤木達と談笑を続ける。
それから一同が会話を終えると、それぞれ別れ、恋は那岐と共に部員達と歩き出した。
恋は、自然と牧の隣に並ぶ事になり声をかける。
「牧さん、お疲れ様でした」
「あぁ。今日は来たんだな」
「那岐さんに誘われたので」
「そうか。悪かったな、負ける試合を見せてしまって」
「いえ、そんな事!準優勝でも十分凄いと思います‼︎おめでとうございます!」
牧が謝った事に、恋は大きく首を振る。
その時、恋が続けて口を開こうとするよりも先に、近くにいた清田が口を挟んだ。
「牧さんっ、本当にすみませんでした!俺が不甲斐ないばっかりに…」
牧は、シュンとしている清田を真っ直ぐに見据えた。
「清田、今日のお前の試合運びは駄目だったのか?」
「え、いえ…」
「出し切ったならそれが今の実力だ、胸を張れ。不完全なら次で必ず勝て」
「っす」
清田は、グッと堪えるように強く頷いた。
牧はそんな清田を見て、頭をクシャリと撫でた。
「ふっ、泣くなよ。そういう時もある。それに、お前だけでどうにかなる試合でもないだろう。自惚れるな」
「はい」
「悔しい負け方だが、その分次に活かせ」
「はいっ!」
その言葉は他の部員達にも伝わり、いつの間にかその場にいた部員皆が返事をしていた。
恋は、その中心にいる牧を素直に尊敬した。
海南大附属高校バスケットボール部の柱なのだろうと、恋は部員達を見て思う。
皆、牧を慕っているのがよく分かるのだ。
けれど、それがどこか物悲しく感じた。
このメンバーで集まる光景も、これで最後なのだろうと実感せざるを得ず、恋は何とも言えない気持ちにかられていた。
その後、皆と別れ恋が牧と電車に乗っていると、次第にその居心地の悪さに恋は一人固まっていた。
何故か、牧がジッと恋を見つめてくるのだ。
恋には、その意図が分からず、顔を上げる事が出来ない。
「如月」
「はい」
「今日、この後時間あるか?」
「えっ…?ありますけど…」
「なら、遊園地に行かないか」
「え?」
「貰ったやつがあるだろう。そろそろ使わないとと思ってな」
それは、翔陽高校文化祭で貰ったチケットの話だろうと恋はすぐに分かる。
あのチケットは牧が持ったままで、都合がつけば連絡すると保留になっていたのだが、恋は、今ここでその話が出るとは露にも思っていなかった。
「あ、一月まで行けますし、何も今日じゃなくても…」
「今日、行かないのならチケットはお前に譲るよ。他の奴と行くといい」
「えっ、そんな…行きます」
「そうか」
牧にしては強引な言い方だったが、視線を合わせれば牧は優しく笑い、そんなつもりはないのだと分かる。
そんな牧を見て、クリスマスの態度は気のせいだったのだろうと、恋は結論付けた。
そうなれば、以前、牧と行きたいと言ったのは恋でもある為、すでに断る理由を持ち合わせておらず了承しか手段がなかった。
それから、一度帰って荷物を置きに行きたいと言った牧の誘いで、恋は牧の家の前で待っていた。
絡まれやすさと寒さを心配して、牧は家の中へ招き入れようとしたが、恋は住宅街だからと全力で断りを入れる。
心の準備が何もかも出来ていない恋は、これ以上無駄に息苦しい思いをしたくはなかった。
牧と関わる事で心乱されてばかりの恋だが、出来るだけ平常心でいられる時間を欲しているのだ。
恋が退屈紛れに空を見上げていると、牧が思いの外早く出て来た。
何度見ても私服姿の牧に慣れない恋は、牧を直視出来ずにいたが、牧は特に気にした様子もなく歩き出し、二人は遊園地へと向かった。
恋は今、目の前にある光景に感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
そこには何十発もの花火が上がっていて、夜空を数多の光で彩っている。
「凄いですね」
「あぁ」
恋が興奮気味に視線を移すと、そこには微笑んだ牧が恋を見つめていた。
恋は交わった視線をすぐに逸らすと、窓越しに見える景色を再度見つめた。
恋達は今、締め括りにと観覧車内にいる。
遊園地も閉園の時間が間近に迫り、最後の花火が打ち上げられていて、それを真横で見ている状態だった。
「知ってたんですか?」
「ん?」
「今日が、いつもより花火の数が多い事です」
恋は以前ここへ来た事があるのだが、その時よりも花火の数が違っている事に気付いた。
牧はそれに触れた恋に少なからず驚いていたが、優しく笑うと窓の外をチラリと見た。
「あぁ、テレビで特集をしていてな。年末は多いそうだ」
「そうだったんですね。しかも、観覧車の中から見るって凄いです!」
「花火大会では、ちゃんと見れなかったからな」
「あ…そうですね」
「如月と今日見れて良かった」
牧が温和そうに笑い、恋の鼓動は大きく音を立てた。
花火大会での出来事は今でも鮮明に覚えているが、どこか気まずさも思い出されてしまう。
けれど、牧の笑みを見るとそんな事はどうでも良くなってしまうから、困り物だとも恋は思った。
「…私もです」
「あぁ」
その後、牧は口を閉ざし、ぼんやりと外の景色を眺めている。
時間だけが過ぎる中、恋はずっと気になっていた事を口にした。
「牧さん、疲れてますよね?眠かったりしてませんか?」
「ん?そんな事もないが」
牧は普通だと答えるが、恋からは妙に静かに見えた。
試合の疲れか、勝敗が理由か。
思い浮かぶのはそんな事くらいで、恋はそれ以上追求は出来ず、無難な返事をするしかなかった。
「そうですか?何だかぼんやりして見えたので」
「…そうだな」
「えっ、燃え尽き症候群とかですか!?大丈夫ですか!?」
「ハハハ、大丈夫だ」
恋は牧の反応に慌てて言ったが、牧は吹き出した。
それを見て恋は安堵する。
「じゃあ、何か私にできることありますか?」
恋は考えを巡らせるが、良案など浮かばずに牧に尋ねる事にする。
恋の質問に牧は少しだけ考え、一瞬だけ口にするか迷ったが、そのまま続けた。
「…そうだな。如月、こっちに来てくれないか」
「えっ?」
「手を繋ぎたい」
「っ!?」
「駄目か?」
牧は言いながら苦笑していて、多分断られると思っているだろうと恋は思った。
恋は俯き考えていたが、首を左右に振り立ち上がる。
不安定なゴンドラの移動に、牧はスッと手を出し恋を隣に座らせた。
そのまま繋いだ体温を感じながら、牧がぼんやりと外を見ていると視線を感じ振り返る。
「どうした?」
「い、いえっ!」
「照れているのか?」
「へっ!?」
「顔が赤い」
「そ、そんな事!」
「フッ、そうか。俺の願望だったかな」
「っ!?」
目を見張る恋を見て、牧は小さく笑っただけで再び外の花火へ視線を移した。
恋はそんな気にもなれず、繋がれた手を俯き凝視していた。
ギュッと繋がれた手は暖かく、恋の鼓動が煩くなるには充分過ぎるほどの刺激だった。
牧はやはりいつもと違う気がしたが、それを追求する事もその手を握り返す事も出来ずに、恋は硬直し、ただただ押し黙っていた。
「如月?」
不意に名を呼ばれ、恋の肩がびくりと驚きを表す。
カタカタと壊れたロボットの様な、ぎこちない動きで恋は牧を見返した。
牧は恋の表情を見て、微かに口元に笑みを浮かべる。
「やはり、間違いではないかも知れないな」
牧は、繋がれていない方の手で恋の頬に触れた。
瞬間、恋はキュウっと胸が締め付けられ、何故か泣きたいような気持ちになった。
増殖する不毛な感情は止めようもない。
二人は視線を外さず静かに見つめ合っていた。
「…もう、終わりだな」
牧がついっと視線を外すと、ゴンドラはすでに地上間近だった。
唐突な終わりに、恋は複雑な感情を抱える。
「帰ろう」
「はい」
ドアが開き、牧は恋の手を引いたまま地に下り、そのまま二人は歩き出す。
恋は、離れる事のなかったその手に安堵した。
互いにそう思ったのか、繋がれたままの手の事はどちらからも言及する事はなく、その日は別れる時まで繋がれたままだった。
そして、恋は別れた後に、藤真から受け取った写真を渡し忘れた事に気付く。
ただ、今はそんな事よりも、胸に広がる幸福さに浸りたい気分だった。
那岐が何気なく理由も言わずに誘って来たのを、遊びの誘いだと勘違いして二つ返事で了承してしまったからなのだが、元々行く気などなかった恋は直前まで悩んだ。
しかし、一度は了承してしまった約束を反故にするのも気が引け、意を決して試合会場へやって来た。
試合前の会場は特有の熱気があり、選手の登場を今か今かと待ちわびている人も多い。
そんな中、恋は積極的にそうは思えなかった。
その懸念材料は、恋が試合中の牧を見て、平常心でいられる自信がないからだ。
事実、初めて牧のプレーを見た時から、恋はその姿に魅了されていた。
今、恋は牧の事が好きだと自覚している。
ともすると、その時の比ではないだろう。
ただ、牧が今は彼女を作る気がない以上、脈などありはしない。
そんな中、気持ちだけが膨らんでいくのは滑稽に思えて仕方がなかった。
加えてクリスマスの日、思い返せば牧の態度が少しおかしく感じた事も気がかりにはなっている。
恋が妙な緊張感に包まれていると、那岐が飲み物を手に戻って来て恋の隣に座った。
「ごめんね、付き合わせて」
「いえ」
「でも、恋ちゃんの予定空いてて良かった!一人だと寂しいからさ」
那岐の屈託ない笑みを見て、恋も顔が綻んだ。
間も無く始まった冬の選抜決勝戦。
それは各リーグを突破した猛者達の熾烈な戦いで、両校一歩も譲らず、選手達は真剣な眼差しで果敢に何度もゴールへ向かっていた。
観客達は皆大きな声援を上げ、非日常的な空間は、どこか高揚感が増してしまう。
不意に、極力焦点を合わせないようにしていた牧が恋の視界に入る。
するとどういった訳か、縫い付けられたかの様に牧から視線を外せなくなった。
牧は激しい衝突にももろともせず、周りに指示を出しながらゲームをコントロールする。
そんな勇姿に、恋の鼓動は、早さを抑える余裕などなく一層増してしまい、頭の中では警告音が鳴った。
どうしようもない感情が恋を満たしていくのに抗えず、視線も外す事が叶わない。
まるで自分の体ではないような感覚に、恋はある種の恐怖みたいなものを感じた。
ここまで、心を乱す人に出会った事などないのだ。
手は微かに震え、その見つめる先には、牧が果敢にゴールへと向かう姿がある。
高くジャンプした牧を見て、何故か翔陽祭での出来事が思い起こされ、恋は一人頬を染め上げていた。
その後、海南大付属高校は惜しくも敗れ、準優勝となった。
勝手に負けないだろうと恋は思っていた。
けれど、それは間違いだと気付かされた瞬間で、試合終了の合図が鳴ると恋は自然と牧の表情を追う。
その表情からは、何も読み解けなかった。
試合も終わり、恋はそのまま帰ろうかとも那岐に話していたが、やはり部員達の事が気になり、正面玄関前へ向かっていた。
三年生にとっては最後の試合で、これで引退するのだ。
その悔しさを恋は想像するしかなく、待っている事で返って気を遣わせる可能性もある。
けれど、那岐はそんな時だからこそ皆に明るく声をかけようと言い、恋は頷き今に至る。
その時、後ろから聞き覚えのある声がした気がして、恋は振り返った。
「おい、花道そっちじゃねぇ」
見覚えのある髪型と見知った顔に、恋が驚きながらも声をかけた。
「洋平くん?」
「ん?恋ちゃん?」
「どうしたの?湘北は出てないよね?」
「あぁ、ゴリ達が見に行くって聞いて、花道も行きたいっつーから、予定もないし着いてきたんだよ。ほら、あっち」
言われて指差された方を見ると、そこには以前見かけた事のある、湘北高校バスケットボール部員達が連なって歩いていた。
桜木軍団や、女子マネージャー達もいて、その大所帯は賑やかそうで、桜木は晴子に呼ばれてそそくさと水戸から離れた。
「あれ?如月?」
恋が挨拶しようかと悩んでいると、丁度、清田と神が並んでやって来て、恋達に気付き声をかけた。
「今日来てたのか」
「うん、那岐さんに誘われて。お疲れ様」
「おー、そっか」
恋は、清田が少し元気がなさそうな気がしてどういう声をかけていいか分からなくなったが、何か声をかけなければと思い立ち口を開いた。
「残念だったね。でも、準優勝おめでとう」
「あぁ。俺達はまだ次があるけど、牧さん達は最後だったから、どうしても勝ちたかったんだけどな」
「そうだよね…」
恋が何と声をかけたものかと口ごもっていると、晴子と話していた桜木が清田に気付いた。
「あー!野猿‼︎」
「はぁ!?っんで、てめーらがここにっ!」
清田は桜木の姿を見ると、すぐさま態度が変わり、毛を逆立てたように叫ぶ。
すると、湘北高校の面々も近くにやって来て、清田と桜木は言い争いを始めた。
この光景は以前見た事のある気がしながらも、恋がハラハラしていると、那岐は可笑しそうに笑っていた。
「あはは。信長、ちょっとは元気出たのかな?」
清田は先程までのシュンとした態度はなくなり、元気に叫んでいるのだ。
それは、今目の前に敵がいる為になっている態度なのだろうが、それでも少しだけ元気な様子に変わった事に、恋は内心安堵していた。
と、二人の頭に二つの拳が振り下ろされた。
「バッカもーん!桜木っ、貴様が言えた立場かっ」
「清田もそこまでにしておけ」
そこには牧、赤木の姿があり、やはり二人の威厳なのか何なのか、事態は収束した。
そこで、お互いに気付いた牧と赤木達が話し始め、那岐は神と話をしている為に、恋は自然と水戸と会話を始めた。
「応援行かないんじゃなかったのか?」
「あー…うん、誘われて…」
「ふーん?でも、やっぱスゲェんだな、海南って」
「うん?」
「いや、俺バスケの事とかよく知らねーし、相手の高校も段違いなんだろうけど。なんつーか、花道はあぁいう奴らにまず勝たなきゃなんねぇんだなって」
「うん。でも予選での桜木くんも凄かったし、リハビリ明けだとは思えなかったよ」
「だよなー。あいつ、やっぱ尋常じゃないわ」
「あはは、その言い方はいいの?」
二人は、その後も会話を続け笑い合っていた。
一方、その様子が見えた牧は、暫く見据えると視線を逸らした。
その表情はいつもと変わらず、赤木達と談笑を続ける。
それから一同が会話を終えると、それぞれ別れ、恋は那岐と共に部員達と歩き出した。
恋は、自然と牧の隣に並ぶ事になり声をかける。
「牧さん、お疲れ様でした」
「あぁ。今日は来たんだな」
「那岐さんに誘われたので」
「そうか。悪かったな、負ける試合を見せてしまって」
「いえ、そんな事!準優勝でも十分凄いと思います‼︎おめでとうございます!」
牧が謝った事に、恋は大きく首を振る。
その時、恋が続けて口を開こうとするよりも先に、近くにいた清田が口を挟んだ。
「牧さんっ、本当にすみませんでした!俺が不甲斐ないばっかりに…」
牧は、シュンとしている清田を真っ直ぐに見据えた。
「清田、今日のお前の試合運びは駄目だったのか?」
「え、いえ…」
「出し切ったならそれが今の実力だ、胸を張れ。不完全なら次で必ず勝て」
「っす」
清田は、グッと堪えるように強く頷いた。
牧はそんな清田を見て、頭をクシャリと撫でた。
「ふっ、泣くなよ。そういう時もある。それに、お前だけでどうにかなる試合でもないだろう。自惚れるな」
「はい」
「悔しい負け方だが、その分次に活かせ」
「はいっ!」
その言葉は他の部員達にも伝わり、いつの間にかその場にいた部員皆が返事をしていた。
恋は、その中心にいる牧を素直に尊敬した。
海南大附属高校バスケットボール部の柱なのだろうと、恋は部員達を見て思う。
皆、牧を慕っているのがよく分かるのだ。
けれど、それがどこか物悲しく感じた。
このメンバーで集まる光景も、これで最後なのだろうと実感せざるを得ず、恋は何とも言えない気持ちにかられていた。
その後、皆と別れ恋が牧と電車に乗っていると、次第にその居心地の悪さに恋は一人固まっていた。
何故か、牧がジッと恋を見つめてくるのだ。
恋には、その意図が分からず、顔を上げる事が出来ない。
「如月」
「はい」
「今日、この後時間あるか?」
「えっ…?ありますけど…」
「なら、遊園地に行かないか」
「え?」
「貰ったやつがあるだろう。そろそろ使わないとと思ってな」
それは、翔陽高校文化祭で貰ったチケットの話だろうと恋はすぐに分かる。
あのチケットは牧が持ったままで、都合がつけば連絡すると保留になっていたのだが、恋は、今ここでその話が出るとは露にも思っていなかった。
「あ、一月まで行けますし、何も今日じゃなくても…」
「今日、行かないのならチケットはお前に譲るよ。他の奴と行くといい」
「えっ、そんな…行きます」
「そうか」
牧にしては強引な言い方だったが、視線を合わせれば牧は優しく笑い、そんなつもりはないのだと分かる。
そんな牧を見て、クリスマスの態度は気のせいだったのだろうと、恋は結論付けた。
そうなれば、以前、牧と行きたいと言ったのは恋でもある為、すでに断る理由を持ち合わせておらず了承しか手段がなかった。
それから、一度帰って荷物を置きに行きたいと言った牧の誘いで、恋は牧の家の前で待っていた。
絡まれやすさと寒さを心配して、牧は家の中へ招き入れようとしたが、恋は住宅街だからと全力で断りを入れる。
心の準備が何もかも出来ていない恋は、これ以上無駄に息苦しい思いをしたくはなかった。
牧と関わる事で心乱されてばかりの恋だが、出来るだけ平常心でいられる時間を欲しているのだ。
恋が退屈紛れに空を見上げていると、牧が思いの外早く出て来た。
何度見ても私服姿の牧に慣れない恋は、牧を直視出来ずにいたが、牧は特に気にした様子もなく歩き出し、二人は遊園地へと向かった。
恋は今、目の前にある光景に感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
そこには何十発もの花火が上がっていて、夜空を数多の光で彩っている。
「凄いですね」
「あぁ」
恋が興奮気味に視線を移すと、そこには微笑んだ牧が恋を見つめていた。
恋は交わった視線をすぐに逸らすと、窓越しに見える景色を再度見つめた。
恋達は今、締め括りにと観覧車内にいる。
遊園地も閉園の時間が間近に迫り、最後の花火が打ち上げられていて、それを真横で見ている状態だった。
「知ってたんですか?」
「ん?」
「今日が、いつもより花火の数が多い事です」
恋は以前ここへ来た事があるのだが、その時よりも花火の数が違っている事に気付いた。
牧はそれに触れた恋に少なからず驚いていたが、優しく笑うと窓の外をチラリと見た。
「あぁ、テレビで特集をしていてな。年末は多いそうだ」
「そうだったんですね。しかも、観覧車の中から見るって凄いです!」
「花火大会では、ちゃんと見れなかったからな」
「あ…そうですね」
「如月と今日見れて良かった」
牧が温和そうに笑い、恋の鼓動は大きく音を立てた。
花火大会での出来事は今でも鮮明に覚えているが、どこか気まずさも思い出されてしまう。
けれど、牧の笑みを見るとそんな事はどうでも良くなってしまうから、困り物だとも恋は思った。
「…私もです」
「あぁ」
その後、牧は口を閉ざし、ぼんやりと外の景色を眺めている。
時間だけが過ぎる中、恋はずっと気になっていた事を口にした。
「牧さん、疲れてますよね?眠かったりしてませんか?」
「ん?そんな事もないが」
牧は普通だと答えるが、恋からは妙に静かに見えた。
試合の疲れか、勝敗が理由か。
思い浮かぶのはそんな事くらいで、恋はそれ以上追求は出来ず、無難な返事をするしかなかった。
「そうですか?何だかぼんやりして見えたので」
「…そうだな」
「えっ、燃え尽き症候群とかですか!?大丈夫ですか!?」
「ハハハ、大丈夫だ」
恋は牧の反応に慌てて言ったが、牧は吹き出した。
それを見て恋は安堵する。
「じゃあ、何か私にできることありますか?」
恋は考えを巡らせるが、良案など浮かばずに牧に尋ねる事にする。
恋の質問に牧は少しだけ考え、一瞬だけ口にするか迷ったが、そのまま続けた。
「…そうだな。如月、こっちに来てくれないか」
「えっ?」
「手を繋ぎたい」
「っ!?」
「駄目か?」
牧は言いながら苦笑していて、多分断られると思っているだろうと恋は思った。
恋は俯き考えていたが、首を左右に振り立ち上がる。
不安定なゴンドラの移動に、牧はスッと手を出し恋を隣に座らせた。
そのまま繋いだ体温を感じながら、牧がぼんやりと外を見ていると視線を感じ振り返る。
「どうした?」
「い、いえっ!」
「照れているのか?」
「へっ!?」
「顔が赤い」
「そ、そんな事!」
「フッ、そうか。俺の願望だったかな」
「っ!?」
目を見張る恋を見て、牧は小さく笑っただけで再び外の花火へ視線を移した。
恋はそんな気にもなれず、繋がれた手を俯き凝視していた。
ギュッと繋がれた手は暖かく、恋の鼓動が煩くなるには充分過ぎるほどの刺激だった。
牧はやはりいつもと違う気がしたが、それを追求する事もその手を握り返す事も出来ずに、恋は硬直し、ただただ押し黙っていた。
「如月?」
不意に名を呼ばれ、恋の肩がびくりと驚きを表す。
カタカタと壊れたロボットの様な、ぎこちない動きで恋は牧を見返した。
牧は恋の表情を見て、微かに口元に笑みを浮かべる。
「やはり、間違いではないかも知れないな」
牧は、繋がれていない方の手で恋の頬に触れた。
瞬間、恋はキュウっと胸が締め付けられ、何故か泣きたいような気持ちになった。
増殖する不毛な感情は止めようもない。
二人は視線を外さず静かに見つめ合っていた。
「…もう、終わりだな」
牧がついっと視線を外すと、ゴンドラはすでに地上間近だった。
唐突な終わりに、恋は複雑な感情を抱える。
「帰ろう」
「はい」
ドアが開き、牧は恋の手を引いたまま地に下り、そのまま二人は歩き出す。
恋は、離れる事のなかったその手に安堵した。
互いにそう思ったのか、繋がれたままの手の事はどちらからも言及する事はなく、その日は別れる時まで繋がれたままだった。
そして、恋は別れた後に、藤真から受け取った写真を渡し忘れた事に気付く。
ただ、今はそんな事よりも、胸に広がる幸福さに浸りたい気分だった。