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夏休みも終盤、数日後には新学期が始まるという日、恋は花火大会へ行く為に家を出た。
那岐からの誘いで、約束を取り付けた人物の名を聞き始めは断っていたが、最終的には承諾してしまい今に至る。
電車に揺られ、会場のある駅に着くと、恋は待ち合わせ場所へと歩き出す。
「如月」
恋が振り返ると、そこには牧がいて、どうやら同じ電車で来たものの車両が違っていたのか、少し遅れて改札をくぐっていた。
「こんばんは」
「あぁ、こんばんは」
牧は、笑みを浮かべる恋の姿を注視した。
今日の恋は、浴衣を纏い髪型もいつもと違っていて、普段とは雰囲気がガラリと変わっている。
「浴衣で来たんだな」
「えっ、あ、はい。那岐さんが浴衣で行こうって…。変ですか?」
「いや、可愛いよ」
牧が朗らかに笑って言うのに対し、恋は気恥ずかしさに視線を逸らした。
例え社交辞令であっても、異性から率直に言われて面食らわない者もいないだろう。
しかし、牧は不思議そうに恋を見やった。
「どうした?」
「…牧さんって、サラッと人を褒めるんですね」
「ん?そうか?」
「はい。ちょっとズルイです」
「はは、照れたのか?」
「当たり前じゃないですか」
「如月は反応が素直だな」
「子供っぽいって言ってます?」
「いや。いいと思うぞ」
恋が少しだけむくれたような顔をして、牧は顔が綻んだ。
二人は自然と笑い合い、どちらからともなく歩き出し待ち合わせ場所へと向かった。
それから清田と合流し、雑談を交わしながら那岐達の到着を待っていた。
「お待たせー」
「おぉ、浴衣バッチリっすね!」
「んふふー、ありがとう。皆も着てこれば良かったのに」
「俺持ってないっす」
「俺もだよ。それに浴衣は女の子の物って感じするし」
「そう?皆似合いそうなのになぁ。牧さんも持ってないんですか?」
「いや、あるにはあるんだが。あまり着たくなくてな」
「えっ?何でですか?似合いますよ、絶対」
「牧さんは似合い過ぎるんじゃないっすか?」
「大人っぽいもんね」
牧は、老けている見た目故、どうしても落ち着き払った雰囲気の出る和装を、好んで纏う気にはならなかった。
先日、海で恋が絡まれた際に発せられた言葉を少し気にしているのもあるのかもしれない。
牧もやはり思春期の男子高校生であり、年相応に見られない事は、どうにも気にしてしまうのだ。
「気にする事ないですよー。その姿に惚れる子だっていると思います!恋ちゃんもそう思わない?」
「えぇっ!?あ、えっと…はい」
「那岐、今の聞き方じゃそう答えるしかないだろ。ねぇ、如月さん?」
「えっと…」
恋は、どう答えたものかと頭を回転させるが中々答えは出ない。
否定も肯定も、牧には酷な返事となる気がしたのだ。
「そう?恋ちゃんもそう言うと思ったのになぁ。まぁ、いいや。じゃ、行こっか!」
那岐はすぐに切り替えて進行方向を指差し、目的地へと皆で歩き出した。
花火大会はもう少し開けた河川敷で行われるのだが、その場所へ行くには少し時間があったので、先に屋台を見て回る事にする。
それぞれが目的の物を探す中、恋はカキ氷の出店を見つけると、そこへ吸い寄せられるように向かった。
その時、神が恋に声をかける。
「如月さん」
「はい?」
「何食べるの?」
「あ、カキ氷食べようかと…」
恋が目先の店を指差すと、清田も目をキラキラさせて同調した。
「俺も食べたいっす」
「那岐達先に行っちゃったし、三人で行こうか。後で合流したら大丈夫でしょ」
「あ、はい」
神がニッコリと笑みを浮かべるので、恋は少しだけ牧達が気がかりになったが頷いた。
そして、仲良く三人で店の前まで来ると清田が言った。
「如月は何味にするんだ?」
「んー…今日はレモンかな」
「俺はいっちごー。おっちゃん、イチゴとレモンな!」
清田はそう注文すると、二人分のお金を中年男性に手渡した。
恋が慌てて財布を取り出しお金を清田に差し出すと、以前の差し入れのお返しだと言われてしまう。
そう言えば、あのまま何が欲しいか言っていなかったと思い出し、好意を無下にするわけにもいかず、恋は大人しく奢ってもらう事にした。
ガリガリと氷を削る音に清田はワクワクした表情を浮かべていて、恋は思わず笑ってしまった。
清田は自身の分を受け取ると、神を振り返る。
「神さんはいらないんですか?」
どこかぼんやりしていた神は、清田の声に我に返った様に笑みを浮かべた。
「ん?あぁ、じゃあ、ブルーハワイで」
「おっちゃん、ブルーハワイも追加で!」
その後、それぞれがカキ氷を受け取ると少しだけ道を外れ仲良く食べ始める。
それから、清田が食べたい物を買いに行き、皆で食べるのを繰り返している内に花火の時間が迫り、三人は急いで会場へ向かった。
すでに会場付近はかなりの人混みで、清田はキョロキョロと辺りを見渡した。
「牧さん達と合流出来ますかねー」
「んー、どうだろうね。これだけ人が多いと難しそうだよね」
人々の列は幾重にもなり、恋達は諦めて少し道から逸れた路上にいた。
歩行者天国と化しているこの場所で見る者も多いのか、周りにはちらほらと人が集まって来ている。
その時、近くのグループが清田の名を発した。
「あれ?信長じゃね?」
「本当だ。信長ー」
「えっ!?お前ら何で…」
清田は呼ばれた方を向き驚いていた。
そこには数人の男女が嬉しそうに清田へと視線を送っていて、恋は清田に尋ねる。
「知り合い?」
「中学のダチ!ちょっと話してきていいっすか?」
「うん、行っておいで」
清田は嬉々としてそのグループに合流した。
声は聞こえないが、会話は弾んでいるようで、しばらく戻って来ない事は明白だった。
恋は、少し緊張したままじっと夜空を見上げていた。
花火はまだ打ち上がらない。
隣の神がやけに静かな気もするが、元々そんなに会話を弾ませるタイプでもないと恋が思い直していた矢先、神が口を開いた。
「如月さん、聞いてもいい?」
「はい」
「何かあった?」
「何か…とは?」
「何だか、夏休み前より雰囲気が違って見えるから」
「そうですか?」
恋には、思い当たる節がそこまでなく小首を傾げた。
多少、那岐や藤真に言われはしたものの、劇的に変わったとまでは言われてもいないし、そんなつもりも恋にはない。
神は、そんな恋を見て、少しだけ焦れったそうに言葉を発した。
その原因に、思い当たる節が神にはあるのだ。
「ねぇ、恋してるとか言わないよね?」
「えっ?」
「それ、牧さんじゃないよね?」
「あの…」
「容姿で選ぶような人じゃないけど、君の事は何故か気にしてるから。君に可愛くなられると、自信を持たれると困る」
その時、花火が大きな音を立てて夜空へ上がった。
瞬間、その明るさで神の顔がハッキリ見えた。
その表情はどこか悲しげに見える。
神は、花火を見ずに恋を見て続けた。
「邪魔しないでって言ったよね?」
「っ、邪魔はしてません」
「…やっぱり変わったね。言い返すようになった」
神は内心苦々しく思った。
けれど、それは恋にとっては自身を否定されたように感じて思わず聞き返してしまう。
「ダメですか?」
「うん、ダメ。困る。だから諦めて」
「どうして、神さんにそんな事言われないといけないんですか」
「…それが本当の君?」
「え?」
「初めて会った時は妙におどおどしてると思った。何かにつけて言葉を呑み込んでた。でも、今の君は真逆だ。突然そんな風にはなれない。なら、本来そういう子で、我慢してただけだったって事だろ?」
「っ、それは!」
瞬間、恋の頭に中学時代の光景が蘇った。
それは、ある日始まった事。
その日まで、恋はトロいと言われる事も多かったが今とは違い、明るくハキハキ話し、トロさも愛嬌と捉えられて男女共に友人がそこそこに多かった。
だが、ある日突然、それはいとも簡単に崩れた。
友人の彼氏を奪ったと噂を立てられたのだ。
相手が悪かったのだろう。
それは親友とも呼べる間柄だった人物の彼氏で、仲の良さに羨ましく思う事はあっても奪うなどという結論には到底ならなかった。
そんなもの、事実ではないのだ。
しかし、そんな噂がどんどん広まると、初め否定していたその彼氏は、掌を返したように恋に言い寄った。
ただの噂が真実になってしまったのだ。
恋にはそんなつもりなどなく付き合ったわけではなかったが、周りからは疑心の目で見られた。
さらに、恋のハッキリ言う態度が彼女の気持ちを考えていないと余計に反感を買った。
それ以来、恋は実につまらない中学生活を送る事となり、いつしか、言いたい事は呑み込んでしまうようになった。
言ったところで誰も聞いてはくれず、視線を合わせてもくれないからだ。
そして、その真相が判明したのは卒業式で、親友にそんな噂を吹き込んだ人物がいたのだ。
勝手に敵視され、噂を流された恋はすでに言い返す気力もなくなっていた。
それが思い起こされ、途端に恋は言葉が詰まる。
「私は…」
「お願いだから、好きになんてならないで。邪魔しないで」
神は、恋の肩を掴みギュッと力を入れた。
どこか必死の形相の神に、恋は何も言えなくなる。
恋が痛みに顔を歪めた瞬間、神の腕はバッと離された。
「神!」
「っ!」
「何をしているんだ」
牧が目の前にいる事に、神は頭の中が真っ白になった。
那岐といたはずの牧が今、一人でここにいるのだ。
それの指す意味が、神には到底信じがたい物だった。
「牧さん…。那岐は…?」
「…先に帰った」
「…牧さん、断ったんですか?」
「あぁ」
「どうしてですか!」
「俺は今、彼女をつくる気はない」
「なっ!」
あまりにハッキリ返ってきた言葉に神はカッとなったが、耳には花火の音が何度も響くのが分かるほどには冷静で、周囲が歓声を上げているのもよく分かっていた。
夜空を見上げる人々の中に、三人を気にする者はいなかった。
「それに、神は那岐が好きなんだろう?」
「っ、俺は関係ないですよね」
「あぁ、直接は関係ない。彼女をつくらないのは俺の意思だからだ。けれど、那岐を好いている奴が傍にいるのに、それを奪う選択肢など俺にはない」
先ほどからの牧の言葉は、神にとって頭を殴りつけられるほどの衝撃に感じられた。
那岐は今日、牧に告白すると言っていた。
結果がどうであれ、神には応援する事しかできなかった。
幼い頃から神はずっと那岐が好きだったが、告白は出来ずにいる。
それは、那岐よりも強い自信がなく勇気が持てないからだ。
肉体的にも精神的にも、那岐は皆が思うよりもずっと強い。
幼い頃、神はひょろひょろとした体型からか、からかわれる事があった。
その時、助けてくれたのは言うまでもなく那岐で、男だろうが年上だろうが食ってかかる那岐は勇ましく、勝ち誇った笑顔は可愛らしかった。
そんな那岐は人に涙を見せない。
それでも、一度だけその涙を見せたのは異性に振られた時。
神はその姿を見て固まってしまった。
どう声をかければよいか分からなくなり、何とか伸ばした手は、いとも簡単に振り払われ、それが強く胸に突き刺さっている。
那岐が空手を辞めた理由も知っていて、それは、好きな人が出来て、その人に可愛いと思われたかったからだ。
極端な事をするなと思っていたが、その気持ちは仕方がないとも神は思っていた。
那岐はその強さ故、「男女」とよく呼ばれていて、そんな那岐が女の子らしくなりたいと思うのならば、神はそれで良いと思った。
そもそも、那岐が牧を知ったのは神がきっかけだからだ。
中学三年生の頃、海南の試合を観たかった神が那岐を誘って会場に行き、那岐は牧を見て一目惚れしてしまった。
牧のプレー中の姿を見て惚れてしまうのは、仕方がないとも思えた。
男の神が見ても惚れてしまいそうなほどに、上手くて火の打ちどころがない。
そんな牧と那岐が結ばれてくれれば、神も諦めがつくと思っていた。
だが、それは叶わず、むしろ神の気持ちに気付いていた牧が気遣う形となっていたのだ。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、神は自身の身の振り方が腹立たしく思えてならなかった。
「っ、何ですか、それ」
「那岐はさっき帰った。急げば、まだ追いつくだろう。どうするかは、お前が決めろ」
「っ!」
刹那、神は駆け出した。
花火はなおもお腹に響く音を鳴らしながら上がり、綺麗な花を夜空に咲かせている。
蚊帳の外になってしまっていた恋に、牧は気遣うように声をかけた。
「大丈夫か?」
「っ、はい」
「すまないな。何か巻き込んだ形になった」
「い、いえ!」
「花火も、もう終わりそうだな」
「あ…」
見上げる牧と同じように、恋も夜空を見上げる。
そこにはラストなのか、何百発という花火が一斉に上がっていた。
夜空に広がる光はとても綺麗で、現実を忘れさせるには充分だったが、恋の胸をどこか締め付けた。
最後の一発が盛大に上がりきると、辺りは自然と拍手に包まれた。
「綺麗だったな」
「はい」
余韻の中、ザワザワと人々が移動を始めると、清田が恋達の所へ戻って来た。
「あ、牧さん!」
「清田。どこにいたんだ?」
「中学のダチがいて。それで、この後、俺抜けてもいいっすか?」
「あぁ、構わないが」
「っす!じゃあ、お疲れ様っす!」
「あぁ」
そう言って、清田はまたそのグループへ向かってしまった。
そのまま、その友人達と遊ぶのだろう。
人の流れに添いながらどちらからともなく歩き出すと、牧は恋を見た。
「如月」
「はい」
「皆行ってしまったが、これからどうする?」
「あ…」
恋は、言われて二人きりになってしまった事に気付いた。
どこか気まずさがある事は牧も分かっているので、苦笑しながら提案をする。
「帰りたいなら送るが。それとも、もう少し夜店を回るか?」
「…良いんですか?」
「台無しにしてしまったからな。そのお詫びだ。行きたい所があるなら言ってくれ」
牧が微笑むと、恋は少し迷ってから決意した。
「あ、じゃあ、もう少しだけいいで…」
その時、恋は返事に必死ですれ違う人とぶつかりそうになったが、牧がグッと恋の肩を抱きその人に当たらないようにした。
「っと、危ないな」
「ご、ごめんなさい」
「いや、いい」
すぐに離れた体温に、恋はドキドキしながらも平常心を保とうと牧を見返した。
牧は何故か眉間に皺を寄せた。
「牧さん?」
「如月、手を繋いでもいいか?」
「え?」
「危ないだろう」
牧は、答えを聞かずにグッと恋の手を握った。
その手の大きさは、恋の心を揺さぶり、少し骨張った感触は、海でのものとは比べ物にならないほど明瞭だった。
「あ…」
「ほら、行くぞ」
牧はとても優しく笑っていた。
恋は恥ずかしさに耳まで赤くさせたが、その手を振り払う気にもなれない。
ドキドキと心臓の音が牧に伝わらないかと心配になり、恋は何度も牧に視線を送ってしまったが、その度に牧は温和な笑みを携えていた。
その手は暖かく、別れる時まで繋がれたままだった。
那岐からの誘いで、約束を取り付けた人物の名を聞き始めは断っていたが、最終的には承諾してしまい今に至る。
電車に揺られ、会場のある駅に着くと、恋は待ち合わせ場所へと歩き出す。
「如月」
恋が振り返ると、そこには牧がいて、どうやら同じ電車で来たものの車両が違っていたのか、少し遅れて改札をくぐっていた。
「こんばんは」
「あぁ、こんばんは」
牧は、笑みを浮かべる恋の姿を注視した。
今日の恋は、浴衣を纏い髪型もいつもと違っていて、普段とは雰囲気がガラリと変わっている。
「浴衣で来たんだな」
「えっ、あ、はい。那岐さんが浴衣で行こうって…。変ですか?」
「いや、可愛いよ」
牧が朗らかに笑って言うのに対し、恋は気恥ずかしさに視線を逸らした。
例え社交辞令であっても、異性から率直に言われて面食らわない者もいないだろう。
しかし、牧は不思議そうに恋を見やった。
「どうした?」
「…牧さんって、サラッと人を褒めるんですね」
「ん?そうか?」
「はい。ちょっとズルイです」
「はは、照れたのか?」
「当たり前じゃないですか」
「如月は反応が素直だな」
「子供っぽいって言ってます?」
「いや。いいと思うぞ」
恋が少しだけむくれたような顔をして、牧は顔が綻んだ。
二人は自然と笑い合い、どちらからともなく歩き出し待ち合わせ場所へと向かった。
それから清田と合流し、雑談を交わしながら那岐達の到着を待っていた。
「お待たせー」
「おぉ、浴衣バッチリっすね!」
「んふふー、ありがとう。皆も着てこれば良かったのに」
「俺持ってないっす」
「俺もだよ。それに浴衣は女の子の物って感じするし」
「そう?皆似合いそうなのになぁ。牧さんも持ってないんですか?」
「いや、あるにはあるんだが。あまり着たくなくてな」
「えっ?何でですか?似合いますよ、絶対」
「牧さんは似合い過ぎるんじゃないっすか?」
「大人っぽいもんね」
牧は、老けている見た目故、どうしても落ち着き払った雰囲気の出る和装を、好んで纏う気にはならなかった。
先日、海で恋が絡まれた際に発せられた言葉を少し気にしているのもあるのかもしれない。
牧もやはり思春期の男子高校生であり、年相応に見られない事は、どうにも気にしてしまうのだ。
「気にする事ないですよー。その姿に惚れる子だっていると思います!恋ちゃんもそう思わない?」
「えぇっ!?あ、えっと…はい」
「那岐、今の聞き方じゃそう答えるしかないだろ。ねぇ、如月さん?」
「えっと…」
恋は、どう答えたものかと頭を回転させるが中々答えは出ない。
否定も肯定も、牧には酷な返事となる気がしたのだ。
「そう?恋ちゃんもそう言うと思ったのになぁ。まぁ、いいや。じゃ、行こっか!」
那岐はすぐに切り替えて進行方向を指差し、目的地へと皆で歩き出した。
花火大会はもう少し開けた河川敷で行われるのだが、その場所へ行くには少し時間があったので、先に屋台を見て回る事にする。
それぞれが目的の物を探す中、恋はカキ氷の出店を見つけると、そこへ吸い寄せられるように向かった。
その時、神が恋に声をかける。
「如月さん」
「はい?」
「何食べるの?」
「あ、カキ氷食べようかと…」
恋が目先の店を指差すと、清田も目をキラキラさせて同調した。
「俺も食べたいっす」
「那岐達先に行っちゃったし、三人で行こうか。後で合流したら大丈夫でしょ」
「あ、はい」
神がニッコリと笑みを浮かべるので、恋は少しだけ牧達が気がかりになったが頷いた。
そして、仲良く三人で店の前まで来ると清田が言った。
「如月は何味にするんだ?」
「んー…今日はレモンかな」
「俺はいっちごー。おっちゃん、イチゴとレモンな!」
清田はそう注文すると、二人分のお金を中年男性に手渡した。
恋が慌てて財布を取り出しお金を清田に差し出すと、以前の差し入れのお返しだと言われてしまう。
そう言えば、あのまま何が欲しいか言っていなかったと思い出し、好意を無下にするわけにもいかず、恋は大人しく奢ってもらう事にした。
ガリガリと氷を削る音に清田はワクワクした表情を浮かべていて、恋は思わず笑ってしまった。
清田は自身の分を受け取ると、神を振り返る。
「神さんはいらないんですか?」
どこかぼんやりしていた神は、清田の声に我に返った様に笑みを浮かべた。
「ん?あぁ、じゃあ、ブルーハワイで」
「おっちゃん、ブルーハワイも追加で!」
その後、それぞれがカキ氷を受け取ると少しだけ道を外れ仲良く食べ始める。
それから、清田が食べたい物を買いに行き、皆で食べるのを繰り返している内に花火の時間が迫り、三人は急いで会場へ向かった。
すでに会場付近はかなりの人混みで、清田はキョロキョロと辺りを見渡した。
「牧さん達と合流出来ますかねー」
「んー、どうだろうね。これだけ人が多いと難しそうだよね」
人々の列は幾重にもなり、恋達は諦めて少し道から逸れた路上にいた。
歩行者天国と化しているこの場所で見る者も多いのか、周りにはちらほらと人が集まって来ている。
その時、近くのグループが清田の名を発した。
「あれ?信長じゃね?」
「本当だ。信長ー」
「えっ!?お前ら何で…」
清田は呼ばれた方を向き驚いていた。
そこには数人の男女が嬉しそうに清田へと視線を送っていて、恋は清田に尋ねる。
「知り合い?」
「中学のダチ!ちょっと話してきていいっすか?」
「うん、行っておいで」
清田は嬉々としてそのグループに合流した。
声は聞こえないが、会話は弾んでいるようで、しばらく戻って来ない事は明白だった。
恋は、少し緊張したままじっと夜空を見上げていた。
花火はまだ打ち上がらない。
隣の神がやけに静かな気もするが、元々そんなに会話を弾ませるタイプでもないと恋が思い直していた矢先、神が口を開いた。
「如月さん、聞いてもいい?」
「はい」
「何かあった?」
「何か…とは?」
「何だか、夏休み前より雰囲気が違って見えるから」
「そうですか?」
恋には、思い当たる節がそこまでなく小首を傾げた。
多少、那岐や藤真に言われはしたものの、劇的に変わったとまでは言われてもいないし、そんなつもりも恋にはない。
神は、そんな恋を見て、少しだけ焦れったそうに言葉を発した。
その原因に、思い当たる節が神にはあるのだ。
「ねぇ、恋してるとか言わないよね?」
「えっ?」
「それ、牧さんじゃないよね?」
「あの…」
「容姿で選ぶような人じゃないけど、君の事は何故か気にしてるから。君に可愛くなられると、自信を持たれると困る」
その時、花火が大きな音を立てて夜空へ上がった。
瞬間、その明るさで神の顔がハッキリ見えた。
その表情はどこか悲しげに見える。
神は、花火を見ずに恋を見て続けた。
「邪魔しないでって言ったよね?」
「っ、邪魔はしてません」
「…やっぱり変わったね。言い返すようになった」
神は内心苦々しく思った。
けれど、それは恋にとっては自身を否定されたように感じて思わず聞き返してしまう。
「ダメですか?」
「うん、ダメ。困る。だから諦めて」
「どうして、神さんにそんな事言われないといけないんですか」
「…それが本当の君?」
「え?」
「初めて会った時は妙におどおどしてると思った。何かにつけて言葉を呑み込んでた。でも、今の君は真逆だ。突然そんな風にはなれない。なら、本来そういう子で、我慢してただけだったって事だろ?」
「っ、それは!」
瞬間、恋の頭に中学時代の光景が蘇った。
それは、ある日始まった事。
その日まで、恋はトロいと言われる事も多かったが今とは違い、明るくハキハキ話し、トロさも愛嬌と捉えられて男女共に友人がそこそこに多かった。
だが、ある日突然、それはいとも簡単に崩れた。
友人の彼氏を奪ったと噂を立てられたのだ。
相手が悪かったのだろう。
それは親友とも呼べる間柄だった人物の彼氏で、仲の良さに羨ましく思う事はあっても奪うなどという結論には到底ならなかった。
そんなもの、事実ではないのだ。
しかし、そんな噂がどんどん広まると、初め否定していたその彼氏は、掌を返したように恋に言い寄った。
ただの噂が真実になってしまったのだ。
恋にはそんなつもりなどなく付き合ったわけではなかったが、周りからは疑心の目で見られた。
さらに、恋のハッキリ言う態度が彼女の気持ちを考えていないと余計に反感を買った。
それ以来、恋は実につまらない中学生活を送る事となり、いつしか、言いたい事は呑み込んでしまうようになった。
言ったところで誰も聞いてはくれず、視線を合わせてもくれないからだ。
そして、その真相が判明したのは卒業式で、親友にそんな噂を吹き込んだ人物がいたのだ。
勝手に敵視され、噂を流された恋はすでに言い返す気力もなくなっていた。
それが思い起こされ、途端に恋は言葉が詰まる。
「私は…」
「お願いだから、好きになんてならないで。邪魔しないで」
神は、恋の肩を掴みギュッと力を入れた。
どこか必死の形相の神に、恋は何も言えなくなる。
恋が痛みに顔を歪めた瞬間、神の腕はバッと離された。
「神!」
「っ!」
「何をしているんだ」
牧が目の前にいる事に、神は頭の中が真っ白になった。
那岐といたはずの牧が今、一人でここにいるのだ。
それの指す意味が、神には到底信じがたい物だった。
「牧さん…。那岐は…?」
「…先に帰った」
「…牧さん、断ったんですか?」
「あぁ」
「どうしてですか!」
「俺は今、彼女をつくる気はない」
「なっ!」
あまりにハッキリ返ってきた言葉に神はカッとなったが、耳には花火の音が何度も響くのが分かるほどには冷静で、周囲が歓声を上げているのもよく分かっていた。
夜空を見上げる人々の中に、三人を気にする者はいなかった。
「それに、神は那岐が好きなんだろう?」
「っ、俺は関係ないですよね」
「あぁ、直接は関係ない。彼女をつくらないのは俺の意思だからだ。けれど、那岐を好いている奴が傍にいるのに、それを奪う選択肢など俺にはない」
先ほどからの牧の言葉は、神にとって頭を殴りつけられるほどの衝撃に感じられた。
那岐は今日、牧に告白すると言っていた。
結果がどうであれ、神には応援する事しかできなかった。
幼い頃から神はずっと那岐が好きだったが、告白は出来ずにいる。
それは、那岐よりも強い自信がなく勇気が持てないからだ。
肉体的にも精神的にも、那岐は皆が思うよりもずっと強い。
幼い頃、神はひょろひょろとした体型からか、からかわれる事があった。
その時、助けてくれたのは言うまでもなく那岐で、男だろうが年上だろうが食ってかかる那岐は勇ましく、勝ち誇った笑顔は可愛らしかった。
そんな那岐は人に涙を見せない。
それでも、一度だけその涙を見せたのは異性に振られた時。
神はその姿を見て固まってしまった。
どう声をかければよいか分からなくなり、何とか伸ばした手は、いとも簡単に振り払われ、それが強く胸に突き刺さっている。
那岐が空手を辞めた理由も知っていて、それは、好きな人が出来て、その人に可愛いと思われたかったからだ。
極端な事をするなと思っていたが、その気持ちは仕方がないとも神は思っていた。
那岐はその強さ故、「男女」とよく呼ばれていて、そんな那岐が女の子らしくなりたいと思うのならば、神はそれで良いと思った。
そもそも、那岐が牧を知ったのは神がきっかけだからだ。
中学三年生の頃、海南の試合を観たかった神が那岐を誘って会場に行き、那岐は牧を見て一目惚れしてしまった。
牧のプレー中の姿を見て惚れてしまうのは、仕方がないとも思えた。
男の神が見ても惚れてしまいそうなほどに、上手くて火の打ちどころがない。
そんな牧と那岐が結ばれてくれれば、神も諦めがつくと思っていた。
だが、それは叶わず、むしろ神の気持ちに気付いていた牧が気遣う形となっていたのだ。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、神は自身の身の振り方が腹立たしく思えてならなかった。
「っ、何ですか、それ」
「那岐はさっき帰った。急げば、まだ追いつくだろう。どうするかは、お前が決めろ」
「っ!」
刹那、神は駆け出した。
花火はなおもお腹に響く音を鳴らしながら上がり、綺麗な花を夜空に咲かせている。
蚊帳の外になってしまっていた恋に、牧は気遣うように声をかけた。
「大丈夫か?」
「っ、はい」
「すまないな。何か巻き込んだ形になった」
「い、いえ!」
「花火も、もう終わりそうだな」
「あ…」
見上げる牧と同じように、恋も夜空を見上げる。
そこにはラストなのか、何百発という花火が一斉に上がっていた。
夜空に広がる光はとても綺麗で、現実を忘れさせるには充分だったが、恋の胸をどこか締め付けた。
最後の一発が盛大に上がりきると、辺りは自然と拍手に包まれた。
「綺麗だったな」
「はい」
余韻の中、ザワザワと人々が移動を始めると、清田が恋達の所へ戻って来た。
「あ、牧さん!」
「清田。どこにいたんだ?」
「中学のダチがいて。それで、この後、俺抜けてもいいっすか?」
「あぁ、構わないが」
「っす!じゃあ、お疲れ様っす!」
「あぁ」
そう言って、清田はまたそのグループへ向かってしまった。
そのまま、その友人達と遊ぶのだろう。
人の流れに添いながらどちらからともなく歩き出すと、牧は恋を見た。
「如月」
「はい」
「皆行ってしまったが、これからどうする?」
「あ…」
恋は、言われて二人きりになってしまった事に気付いた。
どこか気まずさがある事は牧も分かっているので、苦笑しながら提案をする。
「帰りたいなら送るが。それとも、もう少し夜店を回るか?」
「…良いんですか?」
「台無しにしてしまったからな。そのお詫びだ。行きたい所があるなら言ってくれ」
牧が微笑むと、恋は少し迷ってから決意した。
「あ、じゃあ、もう少しだけいいで…」
その時、恋は返事に必死ですれ違う人とぶつかりそうになったが、牧がグッと恋の肩を抱きその人に当たらないようにした。
「っと、危ないな」
「ご、ごめんなさい」
「いや、いい」
すぐに離れた体温に、恋はドキドキしながらも平常心を保とうと牧を見返した。
牧は何故か眉間に皺を寄せた。
「牧さん?」
「如月、手を繋いでもいいか?」
「え?」
「危ないだろう」
牧は、答えを聞かずにグッと恋の手を握った。
その手の大きさは、恋の心を揺さぶり、少し骨張った感触は、海でのものとは比べ物にならないほど明瞭だった。
「あ…」
「ほら、行くぞ」
牧はとても優しく笑っていた。
恋は恥ずかしさに耳まで赤くさせたが、その手を振り払う気にもなれない。
ドキドキと心臓の音が牧に伝わらないかと心配になり、恋は何度も牧に視線を送ってしまったが、その度に牧は温和な笑みを携えていた。
その手は暖かく、別れる時まで繋がれたままだった。