勇気を出せるかな
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
最早日常と化している部活も終わり、皆がそれぞれの行動をしている時、牧は前方に肩をやや落として歩いている清田を目にした。
ほんの少し前、清田は恋に話しかけたそうに視線で追っていた。
しかし、それは叶わず、恋は忙しなく片付けをしていて清田に見向きもしない。
一声かければ済むはずだと思わずにはいられないのだが、今の清田の心情を考えると、牧は小さく溜息を吐き声をかけた。
「まだ仲直りしていないのか?」
そう声をかければ、清田は途端に情けない声で牧に泣きついた。
「牧さぁぁん!俺どうしたらいいんすかぁ」
あれ以来、恋と清田の関係は目に見えて悪化していた。
互いに妥協点を見出せずにいる内に、時間だけは無情にも過ぎ去っていく。
清田も、恋も、時間が経てば経つほど、元の関係に戻る術をなくしていたのだ。
「信長が早とちりして、勝手に嫉妬しただけだもんね」
すかさずそう声をかけてきたのは、今からいつもの自主練習に移ろうとしている神だった。
牧も神もこの間のやりとりは目に入っており、神は清田から直接相談も持ちかけられていた。
神なりに、2人のことは気がかりであるため会話に加わったのだが、今の清田にその言葉は突き刺さった。
「神さん…」
情けない顔で清田は神を見返した。
神は言い過ぎたかなと苦笑して、牧は不思議そうにしている。
「謝ればいいだろう?」
「それができたら苦労しないっす」
「まぁ、頑張ってマッサージ覚えようとしてたのに、急に怒られるとか恋にしたら意味分からないだろうね」
「そうっすよね…」
それは、清田自身理解しているのだが、どうしても心と頭は合致しなかった。
それは小さな独占欲だろうか。
清田は益々肩を落としこのまま沈んでいきそうだった。
牧は、清田を気の毒に思いながらも少しだけ溜息を漏らすと、ポツリと零した。
「まぁ、恋は監督に直接聞きに行っていたくらいだしな」
「え!?」
清田の眼差しに牧は少しだけ気まずそうにしたが、静かに口を開いた。
「あー…俺から聞いたと言うなよ?監督の知り合いの人に教えて貰っているらしい。監督も向上心があるから手を貸したくなるんだろう。時々、練習台にもなっていると言っていた」
それは、牧以外知ることのなかった話で、神も少なからず驚いている。
てっきり本で齧った程度と清田も神も思っていたのだが、案外本格的だと知り、感心してしまう。
「へー、案外本格的なんですね」
「悩み抜いた結果らしいぞ。まぁ、今までスポーツに関わってきたわけでもないからな、恋は。そんな知り合いもいなくて、監督に泣きついたらしい」
恋は、存外真っ直ぐな性格なのだろう。
でなければ、高頭や牧にあの動機を言うとも思えない。
初心者である恋が、何かをしようと思った時に相談するのは監督である高頭なのだろうと思われる。
初心者故に、恋は分からないことは、ちゃんと誰かしらに質問をし勉強もする。
勝手に突っ走ることなく、役に立ちたいと願う恋に、高頭も感化され助け舟を出したのだろう。
「まぁ、本格的なのして貰えるなら有り難いですよね、俺たちとしては」
「そうだな。恋は恋なりに、俺たちの役に立ちたいんだろう。初めこそどうなるかと思ったが、よく頑張ってくれている」
牧は優しく口角を上げて言った。
まだ恋がマネージャーとなって数ヶ月だが、それは部員が皆感じていることでもある。
牧は、恋から質問をされ答える機会が多く、意欲的な人物を好意的に見てしまうのは必然と言えるだろう。
神は、すっかり黙り込んでしまった清田をチラリと見た。
「で?信長は今の聞いてどうするの?」
「恋なりに、真っ直ぐな気持ちの結果だろう。少しは認めてやったらどうだ?」
「分かってるっすよ!分かってるんすけど…」
清田も頭ではわかっている。
けれど、どうしても心がついていかないのだ。
神は、仕方ないとばかりに小さく苦笑する。
「まぁ、好きな子が他の男に触れるのは嫌だよね」
「…清田は、恋が好きなのか?」
牧が微かに眉間に皺を寄せて投げた言葉に、清田の顔はみるみる赤く染まった。
「うっ、えっ!?いや、あのっ!」
「あれ?牧さんも好きとか言います?」
「えっ!?」
牧の反応に神はそんなことを言い、清田は青ざめた顔をする。
牧には勝てないと本能的に思ってしまったのかもしれない。
だが、牧はきょとんとして言葉を返した。
「いや、それはないが…。そうか、それで喧嘩になったのか。俺は、てっきり素人が手を出すなということで怒ったのかと思っていた」
素人のマッサージは、場合によっては余計に痛くさせることもある。
それを危惧して、清田が怒っているのだと牧は思っていた。
「えっ、あのっ、それもあるんすよ!?あるんすけど…」
「信長の本音は?」
「…他の奴に、触ってほしくないっす」
清田は、いじけたみたいに本音を漏らし、神は、やれやれと言った風に清田を諭した。
「うん、だよね。じゃあ、それを言ったら?」
「それって、告白しろってことっすか?」
「その方が手っ取り早いんじゃない?それに、信長の態度見てたら、流石に本人も気づいてるかも知れないし」
「えぇっ!?」
清田は驚いているが、きっと周りは気づいているだろうし、もしかしたら恋自身気づいていてもおかしくはない。
それ程に清田の言動はわかりやすく見えたのだ。
牧も確信はなかったから先程の言葉が出たのだろうが、何と無くは気付いていただろうと思われる。
「あ、恋」
「はーい」
ふいに、神は近くを通った恋に声をかけた。
片付けがひと段落したのか、残りの荷物を手に体育館を出ようとしていたようで、恋はすぐに返事をするとタタタッと近寄ってくる。
「何ですか?」
「あのね、信長が話あるって」
「えっ…」
恋の表情は、あからさまに強張り、それを見た清田は少しショックを受けるが、神は気にせず続けた。
「暗くなるのも早くなってきたし、危ないから2人で帰ったら?途中まで道一緒だったよね?」
「ちょ、神さん!?」
「そうだな、夜道は危ない。恋、そうしたらどうだ?」
牧も頷き同意する。
以前と比べ陽が落ちるのは早くなり、部活が終わる頃、すっかり辺りは暗闇に覆われていた。
そんな中、女子が1人で歩くのは危ないだろう。
恋は断る理由を探すも見つからなかったのか、清田をチラリと見てから言った。
「先輩達がそう言うなら…。じゃあ、着替えてくるから校門前でいい?」
「えっ、あ、おう!」
恋の意志に任せていた清田は、少し戸惑いながらも漏れ出る笑みを向けた。
そんな後輩を見て、神と牧も微かに笑っていた。
あれからすぐに着替えを済ませた2人は帰路に着いていたが、話題が中々続かず、ポツリポツリとやりとりをしてからは沈黙が続いていた。
互いに距離を測りかねているようだ。
そうこうしている間にも別れの時は刻々と迫り、ついに来たその時に、恋は小さく溜息を吐いた。
「じゃあ、ありがとう。私こっちだから…」
「あっ…」
清田は思わず声を出すが、そのまま言葉は続かず、恋は不審そうに見返した。
「何?」
「いや、何でもねぇ…」
「そっか。じゃあ、またね」
「おう」
恋が手を振り歩き出そうとしているのを見て、清田は笑顔で返事をした。
言葉は飲み込んで、何もなかったように振る舞う。
恋は一瞬、躊躇したかのように歩き出すのを遅らせたが、微かに笑うと踵を返し歩き出した。
その背を見送り姿が見えなくなると、清田はしゃがみ込み大きく溜息を吐く。
空にはどんよりと雲が広がっていて、今にも雨が降り出しそうだった。
夜中に降り出した雨が降り続く翌朝の部活中、清田はゴールに向かいボールを放っていた。
手から離れたボールは、ガコンと枠に当たり素っ気なく床へと落ちていく。
珍しく今朝はゴールを外す回数が多く見え、神は清田に声をかけた。
「昨日はどうだった?」
他愛もない口調の神に対し、清田の表情は一気に暗くなり、神はそんな顔色の変化を見逃さなかった。
「聞かないで下さい…」
「えっ…まさか言ってないの?」
「聞かないで下さいよっ」
清田は半ばヤケ気味に言い放ち、それにより全てを悟ったのか神は静かに尋ねた。
「会話は出来た?」
「あんまり…」
清田はそれだけ言うと、またもゴールに向かう。
しかし、何度も放たれるボールがゴールを潜ることは稀で、いつものシュート率を遥かに下回っていた。
神は、どうしたものかと小さく溜息を吐くしかなかった。
恋は、体育館を出て行こうとしているぼんやりとした様子の清田に視線を送っていた。
ふいに、清田の力無く垂れ下がった指先から何かが落ちた。
それが何かはすぐに分かり、恋は清田に駆け寄った。
「清田くん」
「んぁっ?」
「落としたよ」
恋が、ひょいっと拾い上げたのは見慣れたヘアーバンドだった。
手から落ちたことにも気づいていなかったのか、清田は少し慌ててそれを受け取った。
「え、あ、サンキュー」
ゆっくりと受け渡される時間と共に沈黙が流れた。
その沈黙は、渡し終えた二人を無機質に包むしか出来ない。
互いに言葉を探しているのが分かり、清田はグッと拳を握ると恋を見た。
「なぁ、恋」
「何?」
「今日も一緒に帰らねぇ?」
「え?何で?」
「何でって…帰りてぇから」
「…わかった。じゃあ、終わったら校門前で…」
「あぁ」
互いに、ぎこちないやりとりをしていると実感出来る空気がその場を漂う。
が、その顔は微かに赤く染まり、互いにそれを見られまいと俯き気味になり、そそくさと別れたのだった。
校門前で合流した2人は静かに歩き出した。
先程まで降っていた雨はいつの間にか上がり、空は雲1つなく漆黒色が広がっていた。
時折頬を撫でる風は、その弱さとは裏腹に雨上がりのためか、キンとした冷ややかさを感じさせている。
清田は、体を縮こまらせてマフラーに顔を埋め口を開いた。
「うー、さみぃー」
「体冷やさないようにしないとね」
「恋もだろ。ほら」
優しく笑いつつも鼻を微かに赤くした恋を見て、清田は自身のマフラーを外して差し出す。
その自然な仕草に、恋は目を丸くして首を振った。
「え、いいよ、大丈夫」
受け取りそうにない恋を察して、清田は手を塞ぐ傘を鞄の持ち手に引っ掛けると、無理やりマフラーを恋の首にかけた。
恋はかけられた手前、それを外すのがはばかられ、小さく礼を言うしかなくなる。
清田は何とも言えない表情をしていたが、スッと歩き出し、それに恋は続いた。
「何で、今日マフラーしてねぇんだよ?こんな寒いのに」
恋は、ここ最近毎日マフラーを付けていたと清田は記憶しているのだが、どういうわけか今日はしていなかった。
恋は少し気恥ずかしそうに口を尖らせた。
「忘れたの」
「寝坊か?」
「そうだけど」
「何かテレビでも観てて、夜更かししたんだろ」
うししっと無邪気にからかう清田に、恋はゆっくり瞬きすると静かに声を出す。
「違うよ」
「あ?じゃあ…」
「マッサージの勉強」
「は?」
「清田くんは怒るんだろうけど、私は本当に皆の役に立ちたいの。私は試合に出られるわけじゃないし、お手伝いしかできないけど、それでも皆の力になれることがあるならそれをしたいし、覚えたいって思う」
恋は、清田の怒りをかってからも毎日懲りずに勉強をしていた。
時には高頭に紹介してもらったスポーツトレーナーに教えを乞い、時にはそれを高頭相手に試していた。
自宅では、本片手に家族に試す日々だ。
それは皆の役に立ちたいという思いと、反発を受けたことによる意地であったのかも知れない。
清田は、恋の真っ直ぐな想いを感じ取り複雑そうにしていた。
「…ふーん」
「ごめんね」
「別に、謝ることじゃねぇだろ」
清田はそれ以上何も言えなくなった。
沈黙が流れる2人の間をまた1つ冷たい風が割り、肩を縮こまらせる清田とは対照的に、恋は借りたマフラーに首を埋めると少し暖かさが広がった気がした。
微かに清田の匂いがして、マフラーにそっと触れた恋は静かに口を開いた。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「何だよ?」
「何で、私がマッサージ覚えるの嫌なの?」
「えっ!?そ、それは…な、何だっていいだろ!?」
鼻の頭を微かに赤くした清田が、返答に困って言葉を詰まらせると、同時に引っ掛けていた傘が地面を鳴らした。
静かな夜道に響く音に、清田は慌ててしゃがみ込む。
恋は、そんな清田に微かな苛立ちが湧いたのか、はたまた自身に対してなのか、俯いて言葉を漏らした。
「…地なし」
「あ?何て…」
聞き取れないほどの声に、清田は怪訝そうに恋を見上げて尋ねた。
沈黙する恋に、清田は立ち上がると少しだけ距離を縮めようと近付く。
清田の気配を感じ恋が顔を上げると、取ってつけたような笑顔でマフラーを取り、背伸びをして清田の首に巻き付けた。
「何でもない!私、こっちだから。じゃあね!」
走り去る恋は振り返らなかった。
清田は戻って来たマフラーに恋の気配を感じ、あまりの気恥ずかしさにその場に蹲った。
一緒に2人で帰った日から日数は経ったが、特に進展もない日常が緩やかに過ぎていた。
今日も日常に組み込まれた部活が終わり、酷使した体をストレッチしている清田に声をかけたのは神だった。
「信長」
「何すか?」
清田は、笑顔で振り向きストレッチの手を止める。
神は一瞬呆気にとられたが、ずいっと清田との距離を詰めると唐突に問い掛けた。
「恋に、マッサージしてもらったことってある?」
「あるわけないじゃないっすか」
清田は先程までの笑顔を消し去ると、当たり前だと言わんばかりに肩を落とした。
すると、神はとびきりの笑顔を清田に向ける。
「してもらったら?」
「絶対しないって言われたんすよ?無理っす」
「信長って案外、意気地なしだよね」
「ぐっ、神さんにはわかんないっすよ」
その言い草に、神は大きく溜息を吐いた。
実の所、神は昨日恋と話す機会があり、そこでこれまでの経緯を恋側の気持ちと共に聞き出すことが出来ていたのだ。
2人揃って悩みを相談するのが神であるのは、神の人望なのだろう。
ただ、事実を知らない清田は今更引くことも出来ずに、神を見返し続く言葉を待った。
「信長も、恋の気持ち考えてないでしょ?」
「へっ?」
「恋、マッサージの練習してるけど、信長に言われてから監督以外に試してないらしいよ。監督にも上手くなったって言われて許可も貰ってるらしいのに、あれから誰にも声かけてないんだ。何故だかわかる?」
神は少し真面目な顔で見つめるが、清田はその言葉を上手く受け取ることが出来ないでいた。
神は、まるで兄のように優しく清田の肩を叩き焚きつけた。
「恋が初めに癒したいと思ったのは誰か、聞いてみたらいいんじゃない?」
神が笑顔を向ける意味を考えると、清田には1つの答えしか導き出せなかった。
と、清田は居ても立っても居られず駆け出した。
目的地など決まっている。
廊下を駆けようとも、この時間にそれを咎める者はいない。
その為か、駆け出してから目標物を見つけるまでさほど時間もかからず、清田はその後ろ姿に声をかける。
「恋!」
「あれ、清田くん。慌ててどうしたの?」
更衣室へ向かっていた恋は振り向き、清田が立ち止まり肩で息をしているのを不思議そうに見やる。
清田は荒い息遣いを整え、伏し目がちに言葉を発した。
「…聞きてぇんだけど」
「うん?」
「お前がマッサージ覚えようと思ったのって、何で?」
「何で…って皆の役に立ちたいからだけど」
「それには、誰か特定の奴にしてやりたいからってあったりするのか?」
少し遠慮がちな物言いの清田に、恋は一瞬目を見開いたが、自嘲にも似た笑みを浮かべた。
「…あるよ。本人にはダメって言われたけどね」
恋の言葉を清田は十分に感じ、それがもし勘違いだとしても、自身の想いを潜めるのはもう無理だと思った。
清田はグッと拳を握り恋の顔を直視する。
「なぁ」
「ん?」
「俺、恋が好きだ!」
恋が告白されたのだと理解することに、さほど時間はかからなかった。
そして、一瞬で2人を緊張が包み込んだ。
恋はみるみる頬を赤らめていき、嬉しいような泣きそうな複雑な表情で小さく頷いた。
「…うん」
「うんって何だよっ!?」
「だって、清田くんバレバレなんだもん…」
「なっ!?」
清田は予想外の言葉を返され驚愕していた。
清田は、本人には自身の気持ちが上手く隠せていると思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしく、恋は両頬を冷ますように手を当て照れ臭そうに口を開いた。
「私、友達とかに茶化されること結構多いんだよ?そうなのかなって、私も勘違いしそうになること結構あったし…」
その言葉に清田は唖然とし、一気に恥ずかしさが込み上げて隠すように腕を顔に当てた。
恋は大きく深呼吸すると、安堵しきった表情を清田に向けた。
「でも、勘違いじゃなくて良かった。あのね、私も清田くんが好きです」
「は?え、なっ…」
照れ臭そうな恋の言葉は、清田に届くもすぐに受け止めきれず、清田は言葉が途切れ途切れにしか出せなかった。
そんな清田に、恋は愛おしさが込み上げ思わず吹き出してしまう。
「焦りすぎだから!大体、私がマッサージ覚えようと思ったきっかけは清田くんだよ?1年でスタメン入りしてて凄いなとは思ってたけど、先輩達にも負けないくらい動き回ってて、練習もいっぱいしてヘトヘトになってるのを見て、癒してあげられたらって思ったの。だから、マッサージを覚えたら少し役立てるかなって」
エヘヘと笑う恋に、清田はとても複雑そうな表情で恋を見返した。
「何だよ…それ。俺は、恋が他の奴に触るのが嫌だって理由で、駄々こねてただけだっつーのに…」
「…そっか。ごめんね?」
「あ、いや、俺が悪いだけだろ!」
責めているつもりなど毛頭ない清田は慌てて否定するが、恋は少し肩を落とし苦笑した。
「ううん。そうだよね、好きな人が他の人に触るのって嫌だよね」
「…それは、恋もそう思うってことでいいのか?」
「えっ!?あ、えっと…うん。やっぱり他の子には触ってほしくない…かな」
何とも言い難い空気が2人の周りに出来上がる。
「もう、何か言ってよ!」
「あー、いや、だってよ…」
恋は、清田の腕で隠した顔が隙間から見え、それはとても赤く、耳まで赤みが広がっているのだと気付いた。
恋も同じく耳まで熱を持つのを感じ、抗議するしかなかった。
「もう!移る!」
「それは俺の台詞だっつーの!」
2人して顔を赤らめこんなやりとりをしているのは、面映ゆさが広がるだけで、そのうち、どちらからともなく笑いが溢れた。
それから、帰りの約束をし、校門前で待ち合わせをして2人での帰路に着く。
空には、星がポツリポツリと見受けられ空気は澄んでいる。
冷たい空気は鼻の奥がツンとするような感覚にさせ、冬の訪れを示していた。
歩いている最中、中々会話は弾まないが、以前ほど重々しい空気でもなく、どこか心地よさを互いに感じていた。
歩く距離が増える度に、恋はじわじわと広がり始めた実感に自然と笑みが溢れた。
「あのね、清田くん。言ってくれてありがとう」
「あ?あー…まぁ…俺こそ」
清田は照れ臭そうにそっぽを向くが、恋は空を見上げ微笑んだ。
「本当はね、この間一緒に帰った時に告白されるのかなって、ちょっと期待してたんだよ?」
「えっ!?」
「だって、清田くん、いつもと違ってソワソワしてるし口数少ないし、何かそんな雰囲気だったでしょ?だから、てっきり言ってくれるのかなって思ってたんだよね」
清田自身、あの日は告白をしようと決意していたが、最後の最後に勇気が出ず言葉を飲み込んだのだ。
それを、恋が気づいていたなどと露にも思っていなかった清田は、どこか居心地悪そうに尋ねた。
「そんなバレバレだったか?」
「流石に…。それに、よく私たちが話してると皆微笑ましく見てくるって言うか、ニヤニヤしてたから、いつか告白されるんだろうなって意識しちゃってたんだよね…」
恋は今までの出来事を思い起こす。
ある時、恋が清田と話をしていると微笑ましそうに見られていることに気付いたのだ。
初めは気のせいだと思っていたが、その眼差しは徐々に増え妙だと思い始めた矢先、とある男友達にからかわれた。
それからは、男女問わず冗談交じりに言われることが増え、恋はそのことを意識せざるを得なくなっていたのだ。
それとは対照的に清田は日常を過ごし、今言われるまでそんなことになっているなどとは思ってもいなかったので、少し申し訳なさそうに頬を掻いた。
「あー、それ知らねぇな…。恋と話してる時は恋しか見てなかったし」
「なっ!?」
「…えっ!?あ、今のナシ!いや、ナシじゃねぇけど…っだー!何言ってんだ、俺」
清田からポロリと溢れた言葉は驚きしか生まず、恋はやっと引き始めた頬の熱が再燃した。
清田は清田で、気恥ずかしそうにしているが、その吐露は事実であるのか強く否定することが出来ずにいる。
恋は、夜風に晒されても落ち着かない熱を逃がそうと手をパタパタと顔周りで仰いだ。
「ねぇ、清田くんはいつから私が好き?」
「はっ!?そ、それは…」
「私は、インターハイの時の試合だよ。誰よりもカッコ良かったから」
あの日、恋の目には清田がキラキラ輝いて見えた。
どうして1人だけあそこまで輝いて見えたのかなど分からないが、一瞬で目を奪われ離せなくなったのは清田のプレーで、それ以降特別に感じるようになったのは言うまでもない。
どこか懐かしそうで嬉しそうに言葉を紡ぐ恋に、清田はボソリと言った。
「俺は…入学式…」
「え?」
「悪りぃかよ!一目惚れだっつーの!」
「あ、ありがとう」
「くっそー。ビシッと決めてぇのに!」
ガシガシと頭を掻く清田は、自身の失態に納得がいかなかった。
告白はいつ、どこで、どうやってするかなど、一応の想定はしていたのだが、それはことごとく叶わず、自身の情けなさに辟易する。
恋は、そんな清田でさえ愛おしさが込み上げ笑みを向けた。
「私は、そのままの清田くんが好きだよ?」
「お前って、言葉はすげぇストレートだよな」
「清田くんは、態度がストレートだよね」
一瞬の沈黙の後、どちらからともなく笑いが溢れた。
ひとしきり笑い終えると、清田は手を恋に差し出す。
「ん」
「え?」
「手繋ぎてぇんだけど」
手を差し出したままニカッと笑う清田に、恋はボッと熱が上昇した。
それは自信満々でどこまでも眩しい笑顔。
何度となく見てきた、見たいと思っていた笑顔だった。
恋が優しく笑みを深めてその手を取ると、ギュッと指は絡まった。
熱が指先から伝わり互いを意識するが、不思議と居心地は良く並んで歩き出す。
そんな2人を、夜空は優しく包んでいるのだった。
→アトガキ
ほんの少し前、清田は恋に話しかけたそうに視線で追っていた。
しかし、それは叶わず、恋は忙しなく片付けをしていて清田に見向きもしない。
一声かければ済むはずだと思わずにはいられないのだが、今の清田の心情を考えると、牧は小さく溜息を吐き声をかけた。
「まだ仲直りしていないのか?」
そう声をかければ、清田は途端に情けない声で牧に泣きついた。
「牧さぁぁん!俺どうしたらいいんすかぁ」
あれ以来、恋と清田の関係は目に見えて悪化していた。
互いに妥協点を見出せずにいる内に、時間だけは無情にも過ぎ去っていく。
清田も、恋も、時間が経てば経つほど、元の関係に戻る術をなくしていたのだ。
「信長が早とちりして、勝手に嫉妬しただけだもんね」
すかさずそう声をかけてきたのは、今からいつもの自主練習に移ろうとしている神だった。
牧も神もこの間のやりとりは目に入っており、神は清田から直接相談も持ちかけられていた。
神なりに、2人のことは気がかりであるため会話に加わったのだが、今の清田にその言葉は突き刺さった。
「神さん…」
情けない顔で清田は神を見返した。
神は言い過ぎたかなと苦笑して、牧は不思議そうにしている。
「謝ればいいだろう?」
「それができたら苦労しないっす」
「まぁ、頑張ってマッサージ覚えようとしてたのに、急に怒られるとか恋にしたら意味分からないだろうね」
「そうっすよね…」
それは、清田自身理解しているのだが、どうしても心と頭は合致しなかった。
それは小さな独占欲だろうか。
清田は益々肩を落としこのまま沈んでいきそうだった。
牧は、清田を気の毒に思いながらも少しだけ溜息を漏らすと、ポツリと零した。
「まぁ、恋は監督に直接聞きに行っていたくらいだしな」
「え!?」
清田の眼差しに牧は少しだけ気まずそうにしたが、静かに口を開いた。
「あー…俺から聞いたと言うなよ?監督の知り合いの人に教えて貰っているらしい。監督も向上心があるから手を貸したくなるんだろう。時々、練習台にもなっていると言っていた」
それは、牧以外知ることのなかった話で、神も少なからず驚いている。
てっきり本で齧った程度と清田も神も思っていたのだが、案外本格的だと知り、感心してしまう。
「へー、案外本格的なんですね」
「悩み抜いた結果らしいぞ。まぁ、今までスポーツに関わってきたわけでもないからな、恋は。そんな知り合いもいなくて、監督に泣きついたらしい」
恋は、存外真っ直ぐな性格なのだろう。
でなければ、高頭や牧にあの動機を言うとも思えない。
初心者である恋が、何かをしようと思った時に相談するのは監督である高頭なのだろうと思われる。
初心者故に、恋は分からないことは、ちゃんと誰かしらに質問をし勉強もする。
勝手に突っ走ることなく、役に立ちたいと願う恋に、高頭も感化され助け舟を出したのだろう。
「まぁ、本格的なのして貰えるなら有り難いですよね、俺たちとしては」
「そうだな。恋は恋なりに、俺たちの役に立ちたいんだろう。初めこそどうなるかと思ったが、よく頑張ってくれている」
牧は優しく口角を上げて言った。
まだ恋がマネージャーとなって数ヶ月だが、それは部員が皆感じていることでもある。
牧は、恋から質問をされ答える機会が多く、意欲的な人物を好意的に見てしまうのは必然と言えるだろう。
神は、すっかり黙り込んでしまった清田をチラリと見た。
「で?信長は今の聞いてどうするの?」
「恋なりに、真っ直ぐな気持ちの結果だろう。少しは認めてやったらどうだ?」
「分かってるっすよ!分かってるんすけど…」
清田も頭ではわかっている。
けれど、どうしても心がついていかないのだ。
神は、仕方ないとばかりに小さく苦笑する。
「まぁ、好きな子が他の男に触れるのは嫌だよね」
「…清田は、恋が好きなのか?」
牧が微かに眉間に皺を寄せて投げた言葉に、清田の顔はみるみる赤く染まった。
「うっ、えっ!?いや、あのっ!」
「あれ?牧さんも好きとか言います?」
「えっ!?」
牧の反応に神はそんなことを言い、清田は青ざめた顔をする。
牧には勝てないと本能的に思ってしまったのかもしれない。
だが、牧はきょとんとして言葉を返した。
「いや、それはないが…。そうか、それで喧嘩になったのか。俺は、てっきり素人が手を出すなということで怒ったのかと思っていた」
素人のマッサージは、場合によっては余計に痛くさせることもある。
それを危惧して、清田が怒っているのだと牧は思っていた。
「えっ、あのっ、それもあるんすよ!?あるんすけど…」
「信長の本音は?」
「…他の奴に、触ってほしくないっす」
清田は、いじけたみたいに本音を漏らし、神は、やれやれと言った風に清田を諭した。
「うん、だよね。じゃあ、それを言ったら?」
「それって、告白しろってことっすか?」
「その方が手っ取り早いんじゃない?それに、信長の態度見てたら、流石に本人も気づいてるかも知れないし」
「えぇっ!?」
清田は驚いているが、きっと周りは気づいているだろうし、もしかしたら恋自身気づいていてもおかしくはない。
それ程に清田の言動はわかりやすく見えたのだ。
牧も確信はなかったから先程の言葉が出たのだろうが、何と無くは気付いていただろうと思われる。
「あ、恋」
「はーい」
ふいに、神は近くを通った恋に声をかけた。
片付けがひと段落したのか、残りの荷物を手に体育館を出ようとしていたようで、恋はすぐに返事をするとタタタッと近寄ってくる。
「何ですか?」
「あのね、信長が話あるって」
「えっ…」
恋の表情は、あからさまに強張り、それを見た清田は少しショックを受けるが、神は気にせず続けた。
「暗くなるのも早くなってきたし、危ないから2人で帰ったら?途中まで道一緒だったよね?」
「ちょ、神さん!?」
「そうだな、夜道は危ない。恋、そうしたらどうだ?」
牧も頷き同意する。
以前と比べ陽が落ちるのは早くなり、部活が終わる頃、すっかり辺りは暗闇に覆われていた。
そんな中、女子が1人で歩くのは危ないだろう。
恋は断る理由を探すも見つからなかったのか、清田をチラリと見てから言った。
「先輩達がそう言うなら…。じゃあ、着替えてくるから校門前でいい?」
「えっ、あ、おう!」
恋の意志に任せていた清田は、少し戸惑いながらも漏れ出る笑みを向けた。
そんな後輩を見て、神と牧も微かに笑っていた。
あれからすぐに着替えを済ませた2人は帰路に着いていたが、話題が中々続かず、ポツリポツリとやりとりをしてからは沈黙が続いていた。
互いに距離を測りかねているようだ。
そうこうしている間にも別れの時は刻々と迫り、ついに来たその時に、恋は小さく溜息を吐いた。
「じゃあ、ありがとう。私こっちだから…」
「あっ…」
清田は思わず声を出すが、そのまま言葉は続かず、恋は不審そうに見返した。
「何?」
「いや、何でもねぇ…」
「そっか。じゃあ、またね」
「おう」
恋が手を振り歩き出そうとしているのを見て、清田は笑顔で返事をした。
言葉は飲み込んで、何もなかったように振る舞う。
恋は一瞬、躊躇したかのように歩き出すのを遅らせたが、微かに笑うと踵を返し歩き出した。
その背を見送り姿が見えなくなると、清田はしゃがみ込み大きく溜息を吐く。
空にはどんよりと雲が広がっていて、今にも雨が降り出しそうだった。
***
夜中に降り出した雨が降り続く翌朝の部活中、清田はゴールに向かいボールを放っていた。
手から離れたボールは、ガコンと枠に当たり素っ気なく床へと落ちていく。
珍しく今朝はゴールを外す回数が多く見え、神は清田に声をかけた。
「昨日はどうだった?」
他愛もない口調の神に対し、清田の表情は一気に暗くなり、神はそんな顔色の変化を見逃さなかった。
「聞かないで下さい…」
「えっ…まさか言ってないの?」
「聞かないで下さいよっ」
清田は半ばヤケ気味に言い放ち、それにより全てを悟ったのか神は静かに尋ねた。
「会話は出来た?」
「あんまり…」
清田はそれだけ言うと、またもゴールに向かう。
しかし、何度も放たれるボールがゴールを潜ることは稀で、いつものシュート率を遥かに下回っていた。
神は、どうしたものかと小さく溜息を吐くしかなかった。
恋は、体育館を出て行こうとしているぼんやりとした様子の清田に視線を送っていた。
ふいに、清田の力無く垂れ下がった指先から何かが落ちた。
それが何かはすぐに分かり、恋は清田に駆け寄った。
「清田くん」
「んぁっ?」
「落としたよ」
恋が、ひょいっと拾い上げたのは見慣れたヘアーバンドだった。
手から落ちたことにも気づいていなかったのか、清田は少し慌ててそれを受け取った。
「え、あ、サンキュー」
ゆっくりと受け渡される時間と共に沈黙が流れた。
その沈黙は、渡し終えた二人を無機質に包むしか出来ない。
互いに言葉を探しているのが分かり、清田はグッと拳を握ると恋を見た。
「なぁ、恋」
「何?」
「今日も一緒に帰らねぇ?」
「え?何で?」
「何でって…帰りてぇから」
「…わかった。じゃあ、終わったら校門前で…」
「あぁ」
互いに、ぎこちないやりとりをしていると実感出来る空気がその場を漂う。
が、その顔は微かに赤く染まり、互いにそれを見られまいと俯き気味になり、そそくさと別れたのだった。
校門前で合流した2人は静かに歩き出した。
先程まで降っていた雨はいつの間にか上がり、空は雲1つなく漆黒色が広がっていた。
時折頬を撫でる風は、その弱さとは裏腹に雨上がりのためか、キンとした冷ややかさを感じさせている。
清田は、体を縮こまらせてマフラーに顔を埋め口を開いた。
「うー、さみぃー」
「体冷やさないようにしないとね」
「恋もだろ。ほら」
優しく笑いつつも鼻を微かに赤くした恋を見て、清田は自身のマフラーを外して差し出す。
その自然な仕草に、恋は目を丸くして首を振った。
「え、いいよ、大丈夫」
受け取りそうにない恋を察して、清田は手を塞ぐ傘を鞄の持ち手に引っ掛けると、無理やりマフラーを恋の首にかけた。
恋はかけられた手前、それを外すのがはばかられ、小さく礼を言うしかなくなる。
清田は何とも言えない表情をしていたが、スッと歩き出し、それに恋は続いた。
「何で、今日マフラーしてねぇんだよ?こんな寒いのに」
恋は、ここ最近毎日マフラーを付けていたと清田は記憶しているのだが、どういうわけか今日はしていなかった。
恋は少し気恥ずかしそうに口を尖らせた。
「忘れたの」
「寝坊か?」
「そうだけど」
「何かテレビでも観てて、夜更かししたんだろ」
うししっと無邪気にからかう清田に、恋はゆっくり瞬きすると静かに声を出す。
「違うよ」
「あ?じゃあ…」
「マッサージの勉強」
「は?」
「清田くんは怒るんだろうけど、私は本当に皆の役に立ちたいの。私は試合に出られるわけじゃないし、お手伝いしかできないけど、それでも皆の力になれることがあるならそれをしたいし、覚えたいって思う」
恋は、清田の怒りをかってからも毎日懲りずに勉強をしていた。
時には高頭に紹介してもらったスポーツトレーナーに教えを乞い、時にはそれを高頭相手に試していた。
自宅では、本片手に家族に試す日々だ。
それは皆の役に立ちたいという思いと、反発を受けたことによる意地であったのかも知れない。
清田は、恋の真っ直ぐな想いを感じ取り複雑そうにしていた。
「…ふーん」
「ごめんね」
「別に、謝ることじゃねぇだろ」
清田はそれ以上何も言えなくなった。
沈黙が流れる2人の間をまた1つ冷たい風が割り、肩を縮こまらせる清田とは対照的に、恋は借りたマフラーに首を埋めると少し暖かさが広がった気がした。
微かに清田の匂いがして、マフラーにそっと触れた恋は静かに口を開いた。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「何だよ?」
「何で、私がマッサージ覚えるの嫌なの?」
「えっ!?そ、それは…な、何だっていいだろ!?」
鼻の頭を微かに赤くした清田が、返答に困って言葉を詰まらせると、同時に引っ掛けていた傘が地面を鳴らした。
静かな夜道に響く音に、清田は慌ててしゃがみ込む。
恋は、そんな清田に微かな苛立ちが湧いたのか、はたまた自身に対してなのか、俯いて言葉を漏らした。
「…地なし」
「あ?何て…」
聞き取れないほどの声に、清田は怪訝そうに恋を見上げて尋ねた。
沈黙する恋に、清田は立ち上がると少しだけ距離を縮めようと近付く。
清田の気配を感じ恋が顔を上げると、取ってつけたような笑顔でマフラーを取り、背伸びをして清田の首に巻き付けた。
「何でもない!私、こっちだから。じゃあね!」
走り去る恋は振り返らなかった。
清田は戻って来たマフラーに恋の気配を感じ、あまりの気恥ずかしさにその場に蹲った。
***
一緒に2人で帰った日から日数は経ったが、特に進展もない日常が緩やかに過ぎていた。
今日も日常に組み込まれた部活が終わり、酷使した体をストレッチしている清田に声をかけたのは神だった。
「信長」
「何すか?」
清田は、笑顔で振り向きストレッチの手を止める。
神は一瞬呆気にとられたが、ずいっと清田との距離を詰めると唐突に問い掛けた。
「恋に、マッサージしてもらったことってある?」
「あるわけないじゃないっすか」
清田は先程までの笑顔を消し去ると、当たり前だと言わんばかりに肩を落とした。
すると、神はとびきりの笑顔を清田に向ける。
「してもらったら?」
「絶対しないって言われたんすよ?無理っす」
「信長って案外、意気地なしだよね」
「ぐっ、神さんにはわかんないっすよ」
その言い草に、神は大きく溜息を吐いた。
実の所、神は昨日恋と話す機会があり、そこでこれまでの経緯を恋側の気持ちと共に聞き出すことが出来ていたのだ。
2人揃って悩みを相談するのが神であるのは、神の人望なのだろう。
ただ、事実を知らない清田は今更引くことも出来ずに、神を見返し続く言葉を待った。
「信長も、恋の気持ち考えてないでしょ?」
「へっ?」
「恋、マッサージの練習してるけど、信長に言われてから監督以外に試してないらしいよ。監督にも上手くなったって言われて許可も貰ってるらしいのに、あれから誰にも声かけてないんだ。何故だかわかる?」
神は少し真面目な顔で見つめるが、清田はその言葉を上手く受け取ることが出来ないでいた。
神は、まるで兄のように優しく清田の肩を叩き焚きつけた。
「恋が初めに癒したいと思ったのは誰か、聞いてみたらいいんじゃない?」
神が笑顔を向ける意味を考えると、清田には1つの答えしか導き出せなかった。
と、清田は居ても立っても居られず駆け出した。
目的地など決まっている。
廊下を駆けようとも、この時間にそれを咎める者はいない。
その為か、駆け出してから目標物を見つけるまでさほど時間もかからず、清田はその後ろ姿に声をかける。
「恋!」
「あれ、清田くん。慌ててどうしたの?」
更衣室へ向かっていた恋は振り向き、清田が立ち止まり肩で息をしているのを不思議そうに見やる。
清田は荒い息遣いを整え、伏し目がちに言葉を発した。
「…聞きてぇんだけど」
「うん?」
「お前がマッサージ覚えようと思ったのって、何で?」
「何で…って皆の役に立ちたいからだけど」
「それには、誰か特定の奴にしてやりたいからってあったりするのか?」
少し遠慮がちな物言いの清田に、恋は一瞬目を見開いたが、自嘲にも似た笑みを浮かべた。
「…あるよ。本人にはダメって言われたけどね」
恋の言葉を清田は十分に感じ、それがもし勘違いだとしても、自身の想いを潜めるのはもう無理だと思った。
清田はグッと拳を握り恋の顔を直視する。
「なぁ」
「ん?」
「俺、恋が好きだ!」
恋が告白されたのだと理解することに、さほど時間はかからなかった。
そして、一瞬で2人を緊張が包み込んだ。
恋はみるみる頬を赤らめていき、嬉しいような泣きそうな複雑な表情で小さく頷いた。
「…うん」
「うんって何だよっ!?」
「だって、清田くんバレバレなんだもん…」
「なっ!?」
清田は予想外の言葉を返され驚愕していた。
清田は、本人には自身の気持ちが上手く隠せていると思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしく、恋は両頬を冷ますように手を当て照れ臭そうに口を開いた。
「私、友達とかに茶化されること結構多いんだよ?そうなのかなって、私も勘違いしそうになること結構あったし…」
その言葉に清田は唖然とし、一気に恥ずかしさが込み上げて隠すように腕を顔に当てた。
恋は大きく深呼吸すると、安堵しきった表情を清田に向けた。
「でも、勘違いじゃなくて良かった。あのね、私も清田くんが好きです」
「は?え、なっ…」
照れ臭そうな恋の言葉は、清田に届くもすぐに受け止めきれず、清田は言葉が途切れ途切れにしか出せなかった。
そんな清田に、恋は愛おしさが込み上げ思わず吹き出してしまう。
「焦りすぎだから!大体、私がマッサージ覚えようと思ったきっかけは清田くんだよ?1年でスタメン入りしてて凄いなとは思ってたけど、先輩達にも負けないくらい動き回ってて、練習もいっぱいしてヘトヘトになってるのを見て、癒してあげられたらって思ったの。だから、マッサージを覚えたら少し役立てるかなって」
エヘヘと笑う恋に、清田はとても複雑そうな表情で恋を見返した。
「何だよ…それ。俺は、恋が他の奴に触るのが嫌だって理由で、駄々こねてただけだっつーのに…」
「…そっか。ごめんね?」
「あ、いや、俺が悪いだけだろ!」
責めているつもりなど毛頭ない清田は慌てて否定するが、恋は少し肩を落とし苦笑した。
「ううん。そうだよね、好きな人が他の人に触るのって嫌だよね」
「…それは、恋もそう思うってことでいいのか?」
「えっ!?あ、えっと…うん。やっぱり他の子には触ってほしくない…かな」
何とも言い難い空気が2人の周りに出来上がる。
「もう、何か言ってよ!」
「あー、いや、だってよ…」
恋は、清田の腕で隠した顔が隙間から見え、それはとても赤く、耳まで赤みが広がっているのだと気付いた。
恋も同じく耳まで熱を持つのを感じ、抗議するしかなかった。
「もう!移る!」
「それは俺の台詞だっつーの!」
2人して顔を赤らめこんなやりとりをしているのは、面映ゆさが広がるだけで、そのうち、どちらからともなく笑いが溢れた。
それから、帰りの約束をし、校門前で待ち合わせをして2人での帰路に着く。
空には、星がポツリポツリと見受けられ空気は澄んでいる。
冷たい空気は鼻の奥がツンとするような感覚にさせ、冬の訪れを示していた。
歩いている最中、中々会話は弾まないが、以前ほど重々しい空気でもなく、どこか心地よさを互いに感じていた。
歩く距離が増える度に、恋はじわじわと広がり始めた実感に自然と笑みが溢れた。
「あのね、清田くん。言ってくれてありがとう」
「あ?あー…まぁ…俺こそ」
清田は照れ臭そうにそっぽを向くが、恋は空を見上げ微笑んだ。
「本当はね、この間一緒に帰った時に告白されるのかなって、ちょっと期待してたんだよ?」
「えっ!?」
「だって、清田くん、いつもと違ってソワソワしてるし口数少ないし、何かそんな雰囲気だったでしょ?だから、てっきり言ってくれるのかなって思ってたんだよね」
清田自身、あの日は告白をしようと決意していたが、最後の最後に勇気が出ず言葉を飲み込んだのだ。
それを、恋が気づいていたなどと露にも思っていなかった清田は、どこか居心地悪そうに尋ねた。
「そんなバレバレだったか?」
「流石に…。それに、よく私たちが話してると皆微笑ましく見てくるって言うか、ニヤニヤしてたから、いつか告白されるんだろうなって意識しちゃってたんだよね…」
恋は今までの出来事を思い起こす。
ある時、恋が清田と話をしていると微笑ましそうに見られていることに気付いたのだ。
初めは気のせいだと思っていたが、その眼差しは徐々に増え妙だと思い始めた矢先、とある男友達にからかわれた。
それからは、男女問わず冗談交じりに言われることが増え、恋はそのことを意識せざるを得なくなっていたのだ。
それとは対照的に清田は日常を過ごし、今言われるまでそんなことになっているなどとは思ってもいなかったので、少し申し訳なさそうに頬を掻いた。
「あー、それ知らねぇな…。恋と話してる時は恋しか見てなかったし」
「なっ!?」
「…えっ!?あ、今のナシ!いや、ナシじゃねぇけど…っだー!何言ってんだ、俺」
清田からポロリと溢れた言葉は驚きしか生まず、恋はやっと引き始めた頬の熱が再燃した。
清田は清田で、気恥ずかしそうにしているが、その吐露は事実であるのか強く否定することが出来ずにいる。
恋は、夜風に晒されても落ち着かない熱を逃がそうと手をパタパタと顔周りで仰いだ。
「ねぇ、清田くんはいつから私が好き?」
「はっ!?そ、それは…」
「私は、インターハイの時の試合だよ。誰よりもカッコ良かったから」
あの日、恋の目には清田がキラキラ輝いて見えた。
どうして1人だけあそこまで輝いて見えたのかなど分からないが、一瞬で目を奪われ離せなくなったのは清田のプレーで、それ以降特別に感じるようになったのは言うまでもない。
どこか懐かしそうで嬉しそうに言葉を紡ぐ恋に、清田はボソリと言った。
「俺は…入学式…」
「え?」
「悪りぃかよ!一目惚れだっつーの!」
「あ、ありがとう」
「くっそー。ビシッと決めてぇのに!」
ガシガシと頭を掻く清田は、自身の失態に納得がいかなかった。
告白はいつ、どこで、どうやってするかなど、一応の想定はしていたのだが、それはことごとく叶わず、自身の情けなさに辟易する。
恋は、そんな清田でさえ愛おしさが込み上げ笑みを向けた。
「私は、そのままの清田くんが好きだよ?」
「お前って、言葉はすげぇストレートだよな」
「清田くんは、態度がストレートだよね」
一瞬の沈黙の後、どちらからともなく笑いが溢れた。
ひとしきり笑い終えると、清田は手を恋に差し出す。
「ん」
「え?」
「手繋ぎてぇんだけど」
手を差し出したままニカッと笑う清田に、恋はボッと熱が上昇した。
それは自信満々でどこまでも眩しい笑顔。
何度となく見てきた、見たいと思っていた笑顔だった。
恋が優しく笑みを深めてその手を取ると、ギュッと指は絡まった。
熱が指先から伝わり互いを意識するが、不思議と居心地は良く並んで歩き出す。
そんな2人を、夜空は優しく包んでいるのだった。
→アトガキ