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秋晴れの空が広がる昼休み、昼食を食べ終えた恋が騒がしい廊下を歩いていると、ふと後方から声がした。
「おい、恋」
聞きなれた声に振り返れば、越野が小走りで恋の元へやって来ていた。
「あれ?越野だ。元気?」
「あぁ、元気…って、ちげぇ!」
恋が二ヘラと笑い挨拶すると越野はつられて挨拶をしたが、すぐにクワッと目を釣り上げた。
その反応に恋は驚く。
「えぇ!?何よ」
「お前、仙道にいっつもあんな感じなのか?」
「何、あんな感じって」
越野の発言が何を意味しているのかが分からず、恋は不思議そうにしていた。
越野は苛立った様子で口を開く。
「もっと恋人らしい甘え方とかあるだろ!何だ、あの爽やかな空気は!」
「もー、何急に」
「二人の時もあんな感じなのか?」
「だから、あんな感じって何よ」
「さっきみてぇなやつだよ。業務連絡みてぇなやりとり!」
その言葉に合点がいった恋は、少し前のことを思い起こす。
授業終了後、恋は日直の為に教材運びを教師に頼まれた。
それを見ていた仙道が手伝いを申し出てくれ、それを恋は受け入れて一緒に運んでいた。
そして、今日は友人とそれぞれが昼食を取る予定で、運び終われば互いにさらりと挨拶を交わし目的地に向かったのだ。
しかし、越野はその場にいなかったはずである。
どこで見聞きしていたのだろうかと疑問も湧くが、今はどうでもいい話かとも思い、それには触れず恋は発言した。
「業務連絡って…。まぁ、いつもあんな感じだよ」
恋の返事に越野はフーッと深くため息をついた。
そして、突然恋の両肩をがしりと掴む。
「お前、仙道の彼女だよな?」
越野の重々しい口調に恋は一瞬たじろいでしまう。
しかし、それは偽りようのない事実でもあり肯定しか答えはなかった。
「…そうだけど…」
「最近、ちょっとは甘えるようになってきたとか聞いてたのに…もっとこう、好きアピールみたいなのあんだろ!?」
ガクガクと必死に訴えかけてくる越野に、恋はその腕を振りほどいた。
「もう、本当なんなの!?」
「恋、放課後、体育館に来い」
「はぁ?私バイト…」
「ちょっとでいいから!来いよ!」
越野はそれだけ言い残し走り去って行った。
残された恋は意味がわからず佇むことしか出来ないのだった。
放課後、恋はバイトまでのわずかな時間を使い体育館前に来ていた。
入り口からひょこりと顔を覗かせると、すぐ近くに越野を発見する。
すかさず、恋は口を開き呼び寄せた。
「越野ー、来たけど。でも、すぐ帰るよ?」
恋が声をかけると、越野はズダダっと恋へと走り寄り、壇上付近にいる人物を唐突に指差した。
「恋、あれを見ろ」
「はぁ?何…」
言われた恋が、視線を嫌々ながらも移すとそこには仙道がいた。
その隣には小柄な女の子がいて、楽しそうに談笑しているように見える。
恋が目視したのを認識すると、越野は声を低くした。
「最近、新しく入ったマネージャーだ」
「あー、うん」
「あれを見てどう思う!?」
越野は、バッと仙道たちの方向に手を広げ大げさに声を張る。
越野の剣幕に圧倒されながらも、恋はジッとその光景を見た。
マネージャーと言われた女の子は、まるで仙道の周りでよく跳ねる犬のようだった。
話内容は遠く聞こえないが、その顔付きは明らかに嬉しそうで仙道を慕っているようにも見える。
見た目も可愛らしく、ホワホワと守ってあげたくなるような雰囲気だ。
しかし、どこか女子力のようなものを感じるのはボディタッチの多さからだろうか。
恋はしばらく二人を見つめるとボソリと言った。
「仙道のこと、好きっぽいね」
「そうだ!好きだと告白済みだ!仙道は断ったけどな!」
越野は妙に誇らしげに答えた。
恋は、その話自体初耳で少し胸に引っかかるものを感じた。
そうすると声は自然にトーンが落ちてしまい、ぶっきらぼうな返事をした。
「…だったらいいでしょ、別に」
フイッとそっぽを向き、体育館を後にしようと恋が踵を返すと、すかさず越野が声をかける。
「良くない!断ったのにあれだぞ!?毎日毎日…お前知らなかったのか!?」
マネージャーの女の子は、見た者の殆どが仙道を好きだと分かるような態度をしている。
それは、ある種羨ましいと思えるほどだった。
恋は小さくため息をつき振り返った。
「知らなかったよー」
「何だ、その淡白な返事は!」
「もう、何で越野が怒ってんのよ」
「仙道が取られるぞ!?」
「はぁ?」
「あんな可愛い子に好きだって言われて男なら悪い気はしないだろ!」
「仙道がそうとは限らないじゃん」
「だからってなぁ!もっと仙道に甘えてやれよ!?好きオーラ出せ!」
「そんなの、私の勝手でしょ!?」
越野の言葉に、恋はカチンと来て声をわずかに荒げてしまう。
越野はお節介だが、ここまで言うのも珍しく、恋には理解が出来なかった。
そして、視界の先にいる女の子のように振る舞うなど、到底無理なことだとも思った。
恋は、高身長というコンプレックスのためか元々の性格なのか、甘えるのが極端に下手な女の子だ。
仙道に甘えても良いと言われても、そう易々と甘えるのも難しく、好きだという気持ちを前面に出すのは躊躇してしまう。
これでも以前よりは随分頼るようになったと恋は思っていたのだが、そこまで言われてしまっては心苦しくなる。
と、恋達の声が響いていたのか、仙道が入口から顔を覗かせた。
「恋、どうした?」
「仙道…別に何でもない」
「バイトは?」
「今から行く」
「そうか。頑張れよ」
「うん、仙道も部活頑張ってね」
「ありがとう」
越野はまだ何か言いたげだったが、二人が会話を切り上げたのを見て何も言わなかった。
恋は足早に去り、仙道はその後ろ姿を静かに見送っていた。
翌朝、登校時刻に恋が歩いていると、欠伸をしている仙道の姿を見つけた。
恋が声をかければ仙道は笑顔を向け、一緒に学校へ向かうことになった。
今日からはテスト期間前で、部活動も禁止されているために仙道もゆったりとした登校だ。
二人で他愛もない会話をしばらく続けてから、恋は気がかりだったことを口に出す。
「マネージャー入ったんだね」
「ん?あぁ、言ってなかったっけ?」
仙道はのほほんとした顔で首を傾げている。
仙道には取るに足らない内容だったので話すのをすっかり忘れていたのだが、恋にとって面白くはない出来事だった。
「うん、聞いてない」
「先々週に入ったばかりだから、まだ試用期間って感じだけどな。結構頑張ってるよ」
何かを思い出したのか仙道はクッと喉を鳴らしている。
恋はそれを見て少し胸がざわついた。
「…結構気に入ってる?」
「はは、何だよ、それ。まぁ一生懸命な子は嫌いじゃないよ」
「そう」
仙道の返答に恋は素っ気なく、けれど笑みを浮かべて答えた。
そのかすかな異変を感じたのか、仙道は優しく微笑んだ。
「恋、もしかして嫉妬してる?」
「してない。大丈夫」
「そう?」
仙道はそれ以上何も言わずに笑っていた。
恋は少し居心地悪そうにそっぽを向くのだった。
数日後の昼休み、恋が購買からの帰りを歩いていると前方に見知った姿を見つけた。
それは仙道とあの小柄なマネージャーだった。
「もう、仙道先輩待ってくださいよー!」
恋が様子を窺っていると、マネージャーが前方をスタスタ歩く仙道に声をかけた。
仙道は、はたと立ち止まり振り返った。
「あぁ、ごめんごめん」
「お前、歩幅でかいんだから考えて歩けよ」
そこには越野もいたようで、後ろから声を張り上げていた。
どうやら教材運びを手伝っているのか、皆荷物を抱えていた。
流石にマネージャーは女の子のためか量が少なく、空いた手で仙道のシャツの裾をおもむろに掴んだ。
「ちょっとは歩幅合わせてくださいよー」
どこか甘えるような声を出す姿を見て、恋は仙道達の元へ足がひとりでに進んだ。
気付けば早足になり、たどり着いた先で仙道の服の裾に手を伸ばすと、力任せにマネージャーの手から引き離していた。
「恋?」
その場にいた皆が驚き恋を見ていた。
恋も驚いているのか慌てた声を出す。
「え?ごめん、何でもない」
「どうした?」
「ううん、何でもない!」
戸惑った恋は笑みを浮かべていたが、仙道は越野に荷物を押し付けると恋の手を引き歩き出した。
「越野、マネージャー、後よろしく」
「え、ちょ…」
引き止める声など意に介さず、仙道はスタスタと歩いて行く。
仙道は、恋をその場から連れ出し人気の少ない渡り廊下にやって来ると振り返った。
「何か話あった?」
「ないよ」
「そうか?」
仙道は、恋の手を離すと優しく微笑んだ。
恋は物言いたげにチロリと仙道を見た。
仙道は促すように恋に笑みを向けているだけだ。
「いいの?荷物」
「越野がいるから大丈夫だろ。どうせなら恋といたいし」
サラリとそんなことを言う仙道に、恋はわずかに頬を染め俯いた。
「…私も」
「え?」
「何でもない」
「そっか」
苦笑した仙道を見て、何故か胸が締め付けられた恋は仙道の指をそっと握った。
「恋?」
「手繋ぎたい。繋いじゃダメ?」
「ダメじゃないよ」
仙道は笑みを浮かべ、指を組み替えてキュッと深く手を繋ぎなおす。
恋は頬を染め嬉しそうに、その手を握り返していた。
放課後、恋が廊下を歩いていると聞き慣れた声がした気がして、近くの教室を何とは無しに覗いた。
すると、そこには件のマネージャーと仙道がいた。
何をしているのかはよくわからないが、二人きりでいることに恋は不快感が広がった。
少し躊躇われたが、恋はそっとドアに近づきしゃがみ込むと、開いたドアの隙間から中の様子を伺った。
「仙道先輩の彼女さんって、甘えたりするんですか?」
恋が仙道の彼女であることは周知されている。
そして二人がどう見られているかなど想像に容易く、マネージャーの疑問も仕方ないものだろうと恋は思った。
「何だ、急に」
「何となく、甘えそうにないなーと思っただけです」
「どうだろうなぁ」
恋からは、仙道の表情がよく見えず、声音からは何の感情も読み取れなかった。
段々と、恋はこれ以上聞いてはいけないと思い始めていた。
しかし、足はその場から動かない。
そんな恋など放って会話は進む。
「甘えて欲しくないんですか?」
「そりゃー、甘えて欲しいな。でも最近ちょっと甘えてくれること増えたよ」
「先輩なら、もっと甘え上手な子、彼女にしようと思えば出来ますよね?ちっちゃくて可愛い子とか他にいますよ?」
「そうだな」
仙道の声音にかすかに笑みが混じった気がして、恋はその場を立ち去ろうとした。
だが、次の言葉にその足は引っ込んだ。
「先輩って、大きい人が好きなんですか?」
大きい人。
それは、恋の見た目を指しているのだろう。
そのストレートな物言いに、恋は自嘲気味な笑みを浮かべていた。
そして、その言葉は辛辣で可愛げが感じられない…そう恋にはとれてしまった。
それは、恋の被害妄想に近い感情ではある。
だが、恋自身、小柄な女の子は可愛らしく仙道に似合うと思っている。
そのために、自身が仙道の隣にいることに未だ自信はあまり持てていないのだ。
それはきっと周りも思っているのかもしれないと、マネージャーの言葉を聞き恋は思ってしまった。
恋の頭の中がグチャグチャになり始めた時、仙道の静かな声が耳に届いた。
「可愛い子が好きだよ」
「先輩の可愛いの基準って変わってますね」
マネージャーは小さくため息をついた。
仙道は苦笑している。
「君は、可愛いって言われ慣れてるんだろうな」
「はい?まぁ、よく言われますけど…」
「はっはっは、君は正直だな」
思わず仙道は大きく笑ってしまった。
ここまで、ハッキリと肯定する子に出会うのは珍しいからだ。
その潔さに、仙道は脱帽した。
「私、先輩のことすごく好きです」
「うん、前にも聞いた」
「言いたくなったんです」
「君は強いなぁ」
マネージャーからの二度目の告白に、仙道はどこか困った顔を浮かべていた。
それを聞いていた恋は、グッと何かを決意してガラリとドアを開けた。
そのままツカツカと仙道の元へ歩み寄り、仙道の腕を引き彼女の前におどりでた。
流石の二人も目を丸くして驚いていた。
「え?恋?」
仙道は、驚きの声を上げて隣の恋を見つめていた。
恋は、仙道を掴む手とは逆の拳にギュッと力を入れ、マネージャーと視線を合わせた。
「仙道は…私の彼氏だから、勝手に告白しないで。とらないで。触らないで…下さい」
勢いよく出た言葉は最後、尻すぼみになり敬語になった。
その言葉を発するのは、年下に敬語を使ってしまうほどに勇気のいる願いだったのだ。
しかし、恋はどうしても今、それだけは言いたくなってしまった。
それほどまでに、恋の胸の中にモヤモヤとした黒い感情が湧き起こっていたのだ。
仙道はその言葉に初めは目を丸くしたが、徐々に破顔する。
そして、マネージャーに愛想笑いを向けた。
「ごめんな。甘えては欲しいけど、それは君じゃないんだ」
「ほーんと、先輩って冷たーい」
マネージャーはそれだけ言うと、大きくため息を吐き教室を出て行った。
恋はマネージャーの後ろ姿を見届けて、仙道におずおずと向き直る。
「恋、盗み聞き?」
「ごめん」
「何か用だった?」
「用…はなかったけど。仙道」
「ん?」
「こっち来て」
「何?」
仙道を窓際に呼び寄せると、恋は近場にあったカーテンを引き二人を覆い隠した。
バランスの良い身長のためか、そこにはすっぽりと二人の空間が出来上がった。
至近距離に仙道はきょとんとしている。
「どうした?」
「誰かに見られたくないから」
「うん?」
「ギュってしていい?…ううん、したいからするね」
と、唐突に笑みを向けた恋は、無防備な仙道の腰に腕を回すとギュッと抱きついた。
「恋?」
「私、仙道のこと凄く好きだよ」
「え?」
「お願いだから、他の子に笑いかけないで。私は仙道の全部を独り占めしたいの」
懇願する言葉と瞳が仙道に突き刺さる。
視線が交わると、恋は苦し紛れに仙道へそっと口付けた。
その感触はすぐに離れる。
恋は俯き照れた顔を隠した。
「恋、顔上げて」
「…ちょっとだけ待って」
「恋?」
静かな仙道の声音に、恋はおずおずと顔を上げる。
「何?」
「俺も大好き。独り占めしていいよ」
満面の笑みで仙道は恋に口付けた。
この空間には二人しかいない。
それは穏やかで優しい空間だった。
素直な気持ちを吐露出来たことが、少なからず恋の心を落ち着かせる。
先刻までの、モヤモヤとした黒い感情もなりを潜めた。
視線が交わると互いに笑みがこぼれ、どちらからともなく口付けていた。
それから何度目か分からない口付けを最後に、二人はそっとカーテンから出た。
と、開け放たれたドアの外から生徒の声が近づいてきた。
途端、恋がカーテンを掴み、またもカーテンの中に包まれた二人は慌てた顔をしていた。
そして、なぜ隠れてしまったのかと気づき、二人して吹き出してしまった。
隠れる必要など何もないのだ。
ひとしきり笑い終えると二人はカーテンから再び顔を出す。
耳を澄ませ声がしないことを確認すると、互いに笑みを返しあってカーテンから出る。
二人は教室から出ようと歩き出した。
恋と仙道は並んで歩く。
そこで、恋があることに気づいた。
「あっ」
「ん?」
「仙道って、私に歩幅合わせてくれてるんだね」
「そう?」
「うん、気付かなかった。ありがとう」
そう、それは今まで特別意識せずにいたこと。
当たり前のことすぎて、互いに認識をわざわざしていなかった。
仙道は件のマネージャーに歩幅を合わせない。
だから昼間、マネージャーは仙道に声をかけていたのだ。
待ってほしい、と。
それは無意識の出来事で悪気などありはしない。
けれど、恋と歩く時、仙道は自然と歩幅を合わせていた。
そのために、恋が仙道に対しそのようなことを頼むこともなかった。
よくよく考えれば、仙道は彼女を『マネージャー』や『君』と言っていた。
固有名詞では呼んでいなかったのだ。
その事実に気付き、恋は苦笑し仙道に声をかけた。
「もう少し素直になるね」
「どうした?」
「…他の人にとられたくないから」
不思議そうに見つめる仙道に、恋は少し気恥ずかしそうに言った。
何の反応もない仙道に、恋が視線を移すと、少しだけ眉間に皺を寄せ困ったような表情がそこにはあった。
「何?」
「急にそんなこと言われると困るな」
「どうして?」
「普段そういうこと言わないから、破壊力が凄い」
「何それ?」
「可愛いなってこと」
「…ありがとう」
笑顔で投げかけられる言葉を、恋は否定せずに受け止める。
それは仙道にとって心の底から嬉しいことだった。
嘘偽りのない言葉を、ありのまま受け止めて貰える喜びは何物にも代え難い。
仙道に浮かぶ笑みはどこまでも柔らかかった。
それは恋だけに向けられる笑みとも言える。
仙道にとって、笑顔を向け優しくするのも、歩幅を合わせ隣を歩くのも、名を呼び愛の言葉を向けるのも、甘え甘えられたい相手は、恋ただ一人だけなのだ。
その想いは今溢れている。
この出来事は二人にとって、確かなものとなった。
願わくば、いつまでも続くようにと想いを込め、どちらからともなく指を絡ませ歩き出すのだった。
→アトガキ
「おい、恋」
聞きなれた声に振り返れば、越野が小走りで恋の元へやって来ていた。
「あれ?越野だ。元気?」
「あぁ、元気…って、ちげぇ!」
恋が二ヘラと笑い挨拶すると越野はつられて挨拶をしたが、すぐにクワッと目を釣り上げた。
その反応に恋は驚く。
「えぇ!?何よ」
「お前、仙道にいっつもあんな感じなのか?」
「何、あんな感じって」
越野の発言が何を意味しているのかが分からず、恋は不思議そうにしていた。
越野は苛立った様子で口を開く。
「もっと恋人らしい甘え方とかあるだろ!何だ、あの爽やかな空気は!」
「もー、何急に」
「二人の時もあんな感じなのか?」
「だから、あんな感じって何よ」
「さっきみてぇなやつだよ。業務連絡みてぇなやりとり!」
その言葉に合点がいった恋は、少し前のことを思い起こす。
授業終了後、恋は日直の為に教材運びを教師に頼まれた。
それを見ていた仙道が手伝いを申し出てくれ、それを恋は受け入れて一緒に運んでいた。
そして、今日は友人とそれぞれが昼食を取る予定で、運び終われば互いにさらりと挨拶を交わし目的地に向かったのだ。
しかし、越野はその場にいなかったはずである。
どこで見聞きしていたのだろうかと疑問も湧くが、今はどうでもいい話かとも思い、それには触れず恋は発言した。
「業務連絡って…。まぁ、いつもあんな感じだよ」
恋の返事に越野はフーッと深くため息をついた。
そして、突然恋の両肩をがしりと掴む。
「お前、仙道の彼女だよな?」
越野の重々しい口調に恋は一瞬たじろいでしまう。
しかし、それは偽りようのない事実でもあり肯定しか答えはなかった。
「…そうだけど…」
「最近、ちょっとは甘えるようになってきたとか聞いてたのに…もっとこう、好きアピールみたいなのあんだろ!?」
ガクガクと必死に訴えかけてくる越野に、恋はその腕を振りほどいた。
「もう、本当なんなの!?」
「恋、放課後、体育館に来い」
「はぁ?私バイト…」
「ちょっとでいいから!来いよ!」
越野はそれだけ言い残し走り去って行った。
残された恋は意味がわからず佇むことしか出来ないのだった。
放課後、恋はバイトまでのわずかな時間を使い体育館前に来ていた。
入り口からひょこりと顔を覗かせると、すぐ近くに越野を発見する。
すかさず、恋は口を開き呼び寄せた。
「越野ー、来たけど。でも、すぐ帰るよ?」
恋が声をかけると、越野はズダダっと恋へと走り寄り、壇上付近にいる人物を唐突に指差した。
「恋、あれを見ろ」
「はぁ?何…」
言われた恋が、視線を嫌々ながらも移すとそこには仙道がいた。
その隣には小柄な女の子がいて、楽しそうに談笑しているように見える。
恋が目視したのを認識すると、越野は声を低くした。
「最近、新しく入ったマネージャーだ」
「あー、うん」
「あれを見てどう思う!?」
越野は、バッと仙道たちの方向に手を広げ大げさに声を張る。
越野の剣幕に圧倒されながらも、恋はジッとその光景を見た。
マネージャーと言われた女の子は、まるで仙道の周りでよく跳ねる犬のようだった。
話内容は遠く聞こえないが、その顔付きは明らかに嬉しそうで仙道を慕っているようにも見える。
見た目も可愛らしく、ホワホワと守ってあげたくなるような雰囲気だ。
しかし、どこか女子力のようなものを感じるのはボディタッチの多さからだろうか。
恋はしばらく二人を見つめるとボソリと言った。
「仙道のこと、好きっぽいね」
「そうだ!好きだと告白済みだ!仙道は断ったけどな!」
越野は妙に誇らしげに答えた。
恋は、その話自体初耳で少し胸に引っかかるものを感じた。
そうすると声は自然にトーンが落ちてしまい、ぶっきらぼうな返事をした。
「…だったらいいでしょ、別に」
フイッとそっぽを向き、体育館を後にしようと恋が踵を返すと、すかさず越野が声をかける。
「良くない!断ったのにあれだぞ!?毎日毎日…お前知らなかったのか!?」
マネージャーの女の子は、見た者の殆どが仙道を好きだと分かるような態度をしている。
それは、ある種羨ましいと思えるほどだった。
恋は小さくため息をつき振り返った。
「知らなかったよー」
「何だ、その淡白な返事は!」
「もう、何で越野が怒ってんのよ」
「仙道が取られるぞ!?」
「はぁ?」
「あんな可愛い子に好きだって言われて男なら悪い気はしないだろ!」
「仙道がそうとは限らないじゃん」
「だからってなぁ!もっと仙道に甘えてやれよ!?好きオーラ出せ!」
「そんなの、私の勝手でしょ!?」
越野の言葉に、恋はカチンと来て声をわずかに荒げてしまう。
越野はお節介だが、ここまで言うのも珍しく、恋には理解が出来なかった。
そして、視界の先にいる女の子のように振る舞うなど、到底無理なことだとも思った。
恋は、高身長というコンプレックスのためか元々の性格なのか、甘えるのが極端に下手な女の子だ。
仙道に甘えても良いと言われても、そう易々と甘えるのも難しく、好きだという気持ちを前面に出すのは躊躇してしまう。
これでも以前よりは随分頼るようになったと恋は思っていたのだが、そこまで言われてしまっては心苦しくなる。
と、恋達の声が響いていたのか、仙道が入口から顔を覗かせた。
「恋、どうした?」
「仙道…別に何でもない」
「バイトは?」
「今から行く」
「そうか。頑張れよ」
「うん、仙道も部活頑張ってね」
「ありがとう」
越野はまだ何か言いたげだったが、二人が会話を切り上げたのを見て何も言わなかった。
恋は足早に去り、仙道はその後ろ姿を静かに見送っていた。
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翌朝、登校時刻に恋が歩いていると、欠伸をしている仙道の姿を見つけた。
恋が声をかければ仙道は笑顔を向け、一緒に学校へ向かうことになった。
今日からはテスト期間前で、部活動も禁止されているために仙道もゆったりとした登校だ。
二人で他愛もない会話をしばらく続けてから、恋は気がかりだったことを口に出す。
「マネージャー入ったんだね」
「ん?あぁ、言ってなかったっけ?」
仙道はのほほんとした顔で首を傾げている。
仙道には取るに足らない内容だったので話すのをすっかり忘れていたのだが、恋にとって面白くはない出来事だった。
「うん、聞いてない」
「先々週に入ったばかりだから、まだ試用期間って感じだけどな。結構頑張ってるよ」
何かを思い出したのか仙道はクッと喉を鳴らしている。
恋はそれを見て少し胸がざわついた。
「…結構気に入ってる?」
「はは、何だよ、それ。まぁ一生懸命な子は嫌いじゃないよ」
「そう」
仙道の返答に恋は素っ気なく、けれど笑みを浮かべて答えた。
そのかすかな異変を感じたのか、仙道は優しく微笑んだ。
「恋、もしかして嫉妬してる?」
「してない。大丈夫」
「そう?」
仙道はそれ以上何も言わずに笑っていた。
恋は少し居心地悪そうにそっぽを向くのだった。
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数日後の昼休み、恋が購買からの帰りを歩いていると前方に見知った姿を見つけた。
それは仙道とあの小柄なマネージャーだった。
「もう、仙道先輩待ってくださいよー!」
恋が様子を窺っていると、マネージャーが前方をスタスタ歩く仙道に声をかけた。
仙道は、はたと立ち止まり振り返った。
「あぁ、ごめんごめん」
「お前、歩幅でかいんだから考えて歩けよ」
そこには越野もいたようで、後ろから声を張り上げていた。
どうやら教材運びを手伝っているのか、皆荷物を抱えていた。
流石にマネージャーは女の子のためか量が少なく、空いた手で仙道のシャツの裾をおもむろに掴んだ。
「ちょっとは歩幅合わせてくださいよー」
どこか甘えるような声を出す姿を見て、恋は仙道達の元へ足がひとりでに進んだ。
気付けば早足になり、たどり着いた先で仙道の服の裾に手を伸ばすと、力任せにマネージャーの手から引き離していた。
「恋?」
その場にいた皆が驚き恋を見ていた。
恋も驚いているのか慌てた声を出す。
「え?ごめん、何でもない」
「どうした?」
「ううん、何でもない!」
戸惑った恋は笑みを浮かべていたが、仙道は越野に荷物を押し付けると恋の手を引き歩き出した。
「越野、マネージャー、後よろしく」
「え、ちょ…」
引き止める声など意に介さず、仙道はスタスタと歩いて行く。
仙道は、恋をその場から連れ出し人気の少ない渡り廊下にやって来ると振り返った。
「何か話あった?」
「ないよ」
「そうか?」
仙道は、恋の手を離すと優しく微笑んだ。
恋は物言いたげにチロリと仙道を見た。
仙道は促すように恋に笑みを向けているだけだ。
「いいの?荷物」
「越野がいるから大丈夫だろ。どうせなら恋といたいし」
サラリとそんなことを言う仙道に、恋はわずかに頬を染め俯いた。
「…私も」
「え?」
「何でもない」
「そっか」
苦笑した仙道を見て、何故か胸が締め付けられた恋は仙道の指をそっと握った。
「恋?」
「手繋ぎたい。繋いじゃダメ?」
「ダメじゃないよ」
仙道は笑みを浮かべ、指を組み替えてキュッと深く手を繋ぎなおす。
恋は頬を染め嬉しそうに、その手を握り返していた。
放課後、恋が廊下を歩いていると聞き慣れた声がした気がして、近くの教室を何とは無しに覗いた。
すると、そこには件のマネージャーと仙道がいた。
何をしているのかはよくわからないが、二人きりでいることに恋は不快感が広がった。
少し躊躇われたが、恋はそっとドアに近づきしゃがみ込むと、開いたドアの隙間から中の様子を伺った。
「仙道先輩の彼女さんって、甘えたりするんですか?」
恋が仙道の彼女であることは周知されている。
そして二人がどう見られているかなど想像に容易く、マネージャーの疑問も仕方ないものだろうと恋は思った。
「何だ、急に」
「何となく、甘えそうにないなーと思っただけです」
「どうだろうなぁ」
恋からは、仙道の表情がよく見えず、声音からは何の感情も読み取れなかった。
段々と、恋はこれ以上聞いてはいけないと思い始めていた。
しかし、足はその場から動かない。
そんな恋など放って会話は進む。
「甘えて欲しくないんですか?」
「そりゃー、甘えて欲しいな。でも最近ちょっと甘えてくれること増えたよ」
「先輩なら、もっと甘え上手な子、彼女にしようと思えば出来ますよね?ちっちゃくて可愛い子とか他にいますよ?」
「そうだな」
仙道の声音にかすかに笑みが混じった気がして、恋はその場を立ち去ろうとした。
だが、次の言葉にその足は引っ込んだ。
「先輩って、大きい人が好きなんですか?」
大きい人。
それは、恋の見た目を指しているのだろう。
そのストレートな物言いに、恋は自嘲気味な笑みを浮かべていた。
そして、その言葉は辛辣で可愛げが感じられない…そう恋にはとれてしまった。
それは、恋の被害妄想に近い感情ではある。
だが、恋自身、小柄な女の子は可愛らしく仙道に似合うと思っている。
そのために、自身が仙道の隣にいることに未だ自信はあまり持てていないのだ。
それはきっと周りも思っているのかもしれないと、マネージャーの言葉を聞き恋は思ってしまった。
恋の頭の中がグチャグチャになり始めた時、仙道の静かな声が耳に届いた。
「可愛い子が好きだよ」
「先輩の可愛いの基準って変わってますね」
マネージャーは小さくため息をついた。
仙道は苦笑している。
「君は、可愛いって言われ慣れてるんだろうな」
「はい?まぁ、よく言われますけど…」
「はっはっは、君は正直だな」
思わず仙道は大きく笑ってしまった。
ここまで、ハッキリと肯定する子に出会うのは珍しいからだ。
その潔さに、仙道は脱帽した。
「私、先輩のことすごく好きです」
「うん、前にも聞いた」
「言いたくなったんです」
「君は強いなぁ」
マネージャーからの二度目の告白に、仙道はどこか困った顔を浮かべていた。
それを聞いていた恋は、グッと何かを決意してガラリとドアを開けた。
そのままツカツカと仙道の元へ歩み寄り、仙道の腕を引き彼女の前におどりでた。
流石の二人も目を丸くして驚いていた。
「え?恋?」
仙道は、驚きの声を上げて隣の恋を見つめていた。
恋は、仙道を掴む手とは逆の拳にギュッと力を入れ、マネージャーと視線を合わせた。
「仙道は…私の彼氏だから、勝手に告白しないで。とらないで。触らないで…下さい」
勢いよく出た言葉は最後、尻すぼみになり敬語になった。
その言葉を発するのは、年下に敬語を使ってしまうほどに勇気のいる願いだったのだ。
しかし、恋はどうしても今、それだけは言いたくなってしまった。
それほどまでに、恋の胸の中にモヤモヤとした黒い感情が湧き起こっていたのだ。
仙道はその言葉に初めは目を丸くしたが、徐々に破顔する。
そして、マネージャーに愛想笑いを向けた。
「ごめんな。甘えては欲しいけど、それは君じゃないんだ」
「ほーんと、先輩って冷たーい」
マネージャーはそれだけ言うと、大きくため息を吐き教室を出て行った。
恋はマネージャーの後ろ姿を見届けて、仙道におずおずと向き直る。
「恋、盗み聞き?」
「ごめん」
「何か用だった?」
「用…はなかったけど。仙道」
「ん?」
「こっち来て」
「何?」
仙道を窓際に呼び寄せると、恋は近場にあったカーテンを引き二人を覆い隠した。
バランスの良い身長のためか、そこにはすっぽりと二人の空間が出来上がった。
至近距離に仙道はきょとんとしている。
「どうした?」
「誰かに見られたくないから」
「うん?」
「ギュってしていい?…ううん、したいからするね」
と、唐突に笑みを向けた恋は、無防備な仙道の腰に腕を回すとギュッと抱きついた。
「恋?」
「私、仙道のこと凄く好きだよ」
「え?」
「お願いだから、他の子に笑いかけないで。私は仙道の全部を独り占めしたいの」
懇願する言葉と瞳が仙道に突き刺さる。
視線が交わると、恋は苦し紛れに仙道へそっと口付けた。
その感触はすぐに離れる。
恋は俯き照れた顔を隠した。
「恋、顔上げて」
「…ちょっとだけ待って」
「恋?」
静かな仙道の声音に、恋はおずおずと顔を上げる。
「何?」
「俺も大好き。独り占めしていいよ」
満面の笑みで仙道は恋に口付けた。
この空間には二人しかいない。
それは穏やかで優しい空間だった。
素直な気持ちを吐露出来たことが、少なからず恋の心を落ち着かせる。
先刻までの、モヤモヤとした黒い感情もなりを潜めた。
視線が交わると互いに笑みがこぼれ、どちらからともなく口付けていた。
それから何度目か分からない口付けを最後に、二人はそっとカーテンから出た。
と、開け放たれたドアの外から生徒の声が近づいてきた。
途端、恋がカーテンを掴み、またもカーテンの中に包まれた二人は慌てた顔をしていた。
そして、なぜ隠れてしまったのかと気づき、二人して吹き出してしまった。
隠れる必要など何もないのだ。
ひとしきり笑い終えると二人はカーテンから再び顔を出す。
耳を澄ませ声がしないことを確認すると、互いに笑みを返しあってカーテンから出る。
二人は教室から出ようと歩き出した。
恋と仙道は並んで歩く。
そこで、恋があることに気づいた。
「あっ」
「ん?」
「仙道って、私に歩幅合わせてくれてるんだね」
「そう?」
「うん、気付かなかった。ありがとう」
そう、それは今まで特別意識せずにいたこと。
当たり前のことすぎて、互いに認識をわざわざしていなかった。
仙道は件のマネージャーに歩幅を合わせない。
だから昼間、マネージャーは仙道に声をかけていたのだ。
待ってほしい、と。
それは無意識の出来事で悪気などありはしない。
けれど、恋と歩く時、仙道は自然と歩幅を合わせていた。
そのために、恋が仙道に対しそのようなことを頼むこともなかった。
よくよく考えれば、仙道は彼女を『マネージャー』や『君』と言っていた。
固有名詞では呼んでいなかったのだ。
その事実に気付き、恋は苦笑し仙道に声をかけた。
「もう少し素直になるね」
「どうした?」
「…他の人にとられたくないから」
不思議そうに見つめる仙道に、恋は少し気恥ずかしそうに言った。
何の反応もない仙道に、恋が視線を移すと、少しだけ眉間に皺を寄せ困ったような表情がそこにはあった。
「何?」
「急にそんなこと言われると困るな」
「どうして?」
「普段そういうこと言わないから、破壊力が凄い」
「何それ?」
「可愛いなってこと」
「…ありがとう」
笑顔で投げかけられる言葉を、恋は否定せずに受け止める。
それは仙道にとって心の底から嬉しいことだった。
嘘偽りのない言葉を、ありのまま受け止めて貰える喜びは何物にも代え難い。
仙道に浮かぶ笑みはどこまでも柔らかかった。
それは恋だけに向けられる笑みとも言える。
仙道にとって、笑顔を向け優しくするのも、歩幅を合わせ隣を歩くのも、名を呼び愛の言葉を向けるのも、甘え甘えられたい相手は、恋ただ一人だけなのだ。
その想いは今溢れている。
この出来事は二人にとって、確かなものとなった。
願わくば、いつまでも続くようにと想いを込め、どちらからともなく指を絡ませ歩き出すのだった。
→アトガキ
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