迂遠
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少し暑い日が続くようになってきたある日の放課後、俺は恋に教室で勉強を教えていた。
もうすぐテスト期間が始まるので、苦手な科目を教えて欲しいと頼まれたからだ。
俺は、密かに恋が好きだったからふたつ返事で了承した。
俺を頼ってくれたのは何より嬉しかったりする。
目の前で少し眉を寄せながら問題を解く恋を尻目に、ふと窓から校庭脇を見てみれば見知った顔が歩いているのに気付いた。
「あ、牧さん」
「え!?どこど…こ…」
恋は、その名に勢いよく窓から飛び出さんばかりに見下ろす。
見た先にいた牧さんは、丁度女の子に声をかけられている所だった。
妙に親しげだ。
その様子に思わず俺は謝った。
「…ごめん」
恋からすぐに反応は返らなかった。
恋は牧さんが好きだ。
それは、普段からの態度と好きという言葉を本人に直接何度も言っているから、周知の事実。
けど、あまりに軽く言うから皆本気だとは思ってないと思う。
牧さんも軽く流している…と言うより、無闇にそんなことを言うものじゃないと諭しているくらいだ。
けど、俺は恋を目で追う事が多いから知っている。
恋は本気で牧さんが好きなんだ。
今、目の前にいる恋の表情を見ればそんな事はすぐにわかる。
「んーん。あの人彼女なのかな」
「どうだろう…」
「でもあんな顔するって事は、牧さんは好きだよね。多分」
「…かもね」
今見た牧さんは確かに笑っていて、その人を見る目は優しい。
あんな顔は普段見せない。
内心複雑な思いのまま答えた俺に恋は笑っていた。
「あはは。本当、神くんって正直だよね」
「ごめん」
「気にしないで。それよりさ、ここ教えてもらってもいい?」
「あぁ、そこは…」
恋は、スッと視線を逸らして問題文に向き直った。
俺も何事もなかったように視線を移す。
恋は今どんな気持ちなのだろうか…なんて事は考えてしまったけど、今の俺にはこれ以上深入りなど出来なかった。
それから無事テスト期間も過ぎ去り部活が再開された日、俺が体育館に入ると信長がタタタッと近寄ってきた。
「どうしたんすか、神さん」
「何が?」
「何か、難しい顔してますよ」
信長は心配しているような顔で俺を見ていた。
けど、俺には難しい顔をしていた自覚などない。
「そう?何でもないよ」
俺がそう言うからか信長は怪訝そうにするけど、それ以上何も言わなかった。
と、信長が何かに気付いて声を上げた。
「あ、恋さん」
視線を移せば、信長が見ていた入り口から恋と牧さんが入って来た。
相変わらず、恋は牧さんに好きオーラを出しているけど、牧さんは意に介していない。
牧さんは恋の気持ちに気付いているんだろうか。
「恋さんって、牧さんのこと本気なんすかね」
信長がボソリとそんなことを言った。
俺は信長を見る。
「どうして?」
「報われないじゃないっすか」
「わからないだろ」
「でも、牧さん好きな人いますよね」
どこか複雑そうな面持ちで信長は言った。
信長は、恋が牧さんを好きなことを知っている。
それに牧さんにも好きな人がいることも。
そして、俺が恋を好きなことも多分知っているんだ。
何かと4人でいる機会が多いから、その内にそれぞれの想いに気付いてしまったんだろう。
視線が無意識に追ってしまっているから。
別に表立って口にしたことは皆ないと思う。
けど、目は口ほどに物を言うとでも言うんだろうか。
もしかしたら、俺たちは皆隠すのが下手なのかも知れない。
「それは牧さんから直接聞いたの?」
「それは…」
何か続けたげに口籠る信長に俺は静かに言った。
「憶測だけでそんな事言うもんじゃないと思うよ」
「けどっ!」
「信長」
「…すみません」
俺の顔を見て信長は口を噤んだ。
多分、信長は俺の気持ちに気付いてしまっているからこんなことを言ったんだろうな。
俺が立場的に1番しんどいと思っているのかも知れない。
数日後の授業中、隣の席の恋がぼんやりと校庭を見ているのに気付いて、俺はノートに文字を書きこっそり見せた。
『どうかした?』
恋はその文字に気づくと、苦笑いを浮かべ文字を綴った。
『んーん、何でもないよ!』
文字を読んで俺は恋の顔を見た。
恋は笑っていた。
でも内心違う気がして、何故か悲しそうに見えたんだ。
『じゃあ、何で泣きそうな顔してるの』
『そう?そんなつもりないんだけどなー』
やっぱり恋は笑っている。
けど、何故か俺にはそう見えない。
でもそれ以上聞けなかった。
『何かあったら話くらい聞くよ』
『うん、ありがとね!』
文字を書き終えると、恋は俺にもう一度だけ笑みを向けてから前を向く。
恋越しに見た校庭では、3年生が体育をしていた。
俺が部室に入った時、中にいたのは牧さんだけだった。
牧さんはすでにほぼ着替え終わっていた。
鞄に着替えた服をしまっている姿を横目に俺は口を開いた。
「牧さんって好きな人いるんですか?」
「…何だ、藪から棒に」
牧さんは手を止め驚いた顔をしていた。
それも無理はないと思う。
俺の声が思ったよりも静かに出てしまったから、何かを感じ取ったのかも知れない。
だから、極力笑顔を意識して答えた。
「よく特定の人と親しそうに話してるのを見るので。彼女なのかと思っただけですよ」
多分、牧さんの好きな人は俺が入学した時から変わっていない。
いつからその人を好きなのかは知らないけど、その人と接している時だけ顔が違うのに気付いたのは入部して半年くらいしてからだ。
相手は牧さんのクラスメイトの人。
元々、他人の好きな人なんてそこまで興味はない。
けど、それが恋の好きな人の好きな人だとそういうわけにもいかなくなった。
俺が物思いに耽っていると、牧さんが鞄のファスナーを閉め静かに言った。
「…彼女じゃないさ」
「…告白しないんですか?」
「した事もあるな」
「え?」
「去年振られているんだ。あいつには好きな奴がいる。俺の諦めが悪いだけだ」
苦笑いをする牧さん。
それは予想もしていなかった言葉ばかりだった。
何故告白しないのかずっと不思議だった。
それが今、腑に落ちた。
「すみませんでした」
「謝る必要はない」
「はい…」
牧さんは暫く沈黙してからベンチに座ると、そこに置いていた残りのスポーツドリンクを口に流し込んだ。
「神はいないのか?好きな奴は」
この時、この人は俺の気持ちには気付いていないんだと初めて知った。
少し意外だった。
恋の気持ちも気付いていないんだろうか、なんて思ってしまったけど、そんなことは聞けるはずもない。
「…俺は告白する勇気ないです」
「何故だ?」
「好きな人がいるのを知っているから…」
「そうか」
牧さんは静かに頷いた。
俺はずっと恋に告白出来ずにいる。
関係が壊れるのが怖くて告白なんて出来ない。
結果もわかっているから。
牧さんがその人に告白したのは勝算があったのだろうか。
「牧さんはどうして告白しようと思ったんですか」
「ん?まぁ…知って欲しかったんだろうな、俺の気持ちに」
牧さんは小さく笑うとゴミ箱にペットボトルを入れた。
ガコンという音を聞き終えると牧さんは続けた。
「…いや違うな、あわよくばあいつの中の俺という占有率を上げたかっただけだ」
俺は牧さんでもこんなことを思うんだ、などと失礼なことを思ってしまった。
何となく、どっしり構えている感じがしてしまうけど、牧さんも部活を離れればただの青少年なのかも知れない。
「…今までの関係が壊れたりしなかったんですか?」
「まぁ壊れてもおかしくはなかったが、現状は維持し続けられているな」
「怖くなかったんですか?」
「何だ、今日はよく質問をするな」
俺があまりにプライベートなことに突っ込むから、牧さんは少し笑った。
途端、俺は羞恥と共に居心地が悪くなった。
俺自身こんなに質問するつもりなんてなかったけど、気付けば質問攻めになっていた。
「まぁいいが。怖くなかったと言えば嘘になるな。だが、どうしても言いたくなったんだ」
「そう…ですか。牧さんはその人の好きな人を知っているんですか?」
「あぁ。それこそ告白をする前から知っているな。俺の2年先輩だ。知っているからこそ敵わないとも思っている」
「え?牧さんがですか?」
「はは、別に俺は完璧超人でもないんだ。それくらい思う事もあるさ」
牧さんは笑っていた。
そして俺の現状に似ていると強く思った。
「いつかは諦めるんですか?」
「どうだろうな。こればっかりはわからない」
牧さんは小さく溜息を吐いた。
去年告白したということは、少なくとも約半年は諦められずにいるということだ。
…それは、苦しくないんだろうか。
「神は、告白もせずに諦めるつもりか?」
黙り込んでしまった俺に牧さんは少しだけ心配そうな顔で言った。
俺がいつもと違うからかも知れない。
俺はパタンとロッカーを閉めて言った。
「どうでしょうね。ただ、今の所告白するつもりはありません。俺も敵わないって分かってるんです」
「そうか」
「あ、すみません、長々と」
「いや」
戸締りを引き受けると言うと牧さんは帰って行った。
すれ違いざま肩をポンと叩かれ、俺はその後ろ姿をただ見ていた。
好きな人がいる相手に告白した牧さん。
出来ない俺。
どっちが正しいとかはないんだろうけど、どっちの方がより辛いんだろうか…。
翌日、部活が終わって日課の練習前に俺は替えのタオルを取りに部室へ向かった。
タオル片手にそこから出ると、目の前を恋が歩いていたので声をかける。
「恋」
「あぁ、神くん!どうかした?」
「テストどうだった?」
うちのクラスは今日の6限でテスト返却が全て終わった。
最後に返って来た教科は、俺が恋に教えていた教科でもある。
人の点数を盗み見るのは悪いと思って恋の答案は見ていないけど、恋が何も言ってこないので少し気になっていたのだ。
恋は暫しの沈黙後、Vサインを作り満面の笑みを俺に向けてくれた。
「バッチリ!神くんって教え方上手いよね」
「そう?」
「うん。先生より説明上手だから分かりやすかったよ!」
「良かった」
笑みと賛辞を向けられ俺は自然と笑っていた。
恋は目を細めて嬉しそうに言う。
「牧さんとか宮さんも上手そうだけど、神くんに教えて貰えて良かったよ」
ふいに出た名に一瞬息が詰まったけど、俺は笑顔で続けた。
2人は学年でも上位の成績だから、他意はないのだろう。
「あぁ、特に牧さんは上手いよね、教えるの」
「教えて貰った事あるの?」
「うん、1年の時に少しだけ。恋も頼んだら教えて貰えるんじゃない?」
思い起こしたのは、図書室で俺が牧さんに教えてもらった時のこと。
友達と図書室で勉強していた時に、たまたま通りかかった牧さんが教えてくれた。
その教え方は抜群に上手かったのを覚えている。
恋は俺の言葉を想像したのか一瞬顔が赤くなった気がしたけど、それはすぐ苦笑いに変わった。
「ムリムリ。緊張して教わるどころじゃないよ、きっと」
「俺は緊張しない?」
「うん、神くんは友達だしあんまり気遣わなくて良いっていうか…。あ、でも気遣ってないわけじゃないよ!?」
「そっか」
慌てて言った恋に俺は笑みを浮かべていた。
友達。
この言葉が俺にはズシリと重くのしかかったけど、そんなことを表情に出せるはずもない。
笑顔を貼り付ける俺には気付かずに、恋はボソリと言った。
「それに、流石に牧さんと2人は辛いし」
「どうして?」
辛いとはどういうことだろう。
何故、嬉しいや恥ずかしいではないのだろうか。
恋は悲しげな笑みを俺に向けて言った。
「私ね、この間牧さんにフラれたの」
「え?」
「好きな人いるんだって。フラれてるけど諦められないからって断られちゃった」
唐突な展開に俺はすぐに言葉が出ない。
恋はどうして笑っているんだろうか。
突然のことに、俺は考える暇もなく言葉が出てしまった。
「それでいいの?」
「いいも何もないよ。諦めきれないのは私も同じだし」
「他の奴には目が行かない?」
僅かな希望が口から出てしまった。
俺はこれを聞いてどうしようと言うのか。
恋は一瞬考えたが、すぐに答えを導き出した。
「うん、流石に暫くはムリかなぁ。いつまでとか分かんないけど。私いっつもあんな感じで牧さんに好き好き言ってたけど、本気だったんだよ?」
「うん、知ってる」
「牧さんの中の私が、少しでも大きくなればいいなーって思ったんだけどムリだった」
「うん」
「あー、なんか泣きそうになってきたからこの話はおしまいね!」
微かに目を潤ませる恋に、俺はグッとタオルを握った。
「泣いたらいいんじゃない?」
「…はは、神くんは優しいなぁ。ありがと」
この時も、やっぱり恋は笑顔を浮かべていた。
決して涙は流さない。
「俺…」
「ん?」
「…いや、何でもないよ」
「そう?あ、もう行くね。また明日」
「うん。また明日」
恋はそう言い走り去ってしまった。
角を曲がった恋を見届けて、俺は思わずしゃがみ込んだ。
『俺、恋が好きだよ』
この言葉が出そうになった。
思わず抱きしめそうになってしまった。
牧さんが好きな人には好きな人がいる。
それでも、その人を想い続けている牧さん。
そんな牧さんを好きな恋。
恋もまた、牧さんを想い続けている。
そして、俺は告白すら出来ずに恋を追い続けてしまっている。
なんて不毛なんだろう。
違うのは、恋と牧さんはちゃんと相手に想いを伝えていること。
2人は相手の中に占める自分の比率を上げたかったと言った。
けど、俺は何も出来ないまま。
どうしてあの2人はあんなに強いのだろう。
思い出したら辛いはずなのに、最後まで涙を流さなかった恋。
俺は、恋の真っ直ぐさとその強さに惹かれたことを再認識させられた。
何事にもハッキリ言葉にして伝える様は潔くカッコいいと思った。
牧さんも似た強さを持っている。
牧さんには、そこに思慮深さと包容力のような物もある。
恋が牧さんに惹かれたのもわかるんだ。
男の俺が見てもあの人はカッコいい。
そんな人にどうやったら敵うと言うんだろうか。
恋があそこで泣いていたら何か変わったんだろうか。
それとも、牧さんが好きな人と結ばれていたら変わったんだろうか。
そんな風にどこまでも他人任せな考えに嫌気がさす。
どうしてこんなに好きになってしまったんだろう。
人を好きになってこんなに辛いと思ったことはこれまでなかった。
ここまで行動に移すのが怖いと思ったこともなかった。
バスケのように努力してどうにかなるとも思えない。
いつか告白する日は来るのだろうか。
その時、俺はあの2人のように強くいられるのだろうか。
どうやったら強くなれるのだろう…。
俺の心は前にすら進めずに、現状維持しか選択できないでいる。
誰もいない廊下で、俺は少しだけ泣いた。
→アトガキ
もうすぐテスト期間が始まるので、苦手な科目を教えて欲しいと頼まれたからだ。
俺は、密かに恋が好きだったからふたつ返事で了承した。
俺を頼ってくれたのは何より嬉しかったりする。
目の前で少し眉を寄せながら問題を解く恋を尻目に、ふと窓から校庭脇を見てみれば見知った顔が歩いているのに気付いた。
「あ、牧さん」
「え!?どこど…こ…」
恋は、その名に勢いよく窓から飛び出さんばかりに見下ろす。
見た先にいた牧さんは、丁度女の子に声をかけられている所だった。
妙に親しげだ。
その様子に思わず俺は謝った。
「…ごめん」
恋からすぐに反応は返らなかった。
恋は牧さんが好きだ。
それは、普段からの態度と好きという言葉を本人に直接何度も言っているから、周知の事実。
けど、あまりに軽く言うから皆本気だとは思ってないと思う。
牧さんも軽く流している…と言うより、無闇にそんなことを言うものじゃないと諭しているくらいだ。
けど、俺は恋を目で追う事が多いから知っている。
恋は本気で牧さんが好きなんだ。
今、目の前にいる恋の表情を見ればそんな事はすぐにわかる。
「んーん。あの人彼女なのかな」
「どうだろう…」
「でもあんな顔するって事は、牧さんは好きだよね。多分」
「…かもね」
今見た牧さんは確かに笑っていて、その人を見る目は優しい。
あんな顔は普段見せない。
内心複雑な思いのまま答えた俺に恋は笑っていた。
「あはは。本当、神くんって正直だよね」
「ごめん」
「気にしないで。それよりさ、ここ教えてもらってもいい?」
「あぁ、そこは…」
恋は、スッと視線を逸らして問題文に向き直った。
俺も何事もなかったように視線を移す。
恋は今どんな気持ちなのだろうか…なんて事は考えてしまったけど、今の俺にはこれ以上深入りなど出来なかった。
***
それから無事テスト期間も過ぎ去り部活が再開された日、俺が体育館に入ると信長がタタタッと近寄ってきた。
「どうしたんすか、神さん」
「何が?」
「何か、難しい顔してますよ」
信長は心配しているような顔で俺を見ていた。
けど、俺には難しい顔をしていた自覚などない。
「そう?何でもないよ」
俺がそう言うからか信長は怪訝そうにするけど、それ以上何も言わなかった。
と、信長が何かに気付いて声を上げた。
「あ、恋さん」
視線を移せば、信長が見ていた入り口から恋と牧さんが入って来た。
相変わらず、恋は牧さんに好きオーラを出しているけど、牧さんは意に介していない。
牧さんは恋の気持ちに気付いているんだろうか。
「恋さんって、牧さんのこと本気なんすかね」
信長がボソリとそんなことを言った。
俺は信長を見る。
「どうして?」
「報われないじゃないっすか」
「わからないだろ」
「でも、牧さん好きな人いますよね」
どこか複雑そうな面持ちで信長は言った。
信長は、恋が牧さんを好きなことを知っている。
それに牧さんにも好きな人がいることも。
そして、俺が恋を好きなことも多分知っているんだ。
何かと4人でいる機会が多いから、その内にそれぞれの想いに気付いてしまったんだろう。
視線が無意識に追ってしまっているから。
別に表立って口にしたことは皆ないと思う。
けど、目は口ほどに物を言うとでも言うんだろうか。
もしかしたら、俺たちは皆隠すのが下手なのかも知れない。
「それは牧さんから直接聞いたの?」
「それは…」
何か続けたげに口籠る信長に俺は静かに言った。
「憶測だけでそんな事言うもんじゃないと思うよ」
「けどっ!」
「信長」
「…すみません」
俺の顔を見て信長は口を噤んだ。
多分、信長は俺の気持ちに気付いてしまっているからこんなことを言ったんだろうな。
俺が立場的に1番しんどいと思っているのかも知れない。
***
数日後の授業中、隣の席の恋がぼんやりと校庭を見ているのに気付いて、俺はノートに文字を書きこっそり見せた。
『どうかした?』
恋はその文字に気づくと、苦笑いを浮かべ文字を綴った。
『んーん、何でもないよ!』
文字を読んで俺は恋の顔を見た。
恋は笑っていた。
でも内心違う気がして、何故か悲しそうに見えたんだ。
『じゃあ、何で泣きそうな顔してるの』
『そう?そんなつもりないんだけどなー』
やっぱり恋は笑っている。
けど、何故か俺にはそう見えない。
でもそれ以上聞けなかった。
『何かあったら話くらい聞くよ』
『うん、ありがとね!』
文字を書き終えると、恋は俺にもう一度だけ笑みを向けてから前を向く。
恋越しに見た校庭では、3年生が体育をしていた。
俺が部室に入った時、中にいたのは牧さんだけだった。
牧さんはすでにほぼ着替え終わっていた。
鞄に着替えた服をしまっている姿を横目に俺は口を開いた。
「牧さんって好きな人いるんですか?」
「…何だ、藪から棒に」
牧さんは手を止め驚いた顔をしていた。
それも無理はないと思う。
俺の声が思ったよりも静かに出てしまったから、何かを感じ取ったのかも知れない。
だから、極力笑顔を意識して答えた。
「よく特定の人と親しそうに話してるのを見るので。彼女なのかと思っただけですよ」
多分、牧さんの好きな人は俺が入学した時から変わっていない。
いつからその人を好きなのかは知らないけど、その人と接している時だけ顔が違うのに気付いたのは入部して半年くらいしてからだ。
相手は牧さんのクラスメイトの人。
元々、他人の好きな人なんてそこまで興味はない。
けど、それが恋の好きな人の好きな人だとそういうわけにもいかなくなった。
俺が物思いに耽っていると、牧さんが鞄のファスナーを閉め静かに言った。
「…彼女じゃないさ」
「…告白しないんですか?」
「した事もあるな」
「え?」
「去年振られているんだ。あいつには好きな奴がいる。俺の諦めが悪いだけだ」
苦笑いをする牧さん。
それは予想もしていなかった言葉ばかりだった。
何故告白しないのかずっと不思議だった。
それが今、腑に落ちた。
「すみませんでした」
「謝る必要はない」
「はい…」
牧さんは暫く沈黙してからベンチに座ると、そこに置いていた残りのスポーツドリンクを口に流し込んだ。
「神はいないのか?好きな奴は」
この時、この人は俺の気持ちには気付いていないんだと初めて知った。
少し意外だった。
恋の気持ちも気付いていないんだろうか、なんて思ってしまったけど、そんなことは聞けるはずもない。
「…俺は告白する勇気ないです」
「何故だ?」
「好きな人がいるのを知っているから…」
「そうか」
牧さんは静かに頷いた。
俺はずっと恋に告白出来ずにいる。
関係が壊れるのが怖くて告白なんて出来ない。
結果もわかっているから。
牧さんがその人に告白したのは勝算があったのだろうか。
「牧さんはどうして告白しようと思ったんですか」
「ん?まぁ…知って欲しかったんだろうな、俺の気持ちに」
牧さんは小さく笑うとゴミ箱にペットボトルを入れた。
ガコンという音を聞き終えると牧さんは続けた。
「…いや違うな、あわよくばあいつの中の俺という占有率を上げたかっただけだ」
俺は牧さんでもこんなことを思うんだ、などと失礼なことを思ってしまった。
何となく、どっしり構えている感じがしてしまうけど、牧さんも部活を離れればただの青少年なのかも知れない。
「…今までの関係が壊れたりしなかったんですか?」
「まぁ壊れてもおかしくはなかったが、現状は維持し続けられているな」
「怖くなかったんですか?」
「何だ、今日はよく質問をするな」
俺があまりにプライベートなことに突っ込むから、牧さんは少し笑った。
途端、俺は羞恥と共に居心地が悪くなった。
俺自身こんなに質問するつもりなんてなかったけど、気付けば質問攻めになっていた。
「まぁいいが。怖くなかったと言えば嘘になるな。だが、どうしても言いたくなったんだ」
「そう…ですか。牧さんはその人の好きな人を知っているんですか?」
「あぁ。それこそ告白をする前から知っているな。俺の2年先輩だ。知っているからこそ敵わないとも思っている」
「え?牧さんがですか?」
「はは、別に俺は完璧超人でもないんだ。それくらい思う事もあるさ」
牧さんは笑っていた。
そして俺の現状に似ていると強く思った。
「いつかは諦めるんですか?」
「どうだろうな。こればっかりはわからない」
牧さんは小さく溜息を吐いた。
去年告白したということは、少なくとも約半年は諦められずにいるということだ。
…それは、苦しくないんだろうか。
「神は、告白もせずに諦めるつもりか?」
黙り込んでしまった俺に牧さんは少しだけ心配そうな顔で言った。
俺がいつもと違うからかも知れない。
俺はパタンとロッカーを閉めて言った。
「どうでしょうね。ただ、今の所告白するつもりはありません。俺も敵わないって分かってるんです」
「そうか」
「あ、すみません、長々と」
「いや」
戸締りを引き受けると言うと牧さんは帰って行った。
すれ違いざま肩をポンと叩かれ、俺はその後ろ姿をただ見ていた。
好きな人がいる相手に告白した牧さん。
出来ない俺。
どっちが正しいとかはないんだろうけど、どっちの方がより辛いんだろうか…。
***
翌日、部活が終わって日課の練習前に俺は替えのタオルを取りに部室へ向かった。
タオル片手にそこから出ると、目の前を恋が歩いていたので声をかける。
「恋」
「あぁ、神くん!どうかした?」
「テストどうだった?」
うちのクラスは今日の6限でテスト返却が全て終わった。
最後に返って来た教科は、俺が恋に教えていた教科でもある。
人の点数を盗み見るのは悪いと思って恋の答案は見ていないけど、恋が何も言ってこないので少し気になっていたのだ。
恋は暫しの沈黙後、Vサインを作り満面の笑みを俺に向けてくれた。
「バッチリ!神くんって教え方上手いよね」
「そう?」
「うん。先生より説明上手だから分かりやすかったよ!」
「良かった」
笑みと賛辞を向けられ俺は自然と笑っていた。
恋は目を細めて嬉しそうに言う。
「牧さんとか宮さんも上手そうだけど、神くんに教えて貰えて良かったよ」
ふいに出た名に一瞬息が詰まったけど、俺は笑顔で続けた。
2人は学年でも上位の成績だから、他意はないのだろう。
「あぁ、特に牧さんは上手いよね、教えるの」
「教えて貰った事あるの?」
「うん、1年の時に少しだけ。恋も頼んだら教えて貰えるんじゃない?」
思い起こしたのは、図書室で俺が牧さんに教えてもらった時のこと。
友達と図書室で勉強していた時に、たまたま通りかかった牧さんが教えてくれた。
その教え方は抜群に上手かったのを覚えている。
恋は俺の言葉を想像したのか一瞬顔が赤くなった気がしたけど、それはすぐ苦笑いに変わった。
「ムリムリ。緊張して教わるどころじゃないよ、きっと」
「俺は緊張しない?」
「うん、神くんは友達だしあんまり気遣わなくて良いっていうか…。あ、でも気遣ってないわけじゃないよ!?」
「そっか」
慌てて言った恋に俺は笑みを浮かべていた。
友達。
この言葉が俺にはズシリと重くのしかかったけど、そんなことを表情に出せるはずもない。
笑顔を貼り付ける俺には気付かずに、恋はボソリと言った。
「それに、流石に牧さんと2人は辛いし」
「どうして?」
辛いとはどういうことだろう。
何故、嬉しいや恥ずかしいではないのだろうか。
恋は悲しげな笑みを俺に向けて言った。
「私ね、この間牧さんにフラれたの」
「え?」
「好きな人いるんだって。フラれてるけど諦められないからって断られちゃった」
唐突な展開に俺はすぐに言葉が出ない。
恋はどうして笑っているんだろうか。
突然のことに、俺は考える暇もなく言葉が出てしまった。
「それでいいの?」
「いいも何もないよ。諦めきれないのは私も同じだし」
「他の奴には目が行かない?」
僅かな希望が口から出てしまった。
俺はこれを聞いてどうしようと言うのか。
恋は一瞬考えたが、すぐに答えを導き出した。
「うん、流石に暫くはムリかなぁ。いつまでとか分かんないけど。私いっつもあんな感じで牧さんに好き好き言ってたけど、本気だったんだよ?」
「うん、知ってる」
「牧さんの中の私が、少しでも大きくなればいいなーって思ったんだけどムリだった」
「うん」
「あー、なんか泣きそうになってきたからこの話はおしまいね!」
微かに目を潤ませる恋に、俺はグッとタオルを握った。
「泣いたらいいんじゃない?」
「…はは、神くんは優しいなぁ。ありがと」
この時も、やっぱり恋は笑顔を浮かべていた。
決して涙は流さない。
「俺…」
「ん?」
「…いや、何でもないよ」
「そう?あ、もう行くね。また明日」
「うん。また明日」
恋はそう言い走り去ってしまった。
角を曲がった恋を見届けて、俺は思わずしゃがみ込んだ。
『俺、恋が好きだよ』
この言葉が出そうになった。
思わず抱きしめそうになってしまった。
牧さんが好きな人には好きな人がいる。
それでも、その人を想い続けている牧さん。
そんな牧さんを好きな恋。
恋もまた、牧さんを想い続けている。
そして、俺は告白すら出来ずに恋を追い続けてしまっている。
なんて不毛なんだろう。
違うのは、恋と牧さんはちゃんと相手に想いを伝えていること。
2人は相手の中に占める自分の比率を上げたかったと言った。
けど、俺は何も出来ないまま。
どうしてあの2人はあんなに強いのだろう。
思い出したら辛いはずなのに、最後まで涙を流さなかった恋。
俺は、恋の真っ直ぐさとその強さに惹かれたことを再認識させられた。
何事にもハッキリ言葉にして伝える様は潔くカッコいいと思った。
牧さんも似た強さを持っている。
牧さんには、そこに思慮深さと包容力のような物もある。
恋が牧さんに惹かれたのもわかるんだ。
男の俺が見てもあの人はカッコいい。
そんな人にどうやったら敵うと言うんだろうか。
恋があそこで泣いていたら何か変わったんだろうか。
それとも、牧さんが好きな人と結ばれていたら変わったんだろうか。
そんな風にどこまでも他人任せな考えに嫌気がさす。
どうしてこんなに好きになってしまったんだろう。
人を好きになってこんなに辛いと思ったことはこれまでなかった。
ここまで行動に移すのが怖いと思ったこともなかった。
バスケのように努力してどうにかなるとも思えない。
いつか告白する日は来るのだろうか。
その時、俺はあの2人のように強くいられるのだろうか。
どうやったら強くなれるのだろう…。
俺の心は前にすら進めずに、現状維持しか選択できないでいる。
誰もいない廊下で、俺は少しだけ泣いた。
→アトガキ
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