第八章
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今、恋は駅前で仙道を待っている。
出会った時に仙道が言っていた事が現実となり、部活が休みの今日、遊びに行く事になったのである。
恋が時計を見れば針は16時を差していた。
ふと自身に影が掛かり見上げると仙道が立っていた。
「悪い、待った?」
仙道は申し訳なさそうに眉を下げる。
待っていたのは確かだが、時間前行動をしてしまう性格の恋が早めに待っていただけなので腹は立つはずもない。
仙道は時間キッカリに来たにすぎないのだ。
しかし、仙道の表情は余りに申し訳なさそうで恋は笑顔を零す。
「いえ、大丈夫ですよ」
恋の笑顔に仙道は一息つき、顔を綻ばせた。
「どこ行きたい?」
「特には浮かばないです」
特に行きたい場所も浮かばす恋は苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、ブラブラしてみようか」
「はい」
2人は笑い合い街へ歩き出した。
しばらく歩きながら街を探索する。
恋にとってはまだ余り知らない土地なので新鮮に感じられる。
「もうすぐ試合だな」
近々、湘北と陵南は試合を控えていた。
これで、どこが全国に行くかが決まる大事な試合である。
「そうですね。でも、ウチは陵南に負けませんよ?」
「それは俺達もだ。お互い力を出し尽くしたいな」
恋が笑顔を浮かべ自信満々に言うので仙道も笑顔を返す。
「大丈夫ですよ。皆、気合いが凄いですから」
「そうか。それは楽しみだ」
「はい。…あ、ここ入っていいですか?」
しばらく歩き恋が指差した場所はCDショップ。
仙道は頷き2人は中に入った。
恋は新譜コーナーに向かう。
「何か聞きたいのあるの?」
「はい。………あ、これだ」
恋が手にしたのは最近話題のバンドのアルバムだった。
仙道はそれを見ながら尋ねる。
「好きなの?」
「はい。最近、この人達のしか聞いてないですよ」
恋は頬を綻ばせながら言った。
どれほど好きかが全面に滲み出ている。
「へぇ?俺も聞いてみようかな」
「じゃあ、貸しましょうか?」
「…そうだな。頼もうか」
「はい」
恋は仙道が興味を持ってくれたのが余程嬉しいのか満面の笑顔を向けていた。
そして、しばらく店内を回りながら他愛もない会話をした。
会計を済ませ外へ出るとまた歩き出す。
ウィンドウショッピングなどをしながら歩いていると、時間はあっという間に過ぎた。
辺りはすっかり日が暮れている。
駅の改札を潜り2人は向き合った。
「ありがとうございました。楽しかったです」
恋は深々と頭を下げる。
仙道はその恋の頭にポンと手を置いた。
「こっちこそ。ただブラブラしてただけだったから申し訳ない」
「そんな事ないですよ?まだこの辺慣れてないから、楽しかったです」
「そうか。それは良かった。また今度、どこか行こうか」
仙道は恋の素直な態度に微笑んだ。
「そうですね。機会があれば」
「何だか、これで終わりの様な言い方するね」
恋の、どこか気の進まない返事に仙道は苦笑いを浮かべた。
恋は少し動揺し言葉を詰まらせる。
「え?そう言うんじゃないですけど…。あの…」
「何?」
仙道はぼんやりと行き交う人波を見ている。
恋は意を決して、ずっと心に引っ掛かっていた事を口にした。
「仙道さんは…私をどう思ってるんですか?」
「どうって?」
突然の恋からの疑問に仙道はきょとんとしてしまう。
恋が今日会うのを了承したのも、2人の関係をハッキリさせておきたい思いがあったからである。
曖昧なままでは、仙道に申し訳ない自責の念で押し潰されてしまいそうだった。
「興味があるとか言ったり、あんな事あっても平然としてますし…」
「平然としている訳じゃないんだけどな…。ただ、仲良くなりたいっていうのはいけないか?」
仙道はごく当たり前の様に言ってのけた。
だが、恋は言葉に詰まってしまう。
「そんな事はないですけど…」
「俺はそれ以上求めないよ」
「俺は…?」
仙道の曖昧な返答に恋は首を傾げる。
しかし、仙道はそれには触れず話題を変えた。
「じゃあ、恋ちゃんは俺をどう思ってる?」
「どうって…」
質問を聞き返され恋は口ごもる。
だが、仙道は続けた。
「なぜ2人で会ってくれるんだ?」
「…分かんないんです…。ただ、多分…」
恋の表情はみるみる沈んでいく。
仙道は恋の顔を覗き込んだ。
「多分?」
「ごめんなさい」
恋が突然謝ったので仙道は眉を下げた。
「何が?」
「私、凄く最低ですよね」
「いいんじゃないか?そんなもんだよ、皆」
恋が言わんとしている事を仙道は理解していた。
恋は目を見張り仙道を見た。
「…ごめんなさい」
恋はもう一度謝っていた。
仙道は微かに笑う。
「謝らないでくれるか?俺は気にしてないし。俺は、今のままで十分だ」
「ありがとうございます」
恋は力なく微笑んでいた。
仙道は恋の背をポンポンと軽く叩く。
そして階段で別れ電車に乗り込んだ。
恋は電車に揺られぼんやりと考えていた。
仙道に会う理由。
それはとても簡単で、どこか複雑な想い。
仙道が好きだから…そんな理由なら良かったと思う。
会う理由―。
それは、ただ仙道の優しさに甘えていただけにすぎなかった。
仙道を恋愛感情で好きだからではなく、三井に振られ傷付いた恋を救ってくれれば誰でも良かった。
それが仙道でなくとも、優しく手を差し向けてくれれば誰でも良かったのだ。
仙道に対して、恋は特別な感情は持っていない。
元より恋愛感情等抱いていなかった。
一度も抱いた事がないのである。
優しくされ、それに縋ったにすぎない。
恋の心には三井しかいなかった。
ただ、一途に思い続けられるはずもなく、他に気を紛らわせている。
そんな自身が嫌にならないわけがない。
恋は自身の感情を持て余しているのだった。
恋は深く溜め息を吐き駅を出、家までの道を歩いているとバスケットゴールのある公園を通り過ぎる。
中からボールの弾む音がするので見てみれば流川がいた。
ぼんやり眺めていると、しばらくして流川が恋に気付いた。
恋は軽く笑うと中へ入った。
「練習、頑張ってるね」
「当たり前だ」
流川は汗を拭い、またゴールに向かう。
ガコンとボールはリングを潜った。
「勝たなくちゃだもんね」
「…何か用か」
流川は立ち止まりドリブルをしているが、恋の方は見向きもしない。
恋は不審に思いつつも流川を見た。
「ん?ただ、流川くんの姿見えたから…」
流川はだんだんドリブルの速度を上げ、冷たく言い放った。
「俺は忙しい。帰れ」
「うん、帰るけど…でも何、その言い方」
流川の口調に違和感を感じ、恋は流川に一歩近付いた。
「…うるさい」
「え?」
「うるさい」
そう言うと流川はボールをバンっと叩き付け、恋に近付き唇を重ねて口を塞いだ。
唐突な事に恋は流川を突き飛ばそうとするが、腕は掴まれ体格差の為か流川はビクともしない。
抵抗する恋の手首を強く掴む流川は、更に恋の口腔へ舌を強引に捩じ込む。
「っ…ふっ…んぅ」
恋は吐息を漏らし、更に抵抗しようと腕に力を入れるが、やはりビクともしない。
すると突然、唇に鈍い痛みが走る。
流川が唇を離すと、そこには微かに血が付いていた。
しかし、それは流川の血ではなく恋の血。
流川が恋の唇を噛んだのだ。
恋が目を見開いて流川を見上げると、流川は冷め切った目を向けていた。
余りの冷たさに、恋は何も言えず動けなかった。
流川は踵を返し鞄を掴むと、そのまま公園を出て行く。
鞄のファスナーの隙間からは、恋が今日訪れたCDショップの袋が覗いている。
それに気付かない恋はただ呆然としていた。
「それ、どうした?」
「え?」
「唇。切ったのか?」
もう間も無く陵南戦が始まる控え室前で、三井と2人きりになった恋はそんな質問に言葉を詰まらせていた。
見られているのは先日、流川に噛まれた唇。
そこは赤くなり血が固まっていた。
「あ…ちょっと当たって…。目立ちますか…?」
ぎこちなく恋が答えると三井は不思議そうな顔をしたが、その事にはそれ以上追及しなかった。
「いや、そこまで酷くはねぇけど…。そういやお前、流川と何かあったのか?」
「な…んで…ですか?」
その名前に恋の胸はざわつく。
何も知らない三井は気にした風もなく続けた。
「お前らわりと仲良かっただろ?でも、最近はお互い近付かないしよ…」
「仲良くはないです」
恋は少し強い口調で言った。
しかし、三井はそれには気付かず首を傾げる。
「そうか?流川は、わりとお前には話しかけてたと思ったけどな」
「そう…ですか?」
「…まぁ、いいけどな。さて、そろそろ行くか」
三井は会場へと向かい歩き出す。
恋も後に続くように歩き出した。
会場前に行くと皆が集まっていた。
視線を上げると、流川が睨む様に恋を見ている。
思わず恋は視線を逸らすが、流川はしばらく視線を外さなかった。
試合も後半終了間近。
三井が体力不足によりコートを後にした。
恋は後を追いかけようとするが直前でやめる。
今行っても何も出来はしないからだ。
しばらくして三井がベンチに戻って来ると、コート上に激を送る。
そんな三井に控えの選手も皆声援を送った。
そして、拮抗した試合を湘北が何とか勝ち取ったのである。
試合が終わり恋を見掛けた仙道が声を掛けた。
恋は振り向き挨拶を交わす。
「お疲れ様です」
「湘北は強くなったな」
他愛もない会話をしていると三井が声を掛けて来た。
三井が近寄り要件を伝えると、恋は慌ててその場を去ろうとする。
「ごめんなさい、仙道さん。また」
恋が走り去る後ろ姿を仙道は見つめていたが、くるりと三井に振り返る。
「三井さんは、彼女が好きじゃないんですか?」
「あぁ?」
唐突な質問に三井は少し低い声を上げた。
仙道は怯んだ様子もなく淡々としていた。
「いや、てっきり好きなのかと思ってたんで」
「…今の俺は、それどころじゃねんだよ」
「三井さん…悠長な事言ってると身近な奴に持ってかれますよ」
仙道はそれだけ言うと去って行った。
言われた三井には何の事だか分からなかった。
恋はストップウォッチを手に彩子を探していた。
彩子曰く、ストップウォッチを用具箱に入れたと思っていたが入っていなかったらしい。
そこで彩子以外で使いそうな恋に聞いて来たのだ。
案の定、恋がそれを持っていたので彩子を見付け手渡す。
「おい、如月」
彩子が箱にストップウォッチをしまうのを見つめていると、宮城が恋に話し掛けて来た。
「何ですか、宮城先輩」
「流川知らねぇか?」
「何で私に聞くんですか…」
またも出た名前に恋は眉を寄せる。
宮城の答えはあっけらかんとしていた。
「お前、仲良いだろ」
「何で皆して…。知りませんよ」
恋は少し溜め息を吐き首を横に振る。
「そっか。まさか勝手に帰ったんじゃねぇだろうな…」
「何か用事ですか?」
「この後、予選突破っつー事で海で花火しようぜってなったんだよ。軽い打ち上げな。勿論、安西先生に報告した後だぜ」
宮城は二カッと笑い拳を握り親指を向けた。
恋はぽかんとしている。
「花火ですか?」
「ちっと早ぇけどなー。まぁ、流川は出ねぇかな、そういうのは」
宮城はそう呟くと彩子に振り向く。
彩子はふぅむと唸ると恋を見た。
「流川ねぇ…。その辺で迷子にでもなってるんだろうし、探しといて、恋」
「えっ、ちょっ、彩子さんっ」
彩子はスタスタと歩いて行く。
それを宮城も追いかけ、恋はぽつりと1人取り残された。
恋はトボトボと歩いていた。
気まずさから流川を探す気にならなかったのだが、そんな時だからこそか前方に流川を見つけてしまう。
恋は見なかったふりをしようかと思ったが、そっと後を付けた。
流川はそんな事を知ってか知らずか歩く速度を早める。
小走り気味に曲がり角を曲がると恋は誰かとぶつかり、見上げればそれは流川だった。
「何だ」
「えっと…」
恋は顔を押さえ気まずさにうろたえる。
流川は恋を一瞥すると無表情のまま言った。
「またキスでもされたいのか」
「なっ、違」
流川は静かに恋を一瞥する。
そしてその場を離れようとするが、恋が鞄を掴んだ。
恋は、振り向いた流川と目線を合わせられず俯きながら言った。
「この後…安西先生のとこ行った後なんだけどね、花火やるらしくて…。流川くんは行…かないよね…やっぱ」
「…別に行ってもいい」
「え?」
流川は恋の隣りを横切り、元来た道を戻って行った。
恋は距離を開け歩き始めたが、すぐに流川に追いつく。
流川が歩く速度を落としたのだと気付き恋は流川を見るが、当の本人は恋と視線を合わせようとはしなかった。
玄関へ戻ると皆が待っており、そのまま安西の病院へと向かう。
恋は彩子や晴子と話しながら歩くが、流川が気になって仕方なかった。
報告も終わり海に向かう。
海に着くと誰が買って来たのか、大量の花火を広げた。
一番にやり始めたのはやはり桜木軍団である。
そして各々始めた花火を、恋はしばらく何をするでもなく見つめていた。
「恋ちゃん」
呼ばれ、振り返れば晴子が花火を差し出したので笑みを浮かべ受け取る。
恋が受け取ると、桜木に呼ばれた晴子は駆けて行ってしまった。
恋はぼんやりと火の付いていない花火を見つめている。
すると、三井が話し掛けて来た。
「おい、やんねぇのか?」
三井は、ぼんやりとしている恋の花火を奪い、勝手に火を付けると恋の手元へと返した。
「折角来てんだから楽しめよ」
「そうですよね…」
笑みを浮かべる恋を見て、三井はパコッと頭を叩いた。
恋は手にしていた花火を落としそうになり、慌ててしっかり掴む。
「うおっ、危ねっ」
火花が三井に向き慌てるのを見て恋は思わず笑った。
「何笑ってやがんだ」
「だって、今すっごく必死…な顔…くっ…あっはは」
恋はお腹を抱えながら笑う。
三井はムッとした表情で恋を見た。
「あぁ?てめぇが危ねぇ事すっからだろ」
「えぇ?先輩が叩くからいけないんですよ?」
「…如月が、嘘笑いなんかすっからだろ」
三井がそっぽを向きながらボソリと言ったので恋は意外に思った。
まさか、三井に見破られるとは思っていなかったからだ。
「何だよ、その驚いた顔はよ」
「まさか、そんな事を三井先輩が言うとは思わなかったんで…」
「んだと?」
三井は恋の頭を両手で掴んだ。
恋は慌ててその腕をつかむ。
「頭グチャグチャはダメですよ!」
恋の必死の形相に三井はニヤリと笑う。
「今日は違ぇよ」
「え?」
「こうだ」
三井はニッと笑うと恋の頭を指できゅうきゅうと押した。
恋は余りの痛さに叫ぶ。
「痛ー!痛い痛い痛い!痛いですってばー!!」
「思い知ったか?」
「分かりましたすみません痛いよー」
恋は息付く間もなくまくし立てる様に言った。
三井がパッと手を放すと恋は頭を抱え、ゼーゼーと荒い息を吐く。
「あー痛い…先輩最悪!」
「あー?」
恋が涙目で訴えていると三井が両手を上げた。
「うっ…何ですかその手は…」
「何だと思うんだよ?」
三井はわきわきと指を動かす。
恋はタラリと冷や汗を流し後退る。
「違いますよね…?」
「何がだ?」
三井は恋に、ジリジリとにじり寄る。
恋の顔はどんどん青ざめていく。
「だから、またきゅうきゅうってしませんよね…?」
「して欲しいのか?」
「嫌です!ごめんなさい!!」
「そーかそーか」
三井はニコニコと恋の頭を素早く掴んだ。
「に゛ゃー!!!」
恋は叫びながら半べそをかいている。
その顔に三井が吹き出し頭を撫でた。
「悪ぃ。お前反応面白ぇから、ついな」
「うっ…っ…?」
「泣くなよ」
三井はポンポンと恋の頭を叩く。
恋はべーっと舌を出した。
「泣いてません!」
「半べそじゃねぇか」
「違っ」
「悪かったな」
三井はワシャワシャと頭を撫でた。
恋は三井の屈託ない笑顔に徐々に顔を赤くする。
だが、ハッと気付き三井を見上げた。
「頭…グチャグチャにしてません?」
「あぁ」
「どっちの『あぁ』ですか?」
「さぁな」
三井は恋の頭を尚も撫でるので、恋はパシっとその腕を掴んだ。
「何、イチャついてんだ、ミッチー」
「そうだそうだ」
2人の様子を見て桜木軍団が次々に野次を飛ばす。
次第に花火を手に三井を追いかけて来た。
その火が消えた瞬間、三井も負けじと花火を手に追いかけ始める。
いつの間にか皆で追いかけっこを始めていた。
恋も参戦させられ、先刻まで気にしていた流川の事等頭から消えている。
はしゃぐ恋を見て、流川は彩子に一声かけるとその場を後にした。
恋は気付かず束の間の息抜きを楽しんでいた。
→第九章
出会った時に仙道が言っていた事が現実となり、部活が休みの今日、遊びに行く事になったのである。
恋が時計を見れば針は16時を差していた。
ふと自身に影が掛かり見上げると仙道が立っていた。
「悪い、待った?」
仙道は申し訳なさそうに眉を下げる。
待っていたのは確かだが、時間前行動をしてしまう性格の恋が早めに待っていただけなので腹は立つはずもない。
仙道は時間キッカリに来たにすぎないのだ。
しかし、仙道の表情は余りに申し訳なさそうで恋は笑顔を零す。
「いえ、大丈夫ですよ」
恋の笑顔に仙道は一息つき、顔を綻ばせた。
「どこ行きたい?」
「特には浮かばないです」
特に行きたい場所も浮かばす恋は苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、ブラブラしてみようか」
「はい」
2人は笑い合い街へ歩き出した。
しばらく歩きながら街を探索する。
恋にとってはまだ余り知らない土地なので新鮮に感じられる。
「もうすぐ試合だな」
近々、湘北と陵南は試合を控えていた。
これで、どこが全国に行くかが決まる大事な試合である。
「そうですね。でも、ウチは陵南に負けませんよ?」
「それは俺達もだ。お互い力を出し尽くしたいな」
恋が笑顔を浮かべ自信満々に言うので仙道も笑顔を返す。
「大丈夫ですよ。皆、気合いが凄いですから」
「そうか。それは楽しみだ」
「はい。…あ、ここ入っていいですか?」
しばらく歩き恋が指差した場所はCDショップ。
仙道は頷き2人は中に入った。
恋は新譜コーナーに向かう。
「何か聞きたいのあるの?」
「はい。………あ、これだ」
恋が手にしたのは最近話題のバンドのアルバムだった。
仙道はそれを見ながら尋ねる。
「好きなの?」
「はい。最近、この人達のしか聞いてないですよ」
恋は頬を綻ばせながら言った。
どれほど好きかが全面に滲み出ている。
「へぇ?俺も聞いてみようかな」
「じゃあ、貸しましょうか?」
「…そうだな。頼もうか」
「はい」
恋は仙道が興味を持ってくれたのが余程嬉しいのか満面の笑顔を向けていた。
そして、しばらく店内を回りながら他愛もない会話をした。
会計を済ませ外へ出るとまた歩き出す。
ウィンドウショッピングなどをしながら歩いていると、時間はあっという間に過ぎた。
辺りはすっかり日が暮れている。
駅の改札を潜り2人は向き合った。
「ありがとうございました。楽しかったです」
恋は深々と頭を下げる。
仙道はその恋の頭にポンと手を置いた。
「こっちこそ。ただブラブラしてただけだったから申し訳ない」
「そんな事ないですよ?まだこの辺慣れてないから、楽しかったです」
「そうか。それは良かった。また今度、どこか行こうか」
仙道は恋の素直な態度に微笑んだ。
「そうですね。機会があれば」
「何だか、これで終わりの様な言い方するね」
恋の、どこか気の進まない返事に仙道は苦笑いを浮かべた。
恋は少し動揺し言葉を詰まらせる。
「え?そう言うんじゃないですけど…。あの…」
「何?」
仙道はぼんやりと行き交う人波を見ている。
恋は意を決して、ずっと心に引っ掛かっていた事を口にした。
「仙道さんは…私をどう思ってるんですか?」
「どうって?」
突然の恋からの疑問に仙道はきょとんとしてしまう。
恋が今日会うのを了承したのも、2人の関係をハッキリさせておきたい思いがあったからである。
曖昧なままでは、仙道に申し訳ない自責の念で押し潰されてしまいそうだった。
「興味があるとか言ったり、あんな事あっても平然としてますし…」
「平然としている訳じゃないんだけどな…。ただ、仲良くなりたいっていうのはいけないか?」
仙道はごく当たり前の様に言ってのけた。
だが、恋は言葉に詰まってしまう。
「そんな事はないですけど…」
「俺はそれ以上求めないよ」
「俺は…?」
仙道の曖昧な返答に恋は首を傾げる。
しかし、仙道はそれには触れず話題を変えた。
「じゃあ、恋ちゃんは俺をどう思ってる?」
「どうって…」
質問を聞き返され恋は口ごもる。
だが、仙道は続けた。
「なぜ2人で会ってくれるんだ?」
「…分かんないんです…。ただ、多分…」
恋の表情はみるみる沈んでいく。
仙道は恋の顔を覗き込んだ。
「多分?」
「ごめんなさい」
恋が突然謝ったので仙道は眉を下げた。
「何が?」
「私、凄く最低ですよね」
「いいんじゃないか?そんなもんだよ、皆」
恋が言わんとしている事を仙道は理解していた。
恋は目を見張り仙道を見た。
「…ごめんなさい」
恋はもう一度謝っていた。
仙道は微かに笑う。
「謝らないでくれるか?俺は気にしてないし。俺は、今のままで十分だ」
「ありがとうございます」
恋は力なく微笑んでいた。
仙道は恋の背をポンポンと軽く叩く。
そして階段で別れ電車に乗り込んだ。
恋は電車に揺られぼんやりと考えていた。
仙道に会う理由。
それはとても簡単で、どこか複雑な想い。
仙道が好きだから…そんな理由なら良かったと思う。
会う理由―。
それは、ただ仙道の優しさに甘えていただけにすぎなかった。
仙道を恋愛感情で好きだからではなく、三井に振られ傷付いた恋を救ってくれれば誰でも良かった。
それが仙道でなくとも、優しく手を差し向けてくれれば誰でも良かったのだ。
仙道に対して、恋は特別な感情は持っていない。
元より恋愛感情等抱いていなかった。
一度も抱いた事がないのである。
優しくされ、それに縋ったにすぎない。
恋の心には三井しかいなかった。
ただ、一途に思い続けられるはずもなく、他に気を紛らわせている。
そんな自身が嫌にならないわけがない。
恋は自身の感情を持て余しているのだった。
恋は深く溜め息を吐き駅を出、家までの道を歩いているとバスケットゴールのある公園を通り過ぎる。
中からボールの弾む音がするので見てみれば流川がいた。
ぼんやり眺めていると、しばらくして流川が恋に気付いた。
恋は軽く笑うと中へ入った。
「練習、頑張ってるね」
「当たり前だ」
流川は汗を拭い、またゴールに向かう。
ガコンとボールはリングを潜った。
「勝たなくちゃだもんね」
「…何か用か」
流川は立ち止まりドリブルをしているが、恋の方は見向きもしない。
恋は不審に思いつつも流川を見た。
「ん?ただ、流川くんの姿見えたから…」
流川はだんだんドリブルの速度を上げ、冷たく言い放った。
「俺は忙しい。帰れ」
「うん、帰るけど…でも何、その言い方」
流川の口調に違和感を感じ、恋は流川に一歩近付いた。
「…うるさい」
「え?」
「うるさい」
そう言うと流川はボールをバンっと叩き付け、恋に近付き唇を重ねて口を塞いだ。
唐突な事に恋は流川を突き飛ばそうとするが、腕は掴まれ体格差の為か流川はビクともしない。
抵抗する恋の手首を強く掴む流川は、更に恋の口腔へ舌を強引に捩じ込む。
「っ…ふっ…んぅ」
恋は吐息を漏らし、更に抵抗しようと腕に力を入れるが、やはりビクともしない。
すると突然、唇に鈍い痛みが走る。
流川が唇を離すと、そこには微かに血が付いていた。
しかし、それは流川の血ではなく恋の血。
流川が恋の唇を噛んだのだ。
恋が目を見開いて流川を見上げると、流川は冷め切った目を向けていた。
余りの冷たさに、恋は何も言えず動けなかった。
流川は踵を返し鞄を掴むと、そのまま公園を出て行く。
鞄のファスナーの隙間からは、恋が今日訪れたCDショップの袋が覗いている。
それに気付かない恋はただ呆然としていた。
***
「それ、どうした?」
「え?」
「唇。切ったのか?」
もう間も無く陵南戦が始まる控え室前で、三井と2人きりになった恋はそんな質問に言葉を詰まらせていた。
見られているのは先日、流川に噛まれた唇。
そこは赤くなり血が固まっていた。
「あ…ちょっと当たって…。目立ちますか…?」
ぎこちなく恋が答えると三井は不思議そうな顔をしたが、その事にはそれ以上追及しなかった。
「いや、そこまで酷くはねぇけど…。そういやお前、流川と何かあったのか?」
「な…んで…ですか?」
その名前に恋の胸はざわつく。
何も知らない三井は気にした風もなく続けた。
「お前らわりと仲良かっただろ?でも、最近はお互い近付かないしよ…」
「仲良くはないです」
恋は少し強い口調で言った。
しかし、三井はそれには気付かず首を傾げる。
「そうか?流川は、わりとお前には話しかけてたと思ったけどな」
「そう…ですか?」
「…まぁ、いいけどな。さて、そろそろ行くか」
三井は会場へと向かい歩き出す。
恋も後に続くように歩き出した。
会場前に行くと皆が集まっていた。
視線を上げると、流川が睨む様に恋を見ている。
思わず恋は視線を逸らすが、流川はしばらく視線を外さなかった。
試合も後半終了間近。
三井が体力不足によりコートを後にした。
恋は後を追いかけようとするが直前でやめる。
今行っても何も出来はしないからだ。
しばらくして三井がベンチに戻って来ると、コート上に激を送る。
そんな三井に控えの選手も皆声援を送った。
そして、拮抗した試合を湘北が何とか勝ち取ったのである。
試合が終わり恋を見掛けた仙道が声を掛けた。
恋は振り向き挨拶を交わす。
「お疲れ様です」
「湘北は強くなったな」
他愛もない会話をしていると三井が声を掛けて来た。
三井が近寄り要件を伝えると、恋は慌ててその場を去ろうとする。
「ごめんなさい、仙道さん。また」
恋が走り去る後ろ姿を仙道は見つめていたが、くるりと三井に振り返る。
「三井さんは、彼女が好きじゃないんですか?」
「あぁ?」
唐突な質問に三井は少し低い声を上げた。
仙道は怯んだ様子もなく淡々としていた。
「いや、てっきり好きなのかと思ってたんで」
「…今の俺は、それどころじゃねんだよ」
「三井さん…悠長な事言ってると身近な奴に持ってかれますよ」
仙道はそれだけ言うと去って行った。
言われた三井には何の事だか分からなかった。
恋はストップウォッチを手に彩子を探していた。
彩子曰く、ストップウォッチを用具箱に入れたと思っていたが入っていなかったらしい。
そこで彩子以外で使いそうな恋に聞いて来たのだ。
案の定、恋がそれを持っていたので彩子を見付け手渡す。
「おい、如月」
彩子が箱にストップウォッチをしまうのを見つめていると、宮城が恋に話し掛けて来た。
「何ですか、宮城先輩」
「流川知らねぇか?」
「何で私に聞くんですか…」
またも出た名前に恋は眉を寄せる。
宮城の答えはあっけらかんとしていた。
「お前、仲良いだろ」
「何で皆して…。知りませんよ」
恋は少し溜め息を吐き首を横に振る。
「そっか。まさか勝手に帰ったんじゃねぇだろうな…」
「何か用事ですか?」
「この後、予選突破っつー事で海で花火しようぜってなったんだよ。軽い打ち上げな。勿論、安西先生に報告した後だぜ」
宮城は二カッと笑い拳を握り親指を向けた。
恋はぽかんとしている。
「花火ですか?」
「ちっと早ぇけどなー。まぁ、流川は出ねぇかな、そういうのは」
宮城はそう呟くと彩子に振り向く。
彩子はふぅむと唸ると恋を見た。
「流川ねぇ…。その辺で迷子にでもなってるんだろうし、探しといて、恋」
「えっ、ちょっ、彩子さんっ」
彩子はスタスタと歩いて行く。
それを宮城も追いかけ、恋はぽつりと1人取り残された。
恋はトボトボと歩いていた。
気まずさから流川を探す気にならなかったのだが、そんな時だからこそか前方に流川を見つけてしまう。
恋は見なかったふりをしようかと思ったが、そっと後を付けた。
流川はそんな事を知ってか知らずか歩く速度を早める。
小走り気味に曲がり角を曲がると恋は誰かとぶつかり、見上げればそれは流川だった。
「何だ」
「えっと…」
恋は顔を押さえ気まずさにうろたえる。
流川は恋を一瞥すると無表情のまま言った。
「またキスでもされたいのか」
「なっ、違」
流川は静かに恋を一瞥する。
そしてその場を離れようとするが、恋が鞄を掴んだ。
恋は、振り向いた流川と目線を合わせられず俯きながら言った。
「この後…安西先生のとこ行った後なんだけどね、花火やるらしくて…。流川くんは行…かないよね…やっぱ」
「…別に行ってもいい」
「え?」
流川は恋の隣りを横切り、元来た道を戻って行った。
恋は距離を開け歩き始めたが、すぐに流川に追いつく。
流川が歩く速度を落としたのだと気付き恋は流川を見るが、当の本人は恋と視線を合わせようとはしなかった。
玄関へ戻ると皆が待っており、そのまま安西の病院へと向かう。
恋は彩子や晴子と話しながら歩くが、流川が気になって仕方なかった。
報告も終わり海に向かう。
海に着くと誰が買って来たのか、大量の花火を広げた。
一番にやり始めたのはやはり桜木軍団である。
そして各々始めた花火を、恋はしばらく何をするでもなく見つめていた。
「恋ちゃん」
呼ばれ、振り返れば晴子が花火を差し出したので笑みを浮かべ受け取る。
恋が受け取ると、桜木に呼ばれた晴子は駆けて行ってしまった。
恋はぼんやりと火の付いていない花火を見つめている。
すると、三井が話し掛けて来た。
「おい、やんねぇのか?」
三井は、ぼんやりとしている恋の花火を奪い、勝手に火を付けると恋の手元へと返した。
「折角来てんだから楽しめよ」
「そうですよね…」
笑みを浮かべる恋を見て、三井はパコッと頭を叩いた。
恋は手にしていた花火を落としそうになり、慌ててしっかり掴む。
「うおっ、危ねっ」
火花が三井に向き慌てるのを見て恋は思わず笑った。
「何笑ってやがんだ」
「だって、今すっごく必死…な顔…くっ…あっはは」
恋はお腹を抱えながら笑う。
三井はムッとした表情で恋を見た。
「あぁ?てめぇが危ねぇ事すっからだろ」
「えぇ?先輩が叩くからいけないんですよ?」
「…如月が、嘘笑いなんかすっからだろ」
三井がそっぽを向きながらボソリと言ったので恋は意外に思った。
まさか、三井に見破られるとは思っていなかったからだ。
「何だよ、その驚いた顔はよ」
「まさか、そんな事を三井先輩が言うとは思わなかったんで…」
「んだと?」
三井は恋の頭を両手で掴んだ。
恋は慌ててその腕をつかむ。
「頭グチャグチャはダメですよ!」
恋の必死の形相に三井はニヤリと笑う。
「今日は違ぇよ」
「え?」
「こうだ」
三井はニッと笑うと恋の頭を指できゅうきゅうと押した。
恋は余りの痛さに叫ぶ。
「痛ー!痛い痛い痛い!痛いですってばー!!」
「思い知ったか?」
「分かりましたすみません痛いよー」
恋は息付く間もなくまくし立てる様に言った。
三井がパッと手を放すと恋は頭を抱え、ゼーゼーと荒い息を吐く。
「あー痛い…先輩最悪!」
「あー?」
恋が涙目で訴えていると三井が両手を上げた。
「うっ…何ですかその手は…」
「何だと思うんだよ?」
三井はわきわきと指を動かす。
恋はタラリと冷や汗を流し後退る。
「違いますよね…?」
「何がだ?」
三井は恋に、ジリジリとにじり寄る。
恋の顔はどんどん青ざめていく。
「だから、またきゅうきゅうってしませんよね…?」
「して欲しいのか?」
「嫌です!ごめんなさい!!」
「そーかそーか」
三井はニコニコと恋の頭を素早く掴んだ。
「に゛ゃー!!!」
恋は叫びながら半べそをかいている。
その顔に三井が吹き出し頭を撫でた。
「悪ぃ。お前反応面白ぇから、ついな」
「うっ…っ…?」
「泣くなよ」
三井はポンポンと恋の頭を叩く。
恋はべーっと舌を出した。
「泣いてません!」
「半べそじゃねぇか」
「違っ」
「悪かったな」
三井はワシャワシャと頭を撫でた。
恋は三井の屈託ない笑顔に徐々に顔を赤くする。
だが、ハッと気付き三井を見上げた。
「頭…グチャグチャにしてません?」
「あぁ」
「どっちの『あぁ』ですか?」
「さぁな」
三井は恋の頭を尚も撫でるので、恋はパシっとその腕を掴んだ。
「何、イチャついてんだ、ミッチー」
「そうだそうだ」
2人の様子を見て桜木軍団が次々に野次を飛ばす。
次第に花火を手に三井を追いかけて来た。
その火が消えた瞬間、三井も負けじと花火を手に追いかけ始める。
いつの間にか皆で追いかけっこを始めていた。
恋も参戦させられ、先刻まで気にしていた流川の事等頭から消えている。
はしゃぐ恋を見て、流川は彩子に一声かけるとその場を後にした。
恋は気付かず束の間の息抜きを楽しんでいた。
→第九章