第七章
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対翔陽との試合を終えた湘北は、スタメン全員が控え室で眠ってしまった為、しばらく会場に残る事になっていた。
恋は会場内を歩き回りながら仙道を探している。
まだ次の試合までは時間がある。
キョロキョロと周りを気にしながら歩いていると、自動販売機の前に仙道を見付け近付いた。
「仙道さん」
「恋ちゃんか」
振り向くと仙道は自動販売機のボタンを押し、恋に出て来たスポーツドリンクを手渡す。
そして、同じボタンをもう1度押した。
「ありがとうございます」
「どう致しまして。翔陽に勝ってたな、おめでとう」
仙道はスポーツドリンクを口に運びながら恋を見つめた。
恋は笑顔を向ける。
「はい!ありがとうございます」
「自分の事のように嬉しそうだな」
屈託なく向けてくる笑顔に仙道は笑った。
恋は嬉しさが抑えられないのか、終始笑顔を浮かべている。
「だって、マネージャーですから。皆、頑張ってるんだからインターハイには行って欲しいんですよね、やっぱり。頑張ったからって、中々行けるものでもないんですけど…でも、湘北はやっぱり強いんです!」
「それは、肝に銘じて置かないといけないな」
「はい!陵南にも負けませんよ」
「それは楽しみだ」
くっと笑みを零す仙道に恋は笑い掛けた。
「嬉しそうですね。やっぱり、仙道さんもライバル歓迎ですか?」
恋から見て仙道は、どこか物事を俯瞰して見ているように思えていた。
だが、いざ試合をするとそれが崩れるのを何度か垣間見ていた。
それが実に楽しそうに見えていたのを思い出す。
「そう…かな?まぁ、強い奴を倒すのは楽しいかな。下から追いかけてくる奴とか面白いし」
笑みを零す仙道に、恋は頭にふと浮かんだ名前を出した。
「流川くんとかですか?」
「そうだな。湘北は、倒し甲斐があるのが多いな」
桜木の事を指しているのか、仙道は思い出し笑いをしている様だった。
恋も同じ人物を思い浮かべたのか、笑みを零し仙道を見つめる。
「皆個性的ですからね、色んな意味で…。あ、傘。この間はありがとうございました」
恋はふと思い出し、慌てて手にしていた傘を差し出した。
先日借りた傘。
これを返す為に仙道を捜していたのである。
その事をすっかり忘れるところだった。
「いや、また濡れなくて良かったな」
恋が手にしていた傘を仙道は受け取った。
そして仙道は微笑み、他愛もない話を切り出す様に恋に言った。
「それで、その後どう?」
「えっ…あの…一線引いちゃいました」
恋は、仙道の差す意味を理解した上で少し言いづらそうに言った。
仙道はきょとんとして聞き返す。
「一線?」
「忘れて下さいって、一方的に言っちゃったんです。私、仙道さんにはあんな風に言ったんですけどね…。いざ、自分がそういう立場になると言いますね、やっぱり」
苦笑いをしている恋を見て、仙道は缶に残るスポーツドリンクを飲み干す。
そして、ガコンとゴミ箱に缶を捨てた。
「それで三井さんは?」
「特には…。三井先輩から話し掛けて来るのは減りました。私自身、それで助かってますけどね」
どこか寂しそうな顔をする恋を仙道は見逃さない。
「まだ好きだから?」
仙道の核心をつく言葉に恋は驚くがふっと笑った。
だが、仙道に隠し事をしても無駄だと思い素直に返す。
「はい。やっぱり好きなんですよね。ダメでも近くにはいたいんです」
「それでいいの?」
「仕方ないですよ。また向かってく勇気、私にはないです」
恋はギュッと拳を握る。
恋が一線を引いた理由もそこにあるのだ。
これ以上押して、自身が傷付くのが怖かった。
いつまでも積極的に行ける程、恋の心も強くはない。
その時、仙道が恋の頭をポンポンと宥めるかの様に叩いた。
「諦めない精神は大事だけど、向かわないのも良い事だと思うよ」
数回頭を叩いた手を離した仙道を、恋は静かに見上げた。
「そうですか?」
「また君が泣かないで済むなら、その方がいいだろ?」
優しく笑う仙道を見て恋は顔を赤くした。
「そうですね…」
「まぁ、また泣いてたら慰めてあげるけどね」
茶化す様に言った仙道だが、恋は真面目な顔を向けた。
「もうしませんよ?それに、したら仙道さんに失礼になります」
「俺は歓迎するけどな。また可愛い姿見れるならね」
恋は先日の一件を思い出し、みるみる顔を真っ赤にした。
少し頬を膨らませ仙道を見つめ返す。
「意地悪ですね、仙道さん。でも…仙道さんは、もうしないですよね」
「なぜ?」
「また同じ事したら、私が傷付くと思ってるからです」
恋が何の躊躇もなく言った言葉は、仙道自身が気付いていないものだった。
恋の杞憂かも知れないが、どこか確信のある答え方である。
「…参ったな。そんな風に言われるとは思ってもなかった」
「違ってましたか…?」
仙道はしばらく考えていたが、ふぅと息を吐きやがて口を開いた。
「どうだろうな…。特に何も考えていなかったんだ。前にも言ったけど、ただ放っておけなかった」
「ありがとうございます。それだけで私は十分です」
恋が頭を下げていると、後方から恋を呼ぶ声があった。
見ればスタメンも皆起きたようで、湘北の皆が立っている。
「そろそろ、俺も時間だな」
廊下に『仙道さーん』と呼ぶ相田の声も、どこからかこだましていた。
「頑張って下さいね。応援してます。湘北の次にですけど」
「次か…それは追い抜かないとな」
仙道の言葉に恋は笑顔を向けた。
その時、視線を感じて仙道が湘北を見ると、三井と流川がこちらを凝視している。
微かに睨んでいるようにも見えて、仙道は口端を上げた。
「君も大変だな」
「え?」
「いや、俺も中々苦労しそうだ」
仙道の言葉が理解出来ない恋の頬に触れると、ニコリと笑い耳元で挨拶を囁いた後、仙道は去って行った。
(キス…されるかと思った)
恋は驚きの表情を浮かべて、バクバクと鳴る自身の心臓の音を感じる。
仙道の背を見つめ、軽く深呼吸してから皆の所へ駆けて行った。
去って行く湘北を振り返った仙道は、また三井と流川のそれぞれと交互に視線が交わった。
仙道にくっと笑みが零れる。
(倒し甲斐はありそうだが、あの子はどっちに転ぶのかな。しばらくは傍観…かな)
角を曲がって来た相田に呼ばれた仙道は踵を返し歩いて行く。
「何話してた?」
帰り道、湘北の皆と歩いていると流川が恋に声を掛けて来た。
前方では桜木達がワイワイと騒いでいる。
恋が流川を見上げると目が合った。
「何って世間話だけど…」
「ふぅん」
「何?」
流川の態度に恋は疑問を抱いた。
だが、流川は何も答える気がないようである。
「別に」
「何なのよ?」
「お前はあの人が好きなんじゃないのか?」
流川は三井の背を見ながら目配せして言った。
恋は、普段の自身の態度がバレバレなんだなと思いつつ隠す事なく返した。
「好きだけど?」
「あれだと、仙道が好きだって勘違いする」
先刻のやり取りを指している流川の言葉に、恋は少しだけ落ち込んだ様に返した。
「…私、三井先輩にはフラれてるよ」
恋の思いも寄らぬ言葉に流川は少なからず目を見開いた。
恋は少し俯いていて、流川から表情は分からない。
「それでも、好きなのは変わらないけどね」
その時、晴子に呼ばれた恋は駆けて行ってしまう。
流川は複雑な表情を浮かべていた。
日は変わり、一昨日は海南大附属高校との試合だった。
結果負けてしまったのだが、桜木は責任を感じてか学校にここ2日来ていない。
恋は心配ながらも体育館に向かっていた。
そして、流川を見つけ近寄ると今朝から気にしていた事を聞いた。
「どうしたの、その傷」
流川の顔には絆創膏がいくつか貼られている。
流川は少し間を開け答えた。
「猿に会った」
「猿…?もう、今喧嘩なんてしちゃダメだよ」
恋は言葉が理解出来ず、その事には触れずに言った。
流川は溜め息混じりに首を横に振る。
「喧嘩じゃない」
「じゃあ、何でそんな顔してるの。本当に喧嘩っ早いなぁ…」
恋は少しむくれて言うが、流川は実に淡々としていた。
「どうって事ない」
「もう…。意固地め」
流川の態度に呆れつつも恋は流川と共に体育館内に入る。
すると、見知らぬ頭をした人物を見付けた。
「ウース」
「桜木…くん?」
そこにいたのは坊主頭にした桜木だった。
モップを手に掃除している様である。
学校には今日来ていないと聞いていたのだが、そんな事はどうでもよくなる程の衝撃を受けた。
「どうしたの、その頭…」
「ケジメだケジメ」
「へぇ…?凄いね。カッコ良くなった。ね、流川くん」
恋が笑顔で話を振ると流川は桜木を一瞥し、やれやれと言った態度で溜め息を吐きモップを取りに行く。
桜木が今にも怒り出しそうだったので恋は慌てて声を掛ける。
「桜木くん、早くモップ掛け終わらせないと皆来ちゃう!晴子ちゃんも、もうすぐ来るんじゃない?きっとその頭、良いって言ってくれるよ」
「ハルコさん…」
桜木は晴子という名を聞き頬を染めた。
その時、体育館に挨拶をしながら宮城、三井の両名がやって来た。
そして桜木を見るなり大爆笑で、後から来た部員達にも桜木は笑われるのだった。
翌日、桜木が見せ物状態になり騒がしかった湘北高校。
恋は安西の計らいで早く終わった部活をいそいそと帰り、電車に乗っていた。
隣り街でスポーツドリンクが安売りしており、それを買いに来たのだった。
「ごめんね、流川くん。付き合ってもらって」
恋の隣りには、流川がドアにもたれ掛かりながら立っている。
流川はドアの外を見ていたが、チラリと恋を見た。
「別にいい」
「ありがとう。重くなりそうだから、ついて来てもらえて良かった」
スポーツドリンクを大量買いしようと思うにも重く、恋1人ではどうしようもなかった。
そこで木暮に頼もうとしたが用事があるらしく断られ、他の残っていたメンバーにも声を掛けたが、ことごとく断られたのである。
三井には声を掛けれず、たまたま目の前にいた流川に言うと了解してくれた為、今に至る。
「俺で良かったのか」
「ん?全然いいよ。それにもう、流川くんくらいしかいなかったし」
恋はドアの外を見て、時間を気にしているのか腕時計に視線を落とす。
「三井先輩は」
「あー…うん…。やっぱさ…話し掛け辛いんだよね、今って」
流川は声に出さず視線で返事をする。
恋は目の前を過ぎる駅名の看板を見て声を上げた。
「あ、この駅だ」
恋は慌てて電車を降り流川も続く。
そして、程なくして着いた店で意外な人物と出会った。
「あー!テメェは流川!!」
声が聞こえ振り返れば、そこには先日試合を交えた海南大附属の清田がいたのである。
「うるさいよ、清田」
清田を咎めたのは神で、隣りには牧もいる。
思いも寄らぬ人物に出会い、恋は驚きつつも挨拶をした。
「こんばんは。買い物ですか?」
恋は他愛もない話を振り、牧は恋をしばらく凝視した。
恋が誰なのか、一瞬分からなかった様である。
しかし、すぐに思い出したのか頷いた。
「あぁ。君は…湘北のマネージャーか」
「はい、如月 恋と言います」
恋がペコリと頭を下げると神が笑顔を向けた。
「よろしくね。湘北はその後どう?」
「あ、皆気合い十分です。もうすぐ陵南戦だから、皆頑張ってますよ」
「そうか。湘北とまたやる時が楽しみだ」
牧は湘北の状況を聞き大きく頷いた。
そこへ清田が加わって来る。
「赤毛猿はどうしたよ?」
清田は忌々しそうに言っているが恋は笑顔を返す。
2人がこの間の試合で似た者同士なのか、常にいがみ合っていたのを思い浮かべた。
「桜木くんは、心機一転頑張ってるよ」
「ふぅん。もしも、万が一にも、陵南に勝つ事があれば全国で恥を晒さねぇようにな。赤毛猿は神奈川の恥だって言っとけ」
「自分で言え」
偉そうに言う清田に流川がすかさず言った。
清田は流川が気に食わない様で激しく突っ掛かる。
「っんだと流川!テメェは俺が絶対ぶっ倒す!」
「どあほう」
流川の反応に清田はキーキーと声を上げていき、牧は深く溜め息を吐く。
神はそれを無視して恋に話し掛けて来た。
「君達はデート?」
神は流川と2人でいた恋の様子を見て勘違いしたのか、そんな事を聞いて来た。
恋は慌てて首を横に振り否定する。
「え?違います。ただ、荷物が多くなりそうだったから…」
「へぇ?でも、湘北は可愛いマネージャーがいていいな。ね、牧さん」
神は笑みを浮かべ牧に話を振った。
牧は戸惑いながらも返事をする。
「あ?…あぁ」
「ウチにも欲しいなぁ、マネージャー」
「何を言っている…。神、バカな事言ってないで行くぞ」
牧は呆れて話を中断し踵を返した。
神はそんな牧を見ながら思い出した様に言う。
「牧さん。その前に清田止めないと…」
神が清田と流川を見るので牧は清田の元へと行ってしまう。
神は清田が牧に殴られ、小言を言われている様を見ながら言った。
「やっぱり、牧さんが怖いから皆来ないのかなぁ」
「え?」
神から出た言葉に驚き恋は聞き返す。
神は微笑み恋を見つめた。
「だって、いつも難しそうな顔してて老け顔でしょ?湘北もキャプテンは同じ感じなのに、どうしてこう違うのかな…」
「それは失礼なんじゃ…」
神のあんまりな言葉に恋は苦笑いを浮かべてしまう。
しかし神は気にしていないのか、しみじみと言った。
「牧さんも気にしてるみたいなんだけどね、老け顔については。オールバックだから、余計に怖いよね」
神は自身の髪型をオールバックを表現する為、頭上に手を軽く浮かせ前から後ろへ動かした。
恋も共感してか軽く頷く。
「それは…そうですね」
「やっぱり、そう思う?」
神が笑いながら恋を見返した。
恋は言い辛そうに続ける。
「顔が整ってるんですし、髪型変えたら若く見えると思いますよ」
「んー…余り変わらないんじゃないかな?」
恋の提案に、神は牧を見てしばし考えたが首を横に振る。
若く見える牧は想像出来ないのかもしれない。
「そうですか?まぁ、それでも高校生には見えないですけどね」
「サラリーマンだよね、どう見ても」
神が笑いながら言うので恋は思わず吹き出した。
牧がスーツを来て、テキパキと仕事をしている様が目に浮かぶ。
「…ふふっ、あはは。神さんって面白いですね」
「内緒だよ」
神はシッと唇に人差し指を当てる。
恋は笑顔で大きく頷いた。
「はい」
「神さん行きますよ!」
清田は頭を押さえながらも、やっと牧から開放された様で神に声を掛けた。
呼ばれた神は恋に手を振り立ち去る。
戻って来た流川を見ると恋は苦笑いを浮かべた。
「お疲れ様。とんだ災難だったね」
「猿によく絡まれる」
清田に出会いどっと疲れた流川は溜め息を吐いた。
恋は苦笑いを浮かべたまま流川の背を叩く。
「じゃ、行こうか」
恋は荷物を抱えレジへと向かう。
その荷物を流川が受け取り、精算を済ませると2人は店を出、駅へ向かって歩き始めた。
「じゃあ、ありがとう。ごめんね」
恋は駅前に着くと流川に挨拶をした。
店を出て学校へ戻り、荷物を置くと流川が自転車で恋を駅まで送ってくれた。
「気にするな。またな」
「うん。バイバイ」
恋は手を振り流川は自転車に足を掛けた。
恋はその背をしばらく見つめていたが、やがて改札へと向かい帰路につくのだった。
→第八章
恋は会場内を歩き回りながら仙道を探している。
まだ次の試合までは時間がある。
キョロキョロと周りを気にしながら歩いていると、自動販売機の前に仙道を見付け近付いた。
「仙道さん」
「恋ちゃんか」
振り向くと仙道は自動販売機のボタンを押し、恋に出て来たスポーツドリンクを手渡す。
そして、同じボタンをもう1度押した。
「ありがとうございます」
「どう致しまして。翔陽に勝ってたな、おめでとう」
仙道はスポーツドリンクを口に運びながら恋を見つめた。
恋は笑顔を向ける。
「はい!ありがとうございます」
「自分の事のように嬉しそうだな」
屈託なく向けてくる笑顔に仙道は笑った。
恋は嬉しさが抑えられないのか、終始笑顔を浮かべている。
「だって、マネージャーですから。皆、頑張ってるんだからインターハイには行って欲しいんですよね、やっぱり。頑張ったからって、中々行けるものでもないんですけど…でも、湘北はやっぱり強いんです!」
「それは、肝に銘じて置かないといけないな」
「はい!陵南にも負けませんよ」
「それは楽しみだ」
くっと笑みを零す仙道に恋は笑い掛けた。
「嬉しそうですね。やっぱり、仙道さんもライバル歓迎ですか?」
恋から見て仙道は、どこか物事を俯瞰して見ているように思えていた。
だが、いざ試合をするとそれが崩れるのを何度か垣間見ていた。
それが実に楽しそうに見えていたのを思い出す。
「そう…かな?まぁ、強い奴を倒すのは楽しいかな。下から追いかけてくる奴とか面白いし」
笑みを零す仙道に、恋は頭にふと浮かんだ名前を出した。
「流川くんとかですか?」
「そうだな。湘北は、倒し甲斐があるのが多いな」
桜木の事を指しているのか、仙道は思い出し笑いをしている様だった。
恋も同じ人物を思い浮かべたのか、笑みを零し仙道を見つめる。
「皆個性的ですからね、色んな意味で…。あ、傘。この間はありがとうございました」
恋はふと思い出し、慌てて手にしていた傘を差し出した。
先日借りた傘。
これを返す為に仙道を捜していたのである。
その事をすっかり忘れるところだった。
「いや、また濡れなくて良かったな」
恋が手にしていた傘を仙道は受け取った。
そして仙道は微笑み、他愛もない話を切り出す様に恋に言った。
「それで、その後どう?」
「えっ…あの…一線引いちゃいました」
恋は、仙道の差す意味を理解した上で少し言いづらそうに言った。
仙道はきょとんとして聞き返す。
「一線?」
「忘れて下さいって、一方的に言っちゃったんです。私、仙道さんにはあんな風に言ったんですけどね…。いざ、自分がそういう立場になると言いますね、やっぱり」
苦笑いをしている恋を見て、仙道は缶に残るスポーツドリンクを飲み干す。
そして、ガコンとゴミ箱に缶を捨てた。
「それで三井さんは?」
「特には…。三井先輩から話し掛けて来るのは減りました。私自身、それで助かってますけどね」
どこか寂しそうな顔をする恋を仙道は見逃さない。
「まだ好きだから?」
仙道の核心をつく言葉に恋は驚くがふっと笑った。
だが、仙道に隠し事をしても無駄だと思い素直に返す。
「はい。やっぱり好きなんですよね。ダメでも近くにはいたいんです」
「それでいいの?」
「仕方ないですよ。また向かってく勇気、私にはないです」
恋はギュッと拳を握る。
恋が一線を引いた理由もそこにあるのだ。
これ以上押して、自身が傷付くのが怖かった。
いつまでも積極的に行ける程、恋の心も強くはない。
その時、仙道が恋の頭をポンポンと宥めるかの様に叩いた。
「諦めない精神は大事だけど、向かわないのも良い事だと思うよ」
数回頭を叩いた手を離した仙道を、恋は静かに見上げた。
「そうですか?」
「また君が泣かないで済むなら、その方がいいだろ?」
優しく笑う仙道を見て恋は顔を赤くした。
「そうですね…」
「まぁ、また泣いてたら慰めてあげるけどね」
茶化す様に言った仙道だが、恋は真面目な顔を向けた。
「もうしませんよ?それに、したら仙道さんに失礼になります」
「俺は歓迎するけどな。また可愛い姿見れるならね」
恋は先日の一件を思い出し、みるみる顔を真っ赤にした。
少し頬を膨らませ仙道を見つめ返す。
「意地悪ですね、仙道さん。でも…仙道さんは、もうしないですよね」
「なぜ?」
「また同じ事したら、私が傷付くと思ってるからです」
恋が何の躊躇もなく言った言葉は、仙道自身が気付いていないものだった。
恋の杞憂かも知れないが、どこか確信のある答え方である。
「…参ったな。そんな風に言われるとは思ってもなかった」
「違ってましたか…?」
仙道はしばらく考えていたが、ふぅと息を吐きやがて口を開いた。
「どうだろうな…。特に何も考えていなかったんだ。前にも言ったけど、ただ放っておけなかった」
「ありがとうございます。それだけで私は十分です」
恋が頭を下げていると、後方から恋を呼ぶ声があった。
見ればスタメンも皆起きたようで、湘北の皆が立っている。
「そろそろ、俺も時間だな」
廊下に『仙道さーん』と呼ぶ相田の声も、どこからかこだましていた。
「頑張って下さいね。応援してます。湘北の次にですけど」
「次か…それは追い抜かないとな」
仙道の言葉に恋は笑顔を向けた。
その時、視線を感じて仙道が湘北を見ると、三井と流川がこちらを凝視している。
微かに睨んでいるようにも見えて、仙道は口端を上げた。
「君も大変だな」
「え?」
「いや、俺も中々苦労しそうだ」
仙道の言葉が理解出来ない恋の頬に触れると、ニコリと笑い耳元で挨拶を囁いた後、仙道は去って行った。
(キス…されるかと思った)
恋は驚きの表情を浮かべて、バクバクと鳴る自身の心臓の音を感じる。
仙道の背を見つめ、軽く深呼吸してから皆の所へ駆けて行った。
去って行く湘北を振り返った仙道は、また三井と流川のそれぞれと交互に視線が交わった。
仙道にくっと笑みが零れる。
(倒し甲斐はありそうだが、あの子はどっちに転ぶのかな。しばらくは傍観…かな)
角を曲がって来た相田に呼ばれた仙道は踵を返し歩いて行く。
「何話してた?」
帰り道、湘北の皆と歩いていると流川が恋に声を掛けて来た。
前方では桜木達がワイワイと騒いでいる。
恋が流川を見上げると目が合った。
「何って世間話だけど…」
「ふぅん」
「何?」
流川の態度に恋は疑問を抱いた。
だが、流川は何も答える気がないようである。
「別に」
「何なのよ?」
「お前はあの人が好きなんじゃないのか?」
流川は三井の背を見ながら目配せして言った。
恋は、普段の自身の態度がバレバレなんだなと思いつつ隠す事なく返した。
「好きだけど?」
「あれだと、仙道が好きだって勘違いする」
先刻のやり取りを指している流川の言葉に、恋は少しだけ落ち込んだ様に返した。
「…私、三井先輩にはフラれてるよ」
恋の思いも寄らぬ言葉に流川は少なからず目を見開いた。
恋は少し俯いていて、流川から表情は分からない。
「それでも、好きなのは変わらないけどね」
その時、晴子に呼ばれた恋は駆けて行ってしまう。
流川は複雑な表情を浮かべていた。
***
日は変わり、一昨日は海南大附属高校との試合だった。
結果負けてしまったのだが、桜木は責任を感じてか学校にここ2日来ていない。
恋は心配ながらも体育館に向かっていた。
そして、流川を見つけ近寄ると今朝から気にしていた事を聞いた。
「どうしたの、その傷」
流川の顔には絆創膏がいくつか貼られている。
流川は少し間を開け答えた。
「猿に会った」
「猿…?もう、今喧嘩なんてしちゃダメだよ」
恋は言葉が理解出来ず、その事には触れずに言った。
流川は溜め息混じりに首を横に振る。
「喧嘩じゃない」
「じゃあ、何でそんな顔してるの。本当に喧嘩っ早いなぁ…」
恋は少しむくれて言うが、流川は実に淡々としていた。
「どうって事ない」
「もう…。意固地め」
流川の態度に呆れつつも恋は流川と共に体育館内に入る。
すると、見知らぬ頭をした人物を見付けた。
「ウース」
「桜木…くん?」
そこにいたのは坊主頭にした桜木だった。
モップを手に掃除している様である。
学校には今日来ていないと聞いていたのだが、そんな事はどうでもよくなる程の衝撃を受けた。
「どうしたの、その頭…」
「ケジメだケジメ」
「へぇ…?凄いね。カッコ良くなった。ね、流川くん」
恋が笑顔で話を振ると流川は桜木を一瞥し、やれやれと言った態度で溜め息を吐きモップを取りに行く。
桜木が今にも怒り出しそうだったので恋は慌てて声を掛ける。
「桜木くん、早くモップ掛け終わらせないと皆来ちゃう!晴子ちゃんも、もうすぐ来るんじゃない?きっとその頭、良いって言ってくれるよ」
「ハルコさん…」
桜木は晴子という名を聞き頬を染めた。
その時、体育館に挨拶をしながら宮城、三井の両名がやって来た。
そして桜木を見るなり大爆笑で、後から来た部員達にも桜木は笑われるのだった。
***
翌日、桜木が見せ物状態になり騒がしかった湘北高校。
恋は安西の計らいで早く終わった部活をいそいそと帰り、電車に乗っていた。
隣り街でスポーツドリンクが安売りしており、それを買いに来たのだった。
「ごめんね、流川くん。付き合ってもらって」
恋の隣りには、流川がドアにもたれ掛かりながら立っている。
流川はドアの外を見ていたが、チラリと恋を見た。
「別にいい」
「ありがとう。重くなりそうだから、ついて来てもらえて良かった」
スポーツドリンクを大量買いしようと思うにも重く、恋1人ではどうしようもなかった。
そこで木暮に頼もうとしたが用事があるらしく断られ、他の残っていたメンバーにも声を掛けたが、ことごとく断られたのである。
三井には声を掛けれず、たまたま目の前にいた流川に言うと了解してくれた為、今に至る。
「俺で良かったのか」
「ん?全然いいよ。それにもう、流川くんくらいしかいなかったし」
恋はドアの外を見て、時間を気にしているのか腕時計に視線を落とす。
「三井先輩は」
「あー…うん…。やっぱさ…話し掛け辛いんだよね、今って」
流川は声に出さず視線で返事をする。
恋は目の前を過ぎる駅名の看板を見て声を上げた。
「あ、この駅だ」
恋は慌てて電車を降り流川も続く。
そして、程なくして着いた店で意外な人物と出会った。
「あー!テメェは流川!!」
声が聞こえ振り返れば、そこには先日試合を交えた海南大附属の清田がいたのである。
「うるさいよ、清田」
清田を咎めたのは神で、隣りには牧もいる。
思いも寄らぬ人物に出会い、恋は驚きつつも挨拶をした。
「こんばんは。買い物ですか?」
恋は他愛もない話を振り、牧は恋をしばらく凝視した。
恋が誰なのか、一瞬分からなかった様である。
しかし、すぐに思い出したのか頷いた。
「あぁ。君は…湘北のマネージャーか」
「はい、如月 恋と言います」
恋がペコリと頭を下げると神が笑顔を向けた。
「よろしくね。湘北はその後どう?」
「あ、皆気合い十分です。もうすぐ陵南戦だから、皆頑張ってますよ」
「そうか。湘北とまたやる時が楽しみだ」
牧は湘北の状況を聞き大きく頷いた。
そこへ清田が加わって来る。
「赤毛猿はどうしたよ?」
清田は忌々しそうに言っているが恋は笑顔を返す。
2人がこの間の試合で似た者同士なのか、常にいがみ合っていたのを思い浮かべた。
「桜木くんは、心機一転頑張ってるよ」
「ふぅん。もしも、万が一にも、陵南に勝つ事があれば全国で恥を晒さねぇようにな。赤毛猿は神奈川の恥だって言っとけ」
「自分で言え」
偉そうに言う清田に流川がすかさず言った。
清田は流川が気に食わない様で激しく突っ掛かる。
「っんだと流川!テメェは俺が絶対ぶっ倒す!」
「どあほう」
流川の反応に清田はキーキーと声を上げていき、牧は深く溜め息を吐く。
神はそれを無視して恋に話し掛けて来た。
「君達はデート?」
神は流川と2人でいた恋の様子を見て勘違いしたのか、そんな事を聞いて来た。
恋は慌てて首を横に振り否定する。
「え?違います。ただ、荷物が多くなりそうだったから…」
「へぇ?でも、湘北は可愛いマネージャーがいていいな。ね、牧さん」
神は笑みを浮かべ牧に話を振った。
牧は戸惑いながらも返事をする。
「あ?…あぁ」
「ウチにも欲しいなぁ、マネージャー」
「何を言っている…。神、バカな事言ってないで行くぞ」
牧は呆れて話を中断し踵を返した。
神はそんな牧を見ながら思い出した様に言う。
「牧さん。その前に清田止めないと…」
神が清田と流川を見るので牧は清田の元へと行ってしまう。
神は清田が牧に殴られ、小言を言われている様を見ながら言った。
「やっぱり、牧さんが怖いから皆来ないのかなぁ」
「え?」
神から出た言葉に驚き恋は聞き返す。
神は微笑み恋を見つめた。
「だって、いつも難しそうな顔してて老け顔でしょ?湘北もキャプテンは同じ感じなのに、どうしてこう違うのかな…」
「それは失礼なんじゃ…」
神のあんまりな言葉に恋は苦笑いを浮かべてしまう。
しかし神は気にしていないのか、しみじみと言った。
「牧さんも気にしてるみたいなんだけどね、老け顔については。オールバックだから、余計に怖いよね」
神は自身の髪型をオールバックを表現する為、頭上に手を軽く浮かせ前から後ろへ動かした。
恋も共感してか軽く頷く。
「それは…そうですね」
「やっぱり、そう思う?」
神が笑いながら恋を見返した。
恋は言い辛そうに続ける。
「顔が整ってるんですし、髪型変えたら若く見えると思いますよ」
「んー…余り変わらないんじゃないかな?」
恋の提案に、神は牧を見てしばし考えたが首を横に振る。
若く見える牧は想像出来ないのかもしれない。
「そうですか?まぁ、それでも高校生には見えないですけどね」
「サラリーマンだよね、どう見ても」
神が笑いながら言うので恋は思わず吹き出した。
牧がスーツを来て、テキパキと仕事をしている様が目に浮かぶ。
「…ふふっ、あはは。神さんって面白いですね」
「内緒だよ」
神はシッと唇に人差し指を当てる。
恋は笑顔で大きく頷いた。
「はい」
「神さん行きますよ!」
清田は頭を押さえながらも、やっと牧から開放された様で神に声を掛けた。
呼ばれた神は恋に手を振り立ち去る。
戻って来た流川を見ると恋は苦笑いを浮かべた。
「お疲れ様。とんだ災難だったね」
「猿によく絡まれる」
清田に出会いどっと疲れた流川は溜め息を吐いた。
恋は苦笑いを浮かべたまま流川の背を叩く。
「じゃ、行こうか」
恋は荷物を抱えレジへと向かう。
その荷物を流川が受け取り、精算を済ませると2人は店を出、駅へ向かって歩き始めた。
「じゃあ、ありがとう。ごめんね」
恋は駅前に着くと流川に挨拶をした。
店を出て学校へ戻り、荷物を置くと流川が自転車で恋を駅まで送ってくれた。
「気にするな。またな」
「うん。バイバイ」
恋は手を振り流川は自転車に足を掛けた。
恋はその背をしばらく見つめていたが、やがて改札へと向かい帰路につくのだった。
→第八章