第四章
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あれから2週間が経った。
湘北バスケ部は着々と予選を勝ち進んでいる。
恋と三井の間にも、この間までのようなギスギスした雰囲気はない。
「三井先輩、お疲れ様です」
恋は、休憩をしようとしている三井にタオルを渡しながら言った。
そしてキョロキョロと周りを見ると、三井の顔が触れそうな程に近寄り小声で言った。
「鼎とは昨日やっと和解できました。何か、短期間だけピアノの事で神奈川来てたらしいです。あと…」
恋が言葉を濁しているので、三井は不思議そうに恋を見た。
恋は戸惑っているのか口を開けては閉めてを繰り返していた。
「何だ?」
「…鼎から伝言なんですけど…あくまでも鼎からですからね?『あいつ弱いよね。でも流石に殴り過ぎて手が痛い。あいつに言っといてくれる?弱いのに恋の側にいるのって腹立つしもう少し強くなれば?って。これでピアノに支障が出たらまた殴りに行くからね』って」
三井の額には青筋が浮かび上がる。
恋が鼎の真似をしながら言っているのにも腹が立った。
「お前なぁ!大体、何だその自己中な言い分はっ」
「ごめんなさい!てか、私が言ったんじゃありませんよ!だから頭グチャグチャにしないで下さい~」
三井は笑いながら恋の頭を両手で掻き回す。
恋は必死で三井の腕を掴むが、力及ばず抵抗出来なかった。
「仲良いっすね」
2人の様子を見ていた宮城が声を掛けてきた。
少し物悲しげなのは気のせいだろうか。
否、気のせいではなかった。
「いいよな。俺だって、アヤちゃんにそういう事したいのによ」
宮城から漏れた言葉は羨望だった。
彩子が宮城になびかない事を嘆いた愚痴でもある。
2人は苦笑いを浮かべながら言った。
「こんなの嬉しくないですよ?グチャグチャになるし、彩子さん怒りますって」
「お前また彩子にハリセン食らわされたいのかよ」
「それがアヤちゃんの愛なら受け取る覚悟だっ」
宮城は拳を握り、息巻き言った。
恋は苦笑いを浮かべ、三井は呆れた顔を向ける。
そこへ話のネタである彩子がやって来た。
「あんた達、いつまでも喋ってんじゃないわよ!」
彩子はハリセンを片手に仁王立ちしていた。
突然、恋は閃いたかのように彩子に言う。
「彩子さん、帽子ちょっと貸してくれませんか?」
「何でよ?」
「ちょっとだけですよ」
恋は、彩子の返事を待たずに帽子をはぎ取った。
そして、彩子の頭をグシャグシャと掻き回す。
それを見た三井と宮城が慌てて声を上げた。
「おい、何してんだ」
「あ、アヤちゃん、大丈夫?何すんだ、如月!」
彩子は呆気にとられたのか一瞬身動きが出来なかったが、次の瞬間ハリセンで恋の頭を勢い良く張り倒した。
「痛っ、痛いです彩子さん」
「何すんのあんたは!何かの嫌がらせ!?言い度胸してんじゃないの」
彩子はハリセンを片手に、もの凄い剣幕で恋に詰め寄った。
恋は焦って首を横に振る。
「ち、違います。宮城先輩が、彩子さんの頭グチャグチャにしたいって言ったから」
その言葉を聞くと彩子の攻撃は宮城へと移った。
「リョータァァァ!!」
「え、ちょ、アヤちゃん待っ…」
言い終わる前にハリセンで勢い良くはたかれた宮城。
その様子に恋はホッと息を吐く。
三井は呆れた表情で言った。
「お前何したいんだ?」
「いえ、宮城先輩が何か現実分かってないみたいだったんで、実体験をと…」
恋の言葉に三井は吹き出した。
大爆笑だ。
そして宮城を倒した彩子は2人の元へやって来る。
「リョータが悪かろうと、恋がやったのには変わりないわ」
彩子の剣幕に恋は三井の後ろに隠れるように一歩下がるが、三井はそれをひょいと避けた。
「ちょ、三井先輩!?」
三井はほくそ笑みながら恋に言う。
「殴られて来い」
「えっ、ちょ…」
三井が言うや否や、彩子が恋にじりじりと近付いて来た。
慌てた恋は体育館内を逃げ回る。
「すみません彩子さん。すみません。本当に申し訳ありませんってばー」
恋は謝りながら逃げ回るが、しばらくして彩子に捕まりそうになった。
その時、丁度目の前に現われた流川に目を光らせる。
「チャーンス!流川くん助けて」
恋は流川の後ろに隠れた。
流川を挟んで彩子が目の前にいる。
流川は相変わらずの無表情だ。
「流川…あんた分かってるでしょうね?庇い立てしたら…」
彩子が言い終えるよりも早く、流川は恋を彩子の前に引っ張り出す。
恋は引っ張られた勢いで、よろめきながら彩子の前に躍り出た。
「る、流川くん!?」
「怒られとけ」
そう言い残すと、流川はスタスタとコートへ向かって行った。
ニッコリと笑いかける彩子とは対照的に、恋は引きつった笑顔を浮かべる。
「嘘でしょー!」
恋の声がこだました。
この後、彩子にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
部活も終わり片付けを始めた頃、恋は1人体育館の隅でボール磨きをしていた。
彩子に散々怒られ、罰として与えられたボール磨き。
ブツブツと、手よりも口が動いていた。
「あーあ、流川くんに頼るんじゃなかったな。こーちゃんしとけば良かった。でもあの彩子さん面白かっ…」
恋が言い終わる前に、頭に衝撃が走る。
見上げれば彩子が立っていた。
恋はタラリと冷や汗を流す。
「あんた反省してないようね?」
「違いますしてます、マジでしてます、ちょっとグチっちゃっただけです、すみません」
恋はまくし立てるように言い訳をした。
彩子は恋を睨んでいたが溜め息を吐き、恋の周りに散らばっているボールを指差した。
「そこにあるの片付けたら、今日はもういいわよ」
彩子は疲れた顔をして言うと、体育館を出て行った。
恋が次々にボールを磨いていると、ふと影が重なった。
「今、暇か」
見れば流川が立っていた。
恋は少し頬を膨らませて言う。
「ボール磨きに忙しいよ。誰かさんのせいでさ」
「ならいい」
流川はそう言って踵を返すと、元いた場所に戻って行く。
恋は慌てて声をかけた。
「えっ、ごめんごめん。で、何か用?」
「練習付き合え」
流川がゴールを指差し、ボールをクルクルと指の上で回す。
恋はきょとんとしたまま、意味が分からず聞き返した。
「何で?」
「練習」
流川が淡々としているので呆気に取られた。
理由までは面倒なのか話さない流川に、恋も追求をやめる。
「いいんだけど、15分だけでもいい?」
「あぁ」
2人がコートに入ると、恋が近くにいた三井と桜木を呼び止めた。
流川が何故と言う顔を向けたので恋は笑顔を返す。
「2人もいれちゃダメ?」
「…チームは?」
「流川くん、桜木くんチームと私、三井先輩チームで」
「嫌だ」
流川は桜木と同じチームと聞いて即答で拒否をする。
しかし、それならばやらないと恋に言われ、渋々合意した。
事情を話すと三井は簡単に引き受けたが、桜木が流川同様拒んだ。
「なぜ、天才の俺様があんな平凡ギツネと一緒にやらねばいかんのだ」
「まだ皆いるし、晴子ちゃんも見てるよ?その晴子ちゃんのいる前で流川くんより目立ったら凄くない?同じチームだからより際立つよ?」
そんな恋の言葉に、ちゃっかり乗ってしまった単純王桜木がそこにはいた。
試合を始めると、恋は小さい体で素早く動き相手を掻い潜ると、ガンガンシュートを打っていった。
そのシュートもほぼ百発百中でゴールされて行く。
「ルカワ、さっさとそんなの止めろ!」
「うるさい、どあほう。てめぇだって止められてねぇだろうが」
「何ぃ」
そんな2人のやり取りを見て恋は苦笑いを浮かべていた。
そのせいで試合が中断した為、三井も溜め息を吐く。
「たくっ、あいつらは」
「まぁ名物みたいなもんですからね。それよりすみません。私、得点は出来てても、いまいち流川くん止めれてなくて」
「まぁ、しゃあねぇだろ。身長差ありすぎだ。とりあえずフリーにはするなよ」
「はい」
試合は続いたが、15分を過ぎたので恋がピタリと動きを止めた。
「15分たったから、終わりね」
「何、貴様らが勝ってるからそんな事を言っているんだろう!卑怯だ!」
流川と桜木は最後まで息が合わず、お互い自分勝手に行動した為にいまいち得点が続かなかったのだ。
桜木が反発して来たが、恋は笑顔を向けた。
「違うってば。15分だけって話したもん。ね、流川くん」
「あぁ」
その言葉に不満げだった桜木も、晴子に声を掛けられそちらへ行ってしまう。
ほとんど呼吸が乱れていない流川を見て恋は言った。
「いいなぁ、体力あって。こんなに走ったの久し振りで流石に疲れちゃった。少しだけどジョギングは続けてたのになぁ…」
「ばばあ」
肩で息をする恋に流川がポツリと呟いた。
恋の顔は僅かに引きつる。
「確かに、よっこいしょとか言うよな」
追い討ちをかける様に、三井が笑いを堪えながら流川に同意した。
恋は三井を睨む。
「悪い悪い。けどマジでお前、体力なさすぎだな」
「昔っからなんですよね。まぁ、その分素早さとタイミングずらしたシュートでカットされる率下げて、遠距離のゴール率上げましたから」
「3Pは決まり出したら止まらねえ時あるからな」
「それは分かります。テンション上がり過ぎちゃいますよね。流川くんはない?」
意気揚々と話す2人とは対照的に、流川は興味なさそうに言った。
「あるけど…俺は安定してるし」
「ちょっとムカつく言葉だな、流川」
「まぁまぁ。で、少しは練習出来た?」
「あぁ」
流川は微かに笑っていた。
恋と三井は物珍しいものを見たと思う。
その後、流川だけはまだ練習すると言う事で、他の部員もそれぞれ帰って行く。
恋は残りのボールを磨きに戻り、終わると立ち上がった。
「それ貸せ」
その時、流川は練習を終えたようで、ボール磨きの道具を指差しながら言って来た。
恋はそれを差し出し隣りにもう一度座ると、ボール磨きを始めた流川を見る。
「流川くんってさ、彼女作らないの?」
「何で」
「いや、親衛隊出来るくらいなのに、女の子に興味ないのかなって」
「興味ない」
キッパリと言う流川に恋は何も言えない。
しばらく沈黙が続き流川が口を開いた。
「お前こそいないのか?」
「ん?んー私は最近ちゃんと別れたって言うか…今はマネージャーしてる方が楽しいかな。久し振りにちゃんとバスケに関われてるし」
「ほう」
「興味なさそうだね」
素っ気無い返事の流川を見れば、ボールを手早く磨いていた。
「ないけど、その気持ちは分からなくない」
「流川くんバスケ好きだよねぇ」
「好きって言うより、絶対負けたくない」
流川は強いまなざしで言った。
恋は内心羨ましく思う。
「いいなぁ…私もやりたかったなぁ…」
恋は無意識にそう呟いていた。
流川は手を止め、恋を見て言葉を詰まらせた。
恋はとても悲しそうな、そして諦めの表情を浮かべている。
「…お前、三井先輩に告白しないのか?」
また手を動かし始めた流川の突然の言葉に、恋の頭の中は真っ白になった。
流川は、特に恋を見る事なくボールを磨いている。
「な、何、突然?私、別に三井先輩好きじゃないよ?」
「お前、案外鈍感だな」
「は?」
「いや、いい」
流川は磨き終わったボールを籠に入れ、スタスタと運んで行く。
「えっ、ちょっと、手伝う」
恋は思考のおぼつかない頭を左右に振り、流川を追いかけた。
「いい。邪魔」
「邪魔って!?私だって運べるし!」
恋は心外そうに言ったが、流川はそんな恋の言葉に耳を貸さず籠を運んだ。
「どこまでついて来るんだ?着替え覗く気か」
部室前まで来ると流川はそう言い、ドアを閉めた。
恋は顔を赤くして踵を返す。
しかし、またドアが開き恋に言った。
「送る。校門いろ」
流川はそれだけ言うと、もう一度ドアを閉める。
恋はポカンと口を開けていた。
仕方なく言われたように恋が校門で流川を待っていると、流川が自転車に乗りやって来た。
「乗れ」
流川は恋の鞄を奪い取り、籠の中へ入れた。
恋が、渋々後ろに乗ると自転車は走り出す。
「ちゃんと捕まってないと落ちる」
流川の言葉に、恋はおずおずと流川の腰に手を回す。
恋は少し顔を赤らめながら言った。
「こんなの、親衛隊に見られたら殺される…」
「ほう」
「他人事だと思って…」
若干憎々しく思いながら恋が言うと流川は平坦な声で言った。
「別にそうは思ってない」
「どーだか。でも今日はよく喋るね流川くん」
「…お前話しやすい」
流川の言葉に恋は驚くが、流川自身は実に淡々としていたので何も言えなかった。
程無くして駅まで着き、自転車から降りると鞄を受け取る。
「ごめんね、わざわざ」
「いい。じゃあ、またな」
簡単な挨拶を交わすと、流川は自転車を漕ぎ走り出す。
恋はしばらくその後ろ姿を見送り、方向を変え改札へ向かった。
その時、声を掛けられ振り向く。
「如月」
見れば三井が立っていた。
「あれ?帰ったんじゃ…」
「あぁ、ちょっとダチに会ったからよ。今のは流川か?」
「え?あ、はい近くまで送ってくれて」
「良かったな。あいつがそんなの珍しいぜ。お前の事、特別なんじゃねぇの?」
三井は屈託なく笑いながら言うが、恋はなぜか心穏やかにいられなかった。
今までなら、何も気に止める事はなかった言葉にチクリと心が痛む。
だが気のせいと思い三井に笑い返した。
「一緒に帰りますか?」
「あぁ、いいぜ」
三井は歩き出し、恋も後を追う。
改札を潜ると丁度電車が来た音がした。
「げっ、急ぐぞ!」
「え?乗るんですか?」
「当たり前だろうが!走れ!」
三井は、恋の手を引き階段を駆け上がる。
ギリギリの所で階段を上りきり、電車に乗り込んだ。
「間に合ったぜ」
三井は恋に自慢気に言った。
その顔は勝ち誇ったように笑顔を浮かべている。
恋はその表情に思わず見とれてしまった。
「如月?」
三井の声でハッとした恋は、繋いでいた手を見て顔を赤くした。
慌てて手を離すと三井は怪訝そうに眉を寄せた。
「ごめんなさい。間に合いましたね。私なら走りませんよあれは」
恋は笑顔を取り繕い三井を見る。
言われて三井はまた、勝ち誇ったような顔をした。
「当たり前だ。走らねぇって、お前はババアか」
くっくっくっと三井は笑いを零している。
恋は不服そうに三井に言い返した。
「私は、ムリはしないだけですよ。そんな運動バカみたいな事しません」
「何だとっ」
三井は恋の頭をわしゃわしゃと掻き乱す。
その行為に恋が怒ると三井は笑顔を向けて来る。
恋はその笑顔に頬が熱を帯びるのを感じた。
</font>
俯いた恋を三井は不思議そうに見るが、それに気付いた恋は三井の両頬を引っ張る。
「てめっ、何しやがる」
三井は手を払うと恋を睨んだが、恋は笑顔を向けた。
「三井先輩が悪いんですよ?私の頭グチャグチャにするのが悪いんです」
恋があっかんべーと舌を出すと、三井はふんっと嘆息気味にそっぽを向いた。
そして2人は並んで帰ったが、この日を境に恋の中で何かが芽生えていた。
しかし、恋はその事に気付かないフリをした。
恋はまだ、その事を認めたくはなかったのかもしれない。
→第五章
湘北バスケ部は着々と予選を勝ち進んでいる。
恋と三井の間にも、この間までのようなギスギスした雰囲気はない。
「三井先輩、お疲れ様です」
恋は、休憩をしようとしている三井にタオルを渡しながら言った。
そしてキョロキョロと周りを見ると、三井の顔が触れそうな程に近寄り小声で言った。
「鼎とは昨日やっと和解できました。何か、短期間だけピアノの事で神奈川来てたらしいです。あと…」
恋が言葉を濁しているので、三井は不思議そうに恋を見た。
恋は戸惑っているのか口を開けては閉めてを繰り返していた。
「何だ?」
「…鼎から伝言なんですけど…あくまでも鼎からですからね?『あいつ弱いよね。でも流石に殴り過ぎて手が痛い。あいつに言っといてくれる?弱いのに恋の側にいるのって腹立つしもう少し強くなれば?って。これでピアノに支障が出たらまた殴りに行くからね』って」
三井の額には青筋が浮かび上がる。
恋が鼎の真似をしながら言っているのにも腹が立った。
「お前なぁ!大体、何だその自己中な言い分はっ」
「ごめんなさい!てか、私が言ったんじゃありませんよ!だから頭グチャグチャにしないで下さい~」
三井は笑いながら恋の頭を両手で掻き回す。
恋は必死で三井の腕を掴むが、力及ばず抵抗出来なかった。
「仲良いっすね」
2人の様子を見ていた宮城が声を掛けてきた。
少し物悲しげなのは気のせいだろうか。
否、気のせいではなかった。
「いいよな。俺だって、アヤちゃんにそういう事したいのによ」
宮城から漏れた言葉は羨望だった。
彩子が宮城になびかない事を嘆いた愚痴でもある。
2人は苦笑いを浮かべながら言った。
「こんなの嬉しくないですよ?グチャグチャになるし、彩子さん怒りますって」
「お前また彩子にハリセン食らわされたいのかよ」
「それがアヤちゃんの愛なら受け取る覚悟だっ」
宮城は拳を握り、息巻き言った。
恋は苦笑いを浮かべ、三井は呆れた顔を向ける。
そこへ話のネタである彩子がやって来た。
「あんた達、いつまでも喋ってんじゃないわよ!」
彩子はハリセンを片手に仁王立ちしていた。
突然、恋は閃いたかのように彩子に言う。
「彩子さん、帽子ちょっと貸してくれませんか?」
「何でよ?」
「ちょっとだけですよ」
恋は、彩子の返事を待たずに帽子をはぎ取った。
そして、彩子の頭をグシャグシャと掻き回す。
それを見た三井と宮城が慌てて声を上げた。
「おい、何してんだ」
「あ、アヤちゃん、大丈夫?何すんだ、如月!」
彩子は呆気にとられたのか一瞬身動きが出来なかったが、次の瞬間ハリセンで恋の頭を勢い良く張り倒した。
「痛っ、痛いです彩子さん」
「何すんのあんたは!何かの嫌がらせ!?言い度胸してんじゃないの」
彩子はハリセンを片手に、もの凄い剣幕で恋に詰め寄った。
恋は焦って首を横に振る。
「ち、違います。宮城先輩が、彩子さんの頭グチャグチャにしたいって言ったから」
その言葉を聞くと彩子の攻撃は宮城へと移った。
「リョータァァァ!!」
「え、ちょ、アヤちゃん待っ…」
言い終わる前にハリセンで勢い良くはたかれた宮城。
その様子に恋はホッと息を吐く。
三井は呆れた表情で言った。
「お前何したいんだ?」
「いえ、宮城先輩が何か現実分かってないみたいだったんで、実体験をと…」
恋の言葉に三井は吹き出した。
大爆笑だ。
そして宮城を倒した彩子は2人の元へやって来る。
「リョータが悪かろうと、恋がやったのには変わりないわ」
彩子の剣幕に恋は三井の後ろに隠れるように一歩下がるが、三井はそれをひょいと避けた。
「ちょ、三井先輩!?」
三井はほくそ笑みながら恋に言う。
「殴られて来い」
「えっ、ちょ…」
三井が言うや否や、彩子が恋にじりじりと近付いて来た。
慌てた恋は体育館内を逃げ回る。
「すみません彩子さん。すみません。本当に申し訳ありませんってばー」
恋は謝りながら逃げ回るが、しばらくして彩子に捕まりそうになった。
その時、丁度目の前に現われた流川に目を光らせる。
「チャーンス!流川くん助けて」
恋は流川の後ろに隠れた。
流川を挟んで彩子が目の前にいる。
流川は相変わらずの無表情だ。
「流川…あんた分かってるでしょうね?庇い立てしたら…」
彩子が言い終えるよりも早く、流川は恋を彩子の前に引っ張り出す。
恋は引っ張られた勢いで、よろめきながら彩子の前に躍り出た。
「る、流川くん!?」
「怒られとけ」
そう言い残すと、流川はスタスタとコートへ向かって行った。
ニッコリと笑いかける彩子とは対照的に、恋は引きつった笑顔を浮かべる。
「嘘でしょー!」
恋の声がこだました。
この後、彩子にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。
部活も終わり片付けを始めた頃、恋は1人体育館の隅でボール磨きをしていた。
彩子に散々怒られ、罰として与えられたボール磨き。
ブツブツと、手よりも口が動いていた。
「あーあ、流川くんに頼るんじゃなかったな。こーちゃんしとけば良かった。でもあの彩子さん面白かっ…」
恋が言い終わる前に、頭に衝撃が走る。
見上げれば彩子が立っていた。
恋はタラリと冷や汗を流す。
「あんた反省してないようね?」
「違いますしてます、マジでしてます、ちょっとグチっちゃっただけです、すみません」
恋はまくし立てるように言い訳をした。
彩子は恋を睨んでいたが溜め息を吐き、恋の周りに散らばっているボールを指差した。
「そこにあるの片付けたら、今日はもういいわよ」
彩子は疲れた顔をして言うと、体育館を出て行った。
恋が次々にボールを磨いていると、ふと影が重なった。
「今、暇か」
見れば流川が立っていた。
恋は少し頬を膨らませて言う。
「ボール磨きに忙しいよ。誰かさんのせいでさ」
「ならいい」
流川はそう言って踵を返すと、元いた場所に戻って行く。
恋は慌てて声をかけた。
「えっ、ごめんごめん。で、何か用?」
「練習付き合え」
流川がゴールを指差し、ボールをクルクルと指の上で回す。
恋はきょとんとしたまま、意味が分からず聞き返した。
「何で?」
「練習」
流川が淡々としているので呆気に取られた。
理由までは面倒なのか話さない流川に、恋も追求をやめる。
「いいんだけど、15分だけでもいい?」
「あぁ」
2人がコートに入ると、恋が近くにいた三井と桜木を呼び止めた。
流川が何故と言う顔を向けたので恋は笑顔を返す。
「2人もいれちゃダメ?」
「…チームは?」
「流川くん、桜木くんチームと私、三井先輩チームで」
「嫌だ」
流川は桜木と同じチームと聞いて即答で拒否をする。
しかし、それならばやらないと恋に言われ、渋々合意した。
事情を話すと三井は簡単に引き受けたが、桜木が流川同様拒んだ。
「なぜ、天才の俺様があんな平凡ギツネと一緒にやらねばいかんのだ」
「まだ皆いるし、晴子ちゃんも見てるよ?その晴子ちゃんのいる前で流川くんより目立ったら凄くない?同じチームだからより際立つよ?」
そんな恋の言葉に、ちゃっかり乗ってしまった単純王桜木がそこにはいた。
試合を始めると、恋は小さい体で素早く動き相手を掻い潜ると、ガンガンシュートを打っていった。
そのシュートもほぼ百発百中でゴールされて行く。
「ルカワ、さっさとそんなの止めろ!」
「うるさい、どあほう。てめぇだって止められてねぇだろうが」
「何ぃ」
そんな2人のやり取りを見て恋は苦笑いを浮かべていた。
そのせいで試合が中断した為、三井も溜め息を吐く。
「たくっ、あいつらは」
「まぁ名物みたいなもんですからね。それよりすみません。私、得点は出来てても、いまいち流川くん止めれてなくて」
「まぁ、しゃあねぇだろ。身長差ありすぎだ。とりあえずフリーにはするなよ」
「はい」
試合は続いたが、15分を過ぎたので恋がピタリと動きを止めた。
「15分たったから、終わりね」
「何、貴様らが勝ってるからそんな事を言っているんだろう!卑怯だ!」
流川と桜木は最後まで息が合わず、お互い自分勝手に行動した為にいまいち得点が続かなかったのだ。
桜木が反発して来たが、恋は笑顔を向けた。
「違うってば。15分だけって話したもん。ね、流川くん」
「あぁ」
その言葉に不満げだった桜木も、晴子に声を掛けられそちらへ行ってしまう。
ほとんど呼吸が乱れていない流川を見て恋は言った。
「いいなぁ、体力あって。こんなに走ったの久し振りで流石に疲れちゃった。少しだけどジョギングは続けてたのになぁ…」
「ばばあ」
肩で息をする恋に流川がポツリと呟いた。
恋の顔は僅かに引きつる。
「確かに、よっこいしょとか言うよな」
追い討ちをかける様に、三井が笑いを堪えながら流川に同意した。
恋は三井を睨む。
「悪い悪い。けどマジでお前、体力なさすぎだな」
「昔っからなんですよね。まぁ、その分素早さとタイミングずらしたシュートでカットされる率下げて、遠距離のゴール率上げましたから」
「3Pは決まり出したら止まらねえ時あるからな」
「それは分かります。テンション上がり過ぎちゃいますよね。流川くんはない?」
意気揚々と話す2人とは対照的に、流川は興味なさそうに言った。
「あるけど…俺は安定してるし」
「ちょっとムカつく言葉だな、流川」
「まぁまぁ。で、少しは練習出来た?」
「あぁ」
流川は微かに笑っていた。
恋と三井は物珍しいものを見たと思う。
その後、流川だけはまだ練習すると言う事で、他の部員もそれぞれ帰って行く。
恋は残りのボールを磨きに戻り、終わると立ち上がった。
「それ貸せ」
その時、流川は練習を終えたようで、ボール磨きの道具を指差しながら言って来た。
恋はそれを差し出し隣りにもう一度座ると、ボール磨きを始めた流川を見る。
「流川くんってさ、彼女作らないの?」
「何で」
「いや、親衛隊出来るくらいなのに、女の子に興味ないのかなって」
「興味ない」
キッパリと言う流川に恋は何も言えない。
しばらく沈黙が続き流川が口を開いた。
「お前こそいないのか?」
「ん?んー私は最近ちゃんと別れたって言うか…今はマネージャーしてる方が楽しいかな。久し振りにちゃんとバスケに関われてるし」
「ほう」
「興味なさそうだね」
素っ気無い返事の流川を見れば、ボールを手早く磨いていた。
「ないけど、その気持ちは分からなくない」
「流川くんバスケ好きだよねぇ」
「好きって言うより、絶対負けたくない」
流川は強いまなざしで言った。
恋は内心羨ましく思う。
「いいなぁ…私もやりたかったなぁ…」
恋は無意識にそう呟いていた。
流川は手を止め、恋を見て言葉を詰まらせた。
恋はとても悲しそうな、そして諦めの表情を浮かべている。
「…お前、三井先輩に告白しないのか?」
また手を動かし始めた流川の突然の言葉に、恋の頭の中は真っ白になった。
流川は、特に恋を見る事なくボールを磨いている。
「な、何、突然?私、別に三井先輩好きじゃないよ?」
「お前、案外鈍感だな」
「は?」
「いや、いい」
流川は磨き終わったボールを籠に入れ、スタスタと運んで行く。
「えっ、ちょっと、手伝う」
恋は思考のおぼつかない頭を左右に振り、流川を追いかけた。
「いい。邪魔」
「邪魔って!?私だって運べるし!」
恋は心外そうに言ったが、流川はそんな恋の言葉に耳を貸さず籠を運んだ。
「どこまでついて来るんだ?着替え覗く気か」
部室前まで来ると流川はそう言い、ドアを閉めた。
恋は顔を赤くして踵を返す。
しかし、またドアが開き恋に言った。
「送る。校門いろ」
流川はそれだけ言うと、もう一度ドアを閉める。
恋はポカンと口を開けていた。
仕方なく言われたように恋が校門で流川を待っていると、流川が自転車に乗りやって来た。
「乗れ」
流川は恋の鞄を奪い取り、籠の中へ入れた。
恋が、渋々後ろに乗ると自転車は走り出す。
「ちゃんと捕まってないと落ちる」
流川の言葉に、恋はおずおずと流川の腰に手を回す。
恋は少し顔を赤らめながら言った。
「こんなの、親衛隊に見られたら殺される…」
「ほう」
「他人事だと思って…」
若干憎々しく思いながら恋が言うと流川は平坦な声で言った。
「別にそうは思ってない」
「どーだか。でも今日はよく喋るね流川くん」
「…お前話しやすい」
流川の言葉に恋は驚くが、流川自身は実に淡々としていたので何も言えなかった。
程無くして駅まで着き、自転車から降りると鞄を受け取る。
「ごめんね、わざわざ」
「いい。じゃあ、またな」
簡単な挨拶を交わすと、流川は自転車を漕ぎ走り出す。
恋はしばらくその後ろ姿を見送り、方向を変え改札へ向かった。
その時、声を掛けられ振り向く。
「如月」
見れば三井が立っていた。
「あれ?帰ったんじゃ…」
「あぁ、ちょっとダチに会ったからよ。今のは流川か?」
「え?あ、はい近くまで送ってくれて」
「良かったな。あいつがそんなの珍しいぜ。お前の事、特別なんじゃねぇの?」
三井は屈託なく笑いながら言うが、恋はなぜか心穏やかにいられなかった。
今までなら、何も気に止める事はなかった言葉にチクリと心が痛む。
だが気のせいと思い三井に笑い返した。
「一緒に帰りますか?」
「あぁ、いいぜ」
三井は歩き出し、恋も後を追う。
改札を潜ると丁度電車が来た音がした。
「げっ、急ぐぞ!」
「え?乗るんですか?」
「当たり前だろうが!走れ!」
三井は、恋の手を引き階段を駆け上がる。
ギリギリの所で階段を上りきり、電車に乗り込んだ。
「間に合ったぜ」
三井は恋に自慢気に言った。
その顔は勝ち誇ったように笑顔を浮かべている。
恋はその表情に思わず見とれてしまった。
「如月?」
三井の声でハッとした恋は、繋いでいた手を見て顔を赤くした。
慌てて手を離すと三井は怪訝そうに眉を寄せた。
「ごめんなさい。間に合いましたね。私なら走りませんよあれは」
恋は笑顔を取り繕い三井を見る。
言われて三井はまた、勝ち誇ったような顔をした。
「当たり前だ。走らねぇって、お前はババアか」
くっくっくっと三井は笑いを零している。
恋は不服そうに三井に言い返した。
「私は、ムリはしないだけですよ。そんな運動バカみたいな事しません」
「何だとっ」
三井は恋の頭をわしゃわしゃと掻き乱す。
その行為に恋が怒ると三井は笑顔を向けて来る。
恋はその笑顔に頬が熱を帯びるのを感じた。
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俯いた恋を三井は不思議そうに見るが、それに気付いた恋は三井の両頬を引っ張る。
「てめっ、何しやがる」
三井は手を払うと恋を睨んだが、恋は笑顔を向けた。
「三井先輩が悪いんですよ?私の頭グチャグチャにするのが悪いんです」
恋があっかんべーと舌を出すと、三井はふんっと嘆息気味にそっぽを向いた。
そして2人は並んで帰ったが、この日を境に恋の中で何かが芽生えていた。
しかし、恋はその事に気付かないフリをした。
恋はまだ、その事を認めたくはなかったのかもしれない。
→第五章