第三章
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翌朝、朝練の為恋が学校へ向かっていると、前方を赤木と木暮が歩いていた。
「おはようございます」
近寄り恋が挨拶すると2人は同時に振り向いた。
「あぁ、おはよう。もういいんだろうな?」
「仙道からの連絡を聞いた時は驚いたよ。まだあまり顔色良くないんじゃないのか?」
木暮は恋の顔をまじまじと見つめた。
恋は苦笑いを浮かべながら言い返す。
「平気だよ?病み上がりだから顔色良くないのかも…心配かけてごめんなさい」
その言葉に木暮は安堵の表情を向けた。
赤木も軽く頷いている。
「だが、体調の優れない時は先に連絡をするようにしろ。周りに迷惑がかかるだろう」
「はい、すみませんでした。以後気をつけます!」
恋はニッコリと微笑んだ。
その余りにも元気な笑顔に、赤木と木暮もつられて笑顔を零す。
そして、しばらく3人で歩いていると三井が気怠そうに前方を歩いていた。
「おはよう、三井」
木暮がそう声を掛けると三井が振り向いた。
欠伸を噛み締めながら三井は3人の顔を見る。
「あぁ、早ぇなお前ら」
「ふん、当たり前だ。まだ戦いは続いているんだ。気など抜けるか」
「そうだな。3年の俺達は最後だから頑張らないとな」
赤木、木暮、三井の3人は話をしながら進んで行く。
恋は、距離を開けながらその後ろをついて歩いた。
その様子に気付いた木暮が振り向く。
「恋?何してるんだ、早く来いよ」
「う…うん。あっ、こーちゃん先に行ってて?私コンビニ寄りたいから」
恋は言い終えるや否や、返事も聞かずに走って行く。
木暮は不思議そうな顔をしていたが、すぐ赤木と三井の会話に混じった。
ただ三井だけがちらりと恋の後ろ姿を気にしていた。
公園で話したあの日以来、恋と三井の間に挨拶以外の会話はほとんどなかった。
恋が極力距離をとっていたのだ。
普段から特別仲が良い訳ではなかった2人だが、見る人が見たら分かるようでぼんやりしていた恋に彩子は問う。
「あんたと三井先輩…喧嘩でもしたの?」
彩子の突拍子もない言葉に、恋は一瞬たじろぐがすぐ返事をした。
「何でですか?普通ですよ?たまたま話す機会ないだけですって」
「そうかしら?まぁいいけど…。ねぇ恋、あんたって三井先輩の事好きなの?」
彩子からの予想外な質問に恋は思考が止まる。
「へっ…?いや…あの…何で?」
思わずタメ口をきいてしまう程に恋は困惑する。
恋にはそんなつもりが毛頭なかったのだ。
そんな様子の恋を見て彩子は呆れ気味に言った。
「あんた三井先輩の事よく目で追っかけてるけど無意識なの?てっきり自分の気持ちに気付いてんのかと思ってたわ」
彩子の言葉に恋は更に困惑する。
三井の事は嫌いではないしどちらかと言えば好きな方だった。
だが、だからと言ってそれが恋愛対象かと言われれば疑問が残る。
今の恋にとっては恋愛など二の次だったからだ。
それは部活三昧の三井にも言えることだろう。
「違うと思いますけど…」
恋はまだ困惑していたが思考を巡らせ答えた。
今の恋にとっては、それよりも優先しなければならない事がある。
鼎との関係にケジメをつけなければならなかった。
だから今の恋は三井の事など気にしていられない。
「ふぅん…まぁいいわ。行くわよ、恋」
彩子は不満そうな顔をしたが、荷物を手に取り歩き出すと恋を呼ぶ。
恋は後を追いかけるが、先刻の彩子の言葉が頭から離れなかった。
(私が三井先輩を好き…?)
恋は良くない事とは続く物だと心底思わずにはいられなかった。
部活も終わり帰ろうとした時、空からは小雨が落ちていた。
傘を忘れてしまった恋は、小走りで校門を出ようとするが聞き慣れた声に呼び止められる。
視界の悪い中を振り返ってみれば三井がいた。
「傘ねぇのか?入ってけよ」
「え?あ…いえ大丈夫です」
「これからキツくなりそうだぜ?遠慮しねぇで入って行け」
三井は恋に傘を傾けた。
三井の態度は以前と同じで、恋は呆気に取られる。
「あの…先輩こないだの怒ってないんですか?」
「こないだ?…あぁ、あれか。何で俺が怒るんだよ。俺の方こそ悪かったな、立ち入った事聞いてよ」
「いえ大丈夫です。私こそすみません」
ペコリとお辞儀をする恋の頭を三井はくしゃりと掴んだ。
そしてそのまま、わしゃわしゃと頭を撫でる。
「あっ、ちょっと先輩、髪グチャグチャになるじゃないですかっ」
恋は頭を押さえ三井に抗議する。
端から見れば、2人は恋人同士が戯れあっているように見えた。
その時、この2人を影から見つめる少年がいた。
昨日現われた、あの鼎である。
鼎は手にしていた携帯をパキリと割り、2人を見つめていた。
鼎はツカツカと歩き突然三井の肩に手をおく。
振り向いた時には三井の頬に鼎からの拳が打ち込まれていた。
そして、よろめく三井をもう一度殴る。
倒れた三井に鼎は何度も殴りかかる。
腕っ節が強いとはあまり言えない三井は、ただひたすらガードをしていた。
それに喧嘩沙汰はもう起こせない。
鼎は数回殴り続けると突然、恋に振り向いた。
「恋、悪い子には罰を与えなきゃねって、前に言ったの覚えてる?」
鼎はそう言うと今度は恋の頬に平手打ちを食らわせた。
恋は地面にベシャリと音を立てて倒れ込む。
その恋の胸倉を掴み鼎はもう一度頬を叩いた。
「ねぇ恋。約束したよね?僕以外の男とは必要以上に仲良くしないって。君はまた約束を破るの?」
「…っ、ごめんな…さい」
鼎はまた恋の頬を叩いた。
「謝って済むとでも思ってるの?」
鼎は何度も恋を叩いた。
恋は抵抗もせずただ絶えていたが、その鼎の腕を三井が掴んだ。
「てめぇ…女に手ぇ上げてんじゃねぇよ」
「何、まだ殴られたりない?大して強くもないくせに僕に歯向かうの?」
そう言い、鼎がまた三井に殴りかかろうとした時、恋がその腕にしがみついた。
「やめて…ごめんなさい。殴るのは私だけにしてよ。三井先輩には手を出さないで…」
「如月…?」
「ごめんなさい、三井先輩。迷惑かけちゃって…私は平気なんでもう行って下さい」
恋は俯いたまま言った。
三井には恋の表情は読めなかったが声が震えている。
瞬間、三井は反射的に鼎を殴り飛ばしていた。
そして、恋の手を引き駆け出す。
鼎がすぐさま追いかけてくるが、やはり運動部との差なのか、恋達は鼎を撒く事が出来た。
2人はしばらく校舎内に隠れる事にし、恋は大きく肩で息をする。
三井を見れば同じように呼吸は荒い。
そんな三井を見て、恋は鞄からタオルとペットボトルの水を取り出し、タオルに水を染み込ませた。
そしてそれを三井の顔にある傷口へと当てる。
「…ごめんなさい」
恋は小さく呟いた。
酷く傷付いた表情をしている恋の頭を、三井はそっと撫でた。
「気にすんな。けどよ、アイツは何なんだ?イカれてやがるぜ」
「かも知れないですよね」
恋の消え入りそうな声に三井は驚いた。
普段あまり負の感情を見せない恋の、余りに弱い部分を目の当たりにしたからだ。
「鼎は…おかしくなっちゃったんです」
「なったって…」
「はい。私が裏切って傷付けたから…」
恋は苦しそうな表情を浮かべながら言った。
「前に私が肩をケガした事話しましたよね?あれって試合の時だったんですけど、相手の子とぶつかって吹っ飛ばされたからなんです。初めの頃、私は気にしてなかったんですよ。ケガは仕方ないですから。…けど鼎が…」
恋は苦しそうな、そしてとても悲しそうな表情をしていた。
それは恋が今より幼かった中学1年生の夏。
まだレギュラーではなかった恋が、途中出場を繰り返していた大会中の、とある試合で起こった事故。
恋は試合をしていて当たり所が悪く肩を負傷し、そのまま救急車で運ばれて行った。
目が覚めれば病室で医者に宣告される。
『君はもうバスケットは出来ない』
その後、続けて理由等を切々と語られたがその言葉以外頭から離れず、恋は夜な夜なベットの中で声を殺して泣いていた。
入院生活を余儀無くされた恋の元に、当時彼氏だった鼎は毎日見舞いに来てくれていた。
恋は鼎の前では悲しそうな表情はせず、常に笑顔でいた。
鼎には心配をかけたくないと思っていたからだ。
鼎は小さな頃からピアノの腕を見込まれ、周りからも注目されていた。
そんな鼎が自慢でもあったし、何より恋にとても優しく接してくれた。
この頃が恋にとって一番幸せだったのかもしれない。
それから一年が過ぎようとしていた頃、恋が検査の為病院に来ているとある人物に会った。
それは恋に怪我を負わせた少女だった。
その少女は会うなり頭を下げる。
「ごめんなさい!今更って思うかもしれないけど、自分で怪我させてしまったから今まで会って何話したらいいか分からなくて…それにもうバスケが…」
今にもその少女は泣き出しそうである。
恋はそんな様子の少女の肩にそっと触れ微笑んだ。
「平気だよ?私は自分を信じてるから大丈夫。治してまたバスケしたいもん。それにちゃんと謝ってくれたよね?入院中手紙くれたでしょ?名前はなかったけど、ごめんなさい、って。それだけで十分だったよ」
その言葉に少女は涙を零し、恋は苦笑いしながら少女の頭を撫でた。
その時は鼎が病院に付き添ってくれていたので、鼎に呼び止められ恋は少女の元を離れる。
「バスケ頑張ってね」
その言葉に少女は頷き笑顔を向けた。
鼎の元に行くと鼎は不思議そうな顔をしていた。
「今のは?」
「ん?あぁ、私の肩にケガ負わせちゃった子。謝られちゃった」
「恋の…」
「うん、別にもういいのにね」
クスクスと恋は笑顔を浮かべていたが鼎は違った。
心に大きなどす黒い感情を宿していたのだ。
この時、鼎の様子が少しおかしい事に恋が気付いていれば、この後の事件は起こらなかったかもしれない。
恋が気付いてさえいれば…。
恋が検査を終え診察室を出ると、待っているはずの鼎がいなかった。
恋がキョロキョロと周りを見渡すと、鼎の後ろ姿が階段に消えるのを見かけた。
</font>
恋はその後を追いかけて、階段のドアに手をかけた瞬間、悲鳴と共に何かが落ちる大きな音がした。
ドアを開けば階段下には先程の少女が倒れている。
その周りを数人の看護士と一般人が忙しなく動いていた。
階段上には鼎しか立っていない。
恋の位置からその表情は読み取れなかった。
「か…なえ…?」
「…あいつが悪いんだよ。あいつが恋の肩に怪我なんてさせるから」
「鼎、何言って…」
恋は鼎に近付こうとするが、鼎の表情が見えた時一歩も動けなくなっていた。
鼎の口元は僅かに歪んでいる。
「あいつはバスケ出来なくなるのかな。ならなかったらまた罰を与えなきゃね」
その言葉と表情に恋は背筋を凍らせ、声を発する事が出来なかった。
だが数秒後、意を決して声を絞り出すように言った。
「…鼎が突き落としたの?」
「そうだよ。恋の代わりにしてあげたんだ。それなのに…どうして悲しそうな顔をしてるの?」
恋は瞳から一筋の雫を流したが、鼎は無表情のままだ。
「何でそんな事…私はそんなの望んでない!」
恋が声を荒げると同時に、頬に痛みが走る。
気付けば鼎が、腕を大きく振り下ろしていた。
その時の鼎が浮かべた、怒りのような悲しみのような表情がとても印象的だった。
「君、ちょっといいかね」
そんなやり取りをしていると、白衣を着た見知らぬ男が鼎に近付き一言二言話している。
鼎は首を横に振り否定しているようだった。
少女が落ちた直後、階段上にいたのは鼎と恋の二人だけ。
鼎が落としたのではと疑いがかかったようだった。
「だったら彼女に聞いてみれば良い。俺達は何も知らないさ」
鼎がそう言うと、白衣を着た男は恋に振り返り質問をしてきた。
「彼が落としたのではないのかね?」
この時、鼎は恋を信じていた。
恋なら自分に合わせてくれる、自分の味方と心から信じて疑わなかった。
「はい…彼が…突き落として…ました」
だが、恋の消え入りそうなその言葉を聞くと、瞬間鼎は怒鳴った。
「恋!!何を言っているんだ!お前は僕を裏切るのか!?いつだって君を一番に考えてきたこの僕をっ!」
声を荒げる鼎を数人の男が掴み連れて行く。
「恋!」
鼎の声が廊下には響いていた。
恋はその様子から目を離す事が出来なかった。
「…1番に考えてたならどうして…私の気持ちに気付いてくれないの?」
そんな恋の声が鼎に届く事はなかった。
<div style="text-align:center;">***</div>
唇を噛み締めながら恋は話を続けていた。
三井はただ静かに聞いている。
「それからしばらくして鼎は証拠不十分で釈放されました」
「何でだ?お前は言ったんだろ?」
三井は怪訝そうな顔をしながら言った。
「言いましたよ。けど…証言したのは私だけだったし、目が覚めたその子が…鼎に落とされたんじゃなくて自分で足を滑らせたんだって言ったんです」
「はぁ?何の為に?」
「分かりません。私は怖くてその子に会いに行けなかったから…理由を聞く事も出来ませんでした。ただ聞いた話ではその子はまだバスケは続けてるらしいです。でもケガはケガだったからプロとかには…」
恋の声が静かに空気と交わり音をなくす。
三井は恋の横顔をじっと見つめていた。
今にも泣き出しそうなのに決して涙は流さない恋のその表情を。
それからしばらくして、三井は口を開いた。
「その鼎って奴は、その後どうしたんだ?」
「鼎は私の彼氏のままでした。裏切ったって言ったのに私の元を離れなかった。私自身、信じてた肩が完全にダメになったって分かった時期で、精神的に辛かったから拠り所が欲しかったんです。苦しさから少しでも救って欲しかった。救ってくれるなら誰でも良かったんです。事実、私は鼎に救われた部分が大きいんですよね。だから私も離れられなかった」
恋は苦笑いを浮かべ自嘲するように言った。
過度な運動をすれば、すぐに上がらなくなる右肩をギュッと掴む。
「ただこの時から鼎は暴力的になって、束縛をするようになりました。激昂する事が増えて私を殴ったりもしてきたんです。でも私は鼎を裏切ったから逆らえなかったんです」
「裏切ったって言ってもそいつが悪いんだろうが。お前が庇い立てする必要ねぇだろ」
「今なら私もそう思います。でもあの頃の私は幼かったし弱かったんです。苦しくて助けて欲しくて鼎に縋るしかなかった。でもその事件から3ヶ月くらい経った時、急に鼎は留学したんです。その後は自然消滅みたいなもので…」
恋は思い起こしているのか瞼を閉じていた。
「だから鼎が帰って来てるなんて知らなかったんです。2年くらい音信不通だったのに何で今頃…」
「…1つ聞きたいんだけどよ、お前はどうしたいんだ?」
三井の言葉に恋はハッとし三井を見つめる。
三井は更に続けた。
「今のお前は、あいつを庇いたいのか庇いたくないのかどっちだ?何か聞いててもサッパリ分からねぇ」
三井の素直な意見に恋は目から鱗が取れたようだった。
恋からは自然と笑みが零れた。
「今の私は鼎にちゃんと別れを言いたいし、私なんかじゃなくてピアノに集中して欲しいんです」
恋の言葉に、三井はニヤリと口端を上げた。
恋はぎゅっと拳を握る。
「そうですよね、私がどうしたいのかって事ですよね。鼎も根がマジメだったから、あんなに思い詰めちゃったのかもしれないですし」
「だったらお前はこれからどうすんだ?」
「私ですか?ちゃんと鼎と話し合います」
「それがいいぜ」
三井は軽く笑い恋の頭を撫でた。
恋はふと疑問に思っていた事を聞いた。
「三井先輩って、やたら私の頭撫でますよね?セクハラですか?」
恋の言葉に三井は唖然とする。
無意識にしてしまっていた為、気にした事などなかった。
三井はしばらく唸ると、一つの答えを導き出した。
「何かお前の頭って撫でやすいんだよなぁ。意味ねぇし特に気にすんじゃねーよ」
その言葉に恋は思わず吹き出した。
恋の笑い声がその場に響く。
「あっはは…ごめんなさい。てっきりムッツリの次はセクハラする人になったのかと思って」
恋はなおも笑っているが、三井は微かに怒りを覚える。
それに勘づいたのか、恋は急に話題を変えた。
「傘入れて貰ったのに、お互い結局濡れちゃいましたね」
「そうだな。しかもこんな顔、明日赤木に何言われるか分かんねぇな」
「ごめんなさい。赤木キャプテンにはちゃんと私から言います。私を庇ってくれたんだって」
「別にいいぜ、そんなの。ただ…俺もアイツ殴っちまったんだよな。それがバレるのはなぁ…」
「周り誰もいなかったし大丈夫だとは思うんですけど…ちなみに鼎は告げ口とかしないですよ?するなら自分で報復って人ですから」
恋が苦笑いを浮かべて言っているが、三井は少し不愉快そうだった。
「あいつピアノしてるくせに殴るって何なんだよ。大体俺、殴られ損じゃねぇのか?」
ブツブツと言っている三井に恋は朗らかな笑顔を向けた。
鼎に明日会いに行こうと、強く心に決める恋だった。
→第四章
「おはようございます」
近寄り恋が挨拶すると2人は同時に振り向いた。
「あぁ、おはよう。もういいんだろうな?」
「仙道からの連絡を聞いた時は驚いたよ。まだあまり顔色良くないんじゃないのか?」
木暮は恋の顔をまじまじと見つめた。
恋は苦笑いを浮かべながら言い返す。
「平気だよ?病み上がりだから顔色良くないのかも…心配かけてごめんなさい」
その言葉に木暮は安堵の表情を向けた。
赤木も軽く頷いている。
「だが、体調の優れない時は先に連絡をするようにしろ。周りに迷惑がかかるだろう」
「はい、すみませんでした。以後気をつけます!」
恋はニッコリと微笑んだ。
その余りにも元気な笑顔に、赤木と木暮もつられて笑顔を零す。
そして、しばらく3人で歩いていると三井が気怠そうに前方を歩いていた。
「おはよう、三井」
木暮がそう声を掛けると三井が振り向いた。
欠伸を噛み締めながら三井は3人の顔を見る。
「あぁ、早ぇなお前ら」
「ふん、当たり前だ。まだ戦いは続いているんだ。気など抜けるか」
「そうだな。3年の俺達は最後だから頑張らないとな」
赤木、木暮、三井の3人は話をしながら進んで行く。
恋は、距離を開けながらその後ろをついて歩いた。
その様子に気付いた木暮が振り向く。
「恋?何してるんだ、早く来いよ」
「う…うん。あっ、こーちゃん先に行ってて?私コンビニ寄りたいから」
恋は言い終えるや否や、返事も聞かずに走って行く。
木暮は不思議そうな顔をしていたが、すぐ赤木と三井の会話に混じった。
ただ三井だけがちらりと恋の後ろ姿を気にしていた。
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公園で話したあの日以来、恋と三井の間に挨拶以外の会話はほとんどなかった。
恋が極力距離をとっていたのだ。
普段から特別仲が良い訳ではなかった2人だが、見る人が見たら分かるようでぼんやりしていた恋に彩子は問う。
「あんたと三井先輩…喧嘩でもしたの?」
彩子の突拍子もない言葉に、恋は一瞬たじろぐがすぐ返事をした。
「何でですか?普通ですよ?たまたま話す機会ないだけですって」
「そうかしら?まぁいいけど…。ねぇ恋、あんたって三井先輩の事好きなの?」
彩子からの予想外な質問に恋は思考が止まる。
「へっ…?いや…あの…何で?」
思わずタメ口をきいてしまう程に恋は困惑する。
恋にはそんなつもりが毛頭なかったのだ。
そんな様子の恋を見て彩子は呆れ気味に言った。
「あんた三井先輩の事よく目で追っかけてるけど無意識なの?てっきり自分の気持ちに気付いてんのかと思ってたわ」
彩子の言葉に恋は更に困惑する。
三井の事は嫌いではないしどちらかと言えば好きな方だった。
だが、だからと言ってそれが恋愛対象かと言われれば疑問が残る。
今の恋にとっては恋愛など二の次だったからだ。
それは部活三昧の三井にも言えることだろう。
「違うと思いますけど…」
恋はまだ困惑していたが思考を巡らせ答えた。
今の恋にとっては、それよりも優先しなければならない事がある。
鼎との関係にケジメをつけなければならなかった。
だから今の恋は三井の事など気にしていられない。
「ふぅん…まぁいいわ。行くわよ、恋」
彩子は不満そうな顔をしたが、荷物を手に取り歩き出すと恋を呼ぶ。
恋は後を追いかけるが、先刻の彩子の言葉が頭から離れなかった。
(私が三井先輩を好き…?)
恋は良くない事とは続く物だと心底思わずにはいられなかった。
部活も終わり帰ろうとした時、空からは小雨が落ちていた。
傘を忘れてしまった恋は、小走りで校門を出ようとするが聞き慣れた声に呼び止められる。
視界の悪い中を振り返ってみれば三井がいた。
「傘ねぇのか?入ってけよ」
「え?あ…いえ大丈夫です」
「これからキツくなりそうだぜ?遠慮しねぇで入って行け」
三井は恋に傘を傾けた。
三井の態度は以前と同じで、恋は呆気に取られる。
「あの…先輩こないだの怒ってないんですか?」
「こないだ?…あぁ、あれか。何で俺が怒るんだよ。俺の方こそ悪かったな、立ち入った事聞いてよ」
「いえ大丈夫です。私こそすみません」
ペコリとお辞儀をする恋の頭を三井はくしゃりと掴んだ。
そしてそのまま、わしゃわしゃと頭を撫でる。
「あっ、ちょっと先輩、髪グチャグチャになるじゃないですかっ」
恋は頭を押さえ三井に抗議する。
端から見れば、2人は恋人同士が戯れあっているように見えた。
その時、この2人を影から見つめる少年がいた。
昨日現われた、あの鼎である。
鼎は手にしていた携帯をパキリと割り、2人を見つめていた。
鼎はツカツカと歩き突然三井の肩に手をおく。
振り向いた時には三井の頬に鼎からの拳が打ち込まれていた。
そして、よろめく三井をもう一度殴る。
倒れた三井に鼎は何度も殴りかかる。
腕っ節が強いとはあまり言えない三井は、ただひたすらガードをしていた。
それに喧嘩沙汰はもう起こせない。
鼎は数回殴り続けると突然、恋に振り向いた。
「恋、悪い子には罰を与えなきゃねって、前に言ったの覚えてる?」
鼎はそう言うと今度は恋の頬に平手打ちを食らわせた。
恋は地面にベシャリと音を立てて倒れ込む。
その恋の胸倉を掴み鼎はもう一度頬を叩いた。
「ねぇ恋。約束したよね?僕以外の男とは必要以上に仲良くしないって。君はまた約束を破るの?」
「…っ、ごめんな…さい」
鼎はまた恋の頬を叩いた。
「謝って済むとでも思ってるの?」
鼎は何度も恋を叩いた。
恋は抵抗もせずただ絶えていたが、その鼎の腕を三井が掴んだ。
「てめぇ…女に手ぇ上げてんじゃねぇよ」
「何、まだ殴られたりない?大して強くもないくせに僕に歯向かうの?」
そう言い、鼎がまた三井に殴りかかろうとした時、恋がその腕にしがみついた。
「やめて…ごめんなさい。殴るのは私だけにしてよ。三井先輩には手を出さないで…」
「如月…?」
「ごめんなさい、三井先輩。迷惑かけちゃって…私は平気なんでもう行って下さい」
恋は俯いたまま言った。
三井には恋の表情は読めなかったが声が震えている。
瞬間、三井は反射的に鼎を殴り飛ばしていた。
そして、恋の手を引き駆け出す。
鼎がすぐさま追いかけてくるが、やはり運動部との差なのか、恋達は鼎を撒く事が出来た。
2人はしばらく校舎内に隠れる事にし、恋は大きく肩で息をする。
三井を見れば同じように呼吸は荒い。
そんな三井を見て、恋は鞄からタオルとペットボトルの水を取り出し、タオルに水を染み込ませた。
そしてそれを三井の顔にある傷口へと当てる。
「…ごめんなさい」
恋は小さく呟いた。
酷く傷付いた表情をしている恋の頭を、三井はそっと撫でた。
「気にすんな。けどよ、アイツは何なんだ?イカれてやがるぜ」
「かも知れないですよね」
恋の消え入りそうな声に三井は驚いた。
普段あまり負の感情を見せない恋の、余りに弱い部分を目の当たりにしたからだ。
「鼎は…おかしくなっちゃったんです」
「なったって…」
「はい。私が裏切って傷付けたから…」
恋は苦しそうな表情を浮かべながら言った。
「前に私が肩をケガした事話しましたよね?あれって試合の時だったんですけど、相手の子とぶつかって吹っ飛ばされたからなんです。初めの頃、私は気にしてなかったんですよ。ケガは仕方ないですから。…けど鼎が…」
恋は苦しそうな、そしてとても悲しそうな表情をしていた。
***
それは恋が今より幼かった中学1年生の夏。
まだレギュラーではなかった恋が、途中出場を繰り返していた大会中の、とある試合で起こった事故。
恋は試合をしていて当たり所が悪く肩を負傷し、そのまま救急車で運ばれて行った。
目が覚めれば病室で医者に宣告される。
『君はもうバスケットは出来ない』
その後、続けて理由等を切々と語られたがその言葉以外頭から離れず、恋は夜な夜なベットの中で声を殺して泣いていた。
入院生活を余儀無くされた恋の元に、当時彼氏だった鼎は毎日見舞いに来てくれていた。
恋は鼎の前では悲しそうな表情はせず、常に笑顔でいた。
鼎には心配をかけたくないと思っていたからだ。
鼎は小さな頃からピアノの腕を見込まれ、周りからも注目されていた。
そんな鼎が自慢でもあったし、何より恋にとても優しく接してくれた。
この頃が恋にとって一番幸せだったのかもしれない。
それから一年が過ぎようとしていた頃、恋が検査の為病院に来ているとある人物に会った。
それは恋に怪我を負わせた少女だった。
その少女は会うなり頭を下げる。
「ごめんなさい!今更って思うかもしれないけど、自分で怪我させてしまったから今まで会って何話したらいいか分からなくて…それにもうバスケが…」
今にもその少女は泣き出しそうである。
恋はそんな様子の少女の肩にそっと触れ微笑んだ。
「平気だよ?私は自分を信じてるから大丈夫。治してまたバスケしたいもん。それにちゃんと謝ってくれたよね?入院中手紙くれたでしょ?名前はなかったけど、ごめんなさい、って。それだけで十分だったよ」
その言葉に少女は涙を零し、恋は苦笑いしながら少女の頭を撫でた。
その時は鼎が病院に付き添ってくれていたので、鼎に呼び止められ恋は少女の元を離れる。
「バスケ頑張ってね」
その言葉に少女は頷き笑顔を向けた。
鼎の元に行くと鼎は不思議そうな顔をしていた。
「今のは?」
「ん?あぁ、私の肩にケガ負わせちゃった子。謝られちゃった」
「恋の…」
「うん、別にもういいのにね」
クスクスと恋は笑顔を浮かべていたが鼎は違った。
心に大きなどす黒い感情を宿していたのだ。
この時、鼎の様子が少しおかしい事に恋が気付いていれば、この後の事件は起こらなかったかもしれない。
恋が気付いてさえいれば…。
恋が検査を終え診察室を出ると、待っているはずの鼎がいなかった。
恋がキョロキョロと周りを見渡すと、鼎の後ろ姿が階段に消えるのを見かけた。
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恋はその後を追いかけて、階段のドアに手をかけた瞬間、悲鳴と共に何かが落ちる大きな音がした。
ドアを開けば階段下には先程の少女が倒れている。
その周りを数人の看護士と一般人が忙しなく動いていた。
階段上には鼎しか立っていない。
恋の位置からその表情は読み取れなかった。
「か…なえ…?」
「…あいつが悪いんだよ。あいつが恋の肩に怪我なんてさせるから」
「鼎、何言って…」
恋は鼎に近付こうとするが、鼎の表情が見えた時一歩も動けなくなっていた。
鼎の口元は僅かに歪んでいる。
「あいつはバスケ出来なくなるのかな。ならなかったらまた罰を与えなきゃね」
その言葉と表情に恋は背筋を凍らせ、声を発する事が出来なかった。
だが数秒後、意を決して声を絞り出すように言った。
「…鼎が突き落としたの?」
「そうだよ。恋の代わりにしてあげたんだ。それなのに…どうして悲しそうな顔をしてるの?」
恋は瞳から一筋の雫を流したが、鼎は無表情のままだ。
「何でそんな事…私はそんなの望んでない!」
恋が声を荒げると同時に、頬に痛みが走る。
気付けば鼎が、腕を大きく振り下ろしていた。
その時の鼎が浮かべた、怒りのような悲しみのような表情がとても印象的だった。
「君、ちょっといいかね」
そんなやり取りをしていると、白衣を着た見知らぬ男が鼎に近付き一言二言話している。
鼎は首を横に振り否定しているようだった。
少女が落ちた直後、階段上にいたのは鼎と恋の二人だけ。
鼎が落としたのではと疑いがかかったようだった。
「だったら彼女に聞いてみれば良い。俺達は何も知らないさ」
鼎がそう言うと、白衣を着た男は恋に振り返り質問をしてきた。
「彼が落としたのではないのかね?」
この時、鼎は恋を信じていた。
恋なら自分に合わせてくれる、自分の味方と心から信じて疑わなかった。
「はい…彼が…突き落として…ました」
だが、恋の消え入りそうなその言葉を聞くと、瞬間鼎は怒鳴った。
「恋!!何を言っているんだ!お前は僕を裏切るのか!?いつだって君を一番に考えてきたこの僕をっ!」
声を荒げる鼎を数人の男が掴み連れて行く。
「恋!」
鼎の声が廊下には響いていた。
恋はその様子から目を離す事が出来なかった。
「…1番に考えてたならどうして…私の気持ちに気付いてくれないの?」
そんな恋の声が鼎に届く事はなかった。
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唇を噛み締めながら恋は話を続けていた。
三井はただ静かに聞いている。
「それからしばらくして鼎は証拠不十分で釈放されました」
「何でだ?お前は言ったんだろ?」
三井は怪訝そうな顔をしながら言った。
「言いましたよ。けど…証言したのは私だけだったし、目が覚めたその子が…鼎に落とされたんじゃなくて自分で足を滑らせたんだって言ったんです」
「はぁ?何の為に?」
「分かりません。私は怖くてその子に会いに行けなかったから…理由を聞く事も出来ませんでした。ただ聞いた話ではその子はまだバスケは続けてるらしいです。でもケガはケガだったからプロとかには…」
恋の声が静かに空気と交わり音をなくす。
三井は恋の横顔をじっと見つめていた。
今にも泣き出しそうなのに決して涙は流さない恋のその表情を。
それからしばらくして、三井は口を開いた。
「その鼎って奴は、その後どうしたんだ?」
「鼎は私の彼氏のままでした。裏切ったって言ったのに私の元を離れなかった。私自身、信じてた肩が完全にダメになったって分かった時期で、精神的に辛かったから拠り所が欲しかったんです。苦しさから少しでも救って欲しかった。救ってくれるなら誰でも良かったんです。事実、私は鼎に救われた部分が大きいんですよね。だから私も離れられなかった」
恋は苦笑いを浮かべ自嘲するように言った。
過度な運動をすれば、すぐに上がらなくなる右肩をギュッと掴む。
「ただこの時から鼎は暴力的になって、束縛をするようになりました。激昂する事が増えて私を殴ったりもしてきたんです。でも私は鼎を裏切ったから逆らえなかったんです」
「裏切ったって言ってもそいつが悪いんだろうが。お前が庇い立てする必要ねぇだろ」
「今なら私もそう思います。でもあの頃の私は幼かったし弱かったんです。苦しくて助けて欲しくて鼎に縋るしかなかった。でもその事件から3ヶ月くらい経った時、急に鼎は留学したんです。その後は自然消滅みたいなもので…」
恋は思い起こしているのか瞼を閉じていた。
「だから鼎が帰って来てるなんて知らなかったんです。2年くらい音信不通だったのに何で今頃…」
「…1つ聞きたいんだけどよ、お前はどうしたいんだ?」
三井の言葉に恋はハッとし三井を見つめる。
三井は更に続けた。
「今のお前は、あいつを庇いたいのか庇いたくないのかどっちだ?何か聞いててもサッパリ分からねぇ」
三井の素直な意見に恋は目から鱗が取れたようだった。
恋からは自然と笑みが零れた。
「今の私は鼎にちゃんと別れを言いたいし、私なんかじゃなくてピアノに集中して欲しいんです」
恋の言葉に、三井はニヤリと口端を上げた。
恋はぎゅっと拳を握る。
「そうですよね、私がどうしたいのかって事ですよね。鼎も根がマジメだったから、あんなに思い詰めちゃったのかもしれないですし」
「だったらお前はこれからどうすんだ?」
「私ですか?ちゃんと鼎と話し合います」
「それがいいぜ」
三井は軽く笑い恋の頭を撫でた。
恋はふと疑問に思っていた事を聞いた。
「三井先輩って、やたら私の頭撫でますよね?セクハラですか?」
恋の言葉に三井は唖然とする。
無意識にしてしまっていた為、気にした事などなかった。
三井はしばらく唸ると、一つの答えを導き出した。
「何かお前の頭って撫でやすいんだよなぁ。意味ねぇし特に気にすんじゃねーよ」
その言葉に恋は思わず吹き出した。
恋の笑い声がその場に響く。
「あっはは…ごめんなさい。てっきりムッツリの次はセクハラする人になったのかと思って」
恋はなおも笑っているが、三井は微かに怒りを覚える。
それに勘づいたのか、恋は急に話題を変えた。
「傘入れて貰ったのに、お互い結局濡れちゃいましたね」
「そうだな。しかもこんな顔、明日赤木に何言われるか分かんねぇな」
「ごめんなさい。赤木キャプテンにはちゃんと私から言います。私を庇ってくれたんだって」
「別にいいぜ、そんなの。ただ…俺もアイツ殴っちまったんだよな。それがバレるのはなぁ…」
「周り誰もいなかったし大丈夫だとは思うんですけど…ちなみに鼎は告げ口とかしないですよ?するなら自分で報復って人ですから」
恋が苦笑いを浮かべて言っているが、三井は少し不愉快そうだった。
「あいつピアノしてるくせに殴るって何なんだよ。大体俺、殴られ損じゃねぇのか?」
ブツブツと言っている三井に恋は朗らかな笑顔を向けた。
鼎に明日会いに行こうと、強く心に決める恋だった。
→第四章