第二章
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恋は1人部屋のベッドに座り不安にかられていた。
すぐ横には携帯電話が置かれている。
最近、頻繁に鳴る着信音が現在進行形で鳴り響く。
会いたくもない相手からの電話とメール。
内容など確認はしない。
無視をしても何度となく鳴り続ける携帯電話。
恋はギュッと肩を握った。
(帰って来たんだ…)
「集合!」
いつもの部活風景の中、恋は少し浮かない表情を浮かべていた。
「恋、何ボーッとしてんの!行くわよ?」
彩子に声を掛けられハッとした恋は我に返る。
慌てて彩子の元に行くと怪訝そうに見られた。
「顔色悪いわね?」
「平気です、ちょっと寝不足気味で」
「何やってんのよ、週末は試合よ?」
「分かってますよ~。大丈夫です」
恋に笑顔を向けられ彩子は嘆息するが、何も言わずに仕事をし始める。
週末にはインターハイ予選の試合をする事になっていた。
練習風景からも予想出来る程に、予選試合には各々気合いは十分入っているようだった。
それは彩子に至っても例外ではない様だ。
数時間後部活は終わり、片付けを済ませた恋は、ぼんやりと残って練習をしている流川に目を向けた。
「ねぇ流川くん、1on1やらない?」
「…………いいけど」
恋の提案に流川は愛想なく返した。
恋がコートに入ると2人は試合を始める。
お互いの攻防は譲らず、試合は長引いていた。
高さのない恋は、小さいからこその俊敏な動きと緻密さで序盤は流川を僅かながらも翻弄していた。
だが、流川がそれに対処してしまうと徐々に恋の肩は痛みを訴え始め、庇い気味に試合をする。
だが、ついに痛みが絶え切れなくなって来たので、恋は試合を半ば強制的に終わらせた。
「あー、やっぱ流川くんは強いね」
「何で最後手ぇ抜いた」
床に座り込んだ恋を見て、流川は不満げに言った。
恋は額から流れる汗を拭い、笑いながら返す。
「私、久々なんだから体力不足なんだよ?それを現役の流川くんと比べないでよね!もう最後らへんなんかバテバテだったんだから」
恋はあっけらかんと言って見せたが、流川は少し納得していないようだった。
事実、恋の息は上がっていたが、それだけではない何かを流川は感じていた。
だが、恋の事をよく知らない流川にとっては、それが何かは分からないしあまり興味もない。
ただ1人事情を分かっている人物、三井だけが恋を睨み付けるように見ていた。
丁度、忘れ物を取りに来ていた三井はその光景から目を離せなかった。
恋は流川と挨拶をし別れると、出入り口付近にいた三井に笑顔で言った。
「何ですか、三井先輩。怖い顔」
「…お前、自分の体の事分かってんのか?」
三井は少し低い声を発して、僅かに怒りを垣間見せていた。
恋は苦笑いしながら三井を見上げる。
「大丈夫ですよ、ムリはしてませんから」
「だったら右腕上げて見ろよ」
「やーですよ。てかそれって先輩、セクハラじゃないですか?」
「あぁ?」
三井の言葉に恋は笑顔だけを返し、そのまま更衣室へ向かった。
それから着替えも終わり帰ろうと校門に出ると、恋の目の前にある人物が現われた。
恋はその人物を見て一歩も動けなくなる。
目の前には懐かしくも憎らしい相手が立っていた。
「久し振りだね、恋」
「あら?あの子の携帯繋がらないわ。電池でも切れたのかしら」
彩子は恋の携帯へ何度もかけているが、一度も繋がらなかった。
先刻着替え終わった彩子は、更衣室に置き忘れていた恋のタオルとポーチを手にどうしようかと考えていた。
タオルはいいにしてもポーチの中は化粧品。
流石にないと困るのではないかと思っていた。
「何だ彩子。帰らねぇのか?」
彩子が考え佇んでいると後ろから三井に声を掛けられた。
彩子は三井が恋の家の近くだった事を思い出し、事情を説明して三井に届けて貰おうとそれらを渡した。
三井は渋々受け取った物を手の上で何度か跳ねさせながら、帰ろうと校門前までやって来た。
すると前方に人影を発見し、よく見ればそれは恋だった。
「おい、如月」
三井が声を掛けても、恋は一点を見つめたまま動かない。
怪訝に思った三井が恋の元へ歩を進めると、恋の前方には見知らぬ少年が立っていることに気づく。
特に会話はしていないようだが、恋の顔は強張っていた。
「如月?」
三井が恋に近寄ると、目の前にいた見知らぬ少年が声を掛けて来た。
「君は、恋の何?」
会って数秒の少年の態度に三井は少し怒りが沸き起こるが、恋が二人の会話を遮った。
「鼎(カナエ)、この人は先輩なの。今、私バスケ部のマネージャーしてて、そのバスケ部の先輩。ただそれだけだから」
最後を強調して言った恋の様子に怪訝そうな顔をするも、鼎と呼ばれた少年は頷き恋に1歩近付いた。
瞬間、恋はギュッと拳を握り締めたが、同時に車のクラクションが鳴った。
嘆息した鼎は踵を返す。
「迎えが来ちゃった。またね、恋」
鼎は恋に笑顔を向け、今し方クラクションを鳴らし校門横に止まった車に乗り込むと、車はゆっくりと発進した。
恋はそれを見送り大きく息を吐き出すと、荒く呼吸をし始めた。
「如月?」
「な…んでも…ないです。ただ…ちょっと疲れてるだけ…」
恋の額からは止めどなく汗が流れていた。
不審に思った三井が恋の肩に触れようとした瞬間、パシリと手を払い除けられた。
「あ…ごめ…なさい」
恋の様子に、三井は強引に手を引っ張り歩き出した。
恋は抵抗する気力がないのか大人しくついて来る。
そして近くの公園につくと恋をベンチに座らせ、三井は近くの自動販売機にジュースを買いに行った。
三井はジュースを持つ自身の手を見て、先刻握った恋の手を思い出す。
その手は微かに震えていた。
「ありがとうございます」
三井からジュースを受け取った恋の笑顔からはいつもの覇気は見られない。
と言うよりも、最近の恋の笑顔は無理をしているようにしか見えなかった。
思い過ごしかもしれないが、そう感じてしまっている三井は言い辛そうに聞く。
「…さっきの奴は?」
「…元彼…です」
「ふぅん?」
「彼…は土岐 鼎(トキ カナエ)って言って2つ年上なんですけど、私がバスケやってる頃の彼氏だったんです。私のケガと彼の留学が重なって、自然消滅みたいになってたんですけど。今日いきなり現われて…海外に行ってたはずなのに…」
「へぇ、留学とは凄ぇな」
静かに話す恋の言葉に三井は素直な反応を示す。
三井にとっては留学など縁のない話なのだろう。
「鼎は語学留学を含めてピアノを習いに行ったんです。プロになるまでは帰って来ないって言ってたのに…」
「何か…嫌な思い出でもあんのか?」
恋の様子に三井がサラリと言った言葉。
三井にとっては何気ない言葉のつもりだった。
しかしその瞬間、恋は怒鳴るように返してしまった。
「三井先輩には関係ないでしょ!」
言った瞬間、恋は後悔の嵐だった。
三井は驚いた表情を恋に向けている。
「ごめんなさい」
恋はそう言い残すと立ち上がり駆け出した。
三井は突然の事に追いかける事すら出来ず、恋の背を見ていた。
頭上には、雨雲がどんよりと薄く膜を張っていた。
週末の空は薄暗く曇っていた。
試合の為に会場に来ていた湘北バスケ部は、それぞれもうアップを済ませている。
待ちに待った予選にただ1人、恋だけがその場に来ていなかった。
「何やってんのよ、あの子は!携帯にも出ないし!」
「まぁいい。試合に出るわけではないからな。すまんが今日のスコアは彩子が付けておいてくれ」
憤慨している彩子を宥めるように赤木が言った。
彩子も仕方なさそうにそれ以上は何も言わない。
それからしばらくして試合は始まった。
相手の力量はやや下。
基本に忠実で緻密な作戦を取る相手だったが、今の湘北にとっては難無く勝てる相手だった。
その頃、恋はフラフラと目的地に向かい歩いていた。
体調が酷く悪い。
ここ最近眠りも食欲も不足していた恋にとって、貧血が起きるのも仕方のない事だった。
どこからともなく鳴る携帯の着信音に、ビクリと体を震わせる。
すぐ近くに携帯電話で通話をしている少年の後ろ姿があった。
恋はそれを見やり自嘲気味に笑うと再び歩き出す。
すると、壁にもたれ掛かるようにして歩いていた恋の体が突然ふわりと浮いた。
「大丈夫?」
頭上から声がして見上げると、髪を逆立て端正な顔立ちの、今し方電話をしていた少年だった。
「仙道…さん?」
恋は見上げてその見知った顔に驚いた。
それは開会式で1度だけ見た陵南高校のエース、仙道だったのだ。
恋を横向きに抱えたまま仙道は言った。
「酷く顔色悪いけど貧血か?近くに病院あったかな」
困った様に言った仙道の言葉は恋の中で薄らいで行く。
恋は揺れる仙道の腕の中、徐々に意識を遠のかせていった。
恋がパチリと瞼を上げるとそこには白い天井があった。
重い体をのそのそと起き上がらせると少し視界が揺らぐ。
「あぁ、起きた?」
恋は額を軽く押さえ、声のした方に視線を移すと仙道が座っていた。
仙道は手にしていた雑誌を閉じると立ち上がり、恋にゆっくりと近寄る。
「君、湘北の新しいマネージャーだよな?前に見掛けた事あるよ」
「…はい。すみません、貧血起こしたんですね、私」
「いや、それはいいんだけどね。あぁ、赤木さんに連絡はしておいたから。そのまま帰っていいそうだ」
「そうですか…」
恋は伏し目がちに試合の事を考えていた。
湘北の事を考えれば勝っているに違いないだろうと思っていたが、迷惑を掛けてしまっただろう事に後悔する。
恋は小さく溜め息を漏らし顔を上げた。
「仙道さん、ありがとうございました」
恋はそう言い、ベッドから降りた。
そして、病室を後にして会計を済ませるが、その間仙道が自分から離れないのを恋は不思議に思う。
「仙道さん?私、もう大丈夫ですよ?」
「まだ顔色が悪いからね。送って行くよ」
「え?でも…」
「善意は素直に受け取っておくものだよ」
そう言い仙道は恋の手を引いて歩き出した。
恋は戸惑いながらもその手を払いはしなかった。
「名前…何だっけ?」
「あ、すみません、自己紹介もせずに。如月恋です」
「恋ちゃんね。ところで恋ちゃん」
「はい?」
「その右肩はどうしたの?」
仙道は、他愛もない話をするような口調で恋の核心につく。
恋は思わず体を強張らせた。
「さっき医者がね、貧血よりも肩の方がヤバイって。処置はしたらしいけど、しばらくは安静って言ってたよ」
その言葉に恋は罰の悪そうな顔をした。
恋はここ数日、正確には鼎に会ったその日から睡眠が上手く取れず、気持ちを紛らわすかのように夜な夜な1人でバスケをしていた。
その疲労も相俟って今回の貧血は起きている。
恋の肩は、ここ2~3日の間ほぼ上がらない状態にまでなっていた。
「恋ちゃん?」
「すみません」
「何で謝るの?別に話したくないならそれでいいけど」
仙道は無理強いをしなかった。
少しは気になるのだろうが、たいして興味はないのかもしれない。
恋は迷った挙げ句静かに言った。
「…肩は昔バスケでケガして…。今はあんまり動かしちゃダメなんですけど、ちょっとムリをさせてしまって…」
恋の神妙な面持ちに、仙道はそれ以上は何も言わなかった。
恋は家の前に着くと仙道に振り返った。
「今日はありがとうございました。わざわざ家にまで送って貰って…」
「気にしなくていいよ。あ、代わりに番号教えてくれる?…ダメかな?」
そう言うと仙道は携帯電話を差し出す。
恋はきょとんとした表情を浮かべたが、すぐ笑顔に戻し携帯電話を取り出した。
恋は不思議と仙道に対し不審感が湧かなかったのだ。
仙道は恋が取り出した携帯電話を見て言った。
「ん?何で電源切ってるの?」
仙道が言うように恋の携帯電話は電源が切られていた。
微笑みながら恋は言い返す。
「ちょっと最近、調子悪いんですよね」
その時、急に恋の携帯電話が鳴った。
思わず恋は携帯電話を地面に落としてしまう。
携帯電話を取ろうともしない恋を見て、仙道はひょいとそれを拾うと恋に差し出した。
「はい。メール来てるよ」
「あ…はい…えっと番号でしたよね?仙道さんのは赤外線できますか?」
恋は仙道の言葉に曖昧な返事をすると、手際良く番号を交換した。
仙道は不思議そうな顔を向けていたが、あまり追求しない主義なのか何も言わない。
「じゃあ、今度連絡するから遊びに行こうか?」
「え?あ…はい。いや、あの…でも何で…?」
「君の事が気になるから…かな?じゃあね」
仙道は不敵に笑いそう言い残すと去って言った。
「あのっ、本当にありがとうございました!」
恋がそう声を掛けると、仙道は片手を軽く上げ帰って行った。
仙道が立ち去ると恋は携帯画面を開き、強張った表情でメールの内容を確認する。
確認すると携帯を握り締め苦しそうな表情をした。
『悪い子はどうなるか知ってる?』
あの男からのメールにはただ一言そう書かれていた。
今の恋の心を映すかの様に空は薄暗い雲が厚みを増していった。
→第三章
すぐ横には携帯電話が置かれている。
最近、頻繁に鳴る着信音が現在進行形で鳴り響く。
会いたくもない相手からの電話とメール。
内容など確認はしない。
無視をしても何度となく鳴り続ける携帯電話。
恋はギュッと肩を握った。
(帰って来たんだ…)
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「集合!」
いつもの部活風景の中、恋は少し浮かない表情を浮かべていた。
「恋、何ボーッとしてんの!行くわよ?」
彩子に声を掛けられハッとした恋は我に返る。
慌てて彩子の元に行くと怪訝そうに見られた。
「顔色悪いわね?」
「平気です、ちょっと寝不足気味で」
「何やってんのよ、週末は試合よ?」
「分かってますよ~。大丈夫です」
恋に笑顔を向けられ彩子は嘆息するが、何も言わずに仕事をし始める。
週末にはインターハイ予選の試合をする事になっていた。
練習風景からも予想出来る程に、予選試合には各々気合いは十分入っているようだった。
それは彩子に至っても例外ではない様だ。
数時間後部活は終わり、片付けを済ませた恋は、ぼんやりと残って練習をしている流川に目を向けた。
「ねぇ流川くん、1on1やらない?」
「…………いいけど」
恋の提案に流川は愛想なく返した。
恋がコートに入ると2人は試合を始める。
お互いの攻防は譲らず、試合は長引いていた。
高さのない恋は、小さいからこその俊敏な動きと緻密さで序盤は流川を僅かながらも翻弄していた。
だが、流川がそれに対処してしまうと徐々に恋の肩は痛みを訴え始め、庇い気味に試合をする。
だが、ついに痛みが絶え切れなくなって来たので、恋は試合を半ば強制的に終わらせた。
「あー、やっぱ流川くんは強いね」
「何で最後手ぇ抜いた」
床に座り込んだ恋を見て、流川は不満げに言った。
恋は額から流れる汗を拭い、笑いながら返す。
「私、久々なんだから体力不足なんだよ?それを現役の流川くんと比べないでよね!もう最後らへんなんかバテバテだったんだから」
恋はあっけらかんと言って見せたが、流川は少し納得していないようだった。
事実、恋の息は上がっていたが、それだけではない何かを流川は感じていた。
だが、恋の事をよく知らない流川にとっては、それが何かは分からないしあまり興味もない。
ただ1人事情を分かっている人物、三井だけが恋を睨み付けるように見ていた。
丁度、忘れ物を取りに来ていた三井はその光景から目を離せなかった。
恋は流川と挨拶をし別れると、出入り口付近にいた三井に笑顔で言った。
「何ですか、三井先輩。怖い顔」
「…お前、自分の体の事分かってんのか?」
三井は少し低い声を発して、僅かに怒りを垣間見せていた。
恋は苦笑いしながら三井を見上げる。
「大丈夫ですよ、ムリはしてませんから」
「だったら右腕上げて見ろよ」
「やーですよ。てかそれって先輩、セクハラじゃないですか?」
「あぁ?」
三井の言葉に恋は笑顔だけを返し、そのまま更衣室へ向かった。
それから着替えも終わり帰ろうと校門に出ると、恋の目の前にある人物が現われた。
恋はその人物を見て一歩も動けなくなる。
目の前には懐かしくも憎らしい相手が立っていた。
「久し振りだね、恋」
「あら?あの子の携帯繋がらないわ。電池でも切れたのかしら」
彩子は恋の携帯へ何度もかけているが、一度も繋がらなかった。
先刻着替え終わった彩子は、更衣室に置き忘れていた恋のタオルとポーチを手にどうしようかと考えていた。
タオルはいいにしてもポーチの中は化粧品。
流石にないと困るのではないかと思っていた。
「何だ彩子。帰らねぇのか?」
彩子が考え佇んでいると後ろから三井に声を掛けられた。
彩子は三井が恋の家の近くだった事を思い出し、事情を説明して三井に届けて貰おうとそれらを渡した。
三井は渋々受け取った物を手の上で何度か跳ねさせながら、帰ろうと校門前までやって来た。
すると前方に人影を発見し、よく見ればそれは恋だった。
「おい、如月」
三井が声を掛けても、恋は一点を見つめたまま動かない。
怪訝に思った三井が恋の元へ歩を進めると、恋の前方には見知らぬ少年が立っていることに気づく。
特に会話はしていないようだが、恋の顔は強張っていた。
「如月?」
三井が恋に近寄ると、目の前にいた見知らぬ少年が声を掛けて来た。
「君は、恋の何?」
会って数秒の少年の態度に三井は少し怒りが沸き起こるが、恋が二人の会話を遮った。
「鼎(カナエ)、この人は先輩なの。今、私バスケ部のマネージャーしてて、そのバスケ部の先輩。ただそれだけだから」
最後を強調して言った恋の様子に怪訝そうな顔をするも、鼎と呼ばれた少年は頷き恋に1歩近付いた。
瞬間、恋はギュッと拳を握り締めたが、同時に車のクラクションが鳴った。
嘆息した鼎は踵を返す。
「迎えが来ちゃった。またね、恋」
鼎は恋に笑顔を向け、今し方クラクションを鳴らし校門横に止まった車に乗り込むと、車はゆっくりと発進した。
恋はそれを見送り大きく息を吐き出すと、荒く呼吸をし始めた。
「如月?」
「な…んでも…ないです。ただ…ちょっと疲れてるだけ…」
恋の額からは止めどなく汗が流れていた。
不審に思った三井が恋の肩に触れようとした瞬間、パシリと手を払い除けられた。
「あ…ごめ…なさい」
恋の様子に、三井は強引に手を引っ張り歩き出した。
恋は抵抗する気力がないのか大人しくついて来る。
そして近くの公園につくと恋をベンチに座らせ、三井は近くの自動販売機にジュースを買いに行った。
三井はジュースを持つ自身の手を見て、先刻握った恋の手を思い出す。
その手は微かに震えていた。
「ありがとうございます」
三井からジュースを受け取った恋の笑顔からはいつもの覇気は見られない。
と言うよりも、最近の恋の笑顔は無理をしているようにしか見えなかった。
思い過ごしかもしれないが、そう感じてしまっている三井は言い辛そうに聞く。
「…さっきの奴は?」
「…元彼…です」
「ふぅん?」
「彼…は土岐 鼎(トキ カナエ)って言って2つ年上なんですけど、私がバスケやってる頃の彼氏だったんです。私のケガと彼の留学が重なって、自然消滅みたいになってたんですけど。今日いきなり現われて…海外に行ってたはずなのに…」
「へぇ、留学とは凄ぇな」
静かに話す恋の言葉に三井は素直な反応を示す。
三井にとっては留学など縁のない話なのだろう。
「鼎は語学留学を含めてピアノを習いに行ったんです。プロになるまでは帰って来ないって言ってたのに…」
「何か…嫌な思い出でもあんのか?」
恋の様子に三井がサラリと言った言葉。
三井にとっては何気ない言葉のつもりだった。
しかしその瞬間、恋は怒鳴るように返してしまった。
「三井先輩には関係ないでしょ!」
言った瞬間、恋は後悔の嵐だった。
三井は驚いた表情を恋に向けている。
「ごめんなさい」
恋はそう言い残すと立ち上がり駆け出した。
三井は突然の事に追いかける事すら出来ず、恋の背を見ていた。
頭上には、雨雲がどんよりと薄く膜を張っていた。
***
週末の空は薄暗く曇っていた。
試合の為に会場に来ていた湘北バスケ部は、それぞれもうアップを済ませている。
待ちに待った予選にただ1人、恋だけがその場に来ていなかった。
「何やってんのよ、あの子は!携帯にも出ないし!」
「まぁいい。試合に出るわけではないからな。すまんが今日のスコアは彩子が付けておいてくれ」
憤慨している彩子を宥めるように赤木が言った。
彩子も仕方なさそうにそれ以上は何も言わない。
それからしばらくして試合は始まった。
相手の力量はやや下。
基本に忠実で緻密な作戦を取る相手だったが、今の湘北にとっては難無く勝てる相手だった。
その頃、恋はフラフラと目的地に向かい歩いていた。
体調が酷く悪い。
ここ最近眠りも食欲も不足していた恋にとって、貧血が起きるのも仕方のない事だった。
どこからともなく鳴る携帯の着信音に、ビクリと体を震わせる。
すぐ近くに携帯電話で通話をしている少年の後ろ姿があった。
恋はそれを見やり自嘲気味に笑うと再び歩き出す。
すると、壁にもたれ掛かるようにして歩いていた恋の体が突然ふわりと浮いた。
「大丈夫?」
頭上から声がして見上げると、髪を逆立て端正な顔立ちの、今し方電話をしていた少年だった。
「仙道…さん?」
恋は見上げてその見知った顔に驚いた。
それは開会式で1度だけ見た陵南高校のエース、仙道だったのだ。
恋を横向きに抱えたまま仙道は言った。
「酷く顔色悪いけど貧血か?近くに病院あったかな」
困った様に言った仙道の言葉は恋の中で薄らいで行く。
恋は揺れる仙道の腕の中、徐々に意識を遠のかせていった。
恋がパチリと瞼を上げるとそこには白い天井があった。
重い体をのそのそと起き上がらせると少し視界が揺らぐ。
「あぁ、起きた?」
恋は額を軽く押さえ、声のした方に視線を移すと仙道が座っていた。
仙道は手にしていた雑誌を閉じると立ち上がり、恋にゆっくりと近寄る。
「君、湘北の新しいマネージャーだよな?前に見掛けた事あるよ」
「…はい。すみません、貧血起こしたんですね、私」
「いや、それはいいんだけどね。あぁ、赤木さんに連絡はしておいたから。そのまま帰っていいそうだ」
「そうですか…」
恋は伏し目がちに試合の事を考えていた。
湘北の事を考えれば勝っているに違いないだろうと思っていたが、迷惑を掛けてしまっただろう事に後悔する。
恋は小さく溜め息を漏らし顔を上げた。
「仙道さん、ありがとうございました」
恋はそう言い、ベッドから降りた。
そして、病室を後にして会計を済ませるが、その間仙道が自分から離れないのを恋は不思議に思う。
「仙道さん?私、もう大丈夫ですよ?」
「まだ顔色が悪いからね。送って行くよ」
「え?でも…」
「善意は素直に受け取っておくものだよ」
そう言い仙道は恋の手を引いて歩き出した。
恋は戸惑いながらもその手を払いはしなかった。
「名前…何だっけ?」
「あ、すみません、自己紹介もせずに。如月恋です」
「恋ちゃんね。ところで恋ちゃん」
「はい?」
「その右肩はどうしたの?」
仙道は、他愛もない話をするような口調で恋の核心につく。
恋は思わず体を強張らせた。
「さっき医者がね、貧血よりも肩の方がヤバイって。処置はしたらしいけど、しばらくは安静って言ってたよ」
その言葉に恋は罰の悪そうな顔をした。
恋はここ数日、正確には鼎に会ったその日から睡眠が上手く取れず、気持ちを紛らわすかのように夜な夜な1人でバスケをしていた。
その疲労も相俟って今回の貧血は起きている。
恋の肩は、ここ2~3日の間ほぼ上がらない状態にまでなっていた。
「恋ちゃん?」
「すみません」
「何で謝るの?別に話したくないならそれでいいけど」
仙道は無理強いをしなかった。
少しは気になるのだろうが、たいして興味はないのかもしれない。
恋は迷った挙げ句静かに言った。
「…肩は昔バスケでケガして…。今はあんまり動かしちゃダメなんですけど、ちょっとムリをさせてしまって…」
恋の神妙な面持ちに、仙道はそれ以上は何も言わなかった。
恋は家の前に着くと仙道に振り返った。
「今日はありがとうございました。わざわざ家にまで送って貰って…」
「気にしなくていいよ。あ、代わりに番号教えてくれる?…ダメかな?」
そう言うと仙道は携帯電話を差し出す。
恋はきょとんとした表情を浮かべたが、すぐ笑顔に戻し携帯電話を取り出した。
恋は不思議と仙道に対し不審感が湧かなかったのだ。
仙道は恋が取り出した携帯電話を見て言った。
「ん?何で電源切ってるの?」
仙道が言うように恋の携帯電話は電源が切られていた。
微笑みながら恋は言い返す。
「ちょっと最近、調子悪いんですよね」
その時、急に恋の携帯電話が鳴った。
思わず恋は携帯電話を地面に落としてしまう。
携帯電話を取ろうともしない恋を見て、仙道はひょいとそれを拾うと恋に差し出した。
「はい。メール来てるよ」
「あ…はい…えっと番号でしたよね?仙道さんのは赤外線できますか?」
恋は仙道の言葉に曖昧な返事をすると、手際良く番号を交換した。
仙道は不思議そうな顔を向けていたが、あまり追求しない主義なのか何も言わない。
「じゃあ、今度連絡するから遊びに行こうか?」
「え?あ…はい。いや、あの…でも何で…?」
「君の事が気になるから…かな?じゃあね」
仙道は不敵に笑いそう言い残すと去って言った。
「あのっ、本当にありがとうございました!」
恋がそう声を掛けると、仙道は片手を軽く上げ帰って行った。
仙道が立ち去ると恋は携帯画面を開き、強張った表情でメールの内容を確認する。
確認すると携帯を握り締め苦しそうな表情をした。
『悪い子はどうなるか知ってる?』
あの男からのメールにはただ一言そう書かれていた。
今の恋の心を映すかの様に空は薄暗い雲が厚みを増していった。
→第三章