第十八章
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文化祭も終わり寒さが増したきた頃、湘北バスケ部は冬の選抜に向け本格的な練習へと励んでいた。
恋と三井はと言えば、互いに気まずさか気恥ずかしさかそれとも全く違う物なのか、複雑な想いが交錯している日々だった。
三井は恋が話しかけると、どこかソワソワと落ち着きなく顔を逸らす事が増えていた。
恋はそんな三井を見ては、勝手に僅かな期待を抱こうとしてしまう自分を叱咤している。
その為、2人はギクシャクした空気を漂わせる事も多く、周りの者達に不審がられる事もしばしばあったくらいだ。
恋は三井に文化祭での出来事を聞く事が出来ず悶々としていた。
理由を尋ねようと思うも、今まで否定されてきた事がフラッシュバックし、どうしても臆病になってしまう。
そんな日々を過ごしていたある日、恋は忘れ物に気付き体育館へと続く廊下を小走りしていた。
体育館入口へ着き靴を脱ごうとした時、中から声が聞こえた。
「ねぇ、流川って恋の事好きなんじゃないの?」
その聞き覚えのある声は彩子だった。
入口は戸締まり前なのかカーテンが半分閉まっていて、どうやらすぐ側に恋がいるのは見えない位置にいるらしい。
「何っすか、それ」
そして、流川の声も聞こえた。
存外近くにいるのか、2人の声は妙に鮮明だった。
それ以外に人はいないのか他の物音はしない。
恋は、どうしてそんな流れになったのか疑問を抱きつつも、2人が自身の話題を出している事に動けなくなってしまった。
何とかドアへと背を向けるが、そんな恋の耳には無情にも2人の会話が届いた。
「だってアンタの恋を見る目、他の子と明らかに違うわよ。まぁ、あの子は他の人が好きみたいだけど」
「それは知ってる」
「…何、諦めてるの?」
「別に…あいつがしたいようにしたらいい」
「何よ、それ」
「好き…だとは思う。けど、それ以上は何も望んでない。ただ、いつもアイツが笑ってたらいいなとは思う…っす」
流川がそう言ったと同時にバシンと叩く音が聞こえてきた。
「ちょっとー、いつの間にか良い男になってんじゃないの!」
「痛い」
声音からは和やかな空気が感じられるが、恋は心中穏やかにはいられなかった。
その会話は恋が考えようともしなかった物で、頬が熱くなるのを感じていた。
と、物音が聞こえ振り返れば、流川が入り口におり恋に気付いた。
恋は流川に泣きそうな顔を向けている。
流川は小さく息を吐いた。
「聞いてたのか」
「何ー?」
流川の呟きに、中にいる彩子が声をかけてくる。
流川は中を少しだけ覗き込み言った。
「何でもないっす。お疲れ様です」
「お疲れー」
彩子の返事を聞くと、流川は恋の手を取り歩き出した。
恋はその手を振りほどく事も出来ずにそのまま歩くしかない。
そして、部室付近までくると流川は立ち止まり手を離した。
「あの…」
恋は何も言わない流川におずおずと声をかける。
その背中はどこかいつもの流川とは違うように見え、恋は少し怖気付いてしまう。
流川は、一息吐くと振り返り恋を見た。
「気にするな」
「え?」
「俺はあんたよりバスケの方が大事だ」
「う、うん」
恋は思いもよらぬ言葉に少し戸惑ってしまう。
それは周知の事実だろう。
色恋沙汰よりも、バスケに時間を費やしている流川の姿は容易に想像できるのだ。
だが、何故それを言ったのか疑問しか浮かばない。
「だから、如月は先輩の事を好きなままでいれば良い」
「それは…」
流川が淡々と出した言葉の意味を理解すると、恋は内心何とも言いようのない気分になった。
今までの流川の言動は、好意を寄せていた結果なのだと理解してしまえば全てが繋がってしまったのだ。
そして、流川は恋が三井に想いを寄せている事も知っている。
今、流川はどんな想いでこの言葉を紡いでいるのだろうか。
恋が頭の片隅でそんな事を考えてしまうと、流川は深く息を吐き出した。
「あんたは笑った方がいい」
「え?」
「多分、これからは先輩といる方が笑える」
「でも…」
何を根拠にそう言っているのかはわからないが、恋はその言葉を容易に飲む事も出来なかった。
納得のいっていなさそうな恋を見て流川は続けた。
「泣かされたら、話聞くくらいたまにはしてやる。何なら怒鳴り込んでやってもいい」
ひたすらに真っ直ぐ向けられた瞳。
それは恋を気遣っての言葉か単なる本心か。
もしかしたら、何か決意のような言葉なのかも知れない。
だが、その意味を知る事のできない
恋は、途端泣きそうになってしまった。
頭の中を目まぐるしく駆け巡る想いが沢山ある。
言いたい事も沢山ある。
けれど、恋はそれらを飲み込んで小さく頷いた。
「うん…」
「笑え」
「うん。ありがとう」
恋はそう言うのが精一杯だった。
今まで何度も流川に助けられた事がある。
その時は分からなかった事も今では答えが導き出せてしまう。
その優しさに恋は胸が締め付けられそうになり、涙が勝手に滲んだ。
けれど、決して流さないように堪えて流川へと笑みを向けた。
そんな恋を見て流川は少し安堵したように見え、微かに笑みを溢していた。
翌朝、恋は電車を乗り継ぎ訪れた海辺を歩いていた。
休日の今日、学校で工事があり急遽部活が昼からになった為に、恋は当てもなく電車に乗り海にやって来た。
昨日の流川とのやりとりが頭から離れず、だからと言って1人バスケをする気にもなれなかった。
ただ部屋にいると悶々と考えてしまう為、何となく海辺までやって来たのだ。
堤防に1人で座り海を見つめ数時間。
恋はすっかり冷え切った自身の体を抱きしめながら歩き、ふと元いた場所とは違う堤防を何気なく見た。
そして、前方から歩いてくる釣りを終えたであろう人物をまじまじと見つめ返してしまう。
「仙道さん?」
そこにいたのはバケツと釣竿を片手に持つ仙道がいた。
どうしてここにいるのかなどと1人考えを巡らせるが、仙道は恋にニコリと笑みを返す。
「どうした?」
「いえ、本当に仙道さんとは意外な所でよく会うなぁと」
「むしろ今日は恋ちゃんがここにいる方が珍しくないか?何かあった?」
ここは陵南高校も近い堤防だ。
恋がこの場所にいる事は仙道にとっては想定外だろう。
この寒い季節に、海へ1人でいる恋を見て疑問しか浮かばないのは当然の事だ。
だが、恋は仙道の問いに答える事が出来なかった。
「もしかして告白された?」
仙道は恋を見て妙に抑揚のない声で言った。
恋が肩をピクリと震わせると仙道は再び問い掛ける。
「三井さん?」
その名に恋は何も言わない。
そんな事が起こるわけもなく、何故その名が出るのかも恋にはよくわからなかった。
それを見て仙道は軽く溜息を吐きながら言った。
「あぁ、流川か?」
その名に恋は今度こそ強く反応してしまう。
その口振りは、流川が恋に好意を寄せていたのを知っていた事に他ならない。
「知ってたんですか?」
「まぁね」
「なら何っ…」
「何で黙ってたの?…か」
その言葉に、仙道を見上げた恋は息を呑む。
ふいに飲み込んだ言葉の続きは当たっていた。
仙道は恋に一歩近づく。
歩幅の大きな仙道はすぐさま恋と至近距離になる。
「当たり前だろ?人の気持ちを勝手に伝えるバカがいるか?まして自分の好きな奴相手に」
仙道の声音はいつもとは違いどこか苛立ちが見え隠れしている。
恋は仙道から視線を逸らす事が出来ないでいた。
「恋ちゃんさ、ちょっと勘違いしてるよな」
「何を…ですか?」
「まだ俺が本気じゃないって思ってるだろ?」
仙道のそんな言葉に恋は思わずたじろいでしまう。
それは、恋自身が意識的に見ないようにしてきた感情。
仙道が自身を好きになるはずがない、ただの冗談だと思い込みたかった幻想。
それとは裏腹な表情を仙道に向けられ、恋は在り来たりな言葉しか発せない。
「っ、そんなことは…」
「何度だって言うけど、俺、恋ちゃんが好きだよ。どうしても欲しいって思うくらい」
仙道が、視線を逸らそうとする恋の頬に手を添えて真面目な声で言うと、恋はビクリと大きく肩を震わせた。
仙道はどこか困ったように笑い恋を見つめる。
「別に怖がらせたいわけじゃないんだけどな…ごめん」
仙道はすっと手を下ろすと小さく息を吐いて言った。
「けど、俺、これでも結構いっぱいいっぱいなんだ。お兄さんぶって恋ちゃんに接してるけど、ドキドキするし余裕なんて本当は微塵もない」
その表情にいつものような余裕は感じられない。
だが、まだ否定していたかった恋は言葉を発する。
「そんな事…」
「信じてない?…ほら」
仙道は小さく笑うと恋の手を取り自身の胸に当てた。
妙に温かく感じる体温と共に、その掌から伝わる鼓動は明らかに早い。
「音早いだろ?恋ちゃんと接する時はいつもこうだよ」
仙道はどこか気恥ずかしそうに少し頬を染めて言った。
その言動に恋はついに否定するすべをなくしてしまう。
仙道は俯きそうになっている恋の顔を覗き込んだ。
「少しは考える気になった?」
「私は…」
「うん、知ってるよ」
「なら…」
「うん、でもちゃんと伝えたかったから」
仙道は恋の手をゆっくりと名残惜しそうに離した。
恋は下ろした手に残る体温を噛み締めるようにギュッと拳を握る。
「…仙道さん」
「ん?」
恋は仙道に真摯な視線を向けて口を開く。
もう見ないふりなど出来なかった。
「私は三井先輩が好きです。甘えてばかりいたくせに、勝手な言い分ですけど、仙道さんとはやっぱり付き合えません。本当にごめんなさい。今まで優しくしてくれて、ありがとうございます」
恋は深々とお辞儀し、そう言葉を並べる。
内心、何て自分勝手なんだろうと思わずにはいられない。
言う機会は何度かあったのにも関わらず、ハッキリと強く言わなかったのは恋自身だ。
今まで仙道にしてきた言動を、自身に都合の良いように塗り替えて来たツケが回って来たとも思う。
それは仙道自身同じだった。
自身の感情に気付いた時から結果などわかりきっていたのだ。
恋を見ていればそれが嫌でも痛感させられる。
だからこそ認めたくなかった。
負けたくないとも思った。
そんな行き場のない想いから目をそらす様に恋の言葉を逸らし続けた。
恋の答えを聞くのが怖かった。
けれど双方先延ばしにした結果は酷く簡素なものだった。
「うん、そうだな、知ってるよ」
「はい」
その言葉は互いが互いに言い聞かせるようだった。
こうなる事は分かりきっていたのだ。
一度も揺らがなかったとは言えば嘘になるのかもしれない。
けれど恋は、仙道にいくら甘えた所でそれがハッキリとした恋愛へ変わる事などなかった。
仙道もそんな恋に向かうのは無駄だと理解していた。
交わる事のなかった想いに恋はぐっと涙を堪える。
「けど、泣くなよ?」
「え?」
恋が視線を上げると仙道のどこか意地悪で、けれども困ったような表情にぶつかる。
「また泣いてるの見たら、今度こそ何を言おうが攫うから」
その言葉はどこまでも真っ直ぐに恋へ向かっている。
仙道はふいに朗らかな笑みを浮かべた。
「恋ちゃんは笑った方が良い」
「…はい!」
発した人は違えど、再び聞いたその言葉に恋は努めて明るく返事をした。
そんな恋に仙道が触れる事はもうなかった。
その日の部活後、恋は体育館に残り1人自主練する三井の帰りを校門前で待っていた。
恋は一足先に上がるも帰らず、三井の都合などお構いなしに待つ事にした。
今の三井では約束をきっと結んではくれないと予想できたからだ。
そして待つ事1時間、後方から足音が聞こえ振り返り声をかけた。
「先輩」
「あ!?如月!?な、何だ?」
三井は恋の姿を確認すると慌てたように声が上ずった。
恋は1歩2歩と三井にゆっくり近づきながら切り出す。
「聞いても良いですか?」
「何をだよ」
恋は三井の目の前で立ち止まると視線を上げた。
そのどこまでも真っ直ぐな視線に三井は動けなくなる。
「何で文化祭の日、キスしたんですか?」
その問いに三井が息を呑んだのが嫌でもわかった。
すぐに返事が出るとは思ってもいない恋は言葉を続けた。
「ずっと考えてたんですけど、答えが出なくて。…じゃあ質問を変えます。私は先輩を好きなままでいても良いですか?」
「それは…」
その問い掛けに三井は言葉を飲み込んだ。
それは無情にも恋の胸をチリチリと焦がす。
訪れた沈黙に、先に耐えきれなくなったのは三井の方だった。
「…選抜」
「え?」
「選抜終わったら絶対答えるから、それまで待ってくれねぇか」
それは恋が予想もしていなかった返事だった。
自嘲気味に恋は笑ってしまう。
「何ですか、それ」
「俺は選抜にかけてんだ。選抜でどうしても優勝してぇ。だから今は他の事は考えたくねぇんだよ」
それは恋自身よく理解している。
毎日遅くまで残って練習する三井を何度も見てきている。
湘北バスケ部が冬の選抜にかける思い、その中でも3年生である三井がかける思いはひとしおだ。
だからそんな大事な時期に答えを求めるのは間違っているとも思う。
けれども、いつまでも曖昧なままでは勝手に期待してしまう自身を制御できそうも無いのだ。
恋はグッと言葉を飲み込むと三井に言葉を返す。
「わかりました。じゃあ選抜までは何も聞きません」
「あぁ。選抜終わったら必ず返事する」
「はい」
ペコリと頭を下げて恋は歩き出す。
恋は問い掛けが否定されなかった事に内心期待しそうになっていた。
だが、それが杞憂に終わる事も想定している。
いや、十中八九そうなると思っている。
何度も突き返した想いを三井が応えるなんて事はしない。
そして、今度こそ届かなかったら諦めようと思った。
散々、三井も仙道も流川も振り回したこの感情に終止符を打つと決めていた。
これまで身勝手に人を傷付けた事を痛感し、このままでは背中を押してくれた人達に合わす顔もないのだ。
どんな結果でも今度こそ受け入れようと強く思う。
恋がふと夜空を見上げれば、それは感情と連動したようにどこまでも澄んだ景色だった。
→最終章
恋と三井はと言えば、互いに気まずさか気恥ずかしさかそれとも全く違う物なのか、複雑な想いが交錯している日々だった。
三井は恋が話しかけると、どこかソワソワと落ち着きなく顔を逸らす事が増えていた。
恋はそんな三井を見ては、勝手に僅かな期待を抱こうとしてしまう自分を叱咤している。
その為、2人はギクシャクした空気を漂わせる事も多く、周りの者達に不審がられる事もしばしばあったくらいだ。
恋は三井に文化祭での出来事を聞く事が出来ず悶々としていた。
理由を尋ねようと思うも、今まで否定されてきた事がフラッシュバックし、どうしても臆病になってしまう。
そんな日々を過ごしていたある日、恋は忘れ物に気付き体育館へと続く廊下を小走りしていた。
体育館入口へ着き靴を脱ごうとした時、中から声が聞こえた。
「ねぇ、流川って恋の事好きなんじゃないの?」
その聞き覚えのある声は彩子だった。
入口は戸締まり前なのかカーテンが半分閉まっていて、どうやらすぐ側に恋がいるのは見えない位置にいるらしい。
「何っすか、それ」
そして、流川の声も聞こえた。
存外近くにいるのか、2人の声は妙に鮮明だった。
それ以外に人はいないのか他の物音はしない。
恋は、どうしてそんな流れになったのか疑問を抱きつつも、2人が自身の話題を出している事に動けなくなってしまった。
何とかドアへと背を向けるが、そんな恋の耳には無情にも2人の会話が届いた。
「だってアンタの恋を見る目、他の子と明らかに違うわよ。まぁ、あの子は他の人が好きみたいだけど」
「それは知ってる」
「…何、諦めてるの?」
「別に…あいつがしたいようにしたらいい」
「何よ、それ」
「好き…だとは思う。けど、それ以上は何も望んでない。ただ、いつもアイツが笑ってたらいいなとは思う…っす」
流川がそう言ったと同時にバシンと叩く音が聞こえてきた。
「ちょっとー、いつの間にか良い男になってんじゃないの!」
「痛い」
声音からは和やかな空気が感じられるが、恋は心中穏やかにはいられなかった。
その会話は恋が考えようともしなかった物で、頬が熱くなるのを感じていた。
と、物音が聞こえ振り返れば、流川が入り口におり恋に気付いた。
恋は流川に泣きそうな顔を向けている。
流川は小さく息を吐いた。
「聞いてたのか」
「何ー?」
流川の呟きに、中にいる彩子が声をかけてくる。
流川は中を少しだけ覗き込み言った。
「何でもないっす。お疲れ様です」
「お疲れー」
彩子の返事を聞くと、流川は恋の手を取り歩き出した。
恋はその手を振りほどく事も出来ずにそのまま歩くしかない。
そして、部室付近までくると流川は立ち止まり手を離した。
「あの…」
恋は何も言わない流川におずおずと声をかける。
その背中はどこかいつもの流川とは違うように見え、恋は少し怖気付いてしまう。
流川は、一息吐くと振り返り恋を見た。
「気にするな」
「え?」
「俺はあんたよりバスケの方が大事だ」
「う、うん」
恋は思いもよらぬ言葉に少し戸惑ってしまう。
それは周知の事実だろう。
色恋沙汰よりも、バスケに時間を費やしている流川の姿は容易に想像できるのだ。
だが、何故それを言ったのか疑問しか浮かばない。
「だから、如月は先輩の事を好きなままでいれば良い」
「それは…」
流川が淡々と出した言葉の意味を理解すると、恋は内心何とも言いようのない気分になった。
今までの流川の言動は、好意を寄せていた結果なのだと理解してしまえば全てが繋がってしまったのだ。
そして、流川は恋が三井に想いを寄せている事も知っている。
今、流川はどんな想いでこの言葉を紡いでいるのだろうか。
恋が頭の片隅でそんな事を考えてしまうと、流川は深く息を吐き出した。
「あんたは笑った方がいい」
「え?」
「多分、これからは先輩といる方が笑える」
「でも…」
何を根拠にそう言っているのかはわからないが、恋はその言葉を容易に飲む事も出来なかった。
納得のいっていなさそうな恋を見て流川は続けた。
「泣かされたら、話聞くくらいたまにはしてやる。何なら怒鳴り込んでやってもいい」
ひたすらに真っ直ぐ向けられた瞳。
それは恋を気遣っての言葉か単なる本心か。
もしかしたら、何か決意のような言葉なのかも知れない。
だが、その意味を知る事のできない
恋は、途端泣きそうになってしまった。
頭の中を目まぐるしく駆け巡る想いが沢山ある。
言いたい事も沢山ある。
けれど、恋はそれらを飲み込んで小さく頷いた。
「うん…」
「笑え」
「うん。ありがとう」
恋はそう言うのが精一杯だった。
今まで何度も流川に助けられた事がある。
その時は分からなかった事も今では答えが導き出せてしまう。
その優しさに恋は胸が締め付けられそうになり、涙が勝手に滲んだ。
けれど、決して流さないように堪えて流川へと笑みを向けた。
そんな恋を見て流川は少し安堵したように見え、微かに笑みを溢していた。
***
翌朝、恋は電車を乗り継ぎ訪れた海辺を歩いていた。
休日の今日、学校で工事があり急遽部活が昼からになった為に、恋は当てもなく電車に乗り海にやって来た。
昨日の流川とのやりとりが頭から離れず、だからと言って1人バスケをする気にもなれなかった。
ただ部屋にいると悶々と考えてしまう為、何となく海辺までやって来たのだ。
堤防に1人で座り海を見つめ数時間。
恋はすっかり冷え切った自身の体を抱きしめながら歩き、ふと元いた場所とは違う堤防を何気なく見た。
そして、前方から歩いてくる釣りを終えたであろう人物をまじまじと見つめ返してしまう。
「仙道さん?」
そこにいたのはバケツと釣竿を片手に持つ仙道がいた。
どうしてここにいるのかなどと1人考えを巡らせるが、仙道は恋にニコリと笑みを返す。
「どうした?」
「いえ、本当に仙道さんとは意外な所でよく会うなぁと」
「むしろ今日は恋ちゃんがここにいる方が珍しくないか?何かあった?」
ここは陵南高校も近い堤防だ。
恋がこの場所にいる事は仙道にとっては想定外だろう。
この寒い季節に、海へ1人でいる恋を見て疑問しか浮かばないのは当然の事だ。
だが、恋は仙道の問いに答える事が出来なかった。
「もしかして告白された?」
仙道は恋を見て妙に抑揚のない声で言った。
恋が肩をピクリと震わせると仙道は再び問い掛ける。
「三井さん?」
その名に恋は何も言わない。
そんな事が起こるわけもなく、何故その名が出るのかも恋にはよくわからなかった。
それを見て仙道は軽く溜息を吐きながら言った。
「あぁ、流川か?」
その名に恋は今度こそ強く反応してしまう。
その口振りは、流川が恋に好意を寄せていたのを知っていた事に他ならない。
「知ってたんですか?」
「まぁね」
「なら何っ…」
「何で黙ってたの?…か」
その言葉に、仙道を見上げた恋は息を呑む。
ふいに飲み込んだ言葉の続きは当たっていた。
仙道は恋に一歩近づく。
歩幅の大きな仙道はすぐさま恋と至近距離になる。
「当たり前だろ?人の気持ちを勝手に伝えるバカがいるか?まして自分の好きな奴相手に」
仙道の声音はいつもとは違いどこか苛立ちが見え隠れしている。
恋は仙道から視線を逸らす事が出来ないでいた。
「恋ちゃんさ、ちょっと勘違いしてるよな」
「何を…ですか?」
「まだ俺が本気じゃないって思ってるだろ?」
仙道のそんな言葉に恋は思わずたじろいでしまう。
それは、恋自身が意識的に見ないようにしてきた感情。
仙道が自身を好きになるはずがない、ただの冗談だと思い込みたかった幻想。
それとは裏腹な表情を仙道に向けられ、恋は在り来たりな言葉しか発せない。
「っ、そんなことは…」
「何度だって言うけど、俺、恋ちゃんが好きだよ。どうしても欲しいって思うくらい」
仙道が、視線を逸らそうとする恋の頬に手を添えて真面目な声で言うと、恋はビクリと大きく肩を震わせた。
仙道はどこか困ったように笑い恋を見つめる。
「別に怖がらせたいわけじゃないんだけどな…ごめん」
仙道はすっと手を下ろすと小さく息を吐いて言った。
「けど、俺、これでも結構いっぱいいっぱいなんだ。お兄さんぶって恋ちゃんに接してるけど、ドキドキするし余裕なんて本当は微塵もない」
その表情にいつものような余裕は感じられない。
だが、まだ否定していたかった恋は言葉を発する。
「そんな事…」
「信じてない?…ほら」
仙道は小さく笑うと恋の手を取り自身の胸に当てた。
妙に温かく感じる体温と共に、その掌から伝わる鼓動は明らかに早い。
「音早いだろ?恋ちゃんと接する時はいつもこうだよ」
仙道はどこか気恥ずかしそうに少し頬を染めて言った。
その言動に恋はついに否定するすべをなくしてしまう。
仙道は俯きそうになっている恋の顔を覗き込んだ。
「少しは考える気になった?」
「私は…」
「うん、知ってるよ」
「なら…」
「うん、でもちゃんと伝えたかったから」
仙道は恋の手をゆっくりと名残惜しそうに離した。
恋は下ろした手に残る体温を噛み締めるようにギュッと拳を握る。
「…仙道さん」
「ん?」
恋は仙道に真摯な視線を向けて口を開く。
もう見ないふりなど出来なかった。
「私は三井先輩が好きです。甘えてばかりいたくせに、勝手な言い分ですけど、仙道さんとはやっぱり付き合えません。本当にごめんなさい。今まで優しくしてくれて、ありがとうございます」
恋は深々とお辞儀し、そう言葉を並べる。
内心、何て自分勝手なんだろうと思わずにはいられない。
言う機会は何度かあったのにも関わらず、ハッキリと強く言わなかったのは恋自身だ。
今まで仙道にしてきた言動を、自身に都合の良いように塗り替えて来たツケが回って来たとも思う。
それは仙道自身同じだった。
自身の感情に気付いた時から結果などわかりきっていたのだ。
恋を見ていればそれが嫌でも痛感させられる。
だからこそ認めたくなかった。
負けたくないとも思った。
そんな行き場のない想いから目をそらす様に恋の言葉を逸らし続けた。
恋の答えを聞くのが怖かった。
けれど双方先延ばしにした結果は酷く簡素なものだった。
「うん、そうだな、知ってるよ」
「はい」
その言葉は互いが互いに言い聞かせるようだった。
こうなる事は分かりきっていたのだ。
一度も揺らがなかったとは言えば嘘になるのかもしれない。
けれど恋は、仙道にいくら甘えた所でそれがハッキリとした恋愛へ変わる事などなかった。
仙道もそんな恋に向かうのは無駄だと理解していた。
交わる事のなかった想いに恋はぐっと涙を堪える。
「けど、泣くなよ?」
「え?」
恋が視線を上げると仙道のどこか意地悪で、けれども困ったような表情にぶつかる。
「また泣いてるの見たら、今度こそ何を言おうが攫うから」
その言葉はどこまでも真っ直ぐに恋へ向かっている。
仙道はふいに朗らかな笑みを浮かべた。
「恋ちゃんは笑った方が良い」
「…はい!」
発した人は違えど、再び聞いたその言葉に恋は努めて明るく返事をした。
そんな恋に仙道が触れる事はもうなかった。
***
その日の部活後、恋は体育館に残り1人自主練する三井の帰りを校門前で待っていた。
恋は一足先に上がるも帰らず、三井の都合などお構いなしに待つ事にした。
今の三井では約束をきっと結んではくれないと予想できたからだ。
そして待つ事1時間、後方から足音が聞こえ振り返り声をかけた。
「先輩」
「あ!?如月!?な、何だ?」
三井は恋の姿を確認すると慌てたように声が上ずった。
恋は1歩2歩と三井にゆっくり近づきながら切り出す。
「聞いても良いですか?」
「何をだよ」
恋は三井の目の前で立ち止まると視線を上げた。
そのどこまでも真っ直ぐな視線に三井は動けなくなる。
「何で文化祭の日、キスしたんですか?」
その問いに三井が息を呑んだのが嫌でもわかった。
すぐに返事が出るとは思ってもいない恋は言葉を続けた。
「ずっと考えてたんですけど、答えが出なくて。…じゃあ質問を変えます。私は先輩を好きなままでいても良いですか?」
「それは…」
その問い掛けに三井は言葉を飲み込んだ。
それは無情にも恋の胸をチリチリと焦がす。
訪れた沈黙に、先に耐えきれなくなったのは三井の方だった。
「…選抜」
「え?」
「選抜終わったら絶対答えるから、それまで待ってくれねぇか」
それは恋が予想もしていなかった返事だった。
自嘲気味に恋は笑ってしまう。
「何ですか、それ」
「俺は選抜にかけてんだ。選抜でどうしても優勝してぇ。だから今は他の事は考えたくねぇんだよ」
それは恋自身よく理解している。
毎日遅くまで残って練習する三井を何度も見てきている。
湘北バスケ部が冬の選抜にかける思い、その中でも3年生である三井がかける思いはひとしおだ。
だからそんな大事な時期に答えを求めるのは間違っているとも思う。
けれども、いつまでも曖昧なままでは勝手に期待してしまう自身を制御できそうも無いのだ。
恋はグッと言葉を飲み込むと三井に言葉を返す。
「わかりました。じゃあ選抜までは何も聞きません」
「あぁ。選抜終わったら必ず返事する」
「はい」
ペコリと頭を下げて恋は歩き出す。
恋は問い掛けが否定されなかった事に内心期待しそうになっていた。
だが、それが杞憂に終わる事も想定している。
いや、十中八九そうなると思っている。
何度も突き返した想いを三井が応えるなんて事はしない。
そして、今度こそ届かなかったら諦めようと思った。
散々、三井も仙道も流川も振り回したこの感情に終止符を打つと決めていた。
これまで身勝手に人を傷付けた事を痛感し、このままでは背中を押してくれた人達に合わす顔もないのだ。
どんな結果でも今度こそ受け入れようと強く思う。
恋がふと夜空を見上げれば、それは感情と連動したようにどこまでも澄んだ景色だった。
→最終章