第十七章
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あれから暫くして恋は教室へと戻って来ていた。
先刻の出来事など夢だったかのように目の前は賑わい、恋はすぐにその忙しさへと対応するしかなくなった。
だが、平静を装いつつもあまりに突然の出来事に思考が付いて行かず、どこか上の空だった恋に声をかける人物がいた。
「どうした」
「え?」
振り返れば流川が恋を無表情のまま見下ろしていた。
「何となく…変だ」
「そんな事ないよ」
恋は内心どきりとするが、取り繕った笑顔で答えた。
その機微に気付いたのか流川は言葉を飲み込み、沈黙が訪れるとタイミング良くクラスメイトが声をかけて来た。
「ねぇ、恋!宣伝行ってきてよ!」
「え?何で私?」
突然の話に恋はキョトンとしてしまうが、茅那が話を引き継ぎ言った。
「流川と2人で行って来て!客足減って来た!」
「ちょ、だから何で私…」
そう聞き返そうとすると、茅那が恋の腕を引っ張り耳元で囁いた。
「そんなの流川が1番宣伝効果あるからに決まってんじゃん。でも1人だと不安だし、仲良い恋が行ってよ」
茅那が言いたい事はよく分かるが、恋はおいそれとそれを受けるわけにもいかない。
「いや、流川くんのファンに頼んだら…」
「無駄に喧嘩になるからダメ」
「私、嫉妬されない?」
転校当初、流川親衛隊に絡まれた記憶が蘇り恋は快く頷く事が出来ない。
恋の心配をよそに茅那は笑みを浮かべた。
「今となっちゃバスケ部だから仲良いって皆思ってるって!それに、流川が自分から話すのって恋くらいだし、親衛隊以外の子ら2人だと会話続ける自信ないって言ってんだよね。じゃあこれビラだから、よろしく!」
茅那は手近にあったビラを渡し、流川と共に恋を教室から追いやった。
後ろで手を振るクラスメイトに、恋は流川へ視線を移すしかない。
「…行く?」
「あぁ」
流川は特に拒否する事なく歩き始めた。
恋もそれに続くしかなく、2人は校内をゆっくりと歩き出すのだった。
「動物喫茶してまーす。良かったら来て下さーい」
恋が声を張り宣伝していると、すぐさま声をかけられた。
「すみません、彼もいるんですか?」
声をかけてきたのは同年代の私服の女子で、視線は流川へと向けられている。
流川は少し離れた位置でただ立っているだけなのだが、先刻から度々この質問が恋に投げかけられていた。
「あぁ、はい、後で彼も戻るんでいますよー」
「じゃあ、後で行きますー」
ビラを受け取るとそのグループは笑顔で去って行く。
恋も営業スマイルで返事をした。
「はーい、ありがとうございます」
恋は、ふうと一息つくと流川の元へと近寄った。
流川は呼び込みの声を出すわけでもなくビラを黙々と配っていたのだが、女子達に度々群がられていた。
しかし、その対応が素っ気なく相手が戸惑い宣伝とならない為に、少し離れた位置で看板を首から下げてもらっていたのだ。
「流川くん効果だね」
「疲れる」
「あはは、まぁ頑張ってよ。もうちょっと回ったら戻ろ」
群がられていた様子を思い出し、恋は苦笑いを浮かべ残り少ないビラを見た。
と、視線を上げると流川が前方を見ているのに気付く。
「あ」
「え?」
「やぁ」
声を出した流川につられて視線を移動させると、そこには軽く手を挙げている人物がいた。
その長身ぶりの為か見た目の良さか、人垣が割れた先から歩いてくるのは仙道だった。
「仙道さん…」
「さっきぶり」
「さっき?」
笑顔で恋に言葉を向ける仙道に流川は少し眉を寄せた。
仙道は気にした様子もなく流川に答える。
「さっきまで一緒だったんだ。三井さんに攫われちゃったけど。あれからどうなった?」
「どうもなってないです」
「ハハ、嘘下手だなぁ」
恋の答えに仙道はすかさず言葉を返す。
仙道にとって恋の微かな変化は分かりやすかった。
恋は少しの焦りと共に言葉を紡ぐ。
「あの、すみません。教室戻らなきゃならないので」
「流川と宣伝?」
「だったらなんだ」
「いや、楽しそうだなと思って」
笑みを浮かべる仙道のどこか含みのある言い方に流川は踵を返した。
「戻るぞ」
仙道の言葉は宣伝している姿を羨んで言ったのか、はたまたそれぞれの様子に言ったのか。
計り知れない言い方をした仙道に流川は素っ気なかったが、仙道は笑みを返した。
「じゃあ、そろそろ俺も帰ろうかな。恋ちゃん、流川、またな」
ヒラヒラと手を振る仙道に恋はペコリと頭を下げた。
しかし、終始仙道と視線を交わらそうとしない恋に、流川は小さく溜息を吐き視線を彷徨わせた。
「おい」
「ん?」
「あれ食べたい」
流川が一点を見つめて言うので、恋の視線もそこへ移動する。
そこには模擬店があり、サンプルとして描かれた絵に恋は疑問を浮かべた。
「え?何あれ…チョコバナナなの?なんか形が…」
そこには、見慣れたチョコバナナとは違った形や飾り付けが描かれていた。
「盛り付け出来るらしい」
「へー、楽しそうだね。ちょっとだけ寄ろっか」
その看板に近寄り説明書きを見れば、デコレーションが出来るチョコバナナとして売っているようだった。
その物珍しさから恋は興味を引かれ、教室へと足を踏み入れる。
案内された席の前には、飾り付けに使われる為の様々な食材が並んでいた。
「わー、色々あるんだね。流川くんは何にするの?」
サンプルの写真を見ながら、恋はワクワクとした表情で流川を見た。
しかし、流川の返事は素っ気ないものだった。
「普通で良い」
「えー、せっかくだしチョコとか付けたらいいのに」
「じゃあ、お前が作れ」
「え?んーじゃあ…こんな感じで…」
渡されたチョコバナナに恋はどんどんデコレーションを施していく。
数分後出来たチョコバナナを恋が渡すと、流川は微かに好奇の眼差しを向けた。
「…何だこれは」
「流川くんをイメージしてみたの。ここが顔でね、これがボールで…」
恋が説明をしていくと、流川はその内微かに笑みを零した。
「下手くそ」
「え、酷くない!?いや、まぁ私もこの出来はどうかと思うけどさ…。こっちの方がまだマシだから交換する?」
恋が流川用に作ったチョコバナナは、デザインの詰め込みすぎな為かセンスの欠片も感じられず、とても不細工な仕上がりだった。
自身用に作った方は、それよりは幾分マシな仕上がりだった為に提案するが、流川はその不細工なチョコバナナを手に取った。
「これで良い」
「そう…?じゃあ、そろそろ戻ろっか」
恋がチョコバナナを手に立ち上がりそう言うと流川は教室の外を視線で差した。
「あそこ…」
「ん?トリックアート?面白そうだね」
「行くぞ」
「え?ちょ…」
流川はスタスタと歩き出し、トリックアートと看板の出ている教室へと入って行く。
恋は追いかけるしかなく、急いでそこへ入ると狭い教室ながら妙に広く見え、所々に目の錯覚を利用した絵や物があった。
流川が興味深そうに錯覚を体験している様子を見て、恋は流川と共に少しの間その空間を楽しんだのだった。
数分後、教室を出るとまだ少し残る錯覚に恋は満足そうに言った。
「あー、楽しかった」
「そうか」
「ほら、写真で見ると凄くない!?」
恋は、出際に貰ったポラロイドカメラで撮られた写真を封から取り出し流川に見せる。
少し興奮気味な恋の様子に流川は淡々と返した。
「良かったな」
「流川くんは楽しくなかった?」
「いや、楽しかった」
「え?あ、うん、良かった。でも、本当にそろそろ戻らないと怒られるかもね」
「あぁ」
意外にも素直な返事が返ってきて戸惑ってしまった恋だが、時計を見ればそこそこに時間が経っており、そろそろ教室に戻らないとまずいだろう。
歩き出そうとした時、視線に気付き恋は流川を見上げた。
「何?」
「ズレてる」
「え?あ、ありがとう」
恋が元の位置に付け直そうと手を伸ばすよりも早く、流川は恋の頭上にあるカチューシャの位置を整え出す。
そして、ほんの一瞬その手を止めると流川は静かに言った。
「…仙道と何かあったのか」
「…何で?」
「変だった」
「何でもないよー」
「じゃあ、先輩とは」
笑みを浮かべて答えた恋に流川は質問を畳み掛ける。
恋は微かに表情を崩すと歩き出した。
「ほ、ほら!早く戻ろう!」
そう言って、スタスタと急ぎ足の恋に流川は何も言わず続いた。
恋は、微かに頬の熱が上がったのを感じたが気付かぬふりをするのだった。
時刻は18時、無事文化祭も終了し片付けもあらかた終わると、恋は流川に声をかけた。
「ねぇ、流川くんは後夜祭出るの?」
「お前は?」
ゴミを集める恋にゴミを渡すと流川は問い返す。
「出るよ。皆で写真撮りたいし」
「ふーん」
「残るの?」
ゴミ袋の口を閉じる恋は流川の素っ気ない返事に再び問いかけた。
流川は僅かに考えると口を開いた。
「少し。すぐ帰る」
「そっか。あ、じゃあ写真撮ろうよ!」
恋はカメラを取り出すと、まだ扮装したままの流川に笑みを浮かべた。
その言葉にすかさず近くにいたクラスメイトが声を上げる。
「あ、恋だけズルイ!私も写りたいー」
その言葉を皮切りに数人が集まり恋は笑顔を返した。
「じゃあ、皆で撮ろう」
恋は近場にいたクラスメイトにカメラを手渡し配置に着いた。
「行くぞー。ハイチーズ」
掛け声をかけるクラスメイトの声に、恋達はそれぞれポーズを決める。
そこから暫く写真大会が始まり、恋はクラスメイト達と写真を撮っていた。
最後にクラス全員で撮り終えると、一部の者を残し皆は衣装を着替え始めた。
恋は着替えをせず鞄にカメラを仕舞うと、戻ってきた流川に声をかけた。
「現像楽しみだね」
「あぁ」
「あ、そう言えばこれ、渡しておくね。1枚だと思ってたら2枚だったんだよね」
恋は手にした封筒を差し出した。
それはトリックアートの教室で撮った写真だった。
見た時は重なっていて気づかなかったのだが、写真は2枚あり1枚を流川に渡した。
「…おい」
「ん?」
渡していない方の写真をしまっていると声をかけられ恋が顔を上げると、同時にカシャリと機械音が鳴った。
「ちょ、凄くマヌケな顔してたよね、今」
そこには近場に置いてあったポラロイドカメラを向けた流川がいた。
「普段と変わらない」
「それはそれで失礼じゃない!?」
「恋ー、行くよー」
言い返していると友人達が恋に声をかける。
恋は慌てて荷物をかたすと返事をして教室を出ようとする。
「あ、うん。流川くんも行く?」
「帰る」
荷物を手にした流川は欠伸をしながら答えた。
その反応に恋は目を丸くした。
「え?残るんじゃなかったの!?」
「用は済んだ」
「えー?まぁ、何かよくわかんないけど、お疲れー。また明日ね」
「あぁ、またな」
恋は急いで友人達の元へと行く。
流川はそれを見送ると手元にあった写真を手に帰路に着いたのだった。
先刻の出来事など夢だったかのように目の前は賑わい、恋はすぐにその忙しさへと対応するしかなくなった。
だが、平静を装いつつもあまりに突然の出来事に思考が付いて行かず、どこか上の空だった恋に声をかける人物がいた。
「どうした」
「え?」
振り返れば流川が恋を無表情のまま見下ろしていた。
「何となく…変だ」
「そんな事ないよ」
恋は内心どきりとするが、取り繕った笑顔で答えた。
その機微に気付いたのか流川は言葉を飲み込み、沈黙が訪れるとタイミング良くクラスメイトが声をかけて来た。
「ねぇ、恋!宣伝行ってきてよ!」
「え?何で私?」
突然の話に恋はキョトンとしてしまうが、茅那が話を引き継ぎ言った。
「流川と2人で行って来て!客足減って来た!」
「ちょ、だから何で私…」
そう聞き返そうとすると、茅那が恋の腕を引っ張り耳元で囁いた。
「そんなの流川が1番宣伝効果あるからに決まってんじゃん。でも1人だと不安だし、仲良い恋が行ってよ」
茅那が言いたい事はよく分かるが、恋はおいそれとそれを受けるわけにもいかない。
「いや、流川くんのファンに頼んだら…」
「無駄に喧嘩になるからダメ」
「私、嫉妬されない?」
転校当初、流川親衛隊に絡まれた記憶が蘇り恋は快く頷く事が出来ない。
恋の心配をよそに茅那は笑みを浮かべた。
「今となっちゃバスケ部だから仲良いって皆思ってるって!それに、流川が自分から話すのって恋くらいだし、親衛隊以外の子ら2人だと会話続ける自信ないって言ってんだよね。じゃあこれビラだから、よろしく!」
茅那は手近にあったビラを渡し、流川と共に恋を教室から追いやった。
後ろで手を振るクラスメイトに、恋は流川へ視線を移すしかない。
「…行く?」
「あぁ」
流川は特に拒否する事なく歩き始めた。
恋もそれに続くしかなく、2人は校内をゆっくりと歩き出すのだった。
「動物喫茶してまーす。良かったら来て下さーい」
恋が声を張り宣伝していると、すぐさま声をかけられた。
「すみません、彼もいるんですか?」
声をかけてきたのは同年代の私服の女子で、視線は流川へと向けられている。
流川は少し離れた位置でただ立っているだけなのだが、先刻から度々この質問が恋に投げかけられていた。
「あぁ、はい、後で彼も戻るんでいますよー」
「じゃあ、後で行きますー」
ビラを受け取るとそのグループは笑顔で去って行く。
恋も営業スマイルで返事をした。
「はーい、ありがとうございます」
恋は、ふうと一息つくと流川の元へと近寄った。
流川は呼び込みの声を出すわけでもなくビラを黙々と配っていたのだが、女子達に度々群がられていた。
しかし、その対応が素っ気なく相手が戸惑い宣伝とならない為に、少し離れた位置で看板を首から下げてもらっていたのだ。
「流川くん効果だね」
「疲れる」
「あはは、まぁ頑張ってよ。もうちょっと回ったら戻ろ」
群がられていた様子を思い出し、恋は苦笑いを浮かべ残り少ないビラを見た。
と、視線を上げると流川が前方を見ているのに気付く。
「あ」
「え?」
「やぁ」
声を出した流川につられて視線を移動させると、そこには軽く手を挙げている人物がいた。
その長身ぶりの為か見た目の良さか、人垣が割れた先から歩いてくるのは仙道だった。
「仙道さん…」
「さっきぶり」
「さっき?」
笑顔で恋に言葉を向ける仙道に流川は少し眉を寄せた。
仙道は気にした様子もなく流川に答える。
「さっきまで一緒だったんだ。三井さんに攫われちゃったけど。あれからどうなった?」
「どうもなってないです」
「ハハ、嘘下手だなぁ」
恋の答えに仙道はすかさず言葉を返す。
仙道にとって恋の微かな変化は分かりやすかった。
恋は少しの焦りと共に言葉を紡ぐ。
「あの、すみません。教室戻らなきゃならないので」
「流川と宣伝?」
「だったらなんだ」
「いや、楽しそうだなと思って」
笑みを浮かべる仙道のどこか含みのある言い方に流川は踵を返した。
「戻るぞ」
仙道の言葉は宣伝している姿を羨んで言ったのか、はたまたそれぞれの様子に言ったのか。
計り知れない言い方をした仙道に流川は素っ気なかったが、仙道は笑みを返した。
「じゃあ、そろそろ俺も帰ろうかな。恋ちゃん、流川、またな」
ヒラヒラと手を振る仙道に恋はペコリと頭を下げた。
しかし、終始仙道と視線を交わらそうとしない恋に、流川は小さく溜息を吐き視線を彷徨わせた。
「おい」
「ん?」
「あれ食べたい」
流川が一点を見つめて言うので、恋の視線もそこへ移動する。
そこには模擬店があり、サンプルとして描かれた絵に恋は疑問を浮かべた。
「え?何あれ…チョコバナナなの?なんか形が…」
そこには、見慣れたチョコバナナとは違った形や飾り付けが描かれていた。
「盛り付け出来るらしい」
「へー、楽しそうだね。ちょっとだけ寄ろっか」
その看板に近寄り説明書きを見れば、デコレーションが出来るチョコバナナとして売っているようだった。
その物珍しさから恋は興味を引かれ、教室へと足を踏み入れる。
案内された席の前には、飾り付けに使われる為の様々な食材が並んでいた。
「わー、色々あるんだね。流川くんは何にするの?」
サンプルの写真を見ながら、恋はワクワクとした表情で流川を見た。
しかし、流川の返事は素っ気ないものだった。
「普通で良い」
「えー、せっかくだしチョコとか付けたらいいのに」
「じゃあ、お前が作れ」
「え?んーじゃあ…こんな感じで…」
渡されたチョコバナナに恋はどんどんデコレーションを施していく。
数分後出来たチョコバナナを恋が渡すと、流川は微かに好奇の眼差しを向けた。
「…何だこれは」
「流川くんをイメージしてみたの。ここが顔でね、これがボールで…」
恋が説明をしていくと、流川はその内微かに笑みを零した。
「下手くそ」
「え、酷くない!?いや、まぁ私もこの出来はどうかと思うけどさ…。こっちの方がまだマシだから交換する?」
恋が流川用に作ったチョコバナナは、デザインの詰め込みすぎな為かセンスの欠片も感じられず、とても不細工な仕上がりだった。
自身用に作った方は、それよりは幾分マシな仕上がりだった為に提案するが、流川はその不細工なチョコバナナを手に取った。
「これで良い」
「そう…?じゃあ、そろそろ戻ろっか」
恋がチョコバナナを手に立ち上がりそう言うと流川は教室の外を視線で差した。
「あそこ…」
「ん?トリックアート?面白そうだね」
「行くぞ」
「え?ちょ…」
流川はスタスタと歩き出し、トリックアートと看板の出ている教室へと入って行く。
恋は追いかけるしかなく、急いでそこへ入ると狭い教室ながら妙に広く見え、所々に目の錯覚を利用した絵や物があった。
流川が興味深そうに錯覚を体験している様子を見て、恋は流川と共に少しの間その空間を楽しんだのだった。
数分後、教室を出るとまだ少し残る錯覚に恋は満足そうに言った。
「あー、楽しかった」
「そうか」
「ほら、写真で見ると凄くない!?」
恋は、出際に貰ったポラロイドカメラで撮られた写真を封から取り出し流川に見せる。
少し興奮気味な恋の様子に流川は淡々と返した。
「良かったな」
「流川くんは楽しくなかった?」
「いや、楽しかった」
「え?あ、うん、良かった。でも、本当にそろそろ戻らないと怒られるかもね」
「あぁ」
意外にも素直な返事が返ってきて戸惑ってしまった恋だが、時計を見ればそこそこに時間が経っており、そろそろ教室に戻らないとまずいだろう。
歩き出そうとした時、視線に気付き恋は流川を見上げた。
「何?」
「ズレてる」
「え?あ、ありがとう」
恋が元の位置に付け直そうと手を伸ばすよりも早く、流川は恋の頭上にあるカチューシャの位置を整え出す。
そして、ほんの一瞬その手を止めると流川は静かに言った。
「…仙道と何かあったのか」
「…何で?」
「変だった」
「何でもないよー」
「じゃあ、先輩とは」
笑みを浮かべて答えた恋に流川は質問を畳み掛ける。
恋は微かに表情を崩すと歩き出した。
「ほ、ほら!早く戻ろう!」
そう言って、スタスタと急ぎ足の恋に流川は何も言わず続いた。
恋は、微かに頬の熱が上がったのを感じたが気付かぬふりをするのだった。
時刻は18時、無事文化祭も終了し片付けもあらかた終わると、恋は流川に声をかけた。
「ねぇ、流川くんは後夜祭出るの?」
「お前は?」
ゴミを集める恋にゴミを渡すと流川は問い返す。
「出るよ。皆で写真撮りたいし」
「ふーん」
「残るの?」
ゴミ袋の口を閉じる恋は流川の素っ気ない返事に再び問いかけた。
流川は僅かに考えると口を開いた。
「少し。すぐ帰る」
「そっか。あ、じゃあ写真撮ろうよ!」
恋はカメラを取り出すと、まだ扮装したままの流川に笑みを浮かべた。
その言葉にすかさず近くにいたクラスメイトが声を上げる。
「あ、恋だけズルイ!私も写りたいー」
その言葉を皮切りに数人が集まり恋は笑顔を返した。
「じゃあ、皆で撮ろう」
恋は近場にいたクラスメイトにカメラを手渡し配置に着いた。
「行くぞー。ハイチーズ」
掛け声をかけるクラスメイトの声に、恋達はそれぞれポーズを決める。
そこから暫く写真大会が始まり、恋はクラスメイト達と写真を撮っていた。
最後にクラス全員で撮り終えると、一部の者を残し皆は衣装を着替え始めた。
恋は着替えをせず鞄にカメラを仕舞うと、戻ってきた流川に声をかけた。
「現像楽しみだね」
「あぁ」
「あ、そう言えばこれ、渡しておくね。1枚だと思ってたら2枚だったんだよね」
恋は手にした封筒を差し出した。
それはトリックアートの教室で撮った写真だった。
見た時は重なっていて気づかなかったのだが、写真は2枚あり1枚を流川に渡した。
「…おい」
「ん?」
渡していない方の写真をしまっていると声をかけられ恋が顔を上げると、同時にカシャリと機械音が鳴った。
「ちょ、凄くマヌケな顔してたよね、今」
そこには近場に置いてあったポラロイドカメラを向けた流川がいた。
「普段と変わらない」
「それはそれで失礼じゃない!?」
「恋ー、行くよー」
言い返していると友人達が恋に声をかける。
恋は慌てて荷物をかたすと返事をして教室を出ようとする。
「あ、うん。流川くんも行く?」
「帰る」
荷物を手にした流川は欠伸をしながら答えた。
その反応に恋は目を丸くした。
「え?残るんじゃなかったの!?」
「用は済んだ」
「えー?まぁ、何かよくわかんないけど、お疲れー。また明日ね」
「あぁ、またな」
恋は急いで友人達の元へと行く。
流川はそれを見送ると手元にあった写真を手に帰路に着いたのだった。