第十六章
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あれから数日、今日も早朝からバスケ部は練習をしていた。
体育館内に立ち込めていた気迫が落ち着くと、皆が一箇所に集まり終了の挨拶をする。
宮城がキャプテンらしく話している間、恋はどこか上の空だった。
「おい」
「え!?」
突然隣から声をかけられ、恋はハッとして声がした方を見た。
が、すぐに違う方向から声が聞こえた。
「如月-。話ちゃんと聞いてたか?」
そう言ったのは宮城で、初めに声をかけたのは隣にいた流川だった。
皆が一様に恋を見ている。
ぼんやりしていた恋は、宮城が何か話していたのを聞き逃していたのだ。
「あ、えっと、ごめんなさい」
素直に謝る恋を見て、宮城は深く溜息を漏らし口を開いた。
「だからよー、部活は今週いっぱいでとりあえず終了なんだよ。再来週からはテストだし、そのすぐあとは体育祭、文化祭って続くからクラスの練習とか出し物優先にしろ」
「あ、はい」
「んじゃ、朝練はこれで終わりだ」
その言葉を皮切りに皆で挨拶し朝練は終了した。
恋は更衣室で着替えを終えると、急ぎ足で教室を目指す。
階段を上っていると、後方にいた流川が追いつき恋に話しかけてきた。
「どうかしたのか」
恋は、ここ最近ふとした拍子にぼんやりとしている事が多くそれが余程目に付いたのか、流川は珍しくそんな事を口にした。
恋は歩みのスピードを緩めると、慌てて取り繕い笑顔を貼り付けて首を振る。
「ううん、何でもないよ」
流川は恋の様子に、それ以上は聞かずに話題を変えた。
「体育祭、何に出る?」
「あ、今日のホームルームで決めるんだっけ?んー、何にしようかなぁ。流川くんは?」
恋は、昨日のショートホームルームで担任がそんな事を言っていたと思い起こす。
特に希望があるわけでない恋は、答えがすぐに見つからず流川に問い返した。
「余ったやつ」
「流川くんらしいね。その後の文化祭の出し物は何するんだろう?楽しみだよね」
そういうイベント毎にはどこか気分を高揚させる空気があり、恋は流川に笑顔を向けた。
しかし、そんな恋とは対照的に流川は大きく溜息を吐く。
「面倒くさい」
「サボっちゃだめだよ?屋上で寝てたとか…」
流川の実に嫌そうな態度に、恋は眉を顰めて諌める。
普段の授業ですら寝ている事の多い流川が頭を過ぎったのだ。
というよりも、そもそもその前のテストはどうするつもりなのかと不安になった。
確か以前のテストでは追試になっていたはずである。
休み明けの実力テストでも赤点ギリギリを並べていたのを見ている。
そんな恋の不安をよそに、流川は予想もしなかった言葉を続けた。
「なら起こしに来い」
「え!?」
「どあほう」
流川は恋の反応に満足そうに微かな笑みを零した。
恋はハッとして流川を睨む。
「もう、今からかったでしょ!?」
「チャイム」
「まだ鳴ってないし!」
流川は話を逸らしたが、まだチャイムは鳴っていない。
が、恋が反論したと同時にチャイムは鳴り2人の間に沈黙が流れた。
「鳴った」
「アハハ、おっかし…」
冷静に言った流川に恋は笑いを堪えきれなくなった。
何というタイミングだろうか。
そんな恋を見て、流川はフッと笑みを零したかのように見えた。
ひとしきり笑うと2人は急いで教室へと向かうのだった。
テストも終わり、慌ただしく生徒が動き回る姿に校舎内は様変わりした。
テストが終われば、体育祭に文化祭とスケジュールが立て込んでいるのだ。
生徒達はテストの解放感もそこそこに、次の行事の準備に取り掛かる。
恋も同じく日々慌ただしく校内を駆け回っていた。
「やっとここまできたー」
恋は腕を伸ばして机に突っ伏していた。
過密スケジュールをこなしつつ、ついに明日には体育祭、その2日後からは文化祭と日取りを進めてきた。
今は前夜祭という名の集まりがそこかしこの教室で始まっている。
恋のクラスも類に漏れず、教室内でお菓子やジュースが広げられていた。
教師たちも過密スケジュールを痛感しているのか、19時まではスルーしているのが暗黙の了解でもある。
恋は時計に目をやり立ち上がると鞄を手にした。
「恋、もう帰るの?」
「うん。明日から本番だし早く帰って寝たい」
恋は苦笑いを浮かべ、賑わう輪にいる茅那と言葉を交わした。
クラスメイトとの挨拶もそこそこに恋は教室を後にする。
廊下を引きづるような足取りで歩いていると聞き覚えのある音が耳についた。
窓から音のする方角を見ると、バスケットゴールに向かう影が見えた。
よく見ればそれは流川である。
「流川くん」
動きの止まった流川を見て恋は声を出してみた。
きっと聞こえないだろうと思っていたのだが、思いのほか流川は振り返った。
「…何だ、お前か」
流川は恋の姿を確認すると近づいてきた。
「え、ごめん、別に用ない」
恋は慌てて口ごもる。
「なら何で呼んだ」
「流川くんだなーって…。あ、ねぇ、準備途中からサボってなかった?」
「別にサボってはいない。言われた仕事はした」
「あー…うん、まぁそうなんだけど」
流川は、仕事分を動いていたというよりは女子が進んで流川の仕事をしていたので、あまりする事がなかったとも言える。
そして気づけば姿は見えず、早々に帰ってしまったかと思っていたのだが、意外にも校内に残っていたのだ。
ならばクラスの集まりに出ればよいとも思うが、流川がそれに出る姿は余り想像できない。
今は学校行事よりも、バスケの事しか頭にないだろう事は容易に想像ができるのだった。
「帰らないの?」
「如月は?」
「私は今から帰るとこ」
「じゃあ、俺も帰る」
「…じゃあ?」
「ちょっと待ってろ。自転車取ってくる」
「う、うん」
流川は鞄を手にすると駐輪場の方へと歩いて行ってしまい、恋はとりあえず校門まで歩き出す。
程なくして流川は自転車に乗って校門までやってきた。
押して歩く流川の横で恋も歩き出し、空を見上げると夜空が広がっていた。
「はー、すっかり涼しくなったよね」
「あぁ」
「明日は体育祭かぁ…流川くんリレー出るんだよね?アンカーだっけ?」
「あぁ」
「花形だねぇ。またファンの子たちがキャーキャーしそう」
「あぁ」
「…あのさ、流川くん」
「あぁ」
「聞いてる?」
「…聞いてる」
そう流川は答えるが、どこかぼんやりと返事をしているようにしか見えず、恋はとある仮説が浮かんだ。
「…もしかして流川くん、今凄く眠い?」
「あぁ」
その返事に恋は少し呆れてしまう。
先刻からのどこか気の無い返事は眠気と戦っていたからなのだろう。
「やっぱり!ほら、私に付き合わなくていいから、早く自転車乗って帰りなよ!って寝たまま運転しちゃうんだっけ…えぇっと…」
「送る」
「いや、いいよ!眠いなら早く帰って寝た方がいいから」
「送る」
眠そうなのにも関わらず、頑なにそんな主張をする流川に恋は仕方なく妥協案を練るしかない。
「…じゃあ、あの道まででいいから。ね?」
「分かった」
そして少し先の道まで来ると、恋は流川に頭を下げて礼を言った。
「ありがとう。送ってくれて」
「あぁ」
「早く帰って寝なよ」
「あぁ、また明日」
「うん、また明日ね」
「…文化祭…」
「ん?」
「いや、何でもない」
そう言うと、流川は自転車を走らせて行ってしまった。
恋は微かに疑問が頭を掠めるが、すぐに疲れた体に鞭を打ち歩き出したのだった。
快晴の空の下、恋はただひたすらに走っていた。
「…はぁはぁ」
恋は肩で息をしながら校舎裏に走り着いた。
逃げるようにある場から離れたのである。
理由は酷く明快。
とある出来事に見ていられなくなったからだ。
それは、ほんの少し前の話。
体育祭は快晴の中無事開催され、着々と種目は消化されていた。
昼休憩も終わり、午後からの種目が始まる前に応援合戦があった。
クラス対抗で行われる体育祭では、各々のクラスが様々な応援を披露していく。
その中で、三井も応援団の一員である事に初めて恋が気付いたのは今し方の事であった。
長ランにハチマキ、白手袋といういたってシンプルな応援団。
綺麗に揃った掛け声と動きは荒々しさがあり見ごたえがあった。
歓声も上がっていた。
ただ、その中で恋だけは黙ったままたった1人の人物から目が逸らせないでいた。
恋の視線の先にいたのはもちろん三井で、その動き一つ一つに恋の心と視線は、まるで何かに打ち付けられてしまったかのように釘付けになった。
ほんの数分間の出来事が、恋の中では酷く長く感じる程に心が揺さぶられていた。
そして終わるや否や、恋はその場から逃げ出していた。
酷く自身の心臓が脈打っているのは、きっと走ったからだけではないのだろう。
「何でよ…」
恋の顔は赤い。
目を閉じれば三井の姿が反芻する。
心の底から単純に見惚れてしまったのだった。
「いまさらカッコいいとか思わないでよ…」
恋は自身の胸をぎゅっと掴む。
どうしてあんなに輝いて見えたのかなんて分かりきっている。
魔法にでもかかったかのように、恋の視線は釘付けになるしかなかった。
「もうダメだってわかってるのに…」
恋は自身に言い聞かせるように言葉を吐く。
だが何を言っても思っても、恋の心は完全に囚われたままだった。
恋は気持ちが晴れぬまま座席に戻り、気づけば自身が出場する借り物競走の時間となっていた。
競技を待つ間に何とか気持ちを切り替えようとするが、やはりどこか気落ちしたまま順番は回って来た。
恋がピストルの音に走り出し借りる物の紙を開くと、思わず立ち止まってしまった。
中に書かれていたのは『バスケ部の人』。
瞬間、三井の事が思い浮かび頭が真っ白になり立ち止まってしまったのだ。
だが、すぐにクラスメイトの声が聞こえそこへ声を掛けた。
周りを見れば、すでに借り物を手に走り出す者も見受けられ焦りも生じる。
「流川くんいる!?」
その言葉に流川が駆り出され一緒に走り出すと、何とかタッチの差で1位となった。
肩で息をする恋は、隣で涼しい顔で立っている流川に笑みを向け両手を宙に上げた。
「やった!」
流川はそれを見て一拍置いてから恋の手にハイタッチした。
その所作に恋は自然と顔がほころぶ。
それから、順位の場所へ促されている恋に流川は声をかけた。
「俺でよかったのか」
「え?何が?」
「…何でもない」
流川がそのまま座席へと戻り始めると、恋は静かに生徒席を見回した。
バスケ部の人。
恋が流川の名前を直接出したこともあり、指定された物が何かは、ゴールで確認していた生徒以外に伝わってはいないだろう。
周りに知られる要素などないのだが、どこか恋の心は平常を保てなかった。
その為か無意識に恋は三井の姿を探している。
だが、恋の探す範囲に三井の姿はなかった。
そしていよいよ最終種目のリレーの時間となった。
恋のクラスは上位に食い込んでおり、リレーの順位次第では僅差の点数にも希望が見える。
その為、クラスが一丸となり応援していた。
そして最終走者の流川にバトンが回る。
どうやら宮城も最終走者らしく、流川と宮城が競り合って走っている姿が恋の位置からでもはっきりと見える。
懸命に走り続けた2人を待っていたのは同着という順位だった。
クラスメイトからは歓声が上がり、恋も同じく喜んでいた。
そこへクラスメイトの様子に少々呆気にとられ気味の流川が帰ってくると、皆が口々に声をかけていた。
恋も近くに来た流川に声をかける。
「おめでとう!やったね!」
「あぁ」
笑みを浮かべる恋を見ると、流川は両手を軽く胸の前に出した。
意外な動作に驚きつつも、その手に恋はタッチし返すのだった。
そして閉会式へと進み、唯一出ていない応援合戦の得点が発表された。
その結果に、とあるクラスから歓声が上がる。
それは三井のクラスで、それを踏まえ総合得点も発表された。
結果、恋のクラスは優勝を逃したのだが、恋の耳にはすでに届いていなかった。
喜びを見せるクラスの輪の中で微かに見えた三井の姿。
恋の頭には再び三井の姿がフラッシュバックし、何かを抑えるようにギュッと拳を握りしめる。
そんな恋を流川は静かに見つめているのだった。
体育館内に立ち込めていた気迫が落ち着くと、皆が一箇所に集まり終了の挨拶をする。
宮城がキャプテンらしく話している間、恋はどこか上の空だった。
「おい」
「え!?」
突然隣から声をかけられ、恋はハッとして声がした方を見た。
が、すぐに違う方向から声が聞こえた。
「如月-。話ちゃんと聞いてたか?」
そう言ったのは宮城で、初めに声をかけたのは隣にいた流川だった。
皆が一様に恋を見ている。
ぼんやりしていた恋は、宮城が何か話していたのを聞き逃していたのだ。
「あ、えっと、ごめんなさい」
素直に謝る恋を見て、宮城は深く溜息を漏らし口を開いた。
「だからよー、部活は今週いっぱいでとりあえず終了なんだよ。再来週からはテストだし、そのすぐあとは体育祭、文化祭って続くからクラスの練習とか出し物優先にしろ」
「あ、はい」
「んじゃ、朝練はこれで終わりだ」
その言葉を皮切りに皆で挨拶し朝練は終了した。
恋は更衣室で着替えを終えると、急ぎ足で教室を目指す。
階段を上っていると、後方にいた流川が追いつき恋に話しかけてきた。
「どうかしたのか」
恋は、ここ最近ふとした拍子にぼんやりとしている事が多くそれが余程目に付いたのか、流川は珍しくそんな事を口にした。
恋は歩みのスピードを緩めると、慌てて取り繕い笑顔を貼り付けて首を振る。
「ううん、何でもないよ」
流川は恋の様子に、それ以上は聞かずに話題を変えた。
「体育祭、何に出る?」
「あ、今日のホームルームで決めるんだっけ?んー、何にしようかなぁ。流川くんは?」
恋は、昨日のショートホームルームで担任がそんな事を言っていたと思い起こす。
特に希望があるわけでない恋は、答えがすぐに見つからず流川に問い返した。
「余ったやつ」
「流川くんらしいね。その後の文化祭の出し物は何するんだろう?楽しみだよね」
そういうイベント毎にはどこか気分を高揚させる空気があり、恋は流川に笑顔を向けた。
しかし、そんな恋とは対照的に流川は大きく溜息を吐く。
「面倒くさい」
「サボっちゃだめだよ?屋上で寝てたとか…」
流川の実に嫌そうな態度に、恋は眉を顰めて諌める。
普段の授業ですら寝ている事の多い流川が頭を過ぎったのだ。
というよりも、そもそもその前のテストはどうするつもりなのかと不安になった。
確か以前のテストでは追試になっていたはずである。
休み明けの実力テストでも赤点ギリギリを並べていたのを見ている。
そんな恋の不安をよそに、流川は予想もしなかった言葉を続けた。
「なら起こしに来い」
「え!?」
「どあほう」
流川は恋の反応に満足そうに微かな笑みを零した。
恋はハッとして流川を睨む。
「もう、今からかったでしょ!?」
「チャイム」
「まだ鳴ってないし!」
流川は話を逸らしたが、まだチャイムは鳴っていない。
が、恋が反論したと同時にチャイムは鳴り2人の間に沈黙が流れた。
「鳴った」
「アハハ、おっかし…」
冷静に言った流川に恋は笑いを堪えきれなくなった。
何というタイミングだろうか。
そんな恋を見て、流川はフッと笑みを零したかのように見えた。
ひとしきり笑うと2人は急いで教室へと向かうのだった。
***
テストも終わり、慌ただしく生徒が動き回る姿に校舎内は様変わりした。
テストが終われば、体育祭に文化祭とスケジュールが立て込んでいるのだ。
生徒達はテストの解放感もそこそこに、次の行事の準備に取り掛かる。
恋も同じく日々慌ただしく校内を駆け回っていた。
「やっとここまできたー」
恋は腕を伸ばして机に突っ伏していた。
過密スケジュールをこなしつつ、ついに明日には体育祭、その2日後からは文化祭と日取りを進めてきた。
今は前夜祭という名の集まりがそこかしこの教室で始まっている。
恋のクラスも類に漏れず、教室内でお菓子やジュースが広げられていた。
教師たちも過密スケジュールを痛感しているのか、19時まではスルーしているのが暗黙の了解でもある。
恋は時計に目をやり立ち上がると鞄を手にした。
「恋、もう帰るの?」
「うん。明日から本番だし早く帰って寝たい」
恋は苦笑いを浮かべ、賑わう輪にいる茅那と言葉を交わした。
クラスメイトとの挨拶もそこそこに恋は教室を後にする。
廊下を引きづるような足取りで歩いていると聞き覚えのある音が耳についた。
窓から音のする方角を見ると、バスケットゴールに向かう影が見えた。
よく見ればそれは流川である。
「流川くん」
動きの止まった流川を見て恋は声を出してみた。
きっと聞こえないだろうと思っていたのだが、思いのほか流川は振り返った。
「…何だ、お前か」
流川は恋の姿を確認すると近づいてきた。
「え、ごめん、別に用ない」
恋は慌てて口ごもる。
「なら何で呼んだ」
「流川くんだなーって…。あ、ねぇ、準備途中からサボってなかった?」
「別にサボってはいない。言われた仕事はした」
「あー…うん、まぁそうなんだけど」
流川は、仕事分を動いていたというよりは女子が進んで流川の仕事をしていたので、あまりする事がなかったとも言える。
そして気づけば姿は見えず、早々に帰ってしまったかと思っていたのだが、意外にも校内に残っていたのだ。
ならばクラスの集まりに出ればよいとも思うが、流川がそれに出る姿は余り想像できない。
今は学校行事よりも、バスケの事しか頭にないだろう事は容易に想像ができるのだった。
「帰らないの?」
「如月は?」
「私は今から帰るとこ」
「じゃあ、俺も帰る」
「…じゃあ?」
「ちょっと待ってろ。自転車取ってくる」
「う、うん」
流川は鞄を手にすると駐輪場の方へと歩いて行ってしまい、恋はとりあえず校門まで歩き出す。
程なくして流川は自転車に乗って校門までやってきた。
押して歩く流川の横で恋も歩き出し、空を見上げると夜空が広がっていた。
「はー、すっかり涼しくなったよね」
「あぁ」
「明日は体育祭かぁ…流川くんリレー出るんだよね?アンカーだっけ?」
「あぁ」
「花形だねぇ。またファンの子たちがキャーキャーしそう」
「あぁ」
「…あのさ、流川くん」
「あぁ」
「聞いてる?」
「…聞いてる」
そう流川は答えるが、どこかぼんやりと返事をしているようにしか見えず、恋はとある仮説が浮かんだ。
「…もしかして流川くん、今凄く眠い?」
「あぁ」
その返事に恋は少し呆れてしまう。
先刻からのどこか気の無い返事は眠気と戦っていたからなのだろう。
「やっぱり!ほら、私に付き合わなくていいから、早く自転車乗って帰りなよ!って寝たまま運転しちゃうんだっけ…えぇっと…」
「送る」
「いや、いいよ!眠いなら早く帰って寝た方がいいから」
「送る」
眠そうなのにも関わらず、頑なにそんな主張をする流川に恋は仕方なく妥協案を練るしかない。
「…じゃあ、あの道まででいいから。ね?」
「分かった」
そして少し先の道まで来ると、恋は流川に頭を下げて礼を言った。
「ありがとう。送ってくれて」
「あぁ」
「早く帰って寝なよ」
「あぁ、また明日」
「うん、また明日ね」
「…文化祭…」
「ん?」
「いや、何でもない」
そう言うと、流川は自転車を走らせて行ってしまった。
恋は微かに疑問が頭を掠めるが、すぐに疲れた体に鞭を打ち歩き出したのだった。
***
快晴の空の下、恋はただひたすらに走っていた。
「…はぁはぁ」
恋は肩で息をしながら校舎裏に走り着いた。
逃げるようにある場から離れたのである。
理由は酷く明快。
とある出来事に見ていられなくなったからだ。
それは、ほんの少し前の話。
体育祭は快晴の中無事開催され、着々と種目は消化されていた。
昼休憩も終わり、午後からの種目が始まる前に応援合戦があった。
クラス対抗で行われる体育祭では、各々のクラスが様々な応援を披露していく。
その中で、三井も応援団の一員である事に初めて恋が気付いたのは今し方の事であった。
長ランにハチマキ、白手袋といういたってシンプルな応援団。
綺麗に揃った掛け声と動きは荒々しさがあり見ごたえがあった。
歓声も上がっていた。
ただ、その中で恋だけは黙ったままたった1人の人物から目が逸らせないでいた。
恋の視線の先にいたのはもちろん三井で、その動き一つ一つに恋の心と視線は、まるで何かに打ち付けられてしまったかのように釘付けになった。
ほんの数分間の出来事が、恋の中では酷く長く感じる程に心が揺さぶられていた。
そして終わるや否や、恋はその場から逃げ出していた。
酷く自身の心臓が脈打っているのは、きっと走ったからだけではないのだろう。
「何でよ…」
恋の顔は赤い。
目を閉じれば三井の姿が反芻する。
心の底から単純に見惚れてしまったのだった。
「いまさらカッコいいとか思わないでよ…」
恋は自身の胸をぎゅっと掴む。
どうしてあんなに輝いて見えたのかなんて分かりきっている。
魔法にでもかかったかのように、恋の視線は釘付けになるしかなかった。
「もうダメだってわかってるのに…」
恋は自身に言い聞かせるように言葉を吐く。
だが何を言っても思っても、恋の心は完全に囚われたままだった。
恋は気持ちが晴れぬまま座席に戻り、気づけば自身が出場する借り物競走の時間となっていた。
競技を待つ間に何とか気持ちを切り替えようとするが、やはりどこか気落ちしたまま順番は回って来た。
恋がピストルの音に走り出し借りる物の紙を開くと、思わず立ち止まってしまった。
中に書かれていたのは『バスケ部の人』。
瞬間、三井の事が思い浮かび頭が真っ白になり立ち止まってしまったのだ。
だが、すぐにクラスメイトの声が聞こえそこへ声を掛けた。
周りを見れば、すでに借り物を手に走り出す者も見受けられ焦りも生じる。
「流川くんいる!?」
その言葉に流川が駆り出され一緒に走り出すと、何とかタッチの差で1位となった。
肩で息をする恋は、隣で涼しい顔で立っている流川に笑みを向け両手を宙に上げた。
「やった!」
流川はそれを見て一拍置いてから恋の手にハイタッチした。
その所作に恋は自然と顔がほころぶ。
それから、順位の場所へ促されている恋に流川は声をかけた。
「俺でよかったのか」
「え?何が?」
「…何でもない」
流川がそのまま座席へと戻り始めると、恋は静かに生徒席を見回した。
バスケ部の人。
恋が流川の名前を直接出したこともあり、指定された物が何かは、ゴールで確認していた生徒以外に伝わってはいないだろう。
周りに知られる要素などないのだが、どこか恋の心は平常を保てなかった。
その為か無意識に恋は三井の姿を探している。
だが、恋の探す範囲に三井の姿はなかった。
そしていよいよ最終種目のリレーの時間となった。
恋のクラスは上位に食い込んでおり、リレーの順位次第では僅差の点数にも希望が見える。
その為、クラスが一丸となり応援していた。
そして最終走者の流川にバトンが回る。
どうやら宮城も最終走者らしく、流川と宮城が競り合って走っている姿が恋の位置からでもはっきりと見える。
懸命に走り続けた2人を待っていたのは同着という順位だった。
クラスメイトからは歓声が上がり、恋も同じく喜んでいた。
そこへクラスメイトの様子に少々呆気にとられ気味の流川が帰ってくると、皆が口々に声をかけていた。
恋も近くに来た流川に声をかける。
「おめでとう!やったね!」
「あぁ」
笑みを浮かべる恋を見ると、流川は両手を軽く胸の前に出した。
意外な動作に驚きつつも、その手に恋はタッチし返すのだった。
そして閉会式へと進み、唯一出ていない応援合戦の得点が発表された。
その結果に、とあるクラスから歓声が上がる。
それは三井のクラスで、それを踏まえ総合得点も発表された。
結果、恋のクラスは優勝を逃したのだが、恋の耳にはすでに届いていなかった。
喜びを見せるクラスの輪の中で微かに見えた三井の姿。
恋の頭には再び三井の姿がフラッシュバックし、何かを抑えるようにギュッと拳を握りしめる。
そんな恋を流川は静かに見つめているのだった。