第十五章
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あれから夏休みはあっという間に過ぎていき新学期が始まった。
恋の生活も、以降は平凡に過ぎていき特別変わったこともない。
強いて言えば、流川が部活に復帰した事くらいだろう。
そんな日がな一日を過ごす為、今日も恋はいそいそと着替えていた。
恋は、ペンとタオルなど部活に必要な物を手早く持つと体育館に向かった。
目的地に着くと、先に寄った職員室から持ち出した鍵を使い、手慣れた手つきで扉を開ける。
ゆっくり開けた扉の向こうは熱気がこもり、ムワッと生暖かい空気が一気に恋の体にまとわりついた。
恋はその不快さに顔をしかめ、急いで窓や残りの扉を開けていく。
2階に上がり、端から順に窓を開けていると誰かが入ってきたらしく声がした。
「チューッス」
体育館に響いた声にハッとした恋は、窓を開けていた手を止め下を覗き込む。
そこには、恋と同じ様に熱気に顔をしかめる三井がいた。
見た瞬間、恋は慌ててゴールの裏にしゃがみ込み三井から見えない様に隠れた。
三井は恋が隠れたのに気付いていないのかボールを運んでいる。
そして、ダムダムとボールの弾む音が聞こえ始め恋はゴールの裏からチラリと下を覗き込んだ。
そこには三井が反対側のゴールに向かってボールを放っている姿があり、それを恋はジッと見つめていた。
否、見つめると言うよりは見惚れていた。
皆の練習姿を見ていてもここまで心がざわつく事はなく、それだけ恋が三井を特別視しているわけだが近寄る事は出来ない。
お互いを拒否した2人だからこそ、易々と近寄るのは恋にも三井にも酷な話で出来なかったのだ。
それを三井もわかっていたのだろう。
海へ行った日以降、暫くは三井と普通の会話ができる様になった。
しかし、2人の間には目に見えない一定の距離があった。
それを感じた恋はだんだんと三井に話しかけなくなってしまった。
恋は三井に気を遣わせているのが嫌だった。
三井の優しさに過剰反応する事はなくなったが、気を遣えばお互いに疲れてしまう。
だからか、三井からも話しかけてくる事は徐々に減り、今ではまた元の2人の様な関係になっている。
恋は、近頃三井が何を考えているのかますます分からなくなっていた。
単純そうに見えて案外そうではないのか何なのか、急に以前のような態度になられ戸惑いが生まれた。
自身が発端でありながらも、それには寂しく感じる矛盾と身勝手さを恋は痛感していた。
何より、三井は恋に触れなくなった。
ただ、 必要最低限な会話と多少の日常会話をする程度。
暫く続いた険悪な雰囲気は今ではないが、だからと言ってそれより以前と全く同じとも言えない。
ますます複雑になったと言えるだろう状況を思い起こし、恋は思わず溜息を漏らした。
と、気付けばボールの弾む音はしなくなっており、下を見れば三井が恋を見つめたいた。
恋はすでにゴールの後ろからはみ出してしゃがみ込んでいたのだ。
「何してんだ、そこで」
「え?あ、窓を…」
「なら早く開けろ。皆もう来るぞ」
「はい」
それだけ言うと三井は再び練習を始め、恋は慌てて残りの窓を開けていく。
すぐに他の部員達もやって来て恋は駆け出した。
三井はそんな恋の後ろ姿をそっと見ているのだった。
部活の休憩中、宮城がグビグビとスポーツ飲料を喉に流して一息つくと、突然誰に言うでもなく話し始めた。
「2学期つったら体育祭と文化祭だよな」
周りは宮城を見ると答えに迷っていたが、ただ1人、三井が額から流れる汗をタオルで拭きながら口を開いた。
「それよりも選抜だろうが」
「そんなんわーってらい!それ以外のイベントの話」
「そもそも中間期末のテストが問題じゃないの。赤点なんて取るんじゃないわよ!」
「クリスマスもありますけど、選抜でそれどころじゃなさそうですよね」
続けて彩子と晴子が会話に加わる。
宮城の何も脈絡があるとは思えなかった会話が周りに広がった。
そして彩子はハァと溜息を吐き言った。
「2学期って忙しいわよねぇ」
「アヤちゃん!一緒に文化祭回ろうよ!」
宮城はまたも唐突に彩子に近寄り言った。
しかし、彩子はキョトンとした顔で宮城を見返す。
「は?何でよ?」
「じゃ、じゃあ初詣とかは?」
「皆で行くのは良いかもしれないわね」
「え!?あ、じゃあ…」
宮城は次々と必死に彩子を誘っていた。
目白押しなイベントの中で、二人の思い出を作りたいという宮城の魂胆が目に見えている。
しかし、彩子は何かに理由をつけて断っており、結果全てを断られた宮城は頭を垂れていた。
恋はそんなやり取りをただぼんやりと聞いていた。
水分補給をした三井は隣にいた恋に静かに話しかける。
「なぁ、如月」
「はい?」
「お前は…」
「いいよなぁ、如月は!彼氏と仲良く過ごすんだろ」
三井が何かを言いかけた時、宮城が恋を睨んで話に割り込んだ。
「彼氏って何ですか?」
「あぁ?いんだろ、カッコいい彼氏がよー」
キョトンとする恋をよそに、宮城はますます恋を恨めしそうに見て不貞腐れていた。
恋は意味が分からず首を捻った。
「私、彼氏とかいないんですけど」
「はぁ?仙道が彼氏じゃねぇの?」
「…えぇ!?」
恋は驚き思わず声が裏返った。
突然出た名前に恋は焦ってしまうが、周りを見れば皆一様に恋を見ている。
その眼差しから皆に知れ渡っている話題だと悟った。
「海で一緒に帰ったんだろ?迎えに来たんじゃねぇの?」
「帰りましたけど、たまたまで…てか、何で知ってるんですか!?」
恋は宮城がその事を知っている事に驚いていた。
あの時、おぼれたのと仙道に会っていた事は三井以外は知らない事のはずだ。
宮城は不思議そうに恋を見返した。
「は?三井さんが言ってたぜ」
「っ!?」
その発言に恋はバッと三井を睨んだ。
三井は少したじろいだ様子で言葉に詰まる。
「いや、俺はただ…」
「最悪です」
恋は勘違いしたまま三井から視線を外した。
三井があの時の事を皆に言いふらし、そんな噂が出回ったのだと思ったのだ。
恋はバッと立ち上がりその場を離れ、次に使う紅白戦用のビブスを用意し始めた。
「おい」
と、そこへ流川がボールを手にしたまま話しかけてきた。
1人練習を再開していたらしく額には汗が滲んでいる。
まだ怒りが収まらない恋は荒々しく返事をした。
「何!?」
「彼氏なのか」
流川は恋の態度を気にしていないみたいだが、その言葉に恋は更にムッとした表情で言った。
「は?だから彼氏なんかいないよ!」
「そうか」
恋がきつく返した言葉に、何故か流川の表情が和らいだ気がした。
恋は怪訝そうに眉を寄せ流川を見上げた。
「何?」
「別に」
何となく流川がそれしか言いそうにない事を察知し、恋は白々しいほどに溜息を吐いた。
「何で勝手にこんな噂流すのかな…」
「自業自得」
「え?」
「実際仲良いだろ、お前ら」
「それは…」
流川の言葉に恋は言い返す事が出来なかった。
事実、仙道とは仲が良い方だろうとは思う。
一夜限りの関係もあったし、デートと呼べるものもしているがそれ以上のハッキリとした関係ではない。
複雑と言えば複雑な関係といえるだろう。
「俺には関係ない」
「何か…機嫌悪い?」
流川は恋を見ずにぶっきらぼうに言った。
流川は恋の言葉には答えずコートの方へと歩いて行く。
「ちょ!?」
「アンタに惚れると大変だな」
「へ?」
「どあほう」
「ちょ、流川くん!?」
流川はそのまま自主練習を再開してしまった。
暫くして他のメンバーも加わり部活は再開された。
今日の部活も終わり、恋は帰ろうと廊下を歩いていた。
そして玄関に出た所で疲れた体をコキコキと鳴らし勢いよく伸びをした。
と、何かが拳にあたり驚いて振り返る。
するとそこには三井が顎を押さえ蹲っていた。
「いってぇ」
「え!?ごめんなさっ」
恋は慌ててしゃがみ込んで謝った。
三井は恋の拳がもろに入ったようですぐに立ち上がれない。
だが、三井は苦痛の表情をしながらも小さく声を絞り出した。
「いや、俺が声かけなかったのが悪い」
「あの…何か用ですか?」
三井がゆっくり立ち上がったので、それに倣って立ち上がりながら恋は問う。
何故三井が真後ろにいたのかも、声をかける必要があったのかも分からないのだ。
三井はジッと恋を見て静かに言った。
「今日は悪かった」
「え?」
「普通に宮城たちに話しただけなのに、あんな風に伝わるとは思ってなかった」
三井が静かにかつ、気まずそうに言う。
恋は自身の表情が消えていくのを感じた。
「あぁ…はい。けど、もう余計なことは言わないでくださいね」
冷たく言い放つような口調の恋に、三井は特に反応もしない。
ただ、静かに謝っただけだった。
「…あぁ、悪かった。じゃあな」
「はい。…先輩はまだ帰らないんですか?」
恋はそんな三井に思わず話しかけてしまった。
突き放すわりに、そのまま引かれると追いかけたくなる矛盾に恋の胸はざわつく。
あまりにも身勝手な言動。
しかし、それには蓋をして気付かぬふりをした。
自身の中の矛盾が抑えきれず溢れ出してきている。
三井も恋がそんな事を聞くので、少し驚き言いづらそうに口を開いた。
「…一緒に帰りたくねぇだろ」
「それは…」
「じゃあな」
「あ、あの」
恋は再び引きとめてしまった。
自身でも無意識のうちに声をかけてしまったのだ。
なんて意志が弱いのだろうと思わずにはいられない。
三井を見れば思った通り複雑そうな顔をして振り返っていた。
「何だ?」
「一緒に帰っても大丈…」
言って恋はハッとした。
口から出た言葉は矛盾以外の何物でもない。
恋自身予想外な言葉だった。
あれだけ冷たく拒絶していた恋はどこに行ってしまったのか。
どうしてこんなに身勝手なのか。
傍から見れば苛立ちすら覚えるような言動。
恋は自身を持て余してしまっていた。
しかし三井はそんな恋の心境は知らず眉を寄せる。
「は?」
「えっ…ど…どうせ帰り道は一緒ですから。変に気遣われるのもなんか…」
恋は動揺を悟られまいと必死に毅然とした態度を取ろうとした。
余計な気遣いは不要だと自身に言い聞かせるように発した言葉だったが、三井は微かに首を左右に振った。
「気ぃ遣わなきゃお前を傷つけるだろ」
「それは…」
「まぁ、遣いきれてねぇから傷つけてんだろうけどな…」
三井は自嘲気味に吐き捨てる。
恋はもう言葉が続かなかった。
今更ながらに気付いてしまったのだ。
恋自身が傷付いたように三井自身も傷付いていた。
お互いがお互いを少なからず傷付けてしまっていた。
これ以上傷付けまいとする三井の頑なな想いが見えてしまった。
三井の次の言葉はそれを決定づけるには十分だった。
「安心しろよ。もう傷つけねぇから」
「え?」
「だからあんま近寄るな。俺も用がない限り近寄らねぇし、それが一番お互いの為に良いだろ。ただ俺はバカだから、やっぱり如月を知らねぇ内にまた傷つけるかもしんねぇ。言う資格ねぇかもしんねぇけど、俺は如月が泣く顔もう見たくねぇんだよ。だから、あんま近寄んねぇでくれ」
苦笑いを浮かべて言う三井に比べ、恋は頭を鈍器で殴られたような感覚に陥った。
自分自身が望んだ結果、三井は考え抜いてこう言ったのだろう。
それなのに、自身の愚かな言動が三井にここまで言わせてしまった。
言葉が出てこない。
三井はそんな恋を見て踵を返し歩いて行く。
1人残された恋はもう何も考えられないでいた。
恋は翌朝、ボールを手にし陽の上がりきっていない公園に来ていた。
そしてバスケットゴールに向かいボールを放つ。
何度となく繰り返せば、やがて肩は上がらなくなった。
昨日の放課後、三井に言われた言葉は頭から離れずにいた。
自身の愚かさに吐き気がする程に気持ちは落ちている。
泣きそうなのに涙は一滴も出てこない。
気を紛らわせるようにボールをゴールに放つ。
気持ちが不安定なまま放ったボールは、一度もゴールを潜ることはなかった。
上がらない肩を押さえ恋はその場に蹲る。
肩で息をして痛みに耐えるが涙はこの時も出ない。
「恋ちゃん?」
恋は声がした方を振り返った。
そこには仙道が釣り竿とバケツ片手に立っていた。
「…また肩やったのか?」
仙道は苦笑いを浮かべて公園を出て行った。
そしてしばらくするとミネラルウォーターを手にし戻って来た。
「はい。冷やした方が良いだろ」
「ありがとうございます」
「また三井さん?」
「え?」
「そんな顔するの、三井さん絡みぐらいじゃないか?」
仙道はクスッと笑いその場に座り込んだ。
恋は渡されたミネラルウォーターを少し服から出した肩に当てた。
ひんやりとした冷たさが肩の熱を奪っていく。
「何かされたの?」
仙道の言葉に恋は首を左右に振った。
仙道は恋の頭をポンポンと叩き言った。
「何か言われたんだ?また…慰めようか?」
茶化すように言う仙道に恋は力いっぱい首を左右に振った。
仙道はキョトンとして恋を見返した。
「恋ちゃん?」
「…それはできません」
「そう。残念」
仙道はあまり残念がる様子もなくそんな事を言った。
恋は俯き、か細い声で呟いた。
「私バカでした」
「どうして?」
「私、三井先輩を傷つけてました。自分だけ傷ついたみたいにしてたけど違ったんです」
「うん。それで?」
仙道は恋の言葉を静かに促した。
恋は暫く沈黙して苦しそうに吐き出した。
「先輩に言わせちゃったんです。私が気付いておかなきゃいけないことをわざわざ言わせたんです」
「うん」
「私もう先輩にどんな顔したらいいかわからないっ」
語尾は泣きそうなのか強く切る恋を見て、仙道は実に簡単だとでもいうように言ってのけた。
「普通でいいんじゃない?それを三井さんは望んでると思うけど」
「その普通がわからないんですっ。前みたいにしようって考えてみても何か違って苦しくて」
「だから言ったのに」
「え?」
仙道の声に恋は俯いていた顔を上げた。
少し呆れたような笑みを浮かべている仙道と視線が交わる。
「恋ちゃんは三井さんじゃなきゃダメなんだって」
「それは今関係な…」
「それだけ好きだから必死になるんだろ?」
「それは…」
「素直になったら?変に取り繕うからおかしくなるんだよ」
「でもっ」
言いたい事は理解できるがそれが出来ないのだ。
まるで聞き分けのない子供みたいに食い下がる恋に、仙道は笑みを消して言った。
「それでも違う?それならさ、俺と付き合わない?」
「え?」
「ちなみに冗談じゃなく真剣に言ってるから」
事実、仙道は真面目な顔をして恋を見つめていた。
その瞳に恋は思わずドキリとして視線を逸らす。
そして視線を泳がせたまま聞いた。
「なっ…んで…」
「俺は好きでもない子に、ここまで親身にはならないよ。面倒だろ?」
「でも」
「俺は恋ちゃんが好きだよ。俺にするなら俺しか見えなくさせてあげる。まぁ、断られても今までの関係のままでいいよ、俺は。恋ちゃんが良いのならの話だけど」
仙道はニコリと笑みを浮かべて最後は茶化すように言った。
恋は、それにすぐ反応出来ずにただ押し黙っていた。
見かねた仙道は立ち上がり服についた砂をぱんぱんと叩いた。
「別にすぐに返事は要求しないから。でも、一度ちゃんと考えて?答えが出るまで待つよ。…もうこんな時間か。じゃあね。ちゃんと帰りなよ?それとも送ろうか?」
優しく問いかける仙道に恋は首を左右に振った。
それを確認して仙道は手にバケツと釣竿を持った。
「じゃあ、またね」
仙道は、恋の頭にポンッと手を置くとすぐに離して立ち去った。
恋は仙道を見ることすら出来ずに、ただその場で地面を見つめているのだった。
→第十六章
恋の生活も、以降は平凡に過ぎていき特別変わったこともない。
強いて言えば、流川が部活に復帰した事くらいだろう。
そんな日がな一日を過ごす為、今日も恋はいそいそと着替えていた。
恋は、ペンとタオルなど部活に必要な物を手早く持つと体育館に向かった。
目的地に着くと、先に寄った職員室から持ち出した鍵を使い、手慣れた手つきで扉を開ける。
ゆっくり開けた扉の向こうは熱気がこもり、ムワッと生暖かい空気が一気に恋の体にまとわりついた。
恋はその不快さに顔をしかめ、急いで窓や残りの扉を開けていく。
2階に上がり、端から順に窓を開けていると誰かが入ってきたらしく声がした。
「チューッス」
体育館に響いた声にハッとした恋は、窓を開けていた手を止め下を覗き込む。
そこには、恋と同じ様に熱気に顔をしかめる三井がいた。
見た瞬間、恋は慌ててゴールの裏にしゃがみ込み三井から見えない様に隠れた。
三井は恋が隠れたのに気付いていないのかボールを運んでいる。
そして、ダムダムとボールの弾む音が聞こえ始め恋はゴールの裏からチラリと下を覗き込んだ。
そこには三井が反対側のゴールに向かってボールを放っている姿があり、それを恋はジッと見つめていた。
否、見つめると言うよりは見惚れていた。
皆の練習姿を見ていてもここまで心がざわつく事はなく、それだけ恋が三井を特別視しているわけだが近寄る事は出来ない。
お互いを拒否した2人だからこそ、易々と近寄るのは恋にも三井にも酷な話で出来なかったのだ。
それを三井もわかっていたのだろう。
海へ行った日以降、暫くは三井と普通の会話ができる様になった。
しかし、2人の間には目に見えない一定の距離があった。
それを感じた恋はだんだんと三井に話しかけなくなってしまった。
恋は三井に気を遣わせているのが嫌だった。
三井の優しさに過剰反応する事はなくなったが、気を遣えばお互いに疲れてしまう。
だからか、三井からも話しかけてくる事は徐々に減り、今ではまた元の2人の様な関係になっている。
恋は、近頃三井が何を考えているのかますます分からなくなっていた。
単純そうに見えて案外そうではないのか何なのか、急に以前のような態度になられ戸惑いが生まれた。
自身が発端でありながらも、それには寂しく感じる矛盾と身勝手さを恋は痛感していた。
何より、三井は恋に触れなくなった。
ただ、 必要最低限な会話と多少の日常会話をする程度。
暫く続いた険悪な雰囲気は今ではないが、だからと言ってそれより以前と全く同じとも言えない。
ますます複雑になったと言えるだろう状況を思い起こし、恋は思わず溜息を漏らした。
と、気付けばボールの弾む音はしなくなっており、下を見れば三井が恋を見つめたいた。
恋はすでにゴールの後ろからはみ出してしゃがみ込んでいたのだ。
「何してんだ、そこで」
「え?あ、窓を…」
「なら早く開けろ。皆もう来るぞ」
「はい」
それだけ言うと三井は再び練習を始め、恋は慌てて残りの窓を開けていく。
すぐに他の部員達もやって来て恋は駆け出した。
三井はそんな恋の後ろ姿をそっと見ているのだった。
部活の休憩中、宮城がグビグビとスポーツ飲料を喉に流して一息つくと、突然誰に言うでもなく話し始めた。
「2学期つったら体育祭と文化祭だよな」
周りは宮城を見ると答えに迷っていたが、ただ1人、三井が額から流れる汗をタオルで拭きながら口を開いた。
「それよりも選抜だろうが」
「そんなんわーってらい!それ以外のイベントの話」
「そもそも中間期末のテストが問題じゃないの。赤点なんて取るんじゃないわよ!」
「クリスマスもありますけど、選抜でそれどころじゃなさそうですよね」
続けて彩子と晴子が会話に加わる。
宮城の何も脈絡があるとは思えなかった会話が周りに広がった。
そして彩子はハァと溜息を吐き言った。
「2学期って忙しいわよねぇ」
「アヤちゃん!一緒に文化祭回ろうよ!」
宮城はまたも唐突に彩子に近寄り言った。
しかし、彩子はキョトンとした顔で宮城を見返す。
「は?何でよ?」
「じゃ、じゃあ初詣とかは?」
「皆で行くのは良いかもしれないわね」
「え!?あ、じゃあ…」
宮城は次々と必死に彩子を誘っていた。
目白押しなイベントの中で、二人の思い出を作りたいという宮城の魂胆が目に見えている。
しかし、彩子は何かに理由をつけて断っており、結果全てを断られた宮城は頭を垂れていた。
恋はそんなやり取りをただぼんやりと聞いていた。
水分補給をした三井は隣にいた恋に静かに話しかける。
「なぁ、如月」
「はい?」
「お前は…」
「いいよなぁ、如月は!彼氏と仲良く過ごすんだろ」
三井が何かを言いかけた時、宮城が恋を睨んで話に割り込んだ。
「彼氏って何ですか?」
「あぁ?いんだろ、カッコいい彼氏がよー」
キョトンとする恋をよそに、宮城はますます恋を恨めしそうに見て不貞腐れていた。
恋は意味が分からず首を捻った。
「私、彼氏とかいないんですけど」
「はぁ?仙道が彼氏じゃねぇの?」
「…えぇ!?」
恋は驚き思わず声が裏返った。
突然出た名前に恋は焦ってしまうが、周りを見れば皆一様に恋を見ている。
その眼差しから皆に知れ渡っている話題だと悟った。
「海で一緒に帰ったんだろ?迎えに来たんじゃねぇの?」
「帰りましたけど、たまたまで…てか、何で知ってるんですか!?」
恋は宮城がその事を知っている事に驚いていた。
あの時、おぼれたのと仙道に会っていた事は三井以外は知らない事のはずだ。
宮城は不思議そうに恋を見返した。
「は?三井さんが言ってたぜ」
「っ!?」
その発言に恋はバッと三井を睨んだ。
三井は少したじろいだ様子で言葉に詰まる。
「いや、俺はただ…」
「最悪です」
恋は勘違いしたまま三井から視線を外した。
三井があの時の事を皆に言いふらし、そんな噂が出回ったのだと思ったのだ。
恋はバッと立ち上がりその場を離れ、次に使う紅白戦用のビブスを用意し始めた。
「おい」
と、そこへ流川がボールを手にしたまま話しかけてきた。
1人練習を再開していたらしく額には汗が滲んでいる。
まだ怒りが収まらない恋は荒々しく返事をした。
「何!?」
「彼氏なのか」
流川は恋の態度を気にしていないみたいだが、その言葉に恋は更にムッとした表情で言った。
「は?だから彼氏なんかいないよ!」
「そうか」
恋がきつく返した言葉に、何故か流川の表情が和らいだ気がした。
恋は怪訝そうに眉を寄せ流川を見上げた。
「何?」
「別に」
何となく流川がそれしか言いそうにない事を察知し、恋は白々しいほどに溜息を吐いた。
「何で勝手にこんな噂流すのかな…」
「自業自得」
「え?」
「実際仲良いだろ、お前ら」
「それは…」
流川の言葉に恋は言い返す事が出来なかった。
事実、仙道とは仲が良い方だろうとは思う。
一夜限りの関係もあったし、デートと呼べるものもしているがそれ以上のハッキリとした関係ではない。
複雑と言えば複雑な関係といえるだろう。
「俺には関係ない」
「何か…機嫌悪い?」
流川は恋を見ずにぶっきらぼうに言った。
流川は恋の言葉には答えずコートの方へと歩いて行く。
「ちょ!?」
「アンタに惚れると大変だな」
「へ?」
「どあほう」
「ちょ、流川くん!?」
流川はそのまま自主練習を再開してしまった。
暫くして他のメンバーも加わり部活は再開された。
今日の部活も終わり、恋は帰ろうと廊下を歩いていた。
そして玄関に出た所で疲れた体をコキコキと鳴らし勢いよく伸びをした。
と、何かが拳にあたり驚いて振り返る。
するとそこには三井が顎を押さえ蹲っていた。
「いってぇ」
「え!?ごめんなさっ」
恋は慌ててしゃがみ込んで謝った。
三井は恋の拳がもろに入ったようですぐに立ち上がれない。
だが、三井は苦痛の表情をしながらも小さく声を絞り出した。
「いや、俺が声かけなかったのが悪い」
「あの…何か用ですか?」
三井がゆっくり立ち上がったので、それに倣って立ち上がりながら恋は問う。
何故三井が真後ろにいたのかも、声をかける必要があったのかも分からないのだ。
三井はジッと恋を見て静かに言った。
「今日は悪かった」
「え?」
「普通に宮城たちに話しただけなのに、あんな風に伝わるとは思ってなかった」
三井が静かにかつ、気まずそうに言う。
恋は自身の表情が消えていくのを感じた。
「あぁ…はい。けど、もう余計なことは言わないでくださいね」
冷たく言い放つような口調の恋に、三井は特に反応もしない。
ただ、静かに謝っただけだった。
「…あぁ、悪かった。じゃあな」
「はい。…先輩はまだ帰らないんですか?」
恋はそんな三井に思わず話しかけてしまった。
突き放すわりに、そのまま引かれると追いかけたくなる矛盾に恋の胸はざわつく。
あまりにも身勝手な言動。
しかし、それには蓋をして気付かぬふりをした。
自身の中の矛盾が抑えきれず溢れ出してきている。
三井も恋がそんな事を聞くので、少し驚き言いづらそうに口を開いた。
「…一緒に帰りたくねぇだろ」
「それは…」
「じゃあな」
「あ、あの」
恋は再び引きとめてしまった。
自身でも無意識のうちに声をかけてしまったのだ。
なんて意志が弱いのだろうと思わずにはいられない。
三井を見れば思った通り複雑そうな顔をして振り返っていた。
「何だ?」
「一緒に帰っても大丈…」
言って恋はハッとした。
口から出た言葉は矛盾以外の何物でもない。
恋自身予想外な言葉だった。
あれだけ冷たく拒絶していた恋はどこに行ってしまったのか。
どうしてこんなに身勝手なのか。
傍から見れば苛立ちすら覚えるような言動。
恋は自身を持て余してしまっていた。
しかし三井はそんな恋の心境は知らず眉を寄せる。
「は?」
「えっ…ど…どうせ帰り道は一緒ですから。変に気遣われるのもなんか…」
恋は動揺を悟られまいと必死に毅然とした態度を取ろうとした。
余計な気遣いは不要だと自身に言い聞かせるように発した言葉だったが、三井は微かに首を左右に振った。
「気ぃ遣わなきゃお前を傷つけるだろ」
「それは…」
「まぁ、遣いきれてねぇから傷つけてんだろうけどな…」
三井は自嘲気味に吐き捨てる。
恋はもう言葉が続かなかった。
今更ながらに気付いてしまったのだ。
恋自身が傷付いたように三井自身も傷付いていた。
お互いがお互いを少なからず傷付けてしまっていた。
これ以上傷付けまいとする三井の頑なな想いが見えてしまった。
三井の次の言葉はそれを決定づけるには十分だった。
「安心しろよ。もう傷つけねぇから」
「え?」
「だからあんま近寄るな。俺も用がない限り近寄らねぇし、それが一番お互いの為に良いだろ。ただ俺はバカだから、やっぱり如月を知らねぇ内にまた傷つけるかもしんねぇ。言う資格ねぇかもしんねぇけど、俺は如月が泣く顔もう見たくねぇんだよ。だから、あんま近寄んねぇでくれ」
苦笑いを浮かべて言う三井に比べ、恋は頭を鈍器で殴られたような感覚に陥った。
自分自身が望んだ結果、三井は考え抜いてこう言ったのだろう。
それなのに、自身の愚かな言動が三井にここまで言わせてしまった。
言葉が出てこない。
三井はそんな恋を見て踵を返し歩いて行く。
1人残された恋はもう何も考えられないでいた。
恋は翌朝、ボールを手にし陽の上がりきっていない公園に来ていた。
そしてバスケットゴールに向かいボールを放つ。
何度となく繰り返せば、やがて肩は上がらなくなった。
昨日の放課後、三井に言われた言葉は頭から離れずにいた。
自身の愚かさに吐き気がする程に気持ちは落ちている。
泣きそうなのに涙は一滴も出てこない。
気を紛らわせるようにボールをゴールに放つ。
気持ちが不安定なまま放ったボールは、一度もゴールを潜ることはなかった。
上がらない肩を押さえ恋はその場に蹲る。
肩で息をして痛みに耐えるが涙はこの時も出ない。
「恋ちゃん?」
恋は声がした方を振り返った。
そこには仙道が釣り竿とバケツ片手に立っていた。
「…また肩やったのか?」
仙道は苦笑いを浮かべて公園を出て行った。
そしてしばらくするとミネラルウォーターを手にし戻って来た。
「はい。冷やした方が良いだろ」
「ありがとうございます」
「また三井さん?」
「え?」
「そんな顔するの、三井さん絡みぐらいじゃないか?」
仙道はクスッと笑いその場に座り込んだ。
恋は渡されたミネラルウォーターを少し服から出した肩に当てた。
ひんやりとした冷たさが肩の熱を奪っていく。
「何かされたの?」
仙道の言葉に恋は首を左右に振った。
仙道は恋の頭をポンポンと叩き言った。
「何か言われたんだ?また…慰めようか?」
茶化すように言う仙道に恋は力いっぱい首を左右に振った。
仙道はキョトンとして恋を見返した。
「恋ちゃん?」
「…それはできません」
「そう。残念」
仙道はあまり残念がる様子もなくそんな事を言った。
恋は俯き、か細い声で呟いた。
「私バカでした」
「どうして?」
「私、三井先輩を傷つけてました。自分だけ傷ついたみたいにしてたけど違ったんです」
「うん。それで?」
仙道は恋の言葉を静かに促した。
恋は暫く沈黙して苦しそうに吐き出した。
「先輩に言わせちゃったんです。私が気付いておかなきゃいけないことをわざわざ言わせたんです」
「うん」
「私もう先輩にどんな顔したらいいかわからないっ」
語尾は泣きそうなのか強く切る恋を見て、仙道は実に簡単だとでもいうように言ってのけた。
「普通でいいんじゃない?それを三井さんは望んでると思うけど」
「その普通がわからないんですっ。前みたいにしようって考えてみても何か違って苦しくて」
「だから言ったのに」
「え?」
仙道の声に恋は俯いていた顔を上げた。
少し呆れたような笑みを浮かべている仙道と視線が交わる。
「恋ちゃんは三井さんじゃなきゃダメなんだって」
「それは今関係な…」
「それだけ好きだから必死になるんだろ?」
「それは…」
「素直になったら?変に取り繕うからおかしくなるんだよ」
「でもっ」
言いたい事は理解できるがそれが出来ないのだ。
まるで聞き分けのない子供みたいに食い下がる恋に、仙道は笑みを消して言った。
「それでも違う?それならさ、俺と付き合わない?」
「え?」
「ちなみに冗談じゃなく真剣に言ってるから」
事実、仙道は真面目な顔をして恋を見つめていた。
その瞳に恋は思わずドキリとして視線を逸らす。
そして視線を泳がせたまま聞いた。
「なっ…んで…」
「俺は好きでもない子に、ここまで親身にはならないよ。面倒だろ?」
「でも」
「俺は恋ちゃんが好きだよ。俺にするなら俺しか見えなくさせてあげる。まぁ、断られても今までの関係のままでいいよ、俺は。恋ちゃんが良いのならの話だけど」
仙道はニコリと笑みを浮かべて最後は茶化すように言った。
恋は、それにすぐ反応出来ずにただ押し黙っていた。
見かねた仙道は立ち上がり服についた砂をぱんぱんと叩いた。
「別にすぐに返事は要求しないから。でも、一度ちゃんと考えて?答えが出るまで待つよ。…もうこんな時間か。じゃあね。ちゃんと帰りなよ?それとも送ろうか?」
優しく問いかける仙道に恋は首を左右に振った。
それを確認して仙道は手にバケツと釣竿を持った。
「じゃあ、またね」
仙道は、恋の頭にポンッと手を置くとすぐに離して立ち去った。
恋は仙道を見ることすら出来ずに、ただその場で地面を見つめているのだった。
→第十六章