第十四章
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翌朝、恋は鏡越しに自身の顔をじっと見つめていた。
寝不足な為か泣いた為か、目元は少し赤く腫れている。
あの後すぐ流川とは別れ、部屋に戻り布団に潜り込んだが中々眠れなかった。
三井の最後の声が頭から離れなかったのだ。
あの時、名前を呼んだのは何故だろう。
あの時、三井はどんな顔をしていたのだろう。
そんな事ばかり考えてしまい目が冴えていた。
やっと眠りに付けたのは辺りが少し明るくなり始めた頃だ。
しかし、すぐに起床時間はやって来た。
彩子に起こされ、恋は眠い目を擦り身支度をする。
それで、化粧をしようと鏡を覗き自身の顔に落胆したのだった。
恋は小さく溜め息を吐いて化粧を始めた。
隠す様にいつもより少しだけ濃くした化粧。
今日は強豪の山王との決戦。
その為に気合いを入れたんだと自身に言い聞かせ部屋を出た。
対山王戦は皆が一丸となって何とか勝利を納められた。
前回覇者の山王に勝てた事は湘北にとってはかなりの進歩である。
皆が一様に喜び恋は泣いていた。
とても良い試合だったと称賛の意味も込めてずっと拍手していた。
試合中負傷した桜木は、その後すぐに病院行きとなり次の試合には出られなかった。
そして、湘北は次の試合は山王戦が嘘のように惨敗した。
山王戦で死力を尽くし勝ち取った道も、ここで終わってしまった。
恋はまたも泣いていた。
今度は悲しくて泣いていた。
流川に、「お前はどっちにしろ泣くのか。鼻垂れてる」と突っ込まれ、少しだけ皆が笑い空気が和んだ。
だが、恋の涙は中々止まらなかった。
試合をしていた部員達が泣いていないのに、そっちの方が恋より何倍も悲しい筈なのにと、普段泣かない恋が人目もはばからず部員達の分と言える程に泣いてしまった。
見かねたのか、流川が恋の頬をブニッとつまみ場は笑いに包まれた。
恋も怒りながら笑っていた。
恋は流川のぶっきらぼうな優しさに感謝していた。
そんな目まぐるしくも儚い日々が終わり、恋は残り少ない夏休みを過ごしていた。
その後3年生は三井以外が引退し、桜木は試合後即入院となり、リハビリの為に新学期からもしばらく休学扱いになる様だ。
流川は、バスケの選抜メンバーに選ばれ部活には参加出来なくなった。
今湘北の面々は、次の冬の大会に向けて練習に明け暮れている。
マネージャーに晴子も加わり、心機一転湘北バスケ部は稼働した。
その一方で、恋と三井の関係は悪化したままだった。
あれ以来、三井は恋に不用意に話しかける事がなくなった。
用事があれば話すが、それも二言三言のやり取り。
それを望んでいた恋だが、やはり寂しいと思う自分もいた。
いつになったら諦められるのか、そんな事ばかり最近は考えていた。
「あー、嫌だなぁ、もぅ~」
恋は夏休みの課題をしていたが、集中出来ずにバフッとベッドに飛び込んだ。
そのままベッドの上を右に左にと行ったり来たり。
今日は練習が休みな為に、1人部屋で残っている課題をして過ごしていた。
もうすぐ夏休みも終わるので部活は休みが入る様になっていた。
夏休みの課題を終わらせるのに配慮した安西からの計らいだ。
恋は目を閉じ、少し眠りにつこうとするがそれも叶わない。
どうにも目が冴えている。
こんな陽が高い時間から眠るのも無理だと悟り、恋はベッドから起き上がった。
後少しで終わる夏休みの課題を簡単に机の上で片付け、何か用事があるわけではないが外出の用意を始めた。
少し気分転換の為に散歩でもしようと考えたのだ。
と、そこへ携帯電話が着信を知らせる。
画面を見るとそれは宮城からだった。
「もしもし?」
『よぉ、如月。今暇か』
「え?えぇ、まぁ」
『じゃあ、今から海来い、海!』
笑顔が目に浮かびそうな程に宮城の声は明るい。
突拍子のない言葉に恋は沈黙した。
その沈黙に宮城は訝しげに声を出す。
『聞いてんのか?』
「え、あぁ、はい」
『今、皆で海で遊んでんだよ。もうすぐ夏休みも終わりだしな』
「はぁ」
聞きながら恋は、宮城は課題を片付けたのだろうかと考えていた。
何となく遊びに明け暮れていそうな宮城に一抹の不安が過る。
しかし、宮城はそんな事を恋が考えているとはつゆしらず、話し始めた。
『てかよ、本当はアヤちゃんと2人で来る筈だったんだよ。したらアヤちゃんが他も呼べって…ひでぇと思わねぇ?』
「え、えぇまぁ」
恋は愚痴をこぼされている事に戸惑う。
当然の様に愚痴られるまで仲良しになったのかと考えてしまう。
宮城は不服そうだがまだ続けそうな勢いが含まれている為、恋は早々に話を切り上げた。
「今から行きます」
恋は通話を切り海へ行く準備を始めた。
恋は日に照らされ熱くなった砂を鳴らしながら歩いていた。
流石に夏休みなので人は多い。
恋が人を避けながらキョロキョロと辺りを見渡していると、後ろから肩を叩かれた。
「恋」
「こーちゃん?どうしてここに…?」
「どうしてって…宮城に呼ばれたんだよ。赤木も来てる」
「そうなの?てっきり夏期講習とかで忙しいと思ってたのに」
恋は予想外の人物がいた事に驚いたが、そのまま木暮について行く。
すぐ皆が集まる場所に着き笑顔を浮かべた。
そこには、流石に流川と桜木は不参加だが、赤木や晴子、桜木軍団までもがいた。
残りのバスケ部員も勢揃いである。
「お久しぶりです、キャプテン」
「あぁ。元気そうだな」
「何だよ如月、水着は?」
「え?あ、あぁ…えぇと…」
宮城に言われ恋は上ずった声を出す。
恋は薄着ではあるが水着を着ていなかったのだ。
それを彩子が制しハリセンで叩いた。
「野暮な事聞くんじゃない」
恋が女の子の日だと勘違いした彩子が宮城を責めている。
恋は、実際そうだと言うわけではないのだが苦笑いを浮かべた。
恋はただ肩の傷口を見られたくないのである。
見られてそれを説明するのも嫌だし、それによりまた実感しなければならない事が嫌なのだ。
「おい、んな事より早く始めるぞ」
そんな中、声を出したのは三井で、手にはビーチボールを持っていた。
どうやらビーチバレーを始めるらしい。
三井は恋からすぐ視線を外し、近場のコートへ宮城を引きずって行く。
どうやら順番待ちをしていて、その順番が回って来たらしい。
宮城達を見送ると彩子が恋に近づいた。
「あんたも海入れないんじゃ、あんまり楽しめないわねー」
「あ、でも恋ちゃんってプールの授業もずっと見学だよね?」
彩子が申し訳なさそうに言うと、晴子も自然と会話に加わった。
男子は皆交代でバレーを始めている。
「あー、うん…ちょっとね」
恋が苦笑いを浮かべて言うと彩子が少し怪訝そうな顔をした。
しかし、晴子が驚いた声を出し会話は中断される。
「あれ、海南の牧さん達じゃないかしら」
晴子が指差す方向には確かに牧と清田、神がいた。
そして、すぐに清田が目ざとく恋達に気づいた。
近寄ってきた牧達に恋は笑顔を向ける。
「こんにちは」
「あぁ、こんにちは」
「仲良いね。皆集まってるなんて」
「流石に赤毛猿はいねーな」
続いて挨拶をする彩子達に、清田は少しつまらなそうに呟いた。
それに晴子が反応し少しだけ肩を落として言う。
「今入院中だから」
「桜木の具合はどうなんだ?」
「洋平くん達が言うには元気過ぎるらしいですよ」
「まさに野性動物並の回復力ですよ」
「そうか」
彩子の嘆息した口調に牧は苦笑いしつつも安堵した様だった。
すると、牧達に気付いた赤木が声をかけてきた。
「何だ牧、奇遇だな」
「あぁ。たまには息抜きにな」
「あ、牧達もやらないか?ビーチバレー」
木暮は試合真っ只中のコートを指差した。
桜木軍団と宮城達が白熱した試合を行っている。
そこへ、桜木軍団が次々とリタイアして恋達の元にやって来た。
「あー、疲れたー」
「あいつら全然加減してくんねぇよー」
水戸達が根を上げると宮城と三井がやって来た。
「おい、まだ勝負ついてねぇぞ」
「もう、あと1点でそっちの勝ちだろー」
「そうだそうだ。もう勘弁してくれよ」
「あー?つまんね…何で牧達がいんだよ?」
三井は、今初めて気付いたのか牧達を見て目を丸くする。
牧はニヤリと笑い赤木に向かい言った。
「勝負するぞ、赤木」
「望むところだ」
赤木はフハハと不敵に笑むと牧と共にコートに向かった。
それから海南vs湘北の勝負が始まった。
それはバスケの試合以上に白熱したのだった。
恋は、1人皆から離れた場所でぼんやりと佇んでいた。
まだ試合は勝負がつかず白熱している。
別に何か用があるわけでもないが、ただ考え事をしていた。
「なぁ」
恋は声をかけられゆっくりと振り返った。
そこには三井が立っていた。
その表情は余りに普通すぎて感情までは読めない。
「やらねぇのか、バレー」
「え?あ、終わったんですか?」
見れば勝負はついた様で赤木達が悔しがっている。
今は彩子と晴子も加わり、穏やかな空気でバレーが続けられていた。
「バレーくらいやれば?海入れねぇんだろ?」
「あー、はい…」
「あぁ、でも肩の事あるから無理か…」
「大丈夫ですよ、ちょっとくらい」
恋は、三井の雰囲気が余りに以前と同じで自然と言葉が返される。
それに安堵していると、三井がふと真剣な表情になった。
「なら入…なぁ、もしかしてお前、肩が原因で水泳出来ないのか?」
「え?」
「いや、バスケであんなんなるなら、肩使う水泳は無理だろ」
三井は気付いてしまう。
以前過度な運動が出来ないと言っていた。
水泳ともなれば肩を使う競技である。
それを恋の状態で出来るとは到底思えなかった。
恋はバレてしまった事に苦笑いを浮かべた。
「…はい。だからプールの授業は受けてません」
「そっか、悪ぃ」
「何で先輩が謝るんですか?それに、海に入るだけなら問題ないんですよ。ただ肩の傷見られたくなかったから」
「…そうか」
「それに…」
「それに?」
三井は配慮にかけていた発言に内心反省したが、恋の神妙な面持ちで続く言葉に眉を寄せる。
まだ何かあるのだろうかと不安が込み上げた。
「私…かなづちなんです」
「…は?」
「昔から泳げないんですよねぇ。だから、授業受けれなくてラッキーかなぁとは思ってます」
恋が笑顔で言う唐突な告白に、三井は目が点になる。
重々しい切り出し方をしていたわりに内容がそんなもので、思わず三井は吹き出した。
「っははははは」
「そんな笑わないで下さいよ」
「かなづちって…すげぇ意外」
尚も笑いが止まらない三井は必死で笑いを抑えようとしている。
恋は不満気に反論を始めた。
「もぅ…。あっ、でも背泳ぎは出来ましたよ!クロールは10mくらいでしたけど…」
「平泳ぎは?」
「…5m…も行けないです…」
「ぶっ、あははははは」
恋の更なる告白に三井は笑いが止まらなくなった。
どうにもツボに入ってしまったらしい。
その声を聞き桜木軍団が近寄ってきた。
「何だよミッチー、爆笑して」
「いや、こいつが…」
「ちょ、言わないで下さい、恥ずかしいっ」
「何なのよ、隠し事ー?」
いつの間にか皆が集まっていて、恋と三井の事を茶化すような、それでいて訝しげな目をして見ていた。
三井はまだ笑いを堪えきれないようで肩が震えている。
「くっくっくっ」
「ちょ、先輩!」
「…っくく、ひーひー…あー久々に爆笑した。おらっ、バレーすんぞ」
三井はやっと治まった笑いに、目に滲む涙を拭うと宮城が手にしていたボールを奪う。
そして恋にボールを手渡しコートに向かう。
それに皆も続き恋も慌てて後を追った。
「は、はい」
それから皆が交代で試合をして楽しんだ。
他の客にコートを譲ってからは、海で泳いだり砂浜で遊んだりを繰り返した。
寝不足な為か泣いた為か、目元は少し赤く腫れている。
あの後すぐ流川とは別れ、部屋に戻り布団に潜り込んだが中々眠れなかった。
三井の最後の声が頭から離れなかったのだ。
あの時、名前を呼んだのは何故だろう。
あの時、三井はどんな顔をしていたのだろう。
そんな事ばかり考えてしまい目が冴えていた。
やっと眠りに付けたのは辺りが少し明るくなり始めた頃だ。
しかし、すぐに起床時間はやって来た。
彩子に起こされ、恋は眠い目を擦り身支度をする。
それで、化粧をしようと鏡を覗き自身の顔に落胆したのだった。
恋は小さく溜め息を吐いて化粧を始めた。
隠す様にいつもより少しだけ濃くした化粧。
今日は強豪の山王との決戦。
その為に気合いを入れたんだと自身に言い聞かせ部屋を出た。
対山王戦は皆が一丸となって何とか勝利を納められた。
前回覇者の山王に勝てた事は湘北にとってはかなりの進歩である。
皆が一様に喜び恋は泣いていた。
とても良い試合だったと称賛の意味も込めてずっと拍手していた。
試合中負傷した桜木は、その後すぐに病院行きとなり次の試合には出られなかった。
そして、湘北は次の試合は山王戦が嘘のように惨敗した。
山王戦で死力を尽くし勝ち取った道も、ここで終わってしまった。
恋はまたも泣いていた。
今度は悲しくて泣いていた。
流川に、「お前はどっちにしろ泣くのか。鼻垂れてる」と突っ込まれ、少しだけ皆が笑い空気が和んだ。
だが、恋の涙は中々止まらなかった。
試合をしていた部員達が泣いていないのに、そっちの方が恋より何倍も悲しい筈なのにと、普段泣かない恋が人目もはばからず部員達の分と言える程に泣いてしまった。
見かねたのか、流川が恋の頬をブニッとつまみ場は笑いに包まれた。
恋も怒りながら笑っていた。
恋は流川のぶっきらぼうな優しさに感謝していた。
***
そんな目まぐるしくも儚い日々が終わり、恋は残り少ない夏休みを過ごしていた。
その後3年生は三井以外が引退し、桜木は試合後即入院となり、リハビリの為に新学期からもしばらく休学扱いになる様だ。
流川は、バスケの選抜メンバーに選ばれ部活には参加出来なくなった。
今湘北の面々は、次の冬の大会に向けて練習に明け暮れている。
マネージャーに晴子も加わり、心機一転湘北バスケ部は稼働した。
その一方で、恋と三井の関係は悪化したままだった。
あれ以来、三井は恋に不用意に話しかける事がなくなった。
用事があれば話すが、それも二言三言のやり取り。
それを望んでいた恋だが、やはり寂しいと思う自分もいた。
いつになったら諦められるのか、そんな事ばかり最近は考えていた。
「あー、嫌だなぁ、もぅ~」
恋は夏休みの課題をしていたが、集中出来ずにバフッとベッドに飛び込んだ。
そのままベッドの上を右に左にと行ったり来たり。
今日は練習が休みな為に、1人部屋で残っている課題をして過ごしていた。
もうすぐ夏休みも終わるので部活は休みが入る様になっていた。
夏休みの課題を終わらせるのに配慮した安西からの計らいだ。
恋は目を閉じ、少し眠りにつこうとするがそれも叶わない。
どうにも目が冴えている。
こんな陽が高い時間から眠るのも無理だと悟り、恋はベッドから起き上がった。
後少しで終わる夏休みの課題を簡単に机の上で片付け、何か用事があるわけではないが外出の用意を始めた。
少し気分転換の為に散歩でもしようと考えたのだ。
と、そこへ携帯電話が着信を知らせる。
画面を見るとそれは宮城からだった。
「もしもし?」
『よぉ、如月。今暇か』
「え?えぇ、まぁ」
『じゃあ、今から海来い、海!』
笑顔が目に浮かびそうな程に宮城の声は明るい。
突拍子のない言葉に恋は沈黙した。
その沈黙に宮城は訝しげに声を出す。
『聞いてんのか?』
「え、あぁ、はい」
『今、皆で海で遊んでんだよ。もうすぐ夏休みも終わりだしな』
「はぁ」
聞きながら恋は、宮城は課題を片付けたのだろうかと考えていた。
何となく遊びに明け暮れていそうな宮城に一抹の不安が過る。
しかし、宮城はそんな事を恋が考えているとはつゆしらず、話し始めた。
『てかよ、本当はアヤちゃんと2人で来る筈だったんだよ。したらアヤちゃんが他も呼べって…ひでぇと思わねぇ?』
「え、えぇまぁ」
恋は愚痴をこぼされている事に戸惑う。
当然の様に愚痴られるまで仲良しになったのかと考えてしまう。
宮城は不服そうだがまだ続けそうな勢いが含まれている為、恋は早々に話を切り上げた。
「今から行きます」
恋は通話を切り海へ行く準備を始めた。
恋は日に照らされ熱くなった砂を鳴らしながら歩いていた。
流石に夏休みなので人は多い。
恋が人を避けながらキョロキョロと辺りを見渡していると、後ろから肩を叩かれた。
「恋」
「こーちゃん?どうしてここに…?」
「どうしてって…宮城に呼ばれたんだよ。赤木も来てる」
「そうなの?てっきり夏期講習とかで忙しいと思ってたのに」
恋は予想外の人物がいた事に驚いたが、そのまま木暮について行く。
すぐ皆が集まる場所に着き笑顔を浮かべた。
そこには、流石に流川と桜木は不参加だが、赤木や晴子、桜木軍団までもがいた。
残りのバスケ部員も勢揃いである。
「お久しぶりです、キャプテン」
「あぁ。元気そうだな」
「何だよ如月、水着は?」
「え?あ、あぁ…えぇと…」
宮城に言われ恋は上ずった声を出す。
恋は薄着ではあるが水着を着ていなかったのだ。
それを彩子が制しハリセンで叩いた。
「野暮な事聞くんじゃない」
恋が女の子の日だと勘違いした彩子が宮城を責めている。
恋は、実際そうだと言うわけではないのだが苦笑いを浮かべた。
恋はただ肩の傷口を見られたくないのである。
見られてそれを説明するのも嫌だし、それによりまた実感しなければならない事が嫌なのだ。
「おい、んな事より早く始めるぞ」
そんな中、声を出したのは三井で、手にはビーチボールを持っていた。
どうやらビーチバレーを始めるらしい。
三井は恋からすぐ視線を外し、近場のコートへ宮城を引きずって行く。
どうやら順番待ちをしていて、その順番が回って来たらしい。
宮城達を見送ると彩子が恋に近づいた。
「あんたも海入れないんじゃ、あんまり楽しめないわねー」
「あ、でも恋ちゃんってプールの授業もずっと見学だよね?」
彩子が申し訳なさそうに言うと、晴子も自然と会話に加わった。
男子は皆交代でバレーを始めている。
「あー、うん…ちょっとね」
恋が苦笑いを浮かべて言うと彩子が少し怪訝そうな顔をした。
しかし、晴子が驚いた声を出し会話は中断される。
「あれ、海南の牧さん達じゃないかしら」
晴子が指差す方向には確かに牧と清田、神がいた。
そして、すぐに清田が目ざとく恋達に気づいた。
近寄ってきた牧達に恋は笑顔を向ける。
「こんにちは」
「あぁ、こんにちは」
「仲良いね。皆集まってるなんて」
「流石に赤毛猿はいねーな」
続いて挨拶をする彩子達に、清田は少しつまらなそうに呟いた。
それに晴子が反応し少しだけ肩を落として言う。
「今入院中だから」
「桜木の具合はどうなんだ?」
「洋平くん達が言うには元気過ぎるらしいですよ」
「まさに野性動物並の回復力ですよ」
「そうか」
彩子の嘆息した口調に牧は苦笑いしつつも安堵した様だった。
すると、牧達に気付いた赤木が声をかけてきた。
「何だ牧、奇遇だな」
「あぁ。たまには息抜きにな」
「あ、牧達もやらないか?ビーチバレー」
木暮は試合真っ只中のコートを指差した。
桜木軍団と宮城達が白熱した試合を行っている。
そこへ、桜木軍団が次々とリタイアして恋達の元にやって来た。
「あー、疲れたー」
「あいつら全然加減してくんねぇよー」
水戸達が根を上げると宮城と三井がやって来た。
「おい、まだ勝負ついてねぇぞ」
「もう、あと1点でそっちの勝ちだろー」
「そうだそうだ。もう勘弁してくれよ」
「あー?つまんね…何で牧達がいんだよ?」
三井は、今初めて気付いたのか牧達を見て目を丸くする。
牧はニヤリと笑い赤木に向かい言った。
「勝負するぞ、赤木」
「望むところだ」
赤木はフハハと不敵に笑むと牧と共にコートに向かった。
それから海南vs湘北の勝負が始まった。
それはバスケの試合以上に白熱したのだった。
恋は、1人皆から離れた場所でぼんやりと佇んでいた。
まだ試合は勝負がつかず白熱している。
別に何か用があるわけでもないが、ただ考え事をしていた。
「なぁ」
恋は声をかけられゆっくりと振り返った。
そこには三井が立っていた。
その表情は余りに普通すぎて感情までは読めない。
「やらねぇのか、バレー」
「え?あ、終わったんですか?」
見れば勝負はついた様で赤木達が悔しがっている。
今は彩子と晴子も加わり、穏やかな空気でバレーが続けられていた。
「バレーくらいやれば?海入れねぇんだろ?」
「あー、はい…」
「あぁ、でも肩の事あるから無理か…」
「大丈夫ですよ、ちょっとくらい」
恋は、三井の雰囲気が余りに以前と同じで自然と言葉が返される。
それに安堵していると、三井がふと真剣な表情になった。
「なら入…なぁ、もしかしてお前、肩が原因で水泳出来ないのか?」
「え?」
「いや、バスケであんなんなるなら、肩使う水泳は無理だろ」
三井は気付いてしまう。
以前過度な運動が出来ないと言っていた。
水泳ともなれば肩を使う競技である。
それを恋の状態で出来るとは到底思えなかった。
恋はバレてしまった事に苦笑いを浮かべた。
「…はい。だからプールの授業は受けてません」
「そっか、悪ぃ」
「何で先輩が謝るんですか?それに、海に入るだけなら問題ないんですよ。ただ肩の傷見られたくなかったから」
「…そうか」
「それに…」
「それに?」
三井は配慮にかけていた発言に内心反省したが、恋の神妙な面持ちで続く言葉に眉を寄せる。
まだ何かあるのだろうかと不安が込み上げた。
「私…かなづちなんです」
「…は?」
「昔から泳げないんですよねぇ。だから、授業受けれなくてラッキーかなぁとは思ってます」
恋が笑顔で言う唐突な告白に、三井は目が点になる。
重々しい切り出し方をしていたわりに内容がそんなもので、思わず三井は吹き出した。
「っははははは」
「そんな笑わないで下さいよ」
「かなづちって…すげぇ意外」
尚も笑いが止まらない三井は必死で笑いを抑えようとしている。
恋は不満気に反論を始めた。
「もぅ…。あっ、でも背泳ぎは出来ましたよ!クロールは10mくらいでしたけど…」
「平泳ぎは?」
「…5m…も行けないです…」
「ぶっ、あははははは」
恋の更なる告白に三井は笑いが止まらなくなった。
どうにもツボに入ってしまったらしい。
その声を聞き桜木軍団が近寄ってきた。
「何だよミッチー、爆笑して」
「いや、こいつが…」
「ちょ、言わないで下さい、恥ずかしいっ」
「何なのよ、隠し事ー?」
いつの間にか皆が集まっていて、恋と三井の事を茶化すような、それでいて訝しげな目をして見ていた。
三井はまだ笑いを堪えきれないようで肩が震えている。
「くっくっくっ」
「ちょ、先輩!」
「…っくく、ひーひー…あー久々に爆笑した。おらっ、バレーすんぞ」
三井はやっと治まった笑いに、目に滲む涙を拭うと宮城が手にしていたボールを奪う。
そして恋にボールを手渡しコートに向かう。
それに皆も続き恋も慌てて後を追った。
「は、はい」
それから皆が交代で試合をして楽しんだ。
他の客にコートを譲ってからは、海で泳いだり砂浜で遊んだりを繰り返した。