第十二章
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今日で合宿も終わり、神奈川へと帰る事になっていた。
常誠高校の一同に挨拶し駅へと向かう一行。
恋は最後尾を歩きながら三井の後ろ姿を見つめていた。
昨夜戻った彩子が言った言葉が頭を過ぎる。
『三井先輩が凄く気にしてたわよ』
流川と2人でいた事か、はたまた口論になった事かは分からない。
しかし、今朝も三井は恋に話し掛けては来ない。
恋は話し掛けて良いものなのか迷っていた。
恋の心を無視した新幹線は神奈川へと向かい発車する。
恋は新幹線の座席でずっと頭を悩ませていた。
そこへ声を掛ける人物がいた。
「如月」
「ん?何、流川くん」
「いるか?」
流川が2つの缶を差し出した。
恋は驚きつつも片方の缶を指差す。
「あ、ありがとう。じゃあ…こっち」
流川は缶を渡すと恋の隣りに座った。
流川は缶を開け中身を喉に流し込む。
「何悩んでんだ」
「え?」
流川はグビグビと喉を鳴らし、缶を口に当てたまま恋を見た。
そのまま飲み干し缶を空にして口を開く。
「眉間にずっと皺寄せてる」
「そ、そんな事ないよ」
恋は慌てて眉に手を当て、眉間を左右に引っ張り皺を伸ばす。
その際、目にも手が当たり目までが左右に引っ張られている。
それを見て流川は微かに笑った。
「変な顔」
「酷くない?」
「本当の事だ」
「もう…」
恋は頬を膨らませ流川を見た。
そこへ彩子がやって来て2人を見て驚いた様に声を掛けた。
「あら?何よ、イチャついちゃって」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
「何を慌ててるのかしら?怪しいわね」
「もう、彩子さ~ん」
恋が声を上げると彩子は笑った。
流川は無反応である。
そして、彩子は思い出した連絡事項を伝えた。
「そうそう、学校に一旦戻るけど、安西先生に挨拶したらそのまますぐ解散だからね。ただ、後片付けはしとくのよ」
「あ、はい」
彩子は言い終えると他のメンバーに同じ事を伝えに行ってしまう。
恋は彩子の後ろ姿をぼんやりと眺めて言った。
「今日は早く帰れるんだね」
「そうだな」
「今思えば早いもんだね。色々あっ…」
言葉を続けようとして恋はハッとした。
そんな恋に流川はキョトンとした顔をする。
「どうした」
「流川くん…私襲ったよね…」
恋は微かに流川から離れ言った。
今は普段通りだが流川が恋を襲ったのは事実だ。
危機感を持たないわけにはいかない事を思い出す。
余りに以前通りな流川の態度と、三井との問題の方が優先順位が高い為か、いつの間にかそんな事を気にしなくなっていたのだ。
しかし、流川は微かに笑っていた。
「もうしない」
「え?」
「…しばらくはしない」
言い直す流川に思わず恋は裏返った声を上げる。
「えぇ!?」
「冗談だ。気付いた」
「何が?」
「どうしたいのか」
「?どう言う事?」
「自分で考えろ」
流川は笑っていただけでそれ以上は何も言わず、立ち上がり自身の席に移動した。
恋は首を傾げ窓の外に目をやるのだった。
学校に着くと安西、桜木以外にも桜木軍団や晴子が体育館内にはいた。
そして簡単に挨拶を済ませ解散する。
解散後、恋が備品を直していると彩子が声を掛けた。
「恋、それ直したら帰っていいから」
「はーい」
彩子はそう言って先に体育館を出て行った。
恋は手にしていた物を片付けると伸びをし、体育館を出て行こうとボストンバッグに手を掛ける。
「如月」
「はい?…あ…三井先輩…」
中腰で荷物を取ろうとしていた恋は、後ろから声を掛けられ頭だけで振り返った。
そこに立っていたのは三井で少し気まずく感じる。
「話あんだけど」
「…何ですか?」
恋は腰を伸ばし三井に向き直った。
三井は真剣な表情で恋を見据えてから頭を下げた。
「悪かった」
「え?」
「あんな事言って、お前傷付けただろ」
三井は頭を下げたまま言うので表情は分からないが辛そうな声だった。
それを聞いた恋は無表情になり言った。
「あ…それはもういいですから」
淡々と聞こえた恋の声に三井は頭を上げ声を荒げた。
「良くねぇよっ」
「私はいいんです!私は先輩に2回フラれました。それだけです」
負けじと言い放つ恋に三井は少し驚き言葉に詰まる。
「お前…」
「…先輩の優しさって私には辛いです。流川くんの言葉じゃないですけど、フッたのに優しくしないで下さい。私期待しちゃうんです。誤解しちゃうんです。だから…もう普通の先輩後輩です。私は先輩にはもう恋愛感情持ちません。だから…」
勢い良く続く恋の言葉も段々小さくなり、最後には言葉が詰まってしまう。
恋の表情は歪み、続けたい言葉が出ずに口を動かそうとすると目には涙が浮かび始めた。
「泣くなよっ…」
「泣いてません。平気…です…」
「泣いてるじゃねぇか」
堪らず三井は恋を抱き締めた。
途端に恋は三井を突き放す。
しかし再び三井は恋を強く抱き締め、今度はすぐに離れてはくれない。
「離して下さいっ」
「だったら、んな顔すんなよ。その顔…嫌なんだよ」
「何ですか、それ…」
恋が理解出来ないと言ったその時、三井と恋の体が誰かの力により離れた。
2人が同時に見れば流川がいる。
「流…川くん」
「行くぞ」
「え?あの、ちょ…」
恋は流川に手を引かれ体育館を後にする。
その際、流川はもう片方の手で恋のボストンバッグを手に取り嵐の様に去って行った。
三井はそれを見ながら恋の涙で染みの出来た服をギュッと握っていた。
恋は手を引かれ小走り気味に連れ出され流川を見た。
「ちょ、流川くん」
流川はそのまま無言で恋の手を引き歩き、校門前まで来ると手を離した。
「じゃあな」
「え?ちょ…」
恋が止めるも流川は聞かずスタスタと歩いて行ってしまった。
恋は疑問符を頭に浮かべ動けないでいるのだった。
***
今日は午後から部活が始まる為、恋はのんびりと部屋で寛いでいた。
時計を見ればまだ10時過ぎである。
テレビは点けているが大して興味の惹かれる番組もやっていない。
恋は暇を持て余し、テレビはそのままに部屋の中央にあるテーブルへ雑誌を置きぼんやりと読み始めた。
何冊目かの雑誌を手に取った時、側に置いている携帯電話が軽快な音を鳴らした。
恋は雑誌を開け、もう片方の手で携帯電話を開くと画面を見ずに通話ボタンを押す。
「はい」
『恋ちゃん?仙道だけど』
着信元を確認していなかったので、唐突な名前に驚き一瞬沈黙してしまう。
仙道とはお互い忙しいと言うのもあったのか最近は疎遠でもあった。
そんな仙道は相変わらずの雰囲気で恋はどこか落ち着いてしまう。
恋は突然の電話に不思議がりつつも、テレビの音量を小さくしてから声を発した。
「こんにちは。どうしたんですか?」
『いや、何となくまた泣いてるんじゃないかと思って』
「ふふっ、泣いてませんよ?」
恋は苦笑い交じりに明るい声を出すが、その表情には沈んだ色が浮かぶ。
今の表情は電話越しの仙道には分からない。
だからこその虚勢な発言でもある。
内心恋は落ち込んでいるのが事実だ。
そんな意図を読んだかは分からないが、仙道はそれ以上は触れずに話題を変えた。
『そうか、それは良かった。ところで合宿は終わったんだよな?』
「はい。もうすぐ全国も始まります」
何故仙道が合宿の事を知っているのかは分からない。
しかし、いちいち問うまでもないかと思い恋は敢えてスルーした。
『どこまで湘北は行けるかな』
「狙うのは優勝ですよ」
『楽しみにしてるよ』
「はい。雑誌とかのトップ記事になるくらいになりたいですよね、やっぱり」
恋は大袈裟な程に明るく声を出した。
仙道は一瞬沈黙したがすぐに笑い声を上げた。
『はは、それは楽しみだな』
その時、恋は仙道の声色を聞きながら違和感を感じ始めた。
問うか一瞬ためらわれたが一応聞いてみる。
「仙道さん、何かありました?」
『何故?』
「何となくですけど、いつもと違う感じがして…」
今日の仙道の声は一言では言い表せない違和感がある。
どこか楽しそうで少し残念そうな。
何とも言い表せない。
口ごもる恋に仙道は微かに笑った様に答えた。
『面白い事はあったよ』
「面白い事?」
『恋ちゃんでも流石に内緒かなぁ』
「凄く気になるんですけど…」
『ごめんね。それと1つ聞きたいんだけど。あぁ、答えたくなかったら別にいいから』
「はい?」
恋は納得がいかないが、仙道は深く問うた所で上手くすり抜けるのが目に見えている。
だから不満に思いつつも何も聞かず仙道の次の言葉を待った。
『三井さんと何かあった?』
「何で…ですか」
突然の名に恋の声はうわずってしまう。
恋の気が沈んでいる原因である名だ。
仙道はその声に何かを読み取ったのか深くは聞かなかった。
『ちょっと気になっただけだよ』
その後暫く沈黙が続いた。
仙道も恋の言葉を待っているのか何も言わない。
恋の頭には考えないようにしていた三井の顔が途端に浮かぶ。
恋は迷った挙句重い口を開いた。
「あったと言えばありました…よ。私…もう先輩の事は諦めます」
『何故?』
詳しくは語らない恋だが仙道には大旨伝わったらしい。
恋は少し涙ぐみながら答えた。
「辛いから…。本当に敵わないんだなって分かったんです。どうしようもないなって…。これ以上想ってたら私がおかしくなりそうで…。先輩にこれ以上冷たくされたくないんです…」
恋は自然に溢れ出てくる涙が雑誌の上に落ちたのに気付き頬を拭う。
嗚咽が洩れない様にと必死に口を押さえ平常心を保とうとする。
三井の事を考えてしまえば自然と悲しみが込み上げてしまうのだ。
そんな恋に仙道は静かに言った。
『冷たくされる理由考えた事ってある?』
「私の気持ちに答えられないからじゃないですか?」
『…そう』
「仙道さん?」
恋は仙道の言いたいであろう答えが分からなかった。
しかしそれには触れず仙道は急に明るく声を出した。
『じゃあ、俺にも希望は見えて来たのかな』
「え?」
『本気で落としにかかっていい?』
「あ…え…その…」
仙道の真面目な声に恋は戸惑ってしまった。
どこまで本気かは分からないが、余りに突然で驚き言葉も詰まる。
そのせいか涙も止まってしまった。
『くっ、冗談。俺は恋ちゃんの想い人になる事はないと思ってるよ』
「え?」
仙道の悟った様に発する言葉に恋は疑問を抱く。
一度は関係を持っているのだし、そういう関係になる可能性はあるにはあるのだと恋は冷静に考えていた。
時間が経てば感情など変わる。
今はそうでなくともこの先はわからない。
一般的には感情は移ろい易いものだろう。
しかし、仙道はいとも簡単に恋の考えを否定した。
『結局は、誰にアプローチされようと三井さんじゃなきゃ駄目なんだよ、恋ちゃんは』
仙道の言葉に恋はムッとする。
諦めると言った恋に対して仙道はそうはならないと言う。
恋にはそんなつもりがない。
完全に諦める覚悟で三井にはあのように言っていた。
易々とその思いを覆す事も出来ないのだ。
「諦めますよ」
『うん、頑張って』
「仙道さん、何か嫌な言い方しますね」
恋は分かり切った風に言う仙道に反感が起こる。
仙道からは軽く笑いが漏れた。
『俺は、恋ちゃんには素直なままでいて欲しいだけだよ』
「…」
『じゃあ、そろそろ部活だろうから切るね。また』
その言葉と共に通話は切れた。
結局、何の為に電話をして来たのか真意は分からなかったが、恋は複雑な心境にならされただけだった。
部活も終わり、恋はボールの入った籠を横に置き手に1つのボールを持つとゴール前に立っていた。
そして、慣れた手付きでボールをゴールに放つ。
綺麗に弧を描くボールはそのまま網目を潜った。
それを見届けると、落ちたボールを拾い元の位置に立ち構えてからまた放つ。
それを幾度か繰り返していると、唐突にボールを持つ手を誰かにグッと掴まれた。
見ると三井が眉間に皺を寄せ立っている。
「何してんだよ」
「あぁ…別に考え事してただけですよ」
恋は三井が掴む腕をジッと見つめながら素っ気無く言い放つ。
三井は気まずくなったのか早々にその手を離した。
「肩は…」
「大丈夫です。そんなに投げてないですから」
「そうか…」
三井は見るからにホッと安堵した表情を浮かべた。
恋はそれを無表情で見ていた。
恋はそっと掴まれた腕に触れると言った。
「先輩に心配される筋合いもないんですけどね。家族でも彼氏でもないんですから」
「…そうだな」
三井はキュッと悲し気な表情を浮かべ、か細く声を出した。
三井が今何を考えているかは図り知れない。
だが、恋はその様子を忌々しそうに見た。
「私、先輩のそう言う所好きじゃないです。肯定するくらいなら何も言わないで」
恋は堪える様に声を出すと、三井の顔も見ずにボールを籠に荒々しく直し体育館を出て行った。
三井は恋の背を見つめていたが、見えなくなると恋が直した籠の中のボールに触れ、頭を掻くと大きく溜め息を吐いた。
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