第一章
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初夏の日差しが眩しいとある日、湘北高校1年10組の教室で、1人の少女が教師と共に立っていた。
皆が注目する中、少女は声を発する。
「初めまして、如月 恋です」
恋は、黒板に書かれた名を背にペコリと頭を下げて挨拶をした。
恋は今日、湘北高校1年に転校をして来た。
親の都合での中途半端な時期の転校に、恋自身戸惑いは感じているが、それに拒否権など発生するはずもなく異論もない。
湘北高校も自身の学力レベルに合い、たまたま空きがあったから決めたに過ぎなかった。
恋は特別緊張した様子もなく、教室での挨拶をした後、クラスメイトの顔を見渡した。
ふと、後方の席が目に付き注目する。
そこには、机に突っ伏したまま爆睡状態の少年が1人。
まだ学校は始まったばかりの時間である。
「では、如月の席は…」
恋が教師の声にハッとし、言われた席に付くと、授業は程無くして始まった。
授業も一段落した昼休み。
恋は休み時間に仲良くなった少女、茅那を含む友人達と弁当を食べることにした。
他愛もない会話の中、恋は運動場を見つめていた。
「ん?どしたの?…バスケ?」
茅那が視線の先を見ると、運動場の脇の方で少年達が3on3をしていた。
「好きなの?」
「んーん、好きじゃない」
「?あ、じゃあ、誰かカッコいい子でもいたの?」
「違う違う」
前のめり気味に食い付く茅那を見て、恋は笑って応えた。
茅那はつまらないと言った風に肩を落とす。
「バスケって言えば、今年、ウチの男バス期待出来るんだって。何か、1年がすごいらしいよ」
「そうそう、流川くんが凄いの!」
「流川…?」
恋は、聞き慣れない名前に首を傾げる。
「そう、授業中寝てた子いたでしょ?授業は寝てばっかなんだけど、バスケの時マジで凄いの!顔もカッコいいしさ!」
「はいはい、あんたの流川狂はもういいっての」
茅那は、流川トークを始めそうな勢いの友人に釘を差した。
隣りでの会話を聞き流しながら、恋は流川の席をぼんやりと見つめていた。
放課後、恋はこれから部活の茅那達と別れ、散策をしようと校内を回っていた。
一通り散策し終えた恋が、体育館近くを歩いていると歓声が聞こえた。
恋は、好奇心を抱きその方向へ足を向ける。
「キャ~、流川くぅん!」
ハートマークの飛んでいる入口付近では、少女達が歓声を上げていた。
恋は、その後ろからそろりと中を見た。
中ではバスケ部が試合をしている。
丁度、歓声の原因である流川がシュートを決めた所だった。
「うぉぉい、キツネ!貴様、俺様の邪魔をするなぁ!」
赤い髪をした少年が、流川に大声を出し突っ掛かっている。
そして赤髪の少年は、ブーイングが上がるこの入口付近にやって来て、怒鳴りながらドアを閉めようとした。
その場にいた少女達は、少年に反論をして言い争いが始まっている。
「桜木!赤木が遅れてるからって、問題ばかり起こすなよ」
赤毛の少年の後ろから慌てた声がした。
見ると、眼鏡をかけた少年が立っている。
そして、その少年の視界に恋が入ると、表情は慌てた様子から驚きの色に変わった。
「…恋?」
「こんにちは、こーちゃん」
恋は、笑顔を向けて挨拶をした。
「久し振りだなぁ。どうしたんだ?何でここに?」
「うん、今日転校して来たの。驚かそうと思って、こーちゃんのお母さんには黙ってて貰ったんだよ」
「そうか…。いやぁ、本当にびっくりした」
眼鏡の少年、木暮は微笑みながら恋の頭を撫でた。
実の所、恋と木暮は以前から知り合いなのだ。
「何だい、メガネくん。彼女か?案外、隅に置けないなぁ、ぬははははは」
その様子を見た桜木と呼ばれた少年は、木暮の肩に腕を乗せニヤニヤしながら言った。
木暮は、目をパチパチさせてから苦笑を浮かべた。
「違うよ。彼女は如月 恋。俺とは幼馴染みなんだよ」
「おい、試合…」
木暮の語尾と流川の声が重なった。
見れば木暮達が抜けた為、試合は一時中断されていた。
桜木はやって来た流川に突っ掛かろうとしていたが、後ろから現われた部員達に早々に引きづられて行った。
そして、追うように木暮を呼ぶ声がする。
「悪い、すぐ戻る」
「頑張ってね、木暮先輩!」
「恋に、先輩って言われるのは違和感あるなぁ…。そういえば、バスケは続けてるのか?」
笑顔を向けて来る木暮の突然の質問に、恋は一瞬思考が止まったが、すぐに笑顔を浮かべた。
「もうやらないの。じゃあ、帰るね。バイバイ」
そう言い、恋は手を振り去って行った。
木暮は首を傾げるしか出来ず、再び呼ばれた声に返事をしコートへと向かった。
体育館を後にし、恋がぼんやりと家路を歩いていると途中、バスケットゴールを見つけた。
簡易なコート内に足を運び、無造作に落ちているボールを拾う。
そして、それをゴールに向けて打つ。
ボールはシュッという音を立て、吸い寄せられるように綺麗な弧を描きゴールした。
「……続けたかったなぁ」
恋は悲しげな表情を浮かべ右肩を押えながら呟いた。
翌日の放課後、恋はボーッとしながら歩いていた。
足は体育館前に、無意識の内に向いていた。
その事に気付くと、恋はくるりと踵を返す。
しかし、後ろから声を掛けられ恋はやむなく足を止めた。
「あら?貴女、昨日いた…」
目の前には、ウェーブのかかった髪にTシャツ、ハーフパンツ姿の少女が立っていた。
その横には、セミロングの制服姿の少女もいる。
初めて見る顔ぶれに、恋は不審そうな顔を向けた。
「木暮先輩の幼馴染み…だったわよね?」
「はい」
「あ、私は彩子。この子は晴子ちゃん。木暮先輩に用事?」
彩子は、そう言うと体育館の中を覗く。
そして、近くにいた部員に声を掛け木暮の事を聞いている。
「いえ…あの…」
「木暮先輩、今いないらしいから中で待ってなさいよ」
彩子はそう言い恋を中へ促した。
恋は慌てて口を開く。
「え、でも、練習の邪魔になりますから…」
「いいわよ、今日は委員会で赤木先輩も遅れてるから。中でちょっとくらい待ってても、問題ないんじゃないかしら」
「でも…」
「いいから、いいから。晴子ちゃんもいらっしゃいよ。それならいいでしょ?」
そう言い、彩子は二人を中に招き入れる。
恋はその強引さに渋々中へと入った。
「あ、アヤちゃーん」
中に入ると、すぐに彩子の姿を見つけて小柄な少年が近付いて来た。
彩子は、少年を見て面倒そうな顔をする。
「何よ、リョータ」
「あのさ…」
リョータと呼ばれた少年が彩子と話し始めた。
その場に取り残された感が漂う恋に、晴子が声を掛けた。
「えっと…如月さん。私、赤木 晴子、同じ1年よ。さっきの彩子さん、バスケ部のマネージャーで2年生なの。それで男の子の方が宮城 リョータさん。2年生で、湘北のポイントガードを任されているのよ。…あ、ごめんなさい、勝手にベラベラと…。ポイントガードとか分かる…?」
晴子は、少ししゅんとしながら恋に聞く。
恋は、その行動が妙に可愛らしく感じて笑顔を向けた。
「分かるよ」
「あら、如月さんも、バスケやってたの?」
「…やってたよ」
「そうなのね!楽しいよね、バスケって」
晴子は屈託なく笑顔を向けた。
恋は一瞬曇った表情を浮かべたが、すぐ笑顔を向ける。
「そうだね」
「恋?」
名を呼ばれ恋が振り向くと、木暮と体格の良い大きな少年が立っていた。
同じく振り返った晴子が、笑顔で少年に話し掛ける。
「お兄ちゃん。委員会、終わったの?」
「あぁ。何をしているんだ?」
「えぇっ、赤木さんのお兄ちゃん!?」
晴子達のやり取りを聞き、恋は目を丸くしながら2人を見比べた。
「そう。赤木 剛憲、バスケ部のキャプテンで、私のお兄ちゃんなの」
「うそーん…」
恋は絶句していた。
赤木は怪訝そうな表情を浮かべるが、それに割って入るように、木暮が言葉を発した。
「何か用事か?」
「いや、あの、その…」
「?そうだ、良かったら、練習見ていったらどうだ?赤木、いいだろ?」
木暮は赤木に答えを促す。
赤木は、その提案に一拍置いて言った。
「あぁ…?まぁ、端の方でなら構わんが…」
「良かったな、恋」
木暮の笑顔に恋は戸惑いの表情をしたが、そのまま促される様に体育館の端に腰を下ろした。
そして、赤木も加わり程なくして練習が始まった。
「…上手いんだね、皆」
「うん、今年の湘北は凄いのよ!」
晴子が目を輝かせて言う横で、恋はふと目の前で繰り広げられる試合を見て言った。
「あのシューティングガードの人…体力不足気味…だよね?」
「分かるの?」
「…他の人よりは、息上るの早いから」
「三井寿さんって言うんだけど、2年ブランクがあったから、それは大きいかな…」
三井を見てみれば、恋の言った通り息が上がってきている。
2年のブランクは大きいだろうと、恋は内心思った。
そして、どこかで見た顔だとも思ったが、名前を聞いても思い当たらなかった為、特に気にせず視線を移した。
「流川くんは…」
「凄く上手いのよ!これからの湘北にとって、とても頼りになるわ。カッコいいし…」
晴子が、ほぅっとうっとりした表情をしたのを見て、恋は目をパチクリと瞬きさせる。
「赤木さんは、流川くんが好きなの?」
「えっ…あの…」
「好きなんだね」
「好きって言うか、憧れって言うか」
顔を真っ赤にしながら口ごもる晴子を見て、恋は微笑む。
その愛らしさに、自然と笑みが溢れてしまったのだ。
それから、視線を流川に戻した。
「確かに上手いね…」
そう言いつつも、恋は流川のプレイの中に、周りに対してあまり信頼がないような感じを受けた。
(あぁいう人って、勝つ事に対する執着は凄そうなんだけどな…)
そんな事を考えていると、赤毛の少年が恋の前を横切る。
恋は、そのプレイを見て呆気に取られた。
「桜木って人は…。何か、むちゃくちゃだね。初心者…?」
「そうなの。でも、始めたばかりだけどメキメキ実力を上げてるのよ」
「…なんて言うか…面白いね」
恋は、桜木のプレイを見ながら微笑んだ。
それはとても嬉しそうに…けれど、どこか寂しげだった。
時刻は19時。
湘北バスケ部の練習は終了した。
帰る機会を逃した為に、最後まで見ていた恋が立ち上がろうとすると、コロコロとボールが足元に転がって来た。
それをひょいと拾い上げると、桜木が声を掛けた。
「すまん」
そう言って、パスを要求してくる。
恋がパスを返すと、ボールはパシンと勢い良く桜木の手元に戻る。
「おぉ、良いパスを出すな。経験者か?」
「…だったら、何?」
「俺様の相手をしやがれ!」
「何で?」
「物足りんのだ!暇なら付き合え!」
桜木の偉そうな態度に、恋は呆気にとられながらも笑って言った。
「…いいよ、やろっか」
そう言い、恋と桜木はコートに入った。
2人しかいないコートに、数人の部員達が目をやる。
「おい…」
それを見て赤木が止めようとするも、恋が言い放つ。
「ごめんなさい、すぐ終わりますから。少しだけいいですか?」
「ふはははは、俺の実力に敗北宣言か?」
「そんなワケないよ。15分あれば十分かな。10本先にゴール決めた方の勝ちね。じゃ、始め」
そう言い、恋は桜木の手にしていたボールを奪いドリブルを始めた。
桜木は、恋を追いかける。
「おのれ、小癪な~」
桜木が追いつくと共に、恋は笑みを零し素早くシュートを放った。
それは3Pの線よりも1m程外。
「ぬはははは、そんなボールが入るか」
その場にいた誰もがそう思ったが、恋が放ったボールは、通常より高い位置で弧を描きゴールした。
恋は、微笑みながら言った。
「入ったけど?はい、ボール。次は桜木くんからね」
「うぬぬぬぬ~」
桜木は額に青筋を立てながらボールを握り、ドリブルを始めゴールに向かう。
が、恋は素早くそれをカットし自分の得点にしてしまう。
「ふんがー!!貴様、俺様をコケにするつもりかー!」
「そんなつもりないよー。桜木くんが下手なだけだもん。だいたい、誘って来たのそっちだし…」
恋は、呆れて対決を再開する。
暫く経っても、2人の対決は意外に続いていた。
お互いに向かい合い再開された何度目かの対決で、桜木が恋の前に一定距離を保ち構える。
しかし、恋は立ち止まったまま、ボールを何度も床と掌の間でバウンドさせるだけだった。
桜木は挑発されている様に感じ、真向勝負に挑み恋に向かった。
恋は、向かって来た桜木の股下にボールをバウンドさせて前に運ぶと、そのままゴールに向かって行く。
「おのれー!」
桜木の叫びが体育館内に響く。
そして、シュート数が恋9本、桜木0本、決着も後1本と言うところで、桜木が思わぬ力を発揮しダンクを決めた。
「見たかぁ!これが俺様の実力だぁぁ!」
「うん、凄いね~」
恋は、ニコニコと笑みを浮かべながら言った。
桜木はうぬぬと唸り叫んだ。
「貴様~!」
それから急に長引いた攻防の末、恋の放ったボールがゴールに向かった時、桜木が高いジャンプでボールに触れ微かに軌道を曲げた。
だが、恋のボールは吸い寄せられたようにゴールの枠に当たり、クルクルと円を描きながらゴールされた。
「何いぃぃぃぃ」
「はい、私の勝ち」
桜木はワナワナと震えている。
恋が額に滲む汗を拭うと、観戦していた宮城と三井が桜木に近寄って来た。
「桜木…女に負けるとはなぁ」
「花道、格好悪いぞ」
ニタニタと笑いながら言っている三井と宮城に、桜木は青筋を立てながら恋に向かって言った。
「えぇい、もう1度勝負しろ!」
「…また、いつかね」
「しっかし、すげぇなぁ、お前」
「ほんとほんと。シュートは遠くても入るわ、カットは素早くて瞬発力もあるわ、何よりボールを持ってからのシュートのタイミングが早い早い」
感心している宮城達に対し、恋は笑顔を浮かべたまま何も言わない。
「桜木、如月に教えて貰ったらいいんじゃねぇのー?」
ニヤニヤと言う三井の言葉に、桜木はワナワナと震える。
「おい、そろそろ帰らないと。8時前だぞ」
木暮の言葉に、皆が急いで帰り支度を始めた。
桜木は突っ掛かりはしなかったが、ずっと恋に睨みを利かせていた。
恋は、苦笑を浮かべて帰り支度をした。
皆が注目する中、少女は声を発する。
「初めまして、如月 恋です」
恋は、黒板に書かれた名を背にペコリと頭を下げて挨拶をした。
恋は今日、湘北高校1年に転校をして来た。
親の都合での中途半端な時期の転校に、恋自身戸惑いは感じているが、それに拒否権など発生するはずもなく異論もない。
湘北高校も自身の学力レベルに合い、たまたま空きがあったから決めたに過ぎなかった。
恋は特別緊張した様子もなく、教室での挨拶をした後、クラスメイトの顔を見渡した。
ふと、後方の席が目に付き注目する。
そこには、机に突っ伏したまま爆睡状態の少年が1人。
まだ学校は始まったばかりの時間である。
「では、如月の席は…」
恋が教師の声にハッとし、言われた席に付くと、授業は程無くして始まった。
授業も一段落した昼休み。
恋は休み時間に仲良くなった少女、茅那を含む友人達と弁当を食べることにした。
他愛もない会話の中、恋は運動場を見つめていた。
「ん?どしたの?…バスケ?」
茅那が視線の先を見ると、運動場の脇の方で少年達が3on3をしていた。
「好きなの?」
「んーん、好きじゃない」
「?あ、じゃあ、誰かカッコいい子でもいたの?」
「違う違う」
前のめり気味に食い付く茅那を見て、恋は笑って応えた。
茅那はつまらないと言った風に肩を落とす。
「バスケって言えば、今年、ウチの男バス期待出来るんだって。何か、1年がすごいらしいよ」
「そうそう、流川くんが凄いの!」
「流川…?」
恋は、聞き慣れない名前に首を傾げる。
「そう、授業中寝てた子いたでしょ?授業は寝てばっかなんだけど、バスケの時マジで凄いの!顔もカッコいいしさ!」
「はいはい、あんたの流川狂はもういいっての」
茅那は、流川トークを始めそうな勢いの友人に釘を差した。
隣りでの会話を聞き流しながら、恋は流川の席をぼんやりと見つめていた。
放課後、恋はこれから部活の茅那達と別れ、散策をしようと校内を回っていた。
一通り散策し終えた恋が、体育館近くを歩いていると歓声が聞こえた。
恋は、好奇心を抱きその方向へ足を向ける。
「キャ~、流川くぅん!」
ハートマークの飛んでいる入口付近では、少女達が歓声を上げていた。
恋は、その後ろからそろりと中を見た。
中ではバスケ部が試合をしている。
丁度、歓声の原因である流川がシュートを決めた所だった。
「うぉぉい、キツネ!貴様、俺様の邪魔をするなぁ!」
赤い髪をした少年が、流川に大声を出し突っ掛かっている。
そして赤髪の少年は、ブーイングが上がるこの入口付近にやって来て、怒鳴りながらドアを閉めようとした。
その場にいた少女達は、少年に反論をして言い争いが始まっている。
「桜木!赤木が遅れてるからって、問題ばかり起こすなよ」
赤毛の少年の後ろから慌てた声がした。
見ると、眼鏡をかけた少年が立っている。
そして、その少年の視界に恋が入ると、表情は慌てた様子から驚きの色に変わった。
「…恋?」
「こんにちは、こーちゃん」
恋は、笑顔を向けて挨拶をした。
「久し振りだなぁ。どうしたんだ?何でここに?」
「うん、今日転校して来たの。驚かそうと思って、こーちゃんのお母さんには黙ってて貰ったんだよ」
「そうか…。いやぁ、本当にびっくりした」
眼鏡の少年、木暮は微笑みながら恋の頭を撫でた。
実の所、恋と木暮は以前から知り合いなのだ。
「何だい、メガネくん。彼女か?案外、隅に置けないなぁ、ぬははははは」
その様子を見た桜木と呼ばれた少年は、木暮の肩に腕を乗せニヤニヤしながら言った。
木暮は、目をパチパチさせてから苦笑を浮かべた。
「違うよ。彼女は如月 恋。俺とは幼馴染みなんだよ」
「おい、試合…」
木暮の語尾と流川の声が重なった。
見れば木暮達が抜けた為、試合は一時中断されていた。
桜木はやって来た流川に突っ掛かろうとしていたが、後ろから現われた部員達に早々に引きづられて行った。
そして、追うように木暮を呼ぶ声がする。
「悪い、すぐ戻る」
「頑張ってね、木暮先輩!」
「恋に、先輩って言われるのは違和感あるなぁ…。そういえば、バスケは続けてるのか?」
笑顔を向けて来る木暮の突然の質問に、恋は一瞬思考が止まったが、すぐに笑顔を浮かべた。
「もうやらないの。じゃあ、帰るね。バイバイ」
そう言い、恋は手を振り去って行った。
木暮は首を傾げるしか出来ず、再び呼ばれた声に返事をしコートへと向かった。
体育館を後にし、恋がぼんやりと家路を歩いていると途中、バスケットゴールを見つけた。
簡易なコート内に足を運び、無造作に落ちているボールを拾う。
そして、それをゴールに向けて打つ。
ボールはシュッという音を立て、吸い寄せられるように綺麗な弧を描きゴールした。
「……続けたかったなぁ」
恋は悲しげな表情を浮かべ右肩を押えながら呟いた。
***
翌日の放課後、恋はボーッとしながら歩いていた。
足は体育館前に、無意識の内に向いていた。
その事に気付くと、恋はくるりと踵を返す。
しかし、後ろから声を掛けられ恋はやむなく足を止めた。
「あら?貴女、昨日いた…」
目の前には、ウェーブのかかった髪にTシャツ、ハーフパンツ姿の少女が立っていた。
その横には、セミロングの制服姿の少女もいる。
初めて見る顔ぶれに、恋は不審そうな顔を向けた。
「木暮先輩の幼馴染み…だったわよね?」
「はい」
「あ、私は彩子。この子は晴子ちゃん。木暮先輩に用事?」
彩子は、そう言うと体育館の中を覗く。
そして、近くにいた部員に声を掛け木暮の事を聞いている。
「いえ…あの…」
「木暮先輩、今いないらしいから中で待ってなさいよ」
彩子はそう言い恋を中へ促した。
恋は慌てて口を開く。
「え、でも、練習の邪魔になりますから…」
「いいわよ、今日は委員会で赤木先輩も遅れてるから。中でちょっとくらい待ってても、問題ないんじゃないかしら」
「でも…」
「いいから、いいから。晴子ちゃんもいらっしゃいよ。それならいいでしょ?」
そう言い、彩子は二人を中に招き入れる。
恋はその強引さに渋々中へと入った。
「あ、アヤちゃーん」
中に入ると、すぐに彩子の姿を見つけて小柄な少年が近付いて来た。
彩子は、少年を見て面倒そうな顔をする。
「何よ、リョータ」
「あのさ…」
リョータと呼ばれた少年が彩子と話し始めた。
その場に取り残された感が漂う恋に、晴子が声を掛けた。
「えっと…如月さん。私、赤木 晴子、同じ1年よ。さっきの彩子さん、バスケ部のマネージャーで2年生なの。それで男の子の方が宮城 リョータさん。2年生で、湘北のポイントガードを任されているのよ。…あ、ごめんなさい、勝手にベラベラと…。ポイントガードとか分かる…?」
晴子は、少ししゅんとしながら恋に聞く。
恋は、その行動が妙に可愛らしく感じて笑顔を向けた。
「分かるよ」
「あら、如月さんも、バスケやってたの?」
「…やってたよ」
「そうなのね!楽しいよね、バスケって」
晴子は屈託なく笑顔を向けた。
恋は一瞬曇った表情を浮かべたが、すぐ笑顔を向ける。
「そうだね」
「恋?」
名を呼ばれ恋が振り向くと、木暮と体格の良い大きな少年が立っていた。
同じく振り返った晴子が、笑顔で少年に話し掛ける。
「お兄ちゃん。委員会、終わったの?」
「あぁ。何をしているんだ?」
「えぇっ、赤木さんのお兄ちゃん!?」
晴子達のやり取りを聞き、恋は目を丸くしながら2人を見比べた。
「そう。赤木 剛憲、バスケ部のキャプテンで、私のお兄ちゃんなの」
「うそーん…」
恋は絶句していた。
赤木は怪訝そうな表情を浮かべるが、それに割って入るように、木暮が言葉を発した。
「何か用事か?」
「いや、あの、その…」
「?そうだ、良かったら、練習見ていったらどうだ?赤木、いいだろ?」
木暮は赤木に答えを促す。
赤木は、その提案に一拍置いて言った。
「あぁ…?まぁ、端の方でなら構わんが…」
「良かったな、恋」
木暮の笑顔に恋は戸惑いの表情をしたが、そのまま促される様に体育館の端に腰を下ろした。
そして、赤木も加わり程なくして練習が始まった。
「…上手いんだね、皆」
「うん、今年の湘北は凄いのよ!」
晴子が目を輝かせて言う横で、恋はふと目の前で繰り広げられる試合を見て言った。
「あのシューティングガードの人…体力不足気味…だよね?」
「分かるの?」
「…他の人よりは、息上るの早いから」
「三井寿さんって言うんだけど、2年ブランクがあったから、それは大きいかな…」
三井を見てみれば、恋の言った通り息が上がってきている。
2年のブランクは大きいだろうと、恋は内心思った。
そして、どこかで見た顔だとも思ったが、名前を聞いても思い当たらなかった為、特に気にせず視線を移した。
「流川くんは…」
「凄く上手いのよ!これからの湘北にとって、とても頼りになるわ。カッコいいし…」
晴子が、ほぅっとうっとりした表情をしたのを見て、恋は目をパチクリと瞬きさせる。
「赤木さんは、流川くんが好きなの?」
「えっ…あの…」
「好きなんだね」
「好きって言うか、憧れって言うか」
顔を真っ赤にしながら口ごもる晴子を見て、恋は微笑む。
その愛らしさに、自然と笑みが溢れてしまったのだ。
それから、視線を流川に戻した。
「確かに上手いね…」
そう言いつつも、恋は流川のプレイの中に、周りに対してあまり信頼がないような感じを受けた。
(あぁいう人って、勝つ事に対する執着は凄そうなんだけどな…)
そんな事を考えていると、赤毛の少年が恋の前を横切る。
恋は、そのプレイを見て呆気に取られた。
「桜木って人は…。何か、むちゃくちゃだね。初心者…?」
「そうなの。でも、始めたばかりだけどメキメキ実力を上げてるのよ」
「…なんて言うか…面白いね」
恋は、桜木のプレイを見ながら微笑んだ。
それはとても嬉しそうに…けれど、どこか寂しげだった。
時刻は19時。
湘北バスケ部の練習は終了した。
帰る機会を逃した為に、最後まで見ていた恋が立ち上がろうとすると、コロコロとボールが足元に転がって来た。
それをひょいと拾い上げると、桜木が声を掛けた。
「すまん」
そう言って、パスを要求してくる。
恋がパスを返すと、ボールはパシンと勢い良く桜木の手元に戻る。
「おぉ、良いパスを出すな。経験者か?」
「…だったら、何?」
「俺様の相手をしやがれ!」
「何で?」
「物足りんのだ!暇なら付き合え!」
桜木の偉そうな態度に、恋は呆気にとられながらも笑って言った。
「…いいよ、やろっか」
そう言い、恋と桜木はコートに入った。
2人しかいないコートに、数人の部員達が目をやる。
「おい…」
それを見て赤木が止めようとするも、恋が言い放つ。
「ごめんなさい、すぐ終わりますから。少しだけいいですか?」
「ふはははは、俺の実力に敗北宣言か?」
「そんなワケないよ。15分あれば十分かな。10本先にゴール決めた方の勝ちね。じゃ、始め」
そう言い、恋は桜木の手にしていたボールを奪いドリブルを始めた。
桜木は、恋を追いかける。
「おのれ、小癪な~」
桜木が追いつくと共に、恋は笑みを零し素早くシュートを放った。
それは3Pの線よりも1m程外。
「ぬはははは、そんなボールが入るか」
その場にいた誰もがそう思ったが、恋が放ったボールは、通常より高い位置で弧を描きゴールした。
恋は、微笑みながら言った。
「入ったけど?はい、ボール。次は桜木くんからね」
「うぬぬぬぬ~」
桜木は額に青筋を立てながらボールを握り、ドリブルを始めゴールに向かう。
が、恋は素早くそれをカットし自分の得点にしてしまう。
「ふんがー!!貴様、俺様をコケにするつもりかー!」
「そんなつもりないよー。桜木くんが下手なだけだもん。だいたい、誘って来たのそっちだし…」
恋は、呆れて対決を再開する。
暫く経っても、2人の対決は意外に続いていた。
お互いに向かい合い再開された何度目かの対決で、桜木が恋の前に一定距離を保ち構える。
しかし、恋は立ち止まったまま、ボールを何度も床と掌の間でバウンドさせるだけだった。
桜木は挑発されている様に感じ、真向勝負に挑み恋に向かった。
恋は、向かって来た桜木の股下にボールをバウンドさせて前に運ぶと、そのままゴールに向かって行く。
「おのれー!」
桜木の叫びが体育館内に響く。
そして、シュート数が恋9本、桜木0本、決着も後1本と言うところで、桜木が思わぬ力を発揮しダンクを決めた。
「見たかぁ!これが俺様の実力だぁぁ!」
「うん、凄いね~」
恋は、ニコニコと笑みを浮かべながら言った。
桜木はうぬぬと唸り叫んだ。
「貴様~!」
それから急に長引いた攻防の末、恋の放ったボールがゴールに向かった時、桜木が高いジャンプでボールに触れ微かに軌道を曲げた。
だが、恋のボールは吸い寄せられたようにゴールの枠に当たり、クルクルと円を描きながらゴールされた。
「何いぃぃぃぃ」
「はい、私の勝ち」
桜木はワナワナと震えている。
恋が額に滲む汗を拭うと、観戦していた宮城と三井が桜木に近寄って来た。
「桜木…女に負けるとはなぁ」
「花道、格好悪いぞ」
ニタニタと笑いながら言っている三井と宮城に、桜木は青筋を立てながら恋に向かって言った。
「えぇい、もう1度勝負しろ!」
「…また、いつかね」
「しっかし、すげぇなぁ、お前」
「ほんとほんと。シュートは遠くても入るわ、カットは素早くて瞬発力もあるわ、何よりボールを持ってからのシュートのタイミングが早い早い」
感心している宮城達に対し、恋は笑顔を浮かべたまま何も言わない。
「桜木、如月に教えて貰ったらいいんじゃねぇのー?」
ニヤニヤと言う三井の言葉に、桜木はワナワナと震える。
「おい、そろそろ帰らないと。8時前だぞ」
木暮の言葉に、皆が急いで帰り支度を始めた。
桜木は突っ掛かりはしなかったが、ずっと恋に睨みを利かせていた。
恋は、苦笑を浮かべて帰り支度をした。