チャンスはもう一度
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その日、繁華街に並ぶ居酒屋内で、陵南高校のとあるクラスの同窓会が開かれていた。
個室には次々と懐かしき顔が時間と共に現れ、皆のテンションは上がり始めていく。
ひとしきり人数が揃うと幹事が立ち上がり、一言二言添えて音頭の声を上げた。
「かんぱーい」
その声に皆が返事をして、それぞれが手にしているグラスを上げてから口にする。
それを皮切りにそこかしこで、懐かしい、変わっていない、などと言葉が交わされる。
恋もその中の一人で、友人達と会話を楽しんでいたが、ふと、誰かの言葉が耳に入った。
「そう言えば、今日、仙道来るらしいよ」
「えー、有名人がこんなとこ来ていいわけー?」
茶化すような、どこか嬉しさが滲んだような声音が聞こえると、その話題は一気に駆け巡り、皆が口々に驚くのは今では有名人となった人物の話題だからだろうか。
その時、タイミングよく個室のドアが開かれ、見知った顔が現れた。
「悪ぃ、遅れた」
少し頭を屈ませながらひょっこり現れたのは、遅刻した態度が高校生の時と変わっていない、渦中の人物だった。
「噂をすればだ!」
「えっ、嘘、本当に仙道!?」
「久しぶりだな」
「うわっ、有名人じゃーん!」
その姿に、皆が口々に言葉を発する。
仙道は高校生の時から皆と分け隔てなく良好な関係を築いていたからか、友好的な冗談混じりの口調がそこかしこで出た。
変わらずの大きさに皆が少し道を譲ると、仙道は部屋の中へ進みながら苦笑して言った。
「やめてくれよ。それに、有名人じゃないから」
「いやいや、プロでやってるじゃん?てか、女子アナと噂なってたじゃん!」
「あれは、嘘」
「本当かよー」
誰かが口にしたのは、数ヶ月前に出ていた週刊誌の話題だった。
仙道の突然の熱愛発覚に、衝撃を受けた者も少なくないニュースだ。
皆それが聞きたくてウズウズしているのか、仙道の周りにはあっという間に人が集まっていった。
それから暫くして、酔いも回ってきた友人達を見て仙道はシレッと立ち上がると、少し離れた空席に腰を下ろした。
「恋」
友人達と談笑していた恋は、その声に振り返り驚きの表情を浮かべた。
「仙道?どしたの?」
「逃げてきた」
仙道が指差す方は、元クラスのムードメーカーと言われるような人物達が集まっていて、酒も進んでおりとても賑やかだった。
そして、仙道がこっそり抜けても気付かないくらいには、酔いも回り別の話題に夢中のようである。
「あはは、盛り上がってるもんね、あっち」
「ねー、仙道。さっきの本当なのー?」
「何が?」
唐突に、恋の友人から出た言葉に仙道は砕けた様子で返す。
大人になっても雰囲気は昔のままだと皆が思った瞬間でもあっただろうが、話題はやはり戻るのか、その質問の意味は誰もが勘付いていた。
「女子アナと噂になってたやつ!実際可愛いの!?」
「ん?あぁ、まぁ、そうかな」
「えー、じゃあ、仙道堕ちてんだー」
「堕ちてないって。嘘だから」
「えー?ちょっとはいいなーとか思ってないの?あんな写真撮られて」
「あれは、たまたまそう見えるタイミングなだけだから」
「あはは、必死なとこが逆にあやしー」
「えぇ?」
ケラケラ笑う友人達に、仙道は困惑しながらも誤魔化すように笑ってドリンクを喉に流す。
この話題がネタになるだろう事は、同窓会に参加すると決めてから予測出来ていた。
けれど、ここまで注目されているとも思っていなかったからか、多少の困惑と疲れを実感している。
と、そのタイミングで別の友人が声をかけた。
「あ、ねぇねぇ!」
その言葉を皮切りに話題は逸れ、友人達が席も移動していった事で辺りは一瞬静けさが訪れた。
仙道は深くため息を吐くと、持って来たグラスの残りを喉に流した。
「やっと静かになったな」
「あはは、お疲れ。あ、仙道かんぱーい」
「乾杯。結構酔ってる?」
「んふふー、どうだろうね?てか、仙道は飲まないの?」
「俺、今日車だから」
「へー?」
恋は相槌を打つと、お酒の入ったグラスをあおる。
その飲みっぷりに仙道は感心しつつも、それから二人は暫し談笑を続け、同窓会は進んでいった。
その後、楽しい時間はあっという間に過ぎると体感する中でのお開きに、店先では二次会に行く者と帰る者に別れ始めていた。
皆が口々に挨拶している中、恋はニコニコとそれを見守っていた。
ほろ酔いの為か、頭がポワポワとしていて何もかもが楽しい気分でもある。
そんな恋に、仙道は声をかけた。
「恋」
「んー?」
「酔ってる?」
「大丈夫ー!」
「やたら元気あるところが、もう酔ってると思うんだけど?」
仙道は笑って、少し足元が不安定になった恋を支えようと手を出すが、恋は笑みを浮かべてその手を遮った。
「平気だよー。仙道も二次会行くでしょ?あれ?明日、予定あるんだっけ?」
「いや、明日は一日オフだけど」
「じゃー、行こう!」
「あー、それよりは、恋と二人で飲みたいかな?」
ヘラッと笑う仙道の笑みに妙な懐かしさを覚えた恋は、少しだけ決まりが悪そうな笑みを浮かべた。
「えー?」
「駄目か?」
「んー、まぁいいよー!」
「じゃあ、行こうか」
恋が笑顔でそう答えると、どちらからともなく歩き出し二人は夜の街に繰り出した。
それから数分して入った居酒屋に、二人は並んで座る。
何度目か分からない乾杯をして暫く談笑していると、自身の携帯機器が鳴っている事に気付いた恋は、鞄から取り出した画面を見て仙道に問いかけた。
「ねぇ、皆に抜ける事言った?」
「いや?」
仙道は、グラスを傾けながらキョトンとして答えた。
恋はその反応に合点がいったのか、着信履歴画面を仙道に見せると、仕方なさそうに笑って立ち上がる。
「だからかー。めっちゃかかってんだけど。ちょっとかけてくるね」
「あぁ」
恋は店外に出ると、何度も着信を知らせていた友人に電話をかけた。
それから数分後、元の場所に戻った恋は先ほどと同じ席に着く。
「大丈夫だったか?」
「うん、酔ってたから心配してただけっぽい。酔ってないのに」
「ホワホワしてそうだけど?」
「ホワホワって……あはは、可愛い言い方!」
意外な言葉に、恋は笑って残っていたつまみを口に放り込む。
実際、外に出て友人と会話をしたからか、少しだけ酔いは醒めていて、ほろ酔いと言うほどでもないのだ。
「うん、変わってないな」
「んー?」
「高校の時のままだ」
仙道はどこか懐かしくも嬉しそうな顔をしていて、恋は目を丸くして答えに困ると、他の話題を探るように口を開いた。
「そう?あ、仙道、彼女はいいの?」
「何が?」
「サシ飲み。今更だけど、彼女持ちは行っちゃダメじゃない?」
「俺、今フリーだよ」
「そうなの?」
互いに面食らっていると、仙道はクスクスと笑って言葉を発した。
「恋も、噂信じてる?」
「んー、まぁ、仙道がそう言うなら信じないかな」
恋が小さく笑いながらあおったグラスをテーブルに置くと、溶けた氷がカランと音を立てる。
言葉を選んだ素振りのある恋に、仙道は少しだけ意外そうにしていた。
「仙道って、無駄な嘘は付かないでしょ」
「無駄じゃなかったら付くんだ?」
「うん。だけど言い方かなー?」
「ん?」
「なんとなくだけど、違うかなって。まぁそう信じたいだけだけど」
「えっ?」
恋の言葉が一瞬理解できなかったのか、仙道が聞き返すと同時に、2人のテーブルに影が落とされた。
「烏龍茶と唐揚げになりまーす」
店員が勢いよく声を上げて、注文していた品物をテーブルに置く。
恋はニコニコと店員に笑いかけると、手早くそれを移動させた。
「ありがとうございまーす。はい、仙道。来たよ」
「あ、うん」
仙道は聞くタイミングを逃したのか、渡されたグラスに口をつけるしかなかった。
恋は唐揚げを口に放り込むと、飲み込んだタイミングで仙道に尋ねた。
「そう言えば、どうなの?」
「何が?」
「プロの生活」
「あぁ、うん、大変だけど楽しいよ。恋は?」
「同じく。大変だけど楽しいかなー」
その笑みからは充実感が垣間見えた。
ふと、恋の話題を友人から聞いたのはいつだったかと仙道は考える。
恋が高校生の時からなりたかった職業に就いていると、噂程度には聞いていたのだ。
「なりたかった職業だから?」
「それもあるけど、仕事って楽しいなって」
「ははは、悟り開いてる?」
「かもねー。だから、彼氏いないのかも」
恋が諦めを含んだ笑みを浮かべると、仙道は不思議そうに尋ねた。
恋には昔、彼氏がいた記憶がある。
「あれ?高校の時に付き合ってた奴は?」
「とっくに別れたよー。流石にこんな長く付き合ってたら、結婚考えるでしょ」
ケタケタと恋が笑うと、仙道は同窓会での友人達の近況を思い出す。
「何人か結婚してたな」
「考えなきゃならない年齢って事だよねー」
「結婚願望あるんだ?」
「失礼すぎー!そりゃ、年齢なりにはあるよ!」
「へぇ」
仙道は、意外そうだとも、そうでないとでも取れるような何とも言えない表情で返す。
恋は、そんな仙道に疑問を投げかける。
「仙道はある?」
「あんまり」
「彼女は?」
「いたらいいなとは思うけど、出会いがないからな」
「うっそだぁ!絶対あるじゃん!」
仙道が今や知る人ぞ知る人物となった事は周知の事実で、それで出会いがないなどとは到底思えず、恋は大袈裟に声を出す。
そもそも論として、仙道は昔からモテていた記憶が恋にはあるのだ。
仙道は、薄く含みのある笑みを浮かべグラスに口をつけた。
「恋こそ。モテるだろ?」
「仙道、目大丈夫?私はモテないから」
「高校の時も、モテてただろ?」
「はぁ?モテてないし!」
二人の記憶には齟齬が生じているのか、互いに互いの言葉を否定する。
恋に男女問わず友人が多かった事は事実であるが、だからと言って、モテていたという記憶は恋にはない。
今までの人生で、告白された事など数回しか記憶にないと恋が笑うと、仙道は小首を傾げた。
「そう?恋の事、可愛いとか好きって言ってた奴結構いたけど」
「うっそ!誰!?」
「たとえば……」
「ストップ!やっぱいい!聞いたら見る目変わっちゃう!期待しちゃう!」
仙道の言葉を遮り、恋は頬に手を当て大袈裟に振る舞う。
気恥ずかしさと複雑な感情が自身に生まれた気がして、恋はグラスに口をつけた。
「はは、何だそれ」
「だって、次会った時、昔私の事そんな風に思ってたのー?って思っちゃうじゃん」
「はは、嬉しい?」
「嬉しいってか複雑!だったら、その時告白してよーって感じだし」
「あー、それはそうだよな」
そう、それは当時の会話の一部にしか過ぎず、それで恋が告白を色々な人からされたわけでもなく、他愛もない男子高校生の会話を今更ほじくり返しても良い事などないだろう。
それからはその内容には特に触れず、二人で他愛もない会話を続けた。
日付も変わりそうな時間には、どちらからともなく解散の気配を感じて店を出た。
まだ賑やかな店内を隔てるドアが閉まり、仙道が視線を上げたのを確認すると、恋は駅へ向かう為にと足を踏み出す。
が、すかさず仙道が声をかけた。
「恋、送ろうか」
「ん?平気だよー、まだ終電間に合うし」
恋は現在の時刻を確認すると、駅までの距離を頭の中で換算し笑みを浮かべた。
仙道も同じく笑みを返すと、ポケットから取り出した車のキーを指先で揺らす。
「俺車だから。ついで」
「ついでって、私の家遠いよ?」
「そうだっけ?」
「今一人暮らしだから、この辺じゃないんだよね」
「いいよ、送る」
「えー?何で?」
「送りたいから」
「えぇ?」
困惑しながらも、クスクスと笑う恋からは拒否の意図は感じず、仙道は恋の背を軽く叩くと歩き出した。
「ほら、ドライブドライブ」
「えっ!?ドライブなの?」
恋は目をパチクリとさせるが、仙道は伸びをしながら振り返り、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
「酔い覚ましにいいだろ?ドライブ。恋は、した事ないかもしれないけど」
「あるし!元彼とドライブした事あるし!てか、逆に酔い回るからね!?」
「へぇ?どこ行ったんだ?」
「えっ!?ドライブ?色々行ったけど?」
恋が記憶をたぐりよせようとすると、仙道はそれを遮るように言葉を放つ。
「夜の海は?」
「夜の?……は、行ってない」
「じゃあ、行こうか」
仙道はニッコリとした笑みで歩き出す。
恋は断る言葉が見つからず、それを追いかけた。
普段ならば、彼氏でもない人物と密室になる事を躊躇う恋だったが、昔馴染みの友人だからか、はたまたそれが仙道だからか、断る気には何故かならなかった。
駐車場に着き仙道の車に乗り込むと、静かに車は発進する。
淡い香りが漂う車内で二言三言会話をしていると、恋は少しだけ気持ちがソワソワし始めた。
学生の頃に見ていた仙道とは違い、そこには大人の横顔がある。
手慣れた仕草で車を操る仙道を見て恋は月日の流れを感じ、この助手席は他にも誰かが乗る事もあるのだろうかと想像してしまう。
ただ、それは単なる好奇心か、違う感情からくるものなのか恋には分からず、答えが出ないまま流れる景色に視線を移した。
一方、仙道も窓の外を見つめる恋の横顔に、少しの新鮮さを感じていた。
大人びた横顔の中に時折顔を見せる懐かしさに、何故だか少しだけ笑みが込み上げた。
それから程なくして着いた海水浴場の浜辺近くの通りに車を停めると、二人はゆっくり歩き出す。
そして、すぐさま恋は声を出した。
「うわぁ、くっらぁ……」
「うん、見えないな」
思いの外辺りは漆黒で、二人は思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
僅かな明かりはあるが、スタスタと進めるような場所には思えず、恋は少しだけ砂浜を歩くと立ち止り、その場にしゃがみ込んだ。
足元の砂をサラサラと弄びながら、どこか懐かしそうな表情で仙道を見上げた。
「前来た時は夕方だったしねー。てか、覚えてる?一緒に海来たの」
「うん、覚えてるよ」
仙道はフッと小さく笑うと、恋の隣に座った。
「あれ、何で一緒に行ったんだっけ?」
「一緒に行ったんじゃなくて、たまたま会ったんだよ。あの日、砂浜で走った後に寝転がってたら、恋が来たんだ」
それは、過去の記憶。
部活のあったその日は珍しく、走り込みを校外でしていた。
部活に遅れた罰で他の部員よりも多く走っていた仙道だが、何の気まぐれか遠回りでもしてみようと海辺に行くも誰もおらず、少し休憩しようと寝転がっていた。
それを恋が見つけ、声をかけたのだ。
「そうだ!何であれ寝てたの?」
「気温が丁度よくて、波の音聞いてたら眠くなったんだよな」
「見た時びっくりしたよー」
思い出した光景に笑ってしまう恋を仙道は優しく見つめると、あの時の疑問を投げかけた。
「恋は、どうして海に来てたんだっけ?」
その時会話したのは他愛もない事で、何故そこに恋が現れたのか話した記憶は仙道になかった。
恋は仙道に一度視線を移してから逸らすと、苦し紛れに笑ったような小さな笑みを浮かべる。
「あの日ー?あの日ねー……告白されて保留にした帰りなんだよね」
「えっ?」
仙道の意外そうな声色に、恋は笑うしか出来ない。
「まぁ、次の日にはオッケーしたんだけどさ」
「そう」
仙道の返事はとても小さく、恋はチラリと視線を移すが、そこにはどういった感情なのか読み取れはしない、ただ海を見つめる仙道の姿があった。
それから暫しの沈黙が流れ、唐突に恋がそれを破った。
「ねぇ、仙道」
「ん?」
「私、今ちょっと酔ってるから勢いに任せて聞いちゃうけどさ、あの時の続き、しないの?」
「えっ?」
「あの時さー。私ちょっと期待したんだよ?」
「まだ、覚えてたんだ?」
その記憶はハッキリと、恋の中に残っていた。
当時、他愛もない会話を続けていると、どちらからともなく沈黙し、波の音だけが耳に届く瞬間があった。
その後、何故そうなったかハッキリとした理由は見つからない。
ただ、たまたまその時互いに視線が合い、顔は自然と近づいた。
だが、それだけだった。
「覚えてるに決まってるじゃん。キスでもされてさ、告白されてたら秒でオッケーだったんだけどなぁ」
「えっ?」
少しだけ茶化すような口調の恋に、仙道は声が漏れ出た。
恋は仕方なさそうに笑って、ポツリポツリと話し始めた。
「私さ、高校の時、仙道の事好きだったんだよね。でも、寸止めで終わったから諦めて友達にオッケー出したんだー。その人は気が合って嫌いじゃなかったしさ。あの状態でされないって脈なかったって事でしょ?」
それは、恋の中では苦い思い出となっていた。
近づいた距離にドキドキしていても、一定の距離以上は近づく事がなく、何事もなかったように離れると、そこで全てを悟り当時の恋は諦める決心をしたのだ。
感傷に浸りそうになる恋は、ふと仙道の様子が気になり隣を見た。
仙道は俯き、小さなため息を吐いていた。
「仙道?」
恋が呼び掛けても、仙道はすぐに返事をしなかった。
恋がもう一度声をかけようとした時、不意に仙道が恋の目を見据えた。
「あー、失敗したなぁ」
「ん?」
「俺も、恋が好きだったよ」
「えっ?」
「でも、良い雰囲気だからって告白しないうちにキスするのはどうなんだってなって、告白しようか迷ってたら恋は帰るし。しかも、その後に彼氏は出来るし」
「えぇっ!?」
「馬鹿なことしたなぁ、俺」
「今更……」
仙道がどこか悔しそうな笑みを浮かべていると、恋は言葉に詰まり続けられなくなる。
「やっぱり、今更?」
「それは……」
「今日会って、やっぱり恋の事好きだと思ったよ、俺。そりゃ、今の恋の事は全然知らないけど、これから知れたら嬉しい……かな」
どこか照れた表情には幼さが見え、恋はあの時に戻ったような感覚に陥る。
色々な感情が混ざり、思わず顔を伏せた。
「ズルいなぁ……」
「ズルいのは恋だろ」
「えっ!?」
仙道が恋の肩に触れると、そのまま視界は横転し、仙道は恋の顔近くに手を付いた。
目を丸くする恋の瞳には仙道と夜空しか入らず、何故かその光景から逃れたいという気持ちは生まれない。
どこか切なそうな仙道の表情に、恋は目を奪われた。
「ドライブ誘って、着いて来てくれるとは思わなかった」
「……うん」
「正直、俺は期待したぜ。……恋は?」
「答えなきゃ、ダメ?」
「……期待してなかったら、流石に落ち込みそうだ。それに、無防備で少し腹が立つかも」
「うん」
「恋?」
恋は気恥ずかしさに思わず視線を逸らすが、仙道は優しい声を出す。
「こっち向いて?」
「ズルいなぁ……」
「続き、今していい?」
「聞かなくて……いい」
恋が少しだけ不満そうに仙道を見つめると、思わず仙道は笑みが溢れた。
そして、二人の距離は縮まる。
漆黒の中、二人だけの秘密が生まれるのだった。
個室には次々と懐かしき顔が時間と共に現れ、皆のテンションは上がり始めていく。
ひとしきり人数が揃うと幹事が立ち上がり、一言二言添えて音頭の声を上げた。
「かんぱーい」
その声に皆が返事をして、それぞれが手にしているグラスを上げてから口にする。
それを皮切りにそこかしこで、懐かしい、変わっていない、などと言葉が交わされる。
恋もその中の一人で、友人達と会話を楽しんでいたが、ふと、誰かの言葉が耳に入った。
「そう言えば、今日、仙道来るらしいよ」
「えー、有名人がこんなとこ来ていいわけー?」
茶化すような、どこか嬉しさが滲んだような声音が聞こえると、その話題は一気に駆け巡り、皆が口々に驚くのは今では有名人となった人物の話題だからだろうか。
その時、タイミングよく個室のドアが開かれ、見知った顔が現れた。
「悪ぃ、遅れた」
少し頭を屈ませながらひょっこり現れたのは、遅刻した態度が高校生の時と変わっていない、渦中の人物だった。
「噂をすればだ!」
「えっ、嘘、本当に仙道!?」
「久しぶりだな」
「うわっ、有名人じゃーん!」
その姿に、皆が口々に言葉を発する。
仙道は高校生の時から皆と分け隔てなく良好な関係を築いていたからか、友好的な冗談混じりの口調がそこかしこで出た。
変わらずの大きさに皆が少し道を譲ると、仙道は部屋の中へ進みながら苦笑して言った。
「やめてくれよ。それに、有名人じゃないから」
「いやいや、プロでやってるじゃん?てか、女子アナと噂なってたじゃん!」
「あれは、嘘」
「本当かよー」
誰かが口にしたのは、数ヶ月前に出ていた週刊誌の話題だった。
仙道の突然の熱愛発覚に、衝撃を受けた者も少なくないニュースだ。
皆それが聞きたくてウズウズしているのか、仙道の周りにはあっという間に人が集まっていった。
それから暫くして、酔いも回ってきた友人達を見て仙道はシレッと立ち上がると、少し離れた空席に腰を下ろした。
「恋」
友人達と談笑していた恋は、その声に振り返り驚きの表情を浮かべた。
「仙道?どしたの?」
「逃げてきた」
仙道が指差す方は、元クラスのムードメーカーと言われるような人物達が集まっていて、酒も進んでおりとても賑やかだった。
そして、仙道がこっそり抜けても気付かないくらいには、酔いも回り別の話題に夢中のようである。
「あはは、盛り上がってるもんね、あっち」
「ねー、仙道。さっきの本当なのー?」
「何が?」
唐突に、恋の友人から出た言葉に仙道は砕けた様子で返す。
大人になっても雰囲気は昔のままだと皆が思った瞬間でもあっただろうが、話題はやはり戻るのか、その質問の意味は誰もが勘付いていた。
「女子アナと噂になってたやつ!実際可愛いの!?」
「ん?あぁ、まぁ、そうかな」
「えー、じゃあ、仙道堕ちてんだー」
「堕ちてないって。嘘だから」
「えー?ちょっとはいいなーとか思ってないの?あんな写真撮られて」
「あれは、たまたまそう見えるタイミングなだけだから」
「あはは、必死なとこが逆にあやしー」
「えぇ?」
ケラケラ笑う友人達に、仙道は困惑しながらも誤魔化すように笑ってドリンクを喉に流す。
この話題がネタになるだろう事は、同窓会に参加すると決めてから予測出来ていた。
けれど、ここまで注目されているとも思っていなかったからか、多少の困惑と疲れを実感している。
と、そのタイミングで別の友人が声をかけた。
「あ、ねぇねぇ!」
その言葉を皮切りに話題は逸れ、友人達が席も移動していった事で辺りは一瞬静けさが訪れた。
仙道は深くため息を吐くと、持って来たグラスの残りを喉に流した。
「やっと静かになったな」
「あはは、お疲れ。あ、仙道かんぱーい」
「乾杯。結構酔ってる?」
「んふふー、どうだろうね?てか、仙道は飲まないの?」
「俺、今日車だから」
「へー?」
恋は相槌を打つと、お酒の入ったグラスをあおる。
その飲みっぷりに仙道は感心しつつも、それから二人は暫し談笑を続け、同窓会は進んでいった。
その後、楽しい時間はあっという間に過ぎると体感する中でのお開きに、店先では二次会に行く者と帰る者に別れ始めていた。
皆が口々に挨拶している中、恋はニコニコとそれを見守っていた。
ほろ酔いの為か、頭がポワポワとしていて何もかもが楽しい気分でもある。
そんな恋に、仙道は声をかけた。
「恋」
「んー?」
「酔ってる?」
「大丈夫ー!」
「やたら元気あるところが、もう酔ってると思うんだけど?」
仙道は笑って、少し足元が不安定になった恋を支えようと手を出すが、恋は笑みを浮かべてその手を遮った。
「平気だよー。仙道も二次会行くでしょ?あれ?明日、予定あるんだっけ?」
「いや、明日は一日オフだけど」
「じゃー、行こう!」
「あー、それよりは、恋と二人で飲みたいかな?」
ヘラッと笑う仙道の笑みに妙な懐かしさを覚えた恋は、少しだけ決まりが悪そうな笑みを浮かべた。
「えー?」
「駄目か?」
「んー、まぁいいよー!」
「じゃあ、行こうか」
恋が笑顔でそう答えると、どちらからともなく歩き出し二人は夜の街に繰り出した。
それから数分して入った居酒屋に、二人は並んで座る。
何度目か分からない乾杯をして暫く談笑していると、自身の携帯機器が鳴っている事に気付いた恋は、鞄から取り出した画面を見て仙道に問いかけた。
「ねぇ、皆に抜ける事言った?」
「いや?」
仙道は、グラスを傾けながらキョトンとして答えた。
恋はその反応に合点がいったのか、着信履歴画面を仙道に見せると、仕方なさそうに笑って立ち上がる。
「だからかー。めっちゃかかってんだけど。ちょっとかけてくるね」
「あぁ」
恋は店外に出ると、何度も着信を知らせていた友人に電話をかけた。
それから数分後、元の場所に戻った恋は先ほどと同じ席に着く。
「大丈夫だったか?」
「うん、酔ってたから心配してただけっぽい。酔ってないのに」
「ホワホワしてそうだけど?」
「ホワホワって……あはは、可愛い言い方!」
意外な言葉に、恋は笑って残っていたつまみを口に放り込む。
実際、外に出て友人と会話をしたからか、少しだけ酔いは醒めていて、ほろ酔いと言うほどでもないのだ。
「うん、変わってないな」
「んー?」
「高校の時のままだ」
仙道はどこか懐かしくも嬉しそうな顔をしていて、恋は目を丸くして答えに困ると、他の話題を探るように口を開いた。
「そう?あ、仙道、彼女はいいの?」
「何が?」
「サシ飲み。今更だけど、彼女持ちは行っちゃダメじゃない?」
「俺、今フリーだよ」
「そうなの?」
互いに面食らっていると、仙道はクスクスと笑って言葉を発した。
「恋も、噂信じてる?」
「んー、まぁ、仙道がそう言うなら信じないかな」
恋が小さく笑いながらあおったグラスをテーブルに置くと、溶けた氷がカランと音を立てる。
言葉を選んだ素振りのある恋に、仙道は少しだけ意外そうにしていた。
「仙道って、無駄な嘘は付かないでしょ」
「無駄じゃなかったら付くんだ?」
「うん。だけど言い方かなー?」
「ん?」
「なんとなくだけど、違うかなって。まぁそう信じたいだけだけど」
「えっ?」
恋の言葉が一瞬理解できなかったのか、仙道が聞き返すと同時に、2人のテーブルに影が落とされた。
「烏龍茶と唐揚げになりまーす」
店員が勢いよく声を上げて、注文していた品物をテーブルに置く。
恋はニコニコと店員に笑いかけると、手早くそれを移動させた。
「ありがとうございまーす。はい、仙道。来たよ」
「あ、うん」
仙道は聞くタイミングを逃したのか、渡されたグラスに口をつけるしかなかった。
恋は唐揚げを口に放り込むと、飲み込んだタイミングで仙道に尋ねた。
「そう言えば、どうなの?」
「何が?」
「プロの生活」
「あぁ、うん、大変だけど楽しいよ。恋は?」
「同じく。大変だけど楽しいかなー」
その笑みからは充実感が垣間見えた。
ふと、恋の話題を友人から聞いたのはいつだったかと仙道は考える。
恋が高校生の時からなりたかった職業に就いていると、噂程度には聞いていたのだ。
「なりたかった職業だから?」
「それもあるけど、仕事って楽しいなって」
「ははは、悟り開いてる?」
「かもねー。だから、彼氏いないのかも」
恋が諦めを含んだ笑みを浮かべると、仙道は不思議そうに尋ねた。
恋には昔、彼氏がいた記憶がある。
「あれ?高校の時に付き合ってた奴は?」
「とっくに別れたよー。流石にこんな長く付き合ってたら、結婚考えるでしょ」
ケタケタと恋が笑うと、仙道は同窓会での友人達の近況を思い出す。
「何人か結婚してたな」
「考えなきゃならない年齢って事だよねー」
「結婚願望あるんだ?」
「失礼すぎー!そりゃ、年齢なりにはあるよ!」
「へぇ」
仙道は、意外そうだとも、そうでないとでも取れるような何とも言えない表情で返す。
恋は、そんな仙道に疑問を投げかける。
「仙道はある?」
「あんまり」
「彼女は?」
「いたらいいなとは思うけど、出会いがないからな」
「うっそだぁ!絶対あるじゃん!」
仙道が今や知る人ぞ知る人物となった事は周知の事実で、それで出会いがないなどとは到底思えず、恋は大袈裟に声を出す。
そもそも論として、仙道は昔からモテていた記憶が恋にはあるのだ。
仙道は、薄く含みのある笑みを浮かべグラスに口をつけた。
「恋こそ。モテるだろ?」
「仙道、目大丈夫?私はモテないから」
「高校の時も、モテてただろ?」
「はぁ?モテてないし!」
二人の記憶には齟齬が生じているのか、互いに互いの言葉を否定する。
恋に男女問わず友人が多かった事は事実であるが、だからと言って、モテていたという記憶は恋にはない。
今までの人生で、告白された事など数回しか記憶にないと恋が笑うと、仙道は小首を傾げた。
「そう?恋の事、可愛いとか好きって言ってた奴結構いたけど」
「うっそ!誰!?」
「たとえば……」
「ストップ!やっぱいい!聞いたら見る目変わっちゃう!期待しちゃう!」
仙道の言葉を遮り、恋は頬に手を当て大袈裟に振る舞う。
気恥ずかしさと複雑な感情が自身に生まれた気がして、恋はグラスに口をつけた。
「はは、何だそれ」
「だって、次会った時、昔私の事そんな風に思ってたのー?って思っちゃうじゃん」
「はは、嬉しい?」
「嬉しいってか複雑!だったら、その時告白してよーって感じだし」
「あー、それはそうだよな」
そう、それは当時の会話の一部にしか過ぎず、それで恋が告白を色々な人からされたわけでもなく、他愛もない男子高校生の会話を今更ほじくり返しても良い事などないだろう。
それからはその内容には特に触れず、二人で他愛もない会話を続けた。
日付も変わりそうな時間には、どちらからともなく解散の気配を感じて店を出た。
まだ賑やかな店内を隔てるドアが閉まり、仙道が視線を上げたのを確認すると、恋は駅へ向かう為にと足を踏み出す。
が、すかさず仙道が声をかけた。
「恋、送ろうか」
「ん?平気だよー、まだ終電間に合うし」
恋は現在の時刻を確認すると、駅までの距離を頭の中で換算し笑みを浮かべた。
仙道も同じく笑みを返すと、ポケットから取り出した車のキーを指先で揺らす。
「俺車だから。ついで」
「ついでって、私の家遠いよ?」
「そうだっけ?」
「今一人暮らしだから、この辺じゃないんだよね」
「いいよ、送る」
「えー?何で?」
「送りたいから」
「えぇ?」
困惑しながらも、クスクスと笑う恋からは拒否の意図は感じず、仙道は恋の背を軽く叩くと歩き出した。
「ほら、ドライブドライブ」
「えっ!?ドライブなの?」
恋は目をパチクリとさせるが、仙道は伸びをしながら振り返り、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
「酔い覚ましにいいだろ?ドライブ。恋は、した事ないかもしれないけど」
「あるし!元彼とドライブした事あるし!てか、逆に酔い回るからね!?」
「へぇ?どこ行ったんだ?」
「えっ!?ドライブ?色々行ったけど?」
恋が記憶をたぐりよせようとすると、仙道はそれを遮るように言葉を放つ。
「夜の海は?」
「夜の?……は、行ってない」
「じゃあ、行こうか」
仙道はニッコリとした笑みで歩き出す。
恋は断る言葉が見つからず、それを追いかけた。
普段ならば、彼氏でもない人物と密室になる事を躊躇う恋だったが、昔馴染みの友人だからか、はたまたそれが仙道だからか、断る気には何故かならなかった。
駐車場に着き仙道の車に乗り込むと、静かに車は発進する。
淡い香りが漂う車内で二言三言会話をしていると、恋は少しだけ気持ちがソワソワし始めた。
学生の頃に見ていた仙道とは違い、そこには大人の横顔がある。
手慣れた仕草で車を操る仙道を見て恋は月日の流れを感じ、この助手席は他にも誰かが乗る事もあるのだろうかと想像してしまう。
ただ、それは単なる好奇心か、違う感情からくるものなのか恋には分からず、答えが出ないまま流れる景色に視線を移した。
一方、仙道も窓の外を見つめる恋の横顔に、少しの新鮮さを感じていた。
大人びた横顔の中に時折顔を見せる懐かしさに、何故だか少しだけ笑みが込み上げた。
それから程なくして着いた海水浴場の浜辺近くの通りに車を停めると、二人はゆっくり歩き出す。
そして、すぐさま恋は声を出した。
「うわぁ、くっらぁ……」
「うん、見えないな」
思いの外辺りは漆黒で、二人は思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
僅かな明かりはあるが、スタスタと進めるような場所には思えず、恋は少しだけ砂浜を歩くと立ち止り、その場にしゃがみ込んだ。
足元の砂をサラサラと弄びながら、どこか懐かしそうな表情で仙道を見上げた。
「前来た時は夕方だったしねー。てか、覚えてる?一緒に海来たの」
「うん、覚えてるよ」
仙道はフッと小さく笑うと、恋の隣に座った。
「あれ、何で一緒に行ったんだっけ?」
「一緒に行ったんじゃなくて、たまたま会ったんだよ。あの日、砂浜で走った後に寝転がってたら、恋が来たんだ」
それは、過去の記憶。
部活のあったその日は珍しく、走り込みを校外でしていた。
部活に遅れた罰で他の部員よりも多く走っていた仙道だが、何の気まぐれか遠回りでもしてみようと海辺に行くも誰もおらず、少し休憩しようと寝転がっていた。
それを恋が見つけ、声をかけたのだ。
「そうだ!何であれ寝てたの?」
「気温が丁度よくて、波の音聞いてたら眠くなったんだよな」
「見た時びっくりしたよー」
思い出した光景に笑ってしまう恋を仙道は優しく見つめると、あの時の疑問を投げかけた。
「恋は、どうして海に来てたんだっけ?」
その時会話したのは他愛もない事で、何故そこに恋が現れたのか話した記憶は仙道になかった。
恋は仙道に一度視線を移してから逸らすと、苦し紛れに笑ったような小さな笑みを浮かべる。
「あの日ー?あの日ねー……告白されて保留にした帰りなんだよね」
「えっ?」
仙道の意外そうな声色に、恋は笑うしか出来ない。
「まぁ、次の日にはオッケーしたんだけどさ」
「そう」
仙道の返事はとても小さく、恋はチラリと視線を移すが、そこにはどういった感情なのか読み取れはしない、ただ海を見つめる仙道の姿があった。
それから暫しの沈黙が流れ、唐突に恋がそれを破った。
「ねぇ、仙道」
「ん?」
「私、今ちょっと酔ってるから勢いに任せて聞いちゃうけどさ、あの時の続き、しないの?」
「えっ?」
「あの時さー。私ちょっと期待したんだよ?」
「まだ、覚えてたんだ?」
その記憶はハッキリと、恋の中に残っていた。
当時、他愛もない会話を続けていると、どちらからともなく沈黙し、波の音だけが耳に届く瞬間があった。
その後、何故そうなったかハッキリとした理由は見つからない。
ただ、たまたまその時互いに視線が合い、顔は自然と近づいた。
だが、それだけだった。
「覚えてるに決まってるじゃん。キスでもされてさ、告白されてたら秒でオッケーだったんだけどなぁ」
「えっ?」
少しだけ茶化すような口調の恋に、仙道は声が漏れ出た。
恋は仕方なさそうに笑って、ポツリポツリと話し始めた。
「私さ、高校の時、仙道の事好きだったんだよね。でも、寸止めで終わったから諦めて友達にオッケー出したんだー。その人は気が合って嫌いじゃなかったしさ。あの状態でされないって脈なかったって事でしょ?」
それは、恋の中では苦い思い出となっていた。
近づいた距離にドキドキしていても、一定の距離以上は近づく事がなく、何事もなかったように離れると、そこで全てを悟り当時の恋は諦める決心をしたのだ。
感傷に浸りそうになる恋は、ふと仙道の様子が気になり隣を見た。
仙道は俯き、小さなため息を吐いていた。
「仙道?」
恋が呼び掛けても、仙道はすぐに返事をしなかった。
恋がもう一度声をかけようとした時、不意に仙道が恋の目を見据えた。
「あー、失敗したなぁ」
「ん?」
「俺も、恋が好きだったよ」
「えっ?」
「でも、良い雰囲気だからって告白しないうちにキスするのはどうなんだってなって、告白しようか迷ってたら恋は帰るし。しかも、その後に彼氏は出来るし」
「えぇっ!?」
「馬鹿なことしたなぁ、俺」
「今更……」
仙道がどこか悔しそうな笑みを浮かべていると、恋は言葉に詰まり続けられなくなる。
「やっぱり、今更?」
「それは……」
「今日会って、やっぱり恋の事好きだと思ったよ、俺。そりゃ、今の恋の事は全然知らないけど、これから知れたら嬉しい……かな」
どこか照れた表情には幼さが見え、恋はあの時に戻ったような感覚に陥る。
色々な感情が混ざり、思わず顔を伏せた。
「ズルいなぁ……」
「ズルいのは恋だろ」
「えっ!?」
仙道が恋の肩に触れると、そのまま視界は横転し、仙道は恋の顔近くに手を付いた。
目を丸くする恋の瞳には仙道と夜空しか入らず、何故かその光景から逃れたいという気持ちは生まれない。
どこか切なそうな仙道の表情に、恋は目を奪われた。
「ドライブ誘って、着いて来てくれるとは思わなかった」
「……うん」
「正直、俺は期待したぜ。……恋は?」
「答えなきゃ、ダメ?」
「……期待してなかったら、流石に落ち込みそうだ。それに、無防備で少し腹が立つかも」
「うん」
「恋?」
恋は気恥ずかしさに思わず視線を逸らすが、仙道は優しい声を出す。
「こっち向いて?」
「ズルいなぁ……」
「続き、今していい?」
「聞かなくて……いい」
恋が少しだけ不満そうに仙道を見つめると、思わず仙道は笑みが溢れた。
そして、二人の距離は縮まる。
漆黒の中、二人だけの秘密が生まれるのだった。
fin
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