思い描くもの
名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
日差しの暖かい放課後、恋は校門へと向かう道を一人歩いていた。
いつも帰っている友人達は皆用事で、仕方なく今日は一人で帰る事となり、ぼんやりと帰ってからの事を考えつつ帰路を進んでいる。
周りもやはり帰宅中の生徒が多く、他愛ない話題が時折耳に入る中、不意に恋へと声がかった。
「恋」
振り返ればそこには見知った顔があり、瞬間、恋は驚いた表情を浮かべた。
そこに立っていたのは、この時間に普段はいるはずのない人物、三井寿だったのだ。
「三井?何でこんな時間にいるの?部活は?」
「休み。もうすぐテストだろ」
「あー、そっか。部活は休みになるんだっけ?」
来週から湘北高校は試験期間に入る。
その為、試験が終わるまで部活動が休みとなるのは毎回の事なのだが、恋は三年間帰宅部でもあり、そんな事を気に留めた事もなかったからかそんな言葉が出た。
部活をしていない者にとっては、試験期間でもそれ以外でも帰宅時間が変わる事はなく、他人から言われてようやく気づく程度の認識でもあった。
三井はそんな事は百も承知なのか、気にした様子もなく恋に尋ねた。
「お前、今から帰るのか?」
「うん。あ、たまには一緒に帰る?」
「おー」
ぶっきらぼうに答える三井を見て、恋は少しだけ笑ってしまう。
それは、どこか懐かしいやりとりだと感じられた。
恋と三井は同じ中学校出身で、仲も良好、時間が合う時は帰宅方向が同じな為、一緒に帰る事もある。
だが、毎回一緒に帰るような関係性でもなく、程よい友人関係と言ったところだ。
ただ、入学したての頃よりは、一緒に帰る機会が極端に減ってはいた。
同じ制服の者達に混じりながら、帰るのが久し振りでもある二人は他愛ない会話を進めていく。
「すっごく久しぶりだね、一緒に帰るの」
「そうだな」
「三井、不良の期間長いから」
「うっせぇ」
それなりの友人関係だった二人だが、三井が不良となってからはやはり疎遠となっていた。
学校で関わる機会が少なかった事が大きく、恋が特別避けていたわけでもない。
会う機会があれば、挨拶程度は変わらずしていたのだ。
初めは何事かと思っていた恋だったが、それでも深入りする事はなく過ごした約二年。
そんな三井が不良を脱却してから数ヶ月、冗談混じりにこんな会話をする程には、以前のような関係に戻ってきていた。
そのうち、話題は自然と試験の事になる。
「三井、大丈夫なの?テスト」
「あ?大丈夫な訳ねぇだろ」
「そんな自信満々に言われても……。カンニングとかダメだよ?」
「当たり前だろ」
どこか鼻であしらうような三井の態度に一抹の不安を抱くが、恋は冗談混じりに軽口を叩いた。
「赤点取らないようにね。分からない所あったら、教えてあげても良いよ?お礼弾んでくれるなら」
「はぁ?」
「あはは、冗だ……」
「お礼って例えば何だよ?」
笑い飛ばそうとした恋を、三井の言葉が遮った。
恋は、思った以上に真面目に聞き返されて戸惑い言葉にキレが無くなる。
「えっ!?冗談だから!それに、お礼とかすぐに浮かばないし……」
「ふーん」
三井はそれ以上聞く事もせず、一言そう漏らしただけだった。
意外な反応を示された事で、恋が少しだけ居心地が悪くなり視線を逸らした時、ふと視界に入ったのはとある光景。
それは、恋の目を釘付けするには十分だったのか、不意にその歩みは止まった。
それにすかさず気付いた三井は、その先を探しながら恋に尋ねた。
「どうした?」
「えっ?」
「すげぇ見てただろ、今」
恋の視線の先にあったのは、同年代の恋人同士が、手を繋いで歩いているところだった。
仲睦まじい関係性から放たれる空気は、妙に甘く見える。
恋は、苦笑するとすぐに視線を移しまた歩き出した。
「あぁ、うん、ごめん。良いなと思って」
「何が」
「手繋いで帰るの」
「あ?彼氏と繋ぐんじゃねぇの?」
恋の発言に、三井は首を傾げるしかできない。
恋に恋人がいた事は、仲の良い者ならば大抵知っている事だ。
それは、まだ新入生気分が抜けきらない頃で、周りは衝撃を受けた事でもある。
当然、三井も知っていたが故の言葉だが、恋は深く溜息を吐くと答えた。
「繋いだよ、一回くらいは。でもさ、あぁやって私から繋いだら振り払われた事あってさ。理由は今でも分からないんだけど、それ以来自分から繋げなくなっちゃって。だから羨ましいなって。あんな風にさ、幸せって顔してるの」
今見た恋人達は、傍から見ても幸せが滲み出ているのが分かった。
それは互いの表情が物語っていて、恋はそれが単純に羨ましいと思ったのだ。
過去の自分達はそんな甘い関係性ではなかったのだと、現実を思い知らされた気分にもなった。
恋の表情の変化に、三井は小首を傾げると疑問を投げかけた。
「理由聞いたのか?」
「聞く前に別れたから。今でも疑問ではあるけどさ、多分、単純に私の事好きじゃなかったんだと思うんだ。告白したのもデートとか誘うのも私からだったし、いっつも返事は『別に良いよ』だし。別にってさぁ……。私も、あんな風に幸せな恋人になりたかっただけなんだけどな」
ポツリポツリと話す恋に、いつの間にか別れていたのだと、三井はそこで初めて知った。
それがいつなのかも三井には分からないが、それを今更聞くのは恋の傷を抉るような気がして、三井は言葉が見つからなかった。
明るく話してくれればそこで聞けたかもしれないが、恋の表情はどこか暗い。
三井が堪らず言葉を探していると、恋は大きく溜息を吐き出してから、前を見据えて大きく歩き出した。
「だから手を繋ぐ事って憧れというか、羨ましいなって思う。まぁ、次の彼氏に期待かな!」
恋は笑みを浮かべ、三井に振り返る。
その笑みに、三井は内心ホッとした。
「好きな奴いるのか?」
「んー、いないけど、嫌いじゃない人はいるかな」
「何だよ、嫌いじゃないって」
「好きになりそうな人?何か良いなーって思ってる人」
「それ、好きな奴だろ」
「まだ分かんないじゃん?もしかしたら元彼みたいな人だったら嫌だし」
恋は、何かを思い出したのか微かに複雑そうな顔をした。
三井はそんな機微に気付いてしまい、スルーも出来ず気付けば口を開いていた。
「何だよ、元彼は良い思い出ないのか」
「んー、正直あんまり。だから、私から告白とかも怖いし考えられないし、今は見てるだけで良いかなって」
「へー」
「何、その反応!興味ないならないで良いですけどね!そりゃ、三井には興味ない事だよねー」
三井の返事に、恋は不満だと露わにするが、それは仕方のない事だとも思っていた。
そこで気の利いた言葉が三井から出るとも恋には思えず、興味のない話をされれば、誰でも返事はこんなものになるだろうと思いつつ、恋は少さなため息を漏らす。
その時、三井は動かずポツリと言葉を吐き出した。
「興味なくはねぇよ」
「ん?」
三井が何か言った気がして振り返ると、意外にも至近距離に三井がいて恋は少したじろいだ。
「な、何?」
「好きな奴の好きな奴って気になるだろ」
「えっ?」
「あー、くそっ!恋が好きだって言ってんだよっ」
唐突に、三井は頭をガシガシと掻きむしると、不本意ながらも恋をまっすぐ見据え言葉を放つ。
今告白する気など更々なかったのだが、口をついて出たのはぞんざいな告白の言葉だ。
恋はそんな態度に思考がついていかず、言葉が途切れ途切れになる。
「はっ!?な、何言って……」
「くそっ、こんな風に告るつもりはこっちだってなかったんだよ!けど、そんな風に思われてんのも癪だろーが!俺は、恋が前から好きなんだよ!気付けよ!」
「き、気付くわけないでしょ!?そんな素振りないし……」
「お前、恋愛感腐ってんのか!?」
「ひどっ!」
恋は三井の言葉にショックを受けるが、中学生の頃からそんな兆しを感じた事はなかった。
中学生の頃の三井と言えば、バスケ少年でふざけた態度を恋にとっていた記憶しかない。
時には揶揄われ、恋が怒る姿に三井が笑う。
けれど、恋が本気で嫌がる事はせず、だからこそ程良い異性の友人として高校生になってからも付き合えていたのだ。
三井はと言えば、恋の事が好きだと気付いたのは、恋に恋人が出来てからだった。
近くにいた異性の友人という関係が疎遠になり初めて気づいたのだが、それから間もなく三井自身にも色々ありそれどころではなくなっていた。
不良となり、学校に復帰してからはそんな感情など意識する事もなくなり、恋の態度が以前と変わらない事に、劣等感に近い感情を抱いた事もあった程だ。
ただ、その後に不良を脱却した時も恋の態度は一貫して変わらず、押し込めていた感情は自然と溢れてきた。
けれど、恋には恋人がいるのだと思っていた三井は、それを再び押し込めようとしていた矢先に現状となり、嬉しさと後悔と苛立ちと感情はどこか滅茶苦茶だった。
「いや、もういい。遠慮するのはもうやめだ」
「やめるって……」
恋が真意を図りかねていると、三井は恋の手をグッと握るとそのまま歩き出した。
恋は声にならない声を出すと、三井を思わず見上げる。
三井の頬は微かに赤く見えた。
「俺は、お前と手繋ぎてぇと思って今歩いてたんだよ!だから繋いだんだよ、わりぃか!」
「何で怒ってるのよ!意味わかんない!」
「今までの苦労が、全部パァな俺の気持ちになりやがれっ」
「そんなの知らないよ!」
恋が思い描いていた甘いものでない雰囲気と、口喧嘩をしているような二人を道ゆく人はちらちらと見たりしていたが、二人はそれどころではなく、まるでこの瞬間にも別れの言葉を言い始めて別々の道へ進むのかという程、空気が固かった。
けれど、その手はどちらからも離れる事はない。
三井は歩みの速度を緩めると、ぶっきらぼうに口を開いた。
「つーか、離さねぇのかよ」
「えっ?」
「嫌じゃねぇのかって聞いてるんだよ」
繋がれた手をチラリと三井が見ると、恋もそこへ視線を移した。
「嫌ではない。てか、私、振り払われたのトラウマだから自分からそんなの出来るわけないじゃん!」
振り解かれる側の気持ちが分かるからこそ、恋はあっさりと手を離せずにいた。
その答えを聞いて、三井は深く眉間に皺を寄せ前を向いた。
「そこに付け入ってんだよ」
「えっ?」
「だから今、手繋いだんだよ。お前が逃げねぇように」
「逃げるって……」
「返事聞いてねぇ。俺と付き合うか付き合わねぇかどっちだよ」
「今聞く!?」
「付き合わねぇならすぐ離す。けど、俺は離したくはねぇ」
「ズルいんですけど」
「本音だから仕方ねぇだろうが。俺はお前が好きなんだよ」
どこかぶっきらぼうだが、想いのこもった声音に、恋の胸はギュウっと締め付けられる。
自身の頬に熱が集まるのを感じながら、恋は不服だとばかりに声を絞る。
「……ほんっとズルい」
「あ?」
三井の声が喧嘩腰の言葉遣いに聞こえ、恋も思わずその調子で返してしまう。
「付き合いますって言ったの!」
「はっ?」
「私の好きになりそうな人って三井だし、断る理由なんかないのっ」
その言葉を聞いて、三井は歩みを止めた。
「マジかよ」
「反応それっ!?」
「うっせー」
「……いや、三井顔赤くない?」
「……うっせー」
三井は眉間に皺を寄せ悪態付くが、口元は微かに緩み頬には明らかな色味が増していた。
男子の赤面を目の当たりにし、恋は揶揄う事も出来ずに言葉を失った。
反応が嬉しさの証だと分かり、それは自然と伝播する。
その空気はどこか甘い。
「なぁ」
「何?」
「お前が、恋人としたい事って何だよ?」
「えっ?」
「前の彼氏と出来なかった、したかった事。俺が叶えてやるって言ってんだよ」
三井の頬から赤みが消え、真っ直ぐな双眸が恋に届く。
そんな風に言い切る三井に、恋は自然と口元が緩んだ。
「っはは」
「何で笑うんだよ!?」
「んーん、嬉しいと思っただけ!ありがとう」
「あぁ」
その言葉は、恋にとって何より嬉しく頼もしいものだった。
思い描くだけだったものが、今形になろうとしている。
不意に恋は背伸びをして、三井の耳元に口を寄せ言葉を発する。
三井は、それに小さく笑った。
恋が望むもの、それは砂糖のように甘く……けれど、どこか甘くもない関係。
どちらからともなく指を絡めた。
それが行き着く先は恋が夢見た形か、それとも違うものか、それは誰にも分からない。
ただ、今は幸せだという実感が二人を包み込んでいるのだった。
いつも帰っている友人達は皆用事で、仕方なく今日は一人で帰る事となり、ぼんやりと帰ってからの事を考えつつ帰路を進んでいる。
周りもやはり帰宅中の生徒が多く、他愛ない話題が時折耳に入る中、不意に恋へと声がかった。
「恋」
振り返ればそこには見知った顔があり、瞬間、恋は驚いた表情を浮かべた。
そこに立っていたのは、この時間に普段はいるはずのない人物、三井寿だったのだ。
「三井?何でこんな時間にいるの?部活は?」
「休み。もうすぐテストだろ」
「あー、そっか。部活は休みになるんだっけ?」
来週から湘北高校は試験期間に入る。
その為、試験が終わるまで部活動が休みとなるのは毎回の事なのだが、恋は三年間帰宅部でもあり、そんな事を気に留めた事もなかったからかそんな言葉が出た。
部活をしていない者にとっては、試験期間でもそれ以外でも帰宅時間が変わる事はなく、他人から言われてようやく気づく程度の認識でもあった。
三井はそんな事は百も承知なのか、気にした様子もなく恋に尋ねた。
「お前、今から帰るのか?」
「うん。あ、たまには一緒に帰る?」
「おー」
ぶっきらぼうに答える三井を見て、恋は少しだけ笑ってしまう。
それは、どこか懐かしいやりとりだと感じられた。
恋と三井は同じ中学校出身で、仲も良好、時間が合う時は帰宅方向が同じな為、一緒に帰る事もある。
だが、毎回一緒に帰るような関係性でもなく、程よい友人関係と言ったところだ。
ただ、入学したての頃よりは、一緒に帰る機会が極端に減ってはいた。
同じ制服の者達に混じりながら、帰るのが久し振りでもある二人は他愛ない会話を進めていく。
「すっごく久しぶりだね、一緒に帰るの」
「そうだな」
「三井、不良の期間長いから」
「うっせぇ」
それなりの友人関係だった二人だが、三井が不良となってからはやはり疎遠となっていた。
学校で関わる機会が少なかった事が大きく、恋が特別避けていたわけでもない。
会う機会があれば、挨拶程度は変わらずしていたのだ。
初めは何事かと思っていた恋だったが、それでも深入りする事はなく過ごした約二年。
そんな三井が不良を脱却してから数ヶ月、冗談混じりにこんな会話をする程には、以前のような関係に戻ってきていた。
そのうち、話題は自然と試験の事になる。
「三井、大丈夫なの?テスト」
「あ?大丈夫な訳ねぇだろ」
「そんな自信満々に言われても……。カンニングとかダメだよ?」
「当たり前だろ」
どこか鼻であしらうような三井の態度に一抹の不安を抱くが、恋は冗談混じりに軽口を叩いた。
「赤点取らないようにね。分からない所あったら、教えてあげても良いよ?お礼弾んでくれるなら」
「はぁ?」
「あはは、冗だ……」
「お礼って例えば何だよ?」
笑い飛ばそうとした恋を、三井の言葉が遮った。
恋は、思った以上に真面目に聞き返されて戸惑い言葉にキレが無くなる。
「えっ!?冗談だから!それに、お礼とかすぐに浮かばないし……」
「ふーん」
三井はそれ以上聞く事もせず、一言そう漏らしただけだった。
意外な反応を示された事で、恋が少しだけ居心地が悪くなり視線を逸らした時、ふと視界に入ったのはとある光景。
それは、恋の目を釘付けするには十分だったのか、不意にその歩みは止まった。
それにすかさず気付いた三井は、その先を探しながら恋に尋ねた。
「どうした?」
「えっ?」
「すげぇ見てただろ、今」
恋の視線の先にあったのは、同年代の恋人同士が、手を繋いで歩いているところだった。
仲睦まじい関係性から放たれる空気は、妙に甘く見える。
恋は、苦笑するとすぐに視線を移しまた歩き出した。
「あぁ、うん、ごめん。良いなと思って」
「何が」
「手繋いで帰るの」
「あ?彼氏と繋ぐんじゃねぇの?」
恋の発言に、三井は首を傾げるしかできない。
恋に恋人がいた事は、仲の良い者ならば大抵知っている事だ。
それは、まだ新入生気分が抜けきらない頃で、周りは衝撃を受けた事でもある。
当然、三井も知っていたが故の言葉だが、恋は深く溜息を吐くと答えた。
「繋いだよ、一回くらいは。でもさ、あぁやって私から繋いだら振り払われた事あってさ。理由は今でも分からないんだけど、それ以来自分から繋げなくなっちゃって。だから羨ましいなって。あんな風にさ、幸せって顔してるの」
今見た恋人達は、傍から見ても幸せが滲み出ているのが分かった。
それは互いの表情が物語っていて、恋はそれが単純に羨ましいと思ったのだ。
過去の自分達はそんな甘い関係性ではなかったのだと、現実を思い知らされた気分にもなった。
恋の表情の変化に、三井は小首を傾げると疑問を投げかけた。
「理由聞いたのか?」
「聞く前に別れたから。今でも疑問ではあるけどさ、多分、単純に私の事好きじゃなかったんだと思うんだ。告白したのもデートとか誘うのも私からだったし、いっつも返事は『別に良いよ』だし。別にってさぁ……。私も、あんな風に幸せな恋人になりたかっただけなんだけどな」
ポツリポツリと話す恋に、いつの間にか別れていたのだと、三井はそこで初めて知った。
それがいつなのかも三井には分からないが、それを今更聞くのは恋の傷を抉るような気がして、三井は言葉が見つからなかった。
明るく話してくれればそこで聞けたかもしれないが、恋の表情はどこか暗い。
三井が堪らず言葉を探していると、恋は大きく溜息を吐き出してから、前を見据えて大きく歩き出した。
「だから手を繋ぐ事って憧れというか、羨ましいなって思う。まぁ、次の彼氏に期待かな!」
恋は笑みを浮かべ、三井に振り返る。
その笑みに、三井は内心ホッとした。
「好きな奴いるのか?」
「んー、いないけど、嫌いじゃない人はいるかな」
「何だよ、嫌いじゃないって」
「好きになりそうな人?何か良いなーって思ってる人」
「それ、好きな奴だろ」
「まだ分かんないじゃん?もしかしたら元彼みたいな人だったら嫌だし」
恋は、何かを思い出したのか微かに複雑そうな顔をした。
三井はそんな機微に気付いてしまい、スルーも出来ず気付けば口を開いていた。
「何だよ、元彼は良い思い出ないのか」
「んー、正直あんまり。だから、私から告白とかも怖いし考えられないし、今は見てるだけで良いかなって」
「へー」
「何、その反応!興味ないならないで良いですけどね!そりゃ、三井には興味ない事だよねー」
三井の返事に、恋は不満だと露わにするが、それは仕方のない事だとも思っていた。
そこで気の利いた言葉が三井から出るとも恋には思えず、興味のない話をされれば、誰でも返事はこんなものになるだろうと思いつつ、恋は少さなため息を漏らす。
その時、三井は動かずポツリと言葉を吐き出した。
「興味なくはねぇよ」
「ん?」
三井が何か言った気がして振り返ると、意外にも至近距離に三井がいて恋は少したじろいだ。
「な、何?」
「好きな奴の好きな奴って気になるだろ」
「えっ?」
「あー、くそっ!恋が好きだって言ってんだよっ」
唐突に、三井は頭をガシガシと掻きむしると、不本意ながらも恋をまっすぐ見据え言葉を放つ。
今告白する気など更々なかったのだが、口をついて出たのはぞんざいな告白の言葉だ。
恋はそんな態度に思考がついていかず、言葉が途切れ途切れになる。
「はっ!?な、何言って……」
「くそっ、こんな風に告るつもりはこっちだってなかったんだよ!けど、そんな風に思われてんのも癪だろーが!俺は、恋が前から好きなんだよ!気付けよ!」
「き、気付くわけないでしょ!?そんな素振りないし……」
「お前、恋愛感腐ってんのか!?」
「ひどっ!」
恋は三井の言葉にショックを受けるが、中学生の頃からそんな兆しを感じた事はなかった。
中学生の頃の三井と言えば、バスケ少年でふざけた態度を恋にとっていた記憶しかない。
時には揶揄われ、恋が怒る姿に三井が笑う。
けれど、恋が本気で嫌がる事はせず、だからこそ程良い異性の友人として高校生になってからも付き合えていたのだ。
三井はと言えば、恋の事が好きだと気付いたのは、恋に恋人が出来てからだった。
近くにいた異性の友人という関係が疎遠になり初めて気づいたのだが、それから間もなく三井自身にも色々ありそれどころではなくなっていた。
不良となり、学校に復帰してからはそんな感情など意識する事もなくなり、恋の態度が以前と変わらない事に、劣等感に近い感情を抱いた事もあった程だ。
ただ、その後に不良を脱却した時も恋の態度は一貫して変わらず、押し込めていた感情は自然と溢れてきた。
けれど、恋には恋人がいるのだと思っていた三井は、それを再び押し込めようとしていた矢先に現状となり、嬉しさと後悔と苛立ちと感情はどこか滅茶苦茶だった。
「いや、もういい。遠慮するのはもうやめだ」
「やめるって……」
恋が真意を図りかねていると、三井は恋の手をグッと握るとそのまま歩き出した。
恋は声にならない声を出すと、三井を思わず見上げる。
三井の頬は微かに赤く見えた。
「俺は、お前と手繋ぎてぇと思って今歩いてたんだよ!だから繋いだんだよ、わりぃか!」
「何で怒ってるのよ!意味わかんない!」
「今までの苦労が、全部パァな俺の気持ちになりやがれっ」
「そんなの知らないよ!」
恋が思い描いていた甘いものでない雰囲気と、口喧嘩をしているような二人を道ゆく人はちらちらと見たりしていたが、二人はそれどころではなく、まるでこの瞬間にも別れの言葉を言い始めて別々の道へ進むのかという程、空気が固かった。
けれど、その手はどちらからも離れる事はない。
三井は歩みの速度を緩めると、ぶっきらぼうに口を開いた。
「つーか、離さねぇのかよ」
「えっ?」
「嫌じゃねぇのかって聞いてるんだよ」
繋がれた手をチラリと三井が見ると、恋もそこへ視線を移した。
「嫌ではない。てか、私、振り払われたのトラウマだから自分からそんなの出来るわけないじゃん!」
振り解かれる側の気持ちが分かるからこそ、恋はあっさりと手を離せずにいた。
その答えを聞いて、三井は深く眉間に皺を寄せ前を向いた。
「そこに付け入ってんだよ」
「えっ?」
「だから今、手繋いだんだよ。お前が逃げねぇように」
「逃げるって……」
「返事聞いてねぇ。俺と付き合うか付き合わねぇかどっちだよ」
「今聞く!?」
「付き合わねぇならすぐ離す。けど、俺は離したくはねぇ」
「ズルいんですけど」
「本音だから仕方ねぇだろうが。俺はお前が好きなんだよ」
どこかぶっきらぼうだが、想いのこもった声音に、恋の胸はギュウっと締め付けられる。
自身の頬に熱が集まるのを感じながら、恋は不服だとばかりに声を絞る。
「……ほんっとズルい」
「あ?」
三井の声が喧嘩腰の言葉遣いに聞こえ、恋も思わずその調子で返してしまう。
「付き合いますって言ったの!」
「はっ?」
「私の好きになりそうな人って三井だし、断る理由なんかないのっ」
その言葉を聞いて、三井は歩みを止めた。
「マジかよ」
「反応それっ!?」
「うっせー」
「……いや、三井顔赤くない?」
「……うっせー」
三井は眉間に皺を寄せ悪態付くが、口元は微かに緩み頬には明らかな色味が増していた。
男子の赤面を目の当たりにし、恋は揶揄う事も出来ずに言葉を失った。
反応が嬉しさの証だと分かり、それは自然と伝播する。
その空気はどこか甘い。
「なぁ」
「何?」
「お前が、恋人としたい事って何だよ?」
「えっ?」
「前の彼氏と出来なかった、したかった事。俺が叶えてやるって言ってんだよ」
三井の頬から赤みが消え、真っ直ぐな双眸が恋に届く。
そんな風に言い切る三井に、恋は自然と口元が緩んだ。
「っはは」
「何で笑うんだよ!?」
「んーん、嬉しいと思っただけ!ありがとう」
「あぁ」
その言葉は、恋にとって何より嬉しく頼もしいものだった。
思い描くだけだったものが、今形になろうとしている。
不意に恋は背伸びをして、三井の耳元に口を寄せ言葉を発する。
三井は、それに小さく笑った。
恋が望むもの、それは砂糖のように甘く……けれど、どこか甘くもない関係。
どちらからともなく指を絡めた。
それが行き着く先は恋が夢見た形か、それとも違うものか、それは誰にも分からない。
ただ、今は幸せだという実感が二人を包み込んでいるのだった。
fin
1/1ページ