俺の方が先だから
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太陽の光が降り注ぐ初夏、仙道と越野は短パンにTシャツというラフな格好でプールサイドにいた。
「暑ぃー」
「だな」
今日の気温は例年よりも高い。
越野は顔を顰めながら、額から流れる汗をシャツの袖で拭い、仙道はチラリと周りを見回した。
そこには、数十人の生徒達と何人かの教師が同じような格好でいる。
もうすぐプール開きを控えた今日、水泳部と運動部有志によるプール掃除が行われようとしていた。
ここ数年、水泳部だけでは人数が足りずに運動部有志で手伝いをしていて、今年は越野と仙道も参加しているのだった。
「あ、バスケ部諸君!感謝いたしますー!」
そう声をかけて恭しく頭を下げたのは、恋だった。
仙道が軽く笑うと、越野は恋の態度にノるように返す。
「よう、恋。わざわざ来てやったぞ」
「ありがとう!助かるー!」
恋は眩しいほどの笑みを浮かべ、再び感謝の言葉を口にした。
恋は水泳部に所属していて副部長でもあり、仙道とは一年生の時から同じクラスだ。
明るく友人の多い恋と仙道が仲良くなるのにそう時間はかからず、仙道繋がりで越野とも友人関係を築き、会えばこうして雑談をするような仲となっている。
始まるまでの少しの時間を雑談で過ごしていると、仙道が水の抜かれたプールを見てポツリと言った。
「凄いなぁ」
「あはは、始めは最悪だよね。汚すぎ」
「まぁ、仕方ないだろ。使ってない期間長いんだから」
越野の呆れたような言葉に、恋は苦笑した。
「まぁねー。でもやっと泳げるー!」
恋が嬉々とした声を上げると、仙道は小首を傾げ尋ねた。
「恋って、冬はクラブ行ってただろ?」
冬場の水泳部は陸練が主軸となり、プールに入って泳ぐ事は、月に何度かある近場の温水プールでの練習くらいだった。
だが、水泳部の中にはスクールに通い冬でも泳ぎ続けている者もいて、恋もその中の一人である事を知っていた仙道の疑問は当然だろう。
恋はうーんと唸ってから、ニカッと白い歯を見せた。
「そうだけどさー、外で泳ぐのがやっぱ気持ち良いじゃん?」
「室内の方がよくね?」
「えー?外って何か開放感あるじゃん?暑い中でプールに入る気持ち良さっていうかさ。だから楽しいんだー。まぁ、練習始まったら地獄なんだけど!」
ケラケラと笑いながら言う恋に、越野はつくづく呆れた顔を向けていた。
練習が地獄なのは、バスケ部も変わらないだろう。
けれど、その地獄を笑い飛ばせるような心持ちに越野はなれない。
「変わってんなー」
「ひどっ!」
恋が大袈裟にショックを受けた顔をすると、笑いがその場に起こる。
と、そこで笛が鳴り、一人の教師が声を張り上げた。
「おーい、始めるぞー」
「あ、はーい!お手伝いよろしくねー」
恋は二人に手を振ると、水泳部顧問の元へ駆けて行った。
それから間もなくして、プール清掃は始まった。
それぞれ役割を与えられ、その場を掃除していく。
その肉体労働と汚さに、越野はため息を零した。
「あー、マジ汚ねぇな」
「ははは、確かに。あ、ほら、何かの卵」
「うわっ、気持ち悪りぃ!」
仙道が足元の得体の知れない物体を指さすと、越野はズザザッと後退りした。
先程から色々な生き物が生死問わず見つかっていて、辟易していたのだ。
と、後ろから声が聞こえて水切りが二人の視界に入る。
「はいはい、通りまーす」
それは恋で、得体の知れない何かに怯む事なく水切りを滑らせていた。
「おー、やっぱ水泳部は手際が良いな」
「ちんたらしてたら終わらないからね。はい、越野も仙道もテキパキ動く!」
「おー」
「あぁ」
恋に鼓舞され、二人も掃除を再開する。
暫く無言で皆が取り組んでいると、徐々にプールらしい色が戻り始める。
ほとんど汚れらしい汚れが見当たらなくなると、恋が近場にいた仙道と越野に声をかけた。
「だいぶ綺麗になってきたね!」
「だな」
「ここまでくると、達成感あるな」
見違えるようなプールの床に、仙道は感嘆した声音でそう言った。
プールが綺麗になれば掃除も終盤で、この場の雰囲気も緩み、ふざけ始める者もいるのが恒例でもある。
それは、今年も例外ではなかった。
「いえーい!」
「うわっ!?」
「ちょ!冷たっ!」
「悪ぃ!」
そう声を出すのは水泳部の男子で、ホースの水を天に向かって放ちながら部員達と遊び始めていたのだが、その水が恋と仙道にかかったのだ。
と、その男子に怒った声を上げる者がいた。
「ちょっとー!」
それは女子部員で、ズカズカと男子を怒りに行く。
が、男子はその女子にも水をかけては火に油を注ぐ形となり、追いかけられ始めていた。
その光景に、その場にいた誰もが笑い始め、仙道は微笑ましそうに笑いながら言った。
「あはは、水泳部名物だ」
それは水泳部で有名な恋人同士で、そのくだらなくも日常的なやりとりに周りは呆れながらも微笑ましく思っていた。
越野はその男女を見ながら口を開く。
「あの二人長いんだろ?」
「だねー」
「羨ましいぜ、ちくしょー」
恋の返事に、越野は心底悔しそうな声を出す。
恋人のいない越野からすれば、羨ましい事この上ない青春に見えたのだ。
同じ部活の者同士付き合う事はありふれた事ではあったからか、恋は不思議そうな顔をした。
「男バスは、女バスの子と付き合ったりないの?」
「同じバスケ部だけど、一緒に活動してるわけじゃないしなぁ」
越野が悩ましそうな声を出すと、ますます恋は疑問を深くした顔をする。
それは、人伝に聞いた話が頭を過ったからだった。
「てかさ、越野と良い感じの子が女バスにいるって聞いたけど?」
その唐突な暴露に、越野は目を見開き素っ頓狂な声を出す。
「っはぁ!?な、なな何言ってんだ、お前!」
「そうだったのか」
初耳だった仙道が心底驚いた顔をすると、越野は顔を赤くして喚いた。
「仙道も納得してんじゃねぇ!いねーからな!」
「うっそだぁ」
「隠す事ないだろ?」
「うるせー!」
畳みかける恋と仙道に、越野はドスドスと足音でも聞こえそうな素振りでその場を去って行った。
その様子に、残された二人はどちらからともなく笑みが溢れてきた。
「あーあ、からかいすぎた?」
「かな?」
越野は恋愛毎にはわりと奥手な為か、こう言った話題の中心が自身である事には耐えられない性分だ。
他人の話ならば嬉々として話すのに対し、自身の事となると途端に駄目になり、それが経験上分かっている恋は、つい調子に乗りすぎたかと少し反省した。
結局の所、真相はわからずじまいだ。
恋は、隣でかかった水をタオルで拭っている仙道に尋ねる。
「仙道は、そういう噂聞かないね」
「そう?」
仙道はきょとんとしていたが、恋はこれまで仙道と良い感じの女子の話は聞いた事がなかった。
仙道は、決してモテないわけではない。
バスケ部エースで顔も整っていると言えるだろう。
それでも、噂が立たない事は不思議な感じがした。
「てか、告白とかされてる?仙道好きって子、結構聞くけど」
「ノリ的な感じで、仙道カッコいいーとか、仙道好きだよーとかは言われるけど、ちゃんとした告白ってあまりないなぁ」
「えー、意外」
恋は驚きの声を上げるが、だから噂を聞かなかったのかと納得もしていた。
仙道は小さく笑う。
「でも、告白してきても断るよ」
「そうなの?」
「うん」
「何で?」
「好きになった子と付き合いたいから」
「仙道から告白したいって事?」
「ははは、何でそうなるかな。でも、そうかもな。俺が好きになって告白したとして、相手も好きでいてくれたら良いよな」
「それが理想だし、それが付き合うって事じゃない?」
恋が小首を傾げるのを見て、仙道は少しだけ言葉を探しながら口を開いた。
「時々いないか?告白されたから、とりあえず付き合ってみるっていうの」
仙道としては、その気持ちがあまり理解できないでいた。
付き合うならば、好きになってからが良いだろうとも思う。
「あぁ!あるねー、あるある。でも、私はそれもアリだと思うよ」
「そうなんだ?」
「だって、告白されたらやっぱ意識するし、嫌いじゃなかったら好きになる可能性だってあるわけだしさ」
「恋は、嫌いじゃない奴から告白されたら意識する?」
「すると思う」
「その人と付き合う?」
「多分」
「そっか」
「仙道は、好きじゃない子なら断るんだよね?」
「あぁ」
「そっかー」
相容れない互いの考えに微妙な空気が流れ始めたが、そんな二人をよそに周りでは楽しそうな声が響いていた。
その後掃除が無事終了し、恋は部長と共に簡単な後始末の確認をしていた。
それから部長が先に上がり、恋が最後の戸締りをしていると、不意に声をかけられた。
「あ、あの!」
「あ、どしたのー?今日はこれで終わりだよ?」
そこにいたのは水泳部の後輩男子で、恋は不思議そうな顔を返した。
後輩男子は真面目な性格をしていた為、先輩より先に上がるのを躊躇って、律儀に待っていたのだろうかとも考える。
が、次に放たれた言葉は予想外のものだった。
「あの!俺、先輩が好きです!」
「えっ?」
「付き合ってくれませんか!?」
それは唐突で、何故今なのかという疑問が出るようなタイミングでもあり、恋は困惑した。
後輩男子は、真剣な眼差しで恋をただ真っ直ぐに見つめている。
恋は、驚き返答に困って言葉が出ず、沈黙がそこには流れ続けていた。
そして、それを見聞きしていた人物が近くにいた。
仙道である。
先に上がっていた仙道は、見当たらない自身のタオルを探しに戻ってきていたのだが、見知った声が聞こえると一瞬動きを止めるも、足早に踵を返した。
仙道の胸にはモヤモヤとしたものが広がっていて、ひとしきり離れた場所まで辿り着くと、蛇口目掛けて進み頭から水を引っ被った。
それは、どこからしくない行動とも言えるのだった。
恋は、後輩とのやりとりを終えると暫くその場で佇んでいた。
後輩男子が先にその場を離れてから数分、恋は部室棟へと向かうべくプールサイド横の階段を降りていく。
その手には、一つのタオルが握られていた。
それは片付けをしていた際に見つけた物で、清掃中に仙道が首から下げていた物だ。
それを返しに、部室に戻ると言っていた仙道の元へ行こうと思っていたが、意外にもその姿はすぐに見つかった。
プールから出た所にある渡り廊下の段差に、座る人物を見つけたのだ。
後ろ姿で顔までは見えないが、なんとなくそれが仙道だと恋は思った。
恋は、首を垂れて座っている仙道を不思議に思いながら声をかける。
「仙道!」
「あぁ、恋か」
仙道が頭を上げると、恋は目を見張り声音が変わる。
「何で頭濡れてるの!?」
「あー、うん、ちょっとな……」
どう説明したものかと仙道が苦笑すると、恋は手にしていたタオルでその頭を軽く拭き始めた。
仙道のタオルなのだから、勝手でも持ち主に使うのは問題ないだろうと自身に言い聞かせながらではあったのだが。
普段とは違った、ヘナヘナとした髪型に触れる手は、微かに緊張で震えていた。
「これ、タオル忘れてたでしょ?」
「あぁ、ありがとう」
仙道は座ったままされるがままで、恋は小さく笑った。
珍しいものを見たとも思う。
「あはは、なんか今の仙道ちっちゃいね」
「そう?」
「うん、この距離感何か珍しい」
仙道の身長は高い。
だが、今は見下ろす形になっていて、恋にとっては新鮮な状況だった。
くすくすと笑う恋を、ジッと見つめていた仙道は、頭に触れる指先に安堵のようなものを覚えポツリと口を開く。
「さっき……」
「ん?」
恋が手を止めて聞き返すと、仙道は頭を振ってそのタオルに手をかけた。
それからすぐに立ち上がり、恋の手元から仙道の頭は遠ざかりいつもの距離となる。
「いや、何でもない。恋は、もう帰るのか?」
「うん。今日はプール掃除だけだからね」
「お疲れ」
「うん、お疲れー」
恋は、笑みを浮かべてそう別れの言葉を口にすると仙道の横を通り過ぎた。
仙道の頭に触れた手を、歩きながら恋はドキドキと噛み締めるように見つめていた。
何故かその手先は、とても特別に感じられるのだ。
一方、仙道は恋を一度は見届けたが、思わずその背に声をかける。
「恋!」
「ん?何?」
振り返った恋に近づいてくる仙道が向ける眼差しは真っ直ぐで、恋は虚をつかれたのか少しだけ目を見開いた。
仙道は一瞬だけ言葉に迷ったのか視線を彷徨わせたが、迷いをかき消すと言葉を吐き出した。
「さっき、告白されてただろ?」
「えっ!?何で知ってるの!?」
仙道から出た言葉は、恋が予想だにしていないものだった。
先程のやりとりを見られているなどとは露にも思っておらず、恋には戸惑いの色が滲むも、仙道は少しだけ笑うと静かに言った。
「偶然聞いた」
「そ、そっか。何か恥ずかしいね」
「返事したのか?」
「ん?うん、したよ」
「付き合うのか?」
「あぁ、うん、えっとね……」
仙道から質問ばかりされるのを珍しく思いつつも、恋は少しだけ気恥ずかしそうに伏し目がちに言葉を紡ごうとした。
しかし、その言葉が続く事はなく、仙道は遮るように言葉を発した。
「……俺も、恋が好きなんだけど」
「……えっ?」
「俺、恋が好きだ。ずっと前から。だから、さっきの奴とは付き合わないで欲しい」
「いきなり何……」
「俺と付き合って欲しい」
恋が思わず後退れば、仙道は距離を縮める。
何も言葉を発しない恋に痺れを切らしたのか、少しだけ前屈みになりながら顔を覗き込む仙道に、恋は頬を染めて視線を逸らす。
「あの、近っ……」
「うん、返事聞かせて」
そう問う仙道の声は、いつもより近い。
その声音は優しく、攻め立てるような気配はないものの、どこか余裕なく感じられ、恋の胸はギュッと締め付けられた。
ただ返事が聞きたいだけなのだろうその言葉に、戸惑いや羞恥が渦巻き心臓は早鐘を打ち続けている現状で、恋は返答に困ってしまう。
言葉を絞り出すのも一苦労だった。
「……それはズルい」
「えっ?」
恋がやっとの事でポツリと吐き出した言葉に、仙道は聞き取れず問い返す。
恋は何度か小さく深呼吸をすると、言葉を紡いだ。
「あのさ、さっきの告白は断ってるから。私好きな人いるし」
「そう……なんだ」
恋に好きな人がいる事を、仙道は知らなかった。
今にして思えば、そんな話題になった時、恋は明確な返答をしていなかったと気づく。
仙道は、恋が誰かのものになってしまうのが嫌で勢いで告白してしまったが、予想外の言葉が返ってきて頭は真っ白になり、ぼんやりと今から振られるのだろうかという考えが頭をよぎった。
だが、次の恋の言葉に耳を疑った。
「うん、でも今、その人に告白されてパニクってる」
「えっ?」
「あの…さ、私も仙道の事、前から好き……だったんだけど」
辿々しく発する恋の言葉に、仙道は言葉を失った。
「何で黙るの?」
「うん、俺も頭がパニックだ」
仙道がポツリとこぼした言葉に、恋はどうしたものかと考え始める。
けれど、仙道との距離に思考が上手くまとまらず、困りきった顔で仙道を見上げた。
「とりあえず一回離れない?」
上目遣い気味の恋の表情に、ドキリと胸が高鳴った仙道は、小さく笑みを浮かべた。
「んー、それはごめん。無理かな」
「何で!?」
「だって、嬉しいから」
「だからって、この距離はキツいんだけど…」
「嫌?」
「嫌ではないけど、……ド…キドキ…するから、困る」
「……もっと困らせて良い?」
「えっ?」
##NAME2##の声は仙道の胸に消える。
仙道が、唐突に##NAME2##を抱きしめたのだ。
その表情は非常に穏やかで、嬉しさが込み上げているのか目元も口元も緩んでいた。
恋は、突然の事に身動きが取れない。
思考がまとまらない中、恋は無意識にすぐ目の前にある仙道の胸にこっそりと耳を当てると、それはドクドクと早鐘を打っているのが分かり、恋も思わず口元が緩んだ。
仙道でもドキドキするのだと、喜びが込み上げてきていた。
「恋」
「ん?」
「好き」
「あ…りがとう」
「うん」
満面の笑みでそう言う仙道に、恋は湯気でも出そうな程に顔を赤くする。
そんな恋を見て仙道は、腕を緩めてから僅かな距離を作ると、恋の頭を優しく撫でた。
「なぁ、恋」
「何?」
「今、キスしていい?」
「なっ、何でそんな事聞くの!?」
「急にしていいのか?」
「いや、えっと……」
「恋見てたら急にしたくなった。でも、恋が嫌ならしたくないから」
さらりと言ってのけた仙道に、恋は思わず顔を両手で覆った。
先程から仙道の言葉が恋を刺激し、ドキドキと胸が脈打ち続け痛い程だ。
そう言われて嫌な気などせず、恋自身それは願ってもいない事でもあると思っていて、躊躇う必要などないだろう。
けれど、恋は何故だか少し悔しい気持ちになり恨めしそうな声を出す。
「ズルい」
「だって、断られたくないし」
「本当ズルい」
「駆け引き上手だろ?」
「物は言いようだね」
「ははは。で?恋の返事は?」
頭を傾けて至近距離で問う仙道の瞳には、どこか欲の色が見え隠れしていた。
恋は何故だか敗北宣言をするような気持ちになったが、不意に顔を上げ仙道を見つめるとニコリと笑みを浮かべた。
そして、次の瞬間恋は仙道の唇に触れようとした。
……が、それは叶わず、恋は徐々に近づいた距離の気恥ずかしさから瞬時に我に返ると、ピタリと動けなくなった。
恋は今まで彼氏がいた事も、ましてキスをした事など一度もない。
そんな恋が自身からしていいものか、はたまたその仕草が合っているのか、そもそも恥ずかしさが勝る、と頭の中では色々な思考が一気に駆け巡っていた。
一方、恋の行動の意味がわかり、お預けを食らったような思いが湧き始めていた仙道は、目の前で自身の存在など無視して百面相をする恋に少し呆れた。
が、それも恋らしく可愛らしいと思ってしまい、恋への想いの強さを一人再確認していた。
仙道は、頬を染めた恋をじっと見つめていると、その唇に触れた。
それは互いの唇がただ触れるだけのものだったが、特別なものと感じられ、仙道は唇を離すと口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「恋、それはズルいよ」
「えっ?」
「寸止めはダメだろ」
仙道は失笑すると、もう一度口付けた。
そして、徐々にその仕草は熱を帯びる。
初め恋の頬に触れていた仙道の手は次第に後頭部へと移動し、恋を離さないといった意思が感じ取れる。
恋はそれに応えるようになすがままだったが、不意に唇を舐められ驚き肩を震わせた。
仙道はゆっくりと唇を離すと恋を見つめ、恋はその沈黙に耐えきれず言葉を絞り出す。
「せ…ん道……」
「ん?」
「キスが…何かエロい……です」
「うん、我慢できなかった。嫌だった?」
「嫌ではないけど……」
「なら、もっとしたい」
仙道は、返事を待たずに再び恋に口付けた。
それは想いを乗せるかのように優しく、焦れったさが時折顔を出す。
恋も次第にほだされ、それに応えていく。
二人はその瞬間が愛おしく感じられ、いつまでも離れたくないと思えるのだった。
→アトガキ
「暑ぃー」
「だな」
今日の気温は例年よりも高い。
越野は顔を顰めながら、額から流れる汗をシャツの袖で拭い、仙道はチラリと周りを見回した。
そこには、数十人の生徒達と何人かの教師が同じような格好でいる。
もうすぐプール開きを控えた今日、水泳部と運動部有志によるプール掃除が行われようとしていた。
ここ数年、水泳部だけでは人数が足りずに運動部有志で手伝いをしていて、今年は越野と仙道も参加しているのだった。
「あ、バスケ部諸君!感謝いたしますー!」
そう声をかけて恭しく頭を下げたのは、恋だった。
仙道が軽く笑うと、越野は恋の態度にノるように返す。
「よう、恋。わざわざ来てやったぞ」
「ありがとう!助かるー!」
恋は眩しいほどの笑みを浮かべ、再び感謝の言葉を口にした。
恋は水泳部に所属していて副部長でもあり、仙道とは一年生の時から同じクラスだ。
明るく友人の多い恋と仙道が仲良くなるのにそう時間はかからず、仙道繋がりで越野とも友人関係を築き、会えばこうして雑談をするような仲となっている。
始まるまでの少しの時間を雑談で過ごしていると、仙道が水の抜かれたプールを見てポツリと言った。
「凄いなぁ」
「あはは、始めは最悪だよね。汚すぎ」
「まぁ、仕方ないだろ。使ってない期間長いんだから」
越野の呆れたような言葉に、恋は苦笑した。
「まぁねー。でもやっと泳げるー!」
恋が嬉々とした声を上げると、仙道は小首を傾げ尋ねた。
「恋って、冬はクラブ行ってただろ?」
冬場の水泳部は陸練が主軸となり、プールに入って泳ぐ事は、月に何度かある近場の温水プールでの練習くらいだった。
だが、水泳部の中にはスクールに通い冬でも泳ぎ続けている者もいて、恋もその中の一人である事を知っていた仙道の疑問は当然だろう。
恋はうーんと唸ってから、ニカッと白い歯を見せた。
「そうだけどさー、外で泳ぐのがやっぱ気持ち良いじゃん?」
「室内の方がよくね?」
「えー?外って何か開放感あるじゃん?暑い中でプールに入る気持ち良さっていうかさ。だから楽しいんだー。まぁ、練習始まったら地獄なんだけど!」
ケラケラと笑いながら言う恋に、越野はつくづく呆れた顔を向けていた。
練習が地獄なのは、バスケ部も変わらないだろう。
けれど、その地獄を笑い飛ばせるような心持ちに越野はなれない。
「変わってんなー」
「ひどっ!」
恋が大袈裟にショックを受けた顔をすると、笑いがその場に起こる。
と、そこで笛が鳴り、一人の教師が声を張り上げた。
「おーい、始めるぞー」
「あ、はーい!お手伝いよろしくねー」
恋は二人に手を振ると、水泳部顧問の元へ駆けて行った。
それから間もなくして、プール清掃は始まった。
それぞれ役割を与えられ、その場を掃除していく。
その肉体労働と汚さに、越野はため息を零した。
「あー、マジ汚ねぇな」
「ははは、確かに。あ、ほら、何かの卵」
「うわっ、気持ち悪りぃ!」
仙道が足元の得体の知れない物体を指さすと、越野はズザザッと後退りした。
先程から色々な生き物が生死問わず見つかっていて、辟易していたのだ。
と、後ろから声が聞こえて水切りが二人の視界に入る。
「はいはい、通りまーす」
それは恋で、得体の知れない何かに怯む事なく水切りを滑らせていた。
「おー、やっぱ水泳部は手際が良いな」
「ちんたらしてたら終わらないからね。はい、越野も仙道もテキパキ動く!」
「おー」
「あぁ」
恋に鼓舞され、二人も掃除を再開する。
暫く無言で皆が取り組んでいると、徐々にプールらしい色が戻り始める。
ほとんど汚れらしい汚れが見当たらなくなると、恋が近場にいた仙道と越野に声をかけた。
「だいぶ綺麗になってきたね!」
「だな」
「ここまでくると、達成感あるな」
見違えるようなプールの床に、仙道は感嘆した声音でそう言った。
プールが綺麗になれば掃除も終盤で、この場の雰囲気も緩み、ふざけ始める者もいるのが恒例でもある。
それは、今年も例外ではなかった。
「いえーい!」
「うわっ!?」
「ちょ!冷たっ!」
「悪ぃ!」
そう声を出すのは水泳部の男子で、ホースの水を天に向かって放ちながら部員達と遊び始めていたのだが、その水が恋と仙道にかかったのだ。
と、その男子に怒った声を上げる者がいた。
「ちょっとー!」
それは女子部員で、ズカズカと男子を怒りに行く。
が、男子はその女子にも水をかけては火に油を注ぐ形となり、追いかけられ始めていた。
その光景に、その場にいた誰もが笑い始め、仙道は微笑ましそうに笑いながら言った。
「あはは、水泳部名物だ」
それは水泳部で有名な恋人同士で、そのくだらなくも日常的なやりとりに周りは呆れながらも微笑ましく思っていた。
越野はその男女を見ながら口を開く。
「あの二人長いんだろ?」
「だねー」
「羨ましいぜ、ちくしょー」
恋の返事に、越野は心底悔しそうな声を出す。
恋人のいない越野からすれば、羨ましい事この上ない青春に見えたのだ。
同じ部活の者同士付き合う事はありふれた事ではあったからか、恋は不思議そうな顔をした。
「男バスは、女バスの子と付き合ったりないの?」
「同じバスケ部だけど、一緒に活動してるわけじゃないしなぁ」
越野が悩ましそうな声を出すと、ますます恋は疑問を深くした顔をする。
それは、人伝に聞いた話が頭を過ったからだった。
「てかさ、越野と良い感じの子が女バスにいるって聞いたけど?」
その唐突な暴露に、越野は目を見開き素っ頓狂な声を出す。
「っはぁ!?な、なな何言ってんだ、お前!」
「そうだったのか」
初耳だった仙道が心底驚いた顔をすると、越野は顔を赤くして喚いた。
「仙道も納得してんじゃねぇ!いねーからな!」
「うっそだぁ」
「隠す事ないだろ?」
「うるせー!」
畳みかける恋と仙道に、越野はドスドスと足音でも聞こえそうな素振りでその場を去って行った。
その様子に、残された二人はどちらからともなく笑みが溢れてきた。
「あーあ、からかいすぎた?」
「かな?」
越野は恋愛毎にはわりと奥手な為か、こう言った話題の中心が自身である事には耐えられない性分だ。
他人の話ならば嬉々として話すのに対し、自身の事となると途端に駄目になり、それが経験上分かっている恋は、つい調子に乗りすぎたかと少し反省した。
結局の所、真相はわからずじまいだ。
恋は、隣でかかった水をタオルで拭っている仙道に尋ねる。
「仙道は、そういう噂聞かないね」
「そう?」
仙道はきょとんとしていたが、恋はこれまで仙道と良い感じの女子の話は聞いた事がなかった。
仙道は、決してモテないわけではない。
バスケ部エースで顔も整っていると言えるだろう。
それでも、噂が立たない事は不思議な感じがした。
「てか、告白とかされてる?仙道好きって子、結構聞くけど」
「ノリ的な感じで、仙道カッコいいーとか、仙道好きだよーとかは言われるけど、ちゃんとした告白ってあまりないなぁ」
「えー、意外」
恋は驚きの声を上げるが、だから噂を聞かなかったのかと納得もしていた。
仙道は小さく笑う。
「でも、告白してきても断るよ」
「そうなの?」
「うん」
「何で?」
「好きになった子と付き合いたいから」
「仙道から告白したいって事?」
「ははは、何でそうなるかな。でも、そうかもな。俺が好きになって告白したとして、相手も好きでいてくれたら良いよな」
「それが理想だし、それが付き合うって事じゃない?」
恋が小首を傾げるのを見て、仙道は少しだけ言葉を探しながら口を開いた。
「時々いないか?告白されたから、とりあえず付き合ってみるっていうの」
仙道としては、その気持ちがあまり理解できないでいた。
付き合うならば、好きになってからが良いだろうとも思う。
「あぁ!あるねー、あるある。でも、私はそれもアリだと思うよ」
「そうなんだ?」
「だって、告白されたらやっぱ意識するし、嫌いじゃなかったら好きになる可能性だってあるわけだしさ」
「恋は、嫌いじゃない奴から告白されたら意識する?」
「すると思う」
「その人と付き合う?」
「多分」
「そっか」
「仙道は、好きじゃない子なら断るんだよね?」
「あぁ」
「そっかー」
相容れない互いの考えに微妙な空気が流れ始めたが、そんな二人をよそに周りでは楽しそうな声が響いていた。
その後掃除が無事終了し、恋は部長と共に簡単な後始末の確認をしていた。
それから部長が先に上がり、恋が最後の戸締りをしていると、不意に声をかけられた。
「あ、あの!」
「あ、どしたのー?今日はこれで終わりだよ?」
そこにいたのは水泳部の後輩男子で、恋は不思議そうな顔を返した。
後輩男子は真面目な性格をしていた為、先輩より先に上がるのを躊躇って、律儀に待っていたのだろうかとも考える。
が、次に放たれた言葉は予想外のものだった。
「あの!俺、先輩が好きです!」
「えっ?」
「付き合ってくれませんか!?」
それは唐突で、何故今なのかという疑問が出るようなタイミングでもあり、恋は困惑した。
後輩男子は、真剣な眼差しで恋をただ真っ直ぐに見つめている。
恋は、驚き返答に困って言葉が出ず、沈黙がそこには流れ続けていた。
そして、それを見聞きしていた人物が近くにいた。
仙道である。
先に上がっていた仙道は、見当たらない自身のタオルを探しに戻ってきていたのだが、見知った声が聞こえると一瞬動きを止めるも、足早に踵を返した。
仙道の胸にはモヤモヤとしたものが広がっていて、ひとしきり離れた場所まで辿り着くと、蛇口目掛けて進み頭から水を引っ被った。
それは、どこからしくない行動とも言えるのだった。
恋は、後輩とのやりとりを終えると暫くその場で佇んでいた。
後輩男子が先にその場を離れてから数分、恋は部室棟へと向かうべくプールサイド横の階段を降りていく。
その手には、一つのタオルが握られていた。
それは片付けをしていた際に見つけた物で、清掃中に仙道が首から下げていた物だ。
それを返しに、部室に戻ると言っていた仙道の元へ行こうと思っていたが、意外にもその姿はすぐに見つかった。
プールから出た所にある渡り廊下の段差に、座る人物を見つけたのだ。
後ろ姿で顔までは見えないが、なんとなくそれが仙道だと恋は思った。
恋は、首を垂れて座っている仙道を不思議に思いながら声をかける。
「仙道!」
「あぁ、恋か」
仙道が頭を上げると、恋は目を見張り声音が変わる。
「何で頭濡れてるの!?」
「あー、うん、ちょっとな……」
どう説明したものかと仙道が苦笑すると、恋は手にしていたタオルでその頭を軽く拭き始めた。
仙道のタオルなのだから、勝手でも持ち主に使うのは問題ないだろうと自身に言い聞かせながらではあったのだが。
普段とは違った、ヘナヘナとした髪型に触れる手は、微かに緊張で震えていた。
「これ、タオル忘れてたでしょ?」
「あぁ、ありがとう」
仙道は座ったままされるがままで、恋は小さく笑った。
珍しいものを見たとも思う。
「あはは、なんか今の仙道ちっちゃいね」
「そう?」
「うん、この距離感何か珍しい」
仙道の身長は高い。
だが、今は見下ろす形になっていて、恋にとっては新鮮な状況だった。
くすくすと笑う恋を、ジッと見つめていた仙道は、頭に触れる指先に安堵のようなものを覚えポツリと口を開く。
「さっき……」
「ん?」
恋が手を止めて聞き返すと、仙道は頭を振ってそのタオルに手をかけた。
それからすぐに立ち上がり、恋の手元から仙道の頭は遠ざかりいつもの距離となる。
「いや、何でもない。恋は、もう帰るのか?」
「うん。今日はプール掃除だけだからね」
「お疲れ」
「うん、お疲れー」
恋は、笑みを浮かべてそう別れの言葉を口にすると仙道の横を通り過ぎた。
仙道の頭に触れた手を、歩きながら恋はドキドキと噛み締めるように見つめていた。
何故かその手先は、とても特別に感じられるのだ。
一方、仙道は恋を一度は見届けたが、思わずその背に声をかける。
「恋!」
「ん?何?」
振り返った恋に近づいてくる仙道が向ける眼差しは真っ直ぐで、恋は虚をつかれたのか少しだけ目を見開いた。
仙道は一瞬だけ言葉に迷ったのか視線を彷徨わせたが、迷いをかき消すと言葉を吐き出した。
「さっき、告白されてただろ?」
「えっ!?何で知ってるの!?」
仙道から出た言葉は、恋が予想だにしていないものだった。
先程のやりとりを見られているなどとは露にも思っておらず、恋には戸惑いの色が滲むも、仙道は少しだけ笑うと静かに言った。
「偶然聞いた」
「そ、そっか。何か恥ずかしいね」
「返事したのか?」
「ん?うん、したよ」
「付き合うのか?」
「あぁ、うん、えっとね……」
仙道から質問ばかりされるのを珍しく思いつつも、恋は少しだけ気恥ずかしそうに伏し目がちに言葉を紡ごうとした。
しかし、その言葉が続く事はなく、仙道は遮るように言葉を発した。
「……俺も、恋が好きなんだけど」
「……えっ?」
「俺、恋が好きだ。ずっと前から。だから、さっきの奴とは付き合わないで欲しい」
「いきなり何……」
「俺と付き合って欲しい」
恋が思わず後退れば、仙道は距離を縮める。
何も言葉を発しない恋に痺れを切らしたのか、少しだけ前屈みになりながら顔を覗き込む仙道に、恋は頬を染めて視線を逸らす。
「あの、近っ……」
「うん、返事聞かせて」
そう問う仙道の声は、いつもより近い。
その声音は優しく、攻め立てるような気配はないものの、どこか余裕なく感じられ、恋の胸はギュッと締め付けられた。
ただ返事が聞きたいだけなのだろうその言葉に、戸惑いや羞恥が渦巻き心臓は早鐘を打ち続けている現状で、恋は返答に困ってしまう。
言葉を絞り出すのも一苦労だった。
「……それはズルい」
「えっ?」
恋がやっとの事でポツリと吐き出した言葉に、仙道は聞き取れず問い返す。
恋は何度か小さく深呼吸をすると、言葉を紡いだ。
「あのさ、さっきの告白は断ってるから。私好きな人いるし」
「そう……なんだ」
恋に好きな人がいる事を、仙道は知らなかった。
今にして思えば、そんな話題になった時、恋は明確な返答をしていなかったと気づく。
仙道は、恋が誰かのものになってしまうのが嫌で勢いで告白してしまったが、予想外の言葉が返ってきて頭は真っ白になり、ぼんやりと今から振られるのだろうかという考えが頭をよぎった。
だが、次の恋の言葉に耳を疑った。
「うん、でも今、その人に告白されてパニクってる」
「えっ?」
「あの…さ、私も仙道の事、前から好き……だったんだけど」
辿々しく発する恋の言葉に、仙道は言葉を失った。
「何で黙るの?」
「うん、俺も頭がパニックだ」
仙道がポツリとこぼした言葉に、恋はどうしたものかと考え始める。
けれど、仙道との距離に思考が上手くまとまらず、困りきった顔で仙道を見上げた。
「とりあえず一回離れない?」
上目遣い気味の恋の表情に、ドキリと胸が高鳴った仙道は、小さく笑みを浮かべた。
「んー、それはごめん。無理かな」
「何で!?」
「だって、嬉しいから」
「だからって、この距離はキツいんだけど…」
「嫌?」
「嫌ではないけど、……ド…キドキ…するから、困る」
「……もっと困らせて良い?」
「えっ?」
##NAME2##の声は仙道の胸に消える。
仙道が、唐突に##NAME2##を抱きしめたのだ。
その表情は非常に穏やかで、嬉しさが込み上げているのか目元も口元も緩んでいた。
恋は、突然の事に身動きが取れない。
思考がまとまらない中、恋は無意識にすぐ目の前にある仙道の胸にこっそりと耳を当てると、それはドクドクと早鐘を打っているのが分かり、恋も思わず口元が緩んだ。
仙道でもドキドキするのだと、喜びが込み上げてきていた。
「恋」
「ん?」
「好き」
「あ…りがとう」
「うん」
満面の笑みでそう言う仙道に、恋は湯気でも出そうな程に顔を赤くする。
そんな恋を見て仙道は、腕を緩めてから僅かな距離を作ると、恋の頭を優しく撫でた。
「なぁ、恋」
「何?」
「今、キスしていい?」
「なっ、何でそんな事聞くの!?」
「急にしていいのか?」
「いや、えっと……」
「恋見てたら急にしたくなった。でも、恋が嫌ならしたくないから」
さらりと言ってのけた仙道に、恋は思わず顔を両手で覆った。
先程から仙道の言葉が恋を刺激し、ドキドキと胸が脈打ち続け痛い程だ。
そう言われて嫌な気などせず、恋自身それは願ってもいない事でもあると思っていて、躊躇う必要などないだろう。
けれど、恋は何故だか少し悔しい気持ちになり恨めしそうな声を出す。
「ズルい」
「だって、断られたくないし」
「本当ズルい」
「駆け引き上手だろ?」
「物は言いようだね」
「ははは。で?恋の返事は?」
頭を傾けて至近距離で問う仙道の瞳には、どこか欲の色が見え隠れしていた。
恋は何故だか敗北宣言をするような気持ちになったが、不意に顔を上げ仙道を見つめるとニコリと笑みを浮かべた。
そして、次の瞬間恋は仙道の唇に触れようとした。
……が、それは叶わず、恋は徐々に近づいた距離の気恥ずかしさから瞬時に我に返ると、ピタリと動けなくなった。
恋は今まで彼氏がいた事も、ましてキスをした事など一度もない。
そんな恋が自身からしていいものか、はたまたその仕草が合っているのか、そもそも恥ずかしさが勝る、と頭の中では色々な思考が一気に駆け巡っていた。
一方、恋の行動の意味がわかり、お預けを食らったような思いが湧き始めていた仙道は、目の前で自身の存在など無視して百面相をする恋に少し呆れた。
が、それも恋らしく可愛らしいと思ってしまい、恋への想いの強さを一人再確認していた。
仙道は、頬を染めた恋をじっと見つめていると、その唇に触れた。
それは互いの唇がただ触れるだけのものだったが、特別なものと感じられ、仙道は唇を離すと口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「恋、それはズルいよ」
「えっ?」
「寸止めはダメだろ」
仙道は失笑すると、もう一度口付けた。
そして、徐々にその仕草は熱を帯びる。
初め恋の頬に触れていた仙道の手は次第に後頭部へと移動し、恋を離さないといった意思が感じ取れる。
恋はそれに応えるようになすがままだったが、不意に唇を舐められ驚き肩を震わせた。
仙道はゆっくりと唇を離すと恋を見つめ、恋はその沈黙に耐えきれず言葉を絞り出す。
「せ…ん道……」
「ん?」
「キスが…何かエロい……です」
「うん、我慢できなかった。嫌だった?」
「嫌ではないけど……」
「なら、もっとしたい」
仙道は、返事を待たずに再び恋に口付けた。
それは想いを乗せるかのように優しく、焦れったさが時折顔を出す。
恋も次第にほだされ、それに応えていく。
二人はその瞬間が愛おしく感じられ、いつまでも離れたくないと思えるのだった。
→アトガキ
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