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彰が出ている試合を時々テレビで見る。それは、彰には伝えていないことだ。ご飯を食べながらテレビの中で動く彼の姿を見て、湧き上がってくる感情に慣れたように蓋をする。
試合で彰がフル出場することはそんなにない。いつも彰は大事な局面で登場して、そして周りの期待通りにプレーをする。
試合に負けた日は帰り道に電話を掛けてきて、ポツポツととりとめのない話をした後に「おやすみ」と優しい声で告げてくる。そして試合に勝った日はいつも、そのまま私の家に来た。
何かをするでもない。ちょっとした手土産を手に、これまたとりとめのない話をして1時間もしない内に隣の家に帰る。彰の姿を見送る私を見つめる目はいつだって優しかった。
好きだよ、と何気なく伝えてくる。昔も今も変わらず好きだと彼は恥ずかしがる素振りも見せずに何度も。
嬉しいはずなのに、苦しさばかりが募っていく。もうほとんど完治した右腕が夜中に時々痛むのと同じように、昔の記憶が私の心を締め付ける。
違和感。
ずっと、微かな違和感が脳内をチラついていた。
答えを出せないのはそんな違和感を見過ごすことが出来なかったのもあるのかもしれない。
「今シーズン終わったらプロ引退しようと思ってる」
息を呑む。ガラガラと何かが崩れていく音がする。微かな違和感が確かに正体を現し始めていた。
試合も無いのに家にやって来た彰を疑いもせずに自宅に招き入れたことを今後悔している。
「これから先はまだ全然決めてねーんだけどさ、声かかってる先をフラフラすんのもありかなって」
彰はいつも通りだった。深刻な話をしている空気なんて一つも出さずに、淡々と話す。
フラッシュバックする。あの日の、あの記憶が私を奥底からおびやかす。
「……そうやってまた、居なくなるの?」
絞り出した声に彰が目を見開いたのが分かった。手が震えて、胸の奥から込み上げてくる感覚に呼吸が浅くなる。
「また、わたしのこと置いていくの」
ついていかない選択をしたのは私だった。でも別れを告げたのは彰だった。
今だって、彼と一緒になろうとしていなかったのは私なのに。
「私のこと好きだって言って、より戻したいって言ってくるくせに、結局わたしのことなんてなんにも考えてない」
考える必要なんてない。彰は彰の好きなようにしたらいい。そこに私が居なくたっていい。そうやって割り切れたらいいのに。
「すずね、違う。オレは」
「もういい。何も聞きたくない。話したくない」
冷静じゃないことは自分でも分かっていた。だけど、落ち着いて話せる自信もなかった。
「早く帰って」
静かに告げる。彼の前で泣かない為のめいっぱいの強がり。
「……誤解させたまま帰れねーよ」
「誤解でも何でもいい。彰と話したくないの」
もう一度良いから帰って、と強く言う。彰はそれでも立ち上がろうとしなくて、苦しそうな顔で私を見ていた。
「お願いだから、かえってよ……」
もう顔を見れなかった。泣き出す寸前の声は、自分でも情けないと思う。
彰はしばらく黙っていて、ようやく椅子を引く音がする。
「……ごめんな」
たった一言、それだけ言って彼の気配が遠ざかっていく。顔を上げることが出来ないまま、玄関からドアの閉まる音がした瞬間、声を押し殺して泣いていた。
きっかけをくれたのは彰なのに、きっかけを壊したのは私だ。ばかで、ばかで、どうしようもない。
全部、やり直したかった。あの頃から。別れなんて知らなかったあの青い日々から。
願ったって叶わないことなんて、大人になった私が一番分かっている。だからこそ、叶わないからこそ、思い出に縋りたくなるのかもしれない。
「結城さん」
体育の授業。体育館で男女共にバレーボールだった。お遊びで男女合同で試合をしている様子を友達と一緒に見ているところに、そんな声が掛かる。
「仙道くん。どうしたの?」
「いや、暇だから話し相手になってくんねーかなって」
チラリと男子が固まっているところを見ながら、話し相手なら別に私じゃなくて良いのにと思う。嫌なわけではないけれど、特段仲良くもない私のところに来る理由がよく分からなかった。
「仙道くんは参加しないの?」
隣に居た友達が仙道くんに問いかける。確かに仙道くんはバレーも上手だし、体を動かすのが好きそうだから試合に参加していない方が不思議だった。
「んー……だってオレが居る方が勝っちゃうだろ」
自信満々に言い切ったわけではない。それが自意識過剰だとも私達は思わない。何気なく彼の口から放たれた言葉に私はひどく衝撃を受ける。
仙道くんにとってそれが当たり前だった。試合をしているメンバーの中には現役のバレー部が居て、当然私達素人とは天と地の差があるぐらいの技術を持っている。言外に彼はバレー部にも勝ててしまうと言っているのだ。そしてそれを彼自身が当然のこととして受け入れている。
「だったら結城さんと話してる方が良い。あ、でも結城さんが参加したいんだったらして良いぜ。こっから応援するから」
なおさらなんで私?
友達と顔を見合わせて、首を傾げる。まぁでも、私も仙道くんと話が出来るのは嬉しいので彼を交えて会話を始める。仙道くんが話題を出すことはあまり無くて、大体私と友達の話に相槌を打って、時々話を広げてくれた。
「そういえば仙道くん、」
そこまで言って思いとどまって口を閉ざす。
──内緒な。と確かに彼は言っていた。友達の前でそれを掘り下げるのは良くないと「ごめん、なんでもない」と首を振る。
「もしかしてこの間の話?」
内容を伏せて聞いてくる彼にコクリと頷く。「この間の話?」と不思議そうにしている友達は申し訳ないけれど一旦置いといて、キョロキョロと辺りを見渡して仙道くんにだけ聞こえる声で「ごめんね。あれから進展あったか気になっただけで」と囁く。
仙道くんは思い出しているのか視線を斜め上に向けながら何かを考えていた。そして視線を戻したかと思えば、流し目に私を見下ろす。ドキ、と跳ねた心臓を宥める暇も無く、身をかがめた彼の顔が近付いてきて頭の中が真っ白になる。
「あったよ。現在進行形」
耳元で囁く声にゾクゾクと背筋が震える。咄嗟に彼から体を離すと彼はどこか楽しそうに笑っていた。
身体が熱い。それが体育館の蒸し暑さのせいではないと分かっている。彼がこうして私と関わってくれるだけで嬉しかった。些細なことでも彼の目に止まるのはきっと贅沢なことだ。でも、やっぱり仙道くんに想われる誰かがほんの少しだけ羨ましいなと思った。
試合で彰がフル出場することはそんなにない。いつも彰は大事な局面で登場して、そして周りの期待通りにプレーをする。
試合に負けた日は帰り道に電話を掛けてきて、ポツポツととりとめのない話をした後に「おやすみ」と優しい声で告げてくる。そして試合に勝った日はいつも、そのまま私の家に来た。
何かをするでもない。ちょっとした手土産を手に、これまたとりとめのない話をして1時間もしない内に隣の家に帰る。彰の姿を見送る私を見つめる目はいつだって優しかった。
好きだよ、と何気なく伝えてくる。昔も今も変わらず好きだと彼は恥ずかしがる素振りも見せずに何度も。
嬉しいはずなのに、苦しさばかりが募っていく。もうほとんど完治した右腕が夜中に時々痛むのと同じように、昔の記憶が私の心を締め付ける。
違和感。
ずっと、微かな違和感が脳内をチラついていた。
答えを出せないのはそんな違和感を見過ごすことが出来なかったのもあるのかもしれない。
「今シーズン終わったらプロ引退しようと思ってる」
息を呑む。ガラガラと何かが崩れていく音がする。微かな違和感が確かに正体を現し始めていた。
試合も無いのに家にやって来た彰を疑いもせずに自宅に招き入れたことを今後悔している。
「これから先はまだ全然決めてねーんだけどさ、声かかってる先をフラフラすんのもありかなって」
彰はいつも通りだった。深刻な話をしている空気なんて一つも出さずに、淡々と話す。
フラッシュバックする。あの日の、あの記憶が私を奥底からおびやかす。
「……そうやってまた、居なくなるの?」
絞り出した声に彰が目を見開いたのが分かった。手が震えて、胸の奥から込み上げてくる感覚に呼吸が浅くなる。
「また、わたしのこと置いていくの」
ついていかない選択をしたのは私だった。でも別れを告げたのは彰だった。
今だって、彼と一緒になろうとしていなかったのは私なのに。
「私のこと好きだって言って、より戻したいって言ってくるくせに、結局わたしのことなんてなんにも考えてない」
考える必要なんてない。彰は彰の好きなようにしたらいい。そこに私が居なくたっていい。そうやって割り切れたらいいのに。
「すずね、違う。オレは」
「もういい。何も聞きたくない。話したくない」
冷静じゃないことは自分でも分かっていた。だけど、落ち着いて話せる自信もなかった。
「早く帰って」
静かに告げる。彼の前で泣かない為のめいっぱいの強がり。
「……誤解させたまま帰れねーよ」
「誤解でも何でもいい。彰と話したくないの」
もう一度良いから帰って、と強く言う。彰はそれでも立ち上がろうとしなくて、苦しそうな顔で私を見ていた。
「お願いだから、かえってよ……」
もう顔を見れなかった。泣き出す寸前の声は、自分でも情けないと思う。
彰はしばらく黙っていて、ようやく椅子を引く音がする。
「……ごめんな」
たった一言、それだけ言って彼の気配が遠ざかっていく。顔を上げることが出来ないまま、玄関からドアの閉まる音がした瞬間、声を押し殺して泣いていた。
きっかけをくれたのは彰なのに、きっかけを壊したのは私だ。ばかで、ばかで、どうしようもない。
全部、やり直したかった。あの頃から。別れなんて知らなかったあの青い日々から。
願ったって叶わないことなんて、大人になった私が一番分かっている。だからこそ、叶わないからこそ、思い出に縋りたくなるのかもしれない。
「結城さん」
体育の授業。体育館で男女共にバレーボールだった。お遊びで男女合同で試合をしている様子を友達と一緒に見ているところに、そんな声が掛かる。
「仙道くん。どうしたの?」
「いや、暇だから話し相手になってくんねーかなって」
チラリと男子が固まっているところを見ながら、話し相手なら別に私じゃなくて良いのにと思う。嫌なわけではないけれど、特段仲良くもない私のところに来る理由がよく分からなかった。
「仙道くんは参加しないの?」
隣に居た友達が仙道くんに問いかける。確かに仙道くんはバレーも上手だし、体を動かすのが好きそうだから試合に参加していない方が不思議だった。
「んー……だってオレが居る方が勝っちゃうだろ」
自信満々に言い切ったわけではない。それが自意識過剰だとも私達は思わない。何気なく彼の口から放たれた言葉に私はひどく衝撃を受ける。
仙道くんにとってそれが当たり前だった。試合をしているメンバーの中には現役のバレー部が居て、当然私達素人とは天と地の差があるぐらいの技術を持っている。言外に彼はバレー部にも勝ててしまうと言っているのだ。そしてそれを彼自身が当然のこととして受け入れている。
「だったら結城さんと話してる方が良い。あ、でも結城さんが参加したいんだったらして良いぜ。こっから応援するから」
なおさらなんで私?
友達と顔を見合わせて、首を傾げる。まぁでも、私も仙道くんと話が出来るのは嬉しいので彼を交えて会話を始める。仙道くんが話題を出すことはあまり無くて、大体私と友達の話に相槌を打って、時々話を広げてくれた。
「そういえば仙道くん、」
そこまで言って思いとどまって口を閉ざす。
──内緒な。と確かに彼は言っていた。友達の前でそれを掘り下げるのは良くないと「ごめん、なんでもない」と首を振る。
「もしかしてこの間の話?」
内容を伏せて聞いてくる彼にコクリと頷く。「この間の話?」と不思議そうにしている友達は申し訳ないけれど一旦置いといて、キョロキョロと辺りを見渡して仙道くんにだけ聞こえる声で「ごめんね。あれから進展あったか気になっただけで」と囁く。
仙道くんは思い出しているのか視線を斜め上に向けながら何かを考えていた。そして視線を戻したかと思えば、流し目に私を見下ろす。ドキ、と跳ねた心臓を宥める暇も無く、身をかがめた彼の顔が近付いてきて頭の中が真っ白になる。
「あったよ。現在進行形」
耳元で囁く声にゾクゾクと背筋が震える。咄嗟に彼から体を離すと彼はどこか楽しそうに笑っていた。
身体が熱い。それが体育館の蒸し暑さのせいではないと分かっている。彼がこうして私と関わってくれるだけで嬉しかった。些細なことでも彼の目に止まるのはきっと贅沢なことだ。でも、やっぱり仙道くんに想われる誰かがほんの少しだけ羨ましいなと思った。
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