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考えさせてほしい。と彰に告げた。気が付けば重なっている手を手離すことが出来ないくせに、私は彼の言葉を受け取る覚悟が出来ていなかった。
「考えねーといけねぇこと?」
手の甲をくすぐるように指が滑る。そこに意識が集中してしまうのは彰が触れているからだった。
「……考えないといけないこと」
昔とは違うんだよ、と諭すように呟く。あの頃のように無邪気ではいられないのだ。私たちは自分たちの立場を考えないといけない。
「彰はプロのバスケット選手で、私はただの会社員で」
うん。と彰は頷きながら、私の手を握り込む。きっと何よりもバスケットボールに触れてきたであろう大きな手。この手にかつて何度も救われている。本当なら今すぐにでもこの手を握り返して、彰が好きだよと伝えたかった。それが出来ないのは私が臆病なまま大人になってしまったからだ。
「……彰の隣に立つってすごく怖いことなんだよ」
彰には分からない、私だけが感じてしまうこと。案の定彰は腑に落ちないとでも言うような顔をして、「何で?」と問いかけてくる。
「彰には分からないよ。私の問題。私が覚悟出来てないだけ」
指の間に彰の指が入り込む。恋人同士のように絡み合った手は私の気持ちを何度も何度も揺らがせている。
「……余計なこと考えないでさっさとオレのそばに来ちまえば良いのに」
ポソリと呟かれた言葉の後に、彼はわざとらしくにっこりと笑顔を浮かべる。
「良いよ。待つ。すずねの言う覚悟ってのが決まるまでちゃんと待つ」
でもさ、と彰は言葉を続けた。
「もう遠慮はしねーからな」
*
宣言通り、とでも言うのだろうか。以前はほのめかしていた気持ちを彰は声に出し、態度で示し、何度も何度も気持ちを伝えてきた。それでも私は本当は抱いている気持ちを返すことができず、そんな自分自身に呆れてしまう。
覚悟。覚悟なんて言ったけれど、要は昔のようになるのが怖いだけだ。好きだった。大好きだった。そんな大切な人と離ればなれになることがどれだけ辛かったか。自分の気持ちを全部押し殺して、彼の背中を見送ったあの日がどれだけ虚しかったか。いつ、また彰が居なくなるのが分からない。それが怖い。
そんな私のことなんて彰は分かりきっていた。だから、彼は今の話をする。今 の私と向き合っている。でも、どこにも行かないとは言ってはくれない。
「よう」
退勤後、会社前に居た姿に目を見開く。慌てて辺りを見渡して、人通りが少ないことを確認して彼の元へ駆け寄った。
「なんで居るの」
「すずねに会いたかったから」
躊躇いなく言われた歯に衣着せぬ言葉。ぐ、と色々な感情を堪えて、とにかく会社から離れようと彰の背中を押す。同僚と一緒に帰らなくて良かったと心から思う。見て見ぬふりをしてもきっと彰ならお構いなしに声を掛けてくるだろうから。
「誰かに見られたらどうするの」
「見られても別にやましいことはねーし」
やましいことはないかもしれないけど、見られて困るとは思わないのだろうか。色んな情報が拡散される今の社会。あることないことネットで広げられてしまう可能性だってあるのに。
「逆にコソコソしてる方が変に見えると思うけどな」
さりげなく指先を緩く握られる。ちょっと、と声を上げても「大丈夫だから」と彼は周りの目を気にはしない。
そう強くない力で握られた手を振り払うことは容易だった。それをしないのは、変に人の注目を集めたくなかったからで、決して彰の手を離したくなかったからというわけではない。
「すずねは、あんまり昔と変わってねーよな」
私の歩幅に合わせて彰の動きはゆっくりだ。突然話し出した彼の顔を見上げると、彼は少しだけ口角を上げていた。
「……そう?」
「うん。無防備なのに流されてくれないところとか特に」
なにそれ、と思わず眉を顰める。
「今も昔も簡単にオレに触らせるのに、すぐにオレの恋人にはなってくれない」
ぱちぱちと目を瞬いた。こちらを見た彰はどこか挑戦的な表情で、その姿が制服姿の彼と重なる。
「何なら高校の頃はオレのこと一回振ってるしな」
今度は目を丸くしてしまった。立ち止まった彼はわざとらしく肩を落として「オレあん時結構傷付いたんだぜ?」と当時はそうは見えなかったことを伝えてくる。
「だ、だってあの時は……」
「『仙道くんと私じゃ釣り合わないよ』だったっけなぁ」
そんなことを言った、ような気がする。私ですら朧気なのにどうして彰は覚えているのだろう。
「釣り合わなかった?」
「え?」
「学生の頃、オレと付き合ってて釣り合わないって思った?」
彼の言葉にどうしてか私は答えられなかった。思い出すのは彼と何でもない日ばかりで、そのどれもがキラキラと輝いている。楽しくて、幸せで、彼と過ごす時間の方が大切でそんなことを考えもしなかったからかもしれない。
小さく首を横に振る。彰が遠いと思ったことはあっても、釣り合わないなんて一度も彰は思わせなかった。
「すずねは今もおんなじこと言ってるよ」
は、と息を呑んだ。見上げた表情は私が思っていたよりずっと、ずっと優しい表情で。
「立場とか地位とかさ、すずねが覚悟決めるようなことじゃねーよ」
握っていない方の手が私の頬に触れる。優しく撫でるだけ。本当に、それだけ。
「まぁ、そう思わせるオレが悪いんだけどな」
彼の手が離れていく。それが寂しいと思ってしまって、そんな気持ちを押し殺して目を伏せる。
「……ちがうよ。彰はなんにも悪くない」
今も、昔も、彰が悪かったことなんてない。彰はいつだって自由で、マイペースで、でも私をないがしろにするなんてことはなかった。
「帰ろ。こんなとこで立ち止まってたら迷惑になる」
そんなのはただの言い訳で、私がこの話を続けたくないだけだった。彰もそれが分かっているからそれ以上はもう何も言わなくて、繋いだ手はそのままに他愛もない話を始めた。
怖い。彰と一緒に居られなくなるのが怖い。今が幸せだと感じてしまっているから、余計にそう思う。
いっそこのまま彰とふたりだけになってしまえば良いと思った。そうしたらそんなことなんて、もうどうだっていいのに。
「考えねーといけねぇこと?」
手の甲をくすぐるように指が滑る。そこに意識が集中してしまうのは彰が触れているからだった。
「……考えないといけないこと」
昔とは違うんだよ、と諭すように呟く。あの頃のように無邪気ではいられないのだ。私たちは自分たちの立場を考えないといけない。
「彰はプロのバスケット選手で、私はただの会社員で」
うん。と彰は頷きながら、私の手を握り込む。きっと何よりもバスケットボールに触れてきたであろう大きな手。この手にかつて何度も救われている。本当なら今すぐにでもこの手を握り返して、彰が好きだよと伝えたかった。それが出来ないのは私が臆病なまま大人になってしまったからだ。
「……彰の隣に立つってすごく怖いことなんだよ」
彰には分からない、私だけが感じてしまうこと。案の定彰は腑に落ちないとでも言うような顔をして、「何で?」と問いかけてくる。
「彰には分からないよ。私の問題。私が覚悟出来てないだけ」
指の間に彰の指が入り込む。恋人同士のように絡み合った手は私の気持ちを何度も何度も揺らがせている。
「……余計なこと考えないでさっさとオレのそばに来ちまえば良いのに」
ポソリと呟かれた言葉の後に、彼はわざとらしくにっこりと笑顔を浮かべる。
「良いよ。待つ。すずねの言う覚悟ってのが決まるまでちゃんと待つ」
でもさ、と彰は言葉を続けた。
「もう遠慮はしねーからな」
*
宣言通り、とでも言うのだろうか。以前はほのめかしていた気持ちを彰は声に出し、態度で示し、何度も何度も気持ちを伝えてきた。それでも私は本当は抱いている気持ちを返すことができず、そんな自分自身に呆れてしまう。
覚悟。覚悟なんて言ったけれど、要は昔のようになるのが怖いだけだ。好きだった。大好きだった。そんな大切な人と離ればなれになることがどれだけ辛かったか。自分の気持ちを全部押し殺して、彼の背中を見送ったあの日がどれだけ虚しかったか。いつ、また彰が居なくなるのが分からない。それが怖い。
そんな私のことなんて彰は分かりきっていた。だから、彼は今の話をする。
「よう」
退勤後、会社前に居た姿に目を見開く。慌てて辺りを見渡して、人通りが少ないことを確認して彼の元へ駆け寄った。
「なんで居るの」
「すずねに会いたかったから」
躊躇いなく言われた歯に衣着せぬ言葉。ぐ、と色々な感情を堪えて、とにかく会社から離れようと彰の背中を押す。同僚と一緒に帰らなくて良かったと心から思う。見て見ぬふりをしてもきっと彰ならお構いなしに声を掛けてくるだろうから。
「誰かに見られたらどうするの」
「見られても別にやましいことはねーし」
やましいことはないかもしれないけど、見られて困るとは思わないのだろうか。色んな情報が拡散される今の社会。あることないことネットで広げられてしまう可能性だってあるのに。
「逆にコソコソしてる方が変に見えると思うけどな」
さりげなく指先を緩く握られる。ちょっと、と声を上げても「大丈夫だから」と彼は周りの目を気にはしない。
そう強くない力で握られた手を振り払うことは容易だった。それをしないのは、変に人の注目を集めたくなかったからで、決して彰の手を離したくなかったからというわけではない。
「すずねは、あんまり昔と変わってねーよな」
私の歩幅に合わせて彰の動きはゆっくりだ。突然話し出した彼の顔を見上げると、彼は少しだけ口角を上げていた。
「……そう?」
「うん。無防備なのに流されてくれないところとか特に」
なにそれ、と思わず眉を顰める。
「今も昔も簡単にオレに触らせるのに、すぐにオレの恋人にはなってくれない」
ぱちぱちと目を瞬いた。こちらを見た彰はどこか挑戦的な表情で、その姿が制服姿の彼と重なる。
「何なら高校の頃はオレのこと一回振ってるしな」
今度は目を丸くしてしまった。立ち止まった彼はわざとらしく肩を落として「オレあん時結構傷付いたんだぜ?」と当時はそうは見えなかったことを伝えてくる。
「だ、だってあの時は……」
「『仙道くんと私じゃ釣り合わないよ』だったっけなぁ」
そんなことを言った、ような気がする。私ですら朧気なのにどうして彰は覚えているのだろう。
「釣り合わなかった?」
「え?」
「学生の頃、オレと付き合ってて釣り合わないって思った?」
彼の言葉にどうしてか私は答えられなかった。思い出すのは彼と何でもない日ばかりで、そのどれもがキラキラと輝いている。楽しくて、幸せで、彼と過ごす時間の方が大切でそんなことを考えもしなかったからかもしれない。
小さく首を横に振る。彰が遠いと思ったことはあっても、釣り合わないなんて一度も彰は思わせなかった。
「すずねは今もおんなじこと言ってるよ」
は、と息を呑んだ。見上げた表情は私が思っていたよりずっと、ずっと優しい表情で。
「立場とか地位とかさ、すずねが覚悟決めるようなことじゃねーよ」
握っていない方の手が私の頬に触れる。優しく撫でるだけ。本当に、それだけ。
「まぁ、そう思わせるオレが悪いんだけどな」
彼の手が離れていく。それが寂しいと思ってしまって、そんな気持ちを押し殺して目を伏せる。
「……ちがうよ。彰はなんにも悪くない」
今も、昔も、彰が悪かったことなんてない。彰はいつだって自由で、マイペースで、でも私をないがしろにするなんてことはなかった。
「帰ろ。こんなとこで立ち止まってたら迷惑になる」
そんなのはただの言い訳で、私がこの話を続けたくないだけだった。彰もそれが分かっているからそれ以上はもう何も言わなくて、繋いだ手はそのままに他愛もない話を始めた。
怖い。彰と一緒に居られなくなるのが怖い。今が幸せだと感じてしまっているから、余計にそう思う。
いっそこのまま彰とふたりだけになってしまえば良いと思った。そうしたらそんなことなんて、もうどうだっていいのに。