刀剣乱舞
『兄者は俺の名前を本当に覚えていないのだろうか?』
それは、ふとした疑問だった。兄者に直接聞いてもいいのだろうけど、少し気が引けたのだ。
大した当てもなく、歩いていると本丸の縁側で日光浴をしている主を見つけた。
「主。」
「ん?なんだい?膝丸。」
相変わらずのんびりとした男で、真面目に答えてくれるだろうか。しかし、彼は確かな”答え”を持っている。
「その…兄者は本当に俺の名を覚えていないのだろうか…?」
「さあ。俺は髭切じゃないからわからないけど…」
そう言いつつ、にやりと笑う。答えを持っているのだろう。
「な、なんだ。もったいぶるな…!」
「ねえ、人間にはね、大切な人を失ったりするとさ、わざと忘れようとするんだよ。その人を思い出すとどうしても悲しいことがよみがえってね。そう、それが名前だとしてもね。大切な人につながるものは全部忘れたがるんだ。」
「なんともおかしな話だな。なぜ忘れたがるんだ?忘れたくないものだろう?ましてや大切な人ならば…。」
「人間は思ったより弱くて、臆病なんだ。失うということはなくなること。存在がね。それを認めたくない、まだあの人は生きているって言って、事実を受け入れられない人がいるんだ。まあ、全員がそうだとは限らないけどね。」
「なんだそれは…」
「あまりの辛さに気持ちが追いつかないんだ。もしかしたら君の大切な兄者もそうなのかもしれないよ?」
「兄者が?」
果たして、そんなことはあり得るのだろうか?少なくとも俺は身に覚えがない。
「そうそう、過去が関係あったりするかもしれないね。」
過去…か。千年以上の記憶があるのだ、可能性はあるかもしれない…。いや、たぶんそれはない。人の身を得ていないのだから、意思疎通など…。
「だが、そうとは限らないだろう。」
君は何か勘違いしているね、と主は微笑む。
「――ねえ、君は一度折れたんだよ?」
「―…っ!!」
「今の 君は知らないだろうけどね。同じ『膝丸』でも、少し違うんだよ。きっと君の兄者は前の君に何か思い入れがあったのかもね。でも見た目は同じなんだ。思い出したくないのかもよ、君の事。」
「思い出したくない…?」
「…悪い意味なんかじゃないよ。大切で、いとしいからこそだよ。」
そうか…一振り目の俺か。…それは、二振り目の『膝丸』を認めていないことになる。前の俺がどうであったかは知らないが、今の俺だって負けてはいないはずだ。
「兄者!」
本丸の畑でまじまじと野菜を眺めていた。兄者は俺の声に気付くと、にこりと笑った。
「なんだい、肘丸」
「ひ・ざ・ま・るだ!兄者!!」
「…そうだね。」
…?どうして、そんなに悲しげな眼をするのだろうか。
「なあ兄者。本当に憶えていないのか?」
「…何をだい?」
「俺の名前。」
兄者がぐっと拳を握り、ぼそりと呟いた。
「そんなわけ、ないだろう。膝丸。」
「!!兄者…」
『大切な人につながるものは全部忘れたがるんだ。』
脳裏に浮かんだ主の言葉。そういう、ことなんだろう。さっきまではよく解らなかったが、今の兄者を見れば何となく、解ってくる。
「でもね、僕は今の君を、忘れなきゃいけないんだ。」
「――それは、俺が二振り目だからか。」
兄者は目を見開き、驚いているようだった。それもそうか。急にそんなことを言いだせば驚くに決まっている。
俺は、伝えなければならない。俺は、俺だと。
「…俺は、俺なんだ。兄者。例え二振り目だとしても『膝丸』であることに変わりはないんだ。それに、今の俺ならずっと一緒にいられる。」
「――…その言葉を聞いたのは二度目だよ。君はそういってまた離れていくんだろう。」
「…兄者…」
今まで見たこともない表情だった。掛けるべき言葉が見当たらない。一体どう言ったら伝わるのだろうか。
「ああ、でもね。僕、分かったんだよね。君を死なせない方法。単純だった。僕が守ればいいのだと。守るだけじゃ足りない、君を戦から遠ざければいい。ずっと僕の傍に置けばいいのだと。ね?至極単純なことだよ。」
「あ、兄者…?」
兄者の瞳には何か、仄暗いものが宿っていた。
「――ずっと、一緒。ね?膝丸。」
それは、ふとした疑問だった。兄者に直接聞いてもいいのだろうけど、少し気が引けたのだ。
大した当てもなく、歩いていると本丸の縁側で日光浴をしている主を見つけた。
「主。」
「ん?なんだい?膝丸。」
相変わらずのんびりとした男で、真面目に答えてくれるだろうか。しかし、彼は確かな”答え”を持っている。
「その…兄者は本当に俺の名を覚えていないのだろうか…?」
「さあ。俺は髭切じゃないからわからないけど…」
そう言いつつ、にやりと笑う。答えを持っているのだろう。
「な、なんだ。もったいぶるな…!」
「ねえ、人間にはね、大切な人を失ったりするとさ、わざと忘れようとするんだよ。その人を思い出すとどうしても悲しいことがよみがえってね。そう、それが名前だとしてもね。大切な人につながるものは全部忘れたがるんだ。」
「なんともおかしな話だな。なぜ忘れたがるんだ?忘れたくないものだろう?ましてや大切な人ならば…。」
「人間は思ったより弱くて、臆病なんだ。失うということはなくなること。存在がね。それを認めたくない、まだあの人は生きているって言って、事実を受け入れられない人がいるんだ。まあ、全員がそうだとは限らないけどね。」
「なんだそれは…」
「あまりの辛さに気持ちが追いつかないんだ。もしかしたら君の大切な兄者もそうなのかもしれないよ?」
「兄者が?」
果たして、そんなことはあり得るのだろうか?少なくとも俺は身に覚えがない。
「そうそう、過去が関係あったりするかもしれないね。」
過去…か。千年以上の記憶があるのだ、可能性はあるかもしれない…。いや、たぶんそれはない。人の身を得ていないのだから、意思疎通など…。
「だが、そうとは限らないだろう。」
君は何か勘違いしているね、と主は微笑む。
「――ねえ、君は一度折れたんだよ?」
「―…っ!!」
「
「思い出したくない…?」
「…悪い意味なんかじゃないよ。大切で、いとしいからこそだよ。」
そうか…一振り目の俺か。…それは、二振り目の『膝丸』を認めていないことになる。前の俺がどうであったかは知らないが、今の俺だって負けてはいないはずだ。
「兄者!」
本丸の畑でまじまじと野菜を眺めていた。兄者は俺の声に気付くと、にこりと笑った。
「なんだい、肘丸」
「ひ・ざ・ま・るだ!兄者!!」
「…そうだね。」
…?どうして、そんなに悲しげな眼をするのだろうか。
「なあ兄者。本当に憶えていないのか?」
「…何をだい?」
「俺の名前。」
兄者がぐっと拳を握り、ぼそりと呟いた。
「そんなわけ、ないだろう。膝丸。」
「!!兄者…」
『大切な人につながるものは全部忘れたがるんだ。』
脳裏に浮かんだ主の言葉。そういう、ことなんだろう。さっきまではよく解らなかったが、今の兄者を見れば何となく、解ってくる。
「でもね、僕は今の君を、忘れなきゃいけないんだ。」
「――それは、俺が二振り目だからか。」
兄者は目を見開き、驚いているようだった。それもそうか。急にそんなことを言いだせば驚くに決まっている。
俺は、伝えなければならない。俺は、俺だと。
「…俺は、俺なんだ。兄者。例え二振り目だとしても『膝丸』であることに変わりはないんだ。それに、今の俺ならずっと一緒にいられる。」
「――…その言葉を聞いたのは二度目だよ。君はそういってまた離れていくんだろう。」
「…兄者…」
今まで見たこともない表情だった。掛けるべき言葉が見当たらない。一体どう言ったら伝わるのだろうか。
「ああ、でもね。僕、分かったんだよね。君を死なせない方法。単純だった。僕が守ればいいのだと。守るだけじゃ足りない、君を戦から遠ざければいい。ずっと僕の傍に置けばいいのだと。ね?至極単純なことだよ。」
「あ、兄者…?」
兄者の瞳には何か、仄暗いものが宿っていた。
「――ずっと、一緒。ね?膝丸。」
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