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Caligula-カリギュラ-

「人は生きてきたように死んでいく」

そんな言葉を聞いた気がする。確か、生前信頼されていた人間が死ぬ時は誰かに暖かく看取られて死んでいく、だが、己の欲望に忠実に生きてきた人間は独りで死んでいく、という意味だったはずだ。簡単に言えば、生前の行いによってその死が悼まれるかどうか、という話だ。
この言葉を聞いた時、不意に1人の人間の顔が浮かんだ。
それは、もう故人となってしまったが、琵琶坂永至という人間だった。

「惜しい人を亡くした」

なんて言ってくれる人は彼にいるのだろうか。例の事件が発生する前ならば、きっと言ってくれる人はいただろう。しかしながら、彼は失敗した。汚点を残したまま夢の中で死んでしまった。
あまりにもあっさりとした最期で、不運だとしか言いようがない。あれだけのことを強いたくせに、こんなくだらない最期を迎えた。
それは、数日前のことだ。あのランドマークタワーで起きた事件。屋上で、足を滑らせて落ちたシャドウナイフこそは助かったが、先輩は硝子で滅多刺しで死んだそうだ。
それは非常に猟奇的な様で、心から喜んだ俺が確かにいた。

「…どうして残らないんだろう。人の死こそが確かで、美しいのに。」

こんなのはおかしい、あってはならない感情だとわかっているはずなのに何故、やめられないのだろう。多分、抑えられないのだろう。
これは言わなければ知られることはないし、バレることはない。誰も傷つかないし、素晴らしい選択だろう。

「ねえμ。お願いがあるんだ。」

誰もいない楽士の部屋で、人間の欲深さなど知りもしない白い少女に話しかける。
なあに、と無邪気に笑って、なんでも叶えてあげるよと答えてくれる。

「俺にはとても大切な人いてね。どうしても会いたいんだ。でも、死んでしまったんだ。メビウスで。どうにか彼の最期の姿を見たいんだ。俺が看取ってあげたいんだ。だから、あの日を再生してくれるかな。」
「もちろん!そうだよね、大切な人の最期なら看取りたいもんね!いいよ。ルシードの大切な人を、教えて?」

簡単だった。やっぱりここは理想の世界じゃないか。いつでもランドマークタワーに行けば、すぐ会える。
今日もまたランドマークタワーの下ではあの悲劇が繰り返される。キラキラとした硝子片が降ってきて、先輩の可愛くて柔らかいその身体を突き破る。あぁ、なんて綺麗なんだろう。
先輩は『悪趣味だ』とでも言うのだろうか。それはそれでいい。でもね、死人に口はないんだよ。こうやって死に際までも俺に汚されるなんて、滑稽だ。
──先輩の最期は俺が愛してあげるからさ。


「先輩。最近は部活が終わったらすぐ帰っちゃいますね。何か楽しいことでも?」
「ん〜ふふ、そうかなあ。鍵介には分からないだろうけど、とっても幸せなことがあったんだ」
「幸せなこと?…彼女、とか?だったら僕にも紹介してくださいよ、『彼女』のこと。でも、その『彼女』ってあなたの『恋人』なんですか?」

──一体どこで人を試すようなことを覚えてきたのやら。
普通に聞くぶんには何を当たり前のことを、と笑い飛ばせる程度のことだが、鍵介はどうも何かを知っているようだ。
だからあんな言い方をするのだろう。まあどうでもいいことだけれども。

「鍵介。あまり人の恋愛事情に踏み込むのは良くないよ。それじゃあ彼女もできないなぁ。」
「うわ〜それ言っちゃいます?…あぁ、でも先輩よりはずっとマシだと思いますけどね。」

全く、困った子だなぁ。結構毒づいてくる。今の状況は『わかる奴はわかる』というようなもので、傍から見ればおかしな会話だろう。

「──死体は、何も喋っちゃくれませんよ。一体、あなたのその行為に何の意味があるんです?どうせ、琵琶坂先輩のことでしょう。虚しくありませんか」
「──ははっ、冗談。時に勝手な思い込みは視野狭窄を招くよ。」

さて、どうしたことか。一体どのタイミングで知られたのか。アレを知っているのであれば、俺がルシードだと言うこともバレているのだろう。

「…先輩。僕は何も見ませんでした。だから、もう道を踏み外すのはやめてください。」

不意に吐きそうなぐらいの怒りが込み上がった。ドロドロして、熱い汚泥のような感情。 ────ああもうそりゃ不快さ。

「──……鍵介。どうして知ったふりをするの。うるさいよ、本当。あまり干渉してこないで。」
「誰かが止めなければ、あなたは止まらない。現実に帰るって言ったでしょう。ここで道を踏み外すのは愚行だ!」
「──だからさぁ 、ねぇ、さっきの言葉覚えてる?勝手な思い込みは視野狭窄を招くって。」
「…思い込み?僕が?」
「──誰が、現実に帰るって?そんなこと、一言も言ってないよ??」
「つまり、それは──」
「…ねえ鍵介。俺と素敵な夢でも見ようよ。」

「この…っ、裏切り者!!」
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