Caligula-カリギュラ-
「正義とは、何だろうね?」
人の良さそうな笑みを湛え、瀬那は鼓太郎に笑いかける。しかし、それはまるで、心無い意地悪な大人が子供に分かるはずもないことを聞き、馬鹿にするようなものとどこか似ている。
「…何って…、困っている人を助けることだろ。」
「あはは、そっかぁ。鼓太郎にとってはそうだよね。」
うんうん、と勝手に納得するような素振りを見せた瀬那に鼓太郎は眉根を寄せる。
「何だよ、おかしいってのか?だったら部長はどうなんだよ。」
「ん…?ふふ、おかしくないよ。それも一つの正義だろ?」
「…気に入らねえ。」
「まあまあ。…で、俺にとっての正義が聞きたいんだっけ?」
「聞きたくはねえな」
「素直じゃないなあ。俺にとっての正義は…。」
にやりと口角を上げ、呟く。
「”圧倒的な暴力”、”体のいい迫害”」
ふいに鼓太郎の背筋に冷たいものが走る。感情のない灰色の瞳に、底冷えするような声。今まで見たこともない”部長”の表情だった。
「は…?何言ってんだよ?」
「だってそうだろ。正義ってのはいつだって正しくて、異論を認めない。それは強者の理だ。正義の名を被った暴力だよ。解らない?…そうだな、解りやすく言うのであればシャドウナイフ、もとい山田くんかな。彼なんていい例だ。彼は正義を語り、他者を迫害した。正しさってのは自分勝手な思想の押しつけさ。」
「…それは、あいつもいじめを受けていて…」
「だからと言って仕返しは許さない、って言ったのは誰だったかな。俺の記憶が正しければ今目の前にいる君じゃなかったっけ。」
「…っ…」
ふいに立ち上がり、鼓太郎のすぐ横まで瀬那は近づく。そして、耳元でそっと呟く。
「正義ってのは、わがままで、どーしようもない、滅茶苦茶なエゴ、そうでしょ?君はあの一件から”そんなもの”について考えているみたいだけど、やめたほうが良いんじゃない?無駄だよ、無駄。無意味だ。正解なんて存在しないし、そもそも正義という概念自体が曖昧だ。」
「…せぇ…。うるせぇよ!!」
鼓太郎が瀬那を振り払う。瀬那はおっと、と軽く言ってにやりと笑う。これこそが瀬那の見たかったものというわけだ。
「”そんなもの”って何だよ!?俺は、俺は…!!」
「ん…ふふ、――かわいそうな自分を救いたいから…?そうだよねぇ、それが唯一の心の拠り所だとしたら酷い侮辱だもんねぇ?」
「あんた…最っ低だな…!!」
「最低?酷いなぁ。俺は君のために言ってるのに。」
「だったら、なおさら性質が悪い。」
「どうしてかな。どうして悪いの?」
それはあまりにも素直な返答だった。つまり、どうしてそう言われたのかまるで理解できない、とでも言うようだった。
そんな瀬那を鼓太郎はキッと睨み付ける。
「何?ずいぶん攻撃的だね。本当は解ってるんじゃないの?正義なんて考えるだけ無駄、答えなんて存在しない。そして、正義を振りかぶったところで誰も救えないって。そんなものを考えるよりだったら、今日の夕飯は何にしようかなって考えた方が有意義だよ。分かる?その程度なんだって。」
「…もう、いいよ。あんたの考えなんて理解できない。理解したくもない。俺はそんな人でなしになんてなる気はない。…こんな、こんなクズ人間さえいなければ山田だって助かった。どうしてあんたのような異常者が平気な顔をしてお天道様の下を歩いてんだよ…!」
「うわ、ひどい言い草だなぁ。あんまりじゃないか。…君のそのいい加減な決めつけは人をも殺してしまうよ。…いいか?言葉は何よりも強いんだ。なんなら、たかが”言葉でさえも人をたやすく動かす。君だって権力者がこうしろ、といえばそれに従うだろう?」
「…なんだよ、急に。たとえ権力者の言葉だとしてもそれが間違っていれば俺は従わない。あんたと違うんだ。」
「…青いね、随分。君には世間がみえていない。それを理解するだけの年齢に行ってない。そんな綺麗事で社会はできてないよ。俺は君が心配なんだ。君のように純粋に人のために行動できるような善行人間が薄汚い社会にもまれて消されるのがさ。」
「…あんた、何が言いてぇんだよ。」
「…君のような純粋無垢な人間ほど、道を誤りやすいからさ。道から外れていくのはいつも君みたいなタイプの人間さ。純粋であるがゆえに、歪みやすい。根っからの異常者とはまた別だけど、十分危険なんだ。…まあ、余計なことを言ってしまったのなら謝るよ。…君のような人間は、俺みたいなやつに利用されるからね。」
「――気を付けて?もう一人、怪物がいるからさ。この、帰宅部にね。」
人の良さそうな笑みを湛え、瀬那は鼓太郎に笑いかける。しかし、それはまるで、心無い意地悪な大人が子供に分かるはずもないことを聞き、馬鹿にするようなものとどこか似ている。
「…何って…、困っている人を助けることだろ。」
「あはは、そっかぁ。鼓太郎にとってはそうだよね。」
うんうん、と勝手に納得するような素振りを見せた瀬那に鼓太郎は眉根を寄せる。
「何だよ、おかしいってのか?だったら部長はどうなんだよ。」
「ん…?ふふ、おかしくないよ。それも一つの正義だろ?」
「…気に入らねえ。」
「まあまあ。…で、俺にとっての正義が聞きたいんだっけ?」
「聞きたくはねえな」
「素直じゃないなあ。俺にとっての正義は…。」
にやりと口角を上げ、呟く。
「”圧倒的な暴力”、”体のいい迫害”」
ふいに鼓太郎の背筋に冷たいものが走る。感情のない灰色の瞳に、底冷えするような声。今まで見たこともない”部長”の表情だった。
「は…?何言ってんだよ?」
「だってそうだろ。正義ってのはいつだって正しくて、異論を認めない。それは強者の理だ。正義の名を被った暴力だよ。解らない?…そうだな、解りやすく言うのであればシャドウナイフ、もとい山田くんかな。彼なんていい例だ。彼は正義を語り、他者を迫害した。正しさってのは自分勝手な思想の押しつけさ。」
「…それは、あいつもいじめを受けていて…」
「だからと言って仕返しは許さない、って言ったのは誰だったかな。俺の記憶が正しければ今目の前にいる君じゃなかったっけ。」
「…っ…」
ふいに立ち上がり、鼓太郎のすぐ横まで瀬那は近づく。そして、耳元でそっと呟く。
「正義ってのは、わがままで、どーしようもない、滅茶苦茶なエゴ、そうでしょ?君はあの一件から”そんなもの”について考えているみたいだけど、やめたほうが良いんじゃない?無駄だよ、無駄。無意味だ。正解なんて存在しないし、そもそも正義という概念自体が曖昧だ。」
「…せぇ…。うるせぇよ!!」
鼓太郎が瀬那を振り払う。瀬那はおっと、と軽く言ってにやりと笑う。これこそが瀬那の見たかったものというわけだ。
「”そんなもの”って何だよ!?俺は、俺は…!!」
「ん…ふふ、――かわいそうな自分を救いたいから…?そうだよねぇ、それが唯一の心の拠り所だとしたら酷い侮辱だもんねぇ?」
「あんた…最っ低だな…!!」
「最低?酷いなぁ。俺は君のために言ってるのに。」
「だったら、なおさら性質が悪い。」
「どうしてかな。どうして悪いの?」
それはあまりにも素直な返答だった。つまり、どうしてそう言われたのかまるで理解できない、とでも言うようだった。
そんな瀬那を鼓太郎はキッと睨み付ける。
「何?ずいぶん攻撃的だね。本当は解ってるんじゃないの?正義なんて考えるだけ無駄、答えなんて存在しない。そして、正義を振りかぶったところで誰も救えないって。そんなものを考えるよりだったら、今日の夕飯は何にしようかなって考えた方が有意義だよ。分かる?その程度なんだって。」
「…もう、いいよ。あんたの考えなんて理解できない。理解したくもない。俺はそんな人でなしになんてなる気はない。…こんな、こんなクズ人間さえいなければ山田だって助かった。どうしてあんたのような異常者が平気な顔をしてお天道様の下を歩いてんだよ…!」
「うわ、ひどい言い草だなぁ。あんまりじゃないか。…君のそのいい加減な決めつけは人をも殺してしまうよ。…いいか?言葉は何よりも強いんだ。なんなら、たかが”言葉でさえも人をたやすく動かす。君だって権力者がこうしろ、といえばそれに従うだろう?」
「…なんだよ、急に。たとえ権力者の言葉だとしてもそれが間違っていれば俺は従わない。あんたと違うんだ。」
「…青いね、随分。君には世間がみえていない。それを理解するだけの年齢に行ってない。そんな綺麗事で社会はできてないよ。俺は君が心配なんだ。君のように純粋に人のために行動できるような善行人間が薄汚い社会にもまれて消されるのがさ。」
「…あんた、何が言いてぇんだよ。」
「…君のような純粋無垢な人間ほど、道を誤りやすいからさ。道から外れていくのはいつも君みたいなタイプの人間さ。純粋であるがゆえに、歪みやすい。根っからの異常者とはまた別だけど、十分危険なんだ。…まあ、余計なことを言ってしまったのなら謝るよ。…君のような人間は、俺みたいなやつに利用されるからね。」
「――気を付けて?もう一人、怪物がいるからさ。この、帰宅部にね。」