その先にあるものは
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月が昇った。
件の武家屋敷へ赴いた私達は屋敷を揃って見上げる。
街で有数の、とはよく言ったもので敷地面積は相当である。正面から見た感じ広ーい中庭もあるように思う。枯れ木や雑草が生い茂っていなければさぞ美しい庭園だっただろうに。
残念だなぁと思いながら思考を任務へと切り替える。
屋敷からはどんよりと淀んだ空気が漂い、中から鬼の気配がした。
隣を見れば言うまでもなく「当たりだな」と真剣な表情をする煉獄。
かくして神隠しの犯人が鬼だという判断を下した。特段強い鬼では無さそうなのが救いだ。
ただ。
「鬼は徒党を組まないんじゃなかったっけ?」
「偶然居合わせたのかもしれんな!」
「マジ迷惑なんですけど」
どうやら鬼は複数いるらしかった。
※ ※ ※
タダでさえ厄介な異能の鬼が複数。それが全て異能持ちかは現時点では不明だが、この屋敷に踏み入れたときから感じる隠しきれない血臭に、甘い判断は命取りだと口にはせずとも煉獄と顔を見合わせて頷き、辺りを警戒しながら部屋を進むこと、しばらく。
ーーチリン
「ん?」
「む?何かいたか?」
「いや。けど、今…?」
綺麗な桜の絵の描かれた襖の奥。畳の間に入った時だ。
鈴の音がしたような気がして振り返るが、後ろには何もなく。煉獄の様子からしても何か感じ取った様子もない。気を張り詰めすぎたのだろうか?と首をひねる。
気のせい、か?と思っていると。
ーーチリィン
「…煉獄、」
「あぁ、俺にも聞こえた」
気のせいではない。
警戒を最大限まで引き上げて、いつでも鬼が来ても刀を抜けるように柄に手を添える。
奇襲をかけるわけでもなく、態々こちらに存在を知らせるとは随分余裕をお持ちの鬼らしい。
「うふふふ。ご機嫌よう、無能な鬼狩り様方?
自分から喰われにやってくる物好きがいると思えば…まさか鬼狩りだったなんて…ねぇ?
お姉様、どうして差し上げましょう?」
「あらあらあら?何を言ってるの。どうするなんて一つに決まってるじゃない。
此処に来たことを、生まれてきたことを後悔するくらい圧倒的な力で捩じ伏せて差し上げるのよ!きっときっと!とーーっても!楽しいわぁ!!」
鈴の音がしたと思えば目の前に二人の女鬼が現れる。どちらかの血鬼術であるのは明白だが、恐らくこの二人どちらも異能持ちだ。鼻が利く訳ではないが、二人揃って中々の数を食っている気配がする。
発言からしてどうも姉妹らしいが、さてはて鬼に血縁などあったのだろうか。……まぁ、元は人間なのだ。姉妹の人間が二人揃って鬼にされた、と思っておくことにしよう。
さぁて、どうしようかなぁどうするのかなぁとチラリと隣を伺う。いつも通りでいいとは思うけど、と思って軽々しく見たのが間違いだった。
「…ヒェッ」
情けないが煉獄の顔を見て竦み上がった。アンタ、そんな顔できたのね。メッチャクチャ怖いです。
煉獄杏寿郎とはあっさりと竹を割ったような男である。
彼と出会って数カ月。濃密な付き合い(同期的な意味で)をしているのでどんな性格で云々などはよく分かっているつもりだ。
海のように心の広い煉獄は暑苦しいが、それに比例して沸点も異常に高い男である。この数カ月苛立つところすら見たこと無い。
あまりにも沸点が高過ぎて一度聞いたことがある。
「アンタ、これだけは許せない!腹立つー!嫌い!とかないの?」
が。
「好き嫌いは当人の受け取り方次第だろう?善意でされたかもしれないことを嫌うのはお門違いでは?」
「…」
真面目君過ぎる彼は首を傾げるのみに終わった。その時からだ。私の中で煉獄が苦手で嫌いな奴から心配な同期にシフトチェンジしたのは。
煉獄のことを何も知らないままだったら嫌いなままでいれた。
けれど、食べることが好きでさつま芋の味噌汁が特に好きだとか、実はとても綺麗な字を書くだとか、いつか父親と酒を酌み交わすことを夢見ているとか。
そんな人間味あるこの同期を嫌いなままで居続けるのは無理だった。
チョロいのは自分でも自覚はある。でも、憎しみを懐き続けるのは出来ないように嫌いで居続けるのもまた難しい。それが背中を預ける仲間であるならば尚更。
ようは私は絆された訳であるがまぁ…悪い気はしない。
同期となれば苛立つところはあれど友人としては百点満点、非の打ち所のない完璧超人である。そこもまた心配ではあるが、今は置いておいて。
そんな、怒る?何ですかそれ?美味しいの??みたいな煉獄が。
「度し難い」
「?」
「はぁ…?何よ…」
「度し難いと言っている!姉妹であるならば互いに助け合っていくのは道理だが、道を踏み外した妹を唆すなど姉のすることではない!
剰え他者を傷つける事を肯定し、喜ぶだと!?恥を知れ!!」
「(マジ怖…)」
モノホンの般若顔で鬼を怒鳴りつけたのである。君、怒りの感情ってあったのね。私今初めて知ったよ。
姉鬼は何か思うことがあったのか言葉に詰まり、グッと何かを押さえ込む。しかし、キッと煉獄を睨みつけると大きく手を振るった。
「貴方には…貴方には関係のないことよ!ここで死ぬ貴方には!!」
「それはこちらの台詞だ!鹿嶋、」
「ハイハイ。了解了解っと」
熱々なお姉さんが飛ばす鎌鼬のような線を描く血鬼術を互いに地面を蹴って避ける。
反対方向に別れて、分断されるもすぐに煉獄の呼びかけ。その意図を汲み取れないほど回数はこなしていない。壱ノ型を使い一歩で彼女達の懐に踏み込み、姉妹鬼の視界と体勢を崩す。
「雷の呼吸 肆ノ型 遠雷」
「!?小癪な…」
「炎の呼吸ーー」
放射線状に斬撃を放つ。
抜刀術を主軸とする雷の呼吸の中でも珍しい遠隔技であり、派手で視界を遮るのはお手の物!な技である。
一瞬、姉の意識が煉獄から私に気が逸れる。その隙を狙って煉獄はその首目掛けて炎を振るった。
戦場で余所見は命取りである。
「お姉様!」
「妹さん、ごめんね」
「あ…」
「伍ノ型 熱界雷」
ポトン。
二つの首がその日、武家屋敷に落ちた。
「何であんな怒ったの?」
「うん?」
「私、煉獄があんなに怒ってるの初めて見たよ。鬼の言ってることなんて間に受けたこと自体驚きだったけど」
藤の家紋の家へ向かう途中私は煉獄にそう尋ねた。
普段の煉獄であれば激昂することはなかっただろう。姉鬼の何かが煉獄の琴線に触れたのだろうが、生憎私には分からなかった。
すると煉獄は、君には言ったことが無かっただろうか?と言った。
「俺にも歳の離れた弟がいてな。妹の方が年も同じ位に見えないこともなかったから…重ねてしまったやもしれん」
「なるほどねぇ…」
不甲斐ない…鬼と千寿郎を重ねるなど…!と落ち込む煉獄の隣であぁ、だからかと納得した。
自分の弟に妹鬼を重ねていたのであれば同じ下を持つ者として彼女の言葉は許されざる物だろう。きっと煉獄の目には姉鬼は自分にすり替わっていたはずだ。
なるほど、弱き者を守るという意図せずかけられた呪いを掛けられている煉獄にとって、これ以上ない怒りを、憤りを感じるのは致し方ない。
でも、確かにそれもあるのだろうが多分煉獄が激昂するまで怒ったのはそうではないと思う。
「アンタ、本当に家族のことが好きなんだね」
「あぁ!」
底抜けに輝く笑顔を向けられて、つられて笑ってしまう。
家族が好きな煉獄であるからこそ、間違った道に妹を導く姉が許せなかった。それは煉獄にーー強き者は弱き者を助けるためにある、という道を示したーー敬愛する亡き母と父を侮辱することに他ならないからだ。
「君は?」
「私?そうだなぁ…」
煉獄は自然な流れでそう聞いてきた。話の流れ上おかしなところはない。が、煉獄ほど素直でない私は本人達がいないところですら口に出しすのが気恥ずかしいなと思った。
「夜江さんも兼好さんも大好きだよ。すごく感謝してる。これから受けた恩を返せたらいいなぁって思う」
「親孝行か!良いことだ!」
「何すればいいかはまだわからないけど」
「君が一生懸命に考えてくれたものなら喜ぶんじゃないか?」
「だと良いけどねぇ」
本当に夜江さんも兼好さんにも感謝してる。それは絶対で、嘘じゃない。
二人には感謝してるのだ。本当に。
「次の非番顔見せに行くよ」
「あぁ!そうするといい!
…きっとご両親も喜ぶ。間違い無く」
そうやって思ったままを言っただけなのに。
煉獄がいつもの快活な笑みではなく、優しく何かを思い出すかのように目を細めて綻んだ笑みを浮かべるから。
「…うん」
妙に気恥ずかしくなって、ドキリと心臓が脈打つものだからそれしか返せなかった。
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