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私が彼と初めてあったのはあの藤襲山の最終選抜試験である。
確かあれは試験も大詰めを迎えた五日目のことだった。
その時は三体の鬼に囲まれていて「めんどくせ〜」とか内心辟易していた時に炎と共に颯爽とその少年は現れたのだ。
この試験は【七日間鬼の住処で生き残ること】が本題であり、他人を助けることではない。なので、まさか助けに入ってくる人間がいたことに驚いた。
私が一瞬固まっているうちに彼は二体の鬼を斬り、残りの鬼は私が斬り捨てた。
そして、彼は周囲に鬼がいなくなるとその勢いのままグルン!と振り返る。
炎の呼吸の継承者らしい勢いのある人だなぁ。あと、眼力がすげぇ。それが第一印象。
ただ、その好意的だったそれも次の一方的な邂逅で台無しになってしまったのだが。
※ ※ ※ ※
人間生きていればその道中には必ず山があり、谷がある。いつも幸せとは限らず、いつまでも不幸が続くわけではない。
そして人が人を好きになるのも自然なことだ。
が、その逆もまた然りなのである。
あの藤襲山の最終試験からなんだかんだと大きな怪我を負うことなく、早いことで二月が過ぎていた。
一度、肋にヒビを入れる怪我は負ったものの、死ぬほど痛かったけどなんとか生きている。
で、話は戻って私を含めて生き残った新人隊士は四人だった。
皆泥塗れて疲弊の色があったが、怪我らしい怪我もなく。
特にその内の二人なんてまだまだ余裕ですよぉ!みたいな涼しい顔をしていてまじかよこいつら…と若干引いた覚えがある。
しかも二人ともはちゃめちゃに顔が良かった。才能あって顔もいいとかなんだ。
天は二物を与えずってあれはうそだな。絶対に凡人の僻みから出た名(迷)言なんだ。
私やもう一人の子なんて今にも死にそうな顔してたのに。世の中、凡人に不公平がすぎる。
彼らは所謂同期というやつである。正直に白状しよう。
私はその内の一人が苦手だった。
別に彼から直接的にも間接的にも言われたわけでも、された訳でもない。
人より強く生まれたのは弱き者を助けるために"
弱い人間を助けるのは当然のことだと、以前偶然ではあるが先輩隊士に話している所を盗み聞くつもりはなかったのだが聞いてしまった。
そして、その時に自分の身を擲(なげう)ってでもその志と信念を成し得ようとする様が聖人の如く純真で清廉過ぎて、そしてたとえ自分の命を失っても構わないと言わんばかりの言動が一方的に苦手意識を持ってしまったのだ。
訳もなく苦手意識持たれている彼には本当に申し訳ないが、まぁそれはそれとして受け入れてもらう他ない。
と言っても最終試験の後に藤の家で見かけて以降顔を突き合わせることなんてなかったから大丈夫だとは思うが。
図太い神経の持ち主などと養父や師から太鼓判を押されている私であるが残念ながら鬼ならばいざ知らず、仲間…それも同期に向かって「私、アンタのこと苦手なんだわ」とかなんとか流石に言える度胸は持ち合わせていないのである。
なので、今のこの状況に私はとても…とても困っている。
「俺は…君の気に触ることを言ったりしてしまったのだろうか?」
「はい?」
「君は俺のことが嫌いだろう。いや、嫌いと行かずまでも苦手に思っているだろう?」
「………ソ、ソンナコトナイヨ……?」
任務を終えた私は休息を取るため藤の家紋の家を訪れていた。
縁側で、雲一つない秋空の元日光にぽかぽか当たりながらほっこりお茶を飲んでいたのだ。任務と任務の合間のこの穏やかな時間が私は結構好きだ。
そんな私の心情を無視するように昼下がり。ずんずんとやって来た同期は私の顔を見るなり「失礼する!」と隣に腰を下ろすと開口一番そう良い放った。
宣言された私は冷や汗ダラダラなんてものじゃない。まさか本人に指摘されるなんて思ってもみなかったのだ。
目を逸らして答えるも片言な上、説得力皆無である。
「む?そういえば自己紹介がまだだったな!俺は煉獄杏寿郎。君の同期だ!よろしく頼む!」
「鹿嶋明衣です。(あまりしたくないけど)よろしく…」
「で!俺は何か君にしてしまったのだろうか!」
「随分直球で聞いてくるね、君…大分引くわ…」
「そうか!回りくどいのは好かん性質(タチ)でな!」
「あぁ…うん…」
爽やか〜な笑顔で言われ、微妙な顔して答えるが、違う。そうじゃない。嫌味を言ったんだ。何で分かんないの。つーか、コイツやっぱうるせぇ。
口が裂けても言えないがとにかく煉獄は声が大きい男だった。
そう。私が苦手な同期というのはこの煉獄杏寿郎なのである。
元炎柱を父に持ち、鬼殺隊創設初期から続く由緒正しきお家の嫡男だ。
私の使う雷の呼吸と同じ基本呼吸の一つ、炎の呼吸の使い手で、弱きを助け鬼を屠る。正義心の塊のようなそんな人だ。
そして、公正明大を地で行き、分け隔てなく人に優しい。
しかし、一度戦いとなれば身の内に決して消えない炎を灯し、それを糧に鬼を討つ。
非の打ち所の無い、鬼殺剣士の手本を絵に描いたような人物だ。きっと彼のことを好く人間よりも嫌う人間のほうが稀だろう。
別に嫌いではない。その高尚な志は尊敬に値するものだ。
でも。
良くも悪くも普通に過ぎない私には遺言だからと、長男だからなんだと何でもかんでも背負い込むような、生き急いでいるような生き方が理解できなかった。
自分より力の劣る者を助けるのはいい。私だって目の前で人が襲われていたら助ける。
だが、それは自分の身を自分で守って初めて成し遂げられるものだ。自分の命を度外視してまでする行いではない。
詰まるところ、私は煉獄杏寿郎の信念は認めるが自分の命を省みないその生き方に嫌悪感を抱いていた。
だが、それを直接本人に言えるほど私は胆力があるわけでもないが……。
「………………」
「………………」
私をジィーっと穴が開くほど見つめてくる煉獄にこれは逃げられないな、と悟るとハァと息をつく。こういう人間は一度決めたら梃子でも動かないのだ。私が折れるしかない。
「煉獄はさぁ、稀血って知ってる?」
「鬼に殊更狙われやすい特殊体質の人のことだろう?一人で数十人分の栄養に相当するという」
「そ。私その稀血で、「なんと!?」煩い。最後までちゃんと聞け」
「すまん」
「…で、鬼に襲われてたところを育手のお師匠に助けられて今に至る訳なんだけど」
今思い返してもよく生きてたなぁと思う。鬼殺隊に入ってから鬼に食われた人を見て特にそう思う。
お師匠があと一瞬でも遅れていたら私は今ここにいなかった。
「私が鬼殺隊に入ったのは自分の為なんだよ。
他の人達みたいに肉親や大切な人の仇が討ちたいとか鬼に襲われる人を守りたいからとか居場所がないからとか、煉獄みたいに…お家柄みたいな強い動機が私にはない」
私が鬼殺隊に入ったのは偏に自分の命を守りたいからだ。
確かに鬼の都合で狙われることにハチャメチャに頭に来てお師匠には逆に狩ってやる!と宣言はしたし、泣き寝入りするような常に鬼に怯えて生きていくのは真っ平ゴメンだ。それは今でも変わらない。
しかし、それも最終的には自分のためという結論に行き着く。
だからこそ、私は解せない。認められない。
「私、自分の命を粗末に扱う奴は嫌いなんだよ」
煉獄の夕日のような瞳を真っ直ぐ見て言った。……言ってしまった。もうどうとにでもなれ、と思ったことを全部ぶつける。
自分の命だ。どう使おうが当人の勝手だ。生きたきゃ生きればいいし、死にたきゃ死ねばいいと思う。
でも、その死の瞬間に他人を巻き込むのは違う。
だって。
自分の命を簡単に放棄するような奴に守られたら守られた人はどう生きればいい?
少なくとも自分のせいであの人は死んだとずっとずっとその後、後悔を抱いて生きなきゃいけなくなる。
それがどんな生地獄なのか、知らないだろう。
死にたくても救われたからには生きなきゃいけないことがどんなに息苦しくて辛いか。
煉獄はきっと早死する。
最終選抜試験でもそうだった。自分よりも他人他人他人。自分のことなんて二の次三の次。自分を一切省みない。
きっとコイツは誰かを守って死ぬ。性質の悪いことに誰かを守って満足して散っていく。簡単に想像できる。
その生き様は高潔で、たとえそれで命を落としたとしても誰もがよくやったと、賞賛するだろう。
しかし、死後に送られる賞賛なんて何にもならない。よく知っている。……私は、そうやって死んだ人をよく知っていた。
あの人もどうしようもないお人好しで人のためにしか、自分のために生きられない人だった。
「人を守るのは別に構わない。でも、自分の命を簡単に諦めるような奴に人を助ける資格なんてない。少なくとも私はそんな人に守られても嬉しくない」
「そうか」
煉獄は落ち着いた声で一言そう言って黙り込んだ。
対する私はいらんことまで言ってしまった…と内心頭を抱えた。
ただでさえ少ない同期にハッキリと嫌いって。これから先ボッチ確定じゃん…と絶望する。
だって煉獄って人望厚い系の人種だ。そんな奴のことを嫌いなんて宣言する人間なんぞハブられる未来しかない。
私の鬼殺隊生活終わったな…と遠い目をした。
ところがどっこい。私は煉獄杏寿郎を甘く見ていたらしい。
彼は何を思ったのか顔を上げると笑顔でトンチキなことを言い出した。
「君は優しいんだな」
「はぁ!?何でそうなる!!人の話聞いてた!?」
「聞いていたとも!他人を守るのならまず自分を守れ!そういうことだろう?」
「…勿論、鬼殺隊にいる以上そういう場面が出てくるのは分かってる。
でも、煉獄は自分の事を雑に扱い過ぎてる。自分の事をもっとアンタが大事にしないで誰が大事にするの」
「…そうだな」
煉獄はそう言って空を見上げる。何かを思い出しているようだった。
そして、徐に私と視線を合わせるといつものように快活に笑った。
「君の考えは分かった!だが、すまない!俺は亡き母との約束があるので生き方を変えることはできない!」
「あ、はい」
別に生き方を変えろと言った覚えはないんですけど。という言葉は飲み込んだ。
「だが、君の言うことも一理ある!ので!」
「…」
あ~なんか嫌な予感がするな〜という時の人間の勘の良さは万国共通である。
「俺が無茶をしないか君が見張っていてほしい!」
「いや、なんで?」
「?何故とは?」
「そんなお前何言ってんだ?みたいな顔しないでもらえます!?こっちがしたいんだけど!?」
何でわざわざ苦手なアンタのこと私が見張ってなきゃなんないの!?と言うと、心底不思議だと言わんばかりの表情をした煉獄は宣った。
やっぱり訂正する。
苦手じゃなくて私、コイツのこと嫌いだ!!!
「俺達は同期だろう?」
「同期だから何なの!!?」
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