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豊島兼吉は妻の夜江と共に、友人の桑島慈悟朗邸へお邪魔していた。
屋敷と言っても桑島が弟子を育てている山の中腹に建つ平屋なのでそう大きくはないが、住めば都という。本人が屋敷と言い張るので兼吉も屋敷と合わせている。
その縁側で兼吉は桑島と只管待っていた。
いってきます、と手を振った明衣が坂道を上がってくる姿を。
一週間前。
明衣がこれから最終選別を受けに行くのだと二人の元を訪ねてきた。
生きて帰る気しか無いが、一応万が一、億が一のことを思って立ち寄ったのだという。
わざわざそんなことを言う奴があるかと怒鳴りたくなったが、震える拳を握り怒りを抑え込んだ。
この世は無情であることは兼吉は良く知っていた。
だから、もしもの心残りを残さないように来たのだと分かったが。
そんなもの知ったことではない。
『何を言っている。
次に来る時は鬼殺剣士なんだろう。
それ以外になろうものなら敷居をまたぐことは許さんぞ』
『お師匠より手厳しい…』
『ふん…さっさと行って帰ってこい』
『待ってるわ、明衣ちゃん』
『はい。…いってきます』
どこか安心したような笑顔を見せた明衣は、そう手を振って山を下って行った。
そして、今日で一週間になる。桑島によると今日その最終選別とやらの合否…生きていれば合格、死んでいれば不合格が分かるのだと言った。
これ程難関な試験も無い、と桑島へ言えば、鬼相手にはまだ生温い位だと宣った。
夫婦揃って兼吉が桑島宅にいるのは明衣の無事を確認するためだ。これは自分が『まず一番に桑島のところへ行け』と行ったからだ。
兼吉達も心配ではあるが、昨年弟子を選別で亡くしている桑島はそれ以上だろう。
兼吉は明衣に一週間後、桑島宅に自分達もいるから元気な姿を見せてくれと言ったのである。
なので、生きていればそろそろ帰ってきても可笑しくはない。
夜江はといえば落ち着いていられないようで朝からずっと桑島宅を掃除、炊事を弟子から奪ってしまっていた。申し訳ないことをしている。
桑島は昼頃から、兼吉は一週間前の記憶を朝からずっとずっと縁側で思い続け、坂道見続けていると。
「む」
「…!」
妻が昔着ていた山吹色の袴を着た少女が疲弊困憊の色を顔や身体に貼り付けて、坂を登ってくるのが見えた。
明衣だ。
「明衣!」
「あれ、なんでここに…?」
兼吉が叫んで駆けていけば、ヒィヒィ言いながらここにいるはずの無い養父の姿に明衣は首を傾げるが今はどうでもいい。
力の限り、兼吉は娘を抱きしめた。
「よく…」
「うん」
「よく帰った」
「死んだら会えないからね」
ふふふ、と明衣は養父の心情を知ってかそれとも知らぬふりをしてかいつものように笑って答え。
そして。
「…?…明衣?」
「ねむい…おやすみなさい…」
「…」
感動に打ち震えている兼吉を他所に明衣は驚くことにすよすよ赤子のように寝入ってしまったのである。
七日七晩常に神経を張り巡らせていた試験から解放され、父親に会って緊張の糸が解けた故であると分かるが、この状況で眠るか。
何かと神経の図太い娘であったがここまでとは。
性格上の話でもあるし、老人の域に達しているということもあるが兼吉はここ最近感心する事など殆どなかった。だが、ここで寝入る娘に思わず感心てしてしまった。
それを近くで見ていた彼女の師は、遠い目をする。
「今日くらいは許してやれ。……気持ちは分からんでもないが」
「……あぁ」
何とも言えない、けれど愛弟子であり娘のらしい生還に父と師匠はやがて苦笑して、長屋へ入っていく。
そうして、娘の帰りを今か今かと待つ妻に大きくなった娘を背負って帰れば、あらあらと嬉しそうに目を細めて。
「おかえりなさい、明衣ちゃん」
この時に漸く、明衣は家族と師の元へ帰ることができたのだった。
※ ※ ※
明衣が安心から兼好の腕の中で眠りに落ち、目が覚めて養父母からおかえりという言葉を聞いて、師からまだまだ修行が足りんとお小言を貰って2週間が過ぎた。
その頃には最終試験で受けた傷もほぼ完治し、隊服なども揃っているので今は師のものではない明衣自身の日輪刀が来るのをお師匠宅で待つばかりである。
因みに隊服のテザインに関しては製作者と一悶着あったが最終的に膝下丈の袴スタイルに落ち着いている。
黒一色ではあるが、ブーツも合わせて現代で言うハイカラな感じが明衣は意外と気に入っている。
その上から山吹色の羽織を羽織って、高い位置で一つにまとめた髪に養父母から御守だと渡されたーー恐らく藤を鬼が忌避するのだとお師匠から聞いたのであろうーー白いリボンが付いた藤の髪飾りを飾れば鬼殺隊・癸 鹿嶋明衣の完成だ。
「明衣」
「あ」
「来たぞ」
師に呼ばれ長屋までの道を見ると、ひょっとこの仮面に風鈴のついた笠を被った体躯からして男性が一歩一歩近づいて来るのが見えた。
彼が鬼殺隊専任の刀鍛冶の里から来たという鍛冶師らしい。ひょっとこ面はその証なんだとか。
変わってるなぁ…と思っていると桑島から意味深な、同情するような眼差しを向けられて明衣は首を傾げた。はて。今の何に同情することがあったのだろうか。
「それにしてもお前さん…苦労するな…」
「えっと、なにが?」
「まぁ、時期わかる」
「…?」
一人納得した師に再度首を傾げた明衣であったが、それは五分と経たずやって来た鍛冶師 鋼鐡塚の人となりで判明した。
多くは語らないが……とても独特な人だったとだけ言っておく。世にはいろんな人がいるのである。
「(……鋼鐡塚さんは職人気質に偏りすぎるんだよ……………多分)」
奇人と変人は紙一重とはよく言ったものだとつくづく思った。
ともあれ、無事に明衣の日輪刀も師と同じ黄金色の稲妻が走り、明衣が安堵していると外にいた鎹鴉が長屋へと入ってくる。
鴉は今まで静かだったことが嘘のようにバサバサ長屋を飛び回り、初任務を告げた。
「任務!任務!初任務ー!
ココカラ北北西の町!ソコデハ夜ナ夜ナ子供ガ消エル!
ソノ原因ヲ調査シ、鬼を倒セ!!」
ここからが鬼殺隊士としての本当の幕開けである。
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