おはよう。
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「これはヒドイ」
ラブーンの頭に描かれた麦わら帽子の海賊旗ーー画伯ルフィ曰く"戦いの約束"を正面から見たユイリが溢した感想である。
絵が斜めになって、辛うじてドクロマークと麦わら帽子もどきがわかる程度の画力。なけなしの絆創膏。流石のユイリもフォローのしようがなかった。だが……。
「ぶぉ」
「にししし」
当人達、特にラブーンが嬉しそうに笑っているのでユイリは他人が口出しするのも無粋であるので口を噤んだ。
「はぁい、ルフィくんは描き終わったら治療ですよ〜」
「ん?唾つけとけば治るよ、こんなん」
「はいはい、そういうのいいから」
画伯が作品を一つ描き終えたところてでユイリはもしもの為に身につけている簡易版救急セットを取り出す。
昔から怪我やなんだのに無頓着なルフィのことだから放置すると思っていたらその通り。何年経ってもその辺りは変わらないらしい。
小さな怪我も下手をすれば大きな病気に繋がるのだと昔から口を酸っぱくして言っているのに。こういう頑固なところは本人は嫌がるだろうが祖父譲りだった。
ユイリはルフィを無理矢理座らせると至るところについている擦り傷目掛けてブシュッと消毒液を振り撒く。
「ユイリ痛ェぞ!」
「うん?しみるの?気のせい気のせい」
にこにこ笑いながら患部を手当し、包帯を巻くユイリの手腕は手慣れていた。
「相変わらずユイリの手当て早ェなー」
「いい練習台がいっつもいたからね〜」
ユイリが目を細めて思い出すのは野山と言うには危ないコルボ山を駆けずり回る弟達の姿だ。当時はいつも誰かしらが怪我をしていて専ら手当をするのがユイリの役目だった。
文句を言いながらもちゃんと手当を受ける彼らは生意気だけれども素直な少年達だった。
「懐かしいなァ…元気にしてっかな」
「元気よ〜何も連絡がないもの」
一年前を堺にぱったりと懸賞金の更新が無くなった兄を思っているらしいルフィがそう言えばユイリはきっぱり断言した。
ルフィの兄でユイリの弟にあたるエースはルフィより3年早く海へ出た。そこから心配する素直じゃない祖父やユイリを他所に懸賞金を上げまくり、今や五億の賞金首だ。
しかし、一年前程から先述したようにパタリと更新は止まり音沙汰もない。懸賞金億クラスになればインペルダウンに送られるにしろなんにしろ世間を賑わせるものだ。
だから、多分元気にしているのだろう。できれば連絡くらいは寄こしてほしいものである。
そしてあわよくば、彼の望みが、本当の願いが叶えばいいとユイリは思っている。
お姉ちゃんはいつでも可愛い弟が心配なのだ。
はい、おしまい。とユイリは包帯を結ぶと医療セットを片付ける。
その他の仲間はというとナミは海図を、サンジは料理、ゾロは昼寝、ウソップはメリー号の修理をしていた。
騒動を起こした直後である。油断はしていた。もう何も起こらないだろう、と。
だから、ルフィは彼らの予想を遥か彼方まで裏切る少年だったということを忘れていたのである。
「あ、ユイリ」
「なぁに?」
「仲間になってくれ」
「良いよ〜」
夕飯何?カレーライスよ。みたいなノリでユイリの麦わらの一味入りが決定した。
「いやいやいやいや!ちょっと待て!!!」
それに待ったをかけたのがメリーを直す傍らとんでも姉弟の会話を聞いていたウソップである。
真っ先に喜びそうなサンジはキッチン、反対しそうなゾロは夢の中、ナミは航海計画を立てている真っ最中。ウソップだけが最後の砦である。
「え〜?私、自分で言うのもなんだけど料理以外なら何でも出来るからお買い得よ?」
「なはは!ユイリのは料理じゃなくて炭ーー痛ェ!」
「うふふ…、…ーー何か言った?」
「言ってません」
真顔で可愛い可愛いと猫可愛がりしているルフィを地面に沈めたユイリを見て怒らせたらやばいタイプだと瞬時に察知したウソップは怒らせないことを心に誓う。
だがしかし、それとこれとはまた別の話である。
「そうはいってもお前ェ海賊だぞ?敵と戦うことだってあるのに大丈夫か?」
「あぁ、そういう…」
ウソップはトントンカンカンと釘を打ち込みながら心配そうにユイリを見た。
ルフィは一度言ったら聞かない。それはもう今に始まったことでないので諦めるが……ユイリが仲間入りをあまりにも簡単に承諾したこともそうだが、口調もフワフワしていてとてもじゃないが戦えるような人間には見えないことに不安を感じたようである。
船長の血縁と言えども出処の分からない謎の人間が仲間になることに難色を示したと思っていたら、ユイリが戦えない人間だと思っていたから反対したということか。
優しい人達というよりお人好しな彼らに増々好感度を高めたユイリは口を開いた。
「それについては大丈夫。私元々軍人だし自分の身ぐらい自分で守れるよ〜」
「軍人?」
「あ、海兵って言ったほうが分かりやすい?」
「はァ!?ーー痛ァ!!!」
なんてことないように話された、とんでもない情報にウソップは打っていた釘から照準がずれ指を打ってしまい、二重の意味で叫んだ。
しかし、そんなことなど知ったこっちゃないとユイリは楽しそうに微笑んだまま続ける。
「と言っても2,3年いただけの将校でもなんでもない一般兵だったけどね〜」
「ん?お役所務めとか前にユイリ言ってなかったか?」
「あぁ、それはその後。洗脳教育受けた後の話よ〜」
そして、続け様に飛び出す不穏な言葉を反芻する。
「せ、洗脳教育…?」
「うふふ……聞きたい?」
「いや…いえ!結構です!!」
怪しげなユイリの笑みに不穏な色を見たビビリは泣きながら首を振った。洗脳教育…海軍怖い……。ウソップの頭の中にはそんなことが刻み込まれた。
「あーーー!!!」
「何だよお前、うるせーなー」
「何事っすかナミさん!お食事の用意なら出来ました♡」
「……船の修理はちょっと休憩…休憩しねェと……無理だ…メシか?」
海軍の預かり知らぬ所でウソップが恐怖を植え付けられていると、航海計画を立てていたナミの耳を劈(つんざ)く悲鳴が上がり、何だなんだとワラワラ一味が集まる。
ウソップがやたらと憔悴しているのは偉大なる海についてユイリがあることないこと吹き込んだためである。
ナミの海図の隣には、羅針儀(コンパス)が置かれていたがぐるぐるぐるぐる回転し続けている。
「羅針儀が壊れちゃった…!方角を示さない!!」
イマイチその重要性がわかっていない一味と重要性が分かっているからこそ大慌てするナミ。
しかし、彼女の近くでユイリとクロッカスは顔を見合わせる。
その顔色は呆れの色が含まれていた。
「お前達は…何も知らずにここへ来たらしいな。呆れたもんだ、命を捨てに来たのか?」
「?」
「ナミちゃん、あのね、"偉大なる航路"は今までの常識の通じるような可愛い海じゃないの」
「ユイリの言うとおりこの海では一切の常識が通じない。
羅針儀が壊れた訳ではないのだ」
「…!じゃあ、まさか磁場が!?」
驚くナミにクロッカスは頷いた。
「そう…偉大なる航路にある島々が好物を多く含むために航路全域に磁気異常をきたしている」
それだけでなく、偉大なる航路は海流や風に恒常性はなく、方角すら無茶苦茶。真っ直ぐ北へ進んでいたはずなのに南に進んでいたなんてこともよくある。
つまり、無知にこの海で待つのは【死】のみなのだ。
初めて聞くそれらにナミは頭をかいた。
「し…知らなかった…」
「で、そうならないために必要になるのが"記録指針"なの」
「ログポース?聞いたことないわ」
「ん〜…代名詞が自由奔放なルフィくんが航海術なんて持ってるわけ無いから〜…多分ナミちゃん達東の海出身でしょ?」
流石姉。よく分かっていらっしゃる。
航海術を持たないこともそうだが、東の海以外に行けないとすぐに断定したユイリに、もぐもぐとエレファントホンマグロを黙々と食べるルフィと眠りこけるゾロ以外の声が一致した。
「東の海出身なら知らなくても仕方ないかもね〜。
記録指針は偉大なる航路でしか使えないから」
「?」
「記録指針は磁気を記録する特殊な羅針儀で…偉大なる航路以外での入手は困難だ」
偉大なる航路でしか使えない羅針儀など売っても利益にならない。それどころか、偉大なる航路自体4つの海では伝説扱いの海だ。
記録指針をナミが知らなくても無理はなかった。
だが、これからそうはいかない。命に関わるものを持っていませんではお話にならない。
ユイリは、どうしようと頭を抱えるナミの隣でそれなら、とずっと気になっていたことをルフィに尋ねる。
「ん〜…その記録指針なんだけど」
「ん?」
「なんでルフィくん持ってるの?」
「え?」
ナミが急いで口の中に絶やさずマグロを入れ続けるルフィを見れば見たことない形をした羅針儀を確かに持っていた。
「ん?コレがログポースか?」
「そうよ〜それが記録指針」
「何であんたが持ってんのよ!!!!」
「あらまぁ…バイオレンス」
ルフィからバキィ!!っとゴムであるはずの彼から聞こえないような打撃音が聞こえてユイリはゆる〜く笑った。
「これがログポース…なんの字盤もない…」
「慣れるまで大変かもだけど記録(ログ)以外は羅針儀と使い方は一緒だよ」
「あぁ。島と島とが引き合う磁気をこの"記録指針"に記憶させ、次の島への進路とするのだ」
まじまじと記録指針を見つめるナミにユイリとクロッカスが付け加えて説明する。
まともに自分の位置すら偉大なる航路ではつかめない。この海においてた頼って良いのは記録指針のみ。それだけが導となる。
航路の始めであればリヴァース・マウンテンから出る7つの磁気の中から1本を選べる。
が、不思議なことにどこの島から始まったとしても長い航海の果てには一本の航路に結び付く。
そして、最後に辿り着くのが。
「ラフテル」
偉大なる航路の最終地点であり、歴史上その島を確認したのは海賊王の一団のみ。故に伝説の島と呼ばれる、最果ての島である。
クロッカスの言葉にウソップが興奮して尋ねる。心なしか目もキラキラしており、気は弱いように見えたがやはり海賊だとユイリは笑った。
「じゃ…そこにあんのか!?"ひとつなぎの大秘宝"は!!!」
「さァな」
海賊王が遺したと言われる秘宝の在処は実はよく分かっていない。ラフテルにある、とは言われているが誰もその島にたどり着けずにいるために確認する術が無いのだ。
「そんなもん行ってみりゃわかるさ!!!」
素っ気ないクロッカスに気を悪くすることも無く、ルフィはニッと笑みを深めた。
その後、エレファントホンマグロを一人爆食いしたルフィにサンジがブチ切れ、その騒動の最中に記録指針がご臨終するというトラブルが起こったがクロッカスがラブーンの礼ということで譲って貰いなんとか事無きを得た。
サンジ諸共ナミに蹴り飛ばされたルフィはサンジが救出するらしいので、ユイリはなら先に…と真新しい記録指針を眺めるナミに言った。
「ふふ、楽しみね〜」
「…?」
何だろう、この違和感…何やらユイリの笑顔にどことなく不穏に感じたナミ。と、首を捻ったところである可能性に思い至る。
「ま、まさか…」
あの船長なら有り得そう…いや、でもまさか……とユイリを見ると、とても可愛らしい笑顔を浮かべていた。
「これから仲間としてよろしくね、ナミちゃん」
「嘘でしょ!?」
知らない内に船長が仲間を引き入れていることを知った。
ーーー
「ウィスキーピーク?」
「わ、我々の住む町だ……です」
ルフィとサンジが海から帰ってくるとオマケが二人増えていた。
Mr.9とミス・ウェンズデーである。
彼らが言うには記録指針がなくなったのでウィスキーピークに送ってほしいという。
「なぁに?君達あの町の住人だったの?」
「知ってるの?」
それにユイリが眉根を寄せて反応した。
因みにもうゾロ以外がユイリの仲間入りを知っている。あとは眠りこけている剣士のみだ。
ナミが尋ねればユイリは、「ん〜」と間延びした声を出して口を開いた。
「良くない噂は結構聞くねぇ。入る船は多々いるけど出ていく船は殆どいないらしいよぉ?不思議なことに」
「え"!?」
バッとウソップがMr.9達を見れば冷や汗をダラダラ流しており、何やら訳知りのご様子。
ウソップは二人に尚も聞き出そうとするが二人は「言えない」の一点張りで、この際プライドも何もかなぐり捨てて必死な顔で土下座までする始末だった。
結局、ルフィの「いいぞ、乗っても」の一言で一味はウィスキーピークを目指すことになる。
「いいのか?小僧。こんな奴らのためにウィスキーピークを選んで。航路を選べるのははじめのこの場所だけだぞ」
「気に入らねェ時はもう一周するからいいよ」
「……そうか」
最後の念押しにも動じることなく、そう言い切ったルフィにクロッカスは滅多に浮かべることのない笑みを浮かべる。
世界一周という偉業をサラリとやり直すと言うルフィはかつてを思い出させるそれだった。
「じゃあ、今更って感じの事後承諾になっちゃいましたけど行ってきますね?」
「ふん。どう言ったところで聞く人間じゃないだろう、お前は」
「流石先生分かってる〜」
メリー号の中と岸で師と弟子は最後の言葉を交わす。
この師弟が師弟となったのは2年前のちょうどこの場所の話だ。
その日、クロッカスがいつものようにラブーンの様子を見ようと表へ出るとどういった訳かラブーンを見上げ続ける物好きがいた。
最初は気の済むまで放置しようとしていたのだが…いつまで経っても離れないものだから、気難しい頑固者と定評のあるクロッカスが珍しくその物好きに話し掛けた。
それがユイリだった。
それから紆余曲折を経てクロッカスに弟子入りし、居候になったのだ。
「…、…十分気を付けろ」
「分かってますよぉ、そんなこと」
この場にいる中でルフィさえ知らないユイリの秘密を知るクロッカスが声を潜める。
居候先を申出た時、まず最初にクロッカスはユイリから打ち明けられた秘密がある。
海賊船の船医として世界を旅をしていたことのあるクロッカスでさえ、その秘密は驚いた。
よく五体満足でいられている、と言えば「ホントですよね〜」とあっけからんと答える弟子に頭が痛くなったのが今ではもう随分と懐かしい。
「お前は頭と顔と要領だけは良い」
「褒めてます?貶してます?」
これだけは言わなければ、と思って出た繋ぎがどうも弟子は気に入らなかったようで、半目になっている。
が、そんなことを気にするクロッカスではない。
そもそも気付きもしないでクロッカスは一言、それだけを言った。
「死ぬなよ」
「…言われずとも世界一周して来たら帰ってきますのでご心配なく〜」
クロッカスのデレとも言えるそれに数秒固まっていたユイリだったが、すぐに再起動するとまたいつもの調子で返した。
「先生ももう若く無いんだから若人相手に無愛想にしてちゃ駄目ですよぉ?フォローする人間いないんだから」
「いらん世話だ。…達者でな」
「ありがとうございます…いってきます」
「あぁ。行って来い」
「行ってくるぞ!!クジラァ!!!」
師弟が言葉を終えたのを皮切りにルフィが声を張り上げた。
そして、ラブーンの力いっぱいの遠吠えを背にゴーイングメリー号は、偉大なる航路最初の島 ウィスキーピークを目指すのだった。
ラブーンの頭に描かれた麦わら帽子の海賊旗ーー画伯ルフィ曰く"戦いの約束"を正面から見たユイリが溢した感想である。
絵が斜めになって、辛うじてドクロマークと麦わら帽子もどきがわかる程度の画力。なけなしの絆創膏。流石のユイリもフォローのしようがなかった。だが……。
「ぶぉ」
「にししし」
当人達、特にラブーンが嬉しそうに笑っているのでユイリは他人が口出しするのも無粋であるので口を噤んだ。
「はぁい、ルフィくんは描き終わったら治療ですよ〜」
「ん?唾つけとけば治るよ、こんなん」
「はいはい、そういうのいいから」
画伯が作品を一つ描き終えたところてでユイリはもしもの為に身につけている簡易版救急セットを取り出す。
昔から怪我やなんだのに無頓着なルフィのことだから放置すると思っていたらその通り。何年経ってもその辺りは変わらないらしい。
小さな怪我も下手をすれば大きな病気に繋がるのだと昔から口を酸っぱくして言っているのに。こういう頑固なところは本人は嫌がるだろうが祖父譲りだった。
ユイリはルフィを無理矢理座らせると至るところについている擦り傷目掛けてブシュッと消毒液を振り撒く。
「ユイリ痛ェぞ!」
「うん?しみるの?気のせい気のせい」
にこにこ笑いながら患部を手当し、包帯を巻くユイリの手腕は手慣れていた。
「相変わらずユイリの手当て早ェなー」
「いい練習台がいっつもいたからね〜」
ユイリが目を細めて思い出すのは野山と言うには危ないコルボ山を駆けずり回る弟達の姿だ。当時はいつも誰かしらが怪我をしていて専ら手当をするのがユイリの役目だった。
文句を言いながらもちゃんと手当を受ける彼らは生意気だけれども素直な少年達だった。
「懐かしいなァ…元気にしてっかな」
「元気よ〜何も連絡がないもの」
一年前を堺にぱったりと懸賞金の更新が無くなった兄を思っているらしいルフィがそう言えばユイリはきっぱり断言した。
ルフィの兄でユイリの弟にあたるエースはルフィより3年早く海へ出た。そこから心配する素直じゃない祖父やユイリを他所に懸賞金を上げまくり、今や五億の賞金首だ。
しかし、一年前程から先述したようにパタリと更新は止まり音沙汰もない。懸賞金億クラスになればインペルダウンに送られるにしろなんにしろ世間を賑わせるものだ。
だから、多分元気にしているのだろう。できれば連絡くらいは寄こしてほしいものである。
そしてあわよくば、彼の望みが、本当の願いが叶えばいいとユイリは思っている。
お姉ちゃんはいつでも可愛い弟が心配なのだ。
はい、おしまい。とユイリは包帯を結ぶと医療セットを片付ける。
その他の仲間はというとナミは海図を、サンジは料理、ゾロは昼寝、ウソップはメリー号の修理をしていた。
騒動を起こした直後である。油断はしていた。もう何も起こらないだろう、と。
だから、ルフィは彼らの予想を遥か彼方まで裏切る少年だったということを忘れていたのである。
「あ、ユイリ」
「なぁに?」
「仲間になってくれ」
「良いよ〜」
夕飯何?カレーライスよ。みたいなノリでユイリの麦わらの一味入りが決定した。
「いやいやいやいや!ちょっと待て!!!」
それに待ったをかけたのがメリーを直す傍らとんでも姉弟の会話を聞いていたウソップである。
真っ先に喜びそうなサンジはキッチン、反対しそうなゾロは夢の中、ナミは航海計画を立てている真っ最中。ウソップだけが最後の砦である。
「え〜?私、自分で言うのもなんだけど料理以外なら何でも出来るからお買い得よ?」
「なはは!ユイリのは料理じゃなくて炭ーー痛ェ!」
「うふふ…、…ーー何か言った?」
「言ってません」
真顔で可愛い可愛いと猫可愛がりしているルフィを地面に沈めたユイリを見て怒らせたらやばいタイプだと瞬時に察知したウソップは怒らせないことを心に誓う。
だがしかし、それとこれとはまた別の話である。
「そうはいってもお前ェ海賊だぞ?敵と戦うことだってあるのに大丈夫か?」
「あぁ、そういう…」
ウソップはトントンカンカンと釘を打ち込みながら心配そうにユイリを見た。
ルフィは一度言ったら聞かない。それはもう今に始まったことでないので諦めるが……ユイリが仲間入りをあまりにも簡単に承諾したこともそうだが、口調もフワフワしていてとてもじゃないが戦えるような人間には見えないことに不安を感じたようである。
船長の血縁と言えども出処の分からない謎の人間が仲間になることに難色を示したと思っていたら、ユイリが戦えない人間だと思っていたから反対したということか。
優しい人達というよりお人好しな彼らに増々好感度を高めたユイリは口を開いた。
「それについては大丈夫。私元々軍人だし自分の身ぐらい自分で守れるよ〜」
「軍人?」
「あ、海兵って言ったほうが分かりやすい?」
「はァ!?ーー痛ァ!!!」
なんてことないように話された、とんでもない情報にウソップは打っていた釘から照準がずれ指を打ってしまい、二重の意味で叫んだ。
しかし、そんなことなど知ったこっちゃないとユイリは楽しそうに微笑んだまま続ける。
「と言っても2,3年いただけの将校でもなんでもない一般兵だったけどね〜」
「ん?お役所務めとか前にユイリ言ってなかったか?」
「あぁ、それはその後。洗脳教育受けた後の話よ〜」
そして、続け様に飛び出す不穏な言葉を反芻する。
「せ、洗脳教育…?」
「うふふ……聞きたい?」
「いや…いえ!結構です!!」
怪しげなユイリの笑みに不穏な色を見たビビリは泣きながら首を振った。洗脳教育…海軍怖い……。ウソップの頭の中にはそんなことが刻み込まれた。
「あーーー!!!」
「何だよお前、うるせーなー」
「何事っすかナミさん!お食事の用意なら出来ました♡」
「……船の修理はちょっと休憩…休憩しねェと……無理だ…メシか?」
海軍の預かり知らぬ所でウソップが恐怖を植え付けられていると、航海計画を立てていたナミの耳を劈(つんざ)く悲鳴が上がり、何だなんだとワラワラ一味が集まる。
ウソップがやたらと憔悴しているのは偉大なる海についてユイリがあることないこと吹き込んだためである。
ナミの海図の隣には、羅針儀(コンパス)が置かれていたがぐるぐるぐるぐる回転し続けている。
「羅針儀が壊れちゃった…!方角を示さない!!」
イマイチその重要性がわかっていない一味と重要性が分かっているからこそ大慌てするナミ。
しかし、彼女の近くでユイリとクロッカスは顔を見合わせる。
その顔色は呆れの色が含まれていた。
「お前達は…何も知らずにここへ来たらしいな。呆れたもんだ、命を捨てに来たのか?」
「?」
「ナミちゃん、あのね、"偉大なる航路"は今までの常識の通じるような可愛い海じゃないの」
「ユイリの言うとおりこの海では一切の常識が通じない。
羅針儀が壊れた訳ではないのだ」
「…!じゃあ、まさか磁場が!?」
驚くナミにクロッカスは頷いた。
「そう…偉大なる航路にある島々が好物を多く含むために航路全域に磁気異常をきたしている」
それだけでなく、偉大なる航路は海流や風に恒常性はなく、方角すら無茶苦茶。真っ直ぐ北へ進んでいたはずなのに南に進んでいたなんてこともよくある。
つまり、無知にこの海で待つのは【死】のみなのだ。
初めて聞くそれらにナミは頭をかいた。
「し…知らなかった…」
「で、そうならないために必要になるのが"記録指針"なの」
「ログポース?聞いたことないわ」
「ん〜…代名詞が自由奔放なルフィくんが航海術なんて持ってるわけ無いから〜…多分ナミちゃん達東の海出身でしょ?」
流石姉。よく分かっていらっしゃる。
航海術を持たないこともそうだが、東の海以外に行けないとすぐに断定したユイリに、もぐもぐとエレファントホンマグロを黙々と食べるルフィと眠りこけるゾロ以外の声が一致した。
「東の海出身なら知らなくても仕方ないかもね〜。
記録指針は偉大なる航路でしか使えないから」
「?」
「記録指針は磁気を記録する特殊な羅針儀で…偉大なる航路以外での入手は困難だ」
偉大なる航路でしか使えない羅針儀など売っても利益にならない。それどころか、偉大なる航路自体4つの海では伝説扱いの海だ。
記録指針をナミが知らなくても無理はなかった。
だが、これからそうはいかない。命に関わるものを持っていませんではお話にならない。
ユイリは、どうしようと頭を抱えるナミの隣でそれなら、とずっと気になっていたことをルフィに尋ねる。
「ん〜…その記録指針なんだけど」
「ん?」
「なんでルフィくん持ってるの?」
「え?」
ナミが急いで口の中に絶やさずマグロを入れ続けるルフィを見れば見たことない形をした羅針儀を確かに持っていた。
「ん?コレがログポースか?」
「そうよ〜それが記録指針」
「何であんたが持ってんのよ!!!!」
「あらまぁ…バイオレンス」
ルフィからバキィ!!っとゴムであるはずの彼から聞こえないような打撃音が聞こえてユイリはゆる〜く笑った。
「これがログポース…なんの字盤もない…」
「慣れるまで大変かもだけど記録(ログ)以外は羅針儀と使い方は一緒だよ」
「あぁ。島と島とが引き合う磁気をこの"記録指針"に記憶させ、次の島への進路とするのだ」
まじまじと記録指針を見つめるナミにユイリとクロッカスが付け加えて説明する。
まともに自分の位置すら偉大なる航路ではつかめない。この海においてた頼って良いのは記録指針のみ。それだけが導となる。
航路の始めであればリヴァース・マウンテンから出る7つの磁気の中から1本を選べる。
が、不思議なことにどこの島から始まったとしても長い航海の果てには一本の航路に結び付く。
そして、最後に辿り着くのが。
「ラフテル」
偉大なる航路の最終地点であり、歴史上その島を確認したのは海賊王の一団のみ。故に伝説の島と呼ばれる、最果ての島である。
クロッカスの言葉にウソップが興奮して尋ねる。心なしか目もキラキラしており、気は弱いように見えたがやはり海賊だとユイリは笑った。
「じゃ…そこにあんのか!?"ひとつなぎの大秘宝"は!!!」
「さァな」
海賊王が遺したと言われる秘宝の在処は実はよく分かっていない。ラフテルにある、とは言われているが誰もその島にたどり着けずにいるために確認する術が無いのだ。
「そんなもん行ってみりゃわかるさ!!!」
素っ気ないクロッカスに気を悪くすることも無く、ルフィはニッと笑みを深めた。
その後、エレファントホンマグロを一人爆食いしたルフィにサンジがブチ切れ、その騒動の最中に記録指針がご臨終するというトラブルが起こったがクロッカスがラブーンの礼ということで譲って貰いなんとか事無きを得た。
サンジ諸共ナミに蹴り飛ばされたルフィはサンジが救出するらしいので、ユイリはなら先に…と真新しい記録指針を眺めるナミに言った。
「ふふ、楽しみね〜」
「…?」
何だろう、この違和感…何やらユイリの笑顔にどことなく不穏に感じたナミ。と、首を捻ったところである可能性に思い至る。
「ま、まさか…」
あの船長なら有り得そう…いや、でもまさか……とユイリを見ると、とても可愛らしい笑顔を浮かべていた。
「これから仲間としてよろしくね、ナミちゃん」
「嘘でしょ!?」
知らない内に船長が仲間を引き入れていることを知った。
ーーー
「ウィスキーピーク?」
「わ、我々の住む町だ……です」
ルフィとサンジが海から帰ってくるとオマケが二人増えていた。
Mr.9とミス・ウェンズデーである。
彼らが言うには記録指針がなくなったのでウィスキーピークに送ってほしいという。
「なぁに?君達あの町の住人だったの?」
「知ってるの?」
それにユイリが眉根を寄せて反応した。
因みにもうゾロ以外がユイリの仲間入りを知っている。あとは眠りこけている剣士のみだ。
ナミが尋ねればユイリは、「ん〜」と間延びした声を出して口を開いた。
「良くない噂は結構聞くねぇ。入る船は多々いるけど出ていく船は殆どいないらしいよぉ?不思議なことに」
「え"!?」
バッとウソップがMr.9達を見れば冷や汗をダラダラ流しており、何やら訳知りのご様子。
ウソップは二人に尚も聞き出そうとするが二人は「言えない」の一点張りで、この際プライドも何もかなぐり捨てて必死な顔で土下座までする始末だった。
結局、ルフィの「いいぞ、乗っても」の一言で一味はウィスキーピークを目指すことになる。
「いいのか?小僧。こんな奴らのためにウィスキーピークを選んで。航路を選べるのははじめのこの場所だけだぞ」
「気に入らねェ時はもう一周するからいいよ」
「……そうか」
最後の念押しにも動じることなく、そう言い切ったルフィにクロッカスは滅多に浮かべることのない笑みを浮かべる。
世界一周という偉業をサラリとやり直すと言うルフィはかつてを思い出させるそれだった。
「じゃあ、今更って感じの事後承諾になっちゃいましたけど行ってきますね?」
「ふん。どう言ったところで聞く人間じゃないだろう、お前は」
「流石先生分かってる〜」
メリー号の中と岸で師と弟子は最後の言葉を交わす。
この師弟が師弟となったのは2年前のちょうどこの場所の話だ。
その日、クロッカスがいつものようにラブーンの様子を見ようと表へ出るとどういった訳かラブーンを見上げ続ける物好きがいた。
最初は気の済むまで放置しようとしていたのだが…いつまで経っても離れないものだから、気難しい頑固者と定評のあるクロッカスが珍しくその物好きに話し掛けた。
それがユイリだった。
それから紆余曲折を経てクロッカスに弟子入りし、居候になったのだ。
「…、…十分気を付けろ」
「分かってますよぉ、そんなこと」
この場にいる中でルフィさえ知らないユイリの秘密を知るクロッカスが声を潜める。
居候先を申出た時、まず最初にクロッカスはユイリから打ち明けられた秘密がある。
海賊船の船医として世界を旅をしていたことのあるクロッカスでさえ、その秘密は驚いた。
よく五体満足でいられている、と言えば「ホントですよね〜」とあっけからんと答える弟子に頭が痛くなったのが今ではもう随分と懐かしい。
「お前は頭と顔と要領だけは良い」
「褒めてます?貶してます?」
これだけは言わなければ、と思って出た繋ぎがどうも弟子は気に入らなかったようで、半目になっている。
が、そんなことを気にするクロッカスではない。
そもそも気付きもしないでクロッカスは一言、それだけを言った。
「死ぬなよ」
「…言われずとも世界一周して来たら帰ってきますのでご心配なく〜」
クロッカスのデレとも言えるそれに数秒固まっていたユイリだったが、すぐに再起動するとまたいつもの調子で返した。
「先生ももう若く無いんだから若人相手に無愛想にしてちゃ駄目ですよぉ?フォローする人間いないんだから」
「いらん世話だ。…達者でな」
「ありがとうございます…いってきます」
「あぁ。行って来い」
「行ってくるぞ!!クジラァ!!!」
師弟が言葉を終えたのを皮切りにルフィが声を張り上げた。
そして、ラブーンの力いっぱいの遠吠えを背にゴーイングメリー号は、偉大なる航路最初の島 ウィスキーピークを目指すのだった。
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